映画評

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カテゴリー「ま」の31件の記事

2020年6月29日

マザーレス・ブルックリン(2019)

Motherless-brooklyn

- Warner -

チックの持病を持つ主人公が、恩人の死の真相を暴こうと苦闘する物語。主演のエドワード・ノートンが、監督や制作も兼ねており、力の入った演技を見せていた。 

もともとの原作小説があるらしい。ハードボイルドタッチの推理小説なのかなと思う。映画も懐かしい雰囲気を感じた。主人公に持病がある点で個性的なキャラクターになるので、映画化してもいけると判断し、権利を買ったのだろう。極めて独特の個性の主人公だった。

汚い言葉を叫びながら、冷静に推理を進めるというのは対極的な性格に見える。まるで心がすさんだ人間が正義を目指すかのようだ。実際に身の回りにいられたら迷惑だが、映画のキャラクターとしては魅力を感じる。

でも、人の話を記憶する力が優れているというのは、本来ならチックとは関係ない能力ではないかと思う。少し作り過ぎたキャラだったかも知れない。

チックを見たヒロインは笑っていたが、持病によって好きな人を怒らせるような悲しいエピソードがあれば、もっと共感を得ることができたのではないかと思った。

ジャズが効果的に使われていた。古いハードボイルド映画の雰囲気を思い出す。トランペットはウィントン・マルサリスが演奏していたそうだ。20代の頃のイメージしかなかったが、メイキング編で見たら、えらく肥満体になっていた。ルイ・アームストロング体型に近づいている。 

共演者たちが、それぞれ味を出していた。ボス役のブルース・ウイリスは、最近の彼の出演作の中では最もクレバーな役柄を演じたと思う。結果的に大活躍はできなかったが、能力の高さが上手く表現されていた。  

アレック・ボールドウィンの役柄には実在感があった。実際、彼の演じたような人物は多いのかも知れない。彼のような人物がいないと、巨大事業は進まない。ある程度、犯罪に至らないまでならば、必要な個性だと思う。田中角栄を思い出す。 

スキャンダルにまみれる政治家を見ていると、どうして犯罪と分かっていることに足を突っ込むのか、巨額の資金集めに奔走するのか、劇場主には理解できない。平凡な人間とは違い、強い権力欲、達成感にこだわる人間は、平凡に喜びを感じるなんて、実につまらないことだと感じているのかも知れない。それが向上心につながる。

権力を持ち、金と支持者を集め、やりたい事業をやって達成感に浸りたい、それができない人生に意味を見いだせないから、犯罪行為をも厭わないのかも知れない。米国もそうだろうが、日本中も、そんな欲に満ちている。

与党の中枢には、党内の政治家や官僚がすり寄り、各々がやりたい事業や欲しい予算、役職を得るために力を貸す。それに県議会の議員も連なるから、上層に忖度する構造になる。一連の流れに関係しない事業は無視。その構造の中でしか予算が動かない体制が、しっかり出来上がる。事業欲、成功欲の成せる構造だ。 

そんな構造が国家的な欠陥になっていると思う。意欲が、国力を消耗させるという妙な現象だ。

弊害の第一は、社会の閉塞感が高まること。構造から外れた人間は、絶望せざるをえない。正しかろうと能力があろうと、中枢の外のまま。社会が固定化するので、未来が明るくなる気配すら感じられなくなる。

社会の気配、雰囲気、希望は大事だと思う。中枢の人間が、「自分が希望をつぶしてないかな?」と、気にすればよいのだが、「そんなの関係ない」と思っているはず。そして予算が固定されるので、イノベーションが起こりにくい。だから国際競争には勝てない。

第二は、本来必要な戦略が後回しになること。構造内部の利益にならないことは、たとえ重要であっても軽視される。たとえば少子化問題は、利益につながらないので無視されている。

第三は、自浄能力がなくなること。事業遂行が優先されるので、それによる弊害を許容する雰囲気が生まれてしまう。事業を止めてはいけないので、問題点は見逃せよといった圧力が生じる。

