映画評

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カテゴリー「ら」の33件の記事

2018年2月15日

LION/ライオン~25年目のただいま~(2016)

Lion

 

- TWC etc. ー

 

インドの田舎で迷子になった主人公。養子縁組制度でオーストラリアに渡った彼は、地図検索と自分のわずかな記憶を元に、故郷を探す旅に出る・・・実話が元になった話らしい。DVDで鑑賞。

 

少年役は非常に可愛らしかったが、大人になってからの役者は、少し頼りない印象を受けてしまった。実際に悩みの多い青年だったのかも知れないが、映画で描く場合は故郷を探すために苦労し、探しきれずに苦悩するだけの、単純な個性であったほうが良かったと思う。

 

本当に少年は自分の家を説明できなかったのだろうかと、少し疑問には思った。言葉が違うとしても、通訳が可能な人間によって村の名前、川や山などの名前を聞き出すことはできると思う。言語障害か知能障害があって能力的に上手く説明できない子供もいるだろうが、そんな子供は主人公とは少し状況が合わない。少年は十分に賢く、話も上手だった。少なくとも34歳くらいの日本人がインドで迷子になったとしても、およその住所を聞き出すことはできそうだ。

 

ただし、彼を預かった施設の方針が影響する場合は違う。ある程度の住所が推定できても、そこを探すよりも養子にして欧米に送ったほうが子供のためでもあるし施設の意義にも合致すると判断していたら、彼の故郷のことは無視してしまうかもしれない。そんな善意からの悪行?があったのではないかと、感じてしまった。

 

ニコール・キッドマン演じた里親には感嘆する。自分の意志で、自分の責務として子供を育てようという考え方は、誰でもできるものではないと思う。最後のほうで簡単に説明されていたが、LIONというのは主人公の名前ではなく、養子縁組制度の愛称のようなものらしい。欧米諸国は激しい植民地支配をした歴史への反省からか、古代から続く保護者制度の名残りからか、異民族の養子を受け入れる歴史があるようだ。

 

日本でも多くの留学生を受け入れているが、養子縁組は欧米ほど多くはないと思う。一般家庭では家が狭すぎる、豊かさにも限界がある、あるいは東南アジアを占領した歴史があって、しかも敗戦国であるなど、少し欧米と条件が違う。犯罪めいた養子縁組の例もあるから、いかがわしい意図を疑われるのが嫌という感覚もあるだろう。日本人がフィリピンの孤児、中国の仕事したそうな少女を養子にしたら、絶対によからぬ意図があると思われるだろう。

 

インドやアフリカ諸国の子供たちの場合、母国に残るか欧米に行けるかは、人生を大きく変える。そのままだったら死んでしまってもおかしくない子供は、今でもたくさんいるはずだ。少々うがった言い方だが、そうなっている理由のひとつは、我々の経済活動にある。後進国は経済的に支配され、生まれながらにして弱者になりやすい社会の体系がある。酷い状況の子供は救われるべきだ。

 

しかし、どの程度救うべきか、そこが分からない。人智、理想を超えた問題がある。救い過ぎると相手国が依存してくる弊害、人口の爆発、救われなかった子供との不平等、自国の子供からの反感、衝突、なんでも起こりうる。善意の養子縁組制度は古代からあった。しかし、それで人類が救われたりはしなかった。見もふたもない言い方になるが、それも確かな事実である。

 

 

 

2018年1月19日

ライフ(2017)

Life

 

- Columbia -

 

火星の土の試料を採取した宇宙ステーションのクルー達。分析を順調にこなしていたが、未知の生物に襲われることになる・・・DVDで鑑賞。スター俳優たちが共演した作品。「エイリアン」と、「ゼロ・グラビティ」を足したような作品だった。

 

CG映像や宇宙ステーション内部の無重力状態の表現は素晴らしく、役者たちの演技も上手くて迫力があり、リアルな映像を観ることができた。未知の生物を発見し、蘇生するまでの部分は期待感に満ちたもので、その表現手法は満点に近い作品だったと思う。しかし、「エイリアン」のほうが最終的にはもっと怖かった気がする。不気味さが違う。

 

エイリアンの姿に違いがあるのかもしれない。昆虫の化け物を思わせるエイリアンと、タコかイカの親戚を想像する生物では、迫力の面で勝負にならない。しかし無理に怖いエイリアンにすると、表情のようなものが必要になってしまい、作品の質を損なうだろう。細胞から発生するという設定にも合わない。だから仕方ない面はある。

 

リアルさを損なったのは、この未知の生物が宇宙船の構造、酸素や栄養の取り入れ方に関して理解が早すぎたという点。それだけの知能を有しているためには、脳のような器官を持っていないとおかしいし、持っていても凄いスピードで理解するのは変だ。もっと動物的な能力で、人類に挑戦してきたほうが自然だったろう。

 

分裂して複数の個体になってくれたほうが分かりやすく、観客の恐怖も増したかもしれないと思った。一個一個の個体は小さくて華奢でも、増殖のスピードが速ければ恐怖を生む。そのほうが効果的だったはずだ。

