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カテゴリー「と」の72件の記事

2017年9月 5日

とうもろこしの島(2014)

Cornisland


- Corn Island -

河の中州を利用してトウモロコシを作る農夫。しかし、河の近辺は紛争の最中で、ある日、怪我をした兵士がやってくる・・・・

・・・ジョージアと、アブハジア地域との紛争を描いた作品。地図を見てもアブハジア地域内部に大河はないようだが、国境近くのパタラ・エングリという河を拡大してみると幅200M以上もあり、中州も多そうだ。この川が舞台になっているのだろう。

コーカサス山脈の麓に位置するから、水量は多いはず。中州があるということは、水量に大きな変動があることも意味するだろう。河の中州に畑を作るのは、普通は危険ではないか?気候によっては、全ての努力を流されてしまうだろう。

その点は、象徴的かも知れない。敵兵を介抱し、逃がし、作物を作り、兵士達にワインをごちそうし、孫娘と過ごす・・・そんな、あらゆる行動、全ての努力が全部流されて無に帰す。そこを際立たせるには良い場所だ。

紛争を調停し、仲を回復しよう、人道に反する行為をやめさせようとした、あらゆる努力が破綻し、流されてしまう。そんな悲劇の後に、また新しい努力が始まる、ラストはそれを感じさせた。

もしかすると、ジョージア近くは人類誕生の地かもしれないそうだ。大昔の石器や人骨が発掘されている。そして、国家や宗教が入り乱れて、侵略や独立運動の歴史を繰り返している。外国との関係は、日本よりずっと複雑で、血なまぐさい。何度も全てを流されるかのような悲劇が襲ってきたということだろう。

セリフが非常に少ない映画。無言のまま作業を繰り返す老人と孫が、少し異常な気もする。もっと自然に会話したほうが良くなかったろうか?日常の中に、急に兵士達がやってくるほうが、観客には緊張感が分かりやすいと思うが・・・

監督はジョージアの方らしい。孫娘役はオーディションで選ばれた少女だそうで、確かに演技力を感じる娘ではなかったが、魅力的な表情をしていて、いかにも現地の美少女の雰囲気がした。老人役は本職の役者だそうだが、ずんぐりした体型、皺の多い顔に味があった。

河のそばは土が肥えて、良い畑になると思う。平成29年の九州北部の豪雨で被害を受けた朝倉地域は、川に沿って町が発達したことが覗える地形だった。地域外の人間にすれば、もっと高台に家を建てたらどうだろうかとも思えるが、高台だと水の入手などが難しい。住む場所と田畑の場所は、両立が難しい。

山間の集落は、山林が大きく崩れると木が橋を塞ぐから、川の流れが想定外のほうに変わる運命にある。いろんな水害を見てきたが、集中豪雨による場合は、たいていは木が橋に引っかかって酷くなっている。昔は橋が壊れて流されていたから、被災地域が狭くて済んだが、最近はコンクリート橋が多いから、そこがダムになってしまうのが現状。おそらく、そこらの配慮が足りていない。

橋の上流には、必ずセットで砂防ダムのような構造物が必要。土砂や流木がどこかに引っかかって、橋を最初に襲わないようにすべき。それが難しい橋は、とてつもない高架橋にするか、直ぐ流される構造にするしかない。

橋を高くするのには限界があるし、川幅を拡げるのも、住宅の移転が大規模に必要だから難しい。バイパスのような流れ、貯水力のある遊水池を作る場合も、とてつもない予算が必要になる。金のことを考えると、避難所の設定や、避難計画、訓練、情報管理などでやり過ごすのが現実的になるのだろうか?

 

 

2017年9月 2日

トランボ ハリウッドに最も嫌われた男(2015)

Trumbo

-  Trumbo  -

ハリウッドの赤狩りに泣いた脚本家の伝記映画。DVDで鑑賞。主役のブライアン・クランストンのとぼけた表情が良い味を出していた。

トランボ氏が「ローマの休日」の本当の作者であることは知っていた。その他はよく知らなかったが、「ジョニーは戦場に行った」「パピヨン」などにも関わったそうだから、超大物の映画人だったことになる。ハリウッドに嫌われてはいないはずだ。

その能力が図抜けていたからこそ、赤狩りを生き延びることができたのだろう。トランボ以外の映画人で劇場主も知っているのはエドワード・G・ロビンソンだけだから、その他の人達は社会的に葬られてしまったのではないか?

