映画評

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カテゴリー「わ」の22件の記事

2017年8月27日

われらが背きし者 (2016)

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- Film4 StudioCanal etc.-

大学教授の主人公は、旅先で知り合った男から重大な情報を渡される。情報にはマフィアや英国の有力者たちが関わっていた。たちまち、彼に身の危険が迫ってくる・・・・

・・・ジョン・ル・カレ原作の同名の小説があるらしい。DVDで鑑賞。

ダミアン・ルイスという俳優がMI6の中間管理職的な立場を演じており、非常に良い味を出していた。主人公より役者としての魅力を感じた。頭が切れそうな表情、役人をイメージさせる雰囲気、その中でちゃんと実生活の匂いも感じさせる個性だった。腕力勝負ではなく、思考能力、判断力で勝負してそうな顔つきが良い。

彼と、彼の上司、元の長官などとの関係がリアルに描かれていた。いかにも本当にありそうな人間関係が、ストーリーと上手く絡み合っていた。

逆にアン・マクレガーが演じた主人公は、派手な活躍をするわけではないので、あまり魅力を感じにくい。それで良いのだろうか?主人公なんだから、彼が感じるであろう恐怖、悲しみなどが観客に充分伝わることが望まれる。その点で、演出か設定に問題があったと思う。

スパイ映画の見過ぎで、いつの間にか劇場主は英国の利益を最優先に考えるようになっている。まるで自分が英国情報部の一員であるかのような感覚でいるが、007などの映画鑑賞により発生する独特な副作用と思われる。ついつい自分が日本人であることを忘れるのだ。映画の怖ろしい影響力。

いまや英国が対峙しているのは、国家としてのロシア本体ではなく、国家にとりいったマフィアなのか!・・・実際がどうかは分からないが、そうであっても不思議には思わない。

ロシアの犯罪組織の中心は、米国にあるのではないかと思う。金の動く額が違うから、ロシア国内での活動は限られているのではないだろうか?でも、ロシアの内情も分からない。富や権力の偏在する国のこと、国内の政権にうまく取り入った犯罪組織が多いのかも知れない。国家の意志が、犯罪組織を通じて実行に移されることも多いに考えられる。

政治家もマフィアも、マネー・ロンダリングには似たような手を使っているだろう。海外の会社、銀行と取り引きを重ね、相手からも重用されるように信頼関係を築こう、リスクを分散しようと必ずしているはず。この作品で描かれていたのと同じような動きは、実際にも多いだろう。

日本のヤクザは、今かなり厳しい状況らしい。周辺にも廃業したらしい元若い衆らしき人物が多い。産業の形態が変わって、今は食っていくのが難しいはずだ。ネットを上手く利用した勢力や経済ヤクザ、合法的な会社を兼ねる組織だけが生き残っているのではないか?欧米ほどの金儲けは、おそらく難しくなっているはず。

それでも大きな会社に巣くうことに成功したら、巨額の収入を得ることができる。きっと海外に投資の形で送金し、節税しているだろう。どこの国にとっても、海外送金は税収の不足を生むから、国を超えて、管理方法の改善が望ましい。

 

 

2017年3月24日

ONE PIECE FILM GOLD (2016)

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- 東映 -

巨大カジノにして町であり、船でもあるグラン・テゾーロに入ったルフィー達一行は、博打勝負に負けて人質をとられてしまう。人質を救い出し、敵を倒せるのか?・・・・

・・・・50億円を越える興行収入があったという。末っ子はスクリーンで鑑賞したが、さすがにアホくさいので劇場主は遠慮し、今回DVDで鑑賞した。テレビの性能のせいかDVDのせいか分からないが、画質に関して不満を感じたので、もしかするとブルーレイか劇場での鑑賞が推奨される作品だったかも知れない。

今回も劇場映画用に、特殊な場所と独立した敵を設定し、テレビシリーズとは別個の戦いを設ける、映画専用のストーリーであり、当然のように敵はやられて話は一話完結という流れだった。ワンピース・シリーズの場合は、敵の能力を様々考え出せるので、劇場映画の設定においては本当に便利だと思う。最初の段階で能力の種類を限定していたら、こんなに話を作ることはできなかったろう。

でも今回の敵のキャラクター設定は、個人的には感心できなかった。金を操る能力だけでは、戦う際に極めて有利とは思えない。やはり、運を操る能力が、敵の部下ではなく首領個人にあったほうが面白かったのではないか?運は大きな要素。金を操る能力は、部下の戦闘要員で充分だと思う。

あるいはギャンブラーの能力を極限までたかめた敵でも良い。トリックでルフィー達を翻弄し、何度も煮え湯を飲ませる、そんな嫌らしいキャラクタ-なら、話はもっと二転三転の面白さにつながったのではないだろうか?

