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カテゴリー「は」の108件の記事

2019年8月 2日

運び屋(2018)

The-mule

-Warner Bros.-

花の栽培で有名だった主人公は、経済的に困窮し、家族にも見放されていた。そこで彼は麻薬の運び屋になり、経済的に豊かになって家族との関係も回復しようと試みるが・・・  DVDで鑑賞。 

クリント・イーストウッドが主演と監督をも務めた作品。予告編の緊迫感が気に入って、レンタル開始早々に鑑賞した。原題のMuleという言葉は面白い。頑固者という意味と、運び屋という意味を兼ねているらしい。家族を顧みない仕事人間だった主人公に、まさにピッタリのタイトル。

作品の基調は静かで、ラジオの曲に合わせて歌を歌いながら飄々と仕事をこなす老人のユーモアあふれる姿が心地よい。派手な銃撃戦や荒々しい逮捕劇などはない。でも充分な娯楽性を感じた。

イーストウッドは90歳近いので、さすがに最後の仕事が近づいてきているはずだが、もしかすると、この作品がそうなるのかも知れない。仮にそうなっても称えてよいくらい、この作品は出来栄えが良かった。

まず音楽が良い。ジャズの造詣が深いらしいイーストウッドだが、この作品にはカントリーの曲や懐メロなども出て来て、荒野をドライブしながら聞く中で、とぼけた雰囲気、のんびりした安心感のようなものが感じられ、主人公を嫌悪する気持ちを生じにくくする効果があったと思う。若者がロックやラップ調の曲でシャウトしながら運転していたら、通常はあまり良い印象は持たれない。老人が古めの音楽で歌っていたら、たとえ犯罪者であったとしても、根は善い人としか感じられない。何度も繰り返された運転中のシーンは、この映画のウリだろうと思う。

そして、ストーリーのほとんどは実話に基づいているという点も、作品の魅力になっているようだ。犯罪者の物語とはいえ、時代の流れについていけず、破産の憂き目に遭ってしまった人物には、ある程度の同情を禁じ得ない。 家族を犠牲にしてたことを後悔しているという主人公のキャラクターも良かった。あからさまに邪険な態度をされて、ただ謝罪するしかない主人公には、「当然の報いだ」という感情は起こりえない。惨めであればあるほど、主人公に感情移入する仕組みができていた。  

この作品は企画の段階で、かなりの成功が約束されていたと思う。その企画を、ビッグネームの俳優たちが集まって映像化しているのだから、価値ある作品に仕上がったのも当然だろう。

 

2019年7月 5日

バンガー・シスターズ(2002)

Fox

- fox -

勤めていた店をクビになった主人公は、かっての友人を思い出して故郷に帰る。しかし友人はハイソな家庭の奥様になっており、邪険な扱いを受けてしまう・・・・DVDで鑑賞。 

この作品の中古DVDが販売されていたので、一個250円で購入した。250円の価値があるかどうかは、人によって判断が違うと思う。劇場主はゴールディ・ホーンのファンなんで、それなりの価値を感じた。彼女のファンでない人には、もしかするとがっかりされるかもしれない。

そのゴールディ・ホーンは、さすがに若々しくはなかった。この作品の当時で年齢は57歳、既にキャリアのピークは過ぎていた。しかし色っぽくて人好きのする個性は出ていたと思う。いっぽうのハイソな奥様役のスーザン・サランドンは、あまりハイソな雰囲気が感じられなかったので、キャスティングとして成功だったか分からない。メイクや衣装に工夫が足りなかったのかも知れないし、もっと他の女優のほうが最初から良かったのかも知れない。いかにも金持ちそうな、ゴージャスな雰囲気の女優なら、演技の必要がなかったと思う。

そして、ハイソな奥様が態度を変えて来る成り行きも、あまり自然でなかったと思う。明らかな理由によって二人の関係が変わるように、観客が納得できないといけない。そのためには何かの事件が必要だろうが、そんなものはいかようにも作れたと思う。その経緯が上手く描き切れていなかったように思った。