トランボの家族の描き方が良かった。団結して戦い抜いた家族だったろうが、それなりに諍いがあったと描かれていた。それが当然だろう。子供達は犠牲を強いられて、時には爆発しないとおかしい。

そこを描く場合の、描き方が難しい。大悲劇として描くと、質の低いメロドラマになってしまう。この作品はホームドラマのように、わりと軽めの悲劇として描いていたから、質を落としていなかったと思う。

ロビンソンを非難できるかというと、難しい。仲間を売ったように描かれていたから、描かれた通りなら許しがたい人物ではあるが、証言の当時は既に仲間は投獄されており、実質的に何かが変わるわけではない。裏書きを強要されただけ。彼は、大きな役割を果たしたわけではない。そう言うこともできる。

赤狩りはいつ終わるか分からない。その間、自分が証言を拒否して投獄されたら、復帰は難しいだろう。俳優の旬の時期は限られている。脚本家なら復活できても、俳優は終わりだ。トランボらとは立場が違う。

もしロビンソンが証言を拒否していたら、後々は賞賛されただろう。しかし、破産していたかも知れない。命に関しても、保証はできなかった。少なくとも部外者の劇場主は、彼の行動を非難できるほどの実績がない。歴史的な事変、政治的な圧力に対して抗えなかった人は、批判できないように思う。

トランボは賞賛されるべき人物だ。苦労して生活費を稼ぎ、家族を養い、メキシコに逃げたりしながらも復活を遂げたしぶとさに敬意を表したい。

赤狩りは酷い行為だった。だが、当時のソ連のことを考えると、トランボ本人の心情はともかく、ソ連サイドでは彼のような人物を利用しようとしていなかったはずはない。利用できるものは何でも使って、米国の力を削ぎ、ソ連側が有利になるように狙っていたはずだ。

今日も、ロシアの資金やサイバー部隊が、米国の世論を操作し、政治的動向を自分達に有利に運ぶように、行動していないはずはない。一連の大統領選挙の報道を見ると空恐ろしくなる。当時もそうだったはずだ。ロシア側からすれば、そうしないと欧米側から攻撃されるので、仕方ないのだろう。

赤狩りは非人道的な行為だったが、何かの方法によって情報を集め、破壊活動を未然に防ぐ対策は必要と思う。基本的人権に触らない形でという条件は要るが、対策しないと敵に支配されるだけだ。敵は、人権などに配慮しない連中だ。少なくとも支配、被支配の関係になったら、いかに優れた勢力であっても、過激な支配にならざるをえない。完全に支配されるのは避けないといけない。

 

 

 

2017年2月 8日

ドナルド・トランプ 劇画化するアメリカと世界の悪夢(2016)

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- 佐藤伸行著・文春新書 -

トランプ氏が共和党の大統領候補になった時点で出版された本。様々なトランプ関連の出版物の中から、比較的まともそうな印象を受けたので選んだ。

その前に、衛星放送でどこかの国が作ったドキュメンタリー番組を見た。トランプ氏がいかにして大きな商売をやって来たか、不動産王とまで言われるようになったのか、かなり批判的な目で解説されていた。

番組によれば、地上げや恐喝、裏切りなど、ほぼヤクザかギャング団がやるような行為を繰り返し、破産によって税金を免れながら、資金を集めては投資を繰り返し、借金王でもあることが強調されていた。

どれくらいの借金があるのだろうか?特に中国資本に対する借金は、国の首脳にとっては大問題で、それだけでも候補失格と言えるはずなのだが、そこらの理性的な判断から抜け出せていることが、氏の強みでもあるのだろう。

借金王と言えば、孫正義氏も派手な借金をやっている。孫氏の場合は、今のところ冒険が成功していて、トランプ氏のようなヘマはやっていない。その判断のレベルは、全く違うように思える。でも、さすがの孫氏も、今後の勝負がどうかは分からない。戦争や米国の政策によって、急展開の破滅はありうる。運に左右される部分はあるはず。

