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カテゴリー「よ」の14件の記事

2015年11月18日

ヨーロッパ覇権史(2015)

- 玉木俊明著、ちくま新書 -

オランダ、スペイン、イギリスなどの覇権の歴史を、主に経済的な面から論じた本。

非常に簡潔で、論点が明快な本だった。よほど頭を整理していないと、このような分野は難解な文章になってしまうと思うので、著者は相当な研鑽を積んでいるのだろう。あるいは逆に、大量の資料から研究した大御所研究家ではないのかも知れない。単純すぎるだけの可能性もある。

劇場主は経済的なことについて本格的に学んだことがないので、学者達の意見を拝聴するしかない。想像に過ぎないわけだが、この本の内容は、本筋に近いように感じた。

いっぽうで、経済以外の問題、ことに貿易以外の要因に関する考察は、この本では排除されており、偏りはあると思われた。フランスやドイツの国力だって凄かったのだから、愛国精神や武力の直接的な影響も、実は覇権の大きな要因ではないかとも感じた。

貿易に限って言えば、本の内容は重要であるが、覇権が持つ個人的意味については、違った面を考えることがある。

例えば英国の植民地になった時代のインド人。一般に多くの人は支配に不満だったろうが、商売で英国との取り引きで裕福になった人物がいれば、英国の覇権はやむを得ないものと認識するように思う。現実を見ろよと・・・・個人によって、覇権の意味合いは違うだろう。

英国にしてやられたオランダ人の中にも、国内の商売で充分に満足していた人はいただろう。英国との貿易で裕福になった富豪もいたはず。覇権が他国に移っても、自分の家族の生活が安定していれば、基本的には関係ない話で、皆が皆、国同士の力関係に熱中していたはずはない。

個人や企業単位ではなく、国単位で営業しないと商売に邪魔が入る事態が繰り返されると、やがて全てが国単位の争いになるだろう。そうやって、ついには壮大な予算をかけ、総力を挙げての戦争に発展した、そんな歴史があったと思う。今は企業がグローバル化したので、少し形態が変わっただけで、必要に応じてトップセールスが行われる状況は変わっていない。

強欲に目がくらんだ人達が過剰に行動した結果、不要な覇権争いを生じたように思う。でも、強欲を抑えこむことは現実的に無理。常軌を逸するほどの欲が、大きな仕事には必須なのだから。強欲は、国内の支配権を得る原動力にもなる。国論を動かして、無茶な戦争に巻き込んで行く。いったん世論が動けば、今の選挙制度では無茶も通る。

そんな飽くなき野望、野心が与えた影響は、この本では語られていなかった。政商の数々、ビクトリア女王やヒトラーの野心などは、影響が大きかったように思う。

財政的な問題、特に戦争の費用をどうやって捻出したかは、他の本でもよく読む。でも、なかなか理解できない。もっと具体的に記述してもらうと、さらに理解がしやすかったかもしれない。

第一次大戦の頃、英国でさえ予算の大半を戦争に支出していたと聞く。その状態を数年間続けて、それでも破綻しないのが不可解。まして敗戦国でさえ存続できているのだから、まったく不思議。財政には様々なカラクリがあるのだろう。もともと欧州は、富の蓄積も凄いものだろう。全容はとても理解しがたい。

そしてまた、心の面についても、少しは考えるべきかと思う。

軍国主義の元で育った人間は、覇道こそ正義と感じるものかも知れない。彼らにとって今日的な意味での倫理の概念は、なくて当然。より攻撃的な発想をする連中が、倫理的な連中を攻撃し、支配してしまう傾向がある。

欧州の民族移動の時代や、中国に遊牧民族がやってきた場合は、蛮族のほうが躊躇がない。強欲に満ち、略奪を仕事と考える精神が、覇権の形成には不可欠と思う。奴隷貿易だって、従事した連中には当然のことで、倫理的悩みは薄かったのだろう。覇権に命を賭けるという発想が劇場主には浮かばないが、その当時もし生きていたら、倫理面の判断は違っていたかも知れない。豊かさを求めることこそ倫理的と思ったかも。

11月13日に起きたパリのテロ事件。犯人達は、仏軍の行動への復讐と考えていたと報道されている。たしかに見方によっては、欧州諸国が中東に進出し、石油などの権益を持ち、国際ルールを決めていることが、回り回ってテロにつながっている印象もある。

国際ルール、秩序は、過去の戦争で決まったもの。優勢だった欧州諸国の考えで、イスラム諸国の民には理不尽に思えるルールが多い点は否定できない。だからといってテロ行為に走って良いなんてことはないが、根深いものはあると思う。

加えて、覇権を握った関係で、アフリカ、中東出身のフランス人は非常に多い。彼らの子孫が不満を持てば、テロリストが次々と誕生することは確実で、排除するのは非常に難しいように思う。結果として、猛烈な人種差別が復活しそうな予感もする。

中東からの避難民への扱いも、非常に気になる。隔離されることになると、悲惨なゲットーが誕生することにならないだろうか?中東と欧州の問題に関しては、解決の方法が簡単に見つからない。百年単位で、紛争や戦争、テロが繰り返されるように思える。

それは、覇権争いの結果でもあると考える。

 

 

2015年6月21日

喜びも悲しみも幾歳月(1957)