もし映画の設定のままやるなら、契約で人をしばり、底辺の人から搾取する悪党のキャラクターを、もっと徹底させても良かったかも知れない。騙す能力、契約でしばる能力からは、嫌らしいキャラクターが生まれる。株式やローンといった言葉を使って、借金返済で苦しむ大人達が涙を流すような話にすると良かった。

・・・・ 考えてみれば、ローン契約、株式売買といった概念をルフィーなみの戦闘能力で打破できたら、債務者達は一気に楽になる。劇場主が真面目に借金を返済しているのは、そうすべきと考えて契約に従っているからなのだが、契約の段階で本質に至るまで理解していたわけじゃない。ルフィー達と同じような勘違いで、はめられていたようにも感じる。契約の概念は、太古の昔はなかったもののはずだ。

この作品を観て育った子供達は、もはや契約に対しての義務感を持たないかも知れない。もちろん多少は従うだろうが、契約は所詮まやかしにすぎないという感覚は持っているだろう。徐々にそんな人達が増えれば、契約すべて破棄~革命といった結果につながりゃしないか?考えすぎだろうか?皆で破棄すりゃ怖くないかも・・・・

今回のルフィー達、勝ったことは間違いないが、法的にはどうだろうか?テゾーロのトリックは、裁判で証明されたわけじゃないから、単にルフィー達が契約違反をしただけで、当然ながら犯罪者になる。拍手喝采を彼らに送るのは、法的に問題ありだ。おそらく安倍総理は許さないだろう。籠池理事長も、石原元知事も都議会自民党も、財務省も許さない。 

しかし、ひょっとしての話だが、欧米資本の支配を脱するような価値観の破壊、契約の破棄を目指す海賊王が現れ、その力が明らかとなったら、一般の市民の行動は影響されるだろう。その力が、もしかしてロシアだったり、中国だったり、あるいは北朝鮮やイスラム圏の何者かだったら、どうだろうか?

おそらく、勝敗が見えていない段階でローン契約をいきなり破棄したら、罰則が来る。したがって、人々は初めは欧米のルールに従う。表向きは。でも欧米側の形勢不利が見えてきたら、人々は一気に勝ち馬に乗る。それで得すると分かれば、支配者がどんな犯罪者だろうと、拍手喝采と相成るはずだ。おそらく、昔からそうだったように力が全てを決するのである。。

この作品は、そんなことを予想させる怖ろしい内容だったのだ。

 

 

2016年7月19日

ワイルド・スピード SKY MISSION(2015)

Universal_2

- for paul -

過去の戦いで恨みを買った一団は、元諜報部の殺し屋に狙われつつ、ハッキングシステムを奪うという難題に挑戦する羽目になる・・・

・・・ポール・ウォーカーの遺作。ラスト部分などは、彼の兄弟達の映像と彼の過去の姿を合成して作られているそうなんだが、観ていても気にならないほどの出来映えだった。その技術に感嘆した。

激しいカーアクション、水着モデルのお尻、殴り合いに爆発、友情、そんな様々な要素を集めて混ぜてごっちゃにしたら、こんなシリーズができるというわけ。そのセンスが素晴らしい。他は適当に済ませちゃおうという思い切り、アクションのアイディア、そこに注目した点が優れている。ストーリーや演技の面では明らかに二級品と思うけど、構わないぜい。

アクションの面では凄いレベルに達している。今回は装甲バスの中での格闘から、バスが崖下に転落しそうになり、それを這い上がりながら仲間の車に飛び乗るという、完全に現実を無視したシーンがあった。どうやって撮影したのか解らないが、たぶんCGや大がかりな装置をたくさん使って合成したんだろう。あいつらは、崖や峡谷が大好きなんだなあ。

坂を車で降りながら敵の攻撃を切り抜けるシーンも凄い。たぶんゆっくり降りて、早回ししたはずだが、実際にかなりの傾斜を降りていたようだから、ひとつ間違えば死人が多数出てもおかしくないシーンだった。高層ビルを車で飛び移るシーンも、現実離れぶりが凄かった。

車を空から降らせるシーンも、実に上手く撮影されていた。着地もスムーズにいって、直ぐに道を走り出す流れが素晴らしかった。広い所に降りて、そこから道路に出るほうが安全じゃないか?などと、ヤボな意見に従う必要はないのさ。

今回の敵はジェイソン・ステイサム。彼のキャラクター通りに演じていたから、やりやすかったろうと思う。じゅうぶんに憎らしく、冷酷で残虐、しかもタフで、見事な敵役ぶりだった。今回も死んだわけではないので、次回作に相変わらず出てきてもおかしくない。観客だって、かなりはそれを期待しているだろう。

カート・ラッセルが大事な役を演じていたが、あの組織が必要だったか劇場主には解らない。ハッキングシステムを奪うという話と、ジェイソン・ステイサムを結びつけるために必要になったと思われるが、安っぽい設定になった印象はある。子供相手のテレビドラマならこのままで良いのだが、劇場映画にはどうか?

