映画評

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カテゴリー「す」の65件の記事

2017年9月23日

ズーランダー(2001)

Zoolander


- Paramount -

ベン・スティラー監督、主演のコメディ。モデル業界を皮肉りながら、サスペンスもどきのストーリー、くだらないギャグなどを織り込んだ作品。続編も作られたらしい。DVDで鑑賞。

ベン・スティラーのギャグは、日本人には理解しがたい面があるように思う。米国のようには人気がないはずだ。この作品も、他に適当なものを探せなかったから選んだのだが、たぶん日本人では知らない人のほうが多いのではなかろうか?知らなくても良いかもと思う。

実際のモデルも多く出ていたが、途中でトランプ大統領も登場していて驚いた。当時はセレブの一員でしかなかったから、こんな映画には最適の人間だったのだ。まさか彼が大統領になるとは、この作品公開の当時は誰も考えていなかったろう。今となっては懐かしいデヴィッド・ボーイが若々しく見えた。

ヒロインは奥様だそうだ。映画の作り方として、恋人や奥さんを使うのは、昔の美男美女の大スターならともかく、今日では禁忌に近いかも知れないと思う。夫婦で出演して、喜ぶ客がいるとは思えない。この作品のヒロイン、特に作品の魅力アップに貢献していただろうか?劇場主には分からない。

最高に盛り上がるシーンを挙げることができない。普通ならライバルとの対決、あるいは真の敵との対決のシーンになるはずだ。乱闘、または逆転劇、派手な失敗など、何かがあるはずだったが、必ずしも派手には感じなかった。

モデル達にはおかしな人が多いらしい。会ったり話したりしたことがないので実際は知らないが、少なくとも奇抜な恰好をして裸体をさらけ出せるのは、奥ゆかしい人間には無理だろう、自己顕示欲や競争心の塊ではないかと疑ってしまう。

テレビには時々、そんな個性を生かしてバラエティ番組で人気を得るタレントもいる。頭の回転の良い人は、そのまま俳優になったり、コメンテイター席の常連になったりもする。ただし、およそは短期間の人気者で終わる人が多いとは思う。何かの芸があれば生き残れるが、基本としては見た目だけだからか?

厳しい商売だと思う。浮かれてパーティー三昧の生活をして、体型でも変わってしまったら使えない。少しでも容姿が衰えたら、よほどなスーパーモデル以外は排除されてしまうようだ。俳優やタレントに転身できないと、敗残者になる。そこを彼らはどう認識しているのだろうか?

2017年7月31日

頭上の敵機(1949)

20cfox

- 20C.Fox -

ドイツの軍需工場を攻撃している米軍部隊。失敗が続くため、あらたに隊長に任命された主人公は、作戦成功を目指すが・・・・

・・・異色の戦争映画。テーマは作戦の成功ではなく、その代償のほうである。作品の存在は知っていたが、その特徴は知らなかった。時代を考えると非常に珍しいのじゃないかと思う。赤狩りの前に企画されたから間に合っただけで、少し遅れていたら大変な迫害を受けたかも知れない。奇跡的なタイミングの作品かも知れないと思った。

終戦直後にアカデミー賞の候補にあがった作品は、多くが非常に理想主義に燃えている。1950年頃からは映画界の内幕ものなど、戦争や政治とは異なるテーマに作品の趣向が集まっている。おそらく、赤狩りで製作中止にでもなったら資金が吹っ飛んでしまうから、政治がらみの作品に予算が集まりにくかったのではなかろうか?

この作品、主演はグレゴリー・ペックで、最後のほうまで役柄に合っていないような気がしたが、ラスト近くで最後の攻撃に向かおうとして調子を壊した後の表情を見たら、非常にリアルな病人ぶりで、キャスティングされた意味が分かったように感じた。彼の良さは、苦しい状況に陥った時の表情だったのだと、改めて気づかされた。

ある意味で、人間の弱さ、兵士の厳しい環境が描かれた作品だから、厭戦を主題にしているとも思われる。戦後でないと評価されにくい内容だ。興業的には、かなり危険な種類の作品になると思う。

原題はTwelve O'Clock Highで、何のことか分からなかったが、飛行機に対して12時の方向、上方から敵機が攻めてくるという、操縦士達の連絡に使われる言い方のようだ。確かに「何時の方向・・・・」と、よく映画でも兵士同士の会話を聞く、あの言い方だった。

兵隊の中には、一定の割合で精神的に破綻してしまう人がいると聞く。単に勇気がない人がそうなるとは限らず、多大な期待を背負ったり、過剰な仕事、繰り返される緊張で精神に障害が来るらしいので、要は環境と責任が生む病態だろう。強い弱いというより、鋭い人はやられ、鈍い人は影響されないといったものではないか?