Syouchiku

- 抑制が効く  -

灯台守夫婦の物語。実話が元になっているそうで、手記から脚本を書いた木下監督が自分で監督した作品。何度もドラマ化されたらしいので、大変なヒット作だったらしい。DVDで鑑賞。

画質は良く調整されていた。非常に出来の良いドラマと感じた。昔のドラマの場合は、さすがに木下監督作品と言えども大仰だったり、現実感が薄かったり、演出過多の印象を受けることが多いが、このドラマは実話が元だからか、全体的にリアル。

戦前戦中の場合は、この家族よりも波乱万丈の物語がそこらじゅうに転がっていたと思う。それなのに、よく物語として魅力を出せたと感心する。良い企画だった。

時々笑いのシーンがある。特別なことではなく、ちょっとした冗談だったりだが、我々の日常もそうそう爆笑の出来事があるわけではない。ほんのちょっとした笑いがほとんど。すぐ忘れてしまいそうな、そんな出来事が、リアルさにつながったのかもしれない。

役者達も、いつになく演技過剰にならないように、皆で互いに抑制しあって調子を合わせたかのような演技ぶり。深刻な恋の悩みも、大声を出して泣き叫ぶほど盛り上がったわけじゃない。全体の調子が統一されていた。

観ている我々には全体の調子がどうだと分かるが、作っている最中に現場でそれを感じることは難しいだろう。監督が色々言ってても、技術の人間が勝手に暴走して大メロドラマにしようと考えるかも知れない。「ここでオイラの腕を見せて評判を取ろう・・・」そんな思惑から、何かやらかしてくる連中は多いと思う。統制をとるのは難しかろう。

とにかく、この作品はドロドロの人情ドラマではないけれど、ちゃんと共感を得るような物語になっていた。

ただし、今の子供にはどうだろうか?さすがに古くて、戦時中の話になると、それだけで理解不能の部分が多くなるかも知れない。挨拶の仕方から何から、違う人種の話かと感じて、話に付いていくのも大変では?

高峰秀子の演技で思うのは、動きや声の高さを変えて、年齢に応じて徐々に変わっていく様子が上手く表現できていること。メイクだけじゃなく、演技でもってちゃんと年齢相応の雰囲気を出している点が凄い。

高峰に比べると、佐田啓二のほうは動きの変化の表現が今ひとつだったかも知れない。普通は定年前くらいの年齢になれば、歩き方が変わってくると思う。少し足をガニ股にするなど、工夫はできたと思う。もしかすると、この役は佐田啓二のような二枚目じゃなく、喜劇俳優のほうが合っていたのではと、少し感じた。

テーマ曲も素晴らしい。この作品のために書かれたはずだが、昔からあったように描かれている。いちおう行進曲のテンポ、でも曲調は悲しく、歌詞は非常に真面目。灯台守のイメージアップにつながりそうな内容。

灯台守は、役職から言うと海上保安庁の職員なんだろうか?昔だと海軍所属か?運輸省職員?内務省所属の、なんとか庁のなんとか局、なんとか課・・・だったのだろうか?

 

2015年4月28日

蘇る金狼(1979)

Kadokawa

- 節制してた? -

平凡なサラリーマンの朝倉。しかし彼には大いなる野望がある。大金を手に入れ、会社の重役になり、御令嬢と結婚する。彼は行動を開始するが、会社、殺し屋、総会屋などとの激しい戦いが待っていた・・・

・・・なんで借りたのか忘れたが、DVDで鑑賞。公開当時大評判だったことは覚えている。本屋の宣伝が一番激しかった。あれだけ宣伝されたら、観ないわけにはいかないような気になるだろうが、観なかった。いちおう受験生だったからか?邦画を観ても、アクションの面でしらけると思ったからか?

DVDは画質が良くなかった。カメラの性能の問題かも知れない。ブルーレイ化されているらしいので、そちらで鑑賞したほうが良いはず。

主人公の存在感は素晴らしかった。ただのハードボイルドなワルではなく、とぼけた行動や、真面目すぎるヘヤスタイルがおかしく、ボクシングの時やアクションシーンで見せる引き締まった体型は格好良いなど、青年達が憧れる要素がたっぷり。イメージとして合う役者は、松田優作か千葉真一くらいしか思いつかない。

この作品は、その二人が共演している点が凄い。動きに関しては千葉のほうが本物なんだろうが、身軽な分だけ松田のほうが強そうな印象を受けてしまう。千葉の素晴らしい所は、良い作品のためには悪い役でも結構やっている点。この作品への出演は、考えようによっては引き立て役で、損な役割。でも、おそらく喜んで出ているように思う。

高倉健も若い頃はアクションスターだったが、動きに関しては松田のほうが見るからに身軽そうな印象。カンフースター達もいろいろいたが、この役はレスラーや兵隊のようなたくましさは似合わない。細身で身長が高い役者が理想だった。

とは言っても、敵が自動小銃を構えているところに走っていって撃たれないのは非現実的。安物テレビドラマなら許せるが、少し演出が不足していた。それに観た印象では、松田は足が非常に早いようには見えなかった。身のこなしも、品が感じられない。あのシーンはなくして、銃火器は拳銃だけにすべきだった。また、現実問題、忍び込んで複数の敵を倒したら、多勢に無勢、やがては疲れて殺されるのが自然。だから協力者がいるのが理想だった。したがって千葉が演じた人物とは共闘し、最後で仲間割れといった流れのほうが良いと、勝手ながら考えた。