両氏とも、常識的な判断はやっていないように感じる。鋭いし勇敢だが、常識的ではない。完全な異常と言っても間違いではないくらいの度胸、成功への野心を持っているに違いない。それくらいないと、派手な大金持ちは誕生しないのだろう。

本でも指摘されていたが、成功への強烈な野心が、激しい言動や敵意に満ちた行動の元になっている可能性が高い。医者の世界でも、似たような野心家は多い。なぜ他者を出し抜くことばかり考えるのか理解できないが、彼らにしてみれば当然なのだろう。取引相手はもちろん、仲間や部下、周囲の住民に害を及ぼしても、目標の達成を優先すると考えないといけない。

もともとアメリカの政治家は、ギャングに近い人物が少なくないと思う。理想に燃えるタイプは、オバマやカーター氏が代表と思うが、彼らはイランや中東諸国への対応に失敗が見られる点が共通しており、それは偶然ではないかも知れない。理想などくそっ喰らえと考える悪人でないと、敵対する国に足をすくわれやすいのだ。

選挙対策の専門家は、各々の大統領につくものらしい。入念に戦略を練り、レーガンやオバマ氏などの対策を参考に、選挙を戦い抜く仕事をやっていくと、今回のトランプ氏のような怪人物が勝つという奇跡を起こせるのだろう。そのチームを取材したほうが、トランプ氏の取材より意義がありそうに感じる。

彼らは米国の下層白人達の感情、その怒りや焦りを正確に把握し、有識者達の分析に惑わされずに戦いを進めたわけだから、立派な情報戦略家である。彼らなら、侵略戦争も正当化できるに違いない。 


2017年1月 3日

ドクター・ドリトル2(2001)

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- トラブル対処物語 -

動物と会話できるドクター・ドリトルに、森林伐採を中止させる運動の依頼が来る。森を救うために、ドクターは熊を野生化させる特訓を開始した・・・

・・・・12月27日、衛星放送で鑑賞。第一作は、ドリトルが動物と話す能力に目覚めて、様々な困難が発生する点が笑いの中心であった。主人公が困れば困るほど客は笑える仕組み。今回も同様の路線だった。

この当時のエディ・マーフィーは、まだ大スターだった。しかし、80年代の彼の芸風はチンピラのような人物で、大げさな身振り手振りでギャグを飛ばす点、物まねを交えてのトークに特徴があった。路線が違っている。そこらが、彼のその後のキャリアに帰結してしまったのかも知れない。

この作品では、まだ彼は充分に輝いていると思う。熊とトイレに入るシーンなどが最大の見せ場。突き飛ばされて泥にはまる、小動物にタメ口をきかれるなど、一種の悲劇的な状況に陥るから笑える。しかし、もっと酷い目に遭わせないと、観客の大爆笑は得られないと感じた。もっと泥まみれにならないといけない。

トラブルへの対処は映画の場合、観客の共感を得るための大事な場面である。工夫し、努力し、酷い目に遭い笑われて、それで少しばかり同情してもらえたら、作品は盛り上がるというもの。我が家もそうかも知れない。

我が家では昨年も随分と、心身共にいろいろ鍛えていただいた。昨年は地震があったから、余計にやることが増えた。水を確保するために、汲みに行ってはトイレのタンクに入れる作業を繰り返し、腰を傷めてしまった。そのうえ3日間ほど、ほとんど寝れなかった。

診療所の仕事も、掃除や片付けが簡単にできないから普段より増える。薬の確保、ワクチンの処分、地震がらみの事務手続きの変更を確認するなど、いろいろな作業と平行しつつ、通常の診療はやらないといけない。

しかも経営的な不安が発生した。患者数は4~6月は非常に減った。検査を制限し、患者さんも避難して来院ができなかったり、地震で精神的に参って来なくなった方が多かったようだ。患者数の回復は9月以降になって、ようやく感じることができた。本当に被災した事業所よりはマシだったろうが、影響はあった。体調と疲労と睡眠不足に加え、金の算段も。

