映画評

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カテゴリー「め」の15件の記事

2017年1月 9日

名探偵コナン11人目のストライカー(2012)

- 挫折に関して -

サッカースタジアムに爆弾が仕掛けられた。犯人は犯行を予告し、警察やコナン達を翻弄する。追うコナン君は、ついに犯人とサッカー場で対峙するが・・・

・・・子供が借りたDVDで鑑賞。コナンシリーズの劇場版。なぜか観なかった。子供映画で大人も鑑賞を楽しめる少ないシリーズが名探偵コナン。ポケモンや最近のドラえもんは子供だけで観てほしい。だから、この作品は観ていたつもりだったのだが・・・

この作品には本物のサッカー選手が声優として本人役で登場していたそうだ。でも、それは無駄だと思う。完全にフィクションの名選手で、劇画的な活躍をしてくれたほうが、話の持って生き方が自由になる。棒読みのセリフは興ざめしかねないから、たとえ実在の選手を描いても、本人が読むのではなくプロの声優に任せたほうが良い。

サッカー人気を映画に持ち込もうという目論みだったのだろうが、一部のサッカー少年以外には全く効果が期待できないはず。ストーリーや場面の表現にも無理を感じた。

サッカーボールを蹴って、コナン君にボールを送ろうとするシーン。観客席の段差やガレキが邪魔して互いに近づけないから蹴って送ろうというのは当然かもしれないが、そんな場面では避難が最優先されるわけで、そもそも無傷で立っておられるのが奇跡だったので、さっさか逃げるべきだった。

確実に相手にボールを送りたい場合、よほどの技量がないと蹴ってパスしようとは最初から考えない。サッカー選手だって投げるほうが確率は上がる。蹴って連携を強調するアイディアは、子供だましの度が過ぎた演出だ。

スタジアムの屋根を構成する鉄柱をスケボーで登るシーン。それができたら、サーカス団員を上回るテクニックとなり、推理よりもスケボーで評価が高まり、直ぐにマスコミで評判になって、暗黒組織にコナン君の存在がばれてしまう。マンガであっても、守るべき現実味があると思う。

コナンシリーズの魅力は、子供映画に似合わない精巧に作られたストーリー、結論を導くに至るまでの推理のレベルの高さだったと思う。観客が納得できる推理内容でないと、なんだ子供だましの・・・という印象につながる。そうなったら、ポケモン映画でも観ようかと思われてしまう。差別化のために、本格的なプロットが必要。・・・そこまで考えても仕方ないか?・・・

この作品では、サッカー選手の想いが大きなウェイトを占めていた。

サッカー選手を目指す若者は非常に増えた。子供の憧れの職業の第一位はプロサッカー選手になっているそうだ。平均すれば、まだプロ野球のほうが収入的に安定しているようだが、世界を舞台にする選手の場合は、収入的にも相当なレベルに達している。

ただし、J2の選手クラスでは一生を賭けるには無理がある。サッカー教室、トレーナー、コーチ監督業などの副業などで家庭を支えるしかない。好きでないとやれない道。でも、市内の高校生達は海外合宿までして鍛錬している。近年はスペインのクラブが世界中から高校生を呼んで講習会をやってるらしい。

一流選手を目の当たりにしてみる経験は大きいと思う。自分の位置を知り、自分がそこを目指せるかどうか、判断する機会になるかもしれない。一段高いレベルで考える機会になる。今は良い環境になったものだ。

成功を夢見ていたが、もしどこかで故障してしまったら、その想いはどうだろうか?想像を超える重さがあると思う。

劇場主の場合は、靭帯を切って足が非常に遅くなった。さらに、視力も衰えが激しい。既に大学時代にはキャッチボールさえできなくなった。球技には厳しい身体条件。いちおうテニス部に入ったものの、ボールが見えないので集中力を保つのも難しかった。学生レベルでも一流選手ではなかったが、それでも悔しい思いをした。一流選手が故障をしたら、ヤケになるのは当然だろう。

皆、どうやって納得しているのだろう?もうちょっとで一流になれたのに・・・あるいは、一流から転落し、解雇されたが、自分でそれが当然と思ったわけではないのに・・・そんな重く、苦しい状況から、どうやって次のステップに移れるものだろうか?ヤケクソになる人だって、少なくないはずと思うが・・・

その異常な想いを強調すると、迫力の面では良い効果が期待できる。でも、子供路線を狙う場合、あんまり話が暗くなりすぎる。そのバランスが難しい。コナン君のシリーズは、そのへんを独特の表現で乗り切っているようだ。

 

2015年8月 8日

メンフィス・ベル(1990)

Warnerbros

- 盛り上がり不足 -

ドイツを攻撃する爆撃機メンフィス・ベルの乗組員の物語。最後の目標はブレーメン。しかし敵機の襲撃を受け、作戦遂行は難しくなる・・・

・・・・この作品は実話を題材にしているが、ストーリーは大幅に変えて作られたオリジナルの物語らしい。7月5日、衛星放送で鑑賞。最近戦争映画が多いような気がするのは、まさか政府の差し金か?国会が自衛隊派遣問題で会期延長されてる時期だから、注目させようと考えたのか?