もし、この船のクルー達の間に強い友情や愛情が存在したら、冷たい判断を要求された時の葛藤が、さらに深いものになったはずだ。この作品でもクルー達の友情が感じられはしたが、なんとしてでも助けたいという感情がもっと強く感じられたら、きっと観客はさらに感情移入できたはずだろう。そこがヒットには必要な要素だったと思う。

 

未知の生命体の侵入を防御するには、戦争のような考え方が必要になる。この作品で黒人の研究者の行為は全く許されないものだった。さらに真田広之が演じたクルーも脱出を試みていたが、やはり恐ろしい病原体を地球に持ち込まないことを最優先に、感情を押し殺した対応が本当は必要だった。下手すると万~億の単位で犠牲者を出すかもしれない場合は、感情など言っていられない。仲間を救いたいという気持ちで、結果的に人類に脅威を与えてしまってはならない。 

 

でも、その場にいたら自分がクールに対応できるかどうか?自信はない。何か理屈をこじつけて、自分は助かろう、友人を救うためにルールをちょっと曲げよう・・・そう考えないとも限らない。自分が感染した状態で壁の向こう側にいる場合、どうか助けて欲しいと願わないはずがない。ルールを厳守するのは、命をかけないとできないことだ。

 

破綻した企業の管理者の話や、潰れかけた政党の過去の失敗の後日談を最近よく読むのだが、感情に引っ張られて失敗している場合が多いと感じる。多くは自分の出世や金銭欲、見栄や虚栄心など、自己の都合を優先して問題を先送りしたり、優先順位を誤ったりが多いと思うが、いまだに正解がどうだったのか分かりにくい例もある。

 

スバルや日産などの虚偽報告の場合は、もともとの法令に無理があったかもしれないと言う。それでも法令に従うべきか、意味はないから無視するか、その場では悩ましい時があるかもしれない。とてつもなく無駄な作業を要求されたら、どうするだろうか?

 

数年前、尖閣近くで中国船の船長が拿捕された事があった。日本の法律で対処するしかないと思っていたら、超法規的に解放されてしまった。あれは不可解な対処法で、法を破ったに近いから、那覇の検察か、あるいは官邸のどちらかが後年に災いをもたらしかねない判断をやってしまったと思う。でも、当人たちにとっては手に余る事例だったに違いない。

 

中国にとっては日本が公海上で不当に船員を逮捕し、勝手な日本の法律で罰しようとしているという論理が成り立ちうる。領土、領海に関しての認識が違えば、日本の法律が及ぶ事例かそうでないか、まずそこを疑問視してくるだろう。そして急に日本企業の駐在員を逮捕したりする。汚い手だが、そもそも法体系が違う国だから、法的に対処するのは難しい。どうにも仕様のない事例だった。

 

対処を求められる当事者になったら、責任を持って正しく対処しようと努めるしかないが、それは本当に難しいこと。

 

 

 

 

 

 

2017年11月25日

ライジング・サン(1993)

Rising_sun

 

- 20C.Fox -

 

日本企業の進出が目立つロスアンゼルス。高層ビルで美女の殺人事件が発生。事件の背景には日本企業やヤクザ、米国企業や弁護士らの複雑な関係があった・・・DVDで鑑賞。

 

ショーン・コネリーがプロデューサ-も兼ねて主演していた。相棒役はウェズリー・スナイプスが演じていて、これがなかなか良い味を出していた。最近のスナイプスは落ち目らしいが、この時代は輝いていた。特にこの刑事役をした時が最も役柄に合致したように思う。その後の吸血鬼役は、ちょっとオーバー過ぎてB級の演技のような気がした。この作品ではヒーローでない役柄で、かえって好感を持てた。

 

これに対してショーン・コネリーの役は、少々出来過ぎの印象を受けた。プロデューサーだからカッコいい役をやっても良いと思うが、あまりに強すぎて、あまりに鋭すぎる。日本のことを何でも理解してそうだが、それはおかしいだろう。こんな刑事がいたら、犯罪検挙率はもっと高いはずだ。かえって人間的な欠点があったほうが、ずっとリアルになったと思う。

 

撮影方法も感心できなかった。明らかに古めの技術を用いて撮影した画像を観る印象があり、残念な感覚を感じながら鑑賞した。実際にはちゃんとしたロケをやっていたのかも知れないが、画質やテレビ映画みたいな撮影方法が気になって、スピード感や臨場感に乏しい印象を受けた。ちょっとした音響、カメラの配置や解像度?画質に何か工夫が足りなかったのではないかと思う。

 

日本企業の文化、姿勢を評価するセリフが目立ったが、かなりの誇張や誤解も多かったと思う。異文化を表現する場合には、もっと敬意を払い、真の姿に近づくようにしてくれないかと考える。フランスを舞台にした場合は、おそらく本当の姿に近く描けているはずだ。東洋の国だからと、異様な人種のような描き方をするのは良くない。

 

サービスの意味でだろう、若い女性タレントたちのヌードが時々見られたが、これも作品の質を考えると上手い演出ではなく、無駄な露出になっていたように感じた。丸裸の女性が乱舞する必要はなく、美しいモデル体型の女性が、少しずつ背中を見せるといった焦らしが必要だったと思う。謎めいた女性が、野心を隠しつつ何かを示唆しながら脱いでくれたほうが、怪しい雰囲気を醸し出したと思う。