もっと派手なドタバタコメディにしても良かったと思う。再開した時に険悪な雰囲気になってドタバタ劇を繰り広げ、昔の秘密を暴露しようとするヒロインと、それを隠そうとする相棒との間のバトルを描いても良い。そこから友情を思い返す流れだと、もっと後味がよかったはずだ。 バンガーというのは意味合いがよく分からない言葉だった。騒がしい、おしとやかでないといった意味だろうか。  

 

 

2019年6月11日

82年生まれ、キム・ジヨン 

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- チョ・ナムジュ著 筑摩書房 - 

1982年生まれの主婦キム・ジヨンは、ある日、言動が母親そっくりに変わり、他の日には友人のそれに変わる。心配した夫は、彼女を精神科に連れて行くが・・・ 

韓国でベストセラーになった作品だという。既にドラマ化が決まっているそうだ。語り口に工夫がしてあって、精神科での問診内容がストーリーになっている仕組みだが、実際にはヒロインが語る今までの人生が、淡々とつづられている。それは特殊な人生ではない。少女の頃に感じた不満や、家族とのやり取り、親や姉への感謝、淡い恋や夫との出会い、仕事場での努力や辛いことなど、誰でもありそうな話がエッセー風に、色々と描かれている。

それら全てを通じ、ヒロインを苦しめて来た女性への不当な扱いに対する憤りが、この話を貫くテーマであろう。精神症状を描く必要は必ずしもなかったのかもしれないが、ヒロインの人生が特殊なものでないとする以上、ただ淡々と語らせていては読者の興味を保たせることは難しい。妙な状態にする必要があると判断したのだろう。上手い手だった。  

この物語は、そのまま日本でも通用すると思う。日本でも女性の議員が少ない、企業の幹部も男性ばかりなど、性差別は確実にある。ひどいセクハラ行為も珍しくない。女性記者が事務次官から露骨な言葉をかけられ、その後に名前を公表するように大臣から要求めいた言葉を発せられたこともあった。大臣のような連中は、相手の気持ちを考えて生きてはいないのだろう。仲間や野党との競争、足の引っ張り合いや脅し、それ以外に何も考えないくらいの殺伐とした日常を過ごしてきたからこそ生き残れているとも思える。だが、そんな感覚を正直に吐露してはいけない。自分がどのような人間なのか、時々は振り返り、驕った考えを認識して、考えたことをそのまま話さない、そんな覚悟が必要。

つい去年報道された医大の入試における不平等も、性差別と言える。大学に自治権はあり、勝手な基準で学生を選んでよいとは思うが、こっそり基準を設けるのはフェアではない。フェアでないことに慣れ過ぎてしまっていたのだろう。今日までそれが公表されて来なかったというから、大学の上層部の頭がいかに古く、前時代的で人権意識が低いのかを示唆する。そんな人間が教授、事務長に選ばれるシステムにも問題がある。人権意識や公正さと関係なく、彼らの人事が決まり、彼ら自身も古い感覚を持っていたはずだ。

いっぽうで、大学の合否は米国などでも闇の部分があるというから、日本だけの問題ではない。あちらでも有力なOBの子弟は優先されるらしい。むしろ恣意的な判断のほうが国際標準と言えるかも知れない。仮に劇場主が病院をや学校を経営する立場になった場合、女性が職員の大半を占め、次々と職場に出てこれなくなったら、職場の維持が難しいので経営者としての能力を疑われて当然だ。その分、余分な人員を確保し、余裕を持たせる必要があるから、当然人件費が経営を圧迫する。責任は運営者にある。たとえ不公平でも、学校の維持のために、独自の基準を設けざるを得ないかも知れない。

そこを考えて学生の選考基準をいじるなら、できれば「男性何人、女性何人」と明示したいと思う。受験する側のことを考えれば、そうなる。ただし、それに対しても必ず反発は来る。それこそ明らかな性差別と言う人もいるだろう。男子校、女子大と同じ理屈だから、許されるかも知れないし、医学部の場合は合格は雇用に直結するから、今の男女雇用機会均等法に触れるかも知れない。学校は、法に触れるなら経営リスクを覚悟で予算の組み方を変えて対応するしかない。 あるいは、やはり学校の権利を盾に、旧来通りに選考基準をブラックボックスにすべきだったのか? よく分からない。