まあ、このシリーズは金はかけていても、高級なイメージで売っているわけじゃないので、二級品のストーリーでも、モデルの尻などで観客をごまかし、アクションで感心させればヒットする。それに徹底していれば、それで良いのだ!

 

2016年4月15日

鷲は舞い降りた(1977)

Columbia

- 敵に敬意を -

チャーチルを誘拐せよという命令が下り、実行部隊長に、シュタイナー元大佐が選ばれる。IRAの協力者達とともに現地に降り立った部隊の作戦は成功しそうだったが・・・・

・・・・衛星放送で4月3日、鑑賞。タイトルは聞いて知っていたが、観るのは初めて。戦争映画なんだが、敵側の人間のほうが主役で、登場人物達の個性が丁寧に描かれ、敵の兵士に敬意さえ感じさせるほどの表現で、その点で面白かった。

戦後の作品なんだから、戦意高揚を目的とする必要はもちろんない。面白いことが大事。だから架空の作戦を考え、そこに挑む人々の個性や、起こる悲劇がいかに上手く描かれるかが大きな要素になる。そこを狙った企画だったようだ。

この映画には原作があるそうで、おそらく小説の場合は人物の表現がより詳細にできるから、より感情移入しやすいだろうと考えられる。敵側だった人物に対しても、その精神力や企画力に対し、尊敬の念を持つことが可能だったろう。映像の場合は、表現方法を端的にやらないといけないが、そこが難しい点。

主人公はシュタイナー元大佐だろう。計画を立てるラードルではない。だから、いかに主役を盛り立てるかが重要。登場場面の時間配分に、やや問題があったかも知れない。シュタイナーが活躍する時間が短めなように感じた。今なら事前に統計学的研究に基づき、観客が納得する時間配分を入念に計算してから編集するのでは?

古めかしい作品ではあった。基本に人道主義の観点があり、敵側の兵士でも味方でも、無条件で女子を救おうとする点は共通している。それが失敗の元になるとしても、仕方ないと考える・・・今のテロリストとは全く違った感覚。古き良き時代の物語なのであろう。

その感覚は、もしかすると現在の若者には受け入れられないものかも知れない。良い話であっても、あまりに理想主義に満ちた空想、世の中そんなに甘くないよなあ・・・と、子供でさえ思うかも知れない。まさに世も末の時代が現代なのだから。でも、恋人と観る作品としては、ロマンティックなほうが良い。

マイケル・ケインが気取った軍人を演じていた。彼らドイツの兵士達がドイツ語で話していたら、もっとリアルになったかも知れない。ドイツの俳優が演じてもらえたら、何か雰囲気も変わっていたのでは?

ドナルド・サザーランドが演じた人物は魅力的だった。詩人のような感性を持ち、格闘技術に優れ、女性を惹き付ける・・・まるで007である。基本はアイルランドのために行動しているのであって、ナチスのための行動ではない点も理解を得やすい。

 

2015年7月12日

わが母の記(2012)

Photo

- 演出 -

主人公は、かって母親に置き去りにされたことがある。認知症が進行していく母と過ごす中で、彼はかっての経緯を知ることになる・・・・

・・・・5月10日、衛星放送で鑑賞。

伊豆が主な舞台の作品で、たぶん本当に伊豆で撮影されたのだろうと思うが、川を中心とした非常に美しい映像が繰り返し出てきた。どこかのワサビ畑を撮影に使っていたようだが、かなり規模が大きく、本格的なものだった。

井上靖の小説はひとつも読んだことがないので、この話が完全なフィクションなのか、それとも私小説の一種なのか全く分からない。この作品も、もしかすると読んだ人にしか分からない、微妙なニュアンスがあったのかもしれない。

編集のされ方が気になった。前半部分では特にブツ切りのシーンが多い印象を受けた。静かな作品の場合、急に場面が代わると観客は驚いてしまう。どんなシーンか理解できるまでに時間がかかることも多い。一定のリズムでフェードイン、フェードアウト、またはモンタージュにしたりするような、単純な手法が原則ではないか?

この作品は子供には向かない印象。楽しいシーンが少ない。もっと笑いのシーンがあったほうが、悲しいストーリーが際立つように思った。恋人と観る場合は、静かで落ち着いた高級な雰囲気がデート向きと言えばそうだろうが、恋の盛り上がりに良い効果が出るかどうかは分からない。家族いっしょに観ると、家族愛を考える機会になるように思えるので、悪い選択ではないはずだが、盛り上がったりはしない。

この作品の一番の見どころは、やはり認知症の演技。どんな見事な無茶ぶりをやるか、そこが一番の魅力になっている。

樹木希林の演技には感嘆した。もはや彼女の場合は、実際の認知症と演技との区別がつかないレベルになっている。若い頃からお婆ちゃん役をやっていたが、最近の演技は本当に素晴らしい。