・・・そんなことに、この作品から思いがつながってしまった。たぶん日本のコロナウイルス対策に呆れていたからだろう。

コロナウイルスのような感染症に対し、事前にもっと準備していれば、給付金支給やPCR検査などがスムーズにできたかもしれないのに、社会構造が邪魔していた。そんな準備をするなんて、政府中枢の人間には思いもよらなかったのだろう。

安倍総理を個人攻撃しても意味はない。彼とて構造の中の象徴的存在に過ぎない。政権が代わっても、それだけじゃダメだ。構造自体を改革しないかぎり、失敗は繰り返されるはず。  
   

 

2020年1月 5日

マチネの終わりに(2019)

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- 文春文庫・平野啓一郎著 -

映画は令和元年の年末時点である現在、劇場公開中らしい。でも、あえて映画は鑑賞せず、文庫本を買って講評してみたいと思った。書籍の初版は2016年、文庫本は2019年に発売されたようだ。 

劇場主が映画館に行かないのは、インフルエンザをもらいたくないのもあるが、主演の福山雅治の演技力や、日本人監督の演出に期待ができない気がするからだ。ただし、劇場主の先入観だけの問題であり、実際には素晴らしい作品ができているのかも知れない。書籍ほどの出来栄えではなかろうという、ただの思い込みの可能性はある。 

この小説の登場人物のような人は、実際にはどれくらいいるのだろうか? 才能あふれる音楽家は多い。海外の有名なコンテストで日本人が賞を取るのも普通のことになっている。でも劇場主はクラシックの音楽家の名前をほとんど知らない。ギターのCDは持っているが、村治佳織のものと誰かのフェルナンド・ソル作品集だけ。

おそらく、ほとんどの人は誰のCDも持っていないだろう。指揮者や声楽家、ピアノ演奏家は有名でも、ギターはマイナーだと思う。この作品の場合、そこが良かったのかもしれない。有名なバイオリニストだったら、おそらくテレビに出るくらい名前が知られてしまう。そうではなくギター演奏家だったことに、美しい話が出来上がる基礎があったように思う。 

この作品の主人公は、もしかすると最初から福山雅治をイメージして描かれたのかも知れないと感じた。福山雅治は50歳を超えてるはずだから、主人公の年齢からするとかなりおじさんになってしまったが、ミュージシャンでよくギターを弾いているのだから、イメージ的には合致する部分もある。福山以外で、客を呼べそうなミュージシャン、ギタリストはいるだろうか? 長谷川博己や高橋一生では、ロマンス映画にはちょっと違和感が生じそうな気がするし、はたして誰かいるのか? 

よく出来た物語だった。文章も非常に美しく、本格的な学識も感じる。村上春樹氏とも共通するものがあるかも知れない。村上ワールドのような奇怪な現象を描いたりはしていないので、この作品に限ってみれば、全体の雰囲気は全く違うのだが、精度の高い理屈、会話の自然な流れを維持できていることなど、無理のないスムーズな流れに、似かよったセンスや教養を感じる。 

平野氏のほうがノーベル賞のような賞には向くかも知れないと感じた。もちろんロマンス小説ばかり書いていたら無理な話だろうが、平野氏が今後、壮大なテーマの小説を書くとしたら、文章の美しさやしっかりした学問的裏付け、考察力を感じさせて、村上氏よりも受けいられやすいような気がする。村上作品のような怪奇シーンが何度も繰り返されると、海外の批評家の中には敬遠する人もいるだろう。

 

2019年7月 9日

万引き家族(2018)

Shoplifters

- 是枝裕和監督、GAGA etc. -

下町でつつましく暮らす家族。しかし、彼らは本当の家族ではなく、老女の家に居候する雑多な人間の集まりだった・・・ カンヌ映画祭でパルム・ドールを受賞した作品。劇場ではなく、DVDで鑑賞。 

DVDで正解だったと思う。理由は、音声が聞き取りにくかったからだ。鑑賞するために字幕を必要とした。こんな状況で鑑賞するなら、劇場ではストレスが溜まったろうと思う。もともと大声で会話するタイプの作品ではなく、ほとんどのセリフが小声や独り言のような内容なので、音の質を調整する必要があったはず。小さな声でも理解しやすいようにして欲しい。 

