映画評

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カテゴリー「む」の6件の記事

2017年10月20日

ムーンライト(2016)

Moonlight

 

- A24,PlanB etc. -

 

2016年のアカデミー作品賞は・・・・ラ・ラ・ランド!じゃなくって、ムーンライト!という、ギャグのようなやりとりがあった作品。あのミスはスタッフのせいだったらしいが、よりによって大事な場所で、あんな大きなミスが起こったのには驚いた。DVDで鑑賞。

 

この作品、DVDの棚では、あまり高い評価を受けていないようだ。たくさんの品が残っていたし、入荷直後に一週間レンタルが可能になっている。作品賞を取っても、日本では無視されるに近い扱いを受けているのが現状。仕方ないかも知れない。

 

テーマがそもそも日本向きではない。黒人の底辺層の、それも性的マイノリティーの物語。とことんマイナーで、日本人には滅多にかかわりがない世界。そして殺し合い、カーチェイス、カンフーアクションもない。さすがに、興味を惹きやすいとは言えないだろう。だが、賞を取りやすいことも確か。テーマを絞るのは、戦略としては間違っていない。

 

何かに焦点をあて、問題を洗い、事実を明らかにする、あるいは解決の必要性を訴える、それが映画やルポに求められる意義。この作品は珍しい分野にスポットを当てたから、何か訴えているはずだ。でも、劇場主にはあまり理解できなかった。性的社会的マイノリティに温かい目を向けろということか?まさか犯罪者に?

 

性的な部分が、特に理解しがたかった。あのような関係は、実社会でありうるものだろうか?高校生くらいでは、自分の立場を悪くすることが怖くて、たとえ親しい友人の前でも、自分の性的特徴を隠すのではないかと思う。偶然、同じ感覚の人間が友人だったら、早く確認できることがあるかもしれないが、確認は非常に怖いことではないか?しかも浜辺でとは!誰か見ていたら、命の危険さえあるはず。

 

それに実際に性的マイノリティーの人物が、ギャングの世界でのし上がっていけるものなんだろうか?ホモセクシャルな人間は、芸術、芸能関係者には多そうだが、切った張ったの世界では弱みにこそなれ、強味にはならないと思う。だが、男の中の男という雰囲気の豪傑は、現代の裏社会では生き残りにくいだろう。むしろ繊細で用心深く、大人しい人物こそ残るかもしれない。

 

はたしてアカデミー賞に相応しい作品だったのだろうかと、最後まで感じてしまった。ラ・ラ・ランドを押しのけて?「フェンス」も素晴らしい作品だったが・・・途中で非常に美しいシーンはあり、子供時代の心細い心情の表現方法には感心もしたが、優れたストーリー展開だったか、誰にでも強い感動を残すような作品なのかは疑問に感じながら観ていた。

 

ヤクの売人を演じていた俳優は雰囲気が出ていた。助演男優賞を取ったそうだ。目つきや所作が、日本の怪しい連中と共通している。洋の東西を問わず、怪しい連中はグローバルに目つきや動作を共有しているのかもしれない。作品のストーリーを参考にすれば、彼らは幼少時は体が小さく、虐げられ、劣悪な環境で育って、それを克服していく中で、なぜかグレる結果に陥るのかもしれない。   

 

少年時代を演じた子供は非常に可愛らしかった。彼が浜辺で振り返るシーンがラストで見れたが、作中で言われていたように確かに青っぽい色彩に染まって見えた。彼が可愛らしかったので、主人公に同情したい気持ちになったが、青年期以降の描き方に何か足りない印象も受けた。例えば女子と親しくなり、やがて拒絶されるなどのエピソードはありそうなものだが・・・?

