映画評

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Conflict of Interest

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カテゴリー「せ」の42件の記事

2016年12月13日

戦艦バウンティ号の叛乱(1935)

Mgm

- 規律の重要性 -

パンノキ収集を目的にタヒチに向かったイギリス船。船長の暴虐に腹を立てた船員達は叛乱を起こす。しかし、船長はしぶとかった・・・・

・・・・第8回のアカデミー賞を取っている作品。古い映画だが、技術的に高度なものを感じた。当時としては、かなり金をかけたロケ、映像の合成をやったに違いない。船の実物をどうやって調達したのだろうか? 暗い屋内のシーンも、よく写っていた。

主役はクラーク・ゲーブルだろうが、最も重要だったのは悪役のチャールズ・ロートン。30代で出演しているはずなのだが、メーキャップ効果で60代にしか見えない。悪役が素晴らしかったので、映画も出来が良かったと思う。

今日でも鑑賞できそうなレベルの劇と思う。したがって、当時は斬新に思えたのではなかろうか?同じ時期の作品には、あまりにも古い演出が目立って鑑賞に堪えられないものも多い。センスの良い演出、編集、そして当時最新の映像技術が使われたのだろう。

よく出来た映画と思うのだが、今の人達に話として非常に面白いとは思えない。CGがないから今の子供達が楽しめる内容とも思えないし、恋人と観る場合も、さすがに古さが目立つのではなかろうか?恋の表現方法が古い。やはり、クラシック映画好きな人間でないと、この種の作品が支持されるには無理があるだろう。

英国海軍の話が、なぜハリウッドで映画化されたのか?その点が疑問。軍隊内部では今でも懲罰めいた特訓があるだろうから、大戦前の時代では軍隊内部の無茶なルールに警鐘を鳴らす意図があった可能性もある。あるいは、遠い異国の地での冒険話は、海賊物語と同じようなエキゾチックな魅力に満ちるという感覚があったのか?

反乱側の冒険を重視して描かれたようには感じなかった。暴虐に耐えきれないことや、人間性を重視した結果の反乱という表現ではあったが、アウトローを礼賛するほどの描き方ではなかった。当時としては、これが限界だったのだろうか?時代のことを考えると、あるいは一種の「蟹工船・英国版」といった階級闘争、反体制のセンスが根底に流れているのだろうか?

横暴な上司に関連して・・・・・最近、パク・クネ韓国大統領が辞意を表明した。本人はどうか分からないが、友人が横暴な人だったらしい。

スキャンダルで大規模なデモが起こっており、誰も支持してくれない状況だったから諦めたことと、本格的な弾劾手続きを回避したい意図があったと報じられている。パク大統領本人は、特に蓄財に励んだりはしていなかったようだが、取り巻き連中が権威を笠に着て、情報や金を集めていたのは事実らしい。

映画のほうの船長の権威は、イギリス海軍の権威である。規則があるから、忍従しないといけない。そして実際に有能な航海能力があること、過去の実績なども重要な権威の要素だったと思う。パク・クネ氏の場合は、大統領の職と父親の代からの名声であろうか?現職の大統領というだけで、権威は充分にあるものだろうが、失敗も多かったので、今回の件を乗り越えることはできなかったようだ。

船長の場合は第一士官の反逆、大統領の場合は与党の非主流派が反旗を翻したことが失敗の大きな要素だった。反乱は近い者から起こるものらしい。自分らが道連れになって沈むのが怖くなると、近い人から裏切りが生まれやすくなるもののようだ。

支持者に囲まれた状態なら、たとえ大規模なデモが起こっても、意気消沈することはないかも知れない。日本の首相もたびたび支持率が低い状態になっていたが、与党内部が強固な状態なら、延命はできる。おそらく、船長も士官達だけはしっかり味方にしておかないといけなかったのだろう。部下に心遣いは必要だから信賞必罰、優れた仕事には敬意を表し、恐怖のみに手段が偏らないように注意しないといけない。

部下の選択は重要。下層の人間のことより、自分の命令を大事にするような人物を重用し、人間性を重視する人物を排除する必要がある。残酷な罰で部下を従わせることも厭わないほうがスムーズに行く。そんな仕打ちを、劇場主も受けてきた。自分の保身のみを考えるなら、そんな風に考えるべきではなかろうかと思うものの、劇場主はやりたくない。自分の精神に良くないからだ。

人間性を重視する人の場合は、船長のような運営方法は最初からできない。集団の利益を優先する場合も、船長とは手法が違うと感じるはず。おそらく、もっぱら恐怖を管理の手段としていると、そうやっている自分に耐えきれず、精神が破綻してしまうだろう。職務の性格に応じて、規律第一か人間性重視か選ぶべきだろうと思う。

