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カテゴリー「す」の70件の記事

2019年3月29日

スパイ・ゲーム(2001)

Spygame

Universal-                  

 

引退間際のCIAスタッフ。しかし彼は、元部下だった男が危機に瀕し、彼の関与も疑われていることを知る。部下の過去についての詰問を受けながら、彼は救出を目指すが・・・衛星放送で鑑賞。  

 

かなり大掛かりな作品だった様子。中東や東南アジアでもロケをしていたと思える。爆破のシーンの迫力も凄かった。しかし、地味なスパイ映画なので、流行りの雰囲気ではなく、心理劇に近い印象。殴り合い、カンフーアクションもない。その点は古い。     

 

作品のアイディアは良かったと思う。老刑事や、引退間際のスパイが活躍する作品は多いが、その中でも主役の魅力に関しては第一級だろう。何といっても、ロバート・レッドフォード様が主演しているのだから、出演した時点で魅力ある人物ということになる。これは彼のキャリアのなせる業であろう。 

 

対する若々しいブラッド・ピットも、荒々しくて人間的な魅力のある人物を演じていて、なかなか格好良い。この頃は脂ののっていた時期だ。しかし、彼は中国が嫌いなのか?何度も中国政府を敵に回している。彼の引退には、中国政府の意向も関係しているのかもしれない。   

 

冷酷な指示を受け入れるか拒絶するか、その判断が非常に難しいシーンが何度かあった。実際に、テロリストといっしょに一般市民を多数殺してしまうことは多いと思うので、あんなシーンは実際にも繰り返されているのだろう。任務と人道の間で苦しむ工作員、兵士は多いはず。   

 

日本の、ごく普通の職場でも、職務と人情の間で矛盾が生じることは多い。病院でもそうだった。市民病院、町立病院では、スタッフの多くが議員の調停によって採用された人と言われていた。医療上の必要があって指示を出しても、仲間内の理屈によって上手に拒絶されることが多い。理屈で医療上の必要性を説明しても、あちらは自分の仕事の量や、帰る時間、体力的なことのほうが大事と考えていることが明らかで、あらゆる理屈を使って反対するし、だんだん視線が厳しくなる。 

 

グループを作って話し合って対抗してくるから、一人の医師の力で職場を改革することはできない。それは劇場主の指導力の問題だけではなく、どこの病院でもそうだ。患者の利益を追求するという目的から、職員や労組、議員と家族の利益などに重点が移った状況は、構造的なものだ。公的な問題と私的な問題が、馴れ合いによって曖昧になっている。  

 

国でもそうであろう。厚生省の内部のことは知らないが、統計をいじって国の方針を誤らせる方向にしてしまった事件が、最近になって追及されている。責務やプライド、理想などから、自分の保身、出世の失敗への恐怖などに、重視するものが移ってしまったのだろう。「この統計は酷いよ!」と、分かっていた職員も多かったはずだが、「お前がそれを公表したら、俺たちの出世はパーだぜ。それでも公表するか?」・・・そんな視線を浴びていたに違いない。  

 

結果的には国民を欺き、国の道を誤らせたと言える。通常ならば問答無用で内閣総辞職、厚生省の担当官も総辞職とすべき問題である。そうしないと、国民からの信頼を損ない、やがては荒療治を呼び起こしかねない。信頼は職務遂行能力より大事だと思う。        

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019年1月 8日

スター・トレック(2009)

Star_trek

- Paramount -      


12月30日、衛星放送で鑑賞。絶大なる人気を誇る「宇宙大作戦」は、過去に何度も映画化されているはず。でも劇場主は、あまり興味を持っていなかった。この作品の公開当時も全く期待していなくて、劇場に行こうなどとは考えもしなかった。   


最初のテレビ版は、再放送だったかも知れないが、子供の頃に何度か観た記憶がある。その時の印象は、何かにこだわり過ぎて肝心のアクション、演技の部分がないがしろになったオタクっぽい失敗作のように感じた。演技はいかにもテレビ俳優がやりそうなオーバーなもので、過剰にクールだったり、科学的な説明がくどかったり、CGなどない時代だから映像の技術にも問題があったりして、なにかドツボにはまった実験のような感覚か?オタクでないと不満が残る出来栄えだったと思う。  