 

 

 

 

 

 

2015年7月 9日

無法松の一生(1958)

Touhou

- 町人の理想 -

暴れん坊の車引き松五郎は、喧嘩っ早いがきっぷの良い男。ある少年の怪我をきっかけに軍人家族と知り合って、少年の成長を見守るが、彼には秘めた想いがあった・・・

・・・三船敏郎シリーズが衛星劇場で放映されていて、6月7日鑑賞。この作品の前には同じ監督による有名な作品があるが、こちらはリメイク版。三船は、声といい、表情といい、無法松にはピッタリだった。彼は、こんな無茶苦茶な人物を演じても好感を抱かせる稀有の存在だと思う。

坂妻版はまだ全体を観たことがない。何かの紹介で観たかぎり、車の輪が回るシーンは、この作品と共通しているようだ。同じ監督だから、そっくり使ってよい手法とは思うが、今日見る場合は、もう一工夫あっても良くなかったかと少し思う。

坂東妻三郎は、表情や雰囲気は確かにきっぷのいい人間に見えるし、実際にもそうであったらしいが、見た目の迫力、体力的な面においては三船に敵わない。妻三郎は、おそらく元々が座長だったことから発する立場上の優位がキャリアに有効に働いたと思う。芸の部分では、元々が芸人のバンズマの方が上かも。

主人公のキャラクターも面白い。腕力があっても性格が悪いと周囲の者は大いに困るが、普段は好人物だと独特の存在価値が出る。真面目一本の人間より、仲間意識が芽生えやすい。これは子供の頃の感覚、感情が思い出されるからかも知れない。要するに、いっしょに遊ぶ時に面白い。

松五郎は町人の理想形のひとつではないか?大店の旦那も理想形のひとつだろうが、遊ぶ時に楽しく、喧嘩の時には頼りになる楽しいヤツも立派な存在感を持つ。

ただ強引に自分の都合ばかり優先する、そんな人間は松五郎とは異なるパターン。いわばドラえもんのジャイアン型。よほどなことがないと、ジャイアンは好かれない。松五郎の場合は、自分の損得よりも大義、気持ちを優先する点が違う。

また、権威や権力に対する感覚も大事。筋の通った説教に対しては、イタズラ小僧のごとき表情であっさり降参する。そのしおらしい態度が笑える。権威や権力におもねるような人物では、尊敬の念は生じにくい。へつらいは、下層の町人に対する圧制を連想させるから、生理的に嫌なのだろう。

一般に家庭を持つと生活が安定していることが望まれ、権力者には従わざるをえないから、松五郎的な人間は独り身になりやすいと思うが、この作品でもちゃんとそうなっていた。粋な人物は、よき家庭人とは相容れぬものがあるらしい。

所帯を持つ異端児の場合、奥さんは相当な苦労を強いられると思う。といっても、現実社会で滅多にそんな人物には遭遇できないから、そんなイメージを持っているだけだが、所帯が解消せずに続いた場合、奥さんが耐えるか、御主人が折り合いをつけてくれるか、そこらが落語的な展開としては重要な点になる。

この作品で、三船敏郎は歌を歌ったり、太鼓をたたいたり、かなりの芸を見せている。特に太鼓のシーンは素晴らしい。本職の太鼓たたきの指導があったとは思うが、嬉々として打っているような表情、体の動きが実に絵になっている。

ただし思ったのは、若い頃の主人公が祭り好きな様子が事前に出ていなかったのが不思議。松五郎のような人間は、普通は取り巻き連中がいることが多いと思う。自然と好かれるから当然だ。祝い事の時には祭り上げられてしまう、そんな個性が自然では?

そこからヤクザ衆への道を進むのは、町人としては堕落。粋な町衆は徒党を組まない。あくまで独りが中心で、祭りでは中心に位置しても、普段は社会階級の下のほうで満足。立場をわきまえている。それが松五郎的人物としての基本であり、理想の形と思う。

だから、祭りになるとそわそわして仕事に身が入らなくなるような主人公であるような、そんなイメージがあるのだが、勘違いだろうか?そんな人物が、時代が変わって祭りの中心から外れている、そんな現象が実際にあったはずと思うのだが・・・

ヒロインは高峰秀子で、清楚な未亡人という個性かどうかは疑問に感じた。演技力より、見た目で選んでも良くなかったろうか?これは、あくまで松五郎の物語なんだから。

この作品は今の子供には理解不能かも知れない。アクションを売りにした作品でもないし、恋愛も奥ゆかしい。言葉使いも古くさい。ギャグも理解不能であろう。恋人と選ぶべき作品とも思えない。でも、かなり芸術的な完成度の高さ、高級感を感じることはできるように思う。

 

2014年9月10日

ムービー43(2013)