ヒロインに相当する風吹ジュンも懐かしい。最近の風吹はお母さんかお婆ちゃん役で自然な感じが出ているが、この作品の頃は肌がピチピチしていて若々しい。27歳頃だから当然。当時は演技力に期待できる女優ではなかったので、お婆ちゃん役を演じるようになるなど想像もしていなかった。でも、美しく老けているのは確か。他の女優はかなりメイクで無理しているが、彼女は薄化粧でも通用するように思う。

もし本当にこの作品の主人公のような人物がいたとすると、おそらく体力を維持するために相当な節制が必要だろう。作中の主人公は夜に酒を飲んでいたようだが、禁止すべき。余分なカロリー、代謝への負荷は避けるべき。その努力が、いざという時のスタミナにつながるのだから。

ゴルゴ13を読んでも感じるが、バーで飲んでいたりしたら隙が生まれないはずがない。仕事が終わったら直ぐに家に帰るべし。何のために生きているのか解らないくらい節制しないと、命取り。

おそらく主人公は、家でも激しいトレーニングをせざるをえない。ただの腕立て伏せなどでは難しいので、かなりのスペースを使って飛んだり跳ねたり、周辺のランニングも必要。余暇のほとんどをトレーニングに使う必要がある。だから、この作品の主人公は、やはり実在感には欠けていた。何か設定を変えるべきだったかもしれない。

体が軽いと走ったりには有利だが、敵を殴り倒す、あるいは敵の攻撃に耐える面では不利。そこが演出の上で難しいところ。最近のジェイソン・ステイサムなら、身軽でしかも重量感もあるが、松田だと体が細すぎて敵が倒れるのは不自然。大柄で身軽、そんなアクションスターは滅多にいない。

普通に考えるなら、主人公は元自衛官か警官。何か問題を起こして守衛か清掃人かに再就職。暗い過去の経緯から、上流の人に激しい憎悪を持つ。そんな人物なら、怖ろしい計画を練っても不思議ではない。そんなキャラクターではいけなかったのだろうか?

この作品は子供には全くよろしくない。殺人、暴行、レイプ、盗聴、麻薬取引、違法な投与、犯罪のオンパレードで、そんな人物をヒーロー扱いするなんて、良いはずがない。面白く観るだけの人がほとんどでも、押〇学氏のような人物に影響を与えてしまったかも知れない。恋人と観る映画としても、問題がないとは思えない。

ただ、主人公はヒロインを捨てたがっていたようには見えなかった。意外に純情なところもあった・・・でもそれは、やや無理な設定でもあった。

2014年9月 7日

夜更かし羊が寝る前に(2008)

- 君を探しに行くまでの物語 -

DVDで鑑賞。アイルランドの映画だそうで、素人くさい作り方。手持ちのカメラで揺れる画像はお世辞にも洗練されているとは言えなかったが、構成や俳優の個性が良かったのか、印象の良い作品だった。

ストーリーはかなり複雑で、何重にも夢を見ているような、どこまでが夢でどこからが現実か曖昧に終わるような展開。もしかするとラストでの夢にあふれた主人公は、実は生きてはいないのかもと思えるし、本当に生き返って夢を追って旅立つのかも知れない。どっちか分からない点がオシャレな感じもする。

主人公は真面目そうな顔の俳優で、特に印象深いとは感じなかった。 メル・ギブソンとチャニング・テイタムを混ぜたような顔で、個性は薄い印象。いっぽうのヒロインは、もしかするとコメディー女優かもしれない愛嬌のある方で、こちらは非常に強い印象を受けた。可憐さや清楚な感じで悲劇的な恋愛映画にするか、彼女にように愛嬌のある女優でラブコメに近い作品にするか、いずれの選択もあったと思う。

主人公の友人や担当する医者を演じていた俳優たちは、夢の内容に従って役柄を変えるので、相当な演技力が必要だったようで、こちらは確かに役者らしい演じ分けをやっていた。

カメラワークには改善の余地があったと思う。手持ちカメラを使うとしても、揺れないような工夫はできたはず。手持ちで特に効果が上がったとは感じなかったので、ちゃんと固定して撮影するべきだったかもしれない。

途中で東京のことが話題になり、日本語のセリフが交わされるが、日本人にしてみれば意味は感じない。あちらの人には神秘的な印象につながるのかも知れないけど。渋谷の雑踏の中でプロポーズしたら、踏み倒される危険性はないのか?少なくともオシャレとは言えない気がする。

衛星ビジネスがアイルランドで成立するのか知らない。突飛な設定を選んだだけかもしれない。衛星と隕石の話が、この作品に必要だったのかも理解できなかったが、もし若くして資産を築いた人物で、アイルランドでは直ぐに連想できるようなビジネスマンに、人工衛星のビジネスを手がけている人間が実際いるのかも知れない。検索したら、実際に何社かあるようだが、どこか他の国の企業の出資によるものかも。

もしネット~衛星ビジネスをアイルランドで始めて、若くして資産家になる人物が存在するなら、アイルランドでは非常に目立つ存在であろうし、映画の主人公には相応しいという、一般的な感覚が存在するのではないか?資産家だから長期間の入院も可能だろうし、そこらのアル中や農夫では主人公としての魅力に欠けるといった感覚か?

