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カテゴリー「し」の119件の記事

2018年7月23日

シェイプ・オブ・ウォーター(2017)

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- Bull Pro. -  


研究施設で掃除人を務めるヒロインは、施設に持ち込まれた生物に心を奪われる。米軍は、その生物を利用するため、解剖して秘密を得ることを狙う・・・     


ギレルモ・デル・トロ監督の作品で、アカデミー賞を取った。この作品は劇場で鑑賞する価値があると感じた。美しい映像、豊かなセンスを感じる表現力に感嘆した。悲しいファンタジーであり、純愛映画とも言える。でもエログロ的なゲテモノ趣味や、スパイ映画の要素もある。この作品がアカデミー賞に相当するだろうか? するかもしれないし、微妙かも知れない。   


ストーリーだけで心をうつタイプの作品ではないようだ。作品はロミオとジュリエットに似た経過をたどるが、美男美女の物語ではないし、残虐さが露骨に表現されている。 映画にもいろいろな作り方、趣向がある。斬新な映像美で観客に訴えるのは常道だ。高度なCGを使って、色鮮やかなシーンを作り、美しさやスピード、迫力の面で観客に訴えるのは王道だ。多くのSF映画は、この方向で作られている。ストーリーの意外性、怖さ、斬新な設定で売ろうと狙う作品群もある。そしてセンスの面を重視し、独特な世界観を打ち出す面々もいる。   


ギレルモ・デル・トロ監督は、本当に独特なセンスを持っているようだ。想像なのだが、監督は暗闇に対する強いトラウマを持っているのかも知れない。過去の作品も映像が暗めに思えるし、幻想的な暗闇のシーンが多用されている。それに神秘性が感じられるので、作品の魅力になっている。トラウマや障害が作品の質を高める効果は、かなり一般的なものらしい。芸術家の多くは標準から外れた感性を持っていて、それを表現した時に魅力が際立つ。異常さは、特色になる。   


この作品では素晴らしい悪役が登場していた。警備を担当する元軍人のストリックランドだ。顔も悪役らしいし、新車や不倫、出世に執着する個性も実に素晴らしい。冷戦時代の米国なら、彼のような考え方をする人物が出世競争をしていただろう。 共産主義勢力に対抗するために、非人道的なことをやっても称賛されていたはずだ。あの時代の米国の主流派を、彼は体現していた。多くの成功者は彼のような人物だったはずだ。ただし、演出が少しオーバー過ぎた感じもする。普通の人が、職を失わないために過激になるという描き方もあったかもしれない。車を壊す奴は許さん!といった理由でヒロインらを殺そうとしたほうが、分かりやすかったかも知れない。    


ヒロインも実に魅力的だった。孤独で、友人が少なく性的に満足できていないことも明らか。言語障害があることも特徴だった。障害者を見ると自然と同情の気持ちが湧いてくる。そして異種の生物とコミュニケーションをとる場合には、言語よりも手話やジェスチャーのほうが有効だろうから、ヒロインの個性を設定する場合に、とても好都合だった。でも彼女が未知の生物に心を奪われる経緯は、少し納得しにくいものも感じた。普通ならまず恐怖を感じると思う。不自然だった。  


作品の大きなテーマを考えると、主義や自分の立場、出世や富のために平気で他者を傷つける人間を嫌悪し、偏見なく他者に接する人を支持する姿勢を感じる。人種、外見や主義、宗教に関する一般的な感覚に対してのアンチテーゼが、この作品の根底にあるようだ。不寛容、頑迷さは時代が変わってもなくなりはしない。劇場主も、あの生物を見たら気味悪く感じ、棒切れを持って接しようとするだろう。自分や家族を守ろうとして、過剰な防御態勢をとってしまうはずだ。   


過剰な防御をする権利が法律で認められたら、やっかいなことになる。米国の病根はそこにあるように思える。銃の携行が認められ、他国に軍を駐留させ、米国企業の利益のために他国に圧力をかけても称賛される。罰を受けたりは滅多にしない。国内でも弱者に対しては同じ姿勢になる。それらが法で認められると、ストリックランドのような態度の人間によって遂行されてしまう。 勝者の運命なのかも知れない。

 

 

2018年7月 3日

シュー・ドッグ(2017 )

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- 東洋経済新報社 -


ナイキ創業者の一人だったフィル・ナイツ氏の自伝。波乱万丈の企業家人生が描かれている ので非常に面白い。読んで勇気が出るような、読後の精神高揚効果のある作品だ。映画化されそうな気もする。  