でも、家族は特に手伝ってはくれない。そんな印象を受けた。食材がないなどと、不機嫌に叫んだりするばかり。水汲みは基本的に私だけ。家族だって買い物は可能だったはずだが、そんな気になれなかったのだろうか?寝たり、スマホで情報を読んだり、家の中の片付けなどに専念する時間が長かったようだ。

考え方は色々ある。情報を集め、安否を連絡することは大事である。仕事をこなすことも大事。水や食料の確保から始まる様々な作業を、どう順番をつけて処理するか、あるいは誰かに頼むか、考え方によって方法は様々だ。劇場主と対処法が違っても、いちいち文句を言うまい、そう思って苦情は差し控えた。

文句を言い合う場面ではなく、無事を祝い喜び合う場面である。そこを基本姿勢とすべきだ。それを優先して、細かい苦情はこらえた。が・・・・、目の前の水を無駄に流すなよと、ついつい怒りの視線を向けてしまうことはある。その視線を傍から見れば、きっと笑えたろう。

 

 

 

2016年12月31日

殿、利息でござる!(2016)

Shochiku

- 企画力、実現力 -

廃れている宿場町の現状を危惧した人々が、一大決心をして資金を集め、利息で町を維持しようと企画。しかし、当然のように様々な障害が発生する・・・

・・・「無私の日本人」という本の一偏に、この話の原作は掲載されていた。作者の磯田氏は、「武士の家計簿」を書いた人物で、その評判を聞いて、この宿場町の話を知らせた人物がいたと書かれていた。地元愛と誇りに満ちた話で、原作には笑いの要素はほとんどないのだが、映画化にあたって喜劇に振ったようだった。DVDで鑑賞。

驚くべき話で、農家や町民の中に知恵と勇気、公共精神、地元愛に満ちた人物がいて、支配階級の武士に対して交渉し、成功を収めたことに感嘆する。企画した連中は、映画のような理念より、まず自分の子孫の将来を第一に考え、そこから地域全体の利益へと発展させたのではないかと思うのだが、それでも凄い話。彼らは命を賭けていたのだから。

作品は家族で鑑賞できる内容だと思う。多くの人は彼らの理念に感服し、感動できるはず。恋人や子供と観ても悪い内容ではないだろう。ただし、非常に満足されるかどうかは分からない。喜劇に振りすぎた可能性も感じる。笑いより、美しさにこだわって演出しても良かったのではと思う。

その路線の選択が難しい。この話で喜劇を作って受けるかどうか、真面目一本の作品で受けるかどうか、どちらも難しそうに思える。よほど人物を魅力的に描かないと、どちらでも観客はそっぽを向くように思う。

主人公である穀田家は、勘違いに近いほど企画にのめり込み、傍から見ればおかしい、狂っている人物像に描くなら、阿部サダヲが演じるままで良いと思う。もっと狂気を強調して演じたほうが良いかも知れない。

頭脳明晰な茶屋商は、もっと神経質そうで繊細な人物のほうが良かったように感じる。勘違いした主人公に引き回され、理解力があるだけによけい恐怖におののきながら作戦を進める人物だと、よりリアルに、しかも漫才の掛け合いのように描けたと思う。瑛太がそのまま演じて良いかも知れないが、彼の役に限って笑いの要素は排除すべきだったと思う。

本家を継いだ弟役は、妻夫木ではなく、悪役俳優が欲しかった。話の流れから考えてもそうだろう。憎々しげにクールに登場し、急に本来の姿を見せるなら、役柄に合致する。妻夫木ではリアルに感じない。

全体に、重厚感が足りない印象を受けた。高圧的な武士達に向かい合い、企画をプレゼンする際の重苦しさ、ひとつ間違えば直ちに命を失う恐怖感、そういった重みがあったほうが良いはず。能の声のような古めかしいBGMなら有効だったのでは?喜劇とリアルな部分のバランスは、喜劇に傾けすぎだったように思う。

この作品では、諸悪の根源が誤った規則にあることを認識し、適切な方法で被害の解消を狙った流れが、非常に明確に描かれていた。直接的に法令の撤回を訴えていたら、怖ろしい結果が待っていたことだろう。今日でも、似たような手法が必要なケースはあるはず。民主主義の国のはずなのに、今日でも改革は難しいのだが。

