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カテゴリー「と」の76件の記事

2018年3月29日

ドリーム(2016)

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- 20C.Fox -

 

宇宙ロケット開発に携わった黒人女性たちの活躍を描いた作品。DVDで鑑賞。

 

勧善懲悪、努力と成功を描いていて、健全な精神にのっとった伝統的な作り方をしている。時々コミカルなシーンがあり、家族愛に満ちた話もあり、本当に伝統的。そこが鼻につく面はある。

 

ビデオ屋さんで見るまで、こんな作品が作られていたことを知らなかった。日本ではあまり話題になりにくい作品テーマだから、雑誌などであまり取り上げられなかった関係かも知れない。弱者の誰かが肉体的な虐待を受けて怪我でもしないと、日本人の注目は集まらない。冷遇、無視、静かな差別は、実際に体験した人間でないと分かりにくいものだろう。 

 

三人の女性技術者たちが中心になっていたが、特に計算能力の高い女性が主人公に相当していたようだ。彼女が能力を示すシーンは格好良い。数学に関しては、劇場主はとうとう意味を理解できないまま終わってしまったが、ロケットを飛ばす場合を考えると、受験で苦しんだ計算式にどのような意味があったのか推測ができる。だから、この作品は数学に興味を持てない学生が観ると、意味があるかもしれない。

 

新しい技術の裏には綿密な計算の基礎が必要であり、いきなり斬新な技術が開発されることは滅多にないものだと、この作品は教えてくれる。 高校の授業でも、意義を説明してくれたら、意欲が全く違っていただろうと劇場主は思う。ただ問題を解くだけの味気ない授業では、よほどな欲がないと続くものではない。この授業が将来どのような意味を持つのか、どのように学問が進んできたのか、そこが知りたかった。 

 

まあ、自分で調べるべきだったのだろうが、当時の図書館では本の在庫も限られていて調べるのは難しかった。今ならネットで数学の歴史が分かる。当時なら自分で数学の講師たちに聞いてみるくらいの心がけがないと、高校を非難はできない。 

 

医学部の心電図の授業も酷かった。ただ所見を羅列するばかりで、この不整脈は治療が必要なのかどうか、臨床的な意義といった面には話が及ばない。教科書にも曖昧な記述しかない。それでは理解の度合いも知れて来る。記憶するのは無理だ。まあこれも、時間をかけて調べれば少しは理解することもできたのだろう。不整脈の意義は、今でも現在進行形で理解が変化しているから、治療の必要性を論じることは簡単ではなく、とりあえず形を教えるくらいがせいぜいだったのかもしれない。

 

この作品は美しい話だが、少々出来過ぎている。演出過剰な面がかなりありそうだ。映画だから許されるとは思うものの、わざとらしさを嫌う人間もいると思う。IBMの高価なコンピューターを勝手にいじって良いとは思えないし、直ぐに理解して動かすのは、いくらなんでも無理じゃなかろうか?マニュアルを精読し、技術者に指導を受けた後、独自に努力して精通していったというのが真相ではないかと思う。     

 

 

2018年3月26日

トラクターの世界史(2017)

- 中公新書・藤原辰史著 ー

 

トラクターの開発、製造者間の競争、性能の進化、国家や地域に与えた影響を論じた学術的な本。

なんとマイナーな企画であろうか。あまりに専門的過ぎる。普通の人間はトラクターの歴史などに興味を抱くことはない。農家でさえ、おそらくは性能の良い耕運機には注意が向くと思うが、歴史まではそう考えるものではないだろう。農学者か、機械屋、リース業者だけが注目する分野の本。それが新書になって、しかも結構売れているということに驚く。

 

劇場主がこんな本を買ってしまったのは、あまりのオタクめいた内容に驚いたからなのだが、最近は「応仁の乱」などのように意表をつくほどのマイナー企画が、結構な評判になることもある。新書の場合は専門的な内容であることが、かえって魅力になることもあるようだ。見識を広めたいという、購読者たちの欲求のせいかも知れない。

 

とにかく、トラクターには意外なほどの影響力があったと知った。米国の砂漠化は、劇場主は移民たちが腕力で森林を破壊していったせいと思っていた。数世代にわたって無計画にただ木をなぎ倒し、広大な農園を作っていったから土壌の再生能力を奪ったのだろうと。綿花畑が作られた時代には、トラクターはなかったはずだ。だからトラクターだけの力で気候変動が起こったはずはない。そのスピードを速めたことは間違いないと思うが、それだけが土をおかしくしたわけじゃないと思う。

 

農産物の生産効率を上げたい場合、トラクターの導入は基本になる。やはり耕す作業はもっとも労力を要する。重たい土を持ち上げ、砕く、そのために人類の多くが体を酷使してきたはずで、それを機械に代替わりすることは夢であったろう。  

 

劇場主の育った農村は、大きなトラクターを見かけることはあまりなかった。狭い畑ばかりだったから、耕運機でも充分にはかどるくらいの畑がほとんどだった。耕運機は土地を固めるような害は感じにくい。耕運機が耕した後は、人間が作業したよりも土が攪拌され、いかにも農産物が成長しやすかろうな細かい土くれができていたはずだ。でも、大型の機械の場合は分からない。   

 

機械は安くなく、かなりの農家が機械のローンに苦しんでいたと聞く。ネットで見ると、20~30万で買えるようだが、故障の管理にも金が必要だろう。トラクターばかりじゃなく、シイタケやお茶の乾燥につかう施設はかなり金を要する。農協から手配してもらうのだろうが、農産物の価格は下落傾向だから、返済計画をうまく作れる人は少数派だったろうと思う。トラクターに代表される機械化が、農村を破壊してしまいつつある、そんな印象も持つ。農業をやっていなくて良かったと、正直思う。 

 

トラクターは今後、どのように進化するのだろうか?車が電動になる傾向だが、耕運機もそうなるのだろうか?菜園用の小さな機械は、もう電動が中心のようだ。電力が今より安くなり、自然エネルギーで充電し、パワー面の不安がなくなり、費用的にエンジンを上まわる効率が出たら、画期的な転換が起こるはずだ。自動運転に関しては、車より開発しやすいかも知れない。技術革新によって、耕運機に勝手に作業してもらい、運転手は家でテレビでも見ていられる時代が来るかも知れない。

機械オタクかプログラマーが優秀な農家と言われるようになる?

 

 

2018年3月11日

ドランクモンキー 酔拳(1978)

Drunk_monkey

- 思遠影業 -

 

2月27日、衛星放送で鑑賞。久しぶりに観たが、それなりの面白さは感じられ、今でも新鮮な魅力があるかもしれないと思った。懐かしい作品。

意外に真面目な部分もあって、それが魅力になっていると思う。苦しいトレーニング風景は、師弟愛や努力への肯定的な描き方がなされており、ただのおふざけ映画になっていない点で優れている。コメディばかりでは、観客の記憶には残りにくいだろう。    

主人公のキャラクターが良かった。三枚目なんだが、アクションが素晴らしいので、戦いのシーンではかなり見とれてしまう。今日のカンフースターほど動きは早くないように見えるし、お遊戯のように相手との息の合った拳闘を繰り返すから、慣れないとバカバカしくなるが、繰り返し見ているとバカバカしさも面白く感じて来る。    

ブルース・リーや千葉真一などの存在も大きかったかもしれない。彼らの大真面目なキャラクターがあってこそ、趣向を変えた笑いの要素が生きて来る。先行したスター達のイメージを利用して、カンフー映画の領域を広げ、新しい分野を開拓したイノベーションに脱帽する。日本からも同じような路線でスターになる俳優がいても不思議ではなかったと思うが、笑えるアクションスターはあんまり記憶にない。イノベーションに失敗してしまったのだろうか?     