日本人なら、普通のサラリーマンでも主人公になって入院ができる。医療保険制度のおかげだろう。だから、「リアル」のような映画の場合も、特に資産家でない一般の人間が主人公になりえた。アイルランドの医療制度の実態は知らないが、おそらくイギリスを参考にしているだろうから、かなりの制限はあるだろう。

邦題はよく考えたと感心する。ロマンティックな感じがする。この作品は、もっと完全なロマンス路線を目指しても良かったのかもしれない。ストーリーをいじれば、サスペンスにもなりうるし、大恋愛映画、怖いSFにもなりえたように思う。

この作品は子供が楽しめる映画ではないかも知れないが、一定の範囲で興味を持って見てくれそうな気もする。ラブシーンが非常に大人しいのは、カトリックの教えのせいか?恋人と観る映画としては、かなり高級で雰囲気の良い、優れた作品だと思う。涙涙の大傑作ではないが、多くの人にとって心地よい作品ではないだろうか?

 

2014年2月13日

欲望のバージニア(2012)

Twc

- 旧式が良い -

禁酒法時代に密造酒で稼ぎを狙う兄弟が、捜査官に戦いをいどむ話。捜査官が悪者。DVDで鑑賞。国内の劇場では公開されたのだろうか?  

この作品には原作があるらしく、実在の人物がモデルとなっているそうだ。禁酒法時代を扱った物語は多いが、この作品は犯罪者側を肯定的に描ききっている点が特徴。禁酒法自体が間違った法と言えるとは思うが、非合法の行為を賛美し、役人側を殺し屋として描くのは、あんまりよろしい方向とは言えないかも。

でも面白く、爽快感さえ感じるようなアウトロー物語だった。たぶんR指定がついていそうな、子供が観るには残虐なシーンも多かった。恋人と選んで観る映画とは思えないが、退屈した時に観るB級的な娯楽映画としては、Bの上のレベルに行っていると思う。

最も良い印象を得たのは、主演のシャイヤ・ラブーフ。タフでない個性が役柄にピッタリで素晴らしい。彼がやられると、観客の多くは自然と彼に同情し、敵を憎むようになる。それだけでも素晴らしい個性だと思う。

加えて、酒場に勤務することになる女性のジェシカ・チャスティン、主人公が憧れるミア・ワシコウスカらが、これまた非常に魅力的。色彩や化粧に注意し、二人とも肌の透明感を強調された印象で、首筋などにカメラの焦点を当てていた様子。画像のワシコウスカは本当に美しい。アリス役の時には理解できなかった魅力があった。

日本の女優でも、時代劇で非常に映える人がいるが、彼女もそうかもしれない。清楚な格好をすると良い面が際立つのかも。

ギャング映画では、脇役にあたる女性達が色っぽい存在であるべきだが、今作の彼女らはグラマーさを強調しない、独特の魅力を出していた。奥ゆかしいヌードシーンは、よく考えてあった。大股を開くような下品な濡れ場は遠慮されていた。

また、敵役となったガイ・ピアーズが実に嫌らしい人物を演じており、この作品への貢献度は抜群だった。残虐で狡猾な敵が描かれれば、もうそれだけで作品の成功は間違いない。仮に主人公がへっぴり腰のまま、あんまり活躍できなかったとしても、敵が倒れてくれるだけで観客はスカッとするだろう。

タフな兄貴を演じていたトム・ハーディーだったが、あまりにも表情を作り過ぎていたように思った。もっと大柄の俳優を使って、立っているだけでも体力的に凄そうな、凶暴で怖い雰囲気を出しても良かったかも。主役ではないのだから、ワルぶる必要はない。

最近のアクション映画は、銃撃戦の迫力、カーチェイスなども実に計画的に演出されて、まるで「アクション学」のような技術と知識の集積が成されている印象。車は縦にも横にも回転し、人間の頭を超えて飛んでいくのもごく普通、ビルが吹っ飛ぶ爆発も、人物はちゃんと逃げられる確固たる技術があるから安心して観ていられる。

ところが、この作品のアクションはいたって旧式。マシンガンがあるはずなのに、拳銃で撃ちあっている。車を盾に、何の工夫もなくただバンバン撃っていても、見た目の迫力が出るはずはない。その関係で、DVD限定になったのか?第一級のアクション映画になれていないのか?

ただ個人的には、これで良かったと思う。受けるために無理してはいけない。まさか禁酒法時代にカンフーアクションで敵を倒すのは非現実的だし、アクション中心の娯楽作品ばっかり作られても食傷してしまうから。ハードボイルド、奥ゆかしさ、そんな旧式の雰囲気の映画も、たまには許されるべきでは?