何かでインタビューを受けている映像を観たが、対応が本当におかしい印象も多少あったので、地でやっている部分が多少はあったかも。

認知症を演じる役者は多いが、返事のタイミングだけは若い方と同じにやってしまう場合も多い。返事の内容も当然どこか外れていて当然だが、タイミングも不適切で疎通に支障がある様子を再現しないといけない。例えば返事が遅れて、再度質問してくる相手の言葉に返事が重なってしまうことは多いが、そんな会話を繰り返さないとリアルじゃない。そのへんは、上手い方とそうでない方とがいる。

気になったのは、母親の体力が変化したように見えなかったこと。本来なら5~10年でどんどん力が落ちて、動きもスローにならないとおかしい。ところが、この作品の母親は最後のほうを除き、動きが変化していなかった。意図的にそうしたのだろうか?

宮崎あおいの演技に少し違和感を感じた。こっそり立ち聞きするシーンは、それとなく彼女らしい人影が写れば良い。何度も大写しで写るのは安っぽく味気ない演出で、少なくとも上品じゃない。日本映画だし、家族愛をテーマにした映画なんだから、上品さは必要。

酔っ払った後、テニスコートの審判席に登るが、ふらつくほど酔った人間は、高い場所を本能的に避けることが多い。安定した姿勢を目指す結果、床やソファーなどに寝てしまう。高いところに登らせたのは、あの酔い方の場合には不自然だと思う。酔っ払いの筆者が言うのだから、たぶん間違いない。宮崎は酔ったことがないのか?

ただし、彼女の表情や仕草は本当に素晴らしい。若くても既に大成した大女優の貫禄が漂う。彼女の存在感を生かせる企画を考え続けるだけで、日本の映画界が生き残れるような、そんな気にさえなってしまう。

一族の血を絶やさないために、移住の際にもわざわざ一人は残す、祖父母の養子にする等々、ごく普通にやられていたこと。井上だとて、おそらく幼少時からそんな理由を聞かされていなかったとは考えにくい。聞かなくても、阿呆じゃないかぎり、同じような考え方が引き継がれていることに気づかないはずはない。

だから、これはフィクションだろうと、個人的な印象だが思った。おそらく主人公である作者は、自分が生き残るために家族と別に暮らすことを強いられたと知っており、実は繰り返しそう言われてきたはず。当時はそんな例が多かったはずだし、母親は子供に理由を言わずに別れることは少ないはず。

母親としては、言い訳をせずにただ嫌われていることは普通なら辛い。何か家の事情があって秘密にしなきゃいけない昔なら、嫌われ役に徹する可能性もあろうが、戦中戦後の時代の場合は、そんな必要があるとは思えない。必ず母親は事情を子供に話しただろう。

最後に気づくというのは、母への愛情を強調するための文芸上の必要から来た演出だろう。文壇の中心的存在の大家の場合、そんな演出は気づかれない方が良い。

 

 

2014年12月 6日

ワールズ・エンド(2013) 

Relativity

- 路線間違いでは? -

高校時代の悪友に無理やり誘われて故郷の町にやってきた男達。パブをハシゴして飲み歩いていたが、とんでもない事件に遭遇・・・

・・・「ショーン・オブ・ザ・デッド」と似たような作品で、さすがにワンパターンすぎると思った。もっとヒネリが欲しい。本当にくだらない内容にも関わらず、かなりの予算をかけて製作されているようだが、理解に苦しむ。パロディやオマージュも満載だが、やはりワンパターンではいけない。

サイモン・ペグが主演。少しやつれて見えた。役柄を考えて病人らしく見えるように、ダイエットしたのかも知れない。

ストーリーに不満を感じた。普通なら、主人公が仲間を呼んだ理由が最後に明らかとなり、それが意外にマトモで友情に満ちたものだったりして作品に救いをもたらす流れを期待してしまう。でもこの主人公は救いがあんまりなかった。妙に納得、あるいは感心できる理由が隠れていると、なんだか全てが高尚なものに替わり、それで我々も救われるような、そんな効果があるのに。

例えばの話、友人の一人が病死し、その弔いの意味で昔の飲み会を再開しようかといった流れなら、わりと自然な展開になる。イヤイヤ参加することになる仲間達を説得する際に、「あいつを偲ぼうと思うなら参加しろ。」といった決め台詞もありうる。そんな始まりなら、途中でおかしな方向に話が変っていく際に、より驚きが生まれたかも。そして亡くなった友人の秘密が明かされ、皆が涙する・・・そんな流れが常道だ。

そもそもサイモン・ペグが無茶な人間のキャラクターだろうか?彼はむしろ平凡で大人しく、どちらかと言えば無茶なヤツに引っ張られて動きそうなキャラクターのはず。少なくとも今までの作品ではそうだった。今回の主人公は演技で頑張ってはしたが、少し無理をして演じていたのだろう。

無理する必要はなかったと思う。平凡な主人公が、引っ張られて仕方なく飲み会ツアーに参加する。性格のおかしい友人のせいで酷い目に遭う、戦う、やがて勇敢な戦士に変身して大活躍する・・・そんな流れの方が観客は満足するのでは?路線を間違っていたと思う。

この作品は子供には向かないし、恋人と選ぶべき映画でもない。劇場で観るとしたら、酔っ払ってないと腹が立ってきそうな印象。真面目に観る作品ではないし、満足感を伴う人は少なそうな、そんな印象が強い。企画の段階で、様々なミスがあったのでは?

