映画評

  • 当劇場は劇場主のための映画館です。訪問者を期待しておりません。内容の客観性、正確性は保障できません。でも、真摯な批評を目指します。

劇場主

  • 乙女座 AB型 どの占いでも最悪の運勢 内科クリニックやってます。

Conflict of Interest

  • 特にありません。

おことわり

  • 当劇場は誹謗中傷を目的としておりません。もし権利を侵害されたと感じられた方は、申し訳ありませんが管理会社や公的機関に御相談ください。

カテゴリー「た」の52件の記事

2017年4月29日

宝島(1950)

Treasure_island

- Disney -

少年が瀕死の老人から預かった地図には、海賊の宝物の場所が記されていた。宝を探しに、少年と町の有力者が旅に出るが・・・

・・・DVDで鑑賞。ディズニー最初の長編実写版作品らしい。印象としては、戦前の冒険映画のような古い作り方で、明らかにスタジオでの撮影と分かるシーンも多く、技術的に優れている印象はなかった。でも、クセのない演出で家族が楽しめるように作られていて、今でも子供が鑑賞可能な作品かも知れないと感じる。非常に受けるだろうとは言えないが・・・

主人公を演じていたのはボビー・ドリスコールという少年で、特別利口そうな顔つきとは感じなかったが、笑顔がかわいらしかった。当時の有名子役だそうだ。早世したらしいのも、当時の子役らしい。

悪役のジョン・シルバーを演じた俳優は、目つきを思い切り怪しく演じていて、なかなか良い表情だったと思う。今なら、おそらくもっと怖い顔をした俳優が演じて、もう少しリアルな方向で演じるのではないかと思うが、この作品の当時だとオーバーな表情が要求されたんだろう。

この悪役の個性が大事だった。単純な殺し屋では面白くない。利己的な面と友情にあつい部分、少年との独特な関係、頭の回転の良さ、度胸、度量。それらが独特な魅力になるよう、作者が意図して作り上げた個性だと思う。後年の「トレジャー・プラネット」などでも、その点は守られていたようだ。つまり、キャラクターが愛されていたということだろう。

映画についてよく思うのだが、悪役の出来は作品の出来映えに直結するようだ。主役の魅力ももちろん大事だが、悪役にクセがあって、悪いやつだが愛すべき点もある場合、作品の魅力はかなり増す。このジョン・シルバーこそ、その点で代表選手と言えるだろう。

魅力的なジョン・シルバーに対し、先日辞任した今村雅弘・前復興相は、魅力に欠ける印象を受けた。

政治家には悪役の顔をした人が多いが、魅力ある悪役顔の人もいる。今村氏は、そういったタイプではなくて真面目で、腹黒くない人物ではないか?東北地方の人々に対して、深い同情を持っていたのかどうか?そこは簡単には分からないが、テレビで表情を見る限りは、あまりなかったようだ。それを、そのまま吐露したに過ぎないのかも知れない。

氏が東北を目の敵にしよう、復興させまいといった本物の悪い意図で行動していたはずはない。自分に課せられた仕事はちゃんとこなそう、復興支援しようと考えていたはず。ただ、心から同情して献身したいような素振りはなく、淡々と職務をこなそうという程度の姿勢だったのでは?それだけなら、他の政治家も役人もおそらくそうで、際だって酷い人物とは言えない。

氏はJRの管理職だったそうで、日本会議に賛同(所属?)しているせいか、出世が非常に早い。勝手に想像すると、管理する側のイメージが思考の中心にある人物かも知れない。管理させたら優秀。役人タイプで権益を小出しにして大盤振る舞いはしない、情にほだされない、そんな個性を期待されて就任した面もあったのかも知れない。

しかし、復興は情をともなう分野だ。悲しみや怒り、絶望、そして復興にかこつけた欲が渦巻く怖い世界だから、情に対する配慮も必要。無茶な要求も多いと思うけど、それを端的に無茶だと指摘してはいけない。お茶をにごさざるを得ない場合もあるだろう。

要は、嘘が下手だったのでは?・・・もう遅いかも知れないが、悪役ジョン・シルバーの演技を観て、参考にして欲しい。魅力ある悪役、それが目指すべき(?)道かも。

 

2017年4月14日

ターザン:REBORN (2016)

The_legend_of_tarzan

- Villageroadshow, Warner, etc -

コンゴの支配をもくろむベルギー王室は、ターザンを取り引き材料に、ダイヤの入手を狙う。ワナにはまったターザンは、妻を誘拐されてしまう・・・

・・・・DVDで鑑賞。この作品はハリー・ポッター・シリーズのデビッド・イェーツが監督していて、それをウリにしていた。・・・ということは、あんまり期待しないほうが良い、他にウリがないのだろうねと考えて鑑賞を遅らせていたわけだが、概ねその期待通りの出来映えだった。同じジャングルを舞台にしても、「ジャングル・ブック」と比べ、明らかに暗い話。

3D作品も作られていたらしい。おそらく意図は、ジャングルの中をツタを使って行き来する様子を立体的に表現することにあったと思うが、2Dでも充分に迫力を感じた。映像の技術に関しては本当に素晴らしい。動物も景色も、迫力、美しさともに満点だ。

敵役のクリストフ・ヴァルツが、なかなか素晴らしい役割を果たしていた。セリフの中で、自身が何に価値を見いだしているのかをはっきり語り、単純な悪役ではなく、いかにも考えそうなことと納得できる悪役だった。