成功者の話は楽しい。当たり前だが、途中がどんなに苦しくても、最後には克服できると分かっている。ナイキも途中は綱渡りだったようだが、大成功したと皆が知っている。  


この本を読むまで、ナイキとアシックスに因縁があったことを知らなかった。ナイキとアシックスの間で裁判をするなら、本当は全員マイノリティの陪審員に判断させるのが適切だったかもしれない。差別意識の要素は大きいからだが、まあ現実には無理だろう。米国の裁判制度の中で勝つのは難しい。 


どちらがどちらとも言い難いが、アシックスが損した部分は大きかったと思う。ノウハウのかなりの部分が持っていかれたようだ。アシックスの人員もナイキ側の工場に移ったと言われているので、言い方はなんだが、アシックス側としては技術が盗まれたという印象を持っているのではないだろうか?    


ナイキ側が最初からそれを意図していたかどうかの証拠はないだろうが、まったく考えてもいなかったとしたら、ナイツ氏は大バカ者だ。工業製品は安い工賃で作り、追加のアイディアを盛り込んで、良いイメージを作ってたくさん売るのが基本なので、盗みは日常茶飯事でもある。アシックス側も技術流出は覚悟しないといけない。ナイツ氏が盗まなくても後進国はコピーしてくる。それらより高いレベルで戦えるように、努力を続けるしかなかった。   


ナイキ側には有利な点が多かった。バウワーマンという有名なコーチがいたことで、製品のアイディアと宣伝効果が最初から備わっていた。彼が創業に関わっていなかったら、会社の設立さえ難しかっただろう。いかにナイツ氏が優秀でも、オレゴン大学に進んで陸上競技をやり、バウアーマンと会っていなかったら、スポーツをネタに商売ができるという発想すら生まれなかったかも知れない。 


ナイツ氏の視点も素晴らしかった。技術に優れた日本の工場を使えば、ドイツの靴に対抗できるかもしれないという視点が、そもそも適切だった。アメリカで靴を作っても、勝負にならない。価格と技術のバランスを考え、生産場所として日本を選んだのは当時としてはベストの選択だったろう。 優秀な部下や、優れたアイディアマンが集まってくれたことも幸運だったと思う。本人のキャラクター、運営スタイルも良かったのだろう。      


劇場主の印象では、40年前くらいに急にナイキブランドが流行りだしたが、全く未知の斬新な会社であり、シューズより先にシャツのほうに印象が残った。新しく、斬新というイメージがした。イメージ作りが上手かった。そのナイキが長いこと経営破綻の瀬戸際だったとは、思いもよらなかった。   


売れたのはアディダスが第一。やたら高かったけど、ボルグが着ていたフィラも有名。同じころ、安めのプーマ。もっと安いカッパ。そんな風に、値段やイメージの違う会社が色々あった。数から言えばアディダスやミズノのほうがメジャーで、アシックスは性能の良さに感心はしていたものの、商売下手なのか、数的にはミズノのコーナーのほうが広く、品ぞろえも良いことが多い。いまだに、その傾向を感じるが、熊本だけの現象だろうか?   


自分の会社で工場を持つのではなく、安い労働力と優れた技術のある地域で生産し、ブランドイメージで売るというシステムが、あらゆる業界で進んだ。ユニクロなど、衣料品はほとんどそうだし、スマホやタブレットもそうだ。巨大な工場を持つことにこだわった日本企業は大きなダメージを受けた。各社ともそれなりに海外に進出したが、米国の他国籍企業ほどドライにやれなかったのではなかろうか?     


だが、その流れがいつまでも続くとは限らない。米国だって国内の産業は必要だろうから、今後はシステムが変わらざるを得なくなると予想する。ユニクロ税、ナイキ税など、企業の形態、場所に応じて管理すれば、多国籍企業の税金逃れもやりにくくなるから、米国だって考えるのではないか?  ナイキのようなグローバル・システムも、やがて生き残れなくなる日が近いかも知れない。その時、自社工場を持つアシックスが、世界を席巻する可能性だってある。アシックスは、とにかく本当に良い品を作るから。 





2018年6月21日

知らないではすまされない自衛隊の本当の実力(2018)

Sb

- 池上彰著・SB新書 -


時事問題に関しての、当代きっての権威である池上氏による自衛隊の解説本。何かの番組を題材に、書籍化したもののようだ。本の最後のほうでは北朝鮮からミサイルが発射されたときに、どのような対応がなされるかが書かれている。   