私のような中小企業主なら、人間性優先でも仕事を維持できる。だから、そうしたい。一国の大統領の場合、責任が非常に重いから、人間性よりも国家の維持発展を第一に考えないといけない場合が多いのかも知れない。規律第一、命令と法律の実行を徹底することが基本方針になる。大統領自身も規律に縛られてないと、行動の根拠が失われると考える。

船長は、自分のフトコロに船の物資を入れていたようだ。しかも、それを部下のせいにしようとしていた。その点が、反乱の原因のひとつにもなっていた。トップの人間は、ちょっとしたワイロ、贈答品のやりとりにも神経質になるべきなのに・・・

パク大統領の場合、強固な取り巻き補佐官を重用したことは、間違いではなかったろう。そこからの裏切りはなかったようだ。でも、そこで守られているからといって、国家機密の保持を適当に考えてはいけない。資格のない人物に機密を見せることは、たとえ誰も見ていない状態でも許されない。最低限の規律のセンスが足りていなかったようだ。

 

 

2016年10月26日

戦争の社会学 はじめての軍事・戦争入門(2016)

- 光文社新書 -

橋爪大三郎という学者が独学で学び、まとめた内容らしい。戦争に焦点を絞って国際交渉の歴史を整理したといった内容で、簡潔明瞭だった。

戦争の理論に関して、一般人が学ぶ必要は通常なら全くない。平和な時に、戦争の理屈を学んでも役に立たないし、理解も難しい。でも、戦時においては一般住民が当事者になる可能性もあるので、そうも言っていられない。昨今は政府要人のきな臭い言動が続いているので、安穏としているのも気になって、この本を買った次第。

したがって政府には、この本の代金を請求したい。

今日の戦争の多くは、資源の権利をめぐる争いなど、経済的な対立が主な原因となっているはず。他は宗教、人種、領土そのものの争いが多少関係している。経済的な面から戦争を論じる学問、戦争経済学とでも言うか、それがあれば、さらに理解が深まるように思う。経済の分野に関しては、この本には書かれていなかった。

話は変わるが、診療所には政府からの指示書が送られてくる。たいていは厚労省のなんとか局から、「・・ワクチン接種においては注意しろ」「・・・病の疑いがあれば適切に対処しろ」といった内容を、可能な限り読み辛くした文章。要点が曖昧で、誤解を誘導し、責任はとらない表現方法に終始している。

もし戦争が起これば、おそらく同様の文書が部隊の司令官や、各自治体、もしかすると情報端末を介して現場に送られてくるのだろう。たぶん指示書は同様に意味不明の内容で、読んで理解する間に、敵にやられてしまいそうな気がする。大事な文章では曖昧さをなくし、責任の所在も明確、指示された側が対処しやすいことが必要。そうでないと現場は動けない。命令が間違っていて、後で自分に責任を押しつけられるのが、兵士にとっては一番困る。

戦争理論の本では、その点を強調してもらいたい。過去の命令書、指示書を分析し、その欠点を明確にしておくことが勝利につながる。その点も、この本には書かれていない。命令の正しさ、根拠を理解できることなどが実戦現場においては戦争理論より大事なのかも知れないのに・・・

戦争理論の勉強は、あらためて思ったが必要である。世論というのも、戦争の約束事を理解していないと正しく成立できない。敵国が何か仕掛けて来た場合に、ただ憤慨するばかりでは敵の思うつぼ。意味合いを理解し、厳重に抗議すべきか無視すべきか、対抗措置をとらないといけないのか、そこを理解できないといけない。

それを分からないままで作られた世論は、国の進路を危うくする。国民の意志が一致していないと、大国と対峙することは難しい。だから対外的な政府の見解として官房長官が語る内容は、各種の条約、戦争理論などから考えての解説であることが望ましい。そしてできることなら市井の井戸端会議でも、戦争論を高いレベルで語れるようにしないといけない。それは国のレベルに直結するはずだから。

ただし思うのだが、本にとりあげられていた理屈は、欧米の理屈でもある。植民化された地域の都合や、イスラム諸国の理屈が反映されたとは言えない。正しいか正しくないかといった観点ではなく、実力や戦争の結果が成したコジツケ理論体系のようなもの。常に都合良く変化させられていく類のものと思う。

おそらく独自の戦争理論を、各国が論じているのではないだろうか?北朝鮮も、軍人達が懸命に理論を進化させ、自国の正義、権利の追及を目指しているに違いない。もし北朝鮮が世界制覇に成功したら、その理論こそが戦争論の正道となるはず。基本は実力が全てを決めると考える。

だから、戦争に関わる理屈は全て、個々の交渉における参考ルール、表向きのお題目にすぎない。過剰に期待してはいけない。力の裏付けなしに、理論だけを追及してもいけない。その点も、本では触れられていないようだ。