一般の会社でも、幹部に女性が少ない状態がまだ続いているが、おそらく今後は変わって来るだろう。ただし、そのせいで出産の機会が減って少子化が進むとしたら、そもそも社会が成り立たないから結果は最悪になる。平等な社会、機会均等が望ましいとしても、少子化と合わせて法律を作る必要があった。おそらく、出産したら年金を増やす、給与の等級を上げる、男性の育休を奨励する規定が望ましいのだろう。そのうえで機会均等を考えないと、良かれと思って作った法律で、医療体制や社会全体の破綻という、もっと深刻な問題を引き起こしてしまう。

 

 

 

 

2019年4月14日

判決、ふたつの希望(2017)

- 監督Ziad Doueiri -    

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ベランダで花に水をまいていた主人公は、工事の監督から悪態をつかれる。謝罪を要求した諍いは、やがて裁判に発展する・・・・DVDで鑑賞。  

よくぞ、このような作品を作り上げたものだ。筋書きも、根底に感じられる不条理、不幸な歴史への憤り、人間社会の問題点を追及した姿勢も、どれもが素晴らしかった。  

作品のレベルを考えると、アカデミー賞の作品賞を何度か差し上げて良いと思う。外国映画賞ではなく、本賞が望ましい。難しいテーマを、よく処理したものだ。処理・・・処理という言い方は適切じゃない。たぶん完全に処理しきれるはずのない問題をテーマにしているのだから、描き方のセンスが良いとしか言えないのだろう。難しいテーマを扱いながら、作品として成り立たせているところが凄い。  

俳優たちは全く知らない方々だった。コメディアンだったり、監督だったり、いろんな方達が出演していたようだ。  作品の中で、中国製の偽物の製品に文句を言うシーンが2回もあった。中国製品は、その悪評とともに、あらゆる所に出回っているのだと改めて感心。中国へ反感が、また新たな諍いを生むかもしれないことを、この作品が予言しているのかもしれない。  

映像に写るべイルートの街は美しく、経済的に活気がありそうに見える。しかし、少し前まではシリアやイスラエル、各種の民兵が入り乱れる混乱、虐殺の応酬に苦しんだ歴史があるはずだ。つい30年前くらいのこと。 レバノンにはパレスチナ難民が今も多数いるそうだから、元の住民とトラブルが発生しないはずがない。そして、おそらく今でもISの残党などが侵入しているに違いない。何かあれば、直ぐに大きな紛争が起こりうる。  

どうしてパレスチナ難民の受け入れを、イスラム系の国に限定しなかったのだろう? 宗教や人種、国境の引き方や欧米の思惑の影響によって、地理的に近いからという点もあるのだろうが、とにかくトラブルが起こりそうな条件が整っている。そういえば古代からそうだった。十字軍の時代も酷かったはず。地中海沿いにキリスト教の国がしばらく続いたから、歴史上の無理を集約したような地域である。そこに暮らすのは、本当に勇気が要ることだろう。   

バナナの産地があるようだ。作品の中で、豊かな農園が映っていた。そんな集落で、なぜに虐殺が起こるのか? 自分たちが武力を持っていて、相手が持っていないなら、武力を使わない手はない、優位性を利用したい・・・・そんな単純な考えが浮かぶのだろうか? 劇場主が子供の頃の諍いは、そんなものだった。人数が多いか腕力のある先輩が仲間だと、気が大きくなるのだ。

条件が整った中での口汚い罵りから暴力へ、そして互いの憎悪が連鎖し、エスカレートした諍いが起こったのか?自然な成り行きとは思うが、酷い結果を考えて、安定を目指すことは無理なのだろうか?   

