映画評

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カテゴリー「よ」の6件の記事

2009年11月24日

善き人のためのソナタ(2006)

主演 ウルリッヒ・ミューエ

東ドイツの諜報機関シュタージの局員であるヴィースラー大尉が主人公。彼は極めて有能で、被疑者を厳しく調べ上げてウソを見抜いていた。新しい被疑者は舞台脚本家のドライマンで、彼の恋人には政府の要人が横恋慕している。女を横取りするために失脚を狙い、そのためにヴィースラーに証拠を集めさせるのだ。

芸術家達の感性や生き様に影響されてか、ヴィースラーは自分の仕事に疑問を抱く。脚本家が奏でるピアノソナタは、聞く人の心に響く。脚本家に恋人と政府要人との関係を悟らせたり、違法行為を見逃したりする。しかし、悲劇が訪れる・・・

・・・映画らしい映画。監督、脚本をこなしたドナースマルクが膨大な資料を基に作ったらしい。重厚な雰囲気、悲しい展開が冴える。タイトルも素晴らしい。でも面白くはない作品で、テーマから言っても仕方ないかも知れないが、昔のワイダ監督作品のような印象を持った。

したがって、この映画は大人専用、子供には全く向かない。恋人といっしょに見るのも勧められない。相手が芸術や人間性に関して一定の理解力を持つ人の場合は、むしろおススメ。極端に好みが分かれる作品だと思う。

全体の雰囲気が暗く重いので、全然楽しくない。盛り上がりのために、主人公の逮捕劇、恐怖を強く描くような場面があっても良かったような気がするが、作品の性格上、好ましくないと判断したのかも。ハリウッド製だったら、銃撃戦やカンフーアクション満載、死体がゴロゴロでないとプロデューサー達が納得しないのではないか?

Yokihito

主人公の人間像が良かった。まず独身であり、娼婦と関係した後に相手は次の客にそそくさと向かうシーンがせつない。おべっかを使うことができない関係で、おそらく出世は諦めないといけない。かっての同級生?が上司。有能だが、情けない立場。

彼が捜査するのが、人間的には尊敬の対象となりそうな芸術家達。彼らを捜査している最大の理由は、女優に対する大臣の横恋慕で、自分がその手先に過ぎないという情けない状況。この設定が実に良かった。極端な設定だが、似たようなことは日本の社会でも結構起こる。

当時の東ドイツのことは知らないが、古めかしいジャズの演奏にのって、これまた古めかしいジルバみたいな踊りを踊るシーンは、70年前のアメリカのようだ。戦前のままの社会生活が本当に続いていたのか?ヒップポップなんて考えられないような、時間が止まったような世界。

オリンピックの時の東ドイツは強かった。ステートアマだからだと思うが、体力勝負のスポーツではメダルの数が凄かった。「シュポルテ、フライ!」などという観客の掛け声で大会が盛り上がる時期があったらしい。でも、それくらいしか情報がなかった。情報は保安局がしっかり管理していたのだろう。

シュタージの局員は1~2万くらいだが、協力者、密告者が十万人以上いたらしい。重要人物、要注意人物には映画のような完璧な盗聴、監視も可能だったかも知れない。怖ろしい世界だ。

今なら小型モニターで動画つきで記録されるだろう。私は小人物で秘密らしい秘密を持たないが、それでも他人に自分の屁の音を聞かれるのは嫌だ。安心して裸にもなれないなんて、怖ろしい。子供と「チンコ!チンコ!フリフリ!」などと遊ぶこともできなくなる。

世界中で諜報機関が活動しているはずだが、局員達の自覚はどのようなものだろうか?例えば、今年民主党が政権を獲得しそうだと判った途端に、小沢、鳩山両議員の収賄疑惑が報道されたが、発表に関係した役人達は恥ずかしくはなかったのか? おそらく自民党の議員や官僚OBや、某国の諜報機関などの指示か、自分達の力の誇示のために捜査を始めたんだろう。

民主党が清廉潔白だとは思えないが、役人が宣伝めいた行為で選挙に関わるなんて、官僚としては越権行為だ。恥を知るならできない。身を慎み、国家に忠実に生きる役人は、きっと出世できないんだろう。官僚組織とはそういうものらしい。

2009年2月24日

椿三十郎(1962)

- 娯楽に徹してみよう -

若い侍達が、お堂で相談をしている。藩の不正を正そうと決起した相談である。ところが、このお堂には先客がいた。むさくるしい格好の浪人者、三船敏郎である。

「話を聞いていたが、ちょいと待ちな。」ってな具合に彼が分析すると、確かに言うとおり。既に回りは敵方に取り囲まれている!