戦争理論は、そもそもが屁理屈と言える。同じように兵器を使って戦い、ある場合は捕虜となり、ある場合は問答無用で銃殺、その違いを規定するルールなど、人道に反していないはずがない。戦争は違法でないという理屈は、あくまで勝者側の理屈。仕掛けられた弱小国側から言えば、戦争は不当に人権を侵害しているから、絶対に違法である。

戦争は最悪の人道違反。これは基本である。もちろん現実的には、歴史的力関係によって成り立った観念には、とりあえず表面上、公的なコメントとしては従うしかない。だが、それはやむを得ずである。非人道的な連中が聞いておいでで、スキを突いてくるからだ。でも、我々の脳の奥底まで非人道的理論を浸透させてはいけない。その点も間違わないように表現すべき。それを怠っているように思う。

 

 

2016年10月 2日

1000億円を動かした男 田中角栄・全人像(2016)

- 文藝春秋8月増刊号 -

2016年は田中角栄が再評価され、様々な書物が書店に並んだ。いっぽう参院選挙では、田中氏の娘婿である田中直紀氏が落選し、田中家に属する議員がいなくなったという。なにか象徴的な感じもするが、とにかく一時代が終わったということだろうか。

想像に過ぎないが、田中氏は実際には兆単位の金に関わったと思う。個人だけで実際にそれだけ収入があったという意味ではないが、国の金を動かす大きな流れを作っていた。彼が関わって動いた金は大きいはず。

劇場主が子供の頃の田中角栄は、ヒーローだった。小学生時代には今太閤と言われるほどで、その後逮捕され、裁判になって引退しと、我々の世代は彼が下り坂になった時期のほうを長く目にしていたが、子供心に力量や行動力には敬意を覚えていた。子供にも分かる魅力があった。他の政治家は、老いぼれか口先だけ、嘘八百の軽薄な人物で、実行力もないが、角栄は違うぜ・・・そんなイメージがあった。それに、権威が失墜したから判官びいきの感情が起こったのかも。

文藝春秋社は田中角栄と因縁がある。そこで数ある本の中から、この本を選んで購入。石原慎太郎氏の書籍が一番売れたように聞いているが、石原氏にはアザトさを感じるので買ってあげないよと思った。これで、せめて角栄氏に義理立てしたつもり。劇場主は義理人情にあついのだ。しかし考えてみれば矛盾していた。文藝春秋こそが角栄氏を糾弾したんだった!うっかりしていた。

本には竹下登をはじめ、ゆかりのある人間の文章がたくさん入っていたが、縁が深いはずの人物で何も書いていない人がいる。投稿を断られたのかも知れないし、出版側に何かの取捨選択があったかも知れない。内容が公平なものかも、判断できなかった。能力や実行力を評価し、懐かしみ、親しみを込めた批評が多かったものの、疑惑の本筋、証明が難しい内容は避けていたように思う。その関係で、非常に興味をそそる本とは言えない。そして各々の文章が書かれたのが、相当前のものが多かった点も、価値を下げる方向に働いたかも知れない。

そもそも、文藝春秋社の会社としての性格が気になる。立ち位置がどんな具合なのか理解できない。石原慎太郎氏がよく文章を載せているくらいだから、タカ派系の雑誌かと思えば、どうみても左翼くずれじゃないかと思える人物も寄稿しており、じゃあ中立を維持しているかと思いきや、変人奇人に近い極論をも掲載する。どんな意見も、適当に掲載しているだけなのか?

おそらくタカ派として安定的な購読者を得ることと、ブランド力や影響力を維持すること、必要に応じてスキャンダルのスクープをやることで、調査係や公表係として役人やその他の様々な勢力の便宜を図ること、それを深い付き合いによって特権的な情報入手が可能な、国内では希有の雑誌社かも知れない。

そして文藝春秋では、米国政府を攻撃する内容は少ないように思う。米政府の意志が、編集現場にまで及んでいないか、そこは気になる点。戦前から存在した出版社で軍部に協力した過去がある関係で、再出発時には縛りや監視が加えられたはず。もちろん、これは確認できないことだが、いまだ管理下にあっても不思議じゃない。

巣鴨に入った後、無事に出てこられた人間は、米側との交渉が疑われる人が多い。長く権力を維持できた人は、例外なく米国の利益を代弁しているし、逆に彼らのライバル達はスキャンダルが次々明るみに出る傾向がある。彼らが重大な情報=弱みを握られ、協力関係にあったと考えると、理解しやすい。政治家と同じ事が、雑誌社にもきっとあるだろうと考える。

雑誌社側も、米側の情報は役に立つ。日本の情報は、役人を通じて米側に流れるようだから、米国のほうが情報が正確。米側の意志に基づき、都合の悪い人物の調査が実行され、ワイロ記事や性的な面まで含めたスキャンダルが暴露されるという流れは、自然な成り行きだろう。もちろん、これも憶測に過ぎないが。