興行的には、もしかするとアメリカだけでは評価されたかも知れない。日本では絶対に売れないだろう。子供や日本の若者はソッポを向くと予想。でも恋人と観るなら、この作品は古めかしい点で良いと思う。時代考証なども、私が解らない部分でしっかりやって、丁寧に作ったのではないかと思った。

 

 

2013年3月 5日

欲望という名の電車(1951)

Warneretc

- 存在感抜群 -

妹を頼ってニューオーリンズに着いた姉だったが、妹の夫とはソリが合わない。家に出入りする友人の一人と姉との結婚の話が持ち上がるが、姉の過去が明らかになってくる・・・

・・・ヴィヴィアン・リーが30代後半に出演した作品で、オスカーを受賞している。確かに気味の悪い、存在感のある演技だった。この役は、初演ではジェシカ・タンディ嬢が演じていたそうで、今となれば彼女の後年の活躍も納得できる。タンディ嬢は本当の女優で、映画スターになりそこねただけだったようだ。

作品の中間くらいで、ヴィヴィアン・リーの化粧が変化している。おそらく演劇の世界では常識なんだろうが、演技を変えていよいよ狂気を発揮させようという場合に、化粧も変える、照明も変えるといった演出をするのだろう。

マーロン・ブランドは当時27歳くらい。タフだが粗野、バカではないが聡明でもない、酒とギャンブルに生きてそうな姿がリアル。演技臭くない演技ぶり。確かな存在感を感じた。人への思いやりなどには興味ない悪い役と言える、そんな個性に好感さえ持たせるほどリアルに演じていた。役者の力のなせる業だろう。

何度か服が破れてしまうが、そのまま外出する様がおかしい。キザな若者なら、服が破れることを非常に気にするだろう。殴られても平気だが、服を破られると怒る人もいる。外見に気を使わないのも、個性を表現する方法のひとつ。実際にも、あんな雰囲気の連中は多い。

町の酒場の周りや、ギャンブラーが集まる場所では、独特の考え方が場を支配する。動物の群れと同じ状態。いかな正論であろうとも、そんな場所で丁寧語を使ったらアホと思われる。動物相手に説教するようなものだから当然。そこで日々をしのいでいけるのは、動物めいた感性の人物だけとなる。

何かの製造業に勤めている様子が、短い時間だが映像にあった。今は中国あたりに職場が移っているだろうから、ブランド氏の職種も違ってしまったことだろう。とにかく、ギャンブルに狂う人物は、確かにあんな感じがする。

田舎の方だと、ギャンブルと言ってもせいぜいパチスロかマージャンくらい。賭けると言っても桁は小さいのだが、積もり積もれば破産することがある。うちの近所の方も、悪徳金融業者から追いかけられる破目になっていた。

今はネットで住所を調べて、近所の家に電話して「〇×さんに電話に出るように言って下さい。」などと圧力をかけてくるそうなんで、近隣は非常に迷惑。ネットの進歩も考えものだ。ハチンコ業界は巧妙に警察と同化しているから、社会問題になることを避けてはいるが、財産を減らす人物は多く、基本的にはもっと規制をすべきでは?

おどろおどろしいタイトルだが、実際の電車に欲望~望み?という名前が書いてあり、一種のユーモアで街に名前をつけ、それが電車の行き先に書かれることになってるようだ。希望という名の電車と訳されたら、何てことはないタイトルになってしまうのだろうが、特に‘欲望’としたのは大正解だった。

ヒロインのような人物が実在しえるかは、よく判らない。日本で言うなら、旧華族か武家出身の娘が経済的に困窮して歓楽街に身を投じるようなものだろうが、日本とアメリカでは雰囲気が違うと思う。広大な大地に広い農園を営んでいた家族が、何かの理由で破産し、娘が街に出てくるとしても、アメリカではもともと貧富の差が著しいし、一発当てれば巨大な資産を一大で形成する可能性は常にあり、ドライな割り切り方をする人間が多いのではとも思う。少なくとも、貴族ではないのだから。

それに名家といっても、歴史がせいぜい二百年程度である。戦国時代から続いた旧家の没落とは、悲しさの度合いが違うと思う。でも、実際に破産した家の娘は、大きく心が傷つくことだろう。精神異常を来たしてもおかしくはない。

この作品のディレクターズ・カットにはラストにレイプシーンがあるそうだ。鑑賞したのは映倫を通ったオリジナル版らしく、暗示させるだけで終わっていて、それはそれなりに上手い演出方法だったと思った。全体の流れから考えれば、オリジナル版でも充分では?

この作品は異様な雰囲気が漂い、狂気寸前の人達が狂気の行動に陥るまでを表現したと考える。欠点や互いの感情を洗い出し、お互いが何を感じ、どのように干渉し合い、事態がどのように悪化していくか、それを分析し劇として構築したとでも言おうか?演劇的な人間分析の表現だったようだ。

個人的には雰囲気が楽しい劇ではないので、感動は生みにくい。何で大ヒットしたのか理解に苦しむ。もちろん劇の完成度は高く、リアルで存在感あふれる役者達の仕事は見事なものとは認める。でも自分が当時生きていて、これを観て楽しいと思うか、観たいと思うかは判らない。金や時間に余裕があって、何か変わったものを観てみたいと思わない限り、たぶん行かないだろう。暇なギャンブラーだったら行くかも。

おそらく、リアリズムを極めようという演劇界、映画界の業界人達の想いが当時は強く、規制側との激しい攻防をも辞さない姿勢が高く評価されたのでは?

現代の若者に、この作品を勧めるか?そこもよく判らない。たぶん、今の若者は夢がない時代に大きくなっているから、こんな暗い作品でも気に入って「オレの気持ちを表現している!」などと支持してくる割合も高いと思うのだが、現実を再確認して何か楽しいだろうか?

