映画評

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カテゴリー「な」の9件の記事

2009年10月31日

七つの贈り物(2009)

主演 ウィル・スミス

- 一種の意外性 -

国税庁の調査員を名乗る主人公は、謎めいた行動をとっている。税金を滞納している人物達に面会し、彼らがどのような人間であるかを調査する。施設の経営者は、入院患者の人間性を奪うような行為をはたらいているようだ。印刷業の女性は心臓病を患っていて、このままでは移植を受けるしかない状況。夫の暴力におびえる子連れの女性は、調査を拒んで彼を追い払う。彼は何を意図して調査をしているのか?本当に税金の調査か?・・・

・・・ウィル・スミスがダイエットをしてから演じた様子で、こめかみに血管が浮き出ている。彼は不可解な主人公を熱演している。しかし、この作品は家族で観れる類のものではない。恋人といっしょに観るのは悪くはないかもしれないが、通常は盛り上がらないように予想する。

これは、やはり失敗作ではないか?ラストで驚かせることは考えていなかったのか?通常なら、意外な展開で観客をはっとさせることを狙うべきと考えるのではないかと思うが、この作品は観客を裏切っていない。そのへんが意外だった。

ウィル・スミスがシリアスな役を演じるのは初めてではないので、役柄は意外ではない。でも彼のキャラクターを生かすなら、ジョーク混じりの暴言をはかせて相手を悩ませ、周囲の誰からも忌み嫌われ、どうしようもない人物と思わせておいて、ラストでどんでん返しを演じさせるのが常道だ。この作品の企画は間違ったと思う。

出来事の順番を変えるだけでも話はおかしくもなり、悲しくもなるはず。金持ちの社長で毒舌家の主人公が、自分の犯した事故で家族を亡くし、ますます毒舌家になる。その程度が激しすぎて、同情を感じる域を超えるほど。会う人ごとに喧嘩になる。滞納者の個人情報を得るために犯罪すれすれの行為をはたらき、病院に忍び込んで患者の個人情報も調べ、それらをネタに相手をののしる。しかし、それらは彼らの人間性を確認するための手段だった・・という展開に今からでも直すべきだ。

無理だが・・・

2009年7月28日

慰めの報酬(2008)

監督 マーク・フォースター 

主演 ダニエル・クレイグ 

前作で妻を亡くしたボンド君は復讐に燃え、敵の重要人物を捕らえるが、MI6内部の内通者によって彼を消されてしまう。謎の犯罪組織の手がかりを探って、ボンドはイタリヤ、ボリビアなど各地を探る。途中、美しいボンドガールとのラブ・アフェアも忘れない。しかし、敵もさるもの。ボートや車で激しい追激戦をやらかし、ボンドは片っ端から殺しまくって、MI6内部とも対立し、CIAからも狙われる。しかし、ついに敵の組織の一部の狙いを発見する・・・

・・・007に求められる要素はたくさんある。アクションをたくさん盛り込むこと。ボンドの感情、悲しみを表現すること。ボンドの危機と、そこからの脱出で爽快感を出すこと。美女が最低でも二人は登場し、色気を出すこと。個性的な悪役が魅力を持つこと。世界各地に出没して、そこのイベントにも絡むこと。

この難しいテーマをこなしている。傑作と言っていいほど。特に短い中に上記の要素を盛り込んだうえで映画を切り詰める整理整頓の能力は大変なものだった。アクションも素晴らしい。ジェイソン・ボーンシリーズと同じプロダクションがやっているのかも知れない。ギアチェンジを写しながらのカーチェイスは凄い迫力だった。

最近の映画のアクションシーンは目まぐるしすぎて、誰が誰だか解らない。一瞬混同しながら見ることも多いくらいである。これ以上早くなったら、トランスフォーマーの画像を混ぜてごまかしても客は気がつかなくなるかも知れない。

ショーン・コネリーのアクションなどは学芸会のレベルだった。しかし、彼の声や表情、雰囲気は、タフで女たらしの敏腕諜報部員というキャラクターにぴったりで魅力的だった。ダニエル・クレイグが大勢の人の中にいても気がつかないかもしれないが、ショーン・コネリーがいたら、きっと目がとまると思う。次のシーンでは美しい女性がボンドとラブシーンとあいなっても不思議ではないような、そんな雰囲気があった。でも、そんな路線では無理なんだろう。

原題の中のsolaceは文語だと思うが、comfortに近い意味らしい。そのまま邦題にしたのは理解できない。クウォンタムへの復讐?などのスターウォーズふうのタイトルではいかがか?