田中角栄が首相だった当時、米国政府と軋轢がなかったはずはない。交渉は常に厳しくギリギリのものだろうから、その中で米国の要求にどの程度応えるかによっては、脅しが使われないはずはない。あるいは、交渉を引き継いだ人物が、田中はもう用済みだから、次の交渉のために前任者の情報から使えるものを利用した・・・というストーリーも想定される。

彼らに義理人情の思考回路はない。企業と政府機関の間で人間が移動し、情報が共有される米国では、要求を飲んであげたはずが、逆に脅される結果になりかねない。政権内部での権力闘争が日本への対応を真逆にすることもありうる。手のひら返しは常套手段。友好的ワイロは脅迫ネタに直ぐ変わるものであり、角栄氏も米国流のワナにはまった面が大きいのでは?もちろんワイロ自体が正当化できるものではないのだが、相手の米国政府はギャング団そのものという認識が足りなかったのでは・・・

最近、NHKの特集でロッキード事件と、P3C購入に関する疑惑が放映されていた。内容は一部しか観れなかったが、過去に報道された憶測に、実際の証人達の言葉が加わって、劇場主の想像と同じような内容が、より詳しく解説されていたようだ。

米国側としては、当然やるべきことをやったに過ぎない。戦闘機や航空機は売り込まなければいけないし、米軍の影響力、米国政府の管理の及ぶ範囲は維持されないといけない。買いを渋るヤツは排除しないといけないし、中国と独自路線を採る人物、充分な監視ができない人間は、危険視するのが当然。自分達の影響下の人物に首相をさせたほうが、利益になる。

彼が失脚して、結果的にどんな影響があったのか?劇場主は田舎の人間だが、それでも開発一偏道の当時の風潮には疑問を持っていた。政治=公共工事の認可と受注という雰囲気が、田舎になればなるほど強く、その頂点が田中角栄だった。日本列島改造がなくなり、開発に歯止めがかかったかだが、それは微妙な印象。失脚により、利権は分散されたのかも知れないが、田中派を中心に小角栄みたいな人が、同じような利益誘導をやったのは同じ。今でも、景気対策として財政を軽視した公共投資が目立つ。彼は大きな流れを作ったが、集中的に流れを管理したか、分散されたかの違いしかなかったのかも知れない。

放送局の権益管理、健康保険制度の整備など、彼の伝説的な馬力が貢献した分野は多いはず。でも、与野党の意見を、官僚の手を介して実現化したに過ぎないという見方もできる。彼の歴史的価値は、彼の能力からすると意外に低めに終わってしまったのかも知れない。もし彼が今日登場したとしても、選挙で勝てるかどうか怪しいし、あらゆる運命が違ってくる気がする。彼は活躍できず、彼が有能であることを、我々は知らないまま終わるかも。

 

 

2016年7月 4日

007 ダイアモンドは永遠に(1971)

Ua

- ユーモアに振る -

ダイアモンドが強奪される事件が続く。ジェームズ・ボンドの新しい任務は、その謎を探ること。さっそく密輸ルートに潜入したボンドだったが、殺し屋に襲われる・・・

・・・6月12日、衛星放送で鑑賞。最近007シリーズが頻繁に放映されているが、新作とのタイアップではないらしく、次回作の宣伝は見ていない。たまたま企画として007シリーズを扱い出しただけなのか?

この作品は、子供の頃に観たような気がする。当時は、猫を蹴って本物の敵を探したアイディア、クレーンを使って敵を懲らしめたアクションシーンに感心したように思う。でも今回の鑑賞では、そのラスト近くのシーンも迫力に欠けていて、冗長な印象を受けた。古さを感じる点は否めない。

この作品には個性的な殺し屋二人組が登場し、主演以上に目立つほど活躍していた。殺し屋なのにターゲットを殺さずに土管の中に置いてけぼりにしたり、わざわざ面倒な手数を経て爆弾を手渡したり、非効率的なところが面白い。殺し屋らしい迫力がない点も笑える。

変わった殺し屋がいると映画は楽しくなる。この二人組は、どうやら同性愛関係だったようだが、当時としては珍しい設定ではなかったろうか?

昨今の新作では、度肝を抜くようなアクションシーンが、繰り返し何度も普通に見られる。殺され方もリアルで、死体の表情まで分かる。笑いの要素は、あんまりない。ハードボイルド路線は、バットマン・シリーズなどもそうだ。何が原因か判らないが、時代の嗜好があるのだろう。ユーモアよりクールさが好まれている。

それに比べると、この作品はかなり異質で、生真面目なアクション映画にはしないという方向性を徹底していたようだ。それによってイギリスの匂いを保つことにかなり執着していたのか?