 

この作品の当時の日本企業には勢いがあった。その時代を舞台に、独特な状況が原作には描かれていたのだろう。日本製品は技術面で優れたものも多かったと思う。ウォークマンなど、感動的な製品だった。主に米国が開発した技術を、より完成度の高い製品にして売り出す手法が目立ち、当時はオリジナリティに欠けると劇場主は批判的に考えていたが、多くはそれで成功していたから、劇場主の意見にこそ悲観的過ぎるとの批判が多かった。でも、好調は長くは続かなかった。

 

劇場主は企業家ではないから、企業の首脳たちの考え方は分からない。よって、あまり批判することもできない。彼らなりに、懸命の努力をして業績を確保し、利益を上げようと努力したはずだが、海外の企業のほうに分があったという、ただ結果がそうだということに過ぎないはずだ。もともと資源に乏しいから、日本の市場が持つ優位性と、戦後の復興への熱情が失われれば、業績が下がっても不思議ではない。

 

失速の理由は、おそらく米側の圧力により輸出は規制され、過剰な資金は韓国や中国に流れ込み、開発~輸出の勢いが下がったからではないか?企業にも問題はあったかも知れない。成功に酔ってしまったのか、自力で新規の技術を開発する能力、企業の活力を維持する体制を軽視していたように、外からは見える。発展する海外に投資したほうが、効率が良いのも確かだ。でも冷静に、もっと戦略的に戦う姿勢が、いつのまにか損なわれていたのかも知れない。

 

日本はもともと社会のあらゆる面が制度疲労を起こしており、企業も理不尽さ、非論理性、非戦略性が蔓延していると思う。小手先の修正、問題点のすり替えばかりする人が支持され、構造的に妙な組織ができあがっている。それに野武士のような経営者が去って、首脳部が官僚化してしまったようにも感じる。昔がどうだったか分からないが、経営に関係ない能力で経営者になる人物が、戦略を誤ったように思えてならない。成長している間は問題にならない欠陥が、安定期は明確になっただけだろうか?

 

でも問題点を是正できれば、きっと再び日は昇るはずだ。今の大企業は資金をため込んでいるそうだが、生き残りのために考えてのことだろう。何か有望な分野が発生したら、一気に参入して行くつもりかも。景気が延びれば、東芝やシャープのように破綻騒ぎが起こらないなら、また収益を上げてくるかもしれない。官僚化についても反省する動きがある。教育方針が変わって、自主性を重んじる方向になりそうだから、数十年後には効果が出てくるかも知れない。

 

 

 

2017年3月30日

ラ・ラ・ランド(2016)

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- Summit GAGA etc -

スターを目指す女優のたまご、ジャズバーを計画しているピアノマン。彼らは恋に落ち、互いの成功を夢見て励まし合うが・・・

劇場で鑑賞。日曜日の午後の上映。満員だった。見渡せばカップルが多く、独りで観に来ていた劇場主は明らかに場違い。実はちゃんと我が奥様を誘ったのだが、ミュージカルなんぞ観るより寝たかったようで、断られてしまったのである。フンッ。所詮、情緒の分からぬ女には無理な作品なのさ・・・

アカデミー賞を取り損なった作品。滅多にないことだろうが、賞を取ったと思ったスタッフが、後で違うと知ったというおまけまでついていた。でも、他の賞をたくさん取っているから、価値が低い作品とは誰も思わないだろう。デミアン・チャゼル監督が学生時代から企画していたという。

懐かしい感覚を生かしたミュージカル。と言っても、今でもブロードウェイでは、さかんにミュージカルが上演されているはずだ。ただし映画作品は、確かに少なくなってきた印象はある。ヒップホップ系の激しいダンスをウリにした作品は多くても、かってのスタイルのミュージカルは最近なかった。その点で、新鮮でもあり、懐かしさを感じられる作品だった。

この種の映画では夢を味わいたい。夢のために観客は金を払う。この作品には夢を感じられるシーンがたくさんあった。ミュージカルで急に歌が始まるのは、そこから現実を離れ、夢のシーンに移るという約束である。そのルールにひたることに抵抗がなければ、この種の作品で夢を感じることができる。そのルールの下で、この作品は特に価値が高い。そもそも主役二人の夢が大きなテーマだったのだから。

この作品は、子供には受けないかも知れない。もしかすると女の子には受けるかも知れないが、ダンスが今風ではないので、それだけでシラケる子もいるだろう。ダンスだけでうっとりできるほど演出が良かったかどうかも、少し疑問に思う。公園のベンチ近くやプラネタリウムで踊るシーンは見せ場だったが、本職のダンサーがやるほどの美しさは感じなかった。

ラブストーリーとしては完成度が高いと思った。「シェルブールの雨傘」に近い流れで、現実に近い話になっていたから、夢物語に終わる古い年代のミュージカルとは、レベル的に違う。サプライズ・ディナーから口論になるシーンは、劇場主にも似たような経験がある。せっかく気を使ったセッティングが台無しになることは結構多い。良い反応を期待して、かえって反感を買うのである。そしてオーディションに失敗する場面など、他にも切実なドラマが各所に見られた。