となりのイスラエル国内にもかなりの数のパレスチナ人がいるらしい。しかし、イスラエル政府は多数派を奪われることがないように、ちゃんと手を打っている。人口の比率は安定のためには大事な要素だ。住民を追い出したことで、イスラエル国内での内戦は起こっていない。テロは頻繁でも、内戦には至らない。多数派を占めることは、ある意味で内戦を避ける賢い選択と言える。しかし、そのために追い出された難民は、周辺国に酷い混乱をもたらしたはず。 

朝鮮半島と日本も酷い状況だ。韓国の裁判所の考え方はよく分からないが、普通に考えると、韓国政府が慰安婦や徴用工に対して賠償すべきと思える。日韓の戦後の条約でそのように決めたなら、それに従うべきだろう。ただ、その条約の韓国語での内容をよく知らない。英語の文章だと請求権を破棄しているようだが、韓国語で何と書いてあるのか?凄い違訳をしているかもしれない。 

将来、過激な言動から実質的な争いに発展し、酷い結果になることも予想される。その時、誰が責任を負うのだろうか?  

 

2018年9月24日

バース・オブ・ネイション(2016)

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- Fox -                      


ネイト・パーカーという俳優が主演、監督、脚本、製作の一部を兼ねて作った作品。日本では劇場公開されず、映画祭でのみの上映だったそうだ。マイナー路線の作品だから仕方ない。作品はナット・ターナーという黒人奴隷にして宗教的指導者、反乱指導者を描いている。     

 

今日という時代を考えると、この作品の主題には特に大きな意味があると思う。トランプ政権の誕生で、米国は人種差別の勢いが戻った印象がある。もともと酷いものはあったのだろうが、差別用語が糾弾されなくなり、発言者の責任が追及されずに終わることも増えた印象だ。最高権力者が明らかに人種差別主義者だと思われるから、末端にもその影響が出てしまうのだろうか?       

 

この作品は国の独立とは関係ないので、古の映画「国民の創生」と同じタイトルを付けたのは、古い観念への対決姿勢を示したためだろう。黒人たちの反乱こそ、新しい国家の形を示したものだという訴えも兼ねていると思う。日本と韓国との対立も根が深いが、米国の人種差別は、その歴史的規模が違う。それでも国家としてまとまっているのは、宗教と法律の成せる奇跡のようだ。      

 

ネイト・パーカーは、この作品の制作のために他の作品への出演を断り、賭けに出たそうだ。クラウド・ファウンディングのような手法で資金を集めることに成功し、十億円以上の製作費をかけて作ったのだから、完全にのめり込んでいたに違いない。俳優たちの中には、気に入った企画に金と名誉と時間のかぎりを費やし、壮大なイノベーション的作品を作り出す人がいる。「ガンジー」を作ったリチャード・アッテンボローがそうだったし、日本の本木雅弘が「送りびと」を作った時も、予想外の力量を示していて驚いた。一人の人間の強い意志が、こんな思い切った作品を生むのだと、改めて思う。その強さは、尊敬に値する。       

 

この作品の場合、差別への怒りが意志に力を与えたのだろう。ただし、怒りによって冷静さを損なうと、作品の出来栄えに関わって来る。人種差別主義者でさえ納得させるだけの名作になるためには、完成度が必要だと思うが、少し力不足だったかもしれない。    

 

最近、「ある奴隷少女に起こったこと」を読んだ。本を読んで奴隷制について再考していた時期だったので、この作品に興味が湧き、借りることになった次第である。奴隷の描き方がどんなものか、注目して鑑賞。所有主によって、奴隷たちの扱いが随分違うように描かれており、物置き小屋のような所に殴られて横たわる者もいれば、独立した小屋に家族で暮らす人達もいるという描き方だった。あれは、おそらく実像に近いと思う。「ルーツ」など、他の作品でも所有者は残虐な人間ばかりではない。金銭問題や周囲の白人たちとの関係に応じて、黒人たちへの扱いはピンからキリまで違っていたのだろう。             

 

ネイト・パーカーは聖書に忠実に行動した、それが作品の視点であるようだ。確かに、彼のセリフはモーゼら預言者たちの発言内容と大きくは変わらない。虐げられた人々が支配者たちに立ち向かおうとする時は、時代や民族に関係なく、仮に聖書がなくても言葉は同じになるのだろう。  

 

いっぽう、支配者側の行動原理は上手く描けていないように感じた。同じ聖書を読んでいるはずの白人たちは、自分たちの行動をどう考えていたのだろうか? 不信人な連中ばかりだとは思えない。おそらく積極的に奴隷制度を支持してはいなくても、奴隷所有者の権利が法的に認められている限り、それを奪えないはずで、黙認したくなくても、そうなってしまう。そのような構図が大きな力となって、根深いものになったのではないか?            