兵士ではなくとも、収監されて連日の取り調べを受けた人は、人の心を砕かれるような体験だったと語ることがある。人権を制限され、自由を失うだけで、人は容易に意志の力をそがれるものだ。精神的に強そうな人でも、それは立場によるもので、どのような状況下でも強い態度をとり続けるのは難しい。

 

2017年6月10日

素敵なサプライズ(2016)

De_surprise

- ブリュッセルの奇妙な代理店 Content Media Coop. etc -

感情を失った自殺志願の富豪が、自分の死のセッティングを依頼した。しかし、気が変わる。彼を殺そうとする業者達は、彼を襲ってくるが・・・・

・・・・オランダ映画だそうだが、フランス映画のような洒落た雰囲気だった。監督のアイディア企画らしい。DVDで鑑賞。

非常に出来の良い、ロマンティック・コメディだった。あらすじは、最初の段階で読めてしまう。でも、ヒロインが非常に可愛らしい女優で、主役も人物像にピッタリはまっており、全体的にセンス良くまとめられ、欧州路線の善き伝統を感じる。ハリウッド流のバカ騒ぎ映画ではない。そこが良かった。

ヒロインは、オードリー・ヘップバーンを彷彿させる女優だった。ジョルジナ・フェルバーンという方だそうだが、他の映画で見かけた記憶はないので、テレビか舞台の女優かも知れない。コメディ以外には、あんまり向かないような印象を受けた。

もし、この役をグラマー女優が演じていたら、おそらく印象が全く違っていただろう。お色気にも色々質の違うタイプがあり、可愛らしさが必要な場合があり、この作品がちょうどそうだったようだ。

主人公はとぼけた風貌で、ダンスが妙に上手い点が笑えた。確かに働く必要のない男は、母親の相手のしながらダンスが妙にサマになってしまうものかも知れない。下着姿で踊るシーンは大人しい笑いを生む。

オランダの富豪といっても、劇場主はほとんど知識がない。かって世界の通商の覇者だった頃のオランダには、きっと財閥が形成されていただろうから、当時だとお城を建てたりしただろう。その一族が、現在どのような暮らしをしているのか、ほとんど知らない。

おそらく投資に失敗しなければ、いまだにスーパーリッチな一族がたくさんいるだろう。この作品に出てくるような富豪も、非現実的ではないと思う。ただ、一族の他の人間(親戚)がいないのは不自然な気もする。財産を狙う親族がからんで壮絶な殺し合いになれば、またそれも面白いと思うが・・・

 

 

2017年4月20日

スーサイド・スクワット(2016)

Suicide_squad

- Warner, etc -

犯罪者達を集めて秘密部隊が結成され、魔女を相手の戦いに投入される話。アメコミを題材にした作品らしい。DVDで鑑賞。

ウィル・スミスが一応の主役だったようだ。ゲテモノ映画、悪趣味な二級品と言えるが、単純に面白かった。狂った悪女役は可愛らしくて色気があり、集団のトップは悪人達より非人道的で、一種のダークヒーロー物語として、設定が良く出来ていた。

生真面目な人物が悪者と戦う場合、真面目すぎて興味を持てない場合がある。お子様映画の鑑賞者になってしまうことを、自分自身が恥じるのか分からないが、集中して観ているのを、ちょっと遠慮したいような感覚に襲われる。その点、主人公らがヒネていると都合が良いのかも知れない。

米国に限らず、キモ系のヒーロー、悪者が活躍する物語は多い。そこらの理由があって、必ず新しいダークヒーローが登場してくるのだろう。

目立たない人物もいた。ブーメランを使う犯罪者は、それだけでは魅力に欠ける。戦闘能力が劣る場合は、性格のずるさを強調すべきではないか?常に下品な悪態を吐くとか、裏切りや騙ししか考えていないなど、他の要素でもって存在感を出して欲しかった。雑誌の人気投票で下位にランクしていて、扱いが軽かったのか?