ターザンは、この作品の中ではあまり重要ではなかったようだ。セリフも少なめだし、元々のキャラクターが寡黙な人のイメージがあるので、ハンサムで体格が良く、動きに無駄がないことのほうが優先される役柄。モデルかスポーツ選手が演じれば良い。脇役が大事だった。

奥さん役は、マーゴット・ロビー嬢で、「スーサイド・スクワット」の悪人ヒロインと真逆の個性だったのだが、充分に品格のある女性を演じていて、非常に存在感を感じた。既にスターになったようだが若いし、今後もっと大作に出てきそうな予感がした。凄い名作を残しそうな気配がする。大スターの予感が。

この作品は、たぶん家族で鑑賞できる内容と思う。暴力シーンもあるが、血みどろの表現はかなりカットされていたようだ。恋人と観ても悪い内容ではないと思う。でも大ヒットはしていない。作り方に、何か問題があったのかも知れないと感じた。

悪名高いレオポルド2世のコンゴ支配を扱った点は、物語の重みを考えると良いアイディアだったと思う。しかし、見ていて辛くなる弊害もある。当時のアフリカ支配は、欧米諸国共通の原罪である。そして、今日もグローバリズムの中心地のひとつがベルギーである。欲に目がくらんだ連中が、今も現実に徘徊している世の中で、その先輩にあたる奴等の話をすると、なんだか辛くなる。

「コンゴ人の次のターゲットは、俺たち一般国民だったのかなあ・・・。」「俺たちの祖先も、この暴虐に荷担していたんだよなあ・・・。」そんなことも、気になるかも知れない。もちろん、気にしない人も多いだろうが。

経済活動には、一定の傾向がある。利益を追求しないといけない。安価な労働力が眠っていれば、それを使って安価な製品を大量に作る。支配力の空白を狙って資源を確保する。マーケットを増やし、もし国外市場が減れば、購買しやすい政策を作ってでも国内市場を再開拓。国民を愛国の兵士、ある時は購買者、または安価な労働力として使う。それらが、共通した手法だった。今もそうだ。

そこを連想させず、自然賛歌、愛と融和の精神に徹して作品を描けば、たぶん観た後の印象が良く、満足感を与えてヒットもしたのではないだろうか?問題からの逃避である。だから、敵は密猟者のほうが良かったと思う。

 

2016年2月12日

誰よりも疑われた男(2014)

Presidioetc

- スリルたっぷり -

イスラム過激派の青年がハンブルクに出現。ドイツ諜報組織が彼を泳がせ、さらに大物の過激派逮捕を狙うが、他の組織との対立を生む・・・・

・・・・派手な撃ち合いはいっさいないのだが、スリルに満ちたスパイ映画。トム・クルーズのスパイ映画とは全く違った路線で、おそらくは興行的にマイナーな映画。でもDVDで静かに観るなら、これは素晴らしい作品と思う。

ジョン・ル・カレの作品は、「裏切りのサーカス」もそうだったが、本物の諜報員が体験しているかのような、リアルなドラマ展開が特徴だと思う。基本的には静かなシーンが長く、カーチェイスや殺人のシーンが中心になるようなことはない。頭能戦が中心だから、子供には受けないし、恋人と観るタイプの映画でもないと思う。

スリルたっぷり、でも、スリルのみだったと言うこともできる。タイトルにも改善の余地ありと思う。

主演のフィリップ・シーモア・ホフマンの演技、存在感が光る。肥満体で、追跡などが苦手な様子が、この役には似合っていた。おそらく独身と思える主人公が、一人部屋で過ごす様子が悲しい。あれが二枚目俳優だったら、逆に絵にならない。少し狂気が感じられるのは、本物のヤク中だったからだろうか?

ハードボイルドタッチになりすぎた感はあった。少し笑えるシーンもあったほうが良いはず。無言で何か考えているシーン、ちょっと気味の悪い目線の使い方など、迫力や怖さを演出するための演出が、テンポを損なったり、娯楽的な要素を失わせたりしたかも知れない。テンポを計算に入れながら、時々ユーモアや追跡や暴力、脅しや罵りあいを入れたほうが良いと思う。

それと、主人公のキャラクターを理解しやすくするためには、生い立ちやトラウマを念入りに解説したほうが良い。ベイルートで作戦が失敗した話は設定されていたが、それが彼の行動に与えた影響が、やや希薄にしか表現されていなかったように感じた。涙ながらに、過去の経緯を許せない!と、激しく表現したほうが良かったと思う。

この作品ではドイツスパイと警察とCIAと、もしかするとイギリス諜報部も連携していたようだったが、実際はどうなんだろうか?直ぐ近くで影響しそうなフランスだって介入していないはずはないようにも思えるし、ロシアの連中がウロウロしていないのも妙だ。

協力して行動することもあるはずだが、顔を始終合わせているなんて、本当だろうか?おそらく街中で食事などやっていたら、敵対勢力に連携ぶりが漏れてしまい、行動パターンを解析される。元々利害が完全に合致した国などありえないので、最低限の情報交換しかしないのでは?ドラマのための設定ではないだろうか?