ダニエル・クレイグはカッコ良かった。思うのだが、多少年をとっても彼がもつ間は彼の主演を続けたほうがいい。めまぐるしく主人公が変わると、慣れない観客が出てくる。ボンドシリーズには固定客がいるから、慣れさせるのも大事だと思う。

ボンドガールのオルガ・キュリレンコは日本人にも解りやすい表情で好感を持ったが、お色気たっぷりだったとは言い難い。せめて水着シーンくらいのサービスはあってもバチは当たらないのでは?スケベどもにもサービスを心がけるべきだ。

ゴールドフィンガーでの金箔まみれと同じようにオイルまみれで殺された女性のほうが愛嬌のある顔だったが、今回はオイルとは関係なかったので、ただのオマージュ的なシーンになってしまった。また、水資源を奪われるインディオの悲惨さも表現が簡単すぎたかもしれない。

この作品は家族で見れると思う。殴り合い、殺し合いのシーンが多すぎるのは気になるが、残虐というよりスマートな殺し方だった。ちょっとベッドシーンもあったが、おまけのような簡単なものだった。ボンドシリーズは、そのへんが洒落ている。どぎついのは似合わない。

 

 

 

2009年4月20日

ナイトメアー・ビフォア・クリスマス(1993)

Photo

- 東西バケモノ論 -

あるバケモノ達の村の話。この村では恒例のハロウィン祭りが開催されていた。祭りの企画係は村のスターだが、彼自身はマンネリ化した祭りにうんざりしていた。何か画期的なアイディアはないか?

彼は偶然人間の村でクリスマスを目撃し、これを村に導入することを考えつく。しかし、バケモノの考えることである。何かがおかしい。サンタさんを連れてくる計画らしいが、そんなことをしたら人間界のクリスマスはどうなるんだ?

ついには怖ろしい事態が待っていた・・・

ティム・バートン監督の作品だが、フィギュアやアニメで作られた珍しい作風。欧米には昔から、こんな気味の悪いおばけが登場する物語が多いようだ。日本の妖怪話も同じかも知れないが、あちらのおばけはハロウインのカボチャみたいな笑い方をすることが多いようだ。きまってユーモラスな表情を浮かべて、気味の悪い喜劇になる。

「ビートルジュース」なども気味が悪かった。「アダムズ・ファミリー」の子供達も愉快なんだが、気味が悪い。ギャグで人をたたく場合にも、殺しかねないくらいに激しい。あの趣味はあちらでは普遍的なのか?

この作品も気味悪かった。ヒロイン役の娘が手足をちぎりながら活躍していたが、簡単に毒を盛ろうとするし、顔がまた怖かった。でも考え方は娘のものそのもので、主人公に恋心をいだいて悩む。そのへんのアンバランスがおかしい。

ゲゲゲの鬼太郎に出てくるキャラクターは、こんな風なバケモノとは少し性格が違うようだ。この作品で出てくるバケモノ達は、相手をすぐ切りたがる。肉屋~肉食の民族の発想だ。砂かけババアのような大人しい妖怪が、あちらではどう理解されるのか興味がある。「砂をかける?・・・それで相手はどうなるの?」

夜の闇のなかでデートする二人の映像は美しい。立体的で、映像が細やかである。もちろん、怖ろしいバケモノ二人なんだが、夢を感じる不思議な雰囲気。製作者達の狙いだったんだろう。なんとも異様な雰囲気が漂う作品になっていた。