「007は二度死ぬ」の場合は、奇想天外さに方向が振ってあった。同じ方向では飽きが来そうなもの。したがってユーモア路線にしたのは間違いではなかったと思う。当時、スパイ映画はたくさん作られていたはずだが、最も有名なスパイ映画である007シリースの場合、独自性が大事。ロマンスとユーモアは重要な要素だ。

ヒロインも、少しお茶目さが目立った。やたら水着で施設内を歩きたがるし、表情がコメディアンのものだった。銃を発砲した反動で海に転落するドジぶり。あれも作品全体の流れに合わせていたはず。これが過去の作品のヒロインだったら、クール過ぎたり色気過剰だったりで、浮いた印象になったと思う。

ただしアクションシーンは、もう少し派手でもよかったのではと少し思った。パトカー相手のカーチェイス、月面車での逃走劇、エレベーター内での殴り合い、その他いろいろあったが、スピード感に欠けた印象。古い手法で撮影されたからだろう。

 

 

 

2016年6月10日

007は二度死ぬ(1967)

Ua


- 活劇にぶれた  -

米ソのロケットが相次いで強奪された。互いを戦わせようとする勢力の存在を疑ったイギリスは、007を日本に派遣して敵を壊滅させようとするが、敵の魔の手も迫っていた・・・

・・・・5月15日、衛星放送で鑑賞。この作品は一度観た記憶がある。浜美枝がずいぶんと若く、アイドルのように可愛らしい。表情を作りすぎではないかと思うが、あれが当時の流行なのか?丹波哲郎も非常に若い。

この作品は、日本人だからそう感じるのかも知れないが、あまりに奇想天外な部分が多すぎて、作品の価値を下げてしまったように思う。娯楽の方向に針を傾けすぎた印象。

確かに宇宙や東洋の島の火山を舞台に活劇をやれば、冒険話の興奮度は著しく上がると思っても間違いではない。でも、そのために火山の内部をくりぬいて秘密基地を作る、宇宙船を宇宙空間で捕まえるなどなど、話が実現困難な方向に行きすぎると、呆れる観客が増えてくる。観客を感心させるほうが望ましいと思う。

もしできれば、宇宙船を攻撃して破壊するといったレベルに留め、基地も無人島のどこかにする、あるいは宇宙にこだわらずに新型戦闘機を対象にするなど、いくらでもリアルな方向にすることはできたはず。センスの点で、この作品のスタッフには冒険精神が強すぎるという問題があったのでは?

でも、子供には良い作品だったろうと思う。あんまり静か過ぎると、暗い退屈なイメージができてしまう。活劇も必要だった。そう言えば、ボンドが敵の集団に追われて倉庫街の屋上を走るシーンは、上空から撮影されていて躍動感があった。敵をバッタバタと倒すので非現実的なんだが、退屈はしない。

ほとんどのシーンは古めかしい作品だが、アクションに関しては結構面白い。レスラーと戦うシーンも、スピード感があった。

007シリーズの場合、権利問題がかなり複雑だったらしく、訴訟を繰り返しながら企画が進み、その間にリアルな方向の作品ができたり、娯楽に向かったり、方向性は一貫しなかったようだ。スターウォーズシリースとは違う。

面白いシーンも多い。敵を倒して直ぐにバーカウンターから何か飲んだり、小型ヘリコプターで戦うシーン、敵の車を大型磁石で釣り上げるなど、アイディアに満ちた企画。そこにこだわりすぎて、ややB級の印象につながったかも知れないが・・・・

敵の会社の舞台となっていたホテルニューオータニは今もあるはずだが、外観はずいぶん違う。今はガラス窓の面積を相当増やしているようだ。比較して初めて気づいたが、昔の外観はやぼったく、古めかしかったのだ。

 

 

2016年6月 4日

007 サンダーボール作戦(1965)

Ua


- 技術進化を感じる -

NATO軍から核ミサイルが盗まれた。事件を調査するボンドは、偶然見かけた人物から敵の行動を察知し、ミサイル奪還に向けて行動を開始する・・・・

・・・・5月8日、衛星放送で鑑賞。この作品は2~3回観た記憶がある。当直の合間に、断片的に観て、サメのシーンやダンスシーンなどの記憶があった。

最も印象に残っているのは、悪役の女性。色気たっぷりで、悪役にはもったいないような女優さんが演じたことが、たぶん意外性を生んで効果的だったのだろう。

この作品は海中での戦いがかなり出てくる。海中だと動きの面で迫力に欠ける傾向があるので、撮影や演出が難しいと思う。この作品の場合も、戦いでワクワクするとまでは言えなかった気がする。

海中で人の判別が効くように、ライトや顔の向きなどを調整し、ちゃんと誰と誰が何を考えて戦っているか、はっきり表現できていたことは感じた。

実際にサメに襲われる危険、怪我の危険なども相当あったはずだから、よく撮影できたものだと感心する。おそらくサメには充分なエサをやってから撮影したのではないかと思うものの、プールに一緒に入るのは勇気が要る。