 

自衛隊を廻る環境が変わり、興味を持って購入。あまり内容を確認しないで購入してしまった。タイトルと違って、実力がどうかは書かれていない。他国との細かい比較が載っていないので、読んでも力が分かるはずがない。   

 

本には明解な図が挿入されていて、よくまとめられ、読みやすいし理解しやすい。優れた編集者、イラストレイター、作業者たちが関わった本のはずだ。 池上氏は膨大な数の本を出しており、テレビにも頻繁に出演し、新聞にも多数の投稿をやっている。恐ろしいほどの活動量だから、秘書に相当する人達は多数いるに違いない。資料を集めて整理し、間違いを検証していかなければならない。とても独りで仕事はできない。おそらく池上氏は監修者に過ぎないのではないかと想像する。   

 

氏は自衛艦に実際に乗ったことがあるそうだ。自衛隊の側も広報活動は必要だから、著名人の池上氏を使って広く自分たちの活動を知ってもらいたいに違いない。最近は一般人も時々船に乗せたりして、身近な存在、信頼できる存在として認めてもらおうという活動もしている。6月17日は民放局の番組で、杉村太蔵氏が潜水艦に乗船していた。まあ国の予算を使っている以上、もっともな活動だと思う。   

 

自衛隊の主な仕事は、今は災害や遭難救助なのが実情。災害の時は本当に頼りになる。消防隊や警察だけでは装備や人員の面で無理がある。その意味では自衛隊は必要であるし、その認識は既に広く国民に認知されたと思う。災害救助隊ではどうかと言う人がいるかも知れないが、侵略だってやがてはあると考えないといけない。自然災害だけで済むはずはない。

いまさら自衛隊解散!を求める奴は少ないだろう。 法的に問題があることは確かで、その整合をどうやるかが問題である。発足時に無理をしているから、常識的に言って法律的な整合性は怪しいと思う。存在自体が違憲と言われても仕方ない。これを国会で政治家たちが論戦して決着できるものだろうか? どんな結論であっても、イデオロギーが絡んで、結局は強行採決されるしかないのでは?    

 

もしかすると、実際に戦争の危険度が上がり、このままでは侵略される可能性が高いと認識されれば、自動的に改憲を支持する世論が強まり、憲法改正が簡単にできるかもしれない。そうなれば自衛隊の存在は法的に確立することになる。 それで間に合うのかという問題はあるが、平和な時に憲法改正を進めるのは、よほどな信頼がないと難しい。今の政府のように、国のことよりも友人達のことを大事にし、嘘ばかりついて責任逃れをするというイメージがつくと、改正への意欲はかなりそがれてしまう。改革には信頼が必要だ。   

 

自衛隊にも信頼が足りない。日報に関して改竄や隠匿、組織内部で情報の管理に問題があったことが明白になったので、どうやら今の自衛隊も旧日本軍と同様、勝手なことをやりそうだという認識が広まってしまった。隊員が頑張っても、上層部の認識が甘く、国民より自分たちの都合を優先する組織であると宣言してしまった。管理能力から考えて、戦いの実力も限られているような気がしてくる。米国製の優れた武器を持つ分だけ有利だとは思うが、実戦で厳しい状況に立った時、意外にもろさを露呈しそうな予感はする。平気で国民を裏切るかもしれない。    

 

ただ、どの国でも多少はそんな傾向があるというものだ。情報操作は日常茶飯事であり、勝ったものが正しいと思われてしまっていると思う。

 

 

 

2018年6月15日

SING/シング(2016)

Sing

- Illumination Entertainment,Universal

 

劇場を運営するバスター・ムーンは、経営不振の打開策として歌のオーディションを発案するが、大失敗が待っていた・・・・DVDで鑑賞。

 

この作品は大ヒットだったらしい。しばらくはビデオ屋でも人気があったようだし、サントラ盤のCDや、ラジオでの曲紹介も何度か聞いたように記憶している。内容も健全だし、ディズニー映画と言われても不思議ではない、家族向けの作品だった。イカ達が躍るシーンは実に美しく、素晴らしいアイディアだった。 

 

この作品は、最初からストーリーが読めてしまう。よほど個性的なキャラクターが登場しない限り、そうそうは受けないように思うのだが、製作者たちの戦略がしっかりしているのか、受けていたようだ。劇場主は各々のキャラクターにそれほどの個性を感じないが、ちゃんと人気を出しているようだから、何かが良かったのだろう。典型的なキャラだったから、幼児たちには非常に受けるのかも知れない。 