もしかすると、主人公をヒロインの女性弁護士にしたらどうだったろうか?ホフマン君は悪役になれば良い。つけ狙って脅し、だまし、ひどい行動をとるが、それなりの倫理感に燃えており、情報源を守ろうとするなど、一概に言えない人物像はそのままで、少し視点を変えれば良い。

それによって、話が美しくなる。ヒロインが体験する恐怖に、皆が共感できる。残念ながら太った工作員に共感する人は普通は少ない。立派なヒップを持つ真面目な弁護士のほうが、一般的には同情されやすいと思う。それにしても立派すぎるヒップだった。少しシェイプアップを考えるべきかも。

また、今日の状況では、いかに本人が亡命を望もうと、過去にテロリストと認定された人物がすんなりパスポートをもらえるはずがない。拷問を自作自演でやって入国してくる犯罪者だって多いだろう。その人物が完全にシロと認定することは、ほとんど無理だと思う。監視を完璧にこなし続けることも無理。よって泳がせることなど、実際には許されないと思う。

 

 

2016年1月10日

ターミネーター:新起動/ジェネシス(2015)

Paramount

- 安っぽく -

時空を越えて殺人機械集団と戦う人類だが、機械側も人類の首領を襲い、歴史を変えようとしてくる。互いの駆け引き、攻防を描いた作品。シリーズ第5作。

・・・・DVDで鑑賞。劇場で鑑賞したのは最初の二作だけだったろうか?最初の作品でのターミネーターのしぶとさや、第二作の形状記憶金属のインパクトは凄かった。

この作品の特徴は、老ターミネーターのシュワヌゼネッガーが復帰して、長時間人類と一緒に戦っていること。ヒロインのサラ・コナー役が、代替わりしてカワイ子ちゃん女優になっていたこと。それに今回のストーリー展開により、今後は今までの作品のストーリーが自由に変えられ、こじつけのような解説で納得させられるという流れも特異な点。

だんだん安っぽくなっている印象がある。液体金属の敵の役がなぜかイ・ビョンホンに変わっていたが、あまり意味のある変化ではなかったと思う。分子レベルで人を機械化するという話も、他のSF映画やゾンビ映画から拝借したもので、リアルさは損なわれる。あまり進化しすぎないほうが、かえってリアルになったのでは?

ヒーロー役は、ダイハードでも戦士役を演じていた俳優。たくましいが、特に強い印象を感じる俳優とは感じない。他にたくさん個性的な役者はいると思う。シュワルゼネッガーに注目が集まっても仕方ないので、他のタレントが欲しいと思った。

ヒロイン役はエミリア・クラークという女優だそうで、非常に可愛らしい。日本人にも似たような顔の娘がいそうな気がするので、人種を越えて受け入れられる魅力を感じた。でも、戦士の役柄には合致しておらず、キャスティングが成功していたのか疑問。恋愛映画、コメディに向きそうな女優さんのように思う。

第一作の冒頭シーンが繰り返されていて、CGも使ったのだろう、上手く再現しつつ、新しい展開に向かわせていた。その技術には感嘆した。

この作品が子供に良い影響を与えるとは到底思えない。それなりに楽しんでくれそうには思うが、一級品のSFアクション映画とは言えないように思う。凄くグロテスクなシーンが多いわけではないので、いちおう家族で楽しむことも可能とは思うけど。

このシリーズは、もはやストーリーに関しての一貫性が必要なくなった。敵のターミネーターの能力も、自由自在になりつつある。次回作では、小さな粒子に分裂したり集合したり、壁をすり抜けたりの超能力が可能になるかも知れない。マトリックス・シリーズと混同し、そしてどんどん安っぽくなりそうな、そんな印象を持った。

 

 

 

2015年9月13日

タンポポ(1985)

Touhou

- ラーメンウエスタン -

ふとしたことから、さびれたラーメン屋を立て直すために集まった人達。女店主に様々な極意が伝授される・・・・

・・・・伊丹監督の作品としては、「お葬式」の次の企画だった。全く違った作風で、斬新すぎるというか、支離滅裂のバラバラなシーンが自由につながったような作品。でも、フランス映画などでは珍しくない構成だから、ヨーロッパ的なセンスを持つ伊丹監督にとっては考えた通りの痛快作だったかも知れない。

アイディアは良かったと思う。西部劇をイメージして作られたそうだが、主人公がカウボーイハットを被っている以外は、あんまりウエスタン風の雰囲気ではない。いろんなシーンで、やたら雨が降っているから、乾ききった西部劇映画とは風情が正反対。なぜ雨のシーンばかりにしていたのか、理由が判らなかった。

役所広司がダンディなヤクザ男を演じている。妙な食通らしく、映画館に豪華料理を持ち込んだり、変態的なグルメ趣味を情婦と楽しんだりするのだが、主題のラーメン屋とは関係がないまま終わっている。学生が作る実験映画なら許されるが、普通なら観客は違和感を感じる。

そこを無視して編集を強行した点が、いかにも通の監督の業・・・・大失敗とも言うが・・・だった。たまには妙な映画でも観ないと、面白くないもんなあ・・・

この映画を最初に観たのはいつだったろうか?今回、DVDで鑑賞したのだが、画質は良くなかった。元々のカメラの性能のせいではないかと思う。劇場で鑑賞した際は、たしか気になった記憶がない。したがって、大きな劇場の後ろの方から観たのか、狭い場末の劇場だったのか?大ヒットした作品じゃないから、後者のほうだろうか?