樹木希林やリリー・フランキーの演技は素晴らしいものだった。美女や二枚目俳優では、あんな味わいは出てこないと思う。この種の映画には、二人のようなクセのある俳優が必要だった。 

受賞したことは大きく報道されていたので、鑑賞する前に作品についての予備知識があり、ストーリーも知っていた。着想が素晴らしい。ただの犯罪者の活動を描いても殺伐とした刑事ものになってしまうが、そこに家族の姿を織り込んだことで、話の厚みが生まれたと思う。経済的な問題、子育ての問題、老後の問題、いろんな要素が織り込まれていて、質の高さを感じた。

しかし、カンヌのパルム・ドールに相当する出来栄えだったかどうかは、よく分からない。もともとカンヌ映画祭の受賞作には疑問の残るものが多いので、特色があるかどうかが評価されただけで、作品のレベルや質の点、最終的な出来栄えに関しては少し甘いのかも知れない。たしかに特色はあった。  

親の年金を得るために、死亡していたことを隠した家族の例は何度となく報道されてきた。高齢者で滅多に外出しない方の場合は、亡くなったかどうか確認するのは難しい。年金事務所の人間か、事務所から委託された誰かが家に行って、受給対象者と面談してみないと分からない。遺族にしてみれば、あてにしていた年金がなくなれば家計が苦しくなり、自活できなくなる家族もいることだろうから、死去を隠そうという意志が発生するのは当然だ。

でも、どう考えても数十年間も世間をだまし続けるのは無理だから、事が露見した時の事を考えて死去を隠さないのが普通だ。葬式もあげないなんて、親不孝だと劇場主は感じるが、生活を優先して考えざるを得なければ、亡くなった親を利用することも仕方ないと考えるもかも知れない。それこそ劇場主の家族が難民になって、命からがら戦地から逃げている場合を考えると、親が死んでも墓を建てようとは考えないだろう。そんなことをやっていて、皆殺しにされては困る。家族の死体を放ったままでも逃げるはず。つまり、切迫の度合いによるのだと思う。 

この作品では、それだけじゃなく、子供を拾ってきて育てるという誘拐行為も描かれていた。ネグレクトされていたり、生命の危機にあったりした子供達ではあったが、通常の感覚では子供を連れ去るという犯罪行為は避けるのが普通だ。善き意図があったとしても、心温まる家庭になれたとしても、問題がないわけじゃない。

だが、ラスト近くでの少女の表情を見ると、実母のところに帰って良かったとは誰にも思えないはず。つい最近も、虐待されて死んだ子供の報道が続いている。反省文を書いても許されずに亡くなった可哀そうな子もいた。児童相談所も努力はしているのだろうが、踏み込んだ対応ができない法律の不備や人員の問題があるようで、抜本的にやれないようだ。

 

 

 

2019年2月 5日

ミッションインポッシブル/フォールアウト(2018)

Mi6

Paramount -    


プルトニウムが奪われ、作戦に失敗した主人公らは疑われることになり、しかもプルトニウムを奪還するために、逮捕したテロリストを強奪する必要が出る・・・・という絶体絶命のシチュエーションが組まれていた。よく考えてあった。   


トム・クルーズ主演のシリーズ、第6?弾。正月休みにブルーレイで鑑賞。本来なら正月か夏休みに劇場で鑑賞すべき作品なんだが、インフルエンザをもらうのが怖くて、最近は劇場にいくことができないでいる。お部屋で鑑賞でも、ブルーレイの画質なら満足できるはずと考えて。


前回までの作品では、超高層ビルによじ登ったり、飛行機にしがみついたまま離陸するという命知らずのシーンが見られたが、今回もヘリコプターに飛び乗り、ビルの屋上を走り回り、何度も激しいアクションに挑戦していた。明らかに無理が感じられるが、実際に足を骨折してしまったそうだから、トム・クルーズ君もいい加減に考えを改めたほうが良いだろう。保険は懸けているだろうが、命は二つないのである。  