英国にはパブが多いと聞いているが、実際に行って観てみると何の店か外見では知りえず、どこがパブなのか判らなかった。外にドアが開いている店で中で飲んでる人がいれば判るが、今回の作品で観たような店だとレストランと区別がつかないから、地元の人しか判りようがない。

作品のセリフを聞くかぎり、どうやら本当にチェーン店も増えて来ているのかも知れない。伝統に誇りを持つ英国人といっても、世代が代われば店の好みが変わらないはずはない。安価で品質の高いチェーン店が出来れば、客がとられてしまうのも経済の法則。若い客から新しい店に移っていくのでは?

英国のハイスクールでは、不動産販売員、弁護士、建設会社員、カーディーラーなどがいっしょに過ごすのは一般的なことだろうか?固定観念かも知れないが、階級意識の強い国だから、卒業生に一般の会社員が多い高校は皆が会社員。弁護士が普通にやっているような高校では、エリート会社員が多い。小学校時代から分かれている・・・そんな明確な差があるように思っていた。学歴がモノを言う日本とは違うのかも知れない。本当に大学で急に進路が分かれるのかも知れない。

 

 

2014年9月 1日

惑星ソラリス(1972)

Solyaris

- 人間性って -

知的な活動をする惑星ソラリスに趣いた主人公は、そこで死んだはずの妻に遭う。惑星が彼の心と交信して実体化させたようだ。彼女と過ごす中で、主人公は人間性に関して認識を新たにする・・・

・・・といったテーマらしいが、正直言って難解な表現が理解しにくい作品。DVDで鑑賞。学生時代にバスを待つ時間に途中まで観たことがあったが、今回初めて全体を鑑賞できた。DVDはおそらくオリジナル版だったようで、かなり長かった。しかも、非常に静かな作品で、妙な動きをする雲や海をダラダラ写す時間が長く、意味深な表情の人物達が哲学的な話を交わすシーンも多いため、ややだれてしまっている印象。

だから、この作品は子供には全く向かない。恋人と楽しむタイプの映画でもない。知的な議論が好きな女性なら、議論のネタのために観てもいいかもしれないが、普通は遠慮したほうが良いのでは?わが妻の場合は、確実に寝てしまいそうな気がする。睡眠のための作品としては最高かもしれない。

後年のソダーバーグの映画は、スター俳優が出演していたし、より娯楽的な面があったと思うが、個人的にはオリジナル版のほうが芸術的な感じがして、より良い印象を受けた。主人公がよりしょぼくれていたから可哀相になったせいかも知れない。

海の動きを表す映像はなかなか優れたものだったが、当時の技術の限界はあった。今ならCGでなんとでもできるが、当時は油や温度を調節して波立った様子にしないといけないから、随分と工夫したに違いない。

画像は液体窒素を飲んだヒロインを映しているが、これは非常に見事な演出だった。実際に飲んだ人を見たわけではないが、おそらく近いようになるだろうと想像する。メーキャップや演技で再現したのは凄いことだった。今ならCGでさっさかやれるだろうが。

東京の都市高速の映像を近未来の都市のイメージにしていたのも気になる。そのままじゃなく、案内板を横文字にするなど、何かの工夫ができなかったのだろうか?CGがない時代、細かい修正は無理だったのか?でも、当時のソ連の観客が主な客の対象なら、看板の文字が日本語や漢字でもいっこうに構わないから、そのままで良いやと考えたのだろうか?まさか日本で上映されようとは予想していなかったのか?

テーマとして、人間性に関して宇宙船内のメンバー達が議論するのだが、当時のソ連の人たちにとって人間性という言葉のイメージがどうだったのか、よく分からない。ソ連崩壊後のロシアは、酷い犯罪者達が跋扈する時期もあったというし、今もマフィアは大勢いるだろう。スターリン時代の虐殺も、他の国とは桁が違う人数が犠牲になったらしい。そこで人間性をテーマにしても、共産党の体制を守る中でという最初の前提があったろうと思う。

ロシアは独特な国で、農奴制度や、異民族を排除、排斥、支配してきた長い歴史もある。どう考えても、異民族に対する人間性はあんまり考えていなかったはず。ウクライナでの行動も酷いもの。基本、そんな理想主義などどうでも良い人が多数派では?