でも、逆効果だったかも知れない。今の時点で安倍政権への評価は下がっている。支持率50%を切ったままという。株価はまだ高めなのに、戦争関係の法案が絡むと、やはり評価は厳しくなるようだ。特に沖縄の新聞を潰せみたいな妙な勉強会を開くもんだから、まずい方向に風向きが変わっている。

この作品の放映で、海外への自衛隊派遣に道筋が立ったろうか?やっぱ関係ないと思うが・・・

主演はマシュー・モディーンだったが、バランス的には他のクルー達とほとんど変わらず、均等に見せ場がある印象。登場人物の個性が出るように、可能な限り枝葉的なエピソードを織り込んでいたようだ。その効果は確実に感じられた。大ヒーローが登場しなかった代わり、後味の良い物語になっていた。

逆に、ヒーローなしの戦争映画は、盛り上がりの面では問題があった。この作品は、誰かに勧められるようなレベルには達していないように思う。くだらない映画とは思わないが、感動作とも思えない。

医者で志願した爆撃担当者、自分が死ぬと思い込んでしまった狙撃手、お守りにこだわる若い兵士など、わざわざ特徴が出るように色々な個性のキャラクターが出ていたが、戦争もの、何かの仲間を扱った作品の典型として、基本に忠実だったものの手際がよろしくないので、少々アザトイ印象も受けた。

おそらく、あわてて個性を解説するような愚を避け、大事なポイントごとに個性が湧き出るように表現したほうが良かったはず。少し余裕が足りなかった印象。

一番の見せ場は、攻撃目標地点に達した時、視界が悪くて目標を確認できなかった時だろう。そして次は、撃たれた仲間の命が危ない時、思い切って処置するか、独軍の医療に期待して任せるかの判断。いずれも、間違った判断をすれば犠牲者が出る。どう対処するかが見物である。

また最後の方で、帰還してきて着陸しようとする時、片車輪しか出ないと分かったシーンも緊迫する仕組みになっていた。前半部分でちょうど片車輪で着地した飛行機があった。成功したかに見えて爆発していた。あれが連想されるから、当然緊迫する。よく考えてあった。

しかし、ちょっと演出が大人しすぎた印象も受けた。マシュー・モディーンの表情のせいかもしれない。わりとクールに操縦していたように見えた。他の俳優、例えばトム・クルーズなら、ビビッた表情を出して、必要以上に緊迫感を出してくれたかも知れない。もっと悩んだり、怖がってよかったはず。

クルー同士の仲が良すぎたかも知れない。喧嘩して殴り合いをやらかし、その仲違いが元で作戦に悪い影響が出る・・・・そこを乗り越えて理解しあう・・・そんな流れが常道だと思う。感動につなげるための、そんな設定がもっとあって良かったのではと思った。

爆撃機の仕組みを始めて知った。おそらく高度と飛行スピードから計算して、どこで落とせばどこに命中すると、機械が表示してくれているのだろうが、たぶん視野が進行方向に少し前方に傾いていて、スピードを固定さえすれば狙えるという仕組みではないか?

ということは、爆撃の前後には一定のスピード、方向ということになるから、高射砲が届きさえすれば、敵側には狙いやすかったのでは?

実際の爆撃はどうだったろうか?ドイツの町も焼け野原になったようだから、問答無用で適当に攻撃していたかも知れない。後でひどく後悔した兵士も多かったと思うが、自分が撃墜される危険が高い場所で粘るのは、やはり怖いだろう。おそらくほとんどの場合、そこいらじゅうに爆弾を落として去っていく部隊が多かったろう。

一般住民を対象にした爆撃は、全て戦争犯罪だと思う。日本が重慶でやったという攻撃も、米軍の日本への攻撃も、兵士を対象としていないのだから、少なくとも裁判は必要と思う。もちろん、表彰などの対象ではない。でも、敵の生産力を落とすのは現実的な戦法。昔とは形を変えた兵糧攻めの一種だろう。

今後も爆撃という戦法は繰り返されるのだろうか?今は狙う能力が高くなっているので、大量の爆弾を都市全体に落とす戦法は必要ないと思うが、日本家屋を対象とした作戦では、今でも効果は高いはず。狙ってくる勢力があるかもしれない。

効率から考えると、誘導ミサイルで工場や発電所などのインフラを破壊するのがベストと考えているはず。インフラが乏しいイスラム過激派勢力の支配地域に対しては、そんな欧米の戦い方が効果を示しにくい。したがって、過激派は存続しうる。今後も消えてなくなることはないだろう。

 

 

2014年5月31日

めぐり遭い(1957)