Relativity

- 演技は高度 -

脚本家を名乗る人物が映画会社の役員を脅し、自分の企画を作品化しようとする。しかし、企画はどれもナンセンス、下品、悪趣味なものばかり・・・

・・・DVDで鑑賞。実に下品で下らない映画だった。「メリーに首ったけ」の監督の企画らしいが、あの作品のような物語性はなく、より下品で救いようのない方向に行ってる感じがした。全体的な出来に関しては期待できないけど、時々の笑いは確かに爆笑モノ。

この作品は、日本ではR15指定だったらしい。しかし、自分が仮に若者の時代に、金を払ってこの作品を観る気になったろうか?さすがに1000円以上かけて、下品さが売りの映画を観る気にはなれない。退屈で仕方なく、同性の友人と限定でなら楽しいかも知れないが、異性が混じると表面上は笑っていても、さすがに気まずくなるような気がする。

ムービー43というタイトルの出所は最後まで解らなかったが、割愛された短編の中に、そういったタイトルの架空の作品があるらしいので、そこから採ったのだろうか?

ケイト・ウィンスレットがデートする話は面白かった。相手役のヒュー・ジャックマンの特殊メイクもよく出来ていたが、彼女の真剣な演技には感心した。

コメディこそ真剣な顔して演じないといけないとは思うのだが、他の女優はコメディ専用の表情を作っていたのに、ウィンスレットの場合はクールな役柄と同じように演じていた。恋人がいない年増の女性の色気や焦り、新しい出会いへの期待感など、本物の恋愛映画でも通用しそうなほど感情がこもっていた。

この話、映像は下品であったが、そんな演技の面では非常に優れた感性を見た。役者も実力者だったろうし、演出も意外に高級な細かい面を感じた。レストランで周囲の客が全く無関心なのが笑わせる。

目線の移動の仕方を再現したカメラの動きも適切だった。天井を見るように言われても、気になる部分をつい見てしまうのは普通のこと。それを画面で表現されるとおかしい。・・・下品だけど。

ハリウッドスター達が大勢出演していた。それも、キャラクターから考えると、今後のイメージを悪くしそうな、変態~変人ぶりが目立つ役柄で、よく出演を了解したなと思う。

監督らの個人的な友人かも知れない。この作品はインディペンデント系の製作らしく、予算も潤沢とは言えなかったかもしれないので、ギャラの点では織り合わないのでは?バージン航空など、多数のプロダクションから金を集めたようなので、苦労して企画化されたと思う。普通、こんな作品に出資したと思うヤツはいないだろう。

 

 

2009年7月20日

ザ・ムーン(2007)

- シミュレート能力 -

ドキュメンタリー作品。アポロ計画で月に行った宇宙飛行士達のインタビューと宇宙での映像を混じえて、月探検の意味や影響を考えさせる内容。

この作品は家族で観れる。おじいちゃん世代から子供まで、感じ方は違っても楽しめそうだ。ただし、宇宙の映像に興味があれば。途中のインタビューが長すぎる感じはする。もっと宇宙の映像を見せて欲しい。

当時の宇宙飛行士達も今はおじいちゃんになっているのに驚いた。当たり前なんだが、インタビューに答えるおじいちゃん達は、60年代には第一線の飛行士だったわけで、その時の若々しい映像が頭にあるので、今見ると感覚的な違和感を覚えてしまう。

当時小学生だった私は、大阪万博のアメリカ館に月の石が陳列されたらしいと知ってはいたが、やはり別世界の出来事にしか思えなかった。実際には万博でも混雑して見ることは難しかったらしい。本当に月の石か?そのへんの石じゃないの?石ころを見て何すんだ?と思っていた。

当時のコンピューターは大型で、たぶん真空管などを使ってあったに違いない。よく地上に帰って来れたものだと思う。スタッフの努力と想像力が凄かったのだろう。予備実験を繰り返し、これから起こりうる危険を事前に察知し、対策を速やかに検討できるチーム作り、そんな組織作りがしっかりしていた。

今のコンピューター技術は凄い。処理能力などは数万倍に達しているかもしれない。でも人間の能力や気迫はどうだろうか? おそらく国家事業として、当時の最も優秀な技術者達が熱意を持って取り組んだ仕事だったろうが、今は別な方面に才能が流れているように思う。昨今は、米政府の計画の失敗を散見する。 