子供達には全く勧めたくない。恋仲の二人でこんな映画を観たら、付き合うのも嫌になるかもしれない。どぎつい内容だった。演劇好きの人でない限り、あんまり人に勧めるタイプの作品ではないのだろう。

2011年8月14日

容疑者(2002)

主演 ロバート・デ・ニーロ

麻薬の売人が殺された。容疑者として浮かび上がったのは担当刑事の実の息子。刑事は過去に自分の父親が犯罪を犯したことがトラウマになっている。息子を逮捕できるのか、それとも麻薬売人に復讐されるのか・・・

・・・ロバート・デ・ニーロの近年の作品の中では一番味が出ていた気がする。共演したジェームズ・フランコの演技力にも感服した。ラストを除けば、出演した皆の存在感は素晴らしく、それぞれが見事な演技だと思った。

フランコが麻薬でラリっている時の表情が実に上手かった。

実際のヤク中は見たことがないので想像するだけだが、嘘っぽさが感じられなかった。でもラスト近くで急に主人公達の背後に忍び寄ったり議論したりするのは、逃げてる人間のすることではないと思えた。途中までは実にリアル。

ラスト部分は、おそらく脚本や演出の問題であって、役者達のせいではないのだろうと思う。オーバーさが鼻についた。

ジェームズ・フランコという役者は、スパイダーマンの敵役で有名になったが、当時は下手糞な気取った役者という印象に過ぎなかった。でも、その後の「デート&ナイト」、それに最近公開の「127時間」など、確実に評価を上げている。大スターにはなれないかも知れないが、得がたい存在感。

ただし、どうもジェームズ・ディーンをイメージしすぎているような気がする。ディーン役で出演したこともあるそうだが、表情がそれらしい。

この作品は実話に基づいているそうだ。そういえば、当時「犯罪者の性質は遺伝するのか?」というテーマで宣伝されていたような気がする。でも、この作品は熊本市で公開された記憶がない。たぶん、メジャーな路線ではないからだろう。

ロングビーチというのは本当に廃れてしまった場所なのか?木の板が拡がる広場は、いろんな映画で観る気がするのに・・・作品の中では、今はヤク中の巣のような描かれ方だったが、実際はどうだろうか?演出によるもので、夏場は結構にぎわうのかも。海岸沿いは基本的にスラム街になりにくいと思う。

作品とレベルが違うが、親子の意識の断絶の問題は自分自身も悩む。

学生時代の自分は、さんざん世話になっておりながら反発していた。親に対してというより、世間全般に対して腹を立てていた。自分ひとりで生きてるわけではないのに、やたら世間を非難していたように思う。批判の内容は今考えればもっともで非常に正確だったが、批判できる立場では、そもそもなかった。

金を出してもらいながら、子供を学校に行かせるのは親の義務だみたいな感覚がどこかにあった。でも、親になって子供を大学に行かせようと計画してみると、その負担に愕然となる。

高校の授業料でさえ、気がつくと結構な金額。さらに娘は語学留学に行きたいとのたまうが、12日間で50万円という気が遠くなりそうな金額。額を聞いて当方はふらつきを覚えるのに、娘は服をねだるのと同じ感覚。「出せるでしょっ。」

さ来年大学に行きだしたら、市内でも最低100万、市外だと200万以上。ふたりで400~500万!子供達全員で合計3~4000万!細かい金額で情けないが、庶民にとっては笑えない額。

将来性が感じられるなら借金してでも学校に行かせるが、やる気が感じられない我が子らでは、それだけの投資は意味がない気もする。かといって、家でゴロゴロさせるわけにもいかない。学校に行ったことで未来が開ける可能性がないわけではない、そこが切ない親の望みで、将来の可能性を摘んではならないという想いに、大抵の親は負けてしまうのだろう。

自分が何をしたいか、現実的な希望を考える能力にも欠けているので、始末に困る。私自身も現実的な能力は欠けていたが、できないなりに努力はしようと思っていた。未来に不安を持って、後で後悔しないように、最低限のことはやらなきゃと思ってはいた。でも、我が子達のぐうたらぶりはひどい。

なすべきことを考えない人間には、いかに親と言えどもやれることは知れている。子供達は彼らなりの理屈で不満を持っているのだろうが、自分が若い頃より、理屈になっていないように思える。この感覚は誰でもそうなのだろうか?たまには親が驚くような利発さを示す子もいると思うし、本当にぐうたらな子もいると思うのだが・・・

こちらが理解を示してやらないと、ただ反発するだけ。理解を示すと一時は機嫌が良いが、また別な要求を考え出す。まるで我が妻のようだ。要求の前に、なすべきことをせよ!と、言いたい。

だが、やはり当時の自分を棚にあげてることに気づく!自分は受験勉強はほとんどしなかったし、ただアル中の、批判好きのヤケクソな人物に過ぎなかった。運よく大学に行って、レールに乗って社会人になれたに過ぎない。

子供達もレールに乗ってでもいいから、とにかく生計を立てて欲しい。

2010年1月25日

容疑者Xの献身(2008)