しかし、観客としては命がけのアクションは嬉しい。いかに凄かろうと、明らかにCGと分かっているシーンでは、どこか安心してしまう。「ワイルド・スピード」シリーズのアクションは奇想天外さの度合いにおいては上だろうが、本物ではないと皆が知っている。俳優が死んだのはアクションのせいではなく、無謀運転のせいだ。本物のほうが、同じことをやっても訴えかける力は違うと思う。  


・・・まさか、トム君は偽って骨折と言っただけじゃないだろうね?宣伝のためになら、何でもやるかもしれないから分からない。  


ストーリーは途中から少し読めてしまった。でも、元の奥さんが登場してくるのは意外。恋愛感情を複雑にする意図があったのだろうが、ミッシェル・モナハン嬢がよく出演を了解してくれたものだ。今回の彼女は、レベッカ・ファーガソン嬢の引き立て役のような役割だった。ギャラを目いっぱいもらって納得したのだろうか? 彼女への出演交渉はインポッシブルに近い作戦であり、彼女の契約額こそ、今回の作品の中でプルトニウムよりも興味が持たれる事項である。  


前半部分で東洋系の人物と格闘になるシーンがあったが、あれも素晴らしい出来栄えだった。トム・クルーズの側が劣勢だったからだろう。「アトミック・ブロンド」の監督が指導したのか? 動作が似ていた。あそこで簡単に敵を倒していたら、面白みがない。

また、バイクで逆走しながら逃げるシーンも、周囲の車の動かし方やカメラワークが素晴らしかった。あんなシーンでは、一歩間違えれば死人が多数出るだろうに、よく管理していたと思う。あのシーンを見て、影響されたアホウな犯罪者が、同じように逃走してもすぐに大怪我するだろう。


交差点では安全を確認しないといけない。     


 

 


2019年1月 4日

マンハッタン物語(1963)

Love_with_the_proper_stranger

Paramount-    


売れないミュージシャンの主人公は、一夜を共にした女性から妊娠を告げられる。堕胎のために二人は協力することになるが・・・DVDで鑑賞。モノクロ映画だった。


古い映画だが、リマスタリングされているのか、映像は鮮明に写った。アクション俳優のイメージが強いスティーヴ・マックイーンが、舞台俳優のようにドラマを演じていて、それで全く違和感がなかった。演技が自然だったからだろう。自由人らしい考え方を述べるセリフは、実際にも波乱万丈の人生を歩んだ彼の個性と重なって、良い味になっている。生真面目俳優が自由人を演じても、なかなか本来の個性を打ち消せないことが多いから、役者の生き方も演技をする上では大事なんだろう。マックイーンやレッドフォードの時代は、役者の生き方が個性の宣伝にもなっていた。  


いっぽうのヒロイン、ナタリー・ウッドは不幸な少女のイメージが浮かぶ。それは、その後の彼女の人生を知っているからだろうが、役柄も悲劇のヒロインが多かったのではないだろうか? 少なくとも底抜けに明るいタイプの女優ではなかった。この作品での彼女はえらく細身で、懸命に生きている感じが漂い、良いキャスティングだったと思う。実はイタリア系ではないそうだが、自然にイタリアチックな雰囲気が感じられた。   


二人の会話が素晴らしい。このような状況に陥った男女が、現実にやりそうな会話がちゃんと述べられている。責任から逃れようという狡い部分や、自分の誇りを傷つけられて怒る時の話し方、会話内容が実に自然だった。今のドラマなどでも似たような男女の会話が展開され続けているが、演じた俳優の力量のせいか、あるいは脚本のレベルの違いか、観ていて耐えられないレベルのドラマも少なくない。この古い作品は、セリフに関しては全く古くなく、よく出来た戯曲だったと思う。舞台用の作品だろうか?    