20cfox

- 韓流ドラマの原点? -

プレイボーイの主人公と人妻のヒロインが客船で出会い、結婚を目指して半年後の再開を約束。しかし事故が発生・・・というメロドラマ的ラブストーリー。

ケイリー・グラントとデボラ・カーという美男美女スターが出演した作品だが、映画史に残るほど有名ではないだろう。下船前の目線のシーンだけは何かで観た記憶があるけど、他は知らない。悪い作品ではなかったが、インパクトには欠ける印象を受けた。邦題も工夫が足りない印象。

キスするシーンで、階段の中ほどで足だけ見える状態で二人の様子が解るような演出や、船から降りようとして互いに視線を交わし、間の乗客が二人に反応するシーンなど、オシャレでユーモアも感じられるものの、今風の演出ではない。だから今となっては価値が薄いだろう。

当時はどうだったのだろうか?それなりに広く興行され、カップルなどが集まったのではないかと想像するが、よく解らない。不倫映画は夫婦で鑑賞するわけにはいかないだろうから、そんな余計な事情によって敬遠されたかも。今の時代の家族が楽しく鑑賞できる映画とは思えない。

恋人と観る場合に、どんな雰囲気が出るのかもよく分からない。韓国ドラマが好きなカップルなら、おおいに感動する傾向があるかも。

今の時代、不倫を扱う映画の場合は、激しいラブシーンがないと受けないだろう。この作品では水着になるシーンはあって、当時としてはそれが限界だったのかも知れないが、ベッドシーンがない恋愛映画は考えられないから、人気の点では全く話にならないかも。

約束事はきっちり果たしている印象を受けた。子供達による合唱団が登場し、ヒロインと愛嬌のある歌を歌うが、可愛らしい子供は映画に良い雰囲気を出すから、悪い演出ではなかったと思う。少し唐突な印象も受けたけど。

歌のシーンも長すぎたかもしれない。歌がどうこうより、子供とヒロインが仲良く過ごし、強い絆を持っていることを強調したほうがストーリーの中では意味があったと思う。子供とのエピソードが足りなかった。合唱を長々やりすぎて、その辺の表現に要する時間が失われた印象。

主人公の祖母を訪ねるシーン(画像)も悪くなかった。祖母との交流が、ヒロインの心の変化には大事な場面。上手く演出されていたと思う。自然で、静かな良いエピソードだった。

悲恋のほうに比重を持ってくるなら、コメディタッチの船内の演出は逆効果だったということもできる。最初から真剣そのもので、完全にメロドラマとして全体を通すほうが、作り方としては一貫性があって、興行的にも良かったのかもしれない。

そういった演出の仕方のバランス感覚、戦略がチグハグだったのかもしれない。ユーモアがあって、悲恋があって、子供が可愛くて、俳優が美男美女の大スターでも、強いインパクトを残せるとは限らないようだ。

大戦後、10年少々しか経っていないはずなんだが、当時は既に客船に乗ってラヴ・アフェアに興味深々となる人が多かったのだろうか?日本にも成金は大勢いたはずだが、一般的には慎ましい家庭が多かったろう。欧米なら金持ちは多いだろうけど、大戦後には家を建て直し、好景気に乗じて商売を拡げるといった真面目路線のほうが主流で、若い遊び人達の動向には嫌悪感を含んだ視線が待っていそうな気もするのだが・・・

VIP階級の人のゴシップを報道する番組が成立していたくらいだから、既に社会的な余裕、退屈感が凄くあったのだろう。日本の場合は中心都市でも荒廃したままの地域があったろうに、富の備蓄のレベルが違う印象。豊かでないと、こんな作品は生まれないし、韓国などが豊かになったから、こんな作品を真似ることもできるようになったということか。

 

 

 

2013年9月22日

メリダと怖ろしの森(2012)

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- 伝説と教訓 -

王女メリダが出会った魔女によって、王国に危機が訪れる。スコットランドを舞台に、クマとなった古代の王子の伝説、魔法使い、勇敢な王女と王妃の物語が展開する・・・

・・・原題は「brave」だそうだから、映画「ブレイブ・ハート」に通じる意図があるのだろうか?王女はこうして王子と結婚し、いつまでも幸せに暮らしました・・・という結末にならなかったのは斬新だった。でも、そのために小さいな子供が観て楽しめないという悪い面もなかっただろうかと疑問には思った。テーマが恋ではなく、母親との関係や自分の意志による選択だったから、その点でも特異な作品だと思う。

CGが実に素晴らしかった。メイキングの解説によれば、主人公メリダの髪の毛の表現のために、毛の一本一本をまずカールさせ、次に数を増やして合成し、さらにそれらが動いた時の互いの干渉具合を再現し、そしてまた実際のヒロインの動きに合わせて移動といった、大変な労力で作った画像らしい。そのせいで実に自然な動きになっており、実写よりも美しいとさえ思えた。

風景の描写にも相当こだわっていた様子。滝の水を飲むシーンでは、滝から細かい水滴が漂う様を実に見事に再現していた。山にかかる霧、森のコケ、モヤなども手の込んだ画像で表現していた。

技術的な面では本当に優れた点を多く感じたが、王達の画像は旧来のマンガ的なキャラクターに留めてあった。彼らまで実写に近づけると、大人専用の映画になってしまいそうな気がするので、適切な判断だったと思う。笑いの要素も必要だ。「ベオウルフ」は手の込んだモーション・キャプチャー技術を使ったそうだが、子供が楽しめる作品ではなかったように思う。あの作品の二の舞を踏まないという判断か?