日本の場合は特にアラが目立つ。

今、私は特定検診用に国が作ったソフトを使用しているが、設定の仕方、使い勝手などに関してはあきれている。中学生のレベルの仕事にしか思えない。作ったのは優秀な成績で大学を出た人達のはずなんだが、「もしこうなったら、このような不具合の可能性は?」とシミュレートする能力には欠けているようだ。

さらに、このソフトを使って保険組合に提出するシステムがおかしい。データを暗号化するのは良いアイディアだったが、中枢部でまとめて漏洩されたら途中の暗号化など意味がない。しかも、読み取りできないことが続いている。別にこちらのやり方が不適切だからではない。使い手の立場に立って考えていないからだ。大事なことを解説していない。

他の施策を見ていてもそうだ。麻生首相や大臣達の答弁を聞いていても、視点がおかしい。責任逃れに重点があるので、人のやる気や希望につながらない。省庁から出てくる指示がまたおかしい。問題をいかに複雑にし、実効性を奪うか工夫したかのような、おバカな施策ばっかりだ。

核の持込に関することは、昨今の資料の公表によって明らかになってきたが、名言を避けるために要領を得ない答弁があっても仕方なかったかもしれない。アメリカからの要求が施策の根幹にある場合には、答弁がおかしいのも仕方ない。でも、それと関係ないはずの分野でも明らかにおかしい。

今年のインフルエンザの騒動は、大臣のパーソナリティを差し引いても、無駄と無理が目立った。たぶん他の省庁も似たようなものだろう。想像するに、もし外国が攻めてきたら、無駄に劣勢に立たされるだろう。トンチンカンな人物ほど重要な立場に立っていて、不必要に頑固で融通が効かない状態が蔓延しているのだ。臨機応変の対応など期待できない。

こんな社会では若者が希望を持つのは難しい。頑張れる方がおかしいのかも知れない。勉強熱心でいれるのは利己的で、社会がどんな状況でも気にしない、もしくは状況が解らないからこそかも知れない。

とにかく月から持ち帰った情報で、地球の歴史への理解は深まったと思う。最近の図鑑を見ると、子供の頃とは内容が随分違っている。天体の写真も非常に美しい。膨大な予算を使って無駄とも取れる仕事をしてくれた彼らの業績があったからこそ、我々は新しいことを知ったわけで、感謝しなければならない。

まさか「カプリコン1」のように我々がだまされているわけではないと思う。

 

 

2007年10月19日

麦の穂をゆらす風(2006)

- 内ゲバの論理   -

なんて悲しいストーリーでしょうか。主題は愛やIRAの成り立ちなどと言うより、内ゲバだったと思います。

この作品のレベルは高く、実に良くできていたと思いますが、家族や恋人といっしょに観るべきだとは思いません。完全に娯楽の範囲を逸脱した映画ですから、観ても楽しくないし、愛の物語で泣けるわけでもありません。これは、基本的には一人で観たほうがいいと私は思います。この作品はカンヌ映画祭でグランプリを取ったそうですが、確かにカンヌに集まる芸術家達には、最もお勧めの作品でした。

純粋な性格の医学生が主人公でした。彼の仲間は、政治路線としては比較的穏健な派として活動するものも多くなりますが、主人公のほうは急進的で過激なIRAの活動家として、最初は英軍相手に戦い、やがて仲間だった連中の派閥とも対立することになります。

麦の穂をゆらす風というのは、アイルランド民謡のひとつの曲名だそうですが、性能の良いカメラで撮られた草原と丘陵が続く土地の美しさは、確かにこの土地を愛したくなるのも分るような気がしました。その中で、凄惨なリンチと戦争、テロリズムが繰り広げられて、風景との違いが印象に残りました。

急進派と穏健派の対立という構図は、太古の昔から飽きることなく繰り返されてきた人間のクセのようなもののようです。集団において中心となるためには、意見の内容や表現の仕方が斬新であったほうが良い場合があります。皆が不安感を抱いている時は、特にそうです。

そのような急進的で純粋な意見の持ち主は、より純粋さを目指して、ますます急進的にならないと自分も納得できないし、仲間の支持を維持できない傾向があります。純粋さは共感を生みます。理論的な正しさがないと求心力を維持できないから、極端に走ります。