妊娠が分かっても、本人はアルコールを平気で飲むし、周囲の人間もタバコを吸っていたようだ。街並みも時代を感じさせる。冒頭でたくさんの人達が職を求めて集まる場所があったが、最初は何をやっているのか分からなかった。職を求める、あんな集まりがあったとは! 山谷の工事人募集よりはハイソだろうが、ミュージシャンを募る集まりがあるのは、日本ではちょっと考えにくい。おそらく今ならネットを介して募集するのではないかと思う。

2018年11月22日

マチネー/土曜の午後はキッスで始まる(1993)

Matinee

Universal


米軍基地がある町。キューバ危機が迫る中、少年は最新のホラー映画を楽しみにしていた。映画の特殊効果と危機への不安感が重なり、映画館に大騒動が起こる・・・・   


ジョー・ダンテ監督の作品。DVDで鑑賞。作品の存在は何かの雑誌で読んで知っていた。核戦争の恐怖によって過剰に反応する人達を描いていて、秀逸な作品だという評価だった。少しシニカルに、揺れ動く人々を笑う作品だが、「グレムリン」の監督の作品だからか雰囲気は明るい。ドタバタ劇のままなので、あまり今風の描き方ではないと感じる。   


今の映画なら、コメディであっても見事に血がしたたり、激しいカーアクションが展開され、かなりシュールな死に方をする人が出ることが多い。コーエン兄弟の作品がその代表だが、この作品は良き時代の映画の雰囲気を再現する方針だったらしく、舞台となった時代の映画のような作り方に徹底し、あえてCGなどを使ったりはしていなかったようだ。劇場主は、それに好感を持った。  


古い時代の再現には良い手法だったが、斬新とは言えないかも知れない。この作品がどの程度ヒットしたか分からないが、その古臭さのために大ヒットに至らなかった可能性はあると思う。ウリが何か必要だったろう。 個人的には旧来の伝統的な映画の作り方に従い、伝統的な手法で伝統的な劇を作り、明るくて見やすい画面で繰り広げられたドラマで満足できた。子供には受けないかも知れないが、オールド映画ファンには非常に受けるのではないだろうか?そんなファンは、あまり劇場に行かないかも知れないけど・・・   


途中から登場するジョン・グッドマンが実質的な主人公だった。体型も役柄に合致していて、完璧に適役だった。他の俳優たちは知らない人ばかりだったが、それぞれが十分に作風に合致した演技をしていたと思う。    


もし今、この作品をリメイクするとしたら、どう作るべきだろうか? 本物のソ連のスパイを登場させ、話をやっかいな方向に向かわせると面白いかも知れないが、明るく楽しい映画でなくなるかも知れない。  


現在、米国と中国の間の貿易戦争が激しくなっている。おそらく、落としどころを探っている状況に過ぎず、過剰に強硬な姿勢を見せているだけで、互いに通商を増やさないと損することは分かっているはずだと思う。交渉の実態が分からないし、結末は誰にも予見できない。EU内部でも自国第一に考える政治勢力の勢いが増しているので、大戦前の空気に似て来たと、様々な評論家たちが言っている。ミサイルの心配をしながら生活するのは辛いので、善きルールを作って、なんとか紛争にならないように祈っている。

2018年5月 7日

マザー!(2017)

Mother

- Universal

 

小説家の夫と暮らす若い妻は、夫が招き入れた不審な人物に反感を抱きながらも接待する。しかし、殺人事件が起こってしまう・・・DVDで鑑賞。 

 

前知識なしで、たまたま棚に並んでいたから借りてみたのだが、スリリングで謎の多い作品だった。ヒロインはジェニファー・ローレンス。大変な表現力だ。「世界に一つのプレイバック」の彼女より存在感を感じた。

 

ヒロインが普通の人ではなさそうだと直ぐわかる。建物の壁や柱に頭を近づけると、鼓動のようなものを感じ取る力があると分かる。どうやら彼女は何かを象徴した存在のようだ。いっぽうの亭主も、行動が無茶苦茶で、勝手で支離滅裂な行為をやらかしている。こちらは明らかに神や、強力な力を持つ身勝手な人間、あるいは信仰、信条を象徴しているように思う。

 

かなり宗教的な内容だと感じたのは、兄弟が殺しあう話。「エデンの東」にも使われた、カインとアベルの兄弟殺しが再現されている。弟だけが父の愛を独り占めしているというセリフが、それを意味していることは間違いない。すると、彼らの父親はアダムを意味するのか?でも彼はアダムのような性格ではないから、聖書を忠実に再現した物語ではなく、いろんな行動をとる人類を象徴しているように感じた。子供が亡くなってしまう不幸な親を象徴したのかもしれない。