恋の話を持ち込まなかった点は、おそらく充分に検討を重ねた結果の選択だと思う。テーマが曖昧になる、子供映画からは離脱したい、深遠な雰囲気を出す試みをしたいといったスタッフの熱意によって、こんな話になったのではないか?もし、ラストでどこかの王子とメリダが結婚したら、王妃とメリダの間の関係よりも、そっちに焦点が行ってしまう。それに作品自体がもっと長くなってしまうだろう。

テーマも非常にマトモ。運命を自ら導くか、運命に任せるか、生き方に関する教訓を扱っていた。子供達が観ても教育上問題なさそうな作品。爆笑シーンは少なくても、そこそこ楽しめると思う。大人の鑑賞にも耐えられる。恋人といっしょに観るのは向いてない印象だが、CGの技術的な面に絞って観れば、かなり感動できるかも。

ピクサーとディズニーのどちらが中心となって企画したのか知らないが、この種の映画の今後の方向が少し気になった。ネタが不足しつつある印象を受ける。今回の話が全くのオリジナル作品らしいのは、ネタ切れのためかもしれない。

大ヒットシリーズは大きなドル箱になるから、次々とシリーズ作品が作られる。ひとつのヒットで、数作品が派生してくる。ヒット作を次々と編み出すのは、たぶん大変なんだろう。海の画像に素晴らしい技術が開発されたら海のシリーズ。雨粒画像、髪の毛画像など、新しい表現技術が出るたびに作品のアイディアも出てくると思う。でも、今後どんな作品につながりそうか、自分には予想できない。全くアイディアが出なければ、やはり続編かスピンオフ的な作品を作るしかなくなるだろう。

本来ならば、素晴らしいキャラクターを構築し、物語の壮大さで勝負できるほうが望ましい。「パイレーツ・オブ・カリビアン」の船長や、「アイアンマン」の主人公は随分と変わった個性の持ち主だった。彼らの戦う相手も実に個性的で、飽きの来ないよう工夫がされている。成功の秘訣は、やはり新しい個性と斬新さだと思う。

メリダ嬢はかなり個性的な王女だった。この作品も観客動員数は相当なものだったらしい。続編が作られるかどうかは知らないが、個人的にパート2を観たいとは思えなかったので、何か足りないものもあったのではないか?

せっかくの王女の弓の腕が、ストーリーのラストには結びついていなかったことは気になる。過去の映画の弓の名手は、ラスト近くの危機の場面で決定的な弓の力で局面を打開することに成功したことが多い。技術が勝利や成功につながらなければ、前半で弓のシーンを写す必要はあまりない。やや中途半端だったと思う。

過去のパターンなら、母親が敵のクマに倒されとどめをさされそうになる。その絶体絶命の危機をメリダが放った弓が敵のクマの眼などに命中することで打開し、敵のクマは眼が見えないために石柱にぶつかって下敷きになって自滅する・・・それが拍手喝采、万歳のラストにつながるはずだったが・・・・

それに、敵のクマの個性にヒネリが足りなかった気もする。とことんズルイか凶暴で、ヒロインの大事な友人を残忍にも殺しているような性悪のキャラクターのほうが良い。敵役が魅力的でないと話が盛り上がらないのは確実だから、原則に従ってワルぶりを強調すべきだったと思う。

技術は素晴らしかったが、古い原則にも教訓と示唆に富むものはある・・・って、映画のセリフにはなかったっけ?自らも、その辺をよく検討すべきだったかも。

 

 

2013年5月26日

名探偵コナン 絶海の探偵(2013)

- 迫力はありました -

イージス艦の体験乗船中に、自衛官の遺体が発見された。スパイの仕業と思える。誰がスパイか?コナン達は捜査を開始するが・・・

・・・末っ子の希望により劇場で鑑賞。おかげで自分の時間はなくなり、せっかくの週末はまたしても子守りで終了と相成った。

でも、この作品は劇場で鑑賞する価値はあったと思う。船の立体感を強調した映像に迫力があって、家のテレビよりは劇場が望ましいように感じた。

話の展開の仕方はよく出来ていた。情報を狙う人物が徐々に明らかになるように設定されてはいた。でも、さすがに今回は早い段階でネタバレの感もあった。

小学生くらいまでの子供なら、きっと結構面白く感じると思う。恋人と観る映画としては、さすがにちょっと幼稚すぎる点も多く、また今回はヒネリが足りない印象もあり、お勧めはできない。政治的な配慮が働いたのか、‘あの国の爆弾だ’と曖昧な表現にして、それがすんなり皆の理解を得てしまうのには驚いた。コナン君たちは政治家よりも感覚が鋭いようだ。

イージス艦に一般人が乗船できるのか知らない。重要な情報がつまっているはずだから、少なくとも大人は禁じるべきだと思う。写真、通信機器の類は厳禁であるべきで、乗務員の人事管理も非常に大事だろう。外国人と接触のある隊員は、基本的に乗船させたら危険。アメリカではどうやって管理しているのだろうか?

普通のパソコンやパッドの類が持ち込める状況なら、おそらく情報の保全は難しい。データの持ち出しが絶対に出来ないように、コンピュータ言語も独自の物を使い、コネクタ仕様も違う、データカードも一般のものは使えないようにすべきで、たぶん既にそうしてあるのだろう。

外部の業者がシステムを管理するのも危ない。普通の会社だと富士通やNECなどが調整をできるが、イージスシステムの不具合は直ちに誤爆につながるから、そもそも不具合自体があってはならないし、外部の人間が調整しに来てもらっては困る。

よくイージス艦は数百の対象を同時に追尾し、数個の敵に同時に攻撃できるという話を聞くが、実際にはどうだろうか?4個同時に攻撃できると解っているなら、あらかじめ時間を決めて、5箇所から同時に誘導ミサイルを発射する手もある。防御能を過信した船を沈めることも可能かも。

そもそもイージス様のシステムは、ずっと全く独自のものであり続けることない。既にEUでは別のシステムが開発されたそうだし、中国やロシアだって発想さえ解れば独自に開発することはできるだろう。やがては差がなくなっていくかも。

扱う人間が撃とうか撃ちまいか迷うことが多いと思う。特に敵味方が完全に分かれていない実戦の場合、味方を攻撃したら自分が罰される時に、速やかに判断できるだろうか?自衛官で出世している人物は、おそらく旧日本軍の幹部と同じく、優秀だが出世にひびくことは嫌がるタイプのはず。後で批判されるのが怖くて、判断が遅れるのでは?

敵もおそらく研究してくる。漁船か商船を捕獲し、曳航したまま攻撃してくる。ゲリラの場合はもっと単純に、どこかの国の民間人を乗船させて侵入するなど当たり前だろう。その場合、迷いなく攻撃できるか?

いかに優れた哨戒性能を持っていても、味方をどのように殺せるかの規定がないと動けない。動けなければ、イージス艦本体を攻撃されるか奪われる危険性もある。理論武装、シュミュレーションがどの程度されているのか興味がある。

今回の自衛隊員達は完全に落第だった。船長室やサーバ室に侵入が出来るような構造、部屋が誰にでも解るような札が存在することなど、危機管理ができていないようだった。部屋の札は暗号で記載すべきだ。船長が冒頭で攻撃を迷っていてはいけない。マニュアルに従い瞬時に対処すべきで、考えたりしているようでは実戦では使えない。

コナン君が敵を攻撃する時に、サッカーボールが武器になるのは決まりなんだが、今回のボールの使い方には明らかに無理が感じられた。まるでマンガだった・・・って、マンガなんだが。

そして、絶海の・・・という表現は誇張だと思う。近海に過ぎない領域での話だった。コナン君はいつもオーバーすぎる。

 

 

2012年9月21日

メン・イン・ブラックⅡ(2002)

Columbia 

- 敵の魅力が・・・ -

宇宙の彼方の戦いで鍵となる宝物を追って、凶悪エイリアンがMIBの建物を占拠してしまった。主人公達は過去の記憶を追って宝を探すが、エイリアンに奪われてしまい・・・

・・・この作品もビデオ化されていたので、買って当直室に置いていた。ところが当直の場合は呼ばれるから、完全に全体を通して見ることが難しい。細切れになった記憶のまま、なんとなく観たような気分になってしまって話が充分に解っていなかった。MIB3が公開されたのをきっかけに、あらためて鑑賞。

一作目ほどのインパクトは感じなかった。基本的には、気味の悪いエイリアン達がうろつくブラックジョーク満載の作品であって、それは既に一作目で知っているので、新たなアイディアが要求されたはずだったが、そこそこのレベルで、画期的とまでは言えなかったのでは?

でも、十分に面白かった。アイディアが随所にあった。古いビデオが記憶を蘇らせるという設定は、誰のアイディアだったのだろう?また、宝物が何かといった謎かけに関しては、感心するほどのアイディア。

子供といっしょ、家族といっしょに、また恋人とでも、ある程度楽しめると思う。爆笑は難しいとしても、ニヤニヤ、ハハハ程度はおかしい。ワンパターンな感じもするのだが、そこが良いという印象。

今回の敵は、植物かヘビの親戚のような本体と、女性モデルの外見を併せ持つ強敵だったが、ユーモアのセンスに欠けていた。彼女が妙な欠点を持つ、何かが苦手といった意外性があれば、もっと面白くなっていたかもしれない。

例えば、化粧品を収集する趣味がある。ネコが嫌い、何かのアレルギー、プロバスケットチームのファンなど。ビール片手に試合を見て盛り上がってるなんて、笑えると思う。モデルに化けたから、モデルの歩き方、仕草をとってしまうなどもどうか?色々な人に化けて、その度その人のクセがついてしまうなど。

敵が魅力的でないと、話が盛り上がることはない。お色気は充分だったと思うのだが、顔が役柄に最適の女優だったとは思えなかった。仕事のできるOL、役人などの個性に合致しても、このエイリアンにはどうだったろうか?

主人公のウイル・スミスは、少し抜けた部分が第一作と同様で、敵と戦って激しくやられるのも同じ流れ。充分に役割を果たしていた。記憶を消そうとして何かを言う、そのセリフがシリーズのウリのひとつになっているが、日本的なギャグではないので、大笑いするのは難しい印象。

相棒のトミー・リー・ジョーンズは、最初は郵便局で働いているという設定が笑えた。でも、あちらの郵便局は、順番を待つ際にあんな並び方をするのだろうか?日本人のようにきれいに一列になるのは難しいのでは?さらに、もうひとりの相棒である犬型宇宙人も面白かったが、少し活躍度が足りなかったかもしれない。

頭が二つある敵側のエイリアンのCG像は、少し手抜きという印象を受けた。横に伸びた別な顔は、横に伸びて支えられた関係で、微妙に揺れたほうが自然であり、その際に表情や視点も連動して変化すべき。それくらいはCGの編集の技術で何とでもできたはずと思う。

本当の気味の悪さを出させないために、あえて完成度の低い処理をしたのか?それとも当時の技術的な限界があったのか?

 

 

 

2012年7月 8日

メン・イン・ブラック3 (2012)

Columbiapic

- 元はとれた -

宇宙人を管理する御馴染みのMIBスタッフのスタッフである主人公が、過去に戻って仲間を助ける物語・・・

・・・レイトショーを利用して鑑賞。子供達が大きくなって子守の時間が減り、少しづつ時間が取れるようになってきたので、休診日の夜を利用して映画館にも行けるようになってきた。

今までは酷かった。観るのは必ず子供映画。ドラエモンやしんちゃん、コナン君がメインであった。ポケモン映画となると、大人には本当に苦痛の時間になる。たまに「アバター」のような評判の映画を家族で観れた時は実に嬉しい。自由な時間がない時代が20年近くになり、何のために生きているのか解らなくっていた。

MIB3を選んだのは、過去にソツのない演出、完成度の高いCGがあって、作品の質に安心感があったから。まさか、とんでもない駄作で失望することはないだろうという期待が理由。やはり、金を払うからには、元は取りたい。

レイトショーの場合は1200円。その価値はあるだろうか?・・・結果として、元は取れたと思う。面白かった。出来が安定したシリーズだと思う。

面白かった理由は、主人公達のかけ合いの良さと、予知能力を持つ宇宙人のキャラクター、敵となる宇宙人のキャラクターがはっきりしていたことと、もともとの主人公の個人的魅力、CGの出来の良さなど、ソツのない作り方をしていたからだろう。

主人公が感謝して映画が終わるという流れも良かった。感謝の表情も優れていた。敵を倒し、仕事を成功させ、そういった達成感が得られた点も気分いい。この作品は、だから万人受けすると思う。子供にもある程度は受けるだろう。

ただし、爆笑するような作品とは思わなかった。観客の中には外人夫婦もいたのだが、いつもなら周囲の迷惑も気にせず大声で笑う彼らも、静かに観ていた。手をたたいて笑うほどの大傑作ではなかったのかも。観終わった後、彼らの座席を見たら、激しく喰い散らかしていた。地球人じゃないような散らかし様だった。

大爆笑を期待するなら、主人公が宇宙人に飲まれるか、汚いゲロを吐きかけられるか、とにかく酷い目に遭い続けることが望まれる。ヨレヨレになったウィル・スミスが最後に逆転勝利をするのがヒットの秘訣だと思えるので、今回もその路線を守って欲しかった。やや余裕が目立った。上の画像のシーンも、少しわざとらしい表情だった。

新しい奇抜なメカを次々登場させるのも望ましい。今回なら、今は使われなくなった過去の遺物を利用した武器などで笑わせることが望ましいと思う。携帯電話を取り出して、「どうだ、凄い発明だろう!」なんてギャグも使えると思う。

敵の宇宙人が、自分の手の中で飼う虫みたいな分身を、愛情を持って可愛がる様子なども期待できる。気味の悪い化け物を、異常なほどに可愛がると受ける。そこの強調の仕方で笑わせることができるし、敵のキャラクターも引き立つ。

お約束の嘘・・・宇宙人を目撃した一般人を騙す文句が今回は少し多かった。よく考えた内容で、ニヤニヤしながら観れた。

秘密を隠そうとする宇宙人を口汚くののしる下品さもお約束だったが、今回はボーリングの球にしていたぶるシーンと、魚で料理人を殴るシーンが展開され、品性には問題があったものの、結構笑えた。

タイムマシンを使うアイディアは良かった。一輪車は、「ワンダースリー」のアイディアを真似たものだろうが、おそらく手塚プロは何も訴えないのでは?

脚本家の名前がイーサン・コーエン?と読めたので驚いたが、ギャグ的な名前か?コーエン兄弟が書いたのではないようだ。兄弟の親戚か子供かも。

映画の冒頭のシーンは月が舞台だったのだ!そのわりに、重力が普通にかかっていなかったか?また、地球にバリヤを張ったとして、それが外にいる宇宙人の全滅にどうつながるのか?まあ、細かいことはギャグ映画なんだから、無視しよう。元を取れればいいのだ。

 

 

 

2012年1月24日

メカニック(2011)

- 新しいシリーズ?-

ジェイソン・ステイサム主演のアクション映画。いつものようにカンフーアクション中心の活劇かと思いきや、毒殺なども併用する結構リアルな暗殺者で、趣きが多少違っていた。これは、作品にとっては良いことだった。殴り合いで常に勝つ主人公では、リアルさが失われるから。

本当に殴り合ったら、おそらく勝ったとしても何かの後遺症が残りそうなものだ。K-1ファイトを休憩なしで数十分続けたら、フラフラ状態になって次の弱い相手にも倒されそうな気がする。脳震盪みたいな症状が出ないほうがおかしい。

銃やナイフ、毒薬などをまじえて、とにかく殺しを成就させることを優先するほうが理にかなっている。殴り合ってばかりじゃ、おかしい。

ストーリーの展開は予想通りで、意外性で受けを狙う構図にはなっていなかった。でも、殺し方が納得いったことと、ステイサム独特の目線、二級品のハードボイルド的カッコづけの演出がマッチしていて、痛快な活劇になっていたと思う。相棒役の雰囲気も、不良の坊ちゃんという感じがよく出ていた。

ステイサムが有名になったのは「トランスポーター」のスーパードライバー役だと思う。ドライバーだったら、よほど自分を管理しない限り、運動不足になって殴りあいなど苦手なはずだが、カンフーのキレが素晴らしく、無骨な顔つきもなかなか良かった。

別な映画で暗殺者を演じていたジョージ・クルーニーは、どうもイメージと合致しない感じを受けたが、ジェイソン君は運転手も殺し屋も演じ切れている。その点では上ということだ。

この作品は、ややバージョンを変えた新しいキャラクターと言える。リメイク作品らしいが、またシリーズ化してもおかしくない。ドライバー役よりもリアルだと個人的には感じた。奇想天外な殺し方で敵をなんとかしのぐという流れなら、シリーズ化できるのでは?

内容が深いはずはない。あくまで活劇。暇な時に観るのは最高。アクション映画がそもそも暇つぶしには最適だが、この作品は特にそう。恋人と観るのも勧められる。子供にはどうだか解らないが、たぶん結構楽しめるのでは?ただし教育上は最低だと思うが。

ドナルド・サザーランドが出演していた。随分と老けたもんだ。今後も老けた悪役などに向いていると思う。この作品でもキャラクターとしての魅力と、本人の表情個性がマッチしていた。充分過ぎるほどの存在感。映画全体の味にも関わっていた。彼のセリフも良かった。

役者の個性と、役のキャラクターが一致し、作品としての完成度の高い、しかしあくまでハードボイルドアクション二級作品、ってな印象。

2011年5月24日

名探偵コナン沈黙の15分(2011)

Konann

-本来は子供映画だったんだ -

東京都知事を狙った列車爆破事件が発生。コナン君の活躍で大惨事は免れた。知事に恨みを持つ人物の捜査のために、コナン達が訪れたのはダム湖がある村。でも、そこで新たな事件が発生するのだあ・・・

・・・連休中は、例年通りに子供の世話で潰れてしまいました。せっかく映画を観るなら、大人も楽しめるコナン・シリーズをってことで鑑賞。

今までのシリーズ作品よりも多少は無理が多いような気がした。

眠り続ける子供が、コナン達が来ると時期を合わせて目覚めるか?起きて直ぐに、長時間の逃避行ができるか?ダムの決壊を雪崩で回避できるか?まあまあ、そこは子供映画ということで、お茶を濁したい。学校はどうなってんだ?