007シリーズは権利の問題が非常にこじれているそうで、ブロフェルドやスペクターの存在が作品中に出たり出なかったりしているらしい。そこが気にならないように、うまくシリーズをつないだ企画力も素晴らしい。

それに、原爆を盗むまでの作業手順に感心した。もちろん荒唐無稽な面もあるのだが、整形で顔を変えて爆撃機に乗りこむ話は、映画ならではの方法で、分っていても映画的に楽しくなる。

殴り合いのアクションの表現については、この当時はまだ技術が進んでいなかったので、明らかに芝居がかったもの。今はカンフー流のアクションが席巻していて、ただの殴り合いでは誰も満足できなくなっている。実際は殺し屋のパンチを数発まともに喰らったら、脳震盪で動けないだろう。

最近は銃撃戦も凄い迫力。「007 スペクター」での銃撃戦から爆発、ビルの倒壊に至る流れなどは、もし60年代当時の技術で撮影していたら確実に死者が出ていたと思える。技術はどんな分野でも日進月歩で進むものと感じた。

 

2016年5月 8日

007 スペクター(2015)

Mgmcolumbia

- 鼻血もの・・・ -

メキシコでのテロ計画を阻止したボンドだったが、スパイ組織は改編によって存亡の危機に陥っていた。単独行動をとるボンドは、ついに謎の犯罪組織スペクターの会議に侵入・・・・

・・・・DVDで鑑賞。この作品は007のシリーズの中で最もヒットしたらしい。劇場には行かなかった。暇がなかった。

冒頭のメキシコでのアクションが素晴らしかった。アイディアが良い。向かい側のビルが爆破で倒壊し、こちら側に倒れてくる様子が実にリアルに写されていて、迫力やリアルさにおいて、滅多にないくらいのレベルに達していた。加えて、それに続くヘリの内部での乱闘も、技術を感じさせるシーンだった。どうやって撮影したのだろうか?

ローマでのカーチェイスもハイレベル。敵とスポーツカーで激しく競り合いつつ、車の新しい技術を試してみるユーモアが素晴らしかった。

この作品は、とにかくアクションに関しては大変なレベルにある。でも、ミッション・インポッシブルほどの度肝を抜く企画ではないと言えるかも知れない。図抜けたアクション映画と言えるには、今日ではもはや俳優が本当に危険な目に遭う賭けが必要だろう。007映画の場合は、ロマンスやユーモアの味わい、伝統から来る安心感のようなものを期待して見られる。

ロマンスシーンは、しかし個人的な印象としては興奮度に欠けた印象。もっと脱がせろ!などと無粋なことは言いたくないが、何か他の表現方法があったように感じた。パンチ不足になった関係で、たぶん子供にも見せられそうな表現にはなったが、007は本来は子供にちょっと教育上の問題がありそうな点も魅力だったはず。微妙な点で、やや大人しすぎた。

ヒロインのレア・セドゥについて、劇場主は満足できなかった。ボンド映画は、演技力よりもスタイル、美貌が大事だと思う。少なくとも、過去の伝統ではそうだ。見るだけで鼻血が出そうなタレントが良いと思う。レア嬢も画像のように大変魅力的な女優だが、お色気路線ではない。

筋書きの面で納得しがたい点もいつくかあった。やっと敵から逃れたヒロインが、あっさりボンドの元を去るシーンがあったが、あれな唐突に写った。何かの諍いがあって、行動を共にとれないのだと納得できる要因が欠けていたように思う。あれでは直ぐに敵側に捕らえられてしまうだろうと予想がついてしまう。そのための別れなのだろうと。

ラストへの展開も理解しがたい。仲間と敵地に向かう中で車をぶつけられて拉致されるシーンがあったが、はっきり言って必要なかった。仲間と別行動をとりさえすれば良いわけだから、敵を追ううちに一人きりになりさえすれば良い。せっかくだから、あそこでも超人的なアクションが欲しい。

敵の黒幕は、惜しいところで逃げ去ってくれたほうが有難い。黒幕の手下を成敗して、部分的にスッキリするくらいで充分だ。シリーズの次回作に向けて、黒幕君はしぶとく生き残って欲しい・・・まあ、ぎりぎりで生き残ったようだが。

モニカ・ベルッチが久しぶりに出演していた。意外なほどの容貌の変化に驚いた。皮膚の性質の違いなのか、欧米人は変化が激しい。超のつく美人であっても、別人のように変化していく。個人的には、彼女は中途半端な老けぶりで登場すべきではなかったように思えた。彼女が出演する必要はなかったと思う。

いろいろナンクセをつけたが、007映画への期待、憧れのせいである。この作品は充分に楽しめる。

 

 

2016年5月 5日

007 ロシアより愛をこめて(1963)