 

経済的理由と法的な面が、悪しき制度を守ってしまう。奴隷所有者が広大な農園を経営して社会的立場が上にある場合、権力や財力におもねる周囲の人間は必ずいる。出世や商売のためだ。人道的な立場で糾弾しようとしても、奴隷の労働で農園の経営が成り立っているのだから、地域経済を危機に陥れる可能性があるという理由で訴えは潰されるのではないか? 

基地や原発を支持するかどうかで町がもめるのもそうだが、立場や考え方は、同じ地域に住む人間でも正反対になる。奴隷制の維持か廃止についても、結局は自力での解決はできなかったのでは?という風に理解する。自分が白人農場主だった場合、どのように行動するかろうか?生半可な考え方はできない。

 

 

 

2018年8月16日

ハッピーフライト(2008)

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- 東宝 -        

 

綾瀬はるか主演のコメディ。8月5日、衛星放送で鑑賞。鑑賞した理由は、他に面白い番組がなかったからだ。この作品のことは宣伝を見て知っていて、ドタバタ喜劇だろうと思っていた。旅客機や空港を舞台に、CAや若いパイロットが活躍する話となれば、おそらく恋の話が中心だろう・・・。スチュワーデスが登場する番組は、恋物語かハイジャックものと決まっている。子供のころから何度観ただろう?そう思ってビデオも借りないし、もちろん劇場で鑑賞しようなどという考えも、一顧だにしなかった。   


しかし、劇場主は自分の不明を恥じないといけない。この作品の中で中心となっていたパイロット氏とCA嬢は、一回だけ挨拶をしたかもしれない程度で、会話もない。まったく別個に、それぞれが失敗をしながらも自分の仕事に懸命に尽くし、危機に陥った職場を立て直す一役を担っていた。そこが、この作品の個性、着眼点だったようだ。   


浮ついた恋物語が、今日の日本で受けるはずがない。とことん真面目な、あんまり夢はない、まとまっていて、派手な冒険を避ける、その姿勢に徹した点が、きわめて今日的な作品と言えるだろう。就職難の時代が続いた影響か?    


この作品は、監督のオリジナル企画らしい。作品の構想を考えるうちに、浮ついた恋物語もハイジャックの駆け引きも除外され、マイナーだがリアルな故障によって、乗客やスタッフが経験する緊張や、対処の仕方などが描かれ、結果としてなかなか爽快な物語になっていた。  


主役の綾瀬は、ドジそうな人物を演じると非常に味が出る女優。際立つ美人女優ではないと思うが、万人に好感を抱かせる独特の雰囲気が感じられ、そのためだろう、気がつけば20年近く活躍している。この役も非常に個性に合っていたと思う。もう一人の主役と言える田辺誠一は、綾瀬に比べるとマイナーな存在かも知れないが、こちらも様々な分野でちょくちょく顔をみる息の長い俳優。この作品では少し三枚目だが、ちゃんとした能力も見せるというキャラクターだったから、まったくの喜劇役者では個性的に少し合わない。キャスティングが上手く行っていたと感じる。  


エピソードが少なかったにもかかわらず、ちゃんと物語としてまとまり、意外なほどの達成感が感じられたので、映画作りに関する監督の手腕には改めて感心した。しかし、劇場主はもっと様々なエピソードが盛り込まれていたほうが、興行面を考えると良くなかったろうかとも感じた。あまりギャグシーンを増やすと、かえって観客に不快感を与えてしまう可能性もあるが、海外の観客などには分かりやすくなるだろう。ギャグ満載の前半から、ブラックユーモアと緊迫感あふれる後半と、観客の予想を裏切る展開に持ち込む、そんな極端な作品のほうが、個性的だったと思う。おそらく外国人にとっては、この作品はインパクトに欠けるはずで、どこが面白いか分からないだろう。