人間性を語れば、それに興味のない人は、あっさり会議自体を破壊され、メンバーは拘束されるといった状況なら、そんなテーマで議論する意味などない。議論自体が空しい。そこへんの空しさを描こうという意図もあったのか。スタッフの頭の中に、そのような隠された意図があったら、上手い演出だったと言えるだろう。

妻に似た物体が現れたら、宇宙船で廃棄する・・・それは、相手が人間や動物の場合は一般的な倫理に反すると思う。その物体が精神を持ち、感情豊かに生活していたらどうか?物体は人とは違うと思うが、心の面に関して言えば、少なくとも宇宙に放り出す対象ではないだろう。

もし会話は出来ないとしても、それなりの感情を持ち、存在するものを殺傷して良いのか?実験材料にして良いか?どの程度異質なら許されるか?動物や異民族に対する対しかたを思うと、よく分かっていない人間が多いと思う。考えていたらキリがないと、あっさり殺しまくる人も多い。

ラストシーンでは、主人公は地球の家に戻って、また父親と暮らしているように見えるが、家の様子がおかしい。カメラが引けていくと、そこはソラリスに現れたという陸地で、主人公の意識から形成されたものらしいことが分かる。だから何?という人もいるだろう。ただ、観客の意外なシーンを出したかったから、あんな終わり方にしたかったのか、何かテーマを含めたかったのか、少し未熟な演出のようにも思えた。

学者達と議論する図書室の絵や、途中で空中遊泳するシーンも、意味がありそうで解りにくい。微妙な描き方をすれば高級感が出て良いとは思えない。

 

 

2013年6月16日

若草物語(1949)

Mgm

- 江戸時代末期! -

南北戦争に従軍した牧師の家族の物語。妻と娘たちが、裕福ではないながらも仲良く暮らし、不幸を乗り越え新しい人生に乗り出していこうとする話。

・・・名作映画シリーズで紹介される作品だが、初めて鑑賞。DVDの質はあんまり良くはない印象。でも、声を聴き取り難いほどではなく、充分鑑賞に耐えられる程度だった。

出演者の中で主人公と言えるのはジューン・アリソンという女優さん。活発な娘であることを強調するために、冒頭で柵を乗り越えるシーンがあったが、演出過剰な気がしたものの、可愛らしい娘さんが演じるので嫌な気はしなかった。

長女役はサイコで殺されるジェネット・リーだったが、メイクが全く違うので、古風で目立たない女性のような印象しかない。演じ分けも完全にできていたということだろう。浴槽でギャーと叫ぶシーンはもちろんない。エリザベス・テーラーが3女役で出演していて、こちらは非常に有名。有名子役のマーガレット・オブライエンも名前だけは知っていたが、観たのは初めて。いずれも可愛らしい女優達。

それぞれの人物の個性を強調し、しかも愛らしさは大事に描き、物語もちゃんと解りやすく解説しており、手馴れた手腕を感じる。でも、それは逆に古めかしい演出とも言える。安心して観れるから、本来は家族で観る映画だと思うが、今の子供達は飽きるかも。現代の恋人達が観るのは、ちょっと趣味の面で無理を感じる。

この作品の舞台となった時代はリンカーンが大統領だった頃だから、日本では江戸時代の末期ぐらいか?そんな頃に、こんな暮らしをしていたのかと思うと、多少の演出はあるとしても、やはり文明の違いを感じる。

でもたぶん、日本の家のほうが衛生的だったかもしれない。掃除=命といった衛生観念の発達した女史が多かったはずだし、土足とそうでない家との違いもあったろう。アメリカは乾燥した大地だし、家の大きさから考えて掃除も大変なので、映像では解らない埃が舞っていたかも。

末の娘さんが猩紅熱に罹患していたが、当時だとそのまま心臓弁膜症や腎炎に移行する子も多かったに違いない。体が弱くて・・・というより、後遺症から脱出するのが難しい慢性の病態に陥ってしまうのを、ただ見守るしかできないのは家族にとって辛いこと。

食べ物は、出演者達は貧乏と言いながら凄く豊かな物を食べているように見えた。江戸時代の日本のほうが低カロリーで現代風に言えばヘルシーメニューだったろうが、おそらく御飯と漬物が中心の偏った内容だったに違いない。「武士の家計簿」の記録を読んだら、通常はそんな食事だったようだ。娘さんたちのようにケーキで喜んだりはできなかったろうが、代わりに和風のお菓子は楽しめたろう。

娘たちの家の広さは、偉く立派に見えた。構造の違いか、地震のあるなしの違いか、幾部屋も持って日本なら結構裕福な家庭でないと持てないような作りの家だった。庭も日本なら考えられないくらい広大な面積。日本だって、土地がないわけじゃないから、一軒一軒の敷地をもっと大きくするといいのに、皆が貧乏性に慣れているのか?