この作品は家族で、恋人とも観れる。気味はわるいけど、美しい映像に結構ロマンティックになれる。でもやはり、ちょっと趣味が変わっている。残酷で、少なくとも狩猟民族趣味だ。でもって、とにかく個性的な映像。これくらいないと監督もスタッフも映画界で生き残っていけないんだろう。

ちなみに、この映画のバケモノ達は生き残っていない。したがって、圧倒的な存在感を持つキャラクターではなかったと言えるかも知れない。もしかして、この作品の中にスターが生まれるような作り方をできていたら、映画自体ももっとヒットしたかも知れない。スターの存在感は大事だから。

 

2009年1月15日

ナルニア国物語2(2008)

‐ 一作目よりだいぶマシ -

イギリスの戦時下を過ごした兄弟4人は、その後疎開先から帰って、今は学校に戻っている。でもある日、彼らは魔法の角笛に呼ばれて再びナルニア国に来ることになる。戻ってみると、彼らの時代のはるか後、ナルニアは滅ぼされて、末裔がこっそり森の奥深くで生活している状況。そこに人間界からカスピアン王子が逃げてくる。

人間界の暴君ミラースはカスピアン王子に取って代わって王となり、ナルニア国の完全制覇を目指す。いっぽう、王子に合流した4人兄弟は仲たがいしながらも、ナルニアの復活のために戦うことになる。こっそりミラースの城に潜入し、城門を明けて攻め込む段取り。ところが思わぬ計画変更で、一同は危機を迎えることになる。頼みのライオンの守り神様はどこかに消えていない。代わって、一作目で消えたはずの氷の魔女が復活しようとする。このままでは全滅しかないが・・・・

一作目は好きになれない作品であった。原作は1950年代に書かれた児童文学らしいが、全体像を知らないので、どこの部分を映画化し、今後どのように展開するのかも解らない、解らなくていいや、という気にさせる出来栄えであった。美しいCGはあったが、ドラマがない感じがした。

2作目は、ちょっと趣向を変えて王子の悩み、人間関係を話の中心に置いていた。主演は本来の4人兄弟ではなく、王子のほうであったようだ。そのため、人間同士のいさかいや成長、悩みなどのドラマが展開されて、そっちのほうで一作目のような子供ダマしに終わらなかった感じがする。ドラマ自体は特別変わったものではなく、それこそ少年少女の読む漫画には繰り返されそうな内容だったが、この映画を観る世代にとっては、それで充分ではないかと思う。

この主演の俳優はイギリスの人らしいが、大変なハンサムで将来はスターになるかも知れないものの、今回は恋愛もあまりさせてもらえなかったようで、いまひとつ印象が強くなかった。カッコよかっただけではスターにはなれない。兄弟の姉と悲劇的な愛があれば盛り上がったのに。彼としては将来を考えて死なせてもらうべきだった。ナルニアを救って死んだら、きっと今の子供たちが成人する頃には大ヒーローになっていたはずだ。

兄弟達の役は、どこがよいのか私には解らないような俳優ばかりだが、大変なコンテストで選ばれた名優ぞろいらしい。あんまり魅力的とは感じなかったが・・・。作品のなかで、兄弟の上二人は次回ナルニアに戻れないと話していた。これは、もしかすると上二人の年齢がそろそろ合わなくなってきたための営業的な理由を説明していたのかも知れない。原作を知らないので、憶測に過ぎないが・・・

CGの出来栄えは相変わらず素晴らしい。動物たちの動きは実に自然で、実写と区別できないほど。したがって、この作品は子供が観ると楽しいだろうと思う。恋人と見る映画に、この作品を選んではいけない。いくらなんでも、相手にバカにされるのがおちだ。家族でなら見てもいいと思う。

監督は一作目と同じで、シュレックの監督だそうだ。

シュレックはよくできた作品だったが、そういえば動物のキャラクターにも重なる部分があったような気がする。このシリーズは学芸会的な演技が気になる出来栄えで、今のところ劇場で観たいとは思えない。でも次回作は、もしかするとさらに進歩しているかもしれない。この二作目は、一作目よりもずっとマシだった。

 

2008年8月30日

ナショナル・トレジャー2(2007)

- ニコラスよ・・ -

リンカーンを暗殺したグループには、なんとニコラス・ケイジとジョン・ボイト親子のご先祖様がいた!