 

そんな象徴に満ちた物語なので、作品はかなり無茶な展開になる。ラスト近くでは戦場のシーンが急に現れたりする。家の中で戦争が起こるなんて、明らかにおかしい。誰かの夢や妄想を描いた作品なのか?と、理解が難しい作り方である。これは芸術家たちが陥りやすい失敗のパターンではないか?そんな気がした。何のために、こんな展開にしたかったのか?そこが最後まで分からなかった。

 

夫が素晴らしい詩を書くことに成功したとたん、人々が家の中に押し入って勝手な行動をとるのは、宗教や思想、何かの技術、新製品など、魅力的なものを意味しているように思った。神がくれたとしか思えないようなスマホ、車、電化製品、地下資源でも何でも良い。素晴らしいものには、人々が群がって争いになることも多い。求める人達が狂ったようになったら、自然や先住民などの都合は完全に無視されるものだ。ヒロインは、そういったやられる側の存在を象徴しているように思える。

 

だが、映画でそんな内容を象徴的に描くのは、簡単なことではない。技術的に非常に優れた作品である本作も、説得力については不足していたと感じる。もう少し現実路線に近づけて、実際に起こりうる物語にしたほうが絶対に評価は上がっていたと思う。

 

 

 

2018年2月 9日

マンチェスター・バイ・ザ・シー(2016)

Manchester_by_the_sea

 

- Universal

 

事故が原因で故郷を離れた主人公。彼の兄が亡くなったことで、甥っ子の面倒をみることになる。傷ついた彼の心は変わるだろうか?という話。DVDで鑑賞。

 

主演はケイシー・アフレックで、ほとんどの時間帯は不機嫌そうな無感動の表情を貫き、酒場で酔っぱらっては乱闘騒ぎを巻き起こす困った人間を演じていた。明確に心情が変わって明日を明るく生きれる・・・そんな安易な展開になっていなかった点は作品のレベルを上げていたと思うが、かなり分かりにくい展開で、先が見えない暗さのようなものも感じた。あまり興行的に受けにくい作り方だったのではないだろうか?子供が単純に感動するのは難しい印象。

 

構成も凝っていた。頻繁に回想シーンが現れ、シーンはかなり複雑な順番で入れ替わる。兄が生きている場面だから回想シーンだろうという風に後では分かるのだが、最初のうちは頻繁にシーンが変わりすぎて、少し無駄な印象も受けた。もう少し単純化できたのではないだろうか?あるいは、酔っぱらって寝っ転がる主人公が夢の中で回想するといった約束事を作ったほうが分かりやすい。悪夢にうなされる主人公の心象が、より明快になると思う。

 

殴り合いのシーンがやたらリアルだった。特に2回目の酒場でのやりとりは動きが良くて、本当に殴っていたように見えた。おそらくプロの格闘家が相手をしていたんだろうが、本来アクション映画でない作品でも、殴り合いはリアルであったほうが良いことが再認識できた。嘘が見えてはいけないのだろう。

 

ケイシー・アフレックが良い役者なのか、劇場主にはよく分からない。この作品では演じすぎていなかったろうか?難しい役柄だったと思うが、過去を引きずる人間は発作的に無茶な行動に走りやすいと思うのだが、異様に明るかったり無駄な会話をしてしまったり、ただ暗いだけではない場合が多いように思う。ただ暗いのはリアルではないかも。

 

自暴自棄な人物はいろいろ見てきた。劇場主が関係するのは病気が原因で仕事を続けられなくなった人間が多いが、精神科にも通っている患者さんの場合はもっと根が深くて、抑うつの度合いが激しい人が多い。過去になんらかのトラブルを起こして、警察沙汰を何度も経験した人もいたが、病気を治す、克服するという方向に向かいにくい深い傷を感じた。

 

どうすれば回復に向かわせることができるか、さっぱり分からない場合が多い。この作品の主人公の場合は、甥っ子と何か心に通じるものはあった様子で、結局別れて暮らすことになったとしても、全く無関係に生きることにはならないようだった。その点は救われる。実際に今まで経験してきた方たちは、家族からも絶縁状態になった方が多かったから。

 

マンチェスターという地名は各地にあるようで、映画の舞台になったのは題名のまま、マンチェスター・バイ・ザ・シーという地名の、港やゴルフ場などがある町らしい。不思議な地名だ。海岸そばの横浜町・・・そんな地名は日本では考えにくい。グーグルでみると、映画のシーンそのまま、静かそうな街並みが写っている。この町がなぜ映画の舞台になったのかは分からない。

 

元奥さん役を演じていたミシェル・ウイリアムスと、甥っ子役のルーカス・ヘッジスという若者に存在感を感じた。主人公がアカデミー賞を取ったが、この助演者のほうが素晴らしくなかったろうか?気持ちがよく分かる演技だったと思う。

 

特に画像のシーンでウイリアムス嬢が主人公に語るセリフは素晴らしかった。現実には謝ろうとしてさらに酷い言葉をかけてしまうことが多いものだろうが、映画的にはあれは作品のレベルを決定する素晴らしいセリフになっていたと思う。

 

 

 

2017年5月11日

マグノリア(1999)

Magnolia

- New Line ~Warner -

末期癌患者、その家族、クイズ番組に翻弄される少年、孤独な警官など、心に問題を抱える人々が入り乱れて登場するグランドホテル・スタイルの物語。DVDで鑑賞。   

それぞれの人物の演技が非常に上手く、演出も適切で、役者にも監督にも大変な才能を感じる。音楽の使い方も素晴らしく、その方面のセンス、おそらく監督自身のミュージシャンとしてのセンスも鋭どそうな印象を受ける。 

ユーモアのセンスも感じる。ドジな人間がやりそうな失敗、あせった表情が的確に伝わる。表情に注目すべき時はちゃんとアップし、背景として写っているだけのシーンでも、中心の人物の話に反応して後の人物が仕草を変えている様子が、ピンぼけ状態でもちゃんと分かるように演出されている。表現力が確か。

そもそもストーリーは監督のオリジナルらしい。神をイメージさせる流れは、作品のレベルを上げているように感じた。ただの群像劇だけでは、感動することはできない。運命や教訓をイメージさせるために、良い設定をしていたと思う。

いっぽうで全体的な流れの統一性や、話のつながり、最終的な盛り上がりには何か不足する部分があって、最高の出来映えには至らなかったような気もした。冗長になってしまっていた。

それに、この作品は子供向きの表現でない部分もあり、家族で鑑賞するタイプの映画ではないと思う。セリフには酷いスラング言葉も多かったようで、ほとんど理解できなかった。テーマとしては子供の心に関しての配慮を示唆する面があり、真摯な内容ではあったと思うのだが、作品は大人向きであった。

トム・クルーズが怪しげな啓蒙者を演じていた。自信たっぷりにプレゼンをこなすようなタイプの人物を演じさせると、若い頃の彼は非常に上手い。しかも、失敗して茫然自失するシーンがあると、そのギャップを明確に演じることができている。その鮮やかな対比の演じ分けが、彼独特だ。

ヤク中の娘を演じた女優さんや、末期癌で死ぬ寸前の患者を演じたジェイソン・ロバーツなどが、いつもにも増して非常に上手かった。名演技が多かったから、役者個人の能力だけじゃなく、演出法も良かったに違いない。

臨終のシーンがあったので、自分が死ぬときのことを考えた。

劇場主は家内に謝ることは多くないと勝手に思っているのだが、日常の態度に関しては問題がある。家内の無茶な行動を腹に据えかねて、無視したり冷たい態度をとったりすることが多いから、人として謝らないといけないだろう。でも、じゃあ今すぐに謝ったらどうかと言われると、今は嫌だと感じるのだが・・・

劇場主は、親の臨終に立ち会えなかった。遠方にいたし、仕事場を離れることが難しい上に、両親とも急変したので無理だった。幸い、意識がしっかりしているうちに生前のことへの感謝を伝えていたから、意識を失った後に会えなくても諦めがついた。一緒に暮らしていないなら、仕方ないのかと思う。