- 悩み苦しむ姿の表現は難しい -

ガリレオこと、湯川教授は物理学の先生だが、頭脳明晰で犯罪の捜査にも度々助言を求められる存在。刑事の内海からもたらされた新しい謎は、ある殺人事件。男が殺され、顔を焼かれていたが、身元はすぐ判明。その男、富樫はかっての妻を脅迫していたらしいが、妻にはアリバイがあった・・・

・・・なかなか面白い作品。原作が良かったからか。

導入部分が素晴らしい。途中も適度に可笑しいシーンもあり、人物達の悩みや感情が巧く説明されていて、よく整理された感じ。

福山雅治は昔のトレンディドラマで見てから演技力に疑いを持っていたので、今回も期待しないで観たのだが、この作品ではなかなか素晴らしい味があった。通常、犯人を執拗に追跡し、冷徹な推理であぶりだす人物は、例えば阿部寛のような強烈な目をした役者が望ましいと思う。でも、飄々とした学者が主人公なら、福山は非常に合っていると思う。

坂本竜馬には合わないような気がするが。

刑事役の北村一輝には感心した。大河ドラマの武将役では、あまりに表情のない、何を言いたいのか解らない単純な人物像に思えたが、この作品では存在感があった。独特な目つきは、脇役として使いやすい個性だと思う。悪役には最適だが、今回のような助演も素晴らしい。

共演の堤真一にも感心する。昔は純な青年役が多かったためか、オーバーすぎる演技に不快感を覚えていたが、徐々に年齢が上がってくると父親役や、出世に失敗した感のある男の哀愁みたいなものを巧く演じているような気がする。まだ若いので今回は多少作りすぎの感じもしたが、今後さらに巧さに磨きがかかってくるはず。

この堤の役どころが、今回の作品の焦点なので、彼の存在感が自然に出ていれば成功だと言える。成功だったと思う。

でも多少理解できない部分はあった。犯罪を始めて犯す人間は、通常はドギマギして傍から見ても精神的に動揺しているか、もしくは動揺を隠そうとして無理をしてることが多いはず。テレビドラマの犯人達が堂々としていることには常に違和感を感じる。この作品の堤も、実に堂々としていた。

弱みがある人間は強気にでることが多い。刑事に囲まれたヤク中の酒井法子も、随分強きだったらしい。本当に存在感を出したければ、要らぬところで悩んだり突っかかったり、変に自分の行為を正当化しようとして無理な理屈を捏ね回すシーンがあっても良かったのでは?

最後に彼の考えが説明されていたが、観客の心情に訴えて共感を得るまでには至っていないのでは? だから、心に残る名作とまでは言えないと思う。狂気を説明するのは簡単なことではない・・・

 

2009年11月24日

善き人のためのソナタ(2006)

主演 ウルリッヒ・ミューエ

東ドイツの諜報機関シュタージの局員であるヴィースラー大尉が主人公。彼は極めて有能で、被疑者を厳しく調べ上げてウソを見抜いていた。新しい被疑者は舞台脚本家のドライマンで、彼の恋人には政府の要人が横恋慕している。女を横取りするために失脚を狙い、そのためにヴィースラーに証拠を集めさせるのだ。

芸術家達の感性や生き様に影響されてか、ヴィースラーは自分の仕事に疑問を抱く。脚本家が奏でるピアノソナタは、聞く人の心に響く。脚本家に恋人と政府要人との関係を悟らせたり、違法行為を見逃したりする。しかし、悲劇が訪れる・・・

・・・映画らしい映画。監督、脚本をこなしたドナースマルクが膨大な資料を基に作ったらしい。重厚な雰囲気、悲しい展開が冴える。タイトルも素晴らしい。でも面白くはない作品で、テーマから言っても仕方ないかも知れないが、昔のワイダ監督作品のような印象を持った。

したがって、この映画は大人専用、子供には全く向かない。恋人といっしょに見るのも勧められない。相手が芸術や人間性に関して一定の理解力を持つ人の場合は、むしろおススメ。極端に好みが分かれる作品だと思う。

全体の雰囲気が暗く重いので、全然楽しくない。盛り上がりのために、主人公の逮捕劇、恐怖を強く描くような場面があっても良かったような気がするが、作品の性格上、好ましくないと判断したのかも。ハリウッド製だったら、銃撃戦やカンフーアクション満載、死体がゴロゴロでないとプロデューサー達が納得しないのではないか?

Yokihito

主人公の人間像が良かった。まず独身であり、娼婦と関係した後に相手は次の客にそそくさと向かうシーンがせつない。おべっかを使うことができない関係で、おそらく出世は諦めないといけない。かっての同級生?が上司。有能だが、情けない立場。

彼が捜査するのが、人間的には尊敬の対象となりそうな芸術家達。彼らを捜査している最大の理由は、女優に対する大臣の横恋慕で、自分がその手先に過ぎないという情けない状況。この設定が実に良かった。極端な設定だが、似たようなことは日本の社会でも結構起こる。

当時の東ドイツのことは知らないが、古めかしいジャズの演奏にのって、これまた古めかしいジルバみたいな踊りを踊るシーンは、70年前のアメリカのようだ。戦前のままの社会生活が本当に続いていたのか?ヒップポップなんて考えられないような、時間が止まったような世界。