この信じられない報道に、ニコラスらは先祖の不名誉を晴らすべく立ち上がる。

ところが、謎の人物が彼らの後を追い、命をねらっている。これをかいくぐりながら、謎を解くために大統領を誘拐しちゃおうと、決めてしまう。

なんと、大統領を!仲間は反対するが、ニコラスは譲らない。

苦労して情報を得た彼らは、ラシュモア山にたどり着く。ここは北北西に進路を取れなどの作品の舞台である。ヒチコックも、ここに秘密が隠されていることを知らないで撮影していたんだ。

地下に壮大な仕組みがある。彼らが目にしたものは・・・。

インディ・ジョーンズの後継者を狙う冒険野郎の物語の第二弾!製作にはかのジェリー・ブラッカイマーがかんでいるらしい。

アメリカの建国時代にさかのぼる秘宝の秘密にせまる主人公と、なぜか敵対してくる勢力の発見レース、大統領を誘拐するストーリーが奇想天外!という具合の作品。

主演のニコラス・ケイジのキャラクターが気になった。

個人的に、彼は颯爽としたヒーローのイメージが全く感じられない。ハリソン・フォードとは印象が違うタイプの役者だと思う。本来なら冒険家は、もっと危険を顧みずに挑戦していくカッコよさが自然に出るような人のほうがしっくりすると思う。ニコラス・ケイジに、そんな印象はない。

このナショナル・トレジャーシリーズは、ディズニーが製作しているだけあって、目まぐるしい展開が売りである。

特に一作目は謎が謎を産み、ヒントがヒントを生むという、冒険映画の教科書のような作品だった。思いもよらぬ場所に秘宝が隠されていて、我々は何も知らないままのんびり観光なんぞをしていたのだ!という、アイディアにあふれる作品だった。

この第二作目もアイディアは素晴らしかった。イギリス王室の執務室の机やアメリカ大統領の部屋に忍び込む、また大統領を誘拐するなどという大胆なストーリーは、本職の脚本家たちがよってたかって協議して作ったに違いない。鮮やかだった。

バランスをとるのが難しい板の上に4人の人間が落ちて、縄ばしごで脱出するシーンは、よく撮影されていた。でも、似たような仕掛けは、別な冒険映画でもあったので、結果が見えているような気もする。

いろいろ別な無理もある。建築物の中の壁や机などを秘密の隠し場所にすると、それらが壊されてしまえば全く手の打ちようがない。手がかりが失われてしまわないように、もっと普遍性のあるものにヒントを残そうと考えるのが普通だ。今回の机や、ラシュモア山のそばの岩は、記録を維持するのが難しいヒントだった。

ヒロイン役は非常に美しい女優だが、冒険映画のヒロイン向きだろうか?色気たっぷり、もしくは勇敢というのが一般的なヒロイン像だが、この女優さんは知識は豊富なものの、特に男勝りでもなく、あんまりキャーキャー騒いでもくれない。

お宝の部屋が広大なのは前作と同様で、油がなぜかあって火をつけることができるというのも都合が良すぎではないか?安易な設定も目立った。

インディ・ジョーンズシリーズは、観終わってから爽快感を感じることができる作品だった。カッコいいヒーローがいたからだろう。ナショナル・トレジャーは、めまぐるしい展開が素晴らしいが、さっそうとしたヒーローがいなかったことで、爽快感には欠ける印象。

ハムナプトラ・シリーズや、パイレーツ・オブ・カリビアンは主人公のキャラクターが面白くて、やはりシリーズになるべくしてなっている感がある。やはり主人公は、冒険野郎のイメージが自然に湧くような人物であるべきだ。

いっそのことウイル・スミスを、このシリーズの主人公にしていたらどうだったろうか?父親がジョン・ボイトというのは不自然かも知れないが、アンジェリーナ・ジョリーの母親とは別な黒人女性と何かあったという設定は可能である。ウイル・スミスがジョン・ボイトを「親父。」と呼ぶのも面白いと思う。

そしてウイル・スミスなら冒険野郎にはもってこいだ。いいかげんな計画で暴れまくる彼と、生真面目な学者のペアで謎解きをさせれば結構面白くなると思う。

 

 

2007年10月 8日

ナイロビの蜂(2005)

- バランスが良い作品 -

ナイロビの蜂は、いろんな要素が詰まった秀作だと思います。

冒頭の空港のシーンなどでは、外部の露光を上げてホワイトアウトのようにする部分が何度かありましたが、印象的でした。ちょっと実験的で幼稚と見えなくもないかもしれませんが、なんとなく謎めいた不可解な雰囲気に合っていました。

残念ながら、子供には向かない作品でした。むごい場面は極力ぼかして撮影されていましたが、皆無ではなかったようです。恋人と観るのは、お勧めしていいように思います。痛快な娯楽作品ではないので、盛り上がる効果は期待できませんが、主人公達の愛情の深まりが伝わってくる作品で、深く小説を読むようなタイプの人は、観た後の印象が悪くないと思います。

愛の物語としても、美しい作品でした。主人公は、自分の思慮が足りなかったことを自覚します。社会悪はたくさんありますので、たいていの場合は無視するほうが利口ですが、告発せずにはおれない人がいます。「あんまりやり過ぎないほうがいいよ。」と、ついつい邪魔をしてしまいがちですが、それが思いやりから出た言葉であっても、結果的に思いやっていなかったことになる場合もあります。この作品のストーリーは、その極端な例でした。

主人公は、妻が死ぬまでは実に頼りなく、勘の鈍い、庭いじりしか興味がないような、ほとんどバカみたいな男として描かれていました。ヒーローめいたところはなく、最後は危険を顧みずに奥地に潜入し、重要な書類を手に入れることに成功しますが、したたかさやタフネスさとは無縁のキャラクターを演じていました。ダメさ加減が名演だったと思います。しかし、興行面を考えるなら、後半はもっとタフに変身するべきだったかもしれません。なぐられても怪我しても、包帯を巻きながら根性で追及してほしかったと思います。

謎解きの要素もありました。妻は不倫をしていたのか?誰かに殺されたのか?妻が探ろうとしていたのは何だったのか?どのような仕組みで悪事が企てられているのか?この謎解きの仕方は、ちょっと簡単すぎたような気もします。主人公自身が、会社などに潜入して、スパイものか冒険活劇のように悪事を暴き出したら、爽快感があったはずです。現実味は失せますが。

たびたびアフリカの子供達が画面に登場していましたが、自然な笑顔を見せていました。この映画は、ドキュメンタリーではないのですが、ある意味では現実の状態を表現していますから、かわいい子供達の映像は効果的でした。また、湖の光景も独特で印象に残りました。湖面を鳥が飛ぶシーンが2回使われていましたが、同じシーンを2回繰り返す意味は分りませんでした。

主人公が頼りなかった関係で、ヒロインが際立ちました。勇敢で、人間愛に満ちたキャラクターを、うまく演じていました。実際の妊娠中に撮影したのかと思いましたが、記録を見る限りは、偽装妊娠だったようです。「ハムナプトラ」では、オチャラケのキャラクターでしたので、あのような作品だけで終わる女優かと思っていましたが、意外や意外、大変な名演でした。アカデミー賞を取ったこともうなずけます。

悪役達のキャラクターが自然だったと思います。会社社長がゴルフ場で見せる表情や会話、情報機関の上役、政府の高官、同僚なども、あまりオーバーすぎない自然な演出で、保身に汲々とするだけの人物がほとんどで、巨悪のボスの単独犯行でないところが描けていたと思います。

総じて、バランスが良い作品だと思います。主人公は頼りなかったのですが、かわりにヒロインが魅力的で、謎解きとスリル、夫婦愛、モラルと人類愛などの格調の高い要素がからんで、秀作だと思いました。逆に要素が多すぎて、中途半端な作品だと感じる人も多いかも知れません。

薬の開発に関しては、動く金が巨額なので、いろんな事件が起こっています。私が知っているだけでも、開発途中で治験中止になった薬品はたくさんあります。おそらく、その場合は製薬会社の担当者の出世にひびいているはずです。億単位の金を使って、ポシャッて何の利益もないとなると、誰かが責任を取らないといけないでしょう。当然、多少の捏造をしてでも、何とか開発を続けたいという心理が働くはずです。

大学時代の先生が、治験の結果に色を付けて職を追われてしまいました。他にも、ばれていないけれど灰色の治験はたくさんあったと思います。はっきり数字で結果が出るならともかく、印象として有効か無効かを問われると、判断が難しい場合は多々あります。なんでこの薬が認められたのか怪しい製品は今でも結構ありますが、使っている先生に聞くと、「自分の印象では使いやすい薬ですから使っています。」と答えます。使う根拠を明示できるかどうかが大事でしょう。

そもそも治験というのは人体実験ですから、えてして経済的な仕組みを作って参加を取引する傾向はあります。特にアフリカが実験場になる危険性は常にあります。

10月現在まだ係争中だと思いますが、ファイザー製薬はナイジェリアの髄膜炎流行時に、Trovan という薬の開発治験をやったそうですが、告知が充分でなかった可能性があるとして訴訟になったそうです。映画が現実とだぶって見えます。

2007年7月 2日

涙そうそう(2006)

- 笑いすぎ  -

家族で見るといい作品だと思います。恋人と見ても悪くない雰囲気になるように思います。ラブストーリーというより、家族愛を謳っているに近いと思いますが、ラブストーリーとして見ても盛り上がる作品です。

血のつながっていない兄妹が那覇でいっしょに暮らしながら、兄は店を開店し、妹は学校に通います。二人は深い愛情で結ばれていますが、様々な事情から悲しい結末を迎えることになります。涙あふれるばかりというラストでした。

もともとは森山良子とビギンが作った歌からイメージを膨らませた作品だそうです。テレビでは違うストーリーでやってたようですが、ひとつの曲のイメージからいくつもの物語ができるなんて、なんとまあ歌の力とは凄いものです。

主演の二人は今が旬という感じがしました。妻夫木は、バラエティー番組で見てもオーラを発するほどの笑顔を見せますが、この作品でも冒頭からニコニコしてます。ちょっと笑顔を乱発しすぎだと思います。個人的には、もっとバイタリティを表現できるデブで愛嬌のある2枚目半の役者のほうがサマになったような気もしますが、女性ファンを満足させるためには、本当の2枚目でないといけません。

この作品の演出家に関して、私は不満があります。

もう十年前くらいになるでしょうか、広末涼子が登場した時に何かのドラマでニコーとただ笑う、演技というか何と言うか、とにかくやたらニッコリするのを見た記憶があります。確かに魅力的な笑顔でしたが、魅力的だからとずっと笑っていては、さすがに「もしかして、この娘バカ?」と、不安を感じてしまいます。程度をわきまえないといけません。

この作品の長澤も少々笑顔が多すぎたような気がしました。これは演出家のセンスの問題だと思います。長澤は、ちゃんと泣き顔も悩んだ顔もできる女優ですから、作品を全体的に見て、何度笑顔を見せるか、何度泣かせるかくらい計算して指示しなければなりません。

おそらくハリウッドでは、全体の何%の時間は泣き、何%は笑うと観客が喜ぶというデータは取っているはずです。金がかかっているのですから、当然それくらいのことはしています。やはり観客の印象を第一に考える工夫が必要です。

妻夫木も、隠れてもっと情けなく泣く場面があったほうが良かったような気がします。隠れて泣いて、無理に強がる姿を、もっと惨めに描いておくべきではなかったかと思います。妻夫木は充分に演じる能力があると思います。それで、女性の観客の心をつかめるはずです。ちょっと格好よすぎでした。情けないほうが受けます。

海岸の場面もありましたが、意外に自然を作品の中で使っている場面は少なかったようです。冒頭の長澤が登場する場面と、骨壷を船で運ぶシーンくらいでしょうか。印象に残る映画は、風景もアクセントにしていることが多いような気がします。せっかくの美しい海を、回想シーンでもいいから美しく描いてみてはどうだったかと思います。

2006年12月24日

ナッティ プロフェッサー

- 演じることに徹するべき  -

ナッティ プロフェッサーはエディ マーフィーの一人芝居が冴えた作品でしたが、メイクの技術も相当なもので、一人十何役をこなせるのはエディ マーフィーだけの力ではないと思います。

それにしても何役もこなすのは、皆がやってみたいことなのでしょうか? 確か、「メリー ポピンズ」でもディック バン ダイクが3~4役をこなしていました。それを映画の終わりに種明かしすると皆が驚く効果は確かにありますが、それだけです。役者を増やして互いの個性をぶつけさせたほうが、画面の構成ひとつをとっても、やりやすいのではないかと思います。

あんまり一人芝居をやりすぎた場合、少しでも面白さが欠けると一気にシラけてしまいます。この作品では、私は面白く感じましたが、スルドイ人はいくらなんでも演技がオーバーすぎると感じたかも知れません。

ストーリーとしては際立ってよく構成されていたのか分りません。作品の基本的コンセプトからエディ マーフィーの意見が入っているのでしょうか? 私の印象では、彼は命じられた基本的な役柄をオーバーにアドリブでやらせると良い演技をするタイプで、自分の考えで役柄を決めると観客がひいてしまうタイプの役者ではないかと想像します。会ったこともないので確信は持てませんが。

黒人の優れたアーティストは、ミュージシャンを例にとっても、そのような傾向があります。プロデューサーはユダヤ系かなにかでないと、黒人はすぐ自分を神と間違えてしまうのか、とっぴな作品を作ってしまいます。インスピレーションに従って、まわりを見ないような感じでしょうか?  

とにかく、この映画のコンセプトで続編を作るのは、私なら止めたいと考えます。続編でもよく演じてはいましたが、一人芝居で続編をやるのは冒険だったと思います。

2006年10月28日

ナルニア国物語

- CG技術は見事 -

この作品は、子供達だけなら楽しめるかもしれませんが、小学校も高学年になるともう退屈するような気がします。恋人と見て、笑ったり感動したりして見せると「バカじゃないの、こいつ」と思われるので、見ないほうが良いでしょう。でも、CGオタクの人が感動するほど美しいCG映像が見られます。

原作は1950年頃に書かれているそうですが、おそらく文章がすばらしいために人気があるのだと思います。あらすじは、他のファンタジーと大きな違いがあるようには思えません。第2次大戦のために疎開した4人兄弟姉妹が、魔法で支配された世界に迷い込み、動物達とともに戦う物語です。もともとはシリーズらしく、この映画は第一章のみをとりあげていますが、私は第二章を見たくはなくなりました。

監督のアンドリュー アダムソンは、シュレックを監督したそうですが、シュレックのように自由なストーリーを作れれば面白いのでしょうが、この作品は原作がありますから展開のしようがなかったのでしょう。せめて、長兄をもっと力強い年齢に引き上げるとか、長女のキャラクターを大きく変えるとかしないと、兄弟の性格で話が盛り上がるようなところが望めません。末っ子の妹は目立っていました。

ディズニーは、スタッフをそろえて綿密に映画制作をしているはずですが、時々あきらかなに失敗しています。戦闘シーンは天気の良い日ではだめでしょう。例えば、嵐の中で魔女が氷の槍をバンバン降らせるくらいの怖い映像にしないと景色が美しすぎて戦いの迫力が出ません。魔女に剣を持たせると、きゃしゃな女優なので不自然だと思います。それよりも、もっぱら恐ろしい魔法を使って欲しかったと思います。

79年にアニメが作られているそうです。そう言えばビデオ屋さんで見かけたような気がします。おそらく、そちらのほうが面白いのではないかと思います。この作品は、とにかくCGだけは見事です。

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