底の浅い物語ではなく、逆転につぐ逆転の展開のほうがが望ましかったと思う。敵も仲間も互いに嘘をつき、互いに誰も信用できないような展開が面白い。そして形勢が常に逆転するような展開が欲しい。したがって、敵側にも愛嬌のようなものが欲しかった。

魔女役はモデル出身だろうか?顔が可愛らしすぎて、魔女のイメージは浮かばなかった。もっと顔の長い、魔女的な顔の女優ではいけなかったのだろうか?色気満点のグラマー女優でも良かった気がする。

この作品は結構売れたらしいので、もしかすると続編が作られるかも知れない。悪趣味ならではの固定客がいそうだ。ネタがなくても心配ない。キモさはどんどん酷くできるし、残虐さも、どんどんエスカレートできる。際限はない。

 

 

2017年1月 6日

住友銀行 秘史(2016)

- 呆れた善き題材 -

住友銀行とイトマンをめぐる人の動き、暗躍する人物達の行動を、直接の関係者のひとりが語った暴露本。これは明らかに映画の良き題材だと考えた。

第一に、その内容に驚いた。銀行員達は本当に本に書かれているような行動をとっているのだろうか?その驚きは、感嘆ではなく、呆れや失望、怒りに近い。もっと実業的な本来の業務に集中し、自分の出世や人の足を引っ張ることは二の次にしてくれないかと思った。

一銀行が破綻するのは確かに大きな事だが、破綻整理を厭わず、本来の業務、責任を果たすことのほうが大事だろう。社会人として、何か自覚に欠けた部分の多い人が、この銀行には多かったと言われても仕方ないと思う。

作者の記録の通りなら、作者は日中の時間のほとんどを裏工作や情報収集に充てていたことになる。本来の業務は部下達がやっていたのだろうが、上司がおかしいと部下も成果を出しにくいだろう。会社の課長~部長クラスがそんなでは、そんな会社は潰れて然るべきかも知れない。もっと本来の仕事をせい!と、言いたい。

著者は、自分は銀行や日本の経済界のことを考え、悪者を排除するために行動した、義憤にかられたといったことを書いているが、そのままを信じることは難しい。著者自身が出世競争にのめり込み、裏工作や情報漏洩を通じて上層部を排除することしか考えていなかったのではないか、まずそこが怪しい。

この本に書かれていたように、本来の仕事をほったらかしにして勤まるなら、日本の企業戦略の停滞は致し方ないのかも知れない。特殊な例であって欲しいと思う。日々、患者さんに大声出して話しかけ、身を粉にしてサービスしている劇場主の苦闘は、いったい何なのだろうか?ただ銀行に使われているだけなのか?

大企業に勤める人達にとっては、出世競争は大きな問題。殺し合いにならないだけで、汚い手段も日常茶飯事と思う。ヤクザの抗争と、心情的な部分は同じではないか?会社で外様にされると、時にはイジメを目的とした行為で苦痛も受けるだろうし、収入や誇りの面でも不利だと思う。弱い立場に陥るのが怖いから、強烈な行動をとる連中も自然と多くなるのだろう。

真に誇りを持ち、仕事に集中し、その成果に応じて天命を待つ・・・そんな人物でありたいものだが、ライバル達はそれを許さないだろう。誇りある人物が自分の上に立たれたら、自分の浅ましさが際立つし、信条を異とする人物とは協調するのは困難。敵として対処しないといけない・・・そんな風になるもののようだ。だから誇りを持つ生き方を目指すなら、出世は諦めるのが基本となる。

イトマン事件の場合、巨悪はおそらく許永中や裏のヤクザ組織だったのではないかとは思う。当時は暴力団も派手に金儲けに走って、凄い金額を稼いでいた時代。経済に詳しい人物と連携したり、みずから経済ヤクザとなって大儲けをしていた連中も多かったろう。彼らがイトマンに目をつけ、結果的に銀行からの融資を得たのが本態だと思う。

その中で抵抗した銀行員は、完全な悪者とは言えない。敵が敵だから、表立って内部で何かを発言したら、身の危険がすぐ迫ってくる。味方からも簡単に裏切られ、銀行はくびになり、最悪の結果が待っている。裏工作を選んだのは正解だったと言える。その点は差し引いて考えないといけない。でも、出世競争にはまりすぎていたと思う。

今でも犯罪組織が企業に取り込んで、巨額の資金を得ていると聞く。企業が収益をあげようと無理する際に、弱みをつかまれ、強請られたり協力関係にはめられたりするようだ。企業側も政府も、株主総会の日取りを操作したり、法律を整備したり、細かい工夫で成果は出しているそうだが、きっと敵は小さなほころびを探ってくるのだろう。行員の出世競争は、そのほころびのひとつではないか?

許永中は、今も韓国で生存中だという。彼側からの反論が出れば、読んでみたい。おそらく、素晴らしい論理で自分を正当化し、被害者として描いてくるだろう。それも絶対に良い映画の題材になるはず。

 

 

2016年11月 7日

ズートピア(2016)

Disney


- 寛容、協調 -

ディズニー製のアニメ映画。動物たちが仲良く暮らす街で、凶暴化、野生化する動物が出現。捜査を担当するのは、夢を実現するため努力を続けて警官になったウサギ娘。

・・・・DVDで鑑賞。実によくできた話だった。世界中でヒットしているのも分かる。トイ・ストーリーやファインディング・ニモのような感動作とは路線が違うかも知れないが、健全な精神に満ち、家族で楽しめること、ユーモアに満ちていることなど、ディズニー調の独特な伝統に則っていた。

ジョン・ラセターが制作総指揮者になっている。メイキング編を見たら、以前よりさらに猛烈な肥満体になっていて、彼の成功の代償か、あるいは産物そのものの巨体と思えた。しかし、いかに肥満体になっても、彼が参画する作品は様々な面から検討され、観客の喜ぶツボを逃さないようにできているはず。その期待通りの完成度だった。

ナマケモノが役所の窓口を担当し、主人公をイライラさせるシーンはおかしかった。動作がゆっくりであるだけじゃなく、表情の表現も素晴らしく、劇場では大爆笑が起こっていたろうと想像できる。あのシーンのために、この作品はあるのかと思ったほど。相棒となるキツネの詐欺ぶりも、よく考えられていた。

主人公のウサギとキツネの間に友情は芽生えたが、恋心は生じなかったようだ。この点はどうすべきか、きっと検討されたはず。恋愛の要素を排除したのは、作品のテーマを絞る意図があったからではないかと思う。でも、面白さや感動を生むためには、二人を同性にして喧嘩をやらせるか、異性の間で誤解や別れがあったほうが良い。おそらく、同性の幼なじみの間柄のほうが、中心人物の関係としては理想的だったのでは?

アメリカ社会を表現しているのだろうと分かる設定。特に人種のるつぼと言われるニューヨークが、小動物の町並みなどで再現されていた。人種間の対立も、やんわりとだが皮肉をこめて表現されていた。表現のセンスが素晴らしい。見た目や伝統が異なる人種が、どのように折り合いをつけていくか、その点に関してどう表現すべきなのか、そこを考えてあった。

この作品は、イスラム圏ではどのように観られるのだろうか?上映されない国も多いらしいが、想像するに一般の住民、普通の子供達なら、たとえ中東の子供でも理解し、共感する子は多いと思う。劇場主の感覚では、イスラムの教えに反する内容と感じない。でも、過激な連中からすると、おそらく偽善性にからんで、この作品は攻撃対象と考えられなくもない。寛容は、都合が良すぎる面もあるものだから。

寛容、協調の精神は、野心を持つ人達からは攻撃されやすい。宗教的教義に反することや、純粋さを失って易きに流れるから寛容をウリにするのだ!といった批判は、やろうと思えばとことん可能。批判をする人は、それを怖れる人達から畏怖され、力を得ることができる。寛容な勢力に何かの小さな欠陥があると判明すれば、一気に批判勢力が力を増し、世論を席巻することもできる。寛容は攻撃に弱い。考え方がいい加減だ!と言われやすい。

しかも寛容は賛同者からも利用されやすい。寛容な状況は、商売が自由に行われるのに便利。広範囲に利益を求めたい勢力や、現在の体制を維持したい支配勢力には好都合。鎖国に近い体制で国民を守ろうと考える国に対して、寛容さがないことを問題視し、自分らの商圏に取り入れようと攻撃してきた歴史がある。人種差別に寛容だった歴史もある。腹黒い連中に、寛容さは利用されやすい。

利用されずに寛容精神を発揮したいなら、おそらく相手の隠れた腹黒い思惑を明白にできること、その意図する狙いを公開できることが必要だろう。攻撃してくる人間には一定のパターンがあり、方法を間違えなければ対処はできるはず。ルールを作って攻撃や悪用を防ぎ、利害を調停することも可能と思う。つまり寛容=思惑の公開義務が必要と、しっかり認識する必要がある。でも、そんな認識を持つ人は少ない。

寛容精神に基づく場合は、どのような調整努力にも常に激しい抵抗、暴力的批判が待っているだろう。調停を無視して、より大きな利益を目指し、力関係でことを決したい勢力は必ず存在する。想像を絶する強欲、狂信は珍しいものではない。この作品では敵意と悪意が敗北したが、なんだか都合の良い幸運にしか見えなかった。 

 

2016年10月29日

スポットライト 世紀のスクープ(2015)

Spotlight

- スクープ論 -

ボストンで特報を手がける伝説的なコーナー、スポットライトのスタッフが、カトリック教会に蔓延する疑惑を暴いた話。DVDで鑑賞。新作なのに7日間レンタル可能・・・ってことは、人気がないんだろう。まあ、テーマから考えて、そりゃあそうだろうけど。いちおう、米アカデミーの作品賞を取っているんだがなあ・・・と、思ってしまう。

緊迫感がラストまで維持され、作品全体の雰囲気が整っている印象を受けた。妙にドラマティックに演出しようと調子が外れたり、ユーモアにこだわりすぎたり、シリアスに傾きすぎない、抜群のバランス感覚が感じられた。日本映画では、この種の作品はもっと大仰になりそうに思う。客層や、権威に対する意識の違いがあるので、仕方ないかも知れないが・・・

マーク・ラファロは熱血漢の記者役や捜査官をやらせたら、最高に良い味を出す役者。記者役が必要となったら、最初に声をかけられるように決まっているらしい。良い味を出していた。でも、彼だけがヒーローになっていない点で、この作品はセンスが良い。日本映画だと、主役が活躍しすぎるパターンに陥りやすい。

マイケル・キートンがリーダー役に選ばれたのは、劇場主の感覚では意外。彼は喜劇のほうが得意なイメージがあり、この役に望まれる意志の強さ、熱心さ、周到さが彼の場合は滲み出ないのではと危惧される。でも、それは杞憂だったようだ。なぜ彼が選ばれたのかは分からなかったが。

彼が演じたチーフは、過去に性的事件の告発を受けていたのに忘れていたという表現内容だった。本当だろうか?本物の記者は、自分が書く内容を忘れないように思う。一流の人は、実に細かいところまで覚えているように思う。何百と書く記事の、細かいところまで覚えているくらいでないと、文章が重複する。実際は教会内部の事情を認識していて、迫害が怖くて黙っていただけではないだろうか?

この作品は子供が観るような内容ではないと思う。心理面に悪い影響があるかも知れない。家族で楽しく鑑賞するタイプの作品とは全く違う。やはり芸術的な作品を扱う小さな劇場で、静かに、高齢の紳士か、行かず後家、そんな方達に囲まれて鑑賞すべきタイプの作品であろう。

最近、週刊文春が様々なスクープをやっている。資金的にも人員的にも、今の文春は無双状態らしい。大手の新聞では、この作品のような大スクープはできないようだ。しがらみが多く、その力に屈しているのかも知れない。記者という仕事は大変だ。入念な調査が必要だし、圧力を受けながら記事を作らないといけない。ストレスが酷いだろう。

築地市場の移転先が汚染物質対策を怠った件も、最近では大きなスクープ的事件だった。都知事が代わらなければ、そのままだったかも知れない。おそらく、工事法の変更による実質の害はないように思うけれど、信頼度の点では酷く評判を落とし、商店によっては実質的被害を被る所もあるかも知れない。

威勢がよかった石原元都知事が、立場を悪くしている。小池陣営からの復讐、ボディーブロー攻撃と言えるかも知れない。まさか、過去の自分の問題を攻撃されると思っていたかどうだか?この調子だと今後、都知事が交代する度に、暴露合戦が起こるのかも知れない。

やがて日本でも、宗教団体の不正が暴かれる日が来るかも知れない。素人の我々でも、おかしい事象がありそうだと感じる事柄は多い。でも、個人でそれを取り上げると大変な目に遭うと知っており、なにかのきっかけがないと公になることはないのだろう。

性欲に関する規律が厳しい組織は、昔から隠れた行動が蔓延する伝統があったと思う。おそらく少年少女は常に犠牲になっていたはず。日本の寺でもそうだったらしい。ヌード雑誌もあるし、ポルノ業界も活発で、そこらじゅうに性的情報が蔓延している米国内の教会では、規律を維持するのは難しいだろうと思う。

日本の場合は、性的な問題より金の問題が大きそう。宗教団体は税制面で優遇されているから、巨大利権の温床になっている。財政が厳しい今日、資金的に余裕のある団体には課税が強化されても仕方ないのではないかと思う。もっと国民に収益を還元すべきでは?宗教家は、常に清貧であって欲しい。

政治と宗教の関係性についても、怪しい点は多い。宗教団体の立場に理解すべき点は多いとは思うものの、政教分離の方針をなし崩しにする態度は、なにかしら真摯さに欠けると思う。

カトリックの司教達は、おそらくは教会の組織維持のために、性的な事件は隠すべきと判断したのだろう。その結果、新しい被害者を多数生じてしまったのだから、司教は犯罪に荷担したことになる。事情があろうとも自らを律し、真摯に考えるべきだ。自分達を律するからこそ尊敬されるものではないか?

守秘義務というのも難しい。弁護士や医師には守秘義務があって、特に教会の側の弁護士の場合、再犯を予防するための道義的責任と、職務上の守秘義務が相反してしまうので、立場が難しい。犯罪者の弁護は、危険な仕事。この作品では脇役に相当する俳優達が、その微妙な立場を演じていたが、脇役にするのはもったいないほどの名演だった。

 

 

2016年7月25日

スターウォーズ フォースの覚醒(2015)

Disney

- つながりは大事 -

スターウォーズの新シリーズ。今度は新たな帝国軍と共和国勢力の戦い。ヒロインは、運命に導かれたフォースを持つ少女・・・・

・・・DVDで鑑賞。新しいシリーズが始まったことは知っていて、劇場に行こうかと末っ子に言ってみたが、興味ないとの返事。上の子供達とは全く違う反応は、時代の流れのせいだろうか?30年も経っているから当然か?

評判も非常に良いわけではなかったようだ。かなりのヒットはしていたが、かってのようなロングランはない。最初の作品は、たしか半年以上も上映されていた気がするので、かなりジリ貧傾向と言えるかも知れない。

主人公となる少女役は素晴らしかった。若くて体力がありそうだし、走るフォームが良く、動きが全体に早い。意志の力を感じさせる表情も良かった。

映像も鮮明で、細かい点までよく描かれていて、普通のSF映画より力が入っているように感じる。スターウォーズとアバターは、細かさが違う。

相棒役の黒人俳優には、あまり魅力を感じなかった。歩き方がダサイ。あれは意識していたのだろうか?颯爽としていないのは、そんな役柄だったからだろうが、そんなキャラクターでは最初から観客の共感を得るのは難しい。映画の作り方を考えると、それはどうだろう?彼が泣き、苦しむことが望ましい。

おそらく今後、彼が意外な活躍をして成長していく展開になるのではと予想した。つまり、今回は未熟で頼りないままで良いと判断されたのだろう。かってはルークの成長が作品の大きな流れだった。成長、親子の戦い、怪物達との戦い、隠された陰謀、それらがストーリーを作っていた。

ハリソン・フォードなど、かっての出演者達が登場していた店は、懐かしさを感じさせる点で良かったと思う。それに話をつなぎ、新シリーズに自然に興味を移行させる点で必要だった。よく流れをつないだと感心する。

かってのファン達なら、この作品には好印象を持つかも知れない。新しい若い世代にどう受け入れられるのかは分らないが、唯一絶対の支持を得ることは難しくないだろうか?かってのような斬新さはないと思うので。

最後に年をとったルークが登場していた。この姿にも、正直言ってがっかりした。若々しくないのは仕方ないが、迫力、威厳、強さといった印象が全く感じられない風貌。まるで浮浪者・・・というと失礼だが、主役にふさわしい印象は受けない。彼が過去に活躍していなければ、あっさり殺される住民の役か、あるいは敵と通じて仲間を売る役が向く、そんな風貌だった。美容整形して出直して欲しかった。

そこに至るまでの流れにも少々不満を感じた。親子の戦い、諍いの物語にこだわる必要があったのか、まずストーリーの立ち位置とでも言うか、根底の物語性に少なくとも感心はできない。友情や愛情、無理解、感情の行き違い、欲望、責任感や勇気、そういった要素の何に重点を置くか、もしかすると方向を誤っていなかったろうか?

 

2015年4月25日

スタンドバイミー ドラえもん(2014)

Touho


- ギャグ不足 -

ドラえもんの話のダイジェスト版。アニメではなく、CG化された点が特徴。アニメ版のエピソードをうまく編集し、ドラえもんの登場からのび太の未来の話、別れに至るまでを描いている。

DVDで鑑賞。劇場でも非常に長い間上映されていて、大人気だったようだ。末っ子は鑑賞して、出来栄えに満足していた様子。筆者は、劇場予告の段階でCGの出来栄えに疑問を感じ、劇場には行かなかった。

劇場に行く価値があったかも知れない。話の流れはよく考えてあったと感心した。過去の映画のエピソードを上手くつないでいる。CGについても、呆れるほど酷くはない。アメリカ製の最新映画と比べたら幼稚というだけ。ヒットするだけの出来栄えは感じた。

戦略が良かったのかも。友情の主題に沿って作ろうと、最初から企画したのだろうか?冒険に焦点をしぼる手もあると思うが、出会いや別れに焦点を絞るほうが良いという判断があったようだ。

結果的には成功したが、失敗していたら「何の戦いもない、しずかで退屈な作品。」と評される危険もあったと思う。おそらく、微妙な違いでかろうじて成功したのでは?次の企画は、同じ路線では絶対に成り立たないだろう。

この作品なら、おそらく海外でも受け入れられると思う。大ヒットはしないかもしれないが、友情の表現に関しては万国共通に受け入れられ、理解されそうな気がする。

また、当然ながら子供も大人もいっしょに楽しめる作品と思う。そのように企画されている。恋人といっしょに二人で観るのは、やや幼稚な内容の印象もあるが、相手が納得するなら悪くはないのでは?

CGは、今後もっと改善されそうな気がする。「もののけ島のナキ」の監督が作製したらしいが、あの作品のほうが動きが派手だった。ダイナミックで滑らかな動きは、できれば表現できたほうが良い。

ドラえもんの場合は、肉弾戦の迫力はそれほど必要ない。空を飛ぶ楽しさを表現できれば良い。そして、着地の際の体重の表現、物のしなりの表現をいじって、漫画的だがリアルなくらいにできれば充分と思う。

リズムやギャグ、デフォルメといった面に関して、この作品はあまり考えてなかったようだ。保守的なセンスによって作られた印象。本来の藤子不二夫漫画とは多少の感覚の違いがある。

今回はマンガ的なデフォルメがあまり見られなかった。ジャイアンやスネ夫には、もっと大きな表情の変化が欲しい。あまりオーバーにするとアニメとしてのレベルが下がって、ギャグが中心の、子供にしか受けない映画になるかも知れないから、適度なレベルに保つべきだろうが。

そこらのギャグ的な動きは、ノリの良さを生むから大事と思う。ジャイアンらには本来は漫才のような演技をする役割がある。過去の映画版では感動を生むように、本来のキャラクターから外れて命を懸けるシーンも多かったが、それは逆説的な方向性に過ぎない。本来は漫才士としての役割が必要。

基本は、爆笑ギャグ、大失敗、大冒険。ほとんどの時間は笑えた方が良い。そして結末の少し前に涙。それがコツのようなものと思う。

 

 

2014年10月28日

スーちゃん、まいちゃん、さわ子さん(2012)

Wowowetc

- 女子会は禁止 -

30代の女性3人組の日常を描いたマンガの映画化作品らしい。マンガは見たことがないし、この作品の劇場公開も知らなかったが、21日のBS放送で鑑賞。

よくできた映画。もともとの原作が、おそらくさりげないタッチで日常を描いていたのではないかと思うが、この映画も実に静かに、自然に、そしてゆっくりとドラマが展開し、しかも4コマくらいの漫画で描かれそうな小さな出来事を器用につなげた上手い展開のように感じた。

女性映画だから監督も女性だろうと思ったが違っていた。海外の作品で、このような描き方をしたものは、かなりの確率で女性が監督し、しかも同性愛のニュアンスが漂うことが多いのだが、勘違いだったようだ。

主演は柴咲コウで、そう言えば彼女もいつの間にか30代だったのだ!化粧品のコマーシャルで出てきた時は確か17~18歳くらいじゃなかったか?あれから幾とせ、こんな作品に出るようになるとは!しかも後姿や歩き方は、お世辞にも格好良くない。そこらのオバサンと違わないようにお見受けした。なんだか映画の内容より、そっちのほうが悲しく感じられた。

といっても演技やメーキャップの効果もあるのだろう。バラエティ番組にたまに出演されている彼女は、相変わらず非常に目立つ美人である。女優をするために生まれてきたかのような、目鼻が異常にはっきりした顔立ちで、華がある。こんなショボイ役より、大奥の女将軍のほうが似合う。車のコマーシャルに出ていた頃は格好良かった。

女性が微妙な年代に差し掛かった時の心情をどう描くか、それがテーマだったように思う。その中で、友情やプライド、悩みや様々なトラブルに対する感情を上手く描くことに成功していた。元々が長編のマンガだったら別だが、もし短編ならば映画用に脚本化した能力は大したものだと思う。

在宅介護中の家庭を尋ね、寝たきりの祖母にも挨拶をする主人公と、会わずに帰っていく本当の息子との対比は上手い設定。小さなエピソードのそれぞれが、なかなか含蓄のある、余韻に浸れるようなものばかり。あまりに高いレベルでそれが続くので、余韻も続く。そんな印象。こんなドラマはそうそうない。

真木よう子や寺島しのぶは、それぞれの役目を充分に果たしていた。真木が演じた女性は、不倫関係に見切りをつけて見合い結婚に踏み切るのだが、そんな女性が感じそうな喪失感と打算の板ばさみがよく理解できたように思う。

女性の観客は筆者と違った感覚で、あの表現を観るのかも知れないが、たぶん概要は同じではないか?自分のこととして感じるか、他者のこととして冷静に考えるか、内容が同じでも感じ方や重みは全く違うだろう。そんな違いを筆者はうまく理解できない。

転進(結婚)に見切りをつけられないままの人もいて、自分がこのまま老いて、一人で死んでいくのかと悄然となる時もあり、安易な打算で家庭に入ることに嫌悪感を抱く時もあり、家庭に入ったら入ったで雑用に終始する生活に興味を失う可能性も高く、いずれにせよ万全の満足感は誰も得難いのでは?