その後の映画化作品も、スターウォーズほどの人気が出たとは聞いていない。この作品では若い俳優たちに切り替わって、新しいシリーズとなって生まれ変わったようで、かなりヒットもしたらしい。アクションの面では、特に空からダイビングで出撃するシーンなど、かなりの迫力があった。主役のクリス・パインの破天乱な性格も、旧来の沈着な船長より斬新に写る。より映画的な設定と言えるだろう。


でもクリス・パインの魅力は、劇場主にはよく分からない。ものすごい二枚目ではないと思うし、格闘技が非常に得意なタイプでもないようだ。やや軽い印象のアイドルタイプ。お調子者、すばしこく立ち回って危機を脱する、そんな個性は感じるので、組織の中での若手副官といった役には向きそう。この作品がまさにそうだったので、この役には向く。でも、どうなったら大スターになるか、ちょっと予想できない。   


転送・・・の表現は、昔のテレビ版よりは進化していたと思う。ブラックホールができる際の映像表現も素晴らしかった。「赤い液体」を取り出す際のブヨーンとした液体の動き、重力が強まって星が収縮して行く様は出来栄えが良い。いっぽうで、スポックの母親のウィノナ・ライダー嬢が落ちてゆくシーンは、テレビの安物ドラマのレベルだった。もっと劇的に描いても良かったのでは? 戦いに関しても、二転三転、逆転に次ぐ逆転の展開があったほうが良いと思う。少し単調に思えた。

2018年9月 6日

スリー・ビルボード(2017)

Three_billbords_outside_ebbingmisso      

- Fox -              


タイトルにEbbingという単語が入っていた。舞台となった町の名前らしいが、確認していない。この作品の監督はマーティン・マクドナーという方であったが、それを知るまでは、この作品はきっとコーエン兄弟の制作だろうと想像していた。コーエン兄弟の作品と、作風に共通するものがあると思う。思いがけない展開になること、暴力の表現の仕方、それにフランシス・マクドーマンドが主演していることも紛らわしくしている。ブラックユーモア、丁寧な人物描写、恐ろしい犯罪行為、意外な展開、それらは上手く調合され、完成度の高い話だったと思う。  


警察署長をしているウディ・ハレルソンは、今までの役柄から考えて、悪役としてキャスティングされたものと思っていた。ヒロインとの頭脳戦が期待できる。ところが途中から人間性豊かな人物であり、ヒロインの敵ではないらしいと分かってくる。どんな対決をするのかという興味から、どうして力ずくで逮捕しないのかという疑問に変わり、やがて意外な事を考えていたのに驚くという流れの変化は、よく考えてあった。     


ヒロインの行動が徐々にエスカレートし、彼女の勘違いによって、けして称賛されないような内容になってしまう変化も、やはり同じ考え方で作られたように思える。意外性が重視されたのだろう。 


ヒロインの息子役を演じていたルーカス・ヘッジスは、「マンチェスター・バイ・ザ・シー」でもそうだったが、実に上手い俳優だと感心する。ヒネた態度で主人公に絡んでくると、その場がとてもリアルに感じられる。あまりにはまり役なので、今後もっと違った個性を演じた時に、どんな演技をするのか分からないくらいだ。ヒーロー役が務まるだろうか?悪役なら、ヒネた個性は生きて来るかも知れないが、二枚目役はちょっと難しいと思う。どうやって役者として生き残っていくのか、本人には何か勝算があるのだろうか?     


日本で、たとえば殺人事件が発生して、警察の捜査方法に不満がある場合、この作品のような手段で被害者の遺族が世間に訴えることは可能だろうか?おそらく広告業界には自主規制があるはずで、特定の人物、団体を誹謗中傷する広告は許されない。仮に文言を工夫し、中傷や非難が直接的でないようにできたとしても、相手からの訴えがあれば、裁判所がどう判断してくるかはおよそ想像がつく。司法の面からもそうだろうが、職場や近所での立場についても、映画のヒロインよりも厳しい圧力が予想される。理不尽なリストラ、左遷、白眼視、嫌がらせは覚悟しないといけないし、それらは延々と続くだろう。     


