映画評

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カテゴリー「む」の4件の記事

2019年9月23日

むらさきのスカートの女(2019)

Asahi

- 朝日新聞出版 -

ホテル清掃業に従事する主人公は、近所の女に興味を持つ。こっそり彼女を誘導し、自分の職場に勤務させ、親密になろうと考えるが・・・ 雑誌の文芸春秋上で掲載された作品を拝読。本は朝日新聞出版から出ているらしい。 きっと映画化されそうな気がしたので、この劇場に登場していただく。

著者の今村夏子氏は実際にホテル清掃に従事していたことがあるそうで、職場の実情には詳しいと思える。ただ、ホテル清掃をしながら小説家を目指すという生き方は、劇場主には理解し難い。なんとなくだが、図書館員などが望ましい気がする。何かのバイトをしないと生きてはいけないが、正職員になってしまうと時間がなくなるし、モティベーションも下がって普通のOLになる、そんな理由から、あえてバイトを続けていらしたのかも知れない。

作風や主人公の個性は、「コンビニ人間」と少し似ているように思う。両作ともヒロインは仕事をこなしていて、恵まれた経済的状況とは言えない。結婚を意識している様子でもない。おそらく、そんな余裕はなさそうだ。ただし本作の場合は、ストーカー行為をやらかしているので、より病的な印象があり、最後には犯罪めいた行為をやってまで、紫のスカートの女と親密になろうと考えているようだから、人物像はずいぶん違う。

ストーカー女の考え方が面白い。人に面と向かって意見できるような性格ではない様子で、影の薄い、目立たない人間であることも的確に表現されていて、俳優が演じると面白そう。怖い喜劇になるだろう。ぜひとも上手い女優さんに演じてもらいたいものだ。 

紫のスカートの女の変貌にも興味を持てた。化粧っ気のない女が化粧をするようになり、恋人もできて、職場では高く評価されたり、嫌われたり、その変化は自然に思えた。実際に作者が職場で経験された事例があったのかもしれない。 女に対する職場の人間関係の変化は、よくあるパターン。慣れない間は先輩から世話をされ、心配もされて、仲良くもなれるが、何かの欠点や待遇のちょっとした違いに気づかれると、その面が強調されて急激に反感が生まれる、そんなことは良くある。

劇場主自身も、職場で孤立する傾向があった。公立病院に勤務することが多かったから、公的病院によくある馴れ合い関係、公務員的態度に不満を持っていた。過剰なサービスを求めると、他の職員は困る。抜け駆け、独断、協調性のなさ、卑屈なサービス精神、過剰な潔癖性。そんな態度は民間でやってくれ、一人でやれよ・・・口に出さなくとも、そんな視線を感じる。自分が満足したいという精神衛生上の理由のために、同僚との協調性を欠いた行動をとっていたのは事実だ。反論できない。

だが、退職後に元の勤務先を訪れると、管理者が代わって怠慢だった多数の職員がいなくなっていた。おそらく、あのままでは病院として成り立たないと判断されたのだろう。劇場主が感じた問題点は、管理者側、利用者側から見るなら当然のことだったのかもしれない。

 

2017年10月20日

ムーンライト(2016)

Moonlight

 

- A24,PlanB etc. -

 

2016年のアカデミー作品賞は・・・・ラ・ラ・ランド!じゃなくって、ムーンライト!という、ギャグのようなやりとりがあった作品。あのミスはスタッフのせいだったらしいが、よりによって大事な場所で、あんな大きなミスが起こったのには驚いた。DVDで鑑賞。

 

この作品、DVDの棚では、あまり高い評価を受けていないようだ。たくさんの品が残っていたし、入荷直後に一週間レンタルが可能になっている。作品賞を取っても、日本では無視されるに近い扱いを受けているのが現状。仕方ないかも知れない。

 

テーマがそもそも日本向きではない。黒人の底辺層の、それも性的マイノリティーの物語。とことんマイナーで、日本人には滅多にかかわりがない世界。そして殺し合い、カーチェイス、カンフーアクションもない。さすがに、興味を惹きやすいとは言えないだろう。だが、賞を取りやすいことも確か。テーマを絞るのは、戦略としては間違っていない。

 

何かに焦点をあて、問題を洗い、事実を明らかにする、あるいは解決の必要性を訴える、それが映画やルポに求められる意義。この作品は珍しい分野にスポットを当てたから、何か訴えているはずだ。でも、劇場主にはあまり理解できなかった。性的社会的マイノリティに温かい目を向けろということか?まさか犯罪者に?