しかし、その場は三船の機転で上手くやり過ごすことができた。三船は若者達と行動を共にすることになる。

藩の重役のうち、悪者達は結束している。不正の罪を家老に押し付けて、彼を監禁してしまう。彼の妻と娘は、三船らによって取り戻すことができた。

さて、今度は家老を取り戻すべきだが、彼はどこにいるのか?三船達は様々なアイディアを練って、どうやら場所を特定する。屋敷の警備がいなくなったことを仲間に知らせなければならない。その合図は・・・

・・・アイディアにあふれ、躍動感あるシーンとユーモアあるシーン、怖いシーン、激しいシーン、いろんな変化をもたせた娯楽作品。とにかく、娯楽に徹してみようという精神を感じる。

この作品は、でも子供向きではない。最後のシーンは写りが良いテレビで観ると気分が悪くなる子も居るかもしれない。一般的には男の子なら今でもワクワクしてくれそうな気はするんだが・・・

さすがに全体に古めかしくはなっている。演技も過剰な表現が目立つ。いかにも舞台劇を見るかのような大声で、潜んでいるはずなのに・・・という違和感はある。でも、リアルである必要はない。娯楽作品なんだから。

織田裕二主演の作品と比べると好みは分かれるだろうが、映画らしさの点では古いオリジナル作品のほうが味がある。

でも恋人といっしょに観るためには、演出の具合や画面の暗さや解像度に難がある。デジタル処理して、色彩もつけてなら耐えてくれるかもしれないが、普通の女の子は嫌な顔をするかもしれない。

主人公が「用心棒」で登場したのと同じキャラクターで、今回も同じように人を切りまくるのだが、前作のように切った手がころがるようなシーンはなかった。でも最後に劇画的な決闘があった。

実際に心臓あたりを刀で切ったら、どうなるだろうか?

心臓を切った直後を見たことはない。自殺目的で心臓を突いた娘さんを見たことがあるが、だらだら流れ出て困るだけで、噴出してはいなかった。その娘は外来で心臓が止まったが、私が魔法のような処置で生き返らせてしまい、かえって悲惨なことになった。

血圧が下がった状態の事故の患者は何人か見たが、さすがに血は噴出してはいなかった。手術場でピュ-と血が飛び出すことはあるが、なかなか大量には出ない。小さな穴だと飛ぶが、大きく切るとドバドバ流れ出る感じになる。圧がそれほどでもないからだ。

血管を流れる血の量、心臓の付近の圧によって吹き出る量は決まるが、おそらく刀で心臓をまっぷたつにしても、圧が低い関係で、血は飛び出さない。

さて本題の映画であるが、三船の迫力もあって大活劇になっている。キャラクター設定が素晴らしい。自分の名前を聞かれてゆっくり考えてから答えるヒーローは、それまでいたのだろうか?例えば大衆演劇ではどうだったか?

あのシーンが実に主人公を魅力的にしている。とぼけた感じ、ユーモアというか人をバカにしたような、不真面目な感じ。あれが結構人を惹きつける。あんな雰囲気を真似る輩は今でも多い。

敵役の室戸役の仲代のかつらがおかしいが、それ以外は見事な出来上がり。仲代みたいな怖い顔の敵がいないと活劇は盛り上がらない。あんな俳優、誰か今いないかなあ。ギョロっとした目は、白黒だと生きる。カラーでは、なんだか怖さが緩和されるのだ。不思議だが。

2008年11月18日

用心棒(1961)

- シュールだが娯楽性充分 -

荒野にたたずむ素浪人の三船敏郎は、行く当てのない旅をしていたが、ある町に到着する。この町では、酒屋と女郎屋の二大勢力が、それぞれヤクザと連携して町の覇権を狙っている。