しかし、もし極めて裕福な家庭が被害者側だった場合、もしかすると新聞広告などによる手段で、切々と心情を訴えかける内容、攻撃性を抑えた表現にとどめてならば、ひょっとすると広告が可能かも知れない。あまりに気の毒な境遇なら、警察にさらなる努力を期待しようという感情が多くの人に起こるかも知れないので、それを気にした司法側、警察側も、強硬手段には出られないかも知れない。    


おそらく犯罪被害者になった家族の多くは、穏やかな気持ちで捜査を見守ることはできない。犯人が分からないという結果には、とうてい納得できるものではない。よく初動捜査の方法を間違い、被害者家族を犯人と疑って犯人逮捕が遅れることがあるが、そんな場合、どんな補償をしているのだろうか?それこそ、被害者家族が猟銃でも持っていたら、襲ってこられても不思議ではないと思う。

2018年6月24日

スターウォーズ 最後のジェダイ(2017)

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- Lucasfilm,Dizney - 


帝国軍に追い詰められた反乱軍のパイロット達、ジェダイの生き残りのルークを探して修業を積みたいヒロイン、なにかのトラウマにつかれている様子のルーク、帝国軍の中で自分の立場に苦悩するカイロ・レン。それぞれの戦いを交錯させた物語。エピソード8に相当するらしい。DVDで鑑賞。

 

この作品は2018年の日本の興行収入でしばらく1位だったらしい。その記録は名探偵コナンに抜かれるだろうとの報道だったが、この作品が1位を占めていたことに驚いたくらいだ。際立つほど面白い作品とは思えない。過去のシリーズから生まれる期待はあるだろうが、この作品単独で評価したら、失敗作に近いレベルだと思う。   


盛り上がりの要素に欠けていることは間違いない。製作者たちはいろいろ考え、工夫を凝らしたのだろうが、どれだけ精緻に作ったとしても、盛り上がらなければ仕方ないと劇場主は考える。なにかの根本的問題があったはずだ。   


よく出来ていた点も多かった。敵の戦艦が爆発するシーンは、ただの爆発ではなく、複雑な爆発の連続によるリアルで迫力のあるシーンで、実に美しかった。艦船に残った司令官が敵に突撃したシーンは、なかなか鮮やかな表現で、これもよく出来ていたと思う。CG技術者たちの腕は相当なものだ。  


欠けていたと思えるものは、敵のキャラクターかも知れない。魅力的な敵が欲しい。性格が陰湿で、手ごわくしぶとく、誰もが嫌いになる存在。今回は敵の首領がそんな存在だったが、もっと低いレベルの実働部隊のほうが良い。首領は圧倒的な力を持って、味方がただ逃げ惑うだけの怖い役割で良い。現場のレベルでは性格の悪い連中がイジメにも似た悪行を繰り返し、観客の怒りを溜め込ませ、ラスト近くで一気に逆転させて快感を狙う、そんな展開が欲しい。   


ベニチオ・デル・トロが出演していたから、これはどうやら猛烈に濃いキャラクターが登場したかと思ったが、肩すかしの術を浴びたかのような妙に小さな役割で終了してしまった。 敵の艦船に侵入した作戦は、せっかくだから成功してほしかったが、結局なんだったのだろうか? 全体に、今回は味方が活躍して敵を倒すシーンが少なかった。あれでは満足することはできない。    


戦いで満足できないなら、ドラマ部門で満足するしかないが、今回のルーク君はイジイジとしているだけで、共感するのは難しそうな印象を受けた。共感しないなら、ドラマ部門で盛り上がることは期待できない。 多数の観客が来てくれたのは、あくまで過去の栄光の故だたったのだろうと思う。     


味方の側の、黒人の元兵士と東洋系の女のキャラクターもよく分からない。今後も活躍させる方針なんだろうか?かってのハン・ソロは憎まれながらも、最後は味方になってくれて結局は一番のヒーローになった。今回の二人は、ハン・ソロより真面目で、キャラクターとしての面白みには欠ける。ここはデル・トロ君が活躍でもしない限り、その方面の面白さは期待薄となる。


 

2018年5月25日

素顔の西郷隆盛(2018)