 

 

 

2018年5月19日

バリー・シール(2017)

Americanmade

Universal

 

パイロットをやっていた主人公は、CIAの仕事を命じられ、やがて麻薬組織や軍事政権とも関係を持つようになる。武器や麻薬、資金洗浄に関わるうち、巨額の資産を貯め込むが・・・・DVDで鑑賞。

 

主人公は犯罪者だが、非常に魅力あふれる人物だった。実際のバリー・シールがそうだったらしい。資産も凄かったらしいが、寄付行為も頻繁にやっていたらしく、人助けをさかんにやったと描かれている。人間的魅力に満ちた人物だったようだ。演じていたトム・クルーズが笑顔の素晴らしい俳優なので、確かに実在した人物の雰囲気を出せていたかも知れない。

 

疑問が湧いてくるのだが、バリー氏は自分の行為を楽しんでいたのだろうか?あるいはCIAに尻尾をつかまれた状態だから、戦々恐々としていたのだろうか?映画では自分の資産形成に懸命になっており、みずから積極的に犯罪にのめり込んで行った様子だったが、怖さを感じないはずはない。いつでも自分が吊し上げられ、殺し屋から狙われる寸前の状態であることは確かだったはず。組織との関係が常に順調で、互いに依存した状態が続くなら安心もできようが、そんな良い状況が一生続くはずはない。知りすぎた人物は消されるはずだし、利用して敵対勢力を葬ろうと考えている連中は、バリーのような人物を逃さないだろう。 

 

もともと彼がCIAににらまれたのは、ちょっとしたバイト感覚で密輸をやったかららしいので、彼はギャンブルやスリルを好む性格が元々あったのかもしれない。スリル依存症の人間は、より強い興奮を得ないといられず、より危険で金の額が大きい仕事に熱中していくものらしい。そんな破滅型性格が、彼の物語を生んだのではないかと、勝手ながら想像してしまう。そういえば主演のトム様も、そんな傾向があるらしい。まさに適役だったのかも。 

 

共演者の奥様役も味のある演技ぶりだった。殺人のシーンも描き方が穏やかで、この作品はちゃんと娯楽作品に仕上がっていた。まとめ方が上手い。 

 

それにしても、イラン・コントラ事件の頃の米国の作戦は、考えが足りないように思えてならない。ことが露見すると考えなかったのだろうか? CIA側は秘密を守るだろうが、相手方は平気で裏切るはず。それが米国民に知れ渡らないはずはない。どうやって機密を守るつもりだったのか、そこが理解できない。 

 

日本の自衛隊や、国土交通省、財務局の文書管理も理解できない。劇場主は公的文書というものは、絶対に捨ててはならないものだと考えていた。今なら電子記録でどんな量の文書だって保存される。破棄する必要はないし、保存するのは国民に対する義務だ。だが、管理を任されるということは、改竄や破棄は当然と、どうやら長いこと考えられていたようだ。昨今だけの問題じゃなく、昔からそうだったようで、本当に信じがたい低レベルの政府機関だったということ。  

 

 

2018年4月10日

バッタを倒しにアフリカへ(2018)

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- 前野ウルド浩太郎 -

 

昆虫学者の前野氏の著書。氏がモーリタニアに渡った経緯、バッタの研究、および研究費確保のために苦闘した様子を綴った本。    

 

売り上げも相当あげたようで、高い評価を受けたらしい。単純に面白いし、ポスドクの立場の辛さの記述や、学術的な知見の紹介もあり、盛りだくさんの内容で、読み物としてよく仕上がっていた。書き手の姿勢が素晴らしい。 

 

若者らしい軽いノリで、最果ての地にも近いアフリカ西部に行く勇気、そこで目論見と違った展開によって苦しむことになるので、フィクションのようなストーリーが展開し、小説のようだ。しかも話が単調にならないように、学術的な話題を添えたり、オタク研究と言えそうな珍しい話もあり、読者を飽きさせない。本としてよく仕上がっていた。 

 