オリンピックの時の東ドイツは強かった。ステートアマだからだと思うが、体力勝負のスポーツではメダルの数が凄かった。「シュポルテ、フライ!」などという観客の掛け声で大会が盛り上がる時期があったらしい。でも、それくらいしか情報がなかった。情報は保安局がしっかり管理していたのだろう。

シュタージの局員は1~2万くらいだが、協力者、密告者が十万人以上いたらしい。重要人物、要注意人物には映画のような完璧な盗聴、監視も可能だったかも知れない。怖ろしい世界だ。

今なら小型モニターで動画つきで記録されるだろう。私は小人物で秘密らしい秘密を持たないが、それでも他人に自分の屁の音を聞かれるのは嫌だ。安心して裸にもなれないなんて、怖ろしい。子供と「チンコ!チンコ!フリフリ!」などと遊ぶこともできなくなる。

世界中で諜報機関が活動しているはずだが、局員達の自覚はどのようなものだろうか?例えば、今年民主党が政権を獲得しそうだと判った途端に、小沢、鳩山両議員の収賄疑惑が報道されたが、発表に関係した役人達は恥ずかしくはなかったのか? おそらく自民党の議員や官僚OBや、某国の諜報機関などの指示か、自分達の力の誇示のために捜査を始めたんだろう。

民主党が清廉潔白だとは思えないが、役人が宣伝めいた行為で選挙に関わるなんて、官僚としては越権行為だ。恥を知るならできない。身を慎み、国家に忠実に生きる役人は、きっと出世できないんだろう。官僚組織とはそういうものらしい。

2009年2月24日

椿三十郎(1962)

- 娯楽に徹してみよう -

若い侍達が、お堂で相談をしている。藩の不正を正そうと決起した相談である。ところが、このお堂には先客がいた。むさくるしい格好の浪人者、三船敏郎である。

「話を聞いていたが、ちょいと待ちな。」ってな具合に彼が分析すると、確かに言うとおり。既に回りは敵方に取り囲まれている!

しかし、その場は三船の機転で上手くやり過ごすことができた。三船は若者達と行動を共にすることになる。

藩の重役のうち、悪者達は結束している。不正の罪を家老に押し付けて、彼を監禁してしまう。彼の妻と娘は、三船らによって取り戻すことができた。

さて、今度は家老を取り戻すべきだが、彼はどこにいるのか?三船達は様々なアイディアを練って、どうやら場所を特定する。屋敷の警備がいなくなったことを仲間に知らせなければならない。その合図は・・・

・・・アイディアにあふれ、躍動感あるシーンとユーモアあるシーン、怖いシーン、激しいシーン、いろんな変化をもたせた娯楽作品。とにかく、娯楽に徹してみようという精神を感じる。

この作品は、でも子供向きではない。最後のシーンは写りが良いテレビで観ると気分が悪くなる子も居るかもしれない。一般的には男の子なら今でもワクワクしてくれそうな気はするんだが・・・

さすがに全体に古めかしくはなっている。演技も過剰な表現が目立つ。いかにも舞台劇を見るかのような大声で、潜んでいるはずなのに・・・という違和感はある。でも、リアルである必要はない。娯楽作品なんだから。

織田裕二主演の作品と比べると好みは分かれるだろうが、映画らしさの点では古いオリジナル作品のほうが味がある。

でも恋人といっしょに観るためには、演出の具合や画面の暗さや解像度に難がある。デジタル処理して、色彩もつけてなら耐えてくれるかもしれないが、普通の女の子は嫌な顔をするかもしれない。

主人公が「用心棒」で登場したのと同じキャラクターで、今回も同じように人を切りまくるのだが、前作のように切った手がころがるようなシーンはなかった。でも最後に劇画的な決闘があった。

実際に心臓あたりを刀で切ったら、どうなるだろうか?

心臓を切った直後を見たことはない。自殺目的で心臓を突いた娘さんを見たことがあるが、だらだら流れ出て困るだけで、噴出してはいなかった。その娘は外来で心臓が止まったが、私が魔法のような処置で生き返らせてしまい、かえって悲惨なことになった。

血圧が下がった状態の事故の患者は何人か見たが、さすがに血は噴出してはいなかった。手術場でピュ-と血が飛び出すことはあるが、なかなか大量には出ない。小さな穴だと飛ぶが、大きく切るとドバドバ流れ出る感じになる。圧がそれほどでもないからだ。

血管を流れる血の量、心臓の付近の圧によって吹き出る量は決まるが、おそらく刀で心臓をまっぷたつにしても、圧が低い関係で、血は飛び出さない。

さて本題の映画であるが、三船の迫力もあって大活劇になっている。キャラクター設定が素晴らしい。自分の名前を聞かれてゆっくり考えてから答えるヒーローは、それまでいたのだろうか?例えば大衆演劇ではどうだったか?

あのシーンが実に主人公を魅力的にしている。とぼけた感じ、ユーモアというか人をバカにしたような、不真面目な感じ。あれが結構人を惹きつける。あんな雰囲気を真似る輩は今でも多い。

敵役の室戸役の仲代のかつらがおかしいが、それ以外は見事な出来上がり。仲代みたいな怖い顔の敵がいないと活劇は盛り上がらない。あんな俳優、誰か今いないかなあ。ギョロっとした目は、白黒だと生きる。カラーでは、なんだか怖さが緩和されるのだ。不思議だが。

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