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- 礒田道史著・新潮新書 -

 

今年の大河ドラマで西郷どんが放送される関係か、様々な西郷本が出ている。人気歴史家である磯田氏も新書を出していたので購読した。 

 

西郷に関する本は非常に多い。過去に何冊か読んだことがある。西郷は間違いなく日本史の中でも稀有な人気を持つ英雄であり、多くの人から尊敬され、悪い印象を持つ人は滅多にいない珍しい存在だと思う。他の有名人では、悪い面も必ずある。徳川家康や織田信長だと陰険な部分、残忍な部分を感じて嫌う人も多いはずだ。西郷は彼らとは違う。

 

西郷の凄いところは、出世欲、金銭欲を感じさせないところだろう。権力を捨てて国家の中枢から離れている点が、広く評価されていると思う。偉人は多いが、金や権力、名誉欲、支配欲の亡者がたまたま成功しただけの人がほとんどだと思う。西郷が何を基準に自分の道を選んだのか、常人ではなかなか分からない。この本を読んでもよく分からなかった。

 

もしかすると、西郷は自分の人生訓として名誉や金銭欲を捨てることを目指し、それを実行することでの満足に欲を持ったのではないかと、少し感じた。それよりも高尚な、何かの義務感、やむにやまれぬ動機があってあのように行動したのかも知れないが、いずれにせよ一般的な常識を外れた判断があったようだ。

 

「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は始末に困る・・・」という彼の言葉があるそうだが、確かにそんな人間は扱いにくい。弱みを見つけて懐柔することができないし、あら捜しして批判することも簡単ではない。そんな人物を目指すと、みずからの行動は制限され、やがては政権を去らねばならなかったし、政権と戦わざるを得ない運命にあったのかもしれない。彼の目指した姿、彼の信条こそが彼の最後をもたらしたのかもしれない。 

 

西郷には様々な問題点があると思う。彼の信条は非合理性をはらんでいるので、彼を崇拝する連中が非合理性を当然のことのように思い、無茶な行動をとりかねない。過激化しやすいはずだ。集団の中で誰かが合理的なら良いが、全体が非合理的では破滅する。

 

もともと薩摩藩士には「理を言うな!」という伝統があって、理論に走ることを嫌悪する傾向があったそうだが、西郷の迫力の一部は、そんな伝統から生まれたものもあるように思う。ただ、西郷だから良かった姿勢が、欲まみれのエセ西郷によって、妙な施策に持ち込まれてしまうと困ったことになる。旧日本軍の上層部にも伝統的に薩摩藩士の子弟がたくさんいたはずで、薩摩藩の伝統を継いでいたとすると、やはり無茶な作戦に走りやすい。それこそが敗戦の主因なのかもしれない。  

 

むしろ欲深き人物に合理的な施策をとってもらったほうが、無茶が少なくなる。玉砕するのは怖いので、消極的な作戦が多くなるかもしれないが、全滅するよりはマシだろう。西郷は何をやらかすか分からないし、始めたら途中で止めたりしてくれないないだろう。そこが怖い。

 

 

 

2017年9月23日

ズーランダー(2001)

Zoolander


- Paramount -

ベン・スティラー監督、主演のコメディ。モデル業界を皮肉りながら、サスペンスもどきのストーリー、くだらないギャグなどを織り込んだ作品。続編も作られたらしい。DVDで鑑賞。

ベン・スティラーのギャグは、日本人には理解しがたい面があるように思う。米国のようには人気がないはずだ。この作品も、他に適当なものを探せなかったから選んだのだが、たぶん日本人では知らない人のほうが多いのではなかろうか?知らなくても良いかもと思う。

実際のモデルも多く出ていたが、途中でトランプ大統領も登場していて驚いた。当時はセレブの一員でしかなかったから、こんな映画には最適の人間だったのだ。まさか彼が大統領になるとは、この作品公開の当時は誰も考えていなかったろう。今となっては懐かしいデヴィッド・ボーイが若々しく見えた。

ヒロインは奥様だそうだ。映画の作り方として、恋人や奥さんを使うのは、昔の美男美女の大スターならともかく、今日では禁忌に近いかも知れないと思う。夫婦で出演して、喜ぶ客がいるとは思えない。この作品のヒロイン、特に作品の魅力アップに貢献していただろうか?劇場主には分からない。