15という数字にこだわったのは、15周年だったからかと思うが、無理に15にしなくても、別に子供にはどうでも良かったのではないかと思った。話の筋が通っていて、だんだん事件が解明されるにつれて「そうだったのか、なるほど」と感心する=共感するという、推理ものに大事な流れを最優先しないといけない。

この作品は、子供や若いカップルなら鑑賞に耐えられる。今までのシリーズなら、大人のカップルでも充分に楽しめたと思うが、やや無理が多かった関係で、なるほどという感覚は生まれにくいと思った。

映像のスピード感は感じた。コナン君が使うスケボーの動きが、ちょうどカーチェイスと同じように迫力を出している。今回は特注の雪中スケート用ボードも都合よく活躍していた。子供はハラハラしながら観ることができたかも。

2009年12月 2日

めぐりあう時間たち(2002)

- タイトルはなんとかなりませんか?-

3人の女性が主人公。主人公達の1日を中心に描く作品。主人公その①はバージニア・ウルフ、その②は彼女の作品のダロウェイ婦人と同じ名前の女編集者、その③はダロウェイ夫人を愛読する夫人の3人の。女編集者の友人はエイズに犯されているが、彼の母親が③の女性だったのは偶然か、必然か? 

②の編集者がパーティーを開くために忙しい一日を過ごすのは、まさにダロウェイ夫人の小説の中での姿に他ならない。彼女も精神的に限界を感じていた。その主な理由は、彼女が支援している詩人がエイズで死にそうなのだが、彼女を精神的に振り回すからだ。詩人を表彰するパーティーの時間は迫っている・・・

・・・バージニア・ウルフの作品を読んだこともないので、この作品を理解することは到底できない。そう言えば「バージニア・ウルフなんか怖くない」という昔の映画はあったが、小説家を知りたい気持ちにはなれなかった。小説を読む時間がないので、どんな作家なのか、さっぱり判らない。

登場したバージニア・ウルフは、おそらく特殊メイクをほどこしたと思われるニコール・キッドマン。普段の彼女の表情とは全く違って、病的な感じが凄い。ややオーバーすぎるような印象を受けた。オーバーすぎて不自然であり、賞をもらうには値しないと思う。本物の精神病患者は自分を正常に見せかけようとすることが多いが、限界を超えるともう作品を書くことすらできないほどになるはず。だから、彼女の状況なら、もっと無理に明るく振舞うのではないかと思う。

ジュリアン・ムーアの演技は、それよりも自然だったが、彼女が耐え切れない状況が理解できなかった。何かセリフで説明していたのかも知れないが、聞き逃してしまった。要するに家事だけの毎日に興味が持てないということか?

メリル・ストリープの立場は理解できたように思う。まともな人物の役柄だったから当然かも知れないが。

人物を理解できなかった関係で、この作品は退屈だった。有閑マダム達が見れば、凄く共感できるのかも知れない。子供には全く向かない。悪い影響がありそうだ。男には向かない映画ではないかと思う。恋人と観てはいけないと断言したい。

作品のアイディアは素晴らしいと思う。小説と、愛読者と、作者と彼らに関係する人間達の関係がよく描かれていたし、病的な部分がまるで感染するかのように互いに影響しあうことが上手く表現できていた。

ただし、この種の映画を観ても感動できない。美しい心を描いているわけではないので、感動という路線ではそもそもないのだろう。悲劇は個人的にあんまり好きではない。自分の実生活が悲喜劇的だからか?

最近は周囲と和気あいあいした経験がほとんどない。この映画の登場人物ほどではないと思うが、気難しい顔をすることが多い。楽しく遊べたのは中学時代までだ。興味が全く合わないので、会話が弾まない。自分でも嫌になっていたが、生き方が違いすぎて素直に楽しめないのだから仕方ない。いっしょに遊んでくれた友人達を不愉快な気分にさせたろう。

同級生達はよく遊び、結構勉強もしていた。悩みはあったのだろうが、悩みの質が違っていたようだ。彼らは卒業後もよく仕事をして、学者として一流になった者も多い。医者として腕が良い連中も、医学以外の領域に関しては素人の認識しか持っていない人が多かった。専門以外では思考のレベルが子供のそれだった。

自分もそうだ。興味がない分野に関しては全く常識のない、礼儀知らずのバカモノだった。今もその傾向がある。礼儀正しいって、なんだか偽善~保身の目的を隠しているような気がして軽蔑してしまうので、そんな人間を見ると自然と憎々しげな口調になって相手を不愉快にさせるような気がする。

人に不愉快な思いをさせるのは気になる。

健全な人間を自分の病気につき合わせるようで気の毒だ。だが、そんなふうに考えていたのでは仲間になれない。ある程度は人を傷つけても気にしない人間でないと付き合いはできない。どの程度ナイーブに生きるべきかが、いまだに判らない。と言いつつ、結構人を傷つけてるんだが・・・

 

 

 

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