そのため町は殺し合いが絶えず、人間の手をくわえた犬がトコトコ走る有様。喜んでいるのは棺桶屋だけ。

酒屋の主人は、ある女を囲っていて、この女の子供と夫は彼女に会うことを禁じられている。子供の泣き声が響く。

この様を観ていた素浪人は、何を考えたか自分を用心棒として双方に売り込みに行く。チンピラを鮮やかな腕で切って見せて、自分を高く売り込むことに成功する。

双方が決戦をするように仕向け、一気に勝敗をつけようと画策したものの、役人が到着する知らせが入って、計画は失敗。さらに拳銃を持った仲代達也が登場して、事態はさらにやっかいなことになる。

三船は、囲われ女が襲われたように見せかけて、女の家族を脱出させることに成功するが、仲代に見破られ、刀を奪われてリンチされる。

かろうじて逃げ出した三船は墓場近くの小屋で体力の回復を待つが、その間に仲代達一味は敵に総攻撃をかけ、町を占拠する。もはや勝負あり。仲代達の天下である。

そこへ、三船がふらりと登場する。大勢のヤクザものが待ち構える中へ歩み寄る。銃を構える仲代の前にテクテク近づいていく。何を考えているのか?・・・・

この映画は、ほとんど覚えてしまうくらい何度も観た。私だけではないだろう。「荒野の用心棒」を始めとして、別の様々な映画で繰り返し真似されたことから解るように、設定が冴えている名作だからだ。

主役の三船のクールなキャラクターが秀逸だった。あの歩き方は、絶対に戦後のヤクザものをイメージしている。戦争の影響で、すさんだアプレゲール達のヤケクソじみた仕草を思わせる。でも、その中にヒーローの要素がある。母子を助けるからだ。

ただし、殺しを厭わない。大量殺人をあっさりやってしまう。もちろん相手はヤクザ者なんだが、彼らにも親や子供がいるだろうに・・・。

自分の行き先は、放り投げた木の枝で決める。最初も、そして最後も。目的を持って生きるなんて、全く考えてない。

そして、一匹狼である。ともに戦おうなんて、情けないことは言わない。正義がどうのこうの、法律がどうのこうのなんて気にしない。役人や警察にも期待しない。自らの能力に自信を持っている。いや~、カッコいい。

この主人公をモデルにした作品は多いが、三船が最もシュールであったと思う。

さらに仲代達也が良かった。三船のこれまでの相手役は、ちょっと迫力に欠ける人物が多かったが、この仲代は目が違った。とことん冷酷な油断ならない相手で、腕力より頭で勝負するタイプの、実にいやらしい敵の雰囲気をバッチリ出していた。

結果的に、ほとんどの登場人物が殺されてしまうというシュールな結末も良かった。製作者達のクールな視点が作品を単なるチャンバラ映画から、ほとんど娯楽のレベルを超えるまでに上げていた。

子供が喜ぶ映画では、主人公が仲間から賞賛されながら話が終わるはずである。誰も喜んでない中を去っていくなんて、絶対に良からぬ影響がありそうな展開である。自分勝手な人間を賞賛しているかのようだ。

母子を助けなければ、許しがたい殺し屋にすぎないんだが・・。でも、クール。

脚本家達が共同して、いろんな案を出し合って作ったのだろうが、アイディアだけでも凄いものだった。

カメラワークも、オタク達が練りに練って作っているから、いちいち手が込んでいた。

仲代が登場して拳銃を撃つ場面では、実際には弾を節約しないとおかしいのだが、何発も鐘を撃って力を誇示する。それを、「厄介なのが現れた。」と三船が苦々しく見ながら板窓を閉じていたが、観客も同じ思いを抱かざるを得ない演出だった。

なんで、同じような演出を、晩年にもやらなかったんだろうか?アイディアが枯渇したんだろうか? スタッフがアイディアを出しづらい雰囲気になったのだろうか? 大いなる謎である。

ユーモアも織り込まれていた。加藤大助のマヌケな会話、女郎屋の女達の化粧と踊り、女がそろってブサイクで三船がゲンナリする顔、名前は?「う~ん、そうだな桑畑~三十郎かな?」なんて、人を喰った話。