最高に盛り上がるシーンを挙げることができない。普通ならライバルとの対決、あるいは真の敵との対決のシーンになるはずだ。乱闘、または逆転劇、派手な失敗など、何かがあるはずだったが、必ずしも派手には感じなかった。

モデル達にはおかしな人が多いらしい。会ったり話したりしたことがないので実際は知らないが、少なくとも奇抜な恰好をして裸体をさらけ出せるのは、奥ゆかしい人間には無理だろう、自己顕示欲や競争心の塊ではないかと疑ってしまう。

テレビには時々、そんな個性を生かしてバラエティ番組で人気を得るタレントもいる。頭の回転の良い人は、そのまま俳優になったり、コメンテイター席の常連になったりもする。ただし、およそは短期間の人気者で終わる人が多いとは思う。何かの芸があれば生き残れるが、基本としては見た目だけだからか?

厳しい商売だと思う。浮かれてパーティー三昧の生活をして、体型でも変わってしまったら使えない。少しでも容姿が衰えたら、よほどなスーパーモデル以外は排除されてしまうようだ。俳優やタレントに転身できないと、敗残者になる。そこを彼らはどう認識しているのだろうか?

2017年7月31日

頭上の敵機(1949)

20cfox

- 20C.Fox -

ドイツの軍需工場を攻撃している米軍部隊。失敗が続くため、あらたに隊長に任命された主人公は、作戦成功を目指すが・・・・

・・・異色の戦争映画。テーマは作戦の成功ではなく、その代償のほうである。作品の存在は知っていたが、その特徴は知らなかった。時代を考えると非常に珍しいのじゃないかと思う。赤狩りの前に企画されたから間に合っただけで、少し遅れていたら大変な迫害を受けたかも知れない。奇跡的なタイミングの作品かも知れないと思った。

終戦直後にアカデミー賞の候補にあがった作品は、多くが非常に理想主義に燃えている。1950年頃からは映画界の内幕ものなど、戦争や政治とは異なるテーマに作品の趣向が集まっている。おそらく、赤狩りで製作中止にでもなったら資金が吹っ飛んでしまうから、政治がらみの作品に予算が集まりにくかったのではなかろうか?

この作品、主演はグレゴリー・ペックで、最後のほうまで役柄に合っていないような気がしたが、ラスト近くで最後の攻撃に向かおうとして調子を壊した後の表情を見たら、非常にリアルな病人ぶりで、キャスティングされた意味が分かったように感じた。彼の良さは、苦しい状況に陥った時の表情だったのだと、改めて気づかされた。

ある意味で、人間の弱さ、兵士の厳しい環境が描かれた作品だから、厭戦を主題にしているとも思われる。戦後でないと評価されにくい内容だ。興業的には、かなり危険な種類の作品になると思う。

原題はTwelve O'Clock Highで、何のことか分からなかったが、飛行機に対して12時の方向、上方から敵機が攻めてくるという、操縦士達の連絡に使われる言い方のようだ。確かに「何時の方向・・・・」と、よく映画でも兵士同士の会話を聞く、あの言い方だった。

兵隊の中には、一定の割合で精神的に破綻してしまう人がいると聞く。単に勇気がない人がそうなるとは限らず、多大な期待を背負ったり、過剰な仕事、繰り返される緊張で精神に障害が来るらしいので、要は環境と責任が生む病態だろう。強い弱いというより、鋭い人はやられ、鈍い人は影響されないといったものではないか?