自分が死ぬときも、必ずしも子供達に集まって欲しいとは思わない。むしろ皆が忙しく、仕事で時間を取れずに集まれないまま、病院か施設のスタッフに看送ってもらったほうが幸せかも知れない。それだけ責任のある人間を育てることができたなら、そのほうが意義のある人生だったと言える。もし意識のある間に話ができているのなら、ひっそり死んで迷惑を最小限にできたほうが幸せかもと思う。

ただし、現実は随分違ってくるかも知れない。その時になってみないと分からない。

 

 

2016年12月10日

マネー・モンスター(2016)

Money_monstar

- 疑心暗鬼 -

投資に関する番組コーナーが、爆弾を持つ男にジャックされた。犯人は番組のせいで自分が破産したと言う。株の暴落について、会社のCEOに詰問するつもりだったようだが・・・・

・・・・監督はジョディ・フォスターだという。そう言えば彼女が主演した「フライト・プラン」のような空気が続き、謎解き、犯人捜しが進む流れも、よく似ていた。自分の出演作を参考にしたのかも知れない。いつのまにか監督業もこなすようになって、この作品はちゃんと玄人の出来映えに感じた。

アイディアが良かったのだろう。ジム・カウフといった人達が原案を考え、専門の脚本家達がチームで仕上げたようだ。主演のジョージ・クルーニーの演技も、最近の彼の作品の中では最も役柄に合っていたように感じた。ジュリア・ロバーツは脇役に近い役どころだったが、存在感は充分だった。

カトリーナ・バルフという美しい女優さんが非常に良い役どころを演じていた。もろにモデル体型なので、一般的な役は演じにくいだろうが、こんな役には最適だ。今後はどうだろうか?演技力や、存在感はよく分からなかった。

残念だったのは、敵役。役者の問題と言うより。演出の問題ではなかったかと思う。とことん憎々しく、しぶとく、抜け目なく演じて欲しかった。犯人から上手に逃げ、主人公達を困らせる必要があり、捕まっても自分だけは生き残ろうと汚い手段をとる、逆転勝利を目指す・・・そんな描き方が欲しかった。

また、最初の段階で、およそラストの展開が読めてしまったので、もう一工夫必要だったのかも知れない。何かの逆転劇、裏切り行為、ワナなど、予想を超えるものが欲しかった。主人公の苦悩、人間性、行為の必然性などが滲み出るような設定もできたのではなかろうか?

今日の株取引は、かなり自動化されているという。高速の取り引きで、どのようなメリットがあるのかすら劇場主には理解できないが、株価の変動のパターンから、次の展開を読むためには、人間の感性だけでは不安があり、対処も遅れるし、コンピューターの解析は参考になると思う。ただし、害も多いだろう。

例えばもし中国経済が著しく衰退する危険性が出た時、噂で不安になった一部の投資家達が売りに出たら、コンピューターはどのように反応するのだろうか?売りの勢いをさらに加速させるのではないか?すると、恐慌をより深刻化させることになる。人より先に売り抜けようと、凄いスピードで売られたら、市場や政府が対応できないかも知れない。

他の会社のソフトの特徴を把握できれば、ワナにかけて損失を生じさせ、その会社の株を空売りしたりすることも可能ではなかろうか?より悪質なソフトが、他の会社のソフトを利用し、証券会社ごと倒すような事象が生じるかも知れない。

先日、NHKドキュメンタリーで「シリーズ・マネー・ワールド」を観た。今は資本主義のシステムに皆が疑問を持ち、あらたなルール、新しい技術を心待ちしている時代だ。トマ・ピケティ教授や、ハラリ教授の本を読むと、我々が勘違いしていた部分に気づく。このままではいけないのだろうと、皆も疑心暗鬼になっているはずだ。

そんな心情の中で、実際の景気後退が明らかになる何かが起こり、予想通り政府も国際機関も手詰まりと判断されたら、どうなるだろうか?リーマン・ショックの時は、予想された破綻がやってきて、過去に有効だった手段が予定通り採られ、それなりに乗り越えた。今度はどうだろうか?

 

 

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