当時、アイディアに感心し、でも何のためにもならない映画だと呆れたり、ウンチク好きそうな監督の妙な趣味が出てるんだろうかと考えたり、個性のある映画でそれなりに楽しませてもらったように思う。作ってくれたことに感謝したい。

劇場主(筆者)は健康的な食事を心がけているから、塩分や油が多くバランスが悪いラーメンは滅多に食べない。わざわざ店に行くことは、さらに少ない。年に一軒行くか行かないか程度。野菜が先に出てくる料理が本来は望ましいと、真面目に思っている。

近所には「大黒ラーメン」がある。‘くりいむしちゅう’の連中も紹介していた店だ。食べれば確かに美味しいと思うが、アベックラーメン、チキンラーメンでも充分に美味しく感じるので、繰り返し行こうとは思わない。若い頃は「こむらさき」によく行ったものだが、時間の都合か、定食に飽きた時が多い。

ラーメン好きは、とことん食べるらしい。宴会の後にもよく誘われる。あれが理解できない。食べ方や味にもこだわりはない。さすがに醤油ラーメンは好きではないから、ミソかトンコツスープくらいにはこだわる。店による味の違いは、よほどまずくない限り、滅多に感じない。並んで待つなども考えられない。

それでも、食べ方のウンチクを延々と話すシーンには好感を持つ。この映画の冒頭にそんなシーンがあったが、バカにしながら見ている分には楽しい。ラーメン好きがいろいろ評価している話も、聞いていて楽しい。理解はできないが、半分知ったかぶり、もしくは思い込みの印象を延々と論じるのは、聞いていて面白い。 

 

 

2015年9月10日

大統領の執事の涙(2013)

Butler

- 良き企画 -

農園育ちの主人公はホテルのボーイからスタートし、やがてホワイトハウスの執事になる。歴代大統領に仕えて高い評価を得るが、妻や息子達とは感情的に対立する・・・・

DVDで鑑賞。このストーリーは事実に基づいているそうだが、どこまでが事実かは判らない。執事を紹介したニュースからアイディアを膨らませ、公民権運動を中心とした黒人たちの歴史をテーマに、ある家族を追うというアイディアが良かった。

大悲劇、大活劇ではないが、実に良くできた企画。人種差別、家族の対立と愛情、懐かしい歴代の政治家、それらがストーリーに上手く織り込まれ、悲しく重く、しかも美しい話になっている。よく考えてあった。真実の重みのなせる業かもしれない。話も良く、俳優も良く、雰囲気もテンポも良い。

主人公を演じていたのはフォレスト・ウィテカーで、彼自身が大活躍するわけではなく、ボーイや執事として、実直に働くことが生涯のほとんどを占めているわけだが、そんな彼の家族は彼に反発し、アル中になったり学生運動に熱中したり、主人公を悩ます。その流れが自然に描かれていた。子供との関係は実話かも知れない。

オブラ・ウィンフリーに似た女優がいる・・・と思ったら本人だった。目のあたりが随分と変わっていた。かってはギラギラした目をしていたのに・・・

歴代の大統領役がよく選んであった。ニクソン役はイメージのせいだろうか、随分と厳しい表現だった。逆にケネディ役は格好良すぎる。アラン・リックマンのレーガン役は表情がそっくりだった。ナンシー役を懐かしいジェーン・フォンダが演じていたが、彼女だとは紹介されるまで気づかなかった。

マライヤ・キャリーが母親役で出演していたが、随分と太っていた。彼女は肥満とダイエットを繰り返しているようだが、早死にしそうで体に良くないと思う。チョイ役に過ぎなかったので、彼女が出演する必要も感じなかった。

公民権運動の根深さには驚く。南北戦争でいきなり平等になったかのような勘違いを子供時代はしていたが、警官の暴力によっていまだに暴動騒ぎが繰り返されるのを見ると、完全な解決にはまだ数百年かかるのかも。

人種の違い、見た目の違いは、生理的な反応も関わるから、根深いものがある。一般的に日本人の感覚だと白人は美しいようなイメージがあるが、中には天狗そのもののような奇妙な顔の人もいる。自分の周りに天狗族が住んでいたら、仲良くできるだろうか?見た目だけで難しいかも。

そんな単純な感想が、いまだに人種差別につながるのかも知れない。加えて、長い差別と暴力の歴史、経済的格差なども絡んで、解決策など到底思いつかない状況。レストランの白人用の席に座り込むなど、その場で命を落としかねない行為。よくやれたものだと思う。

ホワイトハウスに勤務していれば、凄い緊張を強いられるはず。秘密厳守はもちろん、自分が敵国の手先とならないかについて、始終チェックが入ると思う。評価の仕方も厳しいものだろう。万が一、買収されて大統領に毒薬でも入れられたら大変だから当然。緊張のあまり、家族がほったらかしになる傾向は、実際にもあるのでは?