Ua

- キャラクター抜群 -

ソ連の暗号解読器をめぐって、イギリス諜報部をワナにかけようと、犯罪組織スペクターが工作する。ワナと承知で乗り出したボンドだったが、殺し屋につかまる・・・・

・・・・衛星放送で鑑賞。ってことは、たぶん近々、新作が公開されるからだろうか。楽しみだが、劇場にいけるのだろうか?我が子達は誰も007に興味を持ってないようだ。そんなことじゃ、ダンディーになって女どもをはべらかすことはできないだろう。とにかく、行くとしたら一人で鑑賞することになりそうだ。

この作品は今回初めて見た。敵側の作戦が複雑で、手が込んでいたと感心したのだが、当時の観客はどう思ったろうか?あまりに複雑すぎると、観客の理解度が下がったり、いかにも二級品の、オタク的な雰囲気につながったりしかねない。この作品も微妙なラインであったかも知れない。

冷戦の時代、皆が核戦争や大規模な米ソ対決を心配していただろう。その一種の緊張感が、この作品の魅力になっていたのではないかと考える。以前はスパイものが非常に多かった。時代が呼んだのだろう。

そんな時代にスパイの活躍する娯楽映画を作ったら、国際問題に発展しないか?・・・日本政府なら、そう考えて映画会社に無茶な圧力をかけかねない。日本は、上には弱く、下の者には強いのだ。でも英国は誇り高いので、そんな無粋なことはしないのだろう。

主役のショーン・コネリーは、やはりまだ若々しい。腕力的にも、だまし合いでも、敵の殺し屋に負けていた。彼ら英国人は、総合力で勝つのである。今回は、組織が工夫した秘密の武器が役立った。良い流れだったと思う。圧倒的に殴り勝つ必要はない。負けそうなほうが面白くなる。

敵のキャラクターが抜群に良かった。敵のナンバー3だったか、ソ連の女性情報局員の毒のある個性や、ロバート・ショーが演じた殺し屋のクールさなど、対決を盛り上げる設定が素晴らしかった。

イスタンブールで協力してくれる諜報局員も、人間くさい魅力にあふれていた。良き脇役として、充分に作品を盛り上げている。

撮影技術は、CGがなかった時代なんで、明らかにスタジオで撮影していると分るシーンも多く、若い人にとっては失笑の対象となるかも知れない。そして、さすがに古くささは感じる。

 

2016年4月29日

007 ドクター・ノオ(1962)

Ua

- 中国系メーキャップ -

ロケット計画を妨害する施設を探る007は、ジャマイカの島を所有する富豪が怪しいとにらみ、乗り込むが・・・

・・・2月7日、衛星放送で鑑賞。いちど観ていたはずなんだが、断片的にしか記憶がないので、おそらく当直の途中で寸断された鑑賞だったに違いない。じっくり観てみると、古さは感じるものの、単純に面白い。

ドクター・ノオとなっているが、ノウかノーのほうが近いように思う。何か権利上の問題があってノオとしたのか?

ショーン・コネリーが非常に若々しく、細身なのが印象的。劇場主には後年、彼がもっと太った時のイメージがあったので、少し頼りなさそうな印象さえ感じた。格闘シーンでも敵をバッタバタと圧倒するわけではない。でも、それでかえってリアルさを保てていた。

スパイがやりそうな細かい作業も描かれていて、後年のボンドとはキャラクターが微妙に違う。泊まる部屋はちゃんと盗聴器等がないか確認しているし、糸を使って侵入者の存在を知ったり、芸が細かい点に好感を持った。プロに対する敬意に近いものを感じる。

殺しのプロを描くのだから、細かい点を描写することは意味がある。神経質なように見える作業でも、プロなら当然こなしているだろう。そこを描いた点が、仕事の性質を表現してリアルさにつながり、成功のひとつの要因にもなったかもしれない。

もちろんショーン・コネリーの見た目や声も大事だった。ギャンブルを余裕たっぷりに楽しむ様が格好良い。また、特に日本語の声優は本当に素晴らしい。その後の俳優達に合わせて、日本の声優も替ってきたが、だんだん軽めになっていく印象がある。今後、ダニエル・クレイグの後は、どんな声になるのだろうか?楽しみでもある。

原作に近い本来の主人公は、この作品や「ロシアより愛をこめて」の姿がイメージとして近いように思う。敵のほうが結構強い。秘密兵器などの助けを借りて、やっとの思いで生きながらえた・・・そんな流れがある。それで良かったのだと思う。

火を吐く乗り物が登場していたが、あれは今日の感覚では笑ってしまう。あんなのがやってきたら、逃げれば良いのである。小回りが効きそうな車ではなかった。あれは省略して、腕力のある敵にでも登場して欲しかった。

ドクター・ノオは中国人という設定らしい。妙なメーキャップだった。東洋系の役者に演じてもらえば良かったと思うのだが・・・

 

 

2016年2月24日

セックス・テープ(2014)