日本の地域集落は、かなりが衰退の気配に満ちている。グローバルな経済活動の結果や、政府の長年の方針によると思う。日本だけに限らない。産物の生産販売競争に勝ち残れなければ、世界中どこの地域でも消滅する危険はある。名産品を作ること、販売先を増やし、産業として生き残れるようにすることが、家の一軒一軒、村の一つ一つに必要で、自治体の援助を待ってても成果を期待できない。それは分かっていること。

医療機関も、衰退産業に属していると思う。一般の小売店と比べたら優遇されてはいるが、医療費を抑制する流れが続くはずだから、個々の努力だけでは限界がある。なんらかの協力によって、生き残れるような企画立案が必要と思う。でも、残念ながら医師会には、そのような雰囲気がない。利権や名誉の獲得競争、内部の諍いなどが蔓延していて、足を引っ張り合う構造的な欠陥を抱えている。

一個の家庭、店、医院などを単位に利益を確保することは大事で、企画によって店を潰そうとしたりするのは、永続性を考えると絶対に避けるべき行為。ただし、リスクを犯して優れた企画に挑戦することは、望ましい方向性と思う。自分の犠牲を厭わない覚悟は、なかなかできるものではないが・・・

個人の利害と、地域の利害との方向性を一致させることに成功しなければ、事は始まらない。しかし、まだ勘違いや欲の張り合いが蔓延しているように思う。私自身も、そして皆々も勘違いしている可能性が高い。そこを調停することは、生きている間には難しいかも知れない。そんな消極的な考えではいけないのだが、たとえ優れた企画力があっても、主人公の先代は行動に移せなかった点は映画の中でも確かだった。

そこも現実と認識せざるをえない。

 

2016年7月 7日

ドローン・オブ・ウォー(2014)

Voltagesobini


- ターミネータ-前  -

対テロ戦争のために無人攻撃機を操縦する主人公。勤務先はラスベガス。そこから彼方の攻撃機を無線操縦する日々。しかし、精神的に参りつつあった・・・

・・・・主演のイーサン・ホークは、どうみても悪役の顔だった。最近は意欲的な出演が続き、彼の出る映画で駄作はないように思う。今回も、悩める兵士の雰囲気がとても良く出ていた。

上官役を演じていたのはブルース・グリーンウッドという俳優さんで、最近よく見かける。人情味を感じさせる顔と、真面目そうで任務に忠実、頼りがいのありそうな上司の役柄が合っている。ケビン・コスナーの代役をやらせたら、おそらくより安いギャラで充分に演じてくれる、そのような印象を持った。

監督脚本のアンドリュー・ニコル氏は、意欲的かつ斬新なアイディアで、独特なSF作品を企画してくる。この作品はSFではないけど、視点は完全にSFの世界だった。

声だけの出演だったが、CIAの上司も大事な存在だった。無慈悲に殺人を命じるクールさに特徴があり、ちゃんと殺す理由まで解説する点が実に怖ろしい。実際のCIAはどんな命令を出しているのだろう?兵士側のほうが怒りにまかせて無茶やっているかも知れない。閉鎖された世界だから。

無人機攻撃は、想像はしていたが怖ろしい話。しかもかなりは現実の作戦に沿っていると思われ、考えを改めざるをえない。戦争は元々冷酷で、無慈悲なものだったのだが、より容赦のないものになっている。

プレデターという攻撃機で誤爆が多いという報道は、かなり前から聞いていた。でも、遠い地域の問題。身近な脅威とならない限り、意味までは理解できない。今はプレデターもバージョンアップしているそうだ。もし自分の住んでいる地域の上空を無人機が飛び交うような事態になったら、どこにも安全な場所はなくなると覚悟しないといけない。

米欧諸国はどう考えているのだろうか?こんな作戦をやったからには、敵側も同様の戦いをしてくることは明白。今は米国が技術と資金を独占しているが、作って輸出すれば、利益は確実に生じる。今すぐとはいかないまでも、将来は必ず立派な輸出品になるだろう。

某国が資金にまかせて数万機の無人機を作り、世界中に飛ばしたら、局地戦においては全て打ち落とすのは難しい。ラジコンのような小型の操縦器を持って、数万人の隊員が敵を包囲したら、たいていの戦いは勝利できるだろう。それを覚悟しているのだろうか?それとも、もっと進化した武器を開発すれば良いと思っているのか?