実際に当時の人達は、映画のような会話をしていたのだろうか?現代風の味付けをしていたのか?「・・・でござる。」「拙者・・・」といった、同時期の日本のような古めかしい言い方はなかったのか?セリフの言い回しに、もしかすると時代劇のような違いがあったのかもしれないが、私の英語力では同じにしか聞こえなかった。

原作は1860年頃には刊行されていたそうなので、当時の言葉のままの会話があるはずだ。今のアメリカ人が違和感なく読める言葉だろうか?

この当時の牧師の家庭は、こんなものだったのだろうか?経済的に没落したというセリフから考えると、この牧師さんは株か別な商売をやっていたのだろうか?日本の牧師は株取引にはそぐわない印象があるが、宗教で禁じられているのでなければ、結構稼ぐ牧師もいるのかも。悪徳企業に投資しても、それはそれで彼らは納得できるのか?

没落といっても、私より裕福な家庭に見える。ヨーロッパ旅行するなんて、今と当時では予算の規模が違うと思う。数ヶ月かける間に、いったいどれくらいの金を使ったのか想像できない。今の日本の感覚だと、数百万ではすまないのでは?飛鳥Ⅱのクルーズの料金を見ると、世界一周は平均でも500万くらいと書いてある。

お金持ちの叔母さんの家は、いったい何をやっていたのだろうか?まさかインディアン相手にウイスキーを売った商売人や、元奴隷商人なんてことはないと思うが、もしそんな商売だったら、この美しい物語も結構怖ろしいものになる。

 

 

2013年1月 2日

ワンピース フィルム Z(2012)

Photo

- ゼットに魅力を -

海賊王を目指すルフィー達、お馴染みの一行は、海軍を脱退した謎の船団ネオ海軍のゼットらと遭遇。ゼットらは火山を爆発させる計画を進めているらしい。ルフィーは彼らと対決することになる・・・

・・・ワンピースの映画も、いいかげんに飽きてきた。早く子供達が大きくなって、子供映画から卒業してくれればよいのだが、なかなかそうはいかない。今回はせめて感動の涙があれば良いのだが・・・

結果的には、感動が薄かったと思う。画像のゼット氏の魅力がもっと強調される必要があった。彼のイメージに合う姿としては、細身で肺病を抱えた沖田総司的な暗さが必要だったと思う。

チョッパーとの出会いを描いた作品は、猛烈な想いを感じることができたが、今回は少し設定に無理があったように思う。脚本を練り直して、不屈の闘志を表して欲しかった。

ワンピース シリーズの魅力のひとつは個性的なキャラクターの設定であると思う。特殊能力を身につけた超人が戦うことも面白いが、彼らが海賊や海軍に分かれていること、能力以外にも個性が激しいことなど、いかにキャラクターを作るかに関して、よく考えてある。外国のヒーローと比べても、その個性は際立っていると思う。

お色気の表現もある。不必要にスタイルの良い女性たちが活躍する。ヒーローたるべきルフィーのマヌケた日常の姿は、完全にお決まりのギャグ。そして、激しいバトル。盛り上がるべくして盛り上がる寸法。

とてもじゃないが、かってのアトムやウルトラマンなどの単純な物語の歯が立つ世界ではない。ゲームをイメージしたと思える世界、キャラクター商品が売り出せるように、多数の人物がそれぞれの個性を貫こうと努力する姿、生き様のようなものの描き方。実に壮大。

結局、ルフィーは海賊であり、多数の海軍兵士を殺していたと思えるので、よく考えれば大悪人である。本人も、それを否定していなかった。それでも、自分は海賊王いなるんだという強い意志を貫くべく、ただ戦っていただけだ。それでいいのか?

なんで、そんなことが気になったかと言うと、昨今の選挙の結果が気になったからだ。昨日も床屋の店主と雑談をして言われたのだが、長い自民党政権の膿のせいで、産業の空洞化や原発事故や、少子化、要するにお先真っ暗になったのに、また圧倒的多数を得てしまうのは理解不能だと言う、もっともな事。

理容業にも色々あり、若者向けのカットハウスは賑わっているらしいが、古いタイプの床屋さんは、客が高齢化していけば売り上げが確保できないそうだ。だから自民党が悪いとは言えないが、良い方向にやってくれたかとは確かに言えないだろう。

候補者の方達は選挙に生きている感じで、正しいかどうかにはこだわっていない気がする。でも圧倒的な野心、なんとしても議員になり、大臣を目指す。そこに違和感を感じる私の感覚は甘く、世間の厳しさからすれば「何を当然のことを・・」ということになるのだろうが、確かに勝たなきゃ意味がない世界ではあるものの、それにしても酷いのでは?