主役のキャスティングに関して不満を感じた。二人とも演技は上手く、役柄から完全に外れたとは感じなかったが、どちらかは本物のダンサーが欲しいと思う。ミュージカルは派手さが魅力だから、見た目ではっきり分かるダンスの巧さは必要。少なくとも主役の片方は舞台から引っ張ってきたほうが良かったろう。

ライアン・ゴズリングは、劇場主の感覚ではミュージカルスターの雰囲気には遠い。ザック・エフロン君なみのダンサーは、きっとハリウッドには大勢いると思う。ドラマ部門のほうは、演出でなんとかなるから、ダンスやスタイル重視で選んだほうが良くなかったろうか?この作品は大声で歌うミュージカルではなかったので、ささやき声が美しい歌手を選らんでも良かったかも。

ヒロインのエマ・ストーンの過去の出演作から考えると、嘘が上手な悪女を演じた時が一番魅力的だったように思える。今回のヒロインは、性格的には全然違うタイプ。劇場主の感覚では、この作品のヒロイン役は悲劇女優のイメージが合う人のほうが望ましいように思う。カトリーヌ・ドヌーブ風の美貌で可憐なイメージの女優が演じたら、観客の涙が期待できる。

劇場で鑑賞して、損をしたなどとは感じなかった。チケット代だけの価値はある。でも、家内や子供を連れてこなくて結果的には良かったと思った。

 

 

2017年3月 9日

ライオット・クラブ(2014)

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- 嫌悪感 -

エリート大学の中で独特の伝統を誇るライオットクラブ。新メンバーを入れて、今日も過激な遊びに熱中しようとするが、事件が起こる・・・・

・・・DVDで鑑賞。非常に面白い作品とは感じなかったが、日本とは社会構造が違うイギリスの問題を、かなりの誇張はあるとしても、赤裸々に描いていたのではなかろうかと感じた。世界的に見て興味深いテーマを扱った作品かどうかは分からない。日本においては、少し違ったエリートの問題があるから、それなりの意義があるのかも。

物語の大きなストーリーとして、グループが何かの事件を起こして試練が訪れるという流れは良かったと思う。事件に対して、彼らが個々にどんな悪辣な態度で対応をとるか、そこは充分に描かれていた。できれば、もう少し色づけのようなエピソードがあったほうが良い。くだらないゲームのシーンは省略して、メンバーの個性が分かるように工夫すべきだろう。

主役に相当する比較的ノーマルな青年については、ラブシーンだって省略して良かったかも知れない。教授達を始めとする周囲の人間の対応の問題点や、下層階級の人間の卑屈な態度が象徴されるようなエピソードが様々あったほうが良い。対立に満ちていないといけない。下層階級の感情表現が少なかったのでは?

彼らが事件を起こす理由が、少しだけ理解できた。貴族階級の今後に不安を感じ、戦って生き残ろうとする闘争心が、乱暴な態度に表れてしまったように描かれたと感じる。基本に恐怖がある場合、人は過激すぎる行動に出てしまいやすい。もともと政治的問題にくどかった新入生役が、大事な役柄だった。

メンバーの俳優達の演技が上手かったのかは分からない。レストランの娘役は「ダウントン・アビー」に出演していた女優で、彼女と父親の店主役は良い味を出していたと思う。OBでえげつない個性の俳優は「パイレーツ・オブ・カリビアン」の提督役だったようだが、これも素晴らしい個性。

およそ日本人向けのテーマではない。貴族階級がほぼ崩壊している日本の場合は、大企業の創業家、珍しい成功を収めた企業一家が最も権威ある一族になる。あるいは代々政治家の一族だろうか?貴族社会ほど固定していない点で、健全と言えるかどうか分からないが、機会均等には近い状態とは思う。

日本の部活動も、いまだに酷いところは酷いらしい。サディスティックだったり、権威主義的なことが好きな連中はいつの時代にもいるものだ。部活動に限らず、何かの団体行動に際しては、時代感覚が遅れた人物、過激な人物のほうがリードしやすい。秩序に必要な権威と自分のわがままが判別できない連中が、皆を妙な方向に誘導するのだ。

とにかく、この作品のテーマなんだろうが、登場するエリート達の人格面は、酷いものだった。他者への敬意に欠けていて、身分中心にものを考える思考パターンが明らかで、観客が嫌悪感を覚えるように描かれていた。ただし、日本でも特権を持った人達は、ともすれば排他的、独善的になるもので、イギリスだけじゃないだろう。典型的な例は、2月に国会でも問題になった文部科学省の天下りだ。

熊大にも圧力が来ていたかも知れない。急に予算が通って新しい建物が建った時期、事務関係者を受け入れていたと、あくまで噂だが、聞いたことがある。大学の再編は、官僚達にとってみれば良いチャンスで、権益を確保する方向で、仲間うちでの話ができていたように思う。本来の仕事をして欲しい。そして退職しても、国家の利益を優先して欲しい。そんな人物だけを採用して欲しい。明らかにエネルギーが他の事に向かっている。