ホワイトハウスについて意外に思うのは、脇の道を通って公園に行く際に、入り口の警備が簡素で、例えば10人くらいのテロリストがいっせいに攻撃したら、簡単に中に入れそうな構造だったこと。フェンスも、思い切れば簡単に越えられる高さだった。

執事の家に押し入って、家族を人質に取った場合、爆弾や毒薬を持ち込ませることは充分に可能ではないか?だから、執事の家族が様々な人と普通に交流し、酔っ払ったり不倫めいた行動をとろうなんて、監視員の注目を集めそうで、とても容認できない気がする。

日本の官邸がどうなっているのか気になった。宮内庁の侍従などには有名な方も多いが、首相官邸の場合は首相がコロコロ変わることもあって重みがたりないのか、あまり注目を集めていない。総務省かどこかが雇用して、迎賓館や官邸の間で勤務交替したりしているのだろうか?いずれにせよ、日本の官邸勤務者は映画にはなりそうな気がしない。

官邸の料理人が主役の映画ができたとして、覚え切れないうちに次に代わっていたりする・・・そんなギャグも最近まではありえた。安倍総理の役は誰がどんな表情でやるのか、そのへんは見てみたい気がするが。

 

2015年7月30日

太平洋の奇跡 フォックスと呼ばれた男(2011)

Photo9

- 判断も奇跡も必要ないよう -

米軍によるサイパン島の占領後、日本兵は山岳部に逃げ込んでゲリラ戦を展開していた。米軍が追撃してくる中、隊長は作戦継続するか投降するか判断を迫られる・・・

・・・・史実に基づく話らしい。7月12日、衛星放送で鑑賞。

この作品は全体に大人しい。子供がワクワクする活劇ではない。グロテスクでリアルな血まみれのシーンもない。でも、戦闘シーンはかなり迫力があって、攻撃していく場面は見事。

とにかく、最近は戦争ものが非常に多い。政府のせいだろう。妙な法案を審議するから、視聴率が上がるとテレビ局も思うはずで、あまり人気が上がらなかった作品でも、まるで大ヒット作のように放映されている。この作品も、公開時にはさほど評判にならなかったと記憶している。もちろん、観に行かなかった。

おそらく主演が竹之内豊だったことは、興行成績に関係している。竹之内は映画スターではなく、テレビドラマの脇役に近い存在だから、いかに演技力がある二枚目だろうと、大ヒットは狙えない。今の日本の若手俳優で、真面目な映画でもネームバリューだけで客を呼べるのは誰だろうか?ちょっと思いつかない。

竹之内の演技は悪くなかったと思う。少なくとも、アイドル出身のタレントよりはずっとレベルが高く、落ち着いた役者ぶりだった。迷いや悲しみ、恐怖の感情も上手く演技できていた。オーバーすぎず、わりと淡々と演じていた点は良かったが、逆に言えば盛り上げには欠けていたかもしれない。

声が低くて美しいが、声量が小さめだった。冷静な人物として描くことは分かるが、マイク、音響技術を駆使して、もっと分かりやすく、聴き取りやすい話し方にして欲しい。静かな話し方でも、よく響き、説得力のあるように加工することは出来ると思う。

武士の映画、軍人の映画の場合に思うことがある。主人公が冷静で、静かな話し方をする場合、セリフが聴き取り難いことは多い。おそらく現場では響く低い美しい声であっても、放映される場合は何か加工しないと、大きく叫んだ声に圧倒されて、よく聞こえないはず。昔はともかく、今はデジタル加工で何でもできるので、意識して欲しい。

また、静かなセリフの場面では、いかに迫力や説得力、その人物の魅力を表現するかに注視しないといけない。普通の演技ではなく、あたかも舞台の上で、音が響き渡るかのような感覚が、ロケ地の拡がった空間でも感じられないといけない。そこらが、必ずしも上手くいってない作品は多い。

ヒロインは井上真央だったようだが、どうも彼女の役は必要なかった気がした。真剣な表情、懸命な様子は分かったが、当時は軍人に文句を言える人は滅多にいなかったと思う。特に追い詰められた状況の場合、文句を言ったら直ちに殺されてもおかしくなかった。堂々と皮肉を言うような演出はリアルではない。

中嶋朋子がひっそりとヒロインを演じても良かったはず。それにしても、中嶋の痩せ方は酷い。戦時中の人間みたいだ。したがって、この種の作品には常に需要がある。でも体調を気にしたほうが良い。

敗戦の時に限らず、連絡、指示の仕方が気になる。奇跡がなくても、隊員がちゃんと仕事をこなし、できれば生き抜いていけることが望ましい。奇跡など必要ない。

各地で終戦を迎えた部隊に対し、日本軍の上官たちはどのように行動したのだろうか?連絡が届かなくて現地に残ったままの兵士は多いはずなので、武装解除の連絡をどうするか、直ちに考えないといけなかったはず。でも、上層部は部下に指示を出す余裕がなかったかもしれない。

仮に指示を出しても、遠い南洋や満州にまで連絡が届いたかどうか怪しい。では予め、終戦が決まったら勝手に現地で武装解除に応じろなどと指示すると、敵の諜報に乗せられて捕虜になってしまいかねない。軍の内部の、どのレベルから降伏の指示が出てくるか、どうやって確認するか、そのへんが明確に決まっていないと、混乱した状況の戦地に行くのは怖い。

戦犯になる危険性が高く、肝心な時に行動できないような人物に指示させてはいけないことになる。現地の司令官クラスで、生き残った連中の一番上の人間が、現地で武装解除に応じるかどうかを素早く判断する、そんな規則がないといけない。

小野田少尉は、おそらく上官も想像できないまま生存していた稀な例外だとは思う。しかし、仮に早い時期に、大々的に上官の名前で投降のビラが来ていたら、もしかすると無駄な作戦に従事することなく、早く帰還できていたかも知れない。軍のルールに問題があったはず。