さらに進化するとしたら、きっと全自動で敵を感知、殺害するシステムになる。ターミネーターの世界だ。それは、局地的にはじゅうぶんに起こりうる。屋外でジョギングしてたら、高空から爆弾か針が飛んでいる時代もありうる。

 

 

 

2016年3月22日

トイ・ストーリー・オブ・テラー!(2013)

Dhizneypixar

- 併映用と知らず -

おもちゃ達は、持ち主とともに移動中、あるドライブインに宿泊。しかし、そこは怖ろしいワナが待つ、恐怖の館だったのじゃああ~!という、お話。

DVDで鑑賞。お正月に宿で観たら、短すぎて驚いてしまった次第。非常に短い作品なのは、何かの映画との併映だったのかも知れない。でも、よくできたストーリーだった。元々はテレビ用に作られたのかも。場面が途切れる時があったから。

今回は特に友情を壮大に描く流れではなかった。中心になっていたのは、いつものカウボーイ・ウッディではなく、カウガールのジェシー。スピンオフ的に、焦点を絞る狙いがあったのだろう。他のキャラクターが全て活躍する流れにはなっていなかった。

光の表現の素晴らしさに、あらためて気がついた。おそらく、照明があたった時に、対象物がどのような光り具合になり、影がどうできるか、どの程度見れて、どの程度暗くなるのか、その設定は新しいソフトが調整しているに違いない。

確か日本人にも、映画の世界で有名なソフトエンジニアがいると聞く。キャラクターを決め、その存在がどう動くかのソフト、風圧や重力の影響を感じさせるソフト、そして光りがあたった時の影と輝きを調整するソフト、それらが素早く処理をしてくれるのだろう。

ストーリー・テラー的な役割をハリネズミのキャラクター(名前は知らない)が演じていて、ちょうどテレビ映画で観客に向かって急に解説を始める役割の人物がいるが、あれを思い出させる立場だった。そんなスタイル自体が笑える。しゃれたテレビドラマで、昔ときどき見かけていた演出だ。

この役割を、例えばオモチャのドクロ、ドラキュラなどが担当していたら、もっと面白い恐怖の演出ができたかも知れない。何かキモカワイイキャラクターの有名な存在なら良い。ハリネズミである必要は、必ずしもなかったと思う。

 

 

2016年2月27日

読書する女(1988)

Albatros

- 癒やし効果の表現 -

美声を生かす商売として朗読業を思いついた女性。足が不自由な青年、盲目の未亡人、会社社長、老教授など、様々な人物から仕事の依頼が来る・・・

・・・・DVDで鑑賞。フランス映画らしい雰囲気の、妙な作品だった。ヒロインのミュウ=ミュウは、ただのカワイ子ちゃん女優ではなく、何か理知的な雰囲気の人で、この役には向いていたと思う。

ただし、少しオバサンチックな顔とも言えるので、彼女以外の妖精のようなイメージのタレントにやらせてもよくなかったかと、ちょっと思った。児童ポルノになってはいけないが、邪気のない娘みたいな印象の若い女優に演じてもらったら、さらに魅力が強烈だったかも知れない。

この作品の場合、ヒロインはものすごい美人である必要はないと思う。可愛らしく知性に富むか、もしくは知性を得ようと努力している必要はある。真剣に学ぶ姿勢、探究心が旺盛、そして無邪気なほうが良い。観客が共感してくれるためには、そんなキャラクターが欲しいと思う。たくさんいるだろう。

文学作品の一部が頻繁に紹介され、なんとなく高級な感じがした。フランス人は日本人より議論好きで、有名な文章の一説をそらんじるくらいは当然、それができなきゃ知性が足りないよ、といった会話を映画ではよく見る。実際に、そんな人物ばかりかどうかは知らないが、おそらくホワイトカラーの人間では、そんなものでは?