バッタの問題の大きさは、劇場主にはよく分からない。昔は日本でもイナゴの被害が出ていたそうだが、今は農薬の力なのか、まったく聞かない。アフリカでも農薬は大量に使われているはずで、昔ほどの被害はないように思っていた。農薬の害のほうが気になる。 

 

研究の進行具合もよく知らない。バッタの遺伝子研究は当然進んでいるだろう。バッタが変性しないようにする研究も、わりと簡単にできそうな気がするのだが、そういえば完成したという話は聞かない。バッタに限った薬が見つかれば、大騒ぎする必要はない。イナゴ注意報が出そうな地域に限定して薬を使う。他の動植物に影響のない薬を選ぶなど、対応策は決まって来る。理屈は単純で、やがては高度な対策が完成するはずだ。そうなったら、前野氏は職を失うかも知れない。でも氏のことだ、ちゃっかり他の昆虫をネタに、きっとまた本屋大賞級の書物を書き上げるだろう。  

 

イナゴが食べない作物を遺伝子操作で作ろうという研究は既にやられていると思う。米国の企業が考えないはずはない。現地では死活問題だから、開発されたら拡がると思う。作物は日本に運ばれても、加工食品に混ぜられたら管理は難しい。法的な対応が必要。でも、TPPなどの交渉によって、独自の規制は難しいかも知れない。

 

 

 

2017年8月 3日

パイレーツ・オブ・カリビアン 最後の海賊(2017)

Disney

- Disney -

ジャック船長の仲間だったターナーの子供が、ポセイドンの槍を使って父の呪いを解こうとする。そこに幽霊船が絡んで、ジャック達が苦闘する物語。劇場で鑑賞。このシリーズなら面白さは期待できると判断し、ビデオ化されるのを待つことはないと考えた、期待通りだった。

シリーズも長期化してきて、かってのような新鮮さは感じられなくなっている。登場人物達も、それぞれに年齢が上がり、かっては娘だったキーラ・ナイトレイも、もはやオバサンになっている。ヒロインは無理。

そこで今回は新たなヒロイン、スコデラリオ嬢が登場していた。かなり野性的で勇敢そうな風貌の女優で、この話にはうってつけだった。ヒーロー役には、エジプトの話でも主人公を演じていた若い役者のブレントン・スウェイツ君が選ばれ、こちらも適度に勇敢で適度に笑える。世代交代に向けた計画が進んでいるのかも知れない。

主人公のジャック船長は、もともとメーキャップが濃かったので、ジョニー・デップの年齢が上がっても問題ないようだ。彼は得をしている。次回作もすでに進行中らしいが、問題なく演じることができるだろう。

今作も実によくできていた。幽霊船の怖さの表現、亡霊達の姿を表現したCGも実に素晴らしく、立体感が上手く表現されていて感心した。また、ジャックが絞首刑になりそうでならない微妙な逃れ方、船の間を飛び移りながら敵から逃れる戦いぶりも、いつもながら退屈させないよう工夫されている。

プロットも実によく考えられていると、いまさらながら感心する。親子の物語、敵の恨み、冒険に向かわざるを得ない流れなど、観客が納得しやすいように設定されている。

今回気になったのは、魔法使い役としてスキンヘッドの囚人が急に登場したり、かってのように一貫して敵として存在する提督のような存在がいなかったこと。また、前作でペネロペ・クルス嬢が一回だけ共演したが、彼女のようなスターが使い捨てになるのはどうか?といった点。

また、魔法の元になる槍がなくなったら、今後は幽霊船などが登場できないのではないか?そうなるとシリーズが成立しないのでは?といった点。まあ、気にする必要もないだろうけど。きっと観客が納得できる新たな設定がなされるだろう。

 

2017年4月11日

博士の異常な愛情(1963)

Columbia

- Dr.Strangelove or..... -

空軍基地の司令官が発狂し、核攻撃を命令した。政府や部下が命令撤回を画策するが、事態はどんどん進む・・・・

・・・核兵器の恐怖を扱ったブラック・コメディ。原作本があるそうだが、キューブリック監督が大胆に作風を変えて喜劇仕立てにしたという。ピーター・セラーズやジョージ・C・スコットが大まじめに演じていて、それでかえって喜劇的になっている。演じられたのは古いタイプのギャグだが、アイディアにあふれる作品。