結果として、島の住人が死んでしまっても火山を爆発させる・・・結果として国の財政が破綻しても予算をばら撒く・・・事故の責任は取らない・・・年金が消えても知らぬふり・・・健康が理由とはいえ政権を放り出して堂々と復帰・・・納得は無理だろう。

おそらく民主党のひどさが目立った関係で、仕方なく皆も選んでしまったと思うのだが、私自身も今回は誰にも票を入れ辛く、奥さんが挨拶に来てくれたから・・・などというしょうのないない理由で票を入れる始末。選挙以外に理由なく訪問されるはずもなく、挨拶のあるなしは選挙に関係ない。こんなことではいけないのだが・・・・

システムを改善して行こうと努力しなければ、必ず破綻や転落が訪れるのは、どの組織でも言える。ただ野心だけで頑張ってもらっても迷惑なだけだ。ルフィー君よ、足を洗っておとなしく魚でも釣ってくれたまえ・・・・でも、それじゃ物語にはならないなあ。

 

 

 

2012年4月28日

私がクマにキレた理由(わけ)(2007)

- 将来への備え -

大学を卒業したものの、厳しいビジネスへの挑戦を前にして気が引けてしまったヒロイン。ベビーシッターになって、ある家族と向き合いつつ成長する話。

助演のローラ・リニーとポール・ジアマッティが素晴らしかった。この作品、宣伝は度々観ていたものの、清く正しすぎる映画で期待しにくい印象を持ってしまい、鑑賞していなかった。BSで放送されていたので見ることになったが、なかなかまとまったよい作品だった。

ローラ・リニーは女優が天職としか思えない女優。「トゥルーマン・ショー」での主人公の妻役の激しい表情が印象的だが、この作品でもオーバー気味の演技で、作品の質に合致していた。キャスティングが成功していた。どんな役柄でも合うようには思えないが、舞台などで演じると非常に映えるだろう。体格も良いし、スタイルもモデル並み。

主演は可愛らしく、演技力もあるスカーレット・ヨハンソン嬢で、微笑み方が上品。ニヤッと豪快に笑う女優達よりも好感を持てる。日本人の女性がはにかむのに似ている。実際には、あちらの女の子は微笑みながら平気で私を押しのけて列に入ったり、顔と考え方が合致していないので決して信用してはいけないのだが、ヨハンソン嬢なら何でも許せる私である。

Smile

ストーリーは最初から解ってしまうような流れだった。変な展開はないほうがいいかも。ドロドロした愛憎劇は、迫力にはなっても、後味まで悪影響があることも多い。本来の主題のほうが、愛憎の激しさに霞んでしまう傾向がある。それはマズイ。歯の浮くような理想主義的な希望に満ちたラストになったほうが、むしろ良いと思う。

ヨハンソン様なら、それが許される。ブリッ子して手を組んで怒った表情をしても、彼女なら許せるのだ。〇田聖子なら許せないが。

この作品は子供にはマズイかもしれない。恋人と観るのも、とても勧められるとは思えない。歯の浮く結果にガッカリするパートナーがいるかも知れない。希望に満ちて頑張っている人には、お勧め。

先月のニュースで言っていたが、大学や専門学校の卒業生の半数は、一年以内に転職や退職をしているそうだ。就職の条件が厳しくなって、給与や働き甲斐の点で非常に厳しい時代になっているからだろう。とりあえず就職したけれど、希望とかけ離れた現実に失望し、転職を考えざるを得ないのだろうが・・・

身の回りにも、30歳くらいになって学校に行きなおす、介護関係の職場を点々と替わる、良さそうな会社をあっさり辞める、そんな例が多い。自分は就職に関しては困らなかったので、なかなか理解できない。

医者の場合は本来が営利目的の仕事ではないから、一部を除けば金にルーズというか、甘い点が多い。でも営利企業では、よほどな会社でないかぎりは、儲けるだけ儲けないといけない。客を騙していいとは言えなくてもギリギリの線までは売り込み、利益をあげつづける非情さが求められる。人件費も、限界まで絞る必要がある。

以前なら、それに耐えて能力と経験を積めば、将来の発展が期待できた。今は、一流企業自身が厳しい状態。発展は滅多にないと感じるのが普通。将来の利益を期待できずに、非情さに徹することができるか?安い人件費に我慢できるか?

豊かで成長を続ける社会の中で育った今の20~30代の人には、急にしぼみ始めた社会の雰囲気、状況の変化は想定外だったのでは?なんでマズイ時に状況が厳しくなったんだよ!親達の理屈は通用しない、親達は結構楽してたのに不公平だよ~、と思うのか?厳しい職場に耐えて、良いことが待っているなら耐えられる。そうでないなら、耐えられないだろう。

こんな社会は、でも予想できた。厳しいけど、結局は自己責任で何とかするしかない。政府日銀が一体となってインフレ傾向でも演出しない限り景気が上向く可能性は低いような気がするが、政府に期待はできないので、文句を言っても仕方ない。報われないかも知れないが、自分で手を打っていくしかない。

 

 

 

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