いっぽうで、会社社長とのやりとりなどは、完全にエロティックコメディの路線。客ごとにシーンの在り方も変わっていた。それはそれで、悪いことじゃないと思う。毛色が色々違ったほうが、作品は面白いと思う。

この作品は、ドラマティックな恋愛劇などがあるわけではないので、恋人といっしょに鑑賞しても、そんなに盛り上がるようには思えない。今の若い人達だと、映画が何を言いたいのか分からない人が多いかも知れない。子供にも、おそらく受けない。ハリウッドスタイルと違うからというのも、理由になるはず。

表現方法が古く、曖昧で、直接的で劇的な表現に慣れた今日では、大人しすぎる印象。ポルノチックなシーンも何度かあるが、なんとなく健康的というか、奥ゆかしくて映倫の目を強く感じる表現。古さのせいだろう。

運転中にラジオ番組で、時々朗読を聞くことがあるが、眠くなるのが怖くて直ぐに切り替えてしまう。でも美しい朗読の声には、人を癒やす効果があると思う。例えば病人にボランティアで朗読してあげられるなら、非常に喜ばれると思う。こどもはの患者は特にそうだろうが、大人だってそうだろう。

テレビばかりに頼っていては良くない。朗読は、聞く人に情景を想像させる作業が必要になる。脳内の活動の仕方が、テレビとは異なる。そして基本的に読む声は静かであることが多く、落ち着きを生む効果がある。

映画で、その点を強調しても良かったと思う。音楽やカメラワークで、朗読が発生させる独特の温かい雰囲気、癒やし効果を表現できたら、観客だって幸せな雰囲気になる。この作品も凄く強い印象を残せると思う。

ただ、朗読を商売にするとなると、映画のように良からぬ人物が何か妙な期待を持って依頼してくると予想される。身の危険も覚悟しないといけないだろう。ある意味で、この作品はリアルだった。

 

 

2016年1月 4日

トゥモローランド(2015)

Dhizney

- おじさんが主役? -

発明好きな少年が、美少女に導かれて未来都市に到着。しかし、彼はその後現代に戻って来る。なぜか?・・・

・・・・ディズニー制作のSF映画。DVDで鑑賞。映像は美しく、冒頭から登場する少女役が非常に可愛らしく、印象に残った。

ディズニー映画としては少し毛色が変わっていて、主人公のひとりは中年のおじさん。そこが、そもそもの失敗の元ではなかったかと思えた。

ディズニーランドにあるトゥモローランドとの相互的な影響を狙った企画ではないかと疑った。アトラクションが先にあって、そこへの集客のために映画を企画したはず。それで少し無理が生じて、作品のストーリーが回りくどいように感じられたのではと思う。

主人公のジョージ・クルーニーには、あまり魅力を感じなかった。少し人物的に軽すぎて、かえって少年少女から見ても敬意を感じにくいような、存在感のない人物になったのではないか?好意のために、敬意もある程度は望まれる傾向はあると思う。

キャラクター設定が難しい。子供映画で主人公がクールすぎると、子供達が笑えない。大まじめなんだが、気むずかしい。または、独善的だが良心に満ちていて敬意に値する、そんな微妙な個性を演じないといけない。

もう少しで良いから、人類の未来に危機感を抱き、悩んでいる様子が分かったほうが良いと思う。もっと暗い顔をしてて良いし、風貌も良くなくていい。はっきり言って、ジョージ・クルーニーでなくてもいい。

そもそも、おじさんが主役でないほうが良いと思った。大事な人物であっても構わないが、主役は少女のほうが良かったと思う。そして、少女が迷い込む世界の中で、おじさんが登場してくれたほうが自然な流れになる。きっと脚本に問題があったのだ。

化学知識のある少女役こそ、主役であるべきだった。そして、できればヒロインもヒネた不良とか、より個性が目立った方がよかったと思う。この作品の中では、ディズニーチャンネルの子役達のような、わざとらしい演技が目立ったが、もっとワルそうな態度の演技のほうが魅力的に感じたはず。

ラスト近くの展開も、少し拍子が抜けたように思えた。何かのアイディアを考え、誰かがそれに反対し、抑圧され、逃げ出して戦い、最後には勝利を得る・・・・そのパターンで行くためには、時間配分も大事。前半が長すぎ、最後が短すぎた。そして全体を通じては冗長になった。

この作品は、いちおうは子供用だと思う。そのように企画されているはずだから。でも、子供だって拍子抜けしてしまうかも知れない。大人は、おそらく途中で仕事の残りが気になりそうに思えた。

2015年12月27日

ドラフト・デイ(2014)

Summit

- 黒人を主役に -

アメフトのドラフト会議が迫る時、チームのGMは、オーナーからの無理な要求を受け、意中の選手を諦めざるをえなくなる。スタッフは怒り、選手も憤慨、加えて恋人からは妊娠を告げられ、母親からは父親の遺言の実行を迫られと、最悪な状況・・・・ 

・・・DVDで鑑賞。おそらく、熊本市では上映されていなかったように思うが、知らなかっただけかも知れない。懐かしいケヴィン・コスナーが主演で、今どきの人気から言えば、少しマイナー路線とも言えるから、仕方ないのかも。

派手さが欠けていたように思った。本当のコミッショナーが出演してくれたそうだから、ショーの場面をもう少し派手にできたのではないかと思ったが、真面目路線なのか、演出はそうでもなかった。客受けを狙うなら、派手な場面ではきらびやかなほうが良いし、ストーリーの中では主人公の失墜を狙う人物達が暗躍してたほうが良い。最後の最後で立場が逆転し、呆然とする敵の姿が欲しい。

画面を分ける表現方法が採用されていて、取り引きの際の両者の表情が分かりやすい。でも、慣れてない観客には不快な表現方法かも知れない。

ケヴィン・コスナーの演技は満足できるものだったと思う。現代版のタフネスを演じていて、殴り合いではない戦いのやり方が上手く表現できていた。ただし、役柄から考えると、少し年齢的に上過ぎるかも知れない。せいぜい50歳くらいの、もうちょっと若手のスターのほうが向いていたと思う。

主人公がへたれてしまったほうが良かったのかもと、少し考えた。今回の主役は涙のシーンがなかった。泣くようではタフでないから、イメージ的に良くないと思えたのだろうか。でも例えば父親のことについては、泣くべきだったかも知れない。弱さを見せると、その後の展開に影響が出たかも知れないが、トラウマを抱えていても懸命に駆け引きをする人物のほうが、冷静な人物より共感を得やすいと思う。今回の主役は格好良かったが、共感は得にくかった。

怒る表情なども、紳士的すぎて迫力がなかったかも知れない。クールなほうが格好は良いものの、観客には分かり辛い面もあると思う。独りでいる時は荒れ狂い、激しい感情を見せるが、人の前では努力してクールに装うような人間らしい面があっても良くなかったろうか?

作品の評価も非常に高いとは言えなかったようだ。この作品を家族で観ようとは、あんまり感じなかった。恋人と観ても、スポーツ好きでない場合は退屈してしまうかもしれない。子供にも向かないと思う。

ジェニファー・ガーナーの弁護士役は良い雰囲気が出ていた。微妙な表情を出して、立場を上手く表現していたように思った。また、選ばれるか微妙な立場になる二人の黒人選手の表情も非常に良かった。

ひょっとして、主役を黒人のドラフト候補にする手があったかも。感動の作品にはなりやすいと思う。そして、その場合にこそ鍵となるGMがクールだと、最後にとても引き立ったと思うのだが・・・・もしかして作り方を間違えたのでは?

いつの間にか、日本の野球界でもGMを持つ球団が増えてきた。詳しくは知らないが、フロントと現場、オーナーとの関係を調整する立場の人間は必要なのだろう。本来は法律に詳しい、取り引き上手な人間が良いように思うが、有名選手、有名監督が次の仕事として選んでいるケースが今のところ多い。今後はすべての球団がGM制度に移るのだろうか?

さて、今年の日本野球のドラフトは、ドラマが足りなかったように感じた。オコエ選手は数年内に凄い選手になりそうだから期待していたが、他はあんまり知らない。この映画ほどの感動的なドラマはなかったようだ。ドラフト一位でも芽が出ない選手は多く、そんな選手が引退していくほうこそ、ドラマを感じる。

だが、日本のドラフトを上手く扱った作品は、記憶にない。きっと脚本次第では素晴らしい作品ができると思うのだが、残念。

 

 

 

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