兵士ではなくとも、収監されて連日の取り調べを受けた人は、人の心を砕かれるような体験だったと語ることがある。人権を制限され、自由を失うだけで、人は容易に意志の力をそがれるものだ。精神的に強そうな人でも、それは立場によるもので、どのような状況下でも強い態度をとり続けるのは難しい。

 

2017年6月10日

素敵なサプライズ(2016)

De_surprise

- ブリュッセルの奇妙な代理店 Content Media Coop. etc -

感情を失った自殺志願の富豪が、自分の死のセッティングを依頼した。しかし、気が変わる。彼を殺そうとする業者達は、彼を襲ってくるが・・・・

・・・・オランダ映画だそうだが、フランス映画のような洒落た雰囲気だった。監督のアイディア企画らしい。DVDで鑑賞。

非常に出来の良い、ロマンティック・コメディだった。あらすじは、最初の段階で読めてしまう。でも、ヒロインが非常に可愛らしい女優で、主役も人物像にピッタリはまっており、全体的にセンス良くまとめられ、欧州路線の善き伝統を感じる。ハリウッド流のバカ騒ぎ映画ではない。そこが良かった。

ヒロインは、オードリー・ヘップバーンを彷彿させる女優だった。ジョルジナ・フェルバーンという方だそうだが、他の映画で見かけた記憶はないので、テレビか舞台の女優かも知れない。コメディ以外には、あんまり向かないような印象を受けた。

もし、この役をグラマー女優が演じていたら、おそらく印象が全く違っていただろう。お色気にも色々質の違うタイプがあり、可愛らしさが必要な場合があり、この作品がちょうどそうだったようだ。

主人公はとぼけた風貌で、ダンスが妙に上手い点が笑えた。確かに働く必要のない男は、母親の相手のしながらダンスが妙にサマになってしまうものかも知れない。下着姿で踊るシーンは大人しい笑いを生む。

オランダの富豪といっても、劇場主はほとんど知識がない。かって世界の通商の覇者だった頃のオランダには、きっと財閥が形成されていただろうから、当時だとお城を建てたりしただろう。その一族が、現在どのような暮らしをしているのか、ほとんど知らない。

おそらく投資に失敗しなければ、いまだにスーパーリッチな一族がたくさんいるだろう。この作品に出てくるような富豪も、非現実的ではないと思う。ただ、一族の他の人間(親戚)がいないのは不自然な気もする。財産を狙う親族がからんで壮絶な殺し合いになれば、またそれも面白いと思うが・・・

 

 

2017年4月20日

スーサイド・スクワット(2016)

Suicide_squad

- Warner, etc -

犯罪者達を集めて秘密部隊が結成され、魔女を相手の戦いに投入される話。アメコミを題材にした作品らしい。DVDで鑑賞。

ウィル・スミスが一応の主役だったようだ。ゲテモノ映画、悪趣味な二級品と言えるが、単純に面白かった。狂った悪女役は可愛らしくて色気があり、集団のトップは悪人達より非人道的で、一種のダークヒーロー物語として、設定が良く出来ていた。

生真面目な人物が悪者と戦う場合、真面目すぎて興味を持てない場合がある。お子様映画の鑑賞者になってしまうことを、自分自身が恥じるのか分からないが、集中して観ているのを、ちょっと遠慮したいような感覚に襲われる。その点、主人公らがヒネていると都合が良いのかも知れない。

米国に限らず、キモ系のヒーロー、悪者が活躍する物語は多い。そこらの理由があって、必ず新しいダークヒーローが登場してくるのだろう。

目立たない人物もいた。ブーメランを使う犯罪者は、それだけでは魅力に欠ける。戦闘能力が劣る場合は、性格のずるさを強調すべきではないか?常に下品な悪態を吐くとか、裏切りや騙ししか考えていないなど、他の要素でもって存在感を出して欲しかった。雑誌の人気投票で下位にランクしていて、扱いが軽かったのか?

底の浅い物語ではなく、逆転につぐ逆転の展開のほうがが望ましかったと思う。敵も仲間も互いに嘘をつき、互いに誰も信用できないような展開が面白い。そして形勢が常に逆転するような展開が欲しい。したがって、敵側にも愛嬌のようなものが欲しかった。

魔女役はモデル出身だろうか?顔が可愛らしすぎて、魔女のイメージは浮かばなかった。もっと顔の長い、魔女的な顔の女優ではいけなかったのだろうか?色気満点のグラマー女優でも良かった気がする。

この作品は結構売れたらしいので、もしかすると続編が作られるかも知れない。悪趣味ならではの固定客がいそうだ。ネタがなくても心配ない。キモさはどんどん酷くできるし、残虐さも、どんどんエスカレートできる。際限はない。

 

 

2017年1月 6日

住友銀行 秘史(2016)

- 呆れた善き題材 -

住友銀行とイトマンをめぐる人の動き、暗躍する人物達の行動を、直接の関係者のひとりが語った暴露本。これは明らかに映画の良き題材だと考えた。

第一に、その内容に驚いた。銀行員達は本当に本に書かれているような行動をとっているのだろうか?その驚きは、感嘆ではなく、呆れや失望、怒りに近い。もっと実業的な本来の業務に集中し、自分の出世や人の足を引っ張ることは二の次にしてくれないかと思った。

一銀行が破綻するのは確かに大きな事だが、破綻整理を厭わず、本来の業務、責任を果たすことのほうが大事だろう。社会人として、何か自覚に欠けた部分の多い人が、この銀行には多かったと言われても仕方ないと思う。

作者の記録の通りなら、作者は日中の時間のほとんどを裏工作や情報収集に充てていたことになる。本来の業務は部下達がやっていたのだろうが、上司がおかしいと部下も成果を出しにくいだろう。会社の課長~部長クラスがそんなでは、そんな会社は潰れて然るべきかも知れない。もっと本来の仕事をせい!と、言いたい。

著者は、自分は銀行や日本の経済界のことを考え、悪者を排除するために行動した、義憤にかられたといったことを書いているが、そのままを信じることは難しい。著者自身が出世競争にのめり込み、裏工作や情報漏洩を通じて上層部を排除することしか考えていなかったのではないか、まずそこが怪しい。

この本に書かれていたように、本来の仕事をほったらかしにして勤まるなら、日本の企業戦略の停滞は致し方ないのかも知れない。特殊な例であって欲しいと思う。日々、患者さんに大声出して話しかけ、身を粉にしてサービスしている劇場主の苦闘は、いったい何なのだろうか?ただ銀行に使われているだけなのか?

大企業に勤める人達にとっては、出世競争は大きな問題。殺し合いにならないだけで、汚い手段も日常茶飯事と思う。ヤクザの抗争と、心情的な部分は同じではないか?会社で外様にされると、時にはイジメを目的とした行為で苦痛も受けるだろうし、収入や誇りの面でも不利だと思う。弱い立場に陥るのが怖いから、強烈な行動をとる連中も自然と多くなるのだろう。

真に誇りを持ち、仕事に集中し、その成果に応じて天命を待つ・・・そんな人物でありたいものだが、ライバル達はそれを許さないだろう。誇りある人物が自分の上に立たれたら、自分の浅ましさが際立つし、信条を異とする人物とは協調するのは困難。敵として対処しないといけない・・・そんな風になるもののようだ。だから誇りを持つ生き方を目指すなら、出世は諦めるのが基本となる。

イトマン事件の場合、巨悪はおそらく許永中や裏のヤクザ組織だったのではないかとは思う。当時は暴力団も派手に金儲けに走って、凄い金額を稼いでいた時代。経済に詳しい人物と連携したり、みずから経済ヤクザとなって大儲けをしていた連中も多かったろう。彼らがイトマンに目をつけ、結果的に銀行からの融資を得たのが本態だと思う。

その中で抵抗した銀行員は、完全な悪者とは言えない。敵が敵だから、表立って内部で何かを発言したら、身の危険がすぐ迫ってくる。味方からも簡単に裏切られ、銀行はくびになり、最悪の結果が待っている。裏工作を選んだのは正解だったと言える。その点は差し引いて考えないといけない。でも、出世競争にはまりすぎていたと思う。

今でも犯罪組織が企業に取り込んで、巨額の資金を得ていると聞く。企業が収益をあげようと無理する際に、弱みをつかまれ、強請られたり協力関係にはめられたりするようだ。企業側も政府も、株主総会の日取りを操作したり、法律を整備したり、細かい工夫で成果は出しているそうだが、きっと敵は小さなほころびを探ってくるのだろう。行員の出世競争は、そのほころびのひとつではないか?

許永中は、今も韓国で生存中だという。彼側からの反論が出れば、読んでみたい。おそらく、素晴らしい論理で自分を正当化し、被害者として描いてくるだろう。それも絶対に良い映画の題材になるはず。

 

 

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