政府が今進めている法案も、結局は現地に行った隊員が、このような時にはこうしてよい、こうしてはダメという規定が完璧に決まっているかが大事。厳しい判断に苦慮する必要がないほど規定を作っておかないと、作戦に従事させられるほうはたまったものじゃない。

後で、そのような事態は想定外で、検討しておりませんでしたという事がないようにしなければならない。立案の段階で、その詳細が検討されていないといけない。それができていない法案は、意図を隠したまやかしと思う。まやかしには嫌悪感を覚える。

 

 

2014年12月27日

単騎、千里を走る(2005)

- クセあり -

息子が末期癌となり、父は息子の意志を継ごうと、単身中国奥地の農村に赴き、そこで住人の演舞「単騎、千里を走る」を撮影しようと考えるが、障害が次々と発生・・・

・・・DVDで鑑賞。美しい山々の光景が見事だった。農村の人たちの素朴さや国を越えた友情が上手く描かれていた。家族で観ることができる作品だと思う。

そのいっぽうで、役者の演技のテンポが遅く感じられ、演技の多くも自然さに欠けている印象を受けた。本職の俳優ではない住民の参加もあったのかもしれないが、学芸会っぽい動きが所々に見られて、やや興ざめする場面もあった。ラストで主人公が海を眺めるシーンが急に出て終わるのは、さすがに唐突すぎないか?

見方を変えると、素人っぽさが良い味を出していたと言える。現地ガイド役の男性などは非常に良い顔をしていて、日本映画でも時々登場する‘一般人役’専用の役者のような自然さが良かった。

監督のチャン・イーモウは国際的に高く評価されているらしいが、リズムやテンポの点でハリウッドの監督たちとは異質に見える。子供の頃から映画を見つづけた世代ではない関係か、妙な間合いで会話したり、くど過ぎたり独特に感じる。観ている側の慣れの問題かも知れないが。

昨今の日本映画の監督より優れていると感じる部分もあった。主人公の息子がとうとう登場しないのは、せっかくだから対決させて盛り上げようといったアザトイ演出が好きな日本の監督より技巧的で意欲的。小さな演出だったが、こだわりが感じられた。もちろん、日本の監督にも同じような演出をする人はいるが、安っぽい人も多い。

苦労して活動しているが、主人公の息子が本当に「千里走単騎」を見たかったのか曖昧になるし、現地の人達と非常に親密だったわけでもないらしいと分かるなど、主人公の行動の足を引っ張るような出来事が次々と発生する流れが非常に上手く出来ていた。意味がないかも知れない目標に執着する・・・そこには哀愁のようなものとともに、息子への想いや自分の過去の言動への反省など、漂ってくるものがある。美しい話になると期待できる。

途中で出てくる村人の議論が面白かった。日本の集落でも何かを決めようとする場合に、屁理屈めいた論理を長々と演説する人物は必ずいる。中国の場合、より主張の仕方が激しい傾向があるように想像するが、この作品の中では大声で怒鳴りあうシーンはなく、問答無用の態度に徹する役人もいなかった。

行ったことがないので解らないが、実際の中国では正論だろうと何だろうと、保身のために黙殺する役人が圧倒的に多いのでは?役所はどの国も酷いが、中国の場合は一党独裁で手続きの管理が厳しいから。

主演の高倉健は、年齢相応の役柄を上手く演じていたと思う。この役のキャラクター設定は、たぶん最初から高倉健をイメージして作られたのではないだろうかと思った。あまりに無言すぎる場面も多い。ビデオを作製するシーンは感動的だったが、でもかえってわざとらしく、韓国や中国流の盛り上げ方に過ぎないとも感じた。

いかにも盛り上げるか、そしてわざとらしくならないか、テンポ、観客の納得のいくような解りやすさなど、国によって差がある部分はまだ多い。やがてハリウッドスタイルの演出に皆が慣れて、同じようなテンポでないと違和感が感じられるようになれば、妙なテンポに戸惑うことはなくなるのだろうが、それはそれで寂しい。

当時はどうだったか知らないが、今の中国の農村に主人公が行っても、まったく相手にされないだろうと思う。通訳は契約事項以外のことにサービスしてあげることは考えにくいし、役人も交渉すら拒否、村人は白眼視では?暴力沙汰も、時期によってはありうる。

 

 

2014年11月18日

ダラス・バイヤーズクラブ(2013)

- 問題継続 -

エイズに罹患したカウボーイ。薬を入手するために密輸組織を設立するが、FDAなどの政府組織と衝突することになる。彼の戦いを描いた作品。DVDで鑑賞。主演のマシュー・マコノヒーや助演のホモ役ジャレッド・レトがアカデミー賞を取っている。確かにアカデミー賞もんの演技だった。

実在の人物をモデルにした話だそうだ。おそらく主人公に相当する人は純粋に商売になるから薬を扱っただけで、それで多数の人を救うといった高尚な考えはなかったように想像した。この作品でも高い理想を掲げて事業を始めたような描き方はしていない。ただのヤクの仲介人だったというのが真実だろう。でも、それが映画の題材になるとは・・・

聖人君子でない主人公を描いたことにより、この作品の迫力は凄くなった。ひねたアンチヒーローの主人公で犯罪者であっても、筆者は同情を禁じえなかったし、活動に喝采を送りたい気持ちになった。皆がそう感じたなら、映画としては最高の出来栄えだったことを証明したことになる。

でも、この作品は子供には向かない。人道的な面で優れた映画と思うが、犯罪者を英雄視するのは大人になってからで良いと思う。この作品は本当に上手く描いているから、子供に強いインプレッションを与えてしまうだろう。また、恋人と選ぶべきテーマの作品とも思えない。基本は一人、もしくは同性の人と鑑賞すべきでは?