しかし、嫌悪感は相対的に生じるものだろう。劇場主は呑気にブログを書く余裕があるが、夫婦が共働きで一日中働いても、時間や金に追いまくられる家庭だって多いと思う。そんな家庭の人は、劇場主に嫌悪感を感じると思う。呑気さが嫌になるはず。あるいは真摯にボランティア活動にいそしんでいる人が、映画三昧で日々を過ごすアホンダレ劇場主を嫌悪しても、それは当然だ。

嫌悪感をテーマにした作品と言えるわけだが、それでヒットは狙いにくいのではないか?できれば、と言うか過去の売れ筋の考え方ではだが、何か青春時代特有の魅力を感じさせる話が欲しい。それをあえて排除する意味もあるとは思うが、そうなら他の描き方もあったのではと、ちょっと思った。

 

 

2016年6月25日

ラブ・ストーリーズ コナ-の涙 /エリナーの愛情(2013)

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- 関係修復のコツ -

夫婦二人が別れた後の出来事、別れていく過程を、それぞれの立場で描いた二部作。

独特の作り方が面白かった。ひとつの作品の中で、視点を変えて人物を描く作品はあったように思うが、完全に二つの作品に別れたものは記憶にない。サスペンス映画で、実は・・・という風に真相を描くなら解るが、視点を変えて同じ話を描くという発想に感心した。

この作品に、結論や教訓めいたものはないと思う。夫婦は大変深く愛し合い、互いを思いやっていたと思うが、それでも何かのきっかけで一緒に暮らせないと感じる場合があるのだいうことを、現実的なこととして上手く描いていたように思う。

ジェームズ・マカヴォイが夫役を演じていた。彼を最初に見たのは「ウォンティッド」だったと思う。その当時は、アクションに向かない端役タイプの役者のような印象を受けたのだが、演劇のしっかりした基礎がある俳優のようだ。この種の映画のほうが、彼の本領を発揮する舞台らしい。

妻役のジェシカ・チャスティンは、「ゼロ・ダーク・サーティー」で初めて知った女優で、こちらはそのイメージのせいか、恋愛映画には全く向かない個性のように思っていた。この作品は恋愛が成立する過程は、回想の形で出てくるのだが、彼女の個性のせいか、あらかじめ別れると知っているせいか、絶対に成就しないような雰囲気が漂ってくる。その意味では好配役だったのかも知れない。

別れが似合う俳優を、別れ話にキャスティングする・・・それは、この作品に限って基本的なことだったのかも。恋愛映画には美男美女が向くとは限らない。

夫婦の親を演じたウイリアム・ハートとキーラン・ハインズが良い味を出していた。見終わった後に気づいたのだが、彼らも傷ついたことが大事な要素なんで、悲しみながらも子供を思いやる姿勢が、この作品の重みになっていた。

エリナー・リグビーという名前は偶然のはずがなく、必ず意味がある。救いようにない孤独な人間のイメージを連想させるために、あえて選ばれたような気がする。ビートルズの曲そのものは流れなかったようだが、曲のイメージを利用し、解決策がない雰囲気を出すためには最高の名前。

離婚は、家族を不幸にする。親たちも、自分らに何か問題があったのではと考えてしまう傾向がある。子供に何をすべきか、どう言葉をかけて良いか、迷うものだろう。

この夫婦の場合は、子供の死が別れの大きな要因だったようだ。子供の死は最悪の出来事であり、誰でも乗り越えることは難しい。実際にそれで離婚に向かう夫婦は少なくないと思う。死は、良好な人間関係をも破壊してしまう力がある。

子供に何かしてやれたのではないかという後悔の念がある時は、特にそうだ。もっ早く気づいて病院に行けば・・・事故の危険性を予測して行かせなければ・・・後悔し出したら止まるはずがないし、ついつい相手を非難したり、八つ当たりを始めたりするのが自然と思う。

この夫婦のすれ違いも、八つ当たりといえばそう言えるかも知れない。何かを責めないと気がすまないような感覚は、ついつい相手を排除しようとする態度になってしまう。子供を愛する故に、相手を許さない・・・・その態度は、相手からすれば理不尽なものに写るだろう。

子供の死ほど大きな問題でなくとも、事故や怪我、災害や事業のトラブルなど、何かの問題で心理的ストレスがかかった時は、親しい人でも何か感覚的に相容れないものが生じやすい。イライラの現れだったり、ちょっと形を変えた甘えだったりすると思うのだが・・・・

夫婦の気持ちが、ずっと良好な状態で維持できれば良いが、そんなことはそう多くはないと思う。男女に限らず、人間の感情を完全に理解し合うなど、そもそも難しいことのはず。

傷ついた関係が修復するためには、本当は時間がかかるものだ。多くの男女は考える間もなく子供の世話や仕事に没頭せざるをえなくて、気がつけば次の子供が生まれたりして、なし崩しで日々の問題に気が行ってしまい、それが結果的に修復になっていくものと思う。

そんな修復は、本来の修復とは違うかも知れない。修復というより、脳内の伝達物質の流れを変える状況に放り込むダマシと言ったほうが正しい。しかし、深く考え相談し続ける修復は実に辛い。癒やしは簡単ではない。考える暇を与えず、曖昧にして、義務感や職務など、他の要因で動かざるを得ないように仕向ける。それが、コツだろう。まともに修復を目指したら失敗する可能性が高いし、少なくともこの夫婦のように長い時間の紆余曲折があるだろう。

夫婦は、劇場主のカウンセリングを受ければ良かったのだ! 