アイディアと、キャラクター設定、展開の仕方、強敵の登場、そして結末、去っていくシーンなど、全て完璧な出来。惜しむらくは、音声が聞きづらいことと、若干映像の解像度も落ちていることか?デジタル処理で音だけでも良くなればいいんだが・・。

作品の内容はともかく、出来が良いので家族と観ても良いと思う。ただし、オススメとは言い難い。教育上はマズイ。恋人と観るのは構わないが、音声が良い状況でないといけない。古いだけで敬遠する人には無理。

 

 

2008年5月21日

酔いどれ天使(1948)

- 痩せた三船が印象的  -

痩せた三船敏郎が暴れるシーンがおかしかった。我々にとっての三船は、リポビタンDを手に、「飲んでますか?」と言うコマーシャルの印象が最も強い。怒鳴っているのか、と思えるような野太い声がかっこよかった。

リポビタンちゅうのは、相当に元気が出るらしいと考えて、薬局に行って皆と金を出し合って飲んだことがあった。カフェインの量が多いので、元気になった気がした。確か、その夜眠れなかったような気がする。

大学時代の友人がリポビタンを大量に飲む実験をしたらしいが、一晩中マスタベーションしたくなったと言っていた。本当かどうか自分で試す気にはならなかったが・・。

我々より前の世代だと、三船と黒澤監督がコンビを組んだたくさんの作品を同時代で観たイメージが強いだろう。

タイトルの’酔いどれ天使’という言葉は、何か戦前の文学オタクの趣味が出ているような気がするが、当時としては画期的な造語ではないか?キャッチコピー的な効果が期待できる、優れたセンスのタイトルであろう。

志村喬は、この映画の時に43才だったらしいが、なんちゅう老け方であろうか。どう見ても60近い感じがする。また、メイクが激しい。西郷隆盛ばりに眉毛を跳ね上げて、マンガのような顔になっている。映像表現のためとは言え、ちょっとやりすぎだった。

三船の病状が進んで、頬がこけたことを表現するためか、ほほに色をつけてあったが、これまた激しすぎた。あんな顔の人間がいるわけがない。顔を見たら吹き出してしまいそう。

三船の兄貴分役の俳優は、ちょっと迫力が足りなかった。乱闘と時に、窓に向かって物を投げるシーンでは、しっかり窓に視線が行って、三船に向いていない。こんな初歩的なミスを、なんで監督たちは注意しなかったのだろうか?制作費が足りなくて、フィルム代をケチったのか?

女達の存在感は、少し薄かった。ヤクザの情婦役の木暮は雰囲気が出ていたが、それ以外は扱いが低すぎる印象があった。まだ、ウーマンリブの時代を経験していないからか?

田村亮子が出演している!と驚いたら、あれが有名な笠置シズ子だったのね!歌も踊りもかっこよかった。でも、顔はそこらのオバちゃんみたい。

結核の患者さんを何人か見つけたが、聴診では難しいと思う。普通の気管支炎や肺炎と症状は全く同じだし、経過が長引いておかしい、あるいはCT像が怪しいということで診断につながるパターンが多い。必ずしもレントゲンに所見がない人も多いので、おそらく当時は見逃しが多かっただろう。

この映画でも、経過が長いことが怪しいと思う点のひとつだし、何と言ってもヒロポンの時代には、まだ患者数が多かったので、ピンと来るものはあったに違いない。

肩を不自然にいからせ、気取ったポーズでタバコに火をつける仕草が、何とも言えずおかしい。昔はかっこよかったんだろうが、今となってはギャグの世界でしかない。ダンスの最中も肩をいからせていた。ジルバが結構上手いのは、相当練習したのだろう。

しかし、三船の存在感は凄い。声、顔が役にはまっているし、演技も迫力があって、当時のやりかたでは名演と言える。後年よりも派手で芝居臭すぎるが、ヤケクソの感じがよく出ていた。

もっとアプレゲール連中の無茶苦茶なのさばり方が、冒頭で頻回に出ていても良かったかも知れない。三船がクールに誰か一人くらい殺していたらどうだったろうか?今だったら、絶対にそんな展開から始まるだろう。