役のために著しく体重を減らした俳優達の根性に驚く。専門家がついて栄養管理をやったに違いない。日本でマリファナの業者がヒーローとして描かれる日が来るだろうか?危険ドラッグを扱い続けた人物が英雄?いかに有能な人物であろうとも、中毒を来たす可能性がある嗜好品を扱う人物は、常識的には許容し難い。アメリカならではの考え方がないと、こんな映画は無理だろう。

ジェニファー・ガーナーがヒロインの役割だった。理知的で人道的そうな印象が上手く出ていたが、演出がやや目立ちすぎた印象も受けた。脇役なんで、登場時間を短く、しかし印象に残るような、他のやり方があったと思う。

ホモセクシャルな人への偏見、HIVウイルス感染者への人道面での酷い扱い、それらを強烈に表現していて、観るに耐えないシーンもあった。昨日までの友人が突然非人間的な態度をとってくると、怒りとともに情けない気持ちでいっぱいになるだろう。当時の患者は本当に気の毒だった。

患者に実験材料になることを強いて、それ以外は法律で規制し、自由な治療法の選択を認めない・・・今でもそれが治療法開発段階の状況と言える。当人にとっては、とてつもない境遇となる。その問題点が、この作品のテーマ。問題は今もそう変わってはいない。いっぽうで、患者に勝手な薬物処方を認めたら、健康被害は怖ろしいものになる。販売が善意によろうとも、ある程度の法の規制は必要。それが製薬会社の利益に直結しない形でというのが大事だが。

例えば、アフリカのエボラウイルスの感染者が、富士フィルムメディカルの薬を日本から仕入れて勝手に試したら、その薬が効いているのかどうかの判定を狂わせてしまう。判定不能となれば、それ以降の治療に何を使えばよいか分からなくなる。だから勝手は許さず、効く可能性が高い治療法でも使わせないでおく・・・本人は堪らない。

AZT(レトロビル)は、この作品では悪い薬として扱われている。開発当時アメリカで研究していた満屋教授が、会社に権利を取られたといういわくつきの薬だが、当時は「エイズの特効薬を日本人が開発し、レーガン大統領にも感謝された・・・」などと、熊大の先生方は誇らしげに語っていた。私は特効薬がありうるの?と疑問に感じたが。

もともとは抗癌剤として既に開発されていたから、確かに製薬会社の権利は大きいと思う。特許というより、あらたな適応を見出したに過ぎないので、何も権利を得られなくても仕方ないかも。価格設定に関しても、会社が医療人から強制される理由はない。会社と行政機関の責任だろう。

でも当時の社会的要望を考えると、低めにするほうが明らかに望ましい。低所得者に患者が多いことは明らかだったから。不当に価格を上げるような操作があれば、道義的な責任とともに、犯罪としての疑いも考えざるをえない。実際、既に製造法が開発されていたことを考えると、金をむしりとったという表現も外れていないだろう。

詳しい話は知らないが、当時の熊大第二内科にはATLなど、ウイルス性血液病関連の研究者が多く、大学に免疫関係の教室が揃っていたことも都合良かったのだろう。私もリンパ球の培養法を少し習ったが、職人技のようで理解不能な手順だった。満屋先生は抗ウイルス薬に関して知識を持って留学し、NIHなどでさらに研鑽されていて、良い時期に良い環境の下で成果を求められている状況だったと思う。他の時期、他の専門だったら成果は難しかったはず。

ある意味では企業側から利用される危険性も大きかったはずで、会社側は研究者と協力しつつチャンスを見て独占的な利益を得たい、後は訴訟に勝てば良い、研究者が破滅しようと知ったことではない、そのような流れがあったのでは?巨大製薬会社は単純な考えでは生き残れない。目から鼻を抜くアザトサも必要ではある。

やがて満屋教授はノーベル賞を獲るような気がするが、AZTの事件で破滅せず、次々と改良版の薬剤を開発できたからこそ。あれでへこたれるか、左遷されて失意の状態で日本に帰ってくる人が多いのだろうが、周囲の理解があったのだろう。薬の害が大きくて、責任を問われてクビになっていたら、失意のまま終わっていたろう。

病気の深刻さも関係しているかも。なんとかして治療法を生み出さねば、大勢の若者がただ死んでいく状況だった。多少生意気な日本人であっても利用し、成果を出してもらわないと困る状況。理解を示し、協力してあげないといけない状態だった。それに乗れた面もあったろう。

筆者はエイズの薬を処方したことはない。AZTが怖ろしい薬というのは知ってはいたが、そもそも抗ウイルス薬に副作用がないものがなく、安易に認めなかったFDAの対応も理解はできる。スピードを重視せざるをえない状況とは言っても、比較臨床試験なしに何でも処方すると評価が難しくなり、結局は治療法を確立できない。