選択を常に迫られた女性の心情は、筆者には分からない。気持ちと反する判断が、やがては大きな違い、例えば子供がいるかいないか、仕事をしているかどうか、収入が多いか少ないか、愛情に満ちた状態かどうか、そんな違いに直結する点で、野郎どもより深刻だろう。

野郎の一人である筆者は、結婚に関しては考えが足りなかった。期待してもいなかった。理想の女性像を真剣に考えたこともなく、誰か自分に好意を持ってくれる人と結婚できれば良し、誰もいないってことはないだろうくらいの安易な考え。でも、もう少しで誰もいなかったかも知れない。

自分で考えるに、若い頃の筆者は色気がなかった。女性に神経を使いそうな気配すらなかったから、こんなガサツなヤツは遠慮したいと普通の女の子なら考えただろう。やはり女性としては、基本となる生活力や包容力、安心感を持てる相手が望ましいだろう。何を考えているか分からないような者は、できれば相手にしないのが正解。

おそらく筆者に限らない。よほどのセクシーガイを除き、大多数の男性は女性を惹きつけるほどの魅力はないと思う。女性たちは我慢して、本当に仕方なくイヤイヤな気持ちで結婚に至るのでは?悩まないはずがない。「他の選択肢はないか?よく考えろ私!」と、相当悩むに違いない。

もし結婚できていなかったら、今頃どうしていただろう?自分の選択を後悔したり、正当化したり、あれこれ考えていたのだろうか?子供がいなかったらどうだったか、考えると怖い。

今日の午後に来られた男性は、奥さんが長期入院中で独居状態。肝硬変のような印象だったが、飲酒しては転んだりしたらしく、青あざだらけだった。筆者の場合も、きっと生活が乱れて同じようになったのでは?と、背スジが寒くなるような感覚を持たせてくれた作品だった。

したがって、この作品は男女を問わず独身の方に観て欲しい。子供には興味が湧きにくい映画のように思う。でも、少女達には鑑賞していただいて、そうできればクラスルームの時でも良い、先生から「この主人公のような状況にならないように、早めに結婚しなさい。」と説教して欲しい。

女性の人生観も大事だが、このままでは人口がどんどん減ってしまう。急激に減ったら、何もかも破綻して社会が崩壊する。いろいろ苦労してでも、なんとか子供だけは生んで欲しい。勝手な願いだが、ドラマにならない薄汚れた人生でも耐えて、なんとか人間を増やして欲しい。女子会を開く暇があったら、お見合いの会に出て欲しい。

でも、こんなことを望んでいるようでは、筆者が女性からもてる可能性は最初からなかったはずだ。この手の考え方は、言い換えれば女性に苦労を強いようとしているに他ならないのだから。そんな野郎に、好意を持つ女性がいるはずがない。女性に苦痛を強いる考えが根底にあって、しかもそれを隠す術を知らないのはいけない。男女の間では、騙しも基本と考える狡さが必要なんだろう。・・・今頃分かっても遅いが。

話が脱線してしまうが、イスラム過激派の連中の女性に対する考え方に興味がある。彼らは女性を隷属する対象と考えているのだろうか?まさか全員監禁したり、拷問したりしてばかりとは思えない。古い時代のように、テントや家屋の奥で暮らさせて、家庭の外に出るのは稀という状態にしたいという考え方ではなかろうか?その状態を維持するために暴力を伴わないなら、必ずしも非人道的とは言えない。最近までは、キリスト教世界も似たようなものだったと思う。

いっぽうで学校を襲って拉致し、奴隷として売るのは全く理解できない。異教徒、異種の宗派とは言え、生徒達を戦利品、家畜なみにしか考えていないということになる。そんな行為をはたらいた連中が社会を形成した場合、その中で女性達がどんな扱いを受けるのか、単純に昔の部族のスタイルに戻るのか、または奴隷として次々と犠牲になるのか、そのへんの実情はどうだろうか?

組織を永続させたいなら、女性に無茶はできないと思う。彼女らにも人権意識はあるはずだから、何もかも強制することは無理。おそらく常に新しい女性達を拉致し続けるか、支配地域の女性達の立場を高くするかしないといけないはず。そうでないと、やがては組織が包囲され消滅する運命にある。いかに勇猛な兵士が集まっても、永続はしない。それは彼らも知っているだろう。

イスラム国の様子は欧米メディアを介さないと知りようがないので、実情を知ることは簡単にはいかないだろう。日本人のジャーナリストが内部を探ろうにも、人質としてしか扱われないように思う。

 

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