この作品では、作戦会議や裁判の後などに、リアルな議論が繰り広げられます。リアルと私が感じるのは、つまり民族を問わず議論の基本的な内容が同じで、日本でも同じレベルの話し合いをやってるからでしょう。

「これを死守しないと、今までの努力が無駄になる。」vs「ここで妥協しないと、今までの努力が無駄になる。」  「いかなる犠牲を払っても、これを求めずにはおれない。」vs「あれだけ犠牲をはらって、これを求めた意味はあったのか?」 作品の中でもさかんに討論されていたのは、我々の日常の討論と仕方はいっしょです。

議論が正しいかどうかは、結局はどちらの見通しが正確かに因ってくるように思います。突き詰めて考えれば、強硬に攻めて譲歩を引き出せれば急進派が正しく、戦闘に突入して負ければ穏健派が正しかったということになります。正しい分析(対戦相手の戦闘能力、戦いを取り巻く世界情勢、自分達の団結力、戦闘能力)ができれば、おのずと対応は決まってくるはずですが・・・。それがなかなかできません。

最近のテロはアルカイダが中心ですが、つい最近までIRAの爆破テロは頻繁に起こっていました。今もくすぶっていると思います。目の前で肉親を殺されたら、今どれだけ友好的になろうと感情的に許せるはずはありません。

日本では、この作品のようなレベルで日本赤軍等の活動家を描いた作品はないと思います。リアルに描くのは、たぶん命がけの行為になるでしょう。集団の性格としては新撰組や旧日本軍も近いものがあると思いますが、日本ではどのドラマもリアルさに欠けます。視点も、ヒーローものが多いようです。 

 

2007年1月22日

無防備都市

- 昔のリアリズムはおとなしい  -

イタリアン リアリズムの代表作として、名画名場面の特集などで繰り返し紹介される映画ですが、今はもっとリアルな映画がたくさんあるので、殺人のシーンさえおとなしくて迫力不足のような気がします。今は子供が見る番組でもグロテスクな死体が出てきますし、爆発も暴動も普通にテレビで上映されて、かっこいいもののようにさえ感じる子供がいるだろうと思います。

「戦場のピアニスト」でも、人を一歩前に進めさせ、前列を殺して人数を間引く場面など、リアルで恐ろしいシーンがありました。したがって今この作品が上映されても、非人道的行為が目立たないかもしれません。

ドイツに占領された当時のイタリアが舞台です。戦時中でも結婚しようという地下活動家と子持ちの女のカップルがいます。同志の地下活動家がゲシュタポに目をつけられて、彼の恋人を通じて徐々に追い詰められていきます。恋人は活動家が彼女を巻き込みたくなくて離れていることに耐えられず、かえって情報を渡して活動家がつかまる結果となってしまいます。女心は地球上で最も怖いものだと知りました。

子連れの女は、婚約者が連行されるので気が狂ったように車のあとを追ってしまい、簡単に撃ち殺されてしまいます。有名なシーンです。このシーンは今でも迫力がありますが、この迫力は主に彼女が駆け出すのを制止しようとする人達の力加減によるような気がしました。女性の力では振り払えないだろうと思えるほどの力が、彼女の動作でよく分ります。

安物のドラマでは、いかにも演技だといわんばかりの動作や目線が気になります。カメラを意識してしまって相手を見ていなかったりするヒドいシーンも時々見かけます。自分がどこを見て、力がどれくらい出て、それによって重心がどれくらい変化するかくらいは打ち合わせないとリアルな演技は出来ません。実際そうするとケガが絶えないでしょうが。

登場人物で最も魅力的だったのは美しいゲシュタポの女性だったと思います。これに対して、ゲシュタポの親玉はひよわな感じがして、冷酷さに欠けていたような気がしました。もっとゆっくり話させて、にくにくしげに演じさせたほうが我々としては良かったと思いますが、イタリアの観客からすれば彼があせってくれたほうが嬉しかったのかも知れません。

ところどころに監督の実験精神を感じさせる映像がありました。登場人物の移動に合わせて場面が変わる工夫は、昔の映画では珍しいと思いました。でも、効果的だとは思えませんでした。

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