この作品ではFDAがマフィアみたいな扱いで表現されていた。実際はFDAの評価を参考に日本の医者は処方している。日本の薬事行政や学界のほうが信用できない。よりマフィア的で官僚的。日本で最初にエイズが発生しなくて良かったと思う。もし日本発の病気だったら何も対処できず、皆が悲惨な最期を迎えることになったはずだ。

ただしFDAも完璧ではないのだろう。特に患者自身にとっては、「お前らを研究材料にして治療法を探すから、我慢せよ。」と言われたら、怒らないほうがおかしい。犠牲を強いられて、それで合法的であるのは、当人にとってはたまったものじゃない。

日本の学者にインターフェロンを買いに行くシーンがあって驚いたが、日本の場合は問屋を経由して普通の商取引で購入できるわけだから、既に発売されている薬の場合は確かに何の問題もなく手渡しできたはず。でも非常に高い値段だったはず。そもそも効果があったのだろうか?

今はたくさんの抗ウイルス薬があって、とても覚えきれない。おそらく、肝炎ウイルスの排除ができるくらいだから、やがてはHIVウイルスも完全治癒に持っていける時代が来るのだろう。エイズは今でも大きな社会問題。ジワジワと死んでいく点も非常に悲惨だった。今はかなり改善されているようだが、病気の経過が長くなったことで、思わぬところで身近な問題になるかもしれない。

エボラ出血熱という、また怖い病気が新たな問題となっている。一頃は収束したように思っていたが、やはりウイルスは形を微妙に変化させながら続いているようだ。問題は空気感染をするようになるかだけと思っていたのだが、勘違いだったかもしれない。医療関係者が多数発病するということは、簡単な手洗いくらいでは防御できない感染力を持っていると判断せざるを得ない。

経過はHIVより早いので、対処法で悩む間もなく勝負が決まってしまう点でエイズとは性格が異なる病気。どう防御するか、発生したらどう対処するか、特に医療関係者が非常に難しい立場になる。診療を拒否しないと感染を伝播させてしまうなら、無慈悲にも拒否すべきとなる。まだマニュアル、指針の類はできていない。人の移動が活発な今日、空港などを介して日本に病原体が流入する時間は確実に迫っているはず。

 

 

2013年12月29日

ダイハード/ラストデイ(2012)

20fox

- 敵に問題あり -

ロシアで事件を起こした息子を尋ねてモスクワを訪ねたマクレーン氏。しかし、ロシア政財界の大物が絡んだ陰謀に巻き込まれていたのだあ~というアクション映画。

DVDで鑑賞。さすがに劇場で観る気にはなれなかった。しかし、カーアクションやビルから落ちていくシーンは凄い迫力で、劇場で観ても良かったかも知れないとも思った。ストーリーは、このシリーズ独特のお約束という気もしたが、アクションに限れば高度なレベルだった。

ヘリが二人に向かって攻撃して来て、ビルや発電所跡の屋根から飛び降りるシーンが2度あった。いずれもCGで炎などを合成していたように見えたが、飛び降りる時にスローモーションに変わった点が気になった。むしろ実速の映像にして、リアルさを優先したほうがよくなかったろうか?迫力を強調するより、リアルさが大事だった気がした。

ロシアで撮影したのか解らなかったが、公道の一部を使っていたなら、相当な交通規制が必要だったに違いない。長く、しかも迫力満点のカーアクションシーンは見事だった。死者が何人か出てもおかしくないような派手さだった。マクレーン氏が骨折してないなんて、絶対におかしい。

主人公と息子氏の会話は、ぎこちない印象を受けた。そんな設定だから仕方ないかも知れないが、もっとドラマ的に盛り上げることもできたような気はした。

息子のキャラクターにも疑問を持った。通常、対立している親子なら外見も性格も全く正反対のほうが良い。マクレーン刑事の反対となると、クールなイケメンで、旧来のスパイ映画のヒーローのようなダンディタイプのほうが自然。ことごとく父親の下品さを嫌うといった、笑えるほどの差があったほうがいい。同じ系統の個性では盛り上がらない。

正反対の個性と思えた息子が、親と行動を共にする中で徐々に暴れっぷりが良くなり、協調して行く・・・それが昔からのドラマの伝統だと思う。それではいけなかったのだろうか?

女性が目立たない映画だった。クールな悪役女性が一応出てはいたが、最初のほうで種明かしのように個性を見せえてしまったので、途中の驚きが損なわれてしまい、スタッフが考えたほどの盛り上がり、意外感が得られなかった印象。あれはお色気シーンを狙ったのだろうが、後ではいけなかったろうか?

20fox_2

また、悪役男性の個性も疑問。稀代の策士、情け容赦もない極悪人、主人公と息子の仲を利用してワナにかけようとする、そんな究極のワルであって欲しかった。第一作のハンス君が最高の悪役だった。あんな個性の敵が欲しい。

このシリーズ、この作品で確かにラストだろうと思った。時々、私の想像を超えてシリーズの最新作が出てしまう映画(スタローン氏の映画)もあるが、いくら何でもマクレーン君が杖をついて出てくるような作品は誰も観ないだろう。もしや息子君が後をついで2代目ダイハード男を襲名する?ルパン三世というアイディアもあるくらいだから、日本人の3代目が活躍するアニメが誕生しても不思議ではないとは思うものの、さすがに恥ずかしい。

 

 

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

| | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | |