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カテゴリー「ち」の34件の記事

2018年10月15日

鳥類学者 無謀にも交流を恐竜を語る(2018)

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- 川上和人著、新潮社文庫 -            

 

2013年に発表されて話題になった書籍が単行本になっていたので購読した。噂にたがわぬ面白さで一気に読めてしまったが、学術的な内容もちゃんと含まれており、まったくの空想話ではない。著者のセンスの良さに感服した。       

 

川上氏は、研究所に勤める本物の鳥類学者らしい。鳥類を研究してどのような意味があるのかすら劇場主には分からないが、おそらく恐竜の研究には大きな影響が生まれそうなことは分かる。鳥類学も、おそらく遺伝子を研究する作業が今のメインではないかと思う。外見だけで分からなかった分類が、遺伝子を調べることによって明確になり、機能と遺伝子の関係も明らかにされつつあるのだろう。             

 

鳥類がどこから発生してきたのか、劇場主が図鑑を読んだ記憶では、恐竜と共通の祖先がいて、どこかで始祖鳥が生まれ、恐竜に進化した種族は絶滅し、鳥類は寒さや餌の問題を乗り越えて発展してきたように書かれていた。大人になってから、どうも恐竜の発展形が鳥類らしい、恐竜のかなりのメンバーは羽毛をまとっていたらしいなどと、少しずつ解説が違ってきた。          

 

一番上の子の頃は、全ての恐竜が丸裸だったが、3番目くらいから毛が生えたものも出て来た。そして今は鳥類≒恐竜と言えるほどになっているようだ。わずかな間に、常識が大きく変わってしまったようだ。                    

 

ヒヨコは可愛らしいので、子供の頃によく手のひらに乗せて撫でてやったりしていた。小学校の当番でしばらく鳥の世話をやっていたが、まさか恐竜の世話をしているとは思っていなかった。単純に小さい小鳥だから恐怖を感じなかっただけだろう。フクロウを間近で見た時は、さすがに指を出したら噛みつかれそうで怖く感じた。大きさが重要なのだ。             

 

阿蘇のホテルで、玄関にダチョウが飼われている所がある(ビラパークホテルだったと思う)。あれも怖かった。餌をあげているのに嘴で急にどついてくるし、その破壊力が結構凄い。あれなら、集団で人間を襲って食べることもできるかも知れない。恐竜をイメージしやすい鳥である。         

 

もしもの話だが、鳥の遺伝子を操作して、恐竜のような動物を作ることはできないだろうか? ダチョウの発展形ならできそうだ。道義的にどうという視点を無視して、純粋に技術的な点に絞って考えれば、可能は可能かもしれない。恐竜の遺伝子を一部導入することも、できるかも知れない。怖い生物が誕生するだろう。

 

 

2018年10月 9日

中国と日本が分かる 最強の中国史(2018)

 

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- 八幡和郎著 扶桑社 -                 

 

中国の公的な発表には、強い意志が感じられる。不必要に思えるほど強硬で、勢力を拡大して行こうという意志が感じられ、反対は国内外を問わず許さないという強い姿勢だ。 発表の通りだと、周辺の国々は中国政府の意向に、ただ従わないといけなくなりそうだが、それは無茶な話だろう。   

 

もちろん、歴史的に中国は様々な外国勢力から侵略され続けてきたので、本来の権益は守られるべきと思う。しかし、中国の勢力圏をどこまでと考えるかは、かなりのグレーゾーンである関係で、非常に難しい問題になる。今の中国政府が主張する通りだと、確実に新たな紛争を惹起せざるを得ない。それは可能なら避けたい。だが、おそらく避けがたいとも思える。      

 

著者の八幡氏は、純粋な学者ではないらしいが、通産省の役人を経て、現在は大学の教授を務めているようだ。幅広い分野の著作を出しているので、中国関係だけの専門家ではないらしいが、日本史を学べば、自然と中国の歴史も研究しないといけなくなって、ついに本まで出したといった流れなのかも知れない。専門家である必要は、必ずしもないだろう。   

 

「最強の・・・」シリーズで、韓国史も書いているそうだ。議員に立候補されていたそうだが・・・どんなものだろうか?政治家が本を書いたり教授をやっても良いとは思うが、何でもやることから信用度の点で若干の疑念を感じてしまう。扶桑社の本を買うのも、ちょっと考えようかと感じている。      

 

扶桑社の本には、独特の傾向がある。「嘘だらけの日独近現代史」もそうだったが、単純明快で分かりやすい。分析は浅いかも知れないが、強く断言することで訴える力が感じられる。でも、考えを表明する時の根拠が、かなり限定的にしか説明されていないようだ。編集者の個性のためか、文章量の制限のためか、あるいは親会社のフジサンケイグループの意向の影響か分からない。  

 

もし、このような本に強く影響された人間が増えれば、独特な感性を持つ集団が出来上がる。もう既に、そんな人間が多数派なのかも知れない。その集団は、少なくとも検証を重ねて慎重に結論を導くタイプの意志決定をしないだろう。勢いのある意見を聞いた時に、それをまず信用することから思考が始まり、途中で思考過程に歪みがないか確認することをせず、ノリに任せて多数決を迫る手法をとるだろう。演説に影響されて、その気になるのと似て、勢いが大勢を決める、そんな集団が想像される。そんな集団は、巨悪に利用されやすいかも知れない。    

 

歴史の検証は非常に難しいので、ある程度の思い込みがないと何も書けないとは思うが、可能な限り根拠を示しながら、反対意見があれば、それにも敬意を払いながら自説を記載していくべきではないかと思う。そうすると話が長くなり、訴える力は損なわれるはずだが、書籍とはそういうものではないか?演説とは違う。勢いまかせの集団は、執念深く検証する奴らに、結局は駆逐されることが多いものだが・・・                          

 

相手にも敬意・・・・そんなの、もう流行んないのか? 敬意のことを気にする精神性は、戦いに勝てる時だけ気にすればよい?・・・・そうかもしれない。単純化、劇場化、勢いの良さ、それらのほうが大事にされる、そんな時代なのかもしれない。

 

 

 

2018年4月25日

チア☆ダン~女子高生がチアダンスで全米制覇しちゃったホントの話~(2017)

Toho

- 東宝 -

 

福井県のダンスチームが全米選手権制覇を目指す物語。福井商業高校が達成した実話を基にしているそうだ。   

 

紆余曲折のある展開は素晴らしかった。ただの学園もの以上に、よく練られた脚本だと思う。 主演は広瀬すず。もはや近年の学園ものの映画のヒロインは、彼女以外はありえない状態になっているかも知れない。ヒットが確実に狙える稀有のタレントだ。

 

少し前まで、それは有村架純だったはずだ。その前、それは長澤まさみだった。なぜ短期間で寡占状態が変化するのか分からない。人気が上がるとギャラが高くなって会社側が敬遠することや、顔が知れ渡って新鮮味が失われること、年齢が上がれば学生役は務まらなくなることなどを考えると、当然の帰結かも知れないけど、いろいろな要因があるのだろう。 

 

長澤は凄い美人だから息の長い活躍も期待できるが、広瀬すずはどうだろうか?より庶民的な顔、普通の体型が良い効果をもたらして、三枚目的なヒロインを年齢に応じて長く演じることができそうな気もするし、旬の時期を過ぎた時に、はたして魅力を維持できるか懐疑的に思える印象もある。

 

演技力は、おそらく歴代のヒロイン達より上だと思う。悪女役だってきっとこなすだろう。目つきに特徴があるので、夢見る若い女性を演じると、本当に良い絵になる。今後はきつい性格の役だってやれそうな気もする。夢見る世代を越えたら、どんなイメージになるのだろうか?  

 

昨今は高校のダンス部に注目が集まっている。紅白で大阪の高校生チームが素晴らしい踊りを見せていた。劇場主が高校生の頃はダンスに良い印象を持つ大人は少なく、ダンス部などがある学校は滅多になかったはずだが、教育的に良い効果が期待できることから、今は立派に部活動として認知されている。 それでも長年の意識のせいで、妙なことに熱中していると目されることは、おそらく今でも多いのではないか?  

 

素敵なダンスを見ると喝采したくなるが、少しでも下手くそだと直ちに笑いの対象になる。ダンスは一般のスポーツよりも評価が残酷に出やすい。その点は映画の場合もそうだ。 この作品の踊りは良く練習していたのだろう、素晴らしいレベルに達していたが、超一流だったとは思えない。猛練習しても、一朝一夕で喝采を浴びるレベルに達するのは難しい。体力面はすぐには追いつけない。踊りは本物のダンス部員を中心にして、主役だけ俳優にするほうが、見た目の迫力は出たと思う。スポコンものの作品では、それが原則だ。

 

 

 

2018年3月 8日

チャップリンの移民(1917)

The_immigrant

- Mutual Film

 

移民船に乗ってアメリカへの移住を目指す人々。その中にチャップリン演じる紳士然とした人物もいる。揺れる船の様子や、知り合った娘さんとの、その後の再会などが描かれた作品。DVDで鑑賞。

屋外のロケらしいシーンもある。港の中かも知れないが、なんらかの手段で実際に船を揺らしているようだ。きっと撮影の時に気分が悪くなる役者も多かったろう。

 

 この作品は揺れる船の中での揺れによるギャグ、ギャンブルでせしめた金をめぐるドラマ、移住したけれど金がなくてレストランで困るシーンの三部に分かれている。大男たちを相手にしたギャグが基本となっているが、その中で同情によって人を助けたり、恋愛したりの要素と、悲しい境遇の人達が多数登場することなど、やがての大作につながるものが感じられる。初期のイタズラ好きの人物から、懸命に生きるドジで不幸な人物にキャラクターが少し変わっているようだ。

 

でも、この作品は「キッド」の4年も前で、同年の作品を調べると、他のドタバタ作品の中に埋もれるかのような印象もある。ある本によれば、この作品は当初はレストランのシーンで始まり、主人公が金のない人間で、相手役の娘とはかって船で知り合ったのだという設定を思いつき、話のつじつまを後で合わせたのではないかという。そう考えると自然かも知れない。ドタバタ劇を撮る中で、境遇を変えることで作品の魅力が増すということに気づくきっかけに、この作品こそがなっていたのかも知れない。

 

ドリフのギャグにも、揺れる船のシーンを真似たようなものがあったような気がする。決まって加藤茶が牛乳まみれになるパターンだ。揺れを使うのは単純なアイディアで、おそらくチャップリンが最初に使ったわけではないと思うが、今見てもおかしい。

 

大男の店員を出し抜いて食事代をせしめるレストランのシーンも、単純なんだが笑える。本来は「チャップリンのレストラン」とでもタイトルがつくはずだったのかもしれない。

 

2018年2月 6日

チャップリンのスケート(1916 )

The_rink

- Mutual Film

 

主人公はレストランの店員だが、イタズラに終始して仕事は滅茶苦茶。休憩時間には悠々と近所のスケート場に行き、そこでも騒動を巻き起こしている。レストランの客とスケート場の客の間で起こる騒ぎを描いた作品。

 

監督や脚本もチャップリンが担当。この頃には既に主体的な立場で契約できていたようだ。人気が急上昇し、またアイディアも明らかに良いと判断し、好条件の契約を結べたに違いない。

 

大男の紳士とのやり取りがおかしい。腕力では問題にならない差があるが、スケートの腕や奇妙な逃げ方によって捕まらずに逃げおうせるようになっていて、そこで笑わせる仕組み。これは相手役のエリック・キャンベルという俳優の魅力もあるのだろう。漫才師のペアと同じく、強面路線とどこか抜けていそうな雰囲気で、彼らはたくさんの映画で共演している。短期間に多くの作品を作っているから、仲間通しのほうがやりやすかったのだろう。

 

この作品の存在は知っていた。チャップリンを紹介したテレビ番組で観たことがある。スケートの腕前が素晴らしいので、若い頃に相当な練習をしていたのだろう。その腕前があるから、スケートを映画に取り入れたいと考えたのは当然だ。この作品の他にも、モダンタイムスでデパートの二階でだったと思うが、目隠しした状態で、えらく危険な場所でスケートをやるシーンもある。上手く映画に使っていると思う。

 

この作品はストーリー性に乏しいと思う。レストランとスケート場には、あまり関係はないように思う。不倫をしたい夫婦が登場する場としてレストランやパーティーしかなかったから、そんな設定にしたと思うが、無理が感じられる。作品に悲劇的な要素はなく、主人公は浮浪者ではないし、空腹に苦しむような様子もない。ただイタズラや適当な仕事をやっており、共感できるような人物ではない。後年の悲喜劇のスタイルじゃなく、ただのギャグマンとして演じていたようだ。5年後くらいに「キッド」を作っているはずだが、この時期はまだペーソスを狙う路線は時期尚早と考えていたのだろうか?

 

笑いと涙の路線は斬新なものだったろうから、人気が固定化し、観客も慣れたり飽きたり、新しい企画に誰もが納得するという確信がないと乗り出しにくい。おそらく銀行や会社のスタッフ達も、まったく新しい喜劇を作る前は、かなりの不安があったのではないだろうか?深刻なシーンがあっても、観客は次のシーンで笑ってくれる、悲喜劇でも受けるという確信は、おそらく徐々に作られたのだろう。

 

今で言えば、チャップリンの長尺映画は斬新なイノベーションによるものだった。映画の一大ジャンルを作り出した。この作品はイノベーションの前段階だったようだ。

 

 

 

 

2017年8月30日

超高速!参勤交代リターンズ(2016)

Syochiku

- 松竹 -

前作で参内に成功した湯長谷藩だったが、復活した悪徳老中の手により、急遽国元に帰らないといけなくなる。既に藩は取りつぶし、城の明け渡しまで決まったようだ・・・・

・・・・前作は予想を裏切るヒットだったらしい。「まさかの続編!」という宣伝文句が、この作品にはついていた。そんなに凄い魅力があるシリーズなのか?しかし劇場主はあわてず騒がず、劇場で鑑賞しようなどとは考えなかった。ビデオで充分であろうと推測し、今回鑑賞するに至った次第。

まとまりのある作品だと思った。起承転結がはっきりし、ギャグはギャグ、アクションはアクション、友情や愛情などを上手く話に盛り込んで、最終的には時代劇にお約束の結末となるよう、まとめ方がしっかりしていた。

新しめの時代劇と考えると、この作品は若い観客に受け入れられた企画であるから、今後の時代劇の方向性を示す、ひとつの道筋と言えるかも知れない。少なくとも昭和の時代劇より新しい、優れた企画だったはずだ。

芸人のコントと同じ調子のギャグが盛り込まれていたので、その点が良かったのかも知れない。黒澤映画やドリフの時代のギャグでは、観客は興味を維持できない。時代考証を無視してでも、コントには新しさが必要なのだろう。

どこか分からないが、実際の城を舞台に戦闘シーンが展開されていた。かなり大きな城で数十万石の大名のものではないか?湯長谷藩の規模を考えて、適切な規模の城だったのか、少し疑問を覚えた。よくは知らないので、あれで正しい規模だったのかも知れない。

佐々木蔵之介を初めとする出演者達のキャラクターは、およそ前作と同じだった。続編を面白くするためには、新しいキャラクターが出てくることが望ましい。「パイレーツ・オブ・カリビアン」を参考にすれば、直ぐに理解できる。その点で、この作品は失敗していると思う。驚きの展開になる要素を、最初から破棄していた。

新規の人物が全く出なかったわけではない。柳生一族の分家が、敵の集団の一角を担っていた。なら、いっそのこと、中心になって活動して欲しいものだ。誰か大事な仲間を惨殺するくらいの、大きな活動が欲しい。農地は荒らしていたようだが、百姓を殺すシーンはなかったから、少し活躍の度合いが足りない。

しかし、そもそも参勤交代にまつわる物語だから、作れる内容に限界があったのかも知れない。架空の海賊達の話のように、海の怪物や死霊になった海賊などを登場させることはできない。あくまで普通の武士や忍者が登場するくらいが限界。だから、仕方なかったのかも。予算も違うし・・・・

さて、このシリーズは次が企画されるのだろうか?劇場主は難しいと予想するが・・・

 

 

 

2017年2月 5日

超高速!参勤交代(2014)

Shochiku


- 自然な流れ -

福島の田舎大名家に、突然江戸城参内の命令が来る。しかし、藩の財政は厳しく、江戸に行く時間もない。家中は頭をひねって策を講じるが・・・・

・・・DVDで鑑賞。この作品は第二作が作られたと聞く。ということは、第一作は面白かったのだろうと考え、借りた次第。

主演の佐々木蔵之介は、適役だったと思う。昔、NHKの朝のドラマで映画スターを演じていたが、それと同様の偉そうなキャラクターで良かったから、演じやすかったに違いない。大スターの威厳は感じないが、殿様役には向く俳優。

西村雅彦が家老の役だったが、ガニマタを強調しすぎて、少しわざとらしい印象を受けた。キャスティングの問題か、演出の問題か、古い喜劇映画の演技のような印象。少しオーバーすぎただけかもしれないが・・・

深田恭子が遊女役だったが、彼女もいつの間にかベテランの域に達している。若々しさはなくなったが、この作品に限って言えば、若すぎると変な気もするし、あまり本職の遊女めいていないイメージがある彼女が最適だったように思う。

忍術者を演じた伊原剛志は、演技していることが明確に分かってしまう俳優のように思う。よく有名な映画に出てくるが、彼はこんな役には向かないように思う。

家族皆で楽しめる作品ではないように思った。企画として、子供も大爆笑できるような話ではない。ギャグもあるにはあるが、古めかしいセンスのギャグと言えるかも。

それに感動作になる可能性が最初からない企画だと思う。でも全体を通しての流れが自然で、敵はとことん憎らしく、味方は苦しい思いをしていながら結構ドジで、おかしい姿になるように演出され、マイナー企画を佳作に仕上げる技術を感じた。

 

 

2016年11月 4日

チェーン・リアクション(1996)

20cfox

- エネルギー問題 -

シカゴ大学で新しいエネルギー開発に成功した主人公。しかし、謎の組織によって実験室は爆破され、主人公が犯人としてFBIに追われることになる・・・

・・・懐かしい映画。9月20日、衛星放送で鑑賞。たしか前回も衛星放送で観た記憶がある。20年前の作品だが人気があるのか、まだあまり古くなっていない気がする。この作品では血まみれ死体は出てこない。殺しのシーンも表現は大人しく、子供でもかろうじて鑑賞させられそうな印象。家族で楽しめるレベルの、娯楽の条件を守っているようだ。

キアヌ・リーブスは当時のSF映画の常連で、ヒーロー役を代表する役者だった。彼の場合、腕力で一気に事を決するタイプでなく、弱いし脅迫されながら徐々に劣勢を挽回し、最後に勝利するのがパターン。今回もそんな役どころで、キャスティング的にも最適だった。

ただし、いつも思うのだが、彼は走るのが苦手なようで、この作品で何度も逃走している際に、どう見ても捕まらないとおかしいほど動きが遅く、足取りも鈍い。アクションシーンでの迫力には欠けていると思う。もしかすると、もっと動きが良い、華奢なタイプの恐怖感が表情に上手く出るタイプの役者のほうが良かったかも。そんな役者には、今でも需要があるのではないか?

ヒロインはレイチェル・ワイズだったが、個性が生きていない気がする。この作品ではラブ・シーンがほとんどない。ヒロインとしての活躍は、補助的に敵を殴ることぐらい。やや演出不足ではなかったろうか?監督が、彼女にあまり興味がなかったのかも知れない。

ダーク・ヒーロー、もしくは敵役としてモーガン・フリーマンが活躍していた。彼の存在が、この作品では一番大事だったと思う。全くの悪人、自己の利益しか考えず、膨大な資産を有し、権力欲をも満たしている、そんな敵でなかったことが、作品のレベルを上げていたように思う。彼がラストで施設のドアのロックを外すか否かで、主人公達の運命は決まることになる。そこを、もっと強調して描くこともできたのではないだろうかと、少し残念に思えた。あまりにサラリとした表現だった。

エネルギー、特に石油の問題は大きい。いまだに石油価格の変動によって、世界的に財政や政策全般への影響が起こる。サウジでさえも国家予算の余裕が失われつつあると報道されているし、ソ連が北方領土交渉を匂わせるのも、石油からの収入が減ったことが影響しているはず。石油以外のエネルギー源は、はたして出てくるのだろうか?

作品の中でも語られていたが、もし新しい発電技術が開発されたら、株価には大変動が起こるだろう。あおりを喰らって倒産する企業、急成長する企業が入り乱れ、殺し合いや自殺、戦争だって起こる可能性はある。でも、気候への影響を考えると、やはり地下資源を燃やす今の方法は、やがては減らさないといけないだろう。

日本では、藻を使って油を作る研究が進んでいる。コストを下げれば、おそらく実用も可能のはず。もし石油に近い価格になりそうになったら、石油関係の権利者は黙って観ているだろうか?おそらく米国政府を動かし、日本政府に開発予算削減を要求するだろう。断れば、他の分野の貿易を制限してくるはず。その間に、自国で藻を増やす努力をすることも確実。

そんな交渉、圧力、懸命な開発の努力、営業努力が展開され、もしかすると本当にエネルギー革命が起こるのかも知れない。新たな秩序が生まれるだろう。資源大国の力は相対的に低下し、石油をめぐる戦争は減る。原発を減らせるかも知れない。

中東に欧米が関わる理由が減る。すると、イスラエルの危険が増してくるかも知れない。それが火種になる可能性もある。またはイスラム諸国の存在価値が下がり、国力も低下してイスラエルとの共存を目指さざるをえなくなる可能性もある。戦う余裕さえなくなるか、もしくは民衆の力が増して、クーデターによって宗教的過激派が力を増すか、いろんな道が考えられる。

エネルギーへの不安が減ると、金属や何か他の資源が石油に代わって相対的な価値を高め、あらたな戦争原因が発生しそうな気もする。石油の心配がなくなれば、中国はより高圧的な態度に出ることも可能になる。人類のための努力が、意外な展開で逆に紛争の原因になるなら、新エネルギーの管理はよく考え、充分に計画的にやらないといけないはず。

燃料の心配がない、よっしゃあ軍艦をたくさん作って世界制覇しよう!といった無茶な考えを、旧日本軍の生き残りみたいな連中がやらないと良いが、主人公はそのへんを全く気にしていなかったようだ・・・

 

 

2016年10月 5日

チャッピー(2015)

Sony_columbia


- 斬新? -

ヨハネスブルグに導入された警察ロボットの一体が主人公。彼を改良した技師と、ライバルの技師、犯罪者達が彼をめぐってバトルを繰り広げる・・・

・・・・DVDで鑑賞。「第9地区」のブロムカンプ監督が、同じような発想、同じような画像技術で作った作品。なぜかメジャーな興業はされなかったようで、宣伝を見た記憶はなかった。ビデオ専用のような扱いだったのだろう。でも、駄作とは思えなかった。

新しいアイディアがなかったとは感じる。ストーリーは過去のSF映画に何度も使われたパターンで、しかし「ロボコップ」ほどの悲壮感、皮肉はないし、「リアル・スティール」のような明快さもない。何かの工夫が足りなかったと思う。

ストーリーテラーを変える手はあったかも知れない。犯罪者に物語を語らせると、もっとアクの強い魅力ある作品になったかも知れない。倫理上の問題は発生するだろうけど。

会社内部でのライバル争い、犯罪者同士の争いなど、途中がかなり複雑な展開だった点は良かったと思う。ただ、ヒュー・ジャックマンがライバル技術者を演じていたが、彼ではなく、一発で嫌悪感を感じられるような俳優のほうが、あの役には向いていたと思う。あの人物のキャラクター、彼のキャスティングが、この作品の一番の間違いではなかったかと思った。

作品の色づけにも問題あり。「第9地区」のようなゲテモノ、アングラの雰囲気が薄れ、ウリになる個性に欠けている。SONY、コロンビアが作った映画だから、毒に満ちた作品には最初からできなかったのかも知れない。この作品は興業的には一応のヒットをしたようだから、路線としては成功だったのかも知れないが、直ぐに消えてしまうような個性しかない点は、少し残念に思う。

人の意識とは?という問題が、あまりに軽く扱われていたように感じた。意識は、おそらく脳細胞のネットワーク、神経伝達物質の分泌の状況、伝達の活動性や活動パターンによって作られていると思う。短時間でネットワークの状態を再現することは、電子回路の能力から考えて無理があるだろう。

ただし、おおまかに似せて再現することは可能かも知れない。感情を、そのまま人間のようなものとして記録することは難しいとしても、感情が大きく働いた時に代表する特徴を細かく分析し、その組み合わせを様々に構築すれば、かなりの種類で表情や身振りとして表現できるかも知れない。

人間本人が自覚していないような感情、表面上は忘れたような深在性の感情、古い記憶や情動に関係するような深い感覚は、表面の感情とどのように干渉させたら良いのか分からないが、これも近似させることはできるだろう。深い情動部分の回路と、新らしい情報処理の回路を干渉させることができれば、人間の脳に近づく。

機械だから、人間とは違った反応をやってしまうと思う。しかしおそらく人間だって、思わず妙な事をやったり、余計なことを口走って、瞬時にしまったあ~と思う間違いを犯すことは多いから、それを記憶し、その後は少し修正していく作業を繰り返せば、失敗の記憶も含めた感情表現も可能になるはず。

今後、本当に作られるであろう人工知能は、おそらく最初から完全に人間くさい機能には至らないはず。それで充分と思う。何回かの技術的、理論的なブレイクスルーを経て、運転だけはミスしない、あるいはフロント業務が上手いといったロボットができてくると思う。

 

 

 

2016年3月31日

チャイルド44 森に消えた子供たち(2015)

Summitlionzgate


- ユーモア不足  -

ソ連時代の猟奇的殺人事件をめぐり、担当する捜査官とその妻達が経験する試練、そして当時のソ連社会を描いた作品。

DVDで鑑賞。興行的には惨敗した作品らしい。確かに舞台が旧ソ連で、しかも陽気な活劇が全くなく、陰惨で執拗な対決ばかりが続く映画に、多くの観客は耐えてはくれないだろう。

この作品は、その面で最初から限界があった。

原作小説があって、日本でもかなり評判だったらしい。小説を読まない劇場主はさっぱり気にかけていなかったのだが、本屋大賞か何かの賞を取ったそうだ。確かに、この作品の構成力、ストーリーや設定の重さは、レベルの高い原作を想像させる。

最後まで緊迫感を感じながら観ることができた。武器も旧式、派手なアクションで空を飛んだりもないのに、主人公夫婦が体験する恐怖が上手く表現できていたし、二人の間の感情も実感のある、切実なものだと思えた。

ただし、そんな面については万人受けする魅力にはなりえない。若い観客は実感したことがない感情だろうし、旧ソ連の秘密警察は興味の対象外だろうから、基本として若者には受けない作品と思える。子供も同様だろう、。したがって、家族で楽しめる映画では全くない。

もし可能なら、少しユーモアが感じられるシーンがあっても良かったかも。いかに厳しい管理社会だったとしても、そこに住む人々はそれなりの楽しみを見いだし、ジョークだって言っていたはず。ちょっとした笑いを挿入することで、観客の気分をほぐすことだってできるだろうし、怖いシーンがかえって怖くなる効果もあるだろう。

旧ソ連の社会は、想像するに過ぎないのだが、おそらく監視の厳重な管理社会だったと思う。民主的な曖昧さを除かないと社会が不安定化するという理由で、強力な弾圧、強権的な意志決定が日常茶飯事だったように思う。もちろん、これは米国側の宣伝によるイメージだけの、おおいなる勘違いの可能性もあるけど。

今でも、強権的な政治体制の国は多い。現ロシヤも、中国大陸の某大国もそうだろう。強い権力を用いることで、急速な経済発展や社会の安定を維持できる点は疑いない。しかし、官僚的な社会体制の弊害が必ずついてくる。この作品は、その点を見事に描いていたと思う。

 

 

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