 

性的な部分が、特に理解しがたかった。あのような関係は、実社会でありうるものだろうか?高校生くらいでは、自分の立場を悪くすることが怖くて、たとえ親しい友人の前でも、自分の性的特徴を隠すのではないかと思う。偶然、同じ感覚の人間が友人だったら、早く確認できることがあるかもしれないが、確認は非常に怖いことではないか?しかも浜辺でとは!誰か見ていたら、命の危険さえあるはず。

 

それに実際に性的マイノリティーの人物が、ギャングの世界でのし上がっていけるものなんだろうか?ホモセクシャルな人間は、芸術、芸能関係者には多そうだが、切った張ったの世界では弱みにこそなれ、強味にはならないと思う。だが、男の中の男という雰囲気の豪傑は、現代の裏社会では生き残りにくいだろう。むしろ繊細で用心深く、大人しい人物こそ残るかもしれない。

 

はたしてアカデミー賞に相応しい作品だったのだろうかと、最後まで感じてしまった。ラ・ラ・ランドを押しのけて?「フェンス」も素晴らしい作品だったが・・・途中で非常に美しいシーンはあり、子供時代の心細い心情の表現方法には感心もしたが、優れたストーリー展開だったか、誰にでも強い感動を残すような作品なのかは疑問に感じながら観ていた。

 

ヤクの売人を演じていた俳優は雰囲気が出ていた。助演男優賞を取ったそうだ。目つきや所作が、日本の怪しい連中と共通している。洋の東西を問わず、怪しい連中はグローバルに目つきや動作を共有しているのかもしれない。作品のストーリーを参考にすれば、彼らは幼少時は体が小さく、虐げられ、劣悪な環境で育って、それを克服していく中で、なぜかグレる結果に陥るのかもしれない。   

 

少年時代を演じた子供は非常に可愛らしかった。彼が浜辺で振り返るシーンがラストで見れたが、作中で言われていたように確かに青っぽい色彩に染まって見えた。彼が可愛らしかったので、主人公に同情したい気持ちになったが、青年期以降の描き方に何か足りない印象も受けた。例えば女子と親しくなり、やがて拒絶されるなどのエピソードはありそうなものだが・・・?

 

 

 

 

 

 

2015年7月 9日

無法松の一生(1958)

Touhou

- 町人の理想 -

暴れん坊の車引き松五郎は、喧嘩っ早いがきっぷの良い男。ある少年の怪我をきっかけに軍人家族と知り合って、少年の成長を見守るが、彼には秘めた想いがあった・・・

・・・三船敏郎シリーズが衛星劇場で放映されていて、6月7日鑑賞。この作品の前には同じ監督による有名な作品があるが、こちらはリメイク版。三船は、声といい、表情といい、無法松にはピッタリだった。彼は、こんな無茶苦茶な人物を演じても好感を抱かせる稀有の存在だと思う。

坂妻版はまだ全体を観たことがない。何かの紹介で観たかぎり、車の輪が回るシーンは、この作品と共通しているようだ。同じ監督だから、そっくり使ってよい手法とは思うが、今日見る場合は、もう一工夫あっても良くなかったかと少し思う。

坂東妻三郎は、表情や雰囲気は確かにきっぷのいい人間に見えるし、実際にもそうであったらしいが、見た目の迫力、体力的な面においては三船に敵わない。妻三郎は、おそらく元々が座長だったことから発する立場上の優位がキャリアに有効に働いたと思う。芸の部分では、元々が芸人のバンズマの方が上かも。

主人公のキャラクターも面白い。腕力があっても性格が悪いと周囲の者は大いに困るが、普段は好人物だと独特の存在価値が出る。真面目一本の人間より、仲間意識が芽生えやすい。これは子供の頃の感覚、感情が思い出されるからかも知れない。要するに、いっしょに遊ぶ時に面白い。

松五郎は町人の理想形のひとつではないか?大店の旦那も理想形のひとつだろうが、遊ぶ時に楽しく、喧嘩の時には頼りになる楽しいヤツも立派な存在感を持つ。

ただ強引に自分の都合ばかり優先する、そんな人間は松五郎とは異なるパターン。いわばドラえもんのジャイアン型。よほどなことがないと、ジャイアンは好かれない。松五郎の場合は、自分の損得よりも大義、気持ちを優先する点が違う。

また、権威や権力に対する感覚も大事。筋の通った説教に対しては、イタズラ小僧のごとき表情であっさり降参する。そのしおらしい態度が笑える。権威や権力におもねるような人物では、尊敬の念は生じにくい。へつらいは、下層の町人に対する圧制を連想させるから、生理的に嫌なのだろう。

一般に家庭を持つと生活が安定していることが望まれ、権力者には従わざるをえないから、松五郎的な人間は独り身になりやすいと思うが、この作品でもちゃんとそうなっていた。粋な人物は、よき家庭人とは相容れぬものがあるらしい。

所帯を持つ異端児の場合、奥さんは相当な苦労を強いられると思う。といっても、現実社会で滅多にそんな人物には遭遇できないから、そんなイメージを持っているだけだが、所帯が解消せずに続いた場合、奥さんが耐えるか、御主人が折り合いをつけてくれるか、そこらが落語的な展開としては重要な点になる。

この作品で、三船敏郎は歌を歌ったり、太鼓をたたいたり、かなりの芸を見せている。特に太鼓のシーンは素晴らしい。本職の太鼓たたきの指導があったとは思うが、嬉々として打っているような表情、体の動きが実に絵になっている。

ただし思ったのは、若い頃の主人公が祭り好きな様子が事前に出ていなかったのが不思議。松五郎のような人間は、普通は取り巻き連中がいることが多いと思う。自然と好かれるから当然だ。祝い事の時には祭り上げられてしまう、そんな個性が自然では?

そこからヤクザ衆への道を進むのは、町人としては堕落。粋な町衆は徒党を組まない。あくまで独りが中心で、祭りでは中心に位置しても、普段は社会階級の下のほうで満足。立場をわきまえている。それが松五郎的人物としての基本であり、理想の形と思う。

だから、祭りになるとそわそわして仕事に身が入らなくなるような主人公であるような、そんなイメージがあるのだが、勘違いだろうか?そんな人物が、時代が変わって祭りの中心から外れている、そんな現象が実際にあったはずと思うのだが・・・

ヒロインは高峰秀子で、清楚な未亡人という個性かどうかは疑問に感じた。演技力より、見た目で選んでも良くなかったろうか?これは、あくまで松五郎の物語なんだから。

この作品は今の子供には理解不能かも知れない。アクションを売りにした作品でもないし、恋愛も奥ゆかしい。言葉使いも古くさい。ギャグも理解不能であろう。恋人と選ぶべき作品とも思えない。でも、かなり芸術的な完成度の高さ、高級感を感じることはできるように思う。

 

2014年9月10日

ムービー43(2013)

Relativity

- 演技は高度 -

脚本家を名乗る人物が映画会社の役員を脅し、自分の企画を作品化しようとする。しかし、企画はどれもナンセンス、下品、悪趣味なものばかり・・・

・・・DVDで鑑賞。実に下品で下らない映画だった。「メリーに首ったけ」の監督の企画らしいが、あの作品のような物語性はなく、より下品で救いようのない方向に行ってる感じがした。全体的な出来に関しては期待できないけど、時々の笑いは確かに爆笑モノ。

この作品は、日本ではR15指定だったらしい。しかし、自分が仮に若者の時代に、金を払ってこの作品を観る気になったろうか?さすがに1000円以上かけて、下品さが売りの映画を観る気にはなれない。退屈で仕方なく、同性の友人と限定でなら楽しいかも知れないが、異性が混じると表面上は笑っていても、さすがに気まずくなるような気がする。

ムービー43というタイトルの出所は最後まで解らなかったが、割愛された短編の中に、そういったタイトルの架空の作品があるらしいので、そこから採ったのだろうか?

ケイト・ウィンスレットがデートする話は面白かった。相手役のヒュー・ジャックマンの特殊メイクもよく出来ていたが、彼女の真剣な演技には感心した。

コメディこそ真剣な顔して演じないといけないとは思うのだが、他の女優はコメディ専用の表情を作っていたのに、ウィンスレットの場合はクールな役柄と同じように演じていた。恋人がいない年増の女性の色気や焦り、新しい出会いへの期待感など、本物の恋愛映画でも通用しそうなほど感情がこもっていた。

この話、映像は下品であったが、そんな演技の面では非常に優れた感性を見た。役者も実力者だったろうし、演出も意外に高級な細かい面を感じた。レストランで周囲の客が全く無関心なのが笑わせる。

目線の移動の仕方を再現したカメラの動きも適切だった。天井を見るように言われても、気になる部分をつい見てしまうのは普通のこと。それを画面で表現されるとおかしい。・・・下品だけど。

ハリウッドスター達が大勢出演していた。それも、キャラクターから考えると、今後のイメージを悪くしそうな、変態~変人ぶりが目立つ役柄で、よく出演を了解したなと思う。

監督らの個人的な友人かも知れない。この作品はインディペンデント系の製作らしく、予算も潤沢とは言えなかったかもしれないので、ギャラの点では織り合わないのでは?バージン航空など、多数のプロダクションから金を集めたようなので、苦労して企画化されたと思う。普通、こんな作品に出資したと思うヤツはいないだろう。

 

 

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