最初は観客の嫌悪感を買うくらい凶暴さ、ワルさ加減がひどくて、最後は哀れに思える~という展開を狙っていたのか、いなかったのか解らなかった。

2006年12月23日

48時間

- これは西部劇か?  -

この作品はユーモアと緊迫感のバランスが良い、優れた映画だと思います。テレビのバラエティ番組のスターだったエディ マーフィーを私達はこの作品で始めて見ました。冒頭のスティービー ワンダーの物真似みたいな登場の仕方も傑作でしたが、途中でニック ノルティをバカにした話し方、クラブで白人の客達をだまして情報を得るまでの手際の表現など、観客を楽しませる演技の数々には驚くべきものがありました。

最近の作品を見ると、残念ながら大物になるにつれて彼の良さがだんだん薄れてきたような気もします。この作品のキャラクターが強烈だったからかもしれません。笑いだけをねらったドリトル先生シリーズや、デブの大学教授のシリーズよりも、緊迫した中の笑いや、人種や人柄を原因とした対立の中の笑いの方が、笑いのレベルが違うために印象の残り方が違うのかも知れません。

この作品を子供には見せていませんが、どうでしょうか?たぶん、大人とは楽しみ方が違うと思います。小学校の高学年くらいからは本来の楽しみ方ができるかも知れません。

今の若い恋人達がいっしょに見たらどうか推測しますと、少し古めかしいと感じるかも知れないと思います。たぶん、結構面白いなと感じるだろうとは思いますが。監督の趣味が野暮ったいと思う人もいるかも知れません。西部劇みたいな雰囲気です。

ニック ノルティは、この映画ではゴリラのように見えましたが、フットボール選手に混じって演じた映画「ノースダラス60?」では、本物の巨人達の中で非常に小柄に見えました。こんな顔でよく俳優になろうと思ったものですが、迫力があって素晴らしい個性です。アメリカには、個性派の俳優を大事にするキャパシティがあります。日本ではこのような俳優はスターになれないのではないでしょうか。

エディ マーフィーにスーツを着せたのは良いアイディアでした。ニック ノルティのだらしなさと対比させて個性を際立たせるためだったのでしょうが、たぶん白人達は「このやろう生意気な」という印象を持ち、それが二人の対立を面白くする効果があったのではないかと思います。私達にとっては、単に気取ってるくらいにしか思えませんでしたが、それでも充分に面白く感じました。

脚本、演出が西部劇を思わせます。傑作だと思います。

2006年9月26日

世にも不幸せな物語

監督 ブラッド シルバーリング 主演 ジム キャリー

 

 この作品は子供も大人も楽しめます。悪人はいますが、どぎついシーンはありません。殺人者がユーモラスに描かれている点を問題視する人もいるかもしれませんが、通常は問題ないと思います。

 

 タイトルには、原作者のレモニースニケットの名前が入っています。3人の子供達が火事で両親をなくし、親戚の伯爵に預けられることになりますが、この伯爵が遺産をねらっているため、子供達に次々と危険がせまります。兄弟が力を合わせて、危険をかいくぐることができるかというのが、この作品のあらすじです。

 

 悪玉を演じるのは、ジム キャリーです。メーキャップもド派手ですが、独特のオーバーアクションで気味の悪い伯爵を演じています。今回は特に演技がオーバーですが、派手であればあるほど作品の雰囲気にあっているようです。彼でないとできない顔芸が、この作品の魅力のひとつになっています。また、子供達にしかけるワナも奇想天外ですが、それに対する兄弟たちの逃れ方が面白く、これもこの映画の見どころです。

 

 この映画の色調は黒を基調にしています。最近、なぜかこれと似た色調から始まる作品が多いような気がします。お互いにまねをしているのか、もしかすると同じプロダクションが製作しているためかも知れません。製作者達を調べてみると、人気の映画のプロデューサーがそろっていました。この映画では、特にイントロなどが人形劇風で趣向をこらした感じがします。また、変な目玉のマークが話のポイントになりますが、後の方で意味が分る仕掛けになっています。このへんの「なぞかけ」も、お約束のようですが良くできています。

 

 どこかの国の古い童話に、似た話があったような気がします。ヨーロッパの童話は結構怖い内容が多いと思いますが、この作品も童話の人気シリーズを脚本化したそうです。

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