邦題は博士の名前から採られているが、その博士は脇役に過ぎず、ドイツ名を英語に直訳した際に名前がおかしくなり、笑われながらも嫌われるキャラクターを、そのままタイトルに使ったようだ。皮肉の意味だろう。軍事技術の専門家を象徴し、茶化したといったところらしい。でも、いかに茶化しても、この人物のような専門家は、必ず会議に呼ばれて意見を聞かれるだろう。

冒頭のクレジットが非常に読みづらい。適当に殴り書きしたような文字で、しかも構図がおかしいので、クレジットの意味を成していない。作品がいちおうコメディなんで、クレジットの部分は重厚に、真面目くさって表示しても良かったのではないかと感じた。斬新と言えば斬新だが・・・

映像の技術に関しては、さすがに古い。テレビのSFのレベルと、あんまり変わらないような気がする。当時の技術では、あれが限界だったのかも知れない。1980年ころから急速にCGが進化したのだから、技術面に関しては旧時代のもの。アイディアだけで勝負していたと言える。

アイディアは素晴らしい。その後のSF映画に、この作品に影響された作品は多いと思う。ちょっとした偶然や、ひとりの人間の狂信的な信条が、破滅の原因になる可能性は確かにあると思う。あるいは、様々な検討を重ねて作戦に落ち度がないようにしたはずなのに、想定外の事態によって最悪の結果が出る、それもありうることである。

米国の戦略会議の様子がおかしい。好戦的な将軍が、先制攻撃をしたがる。その理屈には一定の道理があり、説得力が感じられる。まるで戦前の日本軍の参謀のような理屈。でも、肝心な部分の配慮、深謀遠慮に欠けると、この映画のような結果が待っている。将軍になるような人物は野心があって、サイコパス的な性格を持つ人が多いはず。理路整然と間違う人物も多いだろう。将軍は自分の戦績が大事だし、技術の専門家は最新の武器を使って、その威力を誇りたいはず。

先日、米軍はシリアの基地を攻撃した。シリア軍が毒ガスを使ったらしいことに反発したようだ。まさか本格的に参戦する意図はないと思うが、もしロシア軍が基地にいた場合は、かなり怖ろしい事態に進展するかも知れない。あっさり手を引くとメンツがつぶれるから、より厳しく攻撃して優位のうちに撤退したいと双方が考えているとすると、どんどんエスカレートするかも知れない。破滅、破綻が来ないという保証はない。

破綻で思い出した・・・・東芝が危機的な状況らしい。

事業を分社化し、売却などによって乗り越えようと努力はしているそうだが、超優良企業だったはずの東芝が、こんな急展開で破滅の危機に瀕するとは、まさしく想定外のこと。劇場主は、まったく予測していなかった。経営会議では、いったいどんなことを話していたのだろうか?興味がある。各々の役員達の業績争いや、忖度合戦に終始し、大事な判断を間違っていなかったろうか?

原発事業には大きな危険が潜んでいる。それくらいは素人でも分かるが、それにしても急な話。劇場主の感覚で思うのは、自然エネルギーに賭けるなら許せるが、原発に賭けて失敗したのなら当然の結果なのかも知れない。判断の失敗には違いないのだが、金銭面以外を含めた総合的な面では違う。会計操作の問題もありそうで、企業倫理の観点からも自業自得ではという印象も浮かぶ。

でも、東芝で働いている人達にとっては大変なこと。会社の首脳部が、おそらくは運も悪かったのではあるが、結果的に無茶な事業に投資し、保身目的の粉飾をやって、それで逃げ切れると判断したツケが、部下達に回ってくる。社員達はちゃんと仕事していても、運によって今後、酷い目に遭うかも知れない。

営利企業だから当然のこと、大発展もあれば惨めな破綻も当然と言えばそれまでではあるが、東芝の製品や、スポンサーだった日曜劇場、サザエさんになじんできた者としては、感傷的にならざるをえないものがある。願わくば、惨めな破綻が来ないよう、祈るばかり。

 

 

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