 

 

2016年5月26日

ラストマン・スタンディング(1996)

Newline

- タイトルは秀逸 -

荒野の町にやってきたガンマン。その町では二つのギャング団が、酒の密輸をめぐって対立し、住民が逃げ去ろうとしていた・・・・

・・・・4月24日、衛星放送で鑑賞。「用心棒」をリメイクしている。時代設定が禁酒法時代の米国~メキシコ国境というのは、最高だったかも知れない。砂漠の砂埃や、ガンマン達の戦いは西部劇の伝統に則っていて、日本の小さな宿場町を舞台にした本家よりも、殺し合いの舞台の雰囲気は出たと思う。

西部劇とちょっと違うのは、移動が馬ではなくクラシックカーになっていた点。カーチェイスができるような車ではなく、車高が高く、窓ガラスも簡単に割れるような車種で、移動しながらの銃撃戦の楽しみは期待していなかったようだ。動的な迫力は、銃撃戦だけ。殺陣の凄みがあった本家とは、その点でかなり違う。

この作品には結構残虐なシーンも多い。血もドバドバと出てくるし、女にも酷い傷を負わせたり、惨いリンチシーンもある。

主演のブルース・ウィリスは、当時のアクションスターの代表格の一人。芝居が非常に臭いと思うのだが、徹底して役を演じきっているので、悪い印象は受けない。中途半端にクールを装うと嫌悪感を持たれることが多いから、徹底したキャラクター作りは正解だった。

本家の映画には、ほんのちょっとした笑いの要素があった。酒場から盗み見すると、役人がワイロをこっそりもらっている、あるいは岡っ引きの顔なども、完全に道化師のようだった。でも、この作品には笑いがない。とことんクールな殺し合い路線のほうが良いと思ったからだろうか?味気ないような気もするが・・・

リメイクするからには、何か新たな解釈、あるいはオリジナリティを感じさせる魅力がないといけない。主役が有名俳優であることは大事だし、殺陣では絶対に敵わないから、銃撃戦に魅力を出すことが望ましい。加えて・・・何が必要だったのだろうか?

ヒロイン役は沢田亜矢子にそっくりだったが、「ザ・ファーム」でトム・クルーズを誘惑した女の役をやっていたセクシー女優さん。そう言えば、沢田亜矢子は最近何をされているのだろうか?離婚劇が凄かった。

あの離婚劇と比べたら、今回の銃撃戦も形無しだとさえ思える。ラストマンさえ残らないくらいの破壊力だった・・・

 

2015年2月24日

ラストミッション(2014)

Europa

- 設定に難あり -

ベテランのCIA要員である主人公が、余命いくばくと判明。治験薬と引き換えに、最後の暗殺命令が下る。主人公はイヤイヤながらも指令に従うが・・・

・・・DVDで鑑賞。いくつかのプロットがあって、興味を持ってみることができた。①主人公が病気で死ぬのかどうか、②家族と和解できるかどうか、③敵との戦いで死ぬのか、④違法な住人達との関係がどうなるか、⑤イタリア系、東欧系?などの敵の手下との関係がどうなるか、などなど。

描き方としてはユーモアたっぷりのボケのシーンと、凄惨な殺人、派手なアクションシーン、家族ドラマなどが入り混じって、それらが上手く整理されて場面が展開していくので、上手い作り方だと感心。アイディアは非常に良かった。ただし、味わいのような余韻があまり感じられなかったのも確か。何かが欠けていたか、もしくは余計だったか?

敵の中で心を通わす人物は、基本は一人で充分だろう。その人物とも結局は戦わないといけない・・・そんな流れは深刻だから余韻につながる。または、家族の誰かが犠牲になるか人質になって危機が迫る・・・それも深刻さが違うので、味わいにつながる。そこらの設定に難があったのかも。

主人公のケヴィン・コスナーは随分齢をとった。ひと頃より体を絞っているようには思ったが、アクション映画にはもう無理がある。走って敵を追いかけるのは難しい。この役は、ギリギリでトム・クルーズくらいの年代が最適だったかもしれない。表情は悪くなかったが、基本的に役柄から考えても、良いキャスティングだったかどうか。

周囲の人間はオトボケでも良いが、主人公はニヒルに徹するのも良いパターン。「ニキータ」などでジャン・レノが魅力的だったのは、とことんニヒルで仕事に徹していたから。中途半端に仕事をやっていては、魅力が損なわれる。もし適当な仕事ぶりなら、もっと完全にイカレた適当ぶりのほうがいっそ良かったと思う。

例えば、料理のレシピを聞いた後、無慈悲にもあっさり殺してしまう酷い人間はどうか?次々と質問しては殺すなら、それに徹した場合はブラックな魅力が出るかも知れないけど。

敵の側には、もう少し好敵手が欲しかった。用心棒役に残虐そうなコワモテ俳優、敵はもっと年配で良いから非常にシブイ俳優、そして手引き役のコメディ俳優、そんな役割分担が理想。少しずつずれていた。

お色気担当のアンバー・ハードは素晴らしい存在。イジワルそうな表情が役柄に最適。峰不二子的なキャラクターとして、現在最高のタレントだと思う。今後、他の方面の演技に展開できたら、大スターになれると思う。

カーアクションは素晴らしかった。「タクシー」などのシリーズ物で、充分に技術が磨かれているのだろう。パリのような大都市で、あんな撮影をやれるのは凄いこと。それに観光名所もいろいろ出ていた。意識して色々な名所を舞台にしていたのだろう。

有能なスパイが、不治の病に冒され、敵や仲間達と戦う話は様々あったと思う。この作品はユーモアの比重が大きい点で異色。設定として、よく考えてあったと思う反面、韓国系のドラマに似たような、やや御都合主義的な臭いも感じられ、重厚さや悲惨さを損なってしまったのではと想像。

 

2015年1月25日

ラン・ローラ・ラン(1998)

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- 純愛映画だったんだ -

ドジって組織の金を失ってしまった男を救うため、恋人のローラが街を走り、金を手に入れようとするストーリー。なぜか物語は三種類ある・・・

・・・ローラ嬢は走りが得意そうな体型ではなく、がっしりして格闘技にも適応できそうな印象。彼女が走るシーンが自然に写るためには、かなり痩せていないとおかしい。だからヒロインは交代すべきでは?という心配は私だけだったのだろうか、無事に走りきることに成功していた。

ヒロインを応援したい気持ちになった。それだけで、この作品は大成功だったのだろう。公開当時も話題になった。忙しい時期でとうとう観れなかったが、やっとDVDの存在に気づいて鑑賞。もう古い映画になってしまっていた。

彼女が長々と走り続けるシーンは効果的。躍動感が出ている。バイクを盗まれたから走らざるを得ないわけで、そもそも盗まれたから恋人との待ち合わせに遅れたことと、ちゃんと辻褄が合っていた。走っている彼女を見ていると、自分も移動しているかのような気分になる。ちゃんとリズムが出るようにカメラも移動し、よく考えて調子が悪くならないように、躍動感が損なわれないように撮影されていた。

手をぬいたような変なアニメが突然始まった。懐かしいポップアート調で、急に挿入されたことについていけない観客もいたのではと気になるほどだったが、筆者には面白く感じられた。元々重厚な映画ではないから、無茶な演出があっても普通のことと思えたからかも。「ゴッドファーザー」のような映画では使えない手法。

3種類の物語が繰り返される点も面白かった。時間軸を移動するようなSFの意味ではなく、ただ話を面白く感じるためだけの設定だと思うのだが、それが許されること自体が面白い。「どの話が本当なんだよ、どれが空想なんだよ。」と文句を言いたくなるような無粋な観客はほっておいて、いろんな話があったら面白いという発想のまま映画にしちゃう、その感覚がいい。好みは分かれるだろうけど。

ヒロインの走りの躍動感、あまりにも自由な作風、それぞれの話のまとまり、最終的な結末への期待感など、うまく噛み合って最後まで興味を失わずに鑑賞することができたように思う。自由な作り方も良いもんだ。

自由は良いもんだ。仮に映画が国家によって管理され、脚本にも役人の厳しい注文がつくようになったら、こんなアホみたいな作品は許されないだろう。犯罪者を英雄視している危険な企画として、最初から撮影許可が下りないかも。旧共産圏では、ちょっと考えにくい発想の作品だった。

そう言えば、2014年の年末に、キューバと米国の国交が再開しそうだという報道があった。時代は変るもんだ。キューバを支援する国は少なくないと思うのだが、ロシアから石油製品が入手できても、代金となる輸出はサトウキビやカクテルくらいしかないのでは?収支の面を考えると、いつまでもロシア中心は考えにくい。やはり米国と近いのだから、観光を始めとして多くの業種での交流が望ましい。

ただし、キューバの今後は3種類以上にわたる、多くのパターンが予想される。①新しい楽園が世界中の観光客を呼んで、豊かな国が形成される可能性もあるし、②かってのように犯罪者がうごめく歓楽街が出来上がるかもしれないし、③亡命したキューバ系米国人達による復讐、急な経済的変動による暴動など、悪い変化も起こりうると思う。豊かさと引き換えに、怖ろしい時代がやってくるかも。

ゲバラ氏が地面の底で泣くような事態にはならないで欲しい。

この作品は、家族で楽しむタイプではないと思う。子供には基本として向かない。でも恋人と観る映画としては、いまだに最高かも知れない。恋に関しては非常に真摯で、互いを裏切ろうとかいう発想すら全くない純愛映画でもあったから。

 

 

 

2014年11月 9日

ラッシュ/プライドと友情(2013)

Universal

- 古いタイプ -

ニキ・ラウダとジェームズ・ハントがF1の年間チャンピオンの座を争った時期を中心にライバル関係を描く作品。DVDで鑑賞。

よく出来た作品。当時の映像もかなり挿入されていたようだが、再現したと思える映像にも細部までのこだわりを感じた。メジャー路線ではなくても、良い作品を作りたいという意志を感じる。その意味では職人的な古いタイプの映画。子供だましでも売れれば良いというスタイルではない。

題材を上手く脚本化したと思う。ニキ・ラウダは有名だが、彼とライバルの関係に焦点を当てるのは脚本の勝利。アイディアの素晴らしさが活きている。CGなどを売りにした作品ではない。

したがって、この作品はたぶん子供には全く向かない。マセガキには最高の大人びた映画になりうると思うんだが、小さい子には向かない。恋人と観るのも良いか悪いかよく分からないタイプの作品。完成度の高い映画とは思うが、観客を選ぶタイプでもある。

主演のダニエル・ブリュールという俳優は記憶になかったのだが、過去の出演作を調べたら、結構見たことはあったはず。独特の個性がある、悪役向きの役者の印象。今回の役柄には仕事やプライドに固執する部分で最高の味が出ていた。キャスティングは大成功だった。

クリス・ヘムズワースのキャスティングも大成功だったと思う。役としては、こちらのほうが難しい。モテそうな圧倒的な雰囲気がもともとないとおかしいし、タフな部分や、緊張で吐いてしまう弱さも表現できないといけないし、少しでも臭い芝居をしたら映画全体が大きくダサい方向に陥ってしまう役だったはず。よく演じていたと思う。

構成も考えてあった。重要な転機となるドイツの試合の前から話が始まるので、ここで問題が発生すると誰にでも分かるようになっている。古典的な手法に忠実に作っているのだろう。ただし、それは人によっては古臭いという感覚につながるのかも。

ニキ・ラウダを知ったのは事故の後。やけどの跡が目立つドライバーの映像を観て気になって始めて知った次第。でも、私達の時代のチャンピオンはアラン・プロスト。やや遅れてアイルトン・セナ。ラウダは過去のスターであった。自分が車に乗れない時代は、F1への興味も持ちようがない。その後、シューマッハが強い時代は、今度は強すぎて興味が失せるという妙な現象もあった。

自分で金を工面して売り込むという話は本当だろうか?まるで独立プロダクションを作るハリウッドスターのようだ。映画ではあまり出てこなかったが、きっとエージェントとなる弁護士達を複数有する有力ドライバーもいるのではないか?エンジンメーカー、車体の工作者達、ドライバーや宣伝担当者、税務や収支関係の専門家など、多数の人間が互いに売り込む世界なんだろう。

F1に限らず、プロのドライバーがまともな感性を持っているとは思えない。仮にチャンピオンになれても通常の尊敬の対象とは違い、偏執狂、オタク、異常者の雰囲気が漂う連中。極度の興奮と緊張状態の中で耐えられる点は凄いが、どんなに念入りに点検していても、劣化した部品によって突然車がコントロールを失う危険性はあるから、自殺行為を競っている状態に近い。

筆者は4駆の車でダート走行をするのは好きだが、高速は出さない。万が一エンジンが止まっても何とかなるような状態でないとテクニックを試す気にならない。車で命を落とすなんてバカバカしい。だが、好きな連中は極端なスピードやGの体感に酔っているに違いない。

雨の中、高速でサーキットを走るなんて普通の感性ではやれない。おそらく強烈なライバル意識、成功への欲、それとツッパリ全開の向う意気、スリルへの中毒、そんなものによって頭がおかしくなった状態では?

ハントがレース前に吐くというのは、たぶん自律神経の興奮で胃腸の動きがおかしくなるということを表している。そんな状態で能力を発揮するのは、たいていの人は難しいのではないか?少なくとも球技の世界では力が入りすぎてミスをしやすい。カースポーツの場合もハンドル操作が過剰になりそうな気がする。そこをトレーニングでコントロールするのだろうか?

彼らの間に友情があったかどうか、本当のところはよく分からない。互いに強く意識し、競争意識を持っていたのは間違いないし、商売敵としての意識は強く持っていただろうが、それも一種の友情なんだろう。仲良くするばかりが友情とは限らない。戦いが終わった後、相手への強い意識を懐かしく思えば、やはり一種の友情なんだろう。

そのへんの複雑な感情を上手く表現できた作品だと思う。男っぽい映画。この作品を女性たちはどのように感じるだろうか?・・・「アホ同士の変態的関係よ!」って、思うのか?女性にもライバル心はあるはずだが。

個人的には、レースの迫力、加速力や風圧、振動の表現に、もう少しの工夫が欲しかった。あんまり過度にやってしまうと画像が激しすぎて吐き気が出るほどになるから、時間やカットを工夫して、顔の肉が歪み、恐怖が明瞭に写る、そんな細かい演出を工夫して欲しかった。今の技術なら、もっと迫力を出せるはず。

 

 

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