Mrc_etc

- ネット規制に関して -

新鮮な体験を求め、自分たちのセックスを録画した夫婦。しかし画像を消し忘れ、複数の人にシェアしてしまった。それを回収すべく、夫婦は行動を始めるが・・・・

・・・・キャメロン・ディアス主演のセクシー・コメディ。激しいアクションがあるわけではないが、現実に起こりそうで少し現実離れしたラインをたどり、なかなか良くできた作品。演出が米国独特のタッチで少し古くさい印象も受けたが、広く一般に受けるために、あえて過激さを狙わなかったようにも思う。

ヒロインはさすがに肉のだぶつきが気になる年齢になったが、元々がスリム体型なので、喜劇においてはちょうど良かったかも知れない。もし凄く若々しい体型のままだと、色気が先に立っておかしさが損なわれてしまう。いっそ、もっと太っていても良かったかも知れない。

作品の最後まで、他にもっと最適な女優がいなかったろうかと感じながら鑑賞した。お色気があってグラマーで、ヌードを見せるとハッとするけど、口調が激しい三枚目のキャラクターが望まれる。怒った時の表情が心底怖いほうが、この作品の場合は笑えると思う。

たぶん、シャーリーズ・セロンやニコール・キッドマンのほうが面白くなったような気がする。整った顔の美人女優が三枚目キャラクターになり、怖い顔して必死の形相を見せるほうが、可愛らしい女優より面白いだろうと想像する。

相手役が非常に良い俳優だった。真面目そうな特徴の薄い顔なんだが、好感を持てるし、微妙な表情をする際に演技過剰にならない節度が保たれ、ディアス嬢とは相性の良い俳優だった。

コメディの場合、美人女優の相手役は、大柄でマヌケな印象の俳優が良い。「奥様は魔女」の場合と同様、目立ちすぎず引き立て役に徹して、昔からの約束のパターンである表情と声色を使う必要がある。斬新な表情では観客が理解できないから困る。

性行為の記録をオープンにするカップルが、実際どれくらいいるのか知らない。おそらく、演出家やカメラマンがいて、アングルなども充分に計算しないと、他人が観ても気持ち悪いものしかできないように想像する。まさか自分が記録しようとは、劇場主の場合は考えない。

女性だけを写したものなら興味があるが、毛むくじゃらの男性のお尻の穴など、鑑賞したくはない。男性抜きでやって欲しい。だから、ただのポルノサイトのほうに興味がある。ただし高額な料金を請求されたり、ウイルスをもらうのが怖いので、実際には拝見できていない。

動画のアップロードも、間違って送信したら大変なので、やったことがない。遠隔操作で後から消去できるシステムも本当にあるのか知らない。できると書いてあっても、例えば使うソフトのバージョン違いなどにより、実際には操作できない仕組みのサイトだってあるのでは?出してみないと、消せるか分からないのが怖い。

個人情報保護法との関連も気になった。アップロードした時は公開に同意したと解釈されるが、気が変わって消去を望んだ場合、既に拡散された情報を消去する権利がないのは、保護法の理念から考えるとおかしい。

普通の人は自力だけで情報を削る技術がないはずだから、保護法の限界があるか、もしくはサイト側への締め付けが足りないと考える。いっぽうで削除や改編を容易にすると、成りすましによる改編が多発する危険性も高い。

コピー、拡散が困難な技法で画像を公開することが望ましい。権利侵害が発生した場合を考えると、そう思う。YouTubeは、簡単にコピー拡散できるようだ。情報保護が難しいので、そこは変えるべき。 コピーを拡散されたことが明白で、しかも権利を侵害する場合は、おそらくデータの形態で判断できる。瞬時に削除や転載拒否が可能な仕組みが欲しい。

おそらくコピー動画の再アップロードの段階で、サイト管理者側がアップ困難にできると思う。閲覧だけなら不自由はないが、コピーや転送は困難で、何か処理をしてコピーした場合は、コピー者が特定できる仕組みを作るのも可能と思う。

ラインの会話が漏れたベッキーとゲスの極みボーカルの件は、個人情報を誰かが漏らした点で、漏らした人間のほうに法的な問題があるように思う。近親者か、あるいは楽屋に置かれたスマホをこっそり見ることのできる人物、奥さん、マネージャーなどなら可能と思うし、全く外部から侵入することも技能者なら可能かも知れない。

管理がやかましくなると、自由度が損なわれて面白味はなくなる。自由と権利のバランスが難しい。成りすましができないこと、相手がいる場合は相手の権利が保護されていること、写っている人の同意が確保できていること、削除希望が確実に実行されることなど、今よりも厳しい規制は必要と思える。

自由なネット空間で遊びたい人達は、損害賠償保険付きで遊べる特殊なサイトだけで遊べば良いと思う。誰かが権利を損なわれたら、高額の賠償を要求されることを覚悟の上でなら、自由にやってよいと思う。

 

 

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