ジャッキー・チェンの名前を知ったのは、酔拳が作られた直後だったろうか、まだ日本では有名でなかった頃、映画雑誌に紹介されて、新しい人気俳優が出たらしい名前だけ記憶した。当時は「成龍」という名前で紹介されていたが、数年するとジャッキー・チェンという言い方を知らない人のほうが少なくなるほど、一気に有名になった。    

この作品は劇場では鑑賞できず、その後にテレビかビデオで観たはず。若々しい主人公が暴れる点で格好良いし、コミカルな面でも充分に万人受けするレベルに達していた。サモ・ハン・キンポーやミスター・ブーシリーズの兄弟など、たくさんのスターが生まれたが、ジャッキー・チェンは図抜けて成功を収めた。世界に挑戦した点で事業センス、営業センスがあったからに違いない。ブルース・リーの例があったから、ハリウッドへの進出はアジアのスターにとっては夢である。

真田広之もハリウッドで活躍中で、おそらく演技力の面ではずっと上だろうし、二枚目度でも問題にならないのだが、コミカルな面で売るには二枚目過ぎるから、ジャッキーほどの活躍は難しいと思う。クールな悪役だと、なかなか大スターにはなりにくい。

 

 

2018年1月25日

20センチュリー・ウーマン(2016)

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Mordern People etc.

 

同居人らと暮らす母子が主人公。子育てで苦労する母親の姿と、少年が女性たちに影響を受けながら育っていく物語。DVDで鑑賞。

 

監督のマイク・ミルズの脚本が原作だそうで、監督自身の実体験が作品の元になっているという。

ユーモアにあふれるセリフが素晴らしかった。情感豊かな人でないと書けそうにない脚本。作中で監督はフェミニストだと言っているようだから、女性の気持ちもわかるナイーブな感性を持っているのだろう。ほのぼのとするような独特の優しさを感じる。

 

優しい視点を感じる理由は、母親達に敬意をはらっているからだろう。女性たちの生き方を肯定的にとらえ、自分が彼女を心配させ、傷つけたことを悔やんでいる様子が感じられる。

 

ナイーブな青年も、世間の荒波を経ないといけない。当時だとパンクロック系の音楽、マリファナ、ベトナム戦争への反対運動や、その後遺症などが大きなうねりだった。その勢いにまみれて、自分を見失った人も多かったと思う。ナイーブな青年には特に難しい局面もあったはず。母親が女性たちに息子のアドバイス役を頼んだことは、結果的に成功していたのだろうと思いたい。

 

作中の母親は高齢出産で少年を生んだという話だったが、実際にもそうなのかもしれない。大戦中に空軍パイロットを目指していたくらいだから、60年代には相当な年齢に達していたはずだ。20世紀を生きた女性たちを代表する存在としては、世紀末に亡くなること、社会進出を遂げること、若者文化にも一定の理解を示すこと、タバコを手放さないことなどが必須の要件だった。

 

タバコに関しては、本当にひどい吸い方を女性たち皆がやっている。でも、思い起こせば田舎の宴会はあんな感じだった。もうもうと煙が立ち込めた中を、我々子供達も平気で行き通いし、十分に空気を共有していた。今だったらあり得ない光景になるだろう。肺ガンにならないほうが不思議なくらいだ。

 

この母親は、劇場主の母とも年齢が近い。劇場主の母はタバコを吸っていなかったので、劇中の母よりは長生きできた。しかし母は専業主婦で、育児と菜園での農業に精を出した人生だったから、狭い世界でに留まっていた点はかなり違う。朝早くから夜遅くまで、明らかに働き過ぎていた。文化の違いもあったろう。日本の田舎の主婦たちの多くは勤勉で、狭い世界に留まっていた。でも、だから不幸だったとは言えないように思う。

 

同居人が多い家庭は、日本では多くない。かっては下宿人を多く抱える家もあったが、この作品の頃にはアパートが主流になったはずだ。下宿の時代も、ほとんどは自分たちの部屋に各々入って、家主の家の家族と長く交流したりはしなかったはず。滅多なことではいっしょに飲みに出かけたりはしなかったろう。  

 

高校の頃は劇場主も下宿していたが、この作品のような深い交流はなかった。勉強に追われていたし、下宿先となじめた感じはなかった。御飯どきに世間話はしていたが、まさか飲み会を開いたりはしなかった。そもそも日本では、家主と間借り人の関係は深くならないのが原則のような、ちょっと違った伝統、社会通念があったのではないだろうか?

 

 

 

2017年9月 5日

とうもろこしの島(2014)

Cornisland


- Corn Island -

河の中州を利用してトウモロコシを作る農夫。しかし、河の近辺は紛争の最中で、ある日、怪我をした兵士がやってくる・・・・

・・・ジョージアと、アブハジア地域との紛争を描いた作品。地図を見てもアブハジア地域内部に大河はないようだが、国境近くのパタラ・エングリという河を拡大してみると幅200M以上もあり、中州も多そうだ。この川が舞台になっているのだろう。

コーカサス山脈の麓に位置するから、水量は多いはず。中州があるということは、水量に大きな変動があることも意味するだろう。河の中州に畑を作るのは、普通は危険ではないか?気候によっては、全ての努力を流されてしまうだろう。

その点は、象徴的かも知れない。敵兵を介抱し、逃がし、作物を作り、兵士達にワインをごちそうし、孫娘と過ごす・・・そんな、あらゆる行動、全ての努力が全部流されて無に帰す。そこを際立たせるには良い場所だ。

紛争を調停し、仲を回復しよう、人道に反する行為をやめさせようとした、あらゆる努力が破綻し、流されてしまう。そんな悲劇の後に、また新しい努力が始まる、ラストはそれを感じさせた。

もしかすると、ジョージア近くは人類誕生の地かもしれないそうだ。大昔の石器や人骨が発掘されている。そして、国家や宗教が入り乱れて、侵略や独立運動の歴史を繰り返している。外国との関係は、日本よりずっと複雑で、血なまぐさい。何度も全てを流されるかのような悲劇が襲ってきたということだろう。

セリフが非常に少ない映画。無言のまま作業を繰り返す老人と孫が、少し異常な気もする。もっと自然に会話したほうが良くなかったろうか?日常の中に、急に兵士達がやってくるほうが、観客には緊張感が分かりやすいと思うが・・・

監督はジョージアの方らしい。孫娘役はオーディションで選ばれた少女だそうで、確かに演技力を感じる娘ではなかったが、魅力的な表情をしていて、いかにも現地の美少女の雰囲気がした。老人役は本職の役者だそうだが、ずんぐりした体型、皺の多い顔に味があった。

河のそばは土が肥えて、良い畑になると思う。平成29年の九州北部の豪雨で被害を受けた朝倉地域は、川に沿って町が発達したことが覗える地形だった。地域外の人間にすれば、もっと高台に家を建てたらどうだろうかとも思えるが、高台だと水の入手などが難しい。住む場所と田畑の場所は、両立が難しい。

山間の集落は、山林が大きく崩れると木が橋を塞ぐから、川の流れが想定外のほうに変わる運命にある。いろんな水害を見てきたが、集中豪雨による場合は、たいていは木が橋に引っかかって酷くなっている。昔は橋が壊れて流されていたから、被災地域が狭くて済んだが、最近はコンクリート橋が多いから、そこがダムになってしまうのが現状。おそらく、そこらの配慮が足りていない。

橋の上流には、必ずセットで砂防ダムのような構造物が必要。土砂や流木がどこかに引っかかって、橋を最初に襲わないようにすべき。それが難しい橋は、とてつもない高架橋にするか、直ぐ流される構造にするしかない。

橋を高くするのには限界があるし、川幅を拡げるのも、住宅の移転が大規模に必要だから難しい。バイパスのような流れ、貯水力のある遊水池を作る場合も、とてつもない予算が必要になる。金のことを考えると、避難所の設定や、避難計画、訓練、情報管理などでやり過ごすのが現実的になるのだろうか?

 

 

2017年9月 2日

トランボ ハリウッドに最も嫌われた男(2015)

Trumbo

-  Trumbo  -

ハリウッドの赤狩りに泣いた脚本家の伝記映画。DVDで鑑賞。主役のブライアン・クランストンのとぼけた表情が良い味を出していた。

トランボ氏が「ローマの休日」の本当の作者であることは知っていた。その他はよく知らなかったが、「ジョニーは戦場に行った」「パピヨン」などにも関わったそうだから、超大物の映画人だったことになる。ハリウッドに嫌われてはいないはずだ。

その能力が図抜けていたからこそ、赤狩りを生き延びることができたのだろう。トランボ以外の映画人で劇場主も知っているのはエドワード・G・ロビンソンだけだから、その他の人達は社会的に葬られてしまったのではないか?

トランボの家族の描き方が良かった。団結して戦い抜いた家族だったろうが、それなりに諍いがあったと描かれていた。それが当然だろう。子供達は犠牲を強いられて、時には爆発しないとおかしい。

そこを描く場合の、描き方が難しい。大悲劇として描くと、質の低いメロドラマになってしまう。この作品はホームドラマのように、わりと軽めの悲劇として描いていたから、質を落としていなかったと思う。

ロビンソンを非難できるかというと、難しい。仲間を売ったように描かれていたから、描かれた通りなら許しがたい人物ではあるが、証言の当時は既に仲間は投獄されており、実質的に何かが変わるわけではない。裏書きを強要されただけ。彼は、大きな役割を果たしたわけではない。そう言うこともできる。

赤狩りはいつ終わるか分からない。その間、自分が証言を拒否して投獄されたら、復帰は難しいだろう。俳優の旬の時期は限られている。脚本家なら復活できても、俳優は終わりだ。トランボらとは立場が違う。

もしロビンソンが証言を拒否していたら、後々は賞賛されただろう。しかし、破産していたかも知れない。命に関しても、保証はできなかった。少なくとも部外者の劇場主は、彼の行動を非難できるほどの実績がない。歴史的な事変、政治的な圧力に対して抗えなかった人は、批判できないように思う。

トランボは賞賛されるべき人物だ。苦労して生活費を稼ぎ、家族を養い、メキシコに逃げたりしながらも復活を遂げたしぶとさに敬意を表したい。

赤狩りは酷い行為だった。だが、当時のソ連のことを考えると、トランボ本人の心情はともかく、ソ連サイドでは彼のような人物を利用しようとしていなかったはずはない。利用できるものは何でも使って、米国の力を削ぎ、ソ連側が有利になるように狙っていたはずだ。

今日も、ロシアの資金やサイバー部隊が、米国の世論を操作し、政治的動向を自分達に有利に運ぶように、行動していないはずはない。一連の大統領選挙の報道を見ると空恐ろしくなる。当時もそうだったはずだ。ロシア側からすれば、そうしないと欧米側から攻撃されるので、仕方ないのだろう。

赤狩りは非人道的な行為だったが、何かの方法によって情報を集め、破壊活動を未然に防ぐ対策は必要と思う。基本的人権に触らない形でという条件は要るが、対策しないと敵に支配されるだけだ。敵は、人権などに配慮しない連中だ。少なくとも支配、被支配の関係になったら、いかに優れた勢力であっても、過激な支配にならざるをえない。完全に支配されるのは避けないといけない。

 

 

 

2017年2月 8日

ドナルド・トランプ 劇画化するアメリカと世界の悪夢(2016)

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- 佐藤伸行著・文春新書 -

トランプ氏が共和党の大統領候補になった時点で出版された本。様々なトランプ関連の出版物の中から、比較的まともそうな印象を受けたので選んだ。

その前に、衛星放送でどこかの国が作ったドキュメンタリー番組を見た。トランプ氏がいかにして大きな商売をやって来たか、不動産王とまで言われるようになったのか、かなり批判的な目で解説されていた。

番組によれば、地上げや恐喝、裏切りなど、ほぼヤクザかギャング団がやるような行為を繰り返し、破産によって税金を免れながら、資金を集めては投資を繰り返し、借金王でもあることが強調されていた。

どれくらいの借金があるのだろうか?特に中国資本に対する借金は、国の首脳にとっては大問題で、それだけでも候補失格と言えるはずなのだが、そこらの理性的な判断から抜け出せていることが、氏の強みでもあるのだろう。

借金王と言えば、孫正義氏も派手な借金をやっている。孫氏の場合は、今のところ冒険が成功していて、トランプ氏のようなヘマはやっていない。その判断のレベルは、全く違うように思える。でも、さすがの孫氏も、今後の勝負がどうかは分からない。戦争や米国の政策によって、急展開の破滅はありうる。運に左右される部分はあるはず。

両氏とも、常識的な判断はやっていないように感じる。鋭いし勇敢だが、常識的ではない。完全な異常と言っても間違いではないくらいの度胸、成功への野心を持っているに違いない。それくらいないと、派手な大金持ちは誕生しないのだろう。

本でも指摘されていたが、成功への強烈な野心が、激しい言動や敵意に満ちた行動の元になっている可能性が高い。医者の世界でも、似たような野心家は多い。なぜ他者を出し抜くことばかり考えるのか理解できないが、彼らにしてみれば当然なのだろう。取引相手はもちろん、仲間や部下、周囲の住民に害を及ぼしても、目標の達成を優先すると考えないといけない。

もともとアメリカの政治家は、ギャングに近い人物が少なくないと思う。理想に燃えるタイプは、オバマやカーター氏が代表と思うが、彼らはイランや中東諸国への対応に失敗が見られる点が共通しており、それは偶然ではないかも知れない。理想などくそっ喰らえと考える悪人でないと、敵対する国に足をすくわれやすいのだ。

選挙対策の専門家は、各々の大統領につくものらしい。入念に戦略を練り、レーガンやオバマ氏などの対策を参考に、選挙を戦い抜く仕事をやっていくと、今回のトランプ氏のような怪人物が勝つという奇跡を起こせるのだろう。そのチームを取材したほうが、トランプ氏の取材より意義がありそうに感じる。

彼らは米国の下層白人達の感情、その怒りや焦りを正確に把握し、有識者達の分析に惑わされずに戦いを進めたわけだから、立派な情報戦略家である。彼らなら、侵略戦争も正当化できるに違いない。 


2017年1月 3日

ドクター・ドリトル2(2001)

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- トラブル対処物語 -

動物と会話できるドクター・ドリトルに、森林伐採を中止させる運動の依頼が来る。森を救うために、ドクターは熊を野生化させる特訓を開始した・・・

・・・・12月27日、衛星放送で鑑賞。第一作は、ドリトルが動物と話す能力に目覚めて、様々な困難が発生する点が笑いの中心であった。主人公が困れば困るほど客は笑える仕組み。今回も同様の路線だった。

この当時のエディ・マーフィーは、まだ大スターだった。しかし、80年代の彼の芸風はチンピラのような人物で、大げさな身振り手振りでギャグを飛ばす点、物まねを交えてのトークに特徴があった。路線が違っている。そこらが、彼のその後のキャリアに帰結してしまったのかも知れない。

この作品では、まだ彼は充分に輝いていると思う。熊とトイレに入るシーンなどが最大の見せ場。突き飛ばされて泥にはまる、小動物にタメ口をきかれるなど、一種の悲劇的な状況に陥るから笑える。しかし、もっと酷い目に遭わせないと、観客の大爆笑は得られないと感じた。もっと泥まみれにならないといけない。

トラブルへの対処は映画の場合、観客の共感を得るための大事な場面である。工夫し、努力し、酷い目に遭い笑われて、それで少しばかり同情してもらえたら、作品は盛り上がるというもの。我が家もそうかも知れない。

我が家では昨年も随分と、心身共にいろいろ鍛えていただいた。昨年は地震があったから、余計にやることが増えた。水を確保するために、汲みに行ってはトイレのタンクに入れる作業を繰り返し、腰を傷めてしまった。そのうえ3日間ほど、ほとんど寝れなかった。

診療所の仕事も、掃除や片付けが簡単にできないから普段より増える。薬の確保、ワクチンの処分、地震がらみの事務手続きの変更を確認するなど、いろいろな作業と平行しつつ、通常の診療はやらないといけない。

しかも経営的な不安が発生した。患者数は4~6月は非常に減った。検査を制限し、患者さんも避難して来院ができなかったり、地震で精神的に参って来なくなった方が多かったようだ。患者数の回復は9月以降になって、ようやく感じることができた。本当に被災した事業所よりはマシだったろうが、影響はあった。体調と疲労と睡眠不足に加え、金の算段も。

でも、家族は特に手伝ってはくれない。そんな印象を受けた。食材がないなどと、不機嫌に叫んだりするばかり。水汲みは基本的に私だけ。家族だって買い物は可能だったはずだが、そんな気になれなかったのだろうか?寝たり、スマホで情報を読んだり、家の中の片付けなどに専念する時間が長かったようだ。

考え方は色々ある。情報を集め、安否を連絡することは大事である。仕事をこなすことも大事。水や食料の確保から始まる様々な作業を、どう順番をつけて処理するか、あるいは誰かに頼むか、考え方によって方法は様々だ。劇場主と対処法が違っても、いちいち文句を言うまい、そう思って苦情は差し控えた。

文句を言い合う場面ではなく、無事を祝い喜び合う場面である。そこを基本姿勢とすべきだ。それを優先して、細かい苦情はこらえた。が・・・・、目の前の水を無駄に流すなよと、ついつい怒りの視線を向けてしまうことはある。その視線を傍から見れば、きっと笑えたろう。

 

 

 

2016年12月31日

殿、利息でござる!(2016)

Shochiku

- 企画力、実現力 -

廃れている宿場町の現状を危惧した人々が、一大決心をして資金を集め、利息で町を維持しようと企画。しかし、当然のように様々な障害が発生する・・・

・・・「無私の日本人」という本の一偏に、この話の原作は掲載されていた。作者の磯田氏は、「武士の家計簿」を書いた人物で、その評判を聞いて、この宿場町の話を知らせた人物がいたと書かれていた。地元愛と誇りに満ちた話で、原作には笑いの要素はほとんどないのだが、映画化にあたって喜劇に振ったようだった。DVDで鑑賞。

驚くべき話で、農家や町民の中に知恵と勇気、公共精神、地元愛に満ちた人物がいて、支配階級の武士に対して交渉し、成功を収めたことに感嘆する。企画した連中は、映画のような理念より、まず自分の子孫の将来を第一に考え、そこから地域全体の利益へと発展させたのではないかと思うのだが、それでも凄い話。彼らは命を賭けていたのだから。

作品は家族で鑑賞できる内容だと思う。多くの人は彼らの理念に感服し、感動できるはず。恋人や子供と観ても悪い内容ではないだろう。ただし、非常に満足されるかどうかは分からない。喜劇に振りすぎた可能性も感じる。笑いより、美しさにこだわって演出しても良かったのではと思う。

その路線の選択が難しい。この話で喜劇を作って受けるかどうか、真面目一本の作品で受けるかどうか、どちらも難しそうに思える。よほど人物を魅力的に描かないと、どちらでも観客はそっぽを向くように思う。

主人公である穀田家は、勘違いに近いほど企画にのめり込み、傍から見ればおかしい、狂っている人物像に描くなら、阿部サダヲが演じるままで良いと思う。もっと狂気を強調して演じたほうが良いかも知れない。

頭脳明晰な茶屋商は、もっと神経質そうで繊細な人物のほうが良かったように感じる。勘違いした主人公に引き回され、理解力があるだけによけい恐怖におののきながら作戦を進める人物だと、よりリアルに、しかも漫才の掛け合いのように描けたと思う。瑛太がそのまま演じて良いかも知れないが、彼の役に限って笑いの要素は排除すべきだったと思う。

本家を継いだ弟役は、妻夫木ではなく、悪役俳優が欲しかった。話の流れから考えてもそうだろう。憎々しげにクールに登場し、急に本来の姿を見せるなら、役柄に合致する。妻夫木ではリアルに感じない。

全体に、重厚感が足りない印象を受けた。高圧的な武士達に向かい合い、企画をプレゼンする際の重苦しさ、ひとつ間違えば直ちに命を失う恐怖感、そういった重みがあったほうが良いはず。能の声のような古めかしいBGMなら有効だったのでは?喜劇とリアルな部分のバランスは、喜劇に傾けすぎだったように思う。

この作品では、諸悪の根源が誤った規則にあることを認識し、適切な方法で被害の解消を狙った流れが、非常に明確に描かれていた。直接的に法令の撤回を訴えていたら、怖ろしい結果が待っていたことだろう。今日でも、似たような手法が必要なケースはあるはず。民主主義の国のはずなのに、今日でも改革は難しいのだが。

日本の地域集落は、かなりが衰退の気配に満ちている。グローバルな経済活動の結果や、政府の長年の方針によると思う。日本だけに限らない。産物の生産販売競争に勝ち残れなければ、世界中どこの地域でも消滅する危険はある。名産品を作ること、販売先を増やし、産業として生き残れるようにすることが、家の一軒一軒、村の一つ一つに必要で、自治体の援助を待ってても成果を期待できない。それは分かっていること。

医療機関も、衰退産業に属していると思う。一般の小売店と比べたら優遇されてはいるが、医療費を抑制する流れが続くはずだから、個々の努力だけでは限界がある。なんらかの協力によって、生き残れるような企画立案が必要と思う。でも、残念ながら医師会には、そのような雰囲気がない。利権や名誉の獲得競争、内部の諍いなどが蔓延していて、足を引っ張り合う構造的な欠陥を抱えている。

一個の家庭、店、医院などを単位に利益を確保することは大事で、企画によって店を潰そうとしたりするのは、永続性を考えると絶対に避けるべき行為。ただし、リスクを犯して優れた企画に挑戦することは、望ましい方向性と思う。自分の犠牲を厭わない覚悟は、なかなかできるものではないが・・・

個人の利害と、地域の利害との方向性を一致させることに成功しなければ、事は始まらない。しかし、まだ勘違いや欲の張り合いが蔓延しているように思う。私自身も、そして皆々も勘違いしている可能性が高い。そこを調停することは、生きている間には難しいかも知れない。そんな消極的な考えではいけないのだが、たとえ優れた企画力があっても、主人公の先代は行動に移せなかった点は映画の中でも確かだった。

そこも現実と認識せざるをえない。

 

2016年7月 7日

ドローン・オブ・ウォー(2014)

Voltagesobini


- ターミネータ-前  -

対テロ戦争のために無人攻撃機を操縦する主人公。勤務先はラスベガス。そこから彼方の攻撃機を無線操縦する日々。しかし、精神的に参りつつあった・・・

・・・・主演のイーサン・ホークは、どうみても悪役の顔だった。最近は意欲的な出演が続き、彼の出る映画で駄作はないように思う。今回も、悩める兵士の雰囲気がとても良く出ていた。

上官役を演じていたのはブルース・グリーンウッドという俳優さんで、最近よく見かける。人情味を感じさせる顔と、真面目そうで任務に忠実、頼りがいのありそうな上司の役柄が合っている。ケビン・コスナーの代役をやらせたら、おそらくより安いギャラで充分に演じてくれる、そのような印象を持った。

監督脚本のアンドリュー・ニコル氏は、意欲的かつ斬新なアイディアで、独特なSF作品を企画してくる。この作品はSFではないけど、視点は完全にSFの世界だった。

声だけの出演だったが、CIAの上司も大事な存在だった。無慈悲に殺人を命じるクールさに特徴があり、ちゃんと殺す理由まで解説する点が実に怖ろしい。実際のCIAはどんな命令を出しているのだろう?兵士側のほうが怒りにまかせて無茶やっているかも知れない。閉鎖された世界だから。

無人機攻撃は、想像はしていたが怖ろしい話。しかもかなりは現実の作戦に沿っていると思われ、考えを改めざるをえない。戦争は元々冷酷で、無慈悲なものだったのだが、より容赦のないものになっている。

プレデターという攻撃機で誤爆が多いという報道は、かなり前から聞いていた。でも、遠い地域の問題。身近な脅威とならない限り、意味までは理解できない。今はプレデターもバージョンアップしているそうだ。もし自分の住んでいる地域の上空を無人機が飛び交うような事態になったら、どこにも安全な場所はなくなると覚悟しないといけない。

米欧諸国はどう考えているのだろうか?こんな作戦をやったからには、敵側も同様の戦いをしてくることは明白。今は米国が技術と資金を独占しているが、作って輸出すれば、利益は確実に生じる。今すぐとはいかないまでも、将来は必ず立派な輸出品になるだろう。

某国が資金にまかせて数万機の無人機を作り、世界中に飛ばしたら、局地戦においては全て打ち落とすのは難しい。ラジコンのような小型の操縦器を持って、数万人の隊員が敵を包囲したら、たいていの戦いは勝利できるだろう。それを覚悟しているのだろうか?それとも、もっと進化した武器を開発すれば良いと思っているのか?

さらに進化するとしたら、きっと全自動で敵を感知、殺害するシステムになる。ターミネーターの世界だ。それは、局地的にはじゅうぶんに起こりうる。屋外でジョギングしてたら、高空から爆弾か針が飛んでいる時代もありうる。

 

 

 

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