 

劇場主の好みとしては、主人公はもう少し辛い目に遭い、根性や友情などによって少しずつ盛り返し、大人も感動できるような真面目路線のほうが好きだが、そんな話で子供たちがシラケてしまっては、興行面で失敗する。子供をターゲットにする選択は正しかったのだろう。

 

極端に意地悪な人物が登場するわけではないので、悪役を倒すことで盛り上がるタイプの話ではない。ぜひ悪役が欲しいと、劇場主は思った。悪役なしで観客に受けるためには、普通の場合は他に代わる大きな魅力が必要だったと思う。子供路線に絞ることで成功したようだが、危ない面もあったかもしれない。  


声優たちが一流だったのは魅力になり、話題の点で成功に貢献したかも知れない。プロモーションビデオには、アリアナ・グランデも登場していた。作中の実際の歌声もかなり素晴らしい出来栄えだったようだ。日本の歌手たちの歌を聴いたが、下手くそはいなかった。そして英語バージョンの歌は本当に素晴らしい。歌や曲の魅力は確実に成功につながっていたはずだ。   

 

さらに思ったのだが、もしかするとオーディション番組のイメージが、作品への期待感につながって成功したのかもしれない。ユーチューブによく出ていた有名なタレント発掘シーンは、ポール・ポッツやスーザン・ボイルなどのスターを生み出して、注目が集まった。あの記憶が、映画の魅力にも関係したのではないだろうか?    


オーディションを使えば注目が集まるだろう、期待感が生まれるに違いないと、製作者たちには分かっていたのかも知れない。ユーチュブがなかったらのアイディアさえ生まれていなかったかも知れないと思うが、どうだろうか?  

 

 

 


 

 

2017年11月10日

シルバラード(1985)

Silverado

 

- Columbia

シルバラードを経てカリフォルニアを目指す兄弟。彼らと行動を共にする仲間たちが、街を牛耳る保安官、牧場主らと一戦交える物語。10月1日、衛星放送で鑑賞。たぶん二回目の鑑賞だろうと思う。部分的に観た記憶があった。

ケヴィン・コスナーが若者役で出演しており、時代を感じる。今は肥満体の彼も、この作品の当時は非常に細身で、動きも軽快だ。この頃は30歳で、すぐ後には大スターにのし上がるが、この頃はまだ一級の扱いではなかった。軽いお調子者として演じている。今でも主演映画があるから、実に息の長い俳優だと感心する。  

 

この作品のウリに相当するものは何だろうか?おそらく、最後近くの銃撃戦ではないかと思う。そこに至るまで、黒人農夫の惨殺、姉一家への暴力、誘拐、移住民への迫害など、様々な怒りの種がまかれ、ついにラストで決戦を迎えるという伝統的なスタイルになっている点は、ウリと言えるだろう。伝統を無視した作品も多いので、今の時代に観ると、かえって斬新に映る。 でも大ヒットした作品ではないらしい。 

 

主役のケヴィン・クラインやスコット・グレンは、西部劇の大スターとは言えないように思う。主役が二線級では、興行的には厳しい。結局、そこがネックだったのかも知れない。狙いを理解できない企画だと感じる。ガンマンたちの友情を中心に抒情的に描くのか、残虐な農場主一派への怒りを爆発させるスカッと路線を目指すのか、リアルか物語性か、何か明確で単純な流れがないと、観ている側の感情の盛り上がりが肩すかしのように、スルリと外されてしまう。それじゃあ、満足できない。 

移住者の奥さんにプラトニックな感情を持つ様子が描かれていたから、たぶん昔ながらの抒情性と、対決の緊迫感を再現したいという意図だったのではないかと思うが、復刻版のような作品形態は、時間が大きく離れないと受けない。  

 

黒人ガンマンが突然登場したような気がした。仲間にならざるを得ない事情があったはずだが、見逃してしまったか、テレビ用に削除されたのか、急に仲間になって保安官たちを攻撃したように見えた。ご都合主義で、ストーリーが展開したかのように感じる。テレビ映画なら良いが、映画では印象を悪くする登場の仕方だった。 

  

 

2017年11月 4日

幸せはパリで(1969)

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- towa.etc -

ジャック・レモン演じる主人公が、身分違いの夫人に惚れて、フランスに行こうとする騒動を描いた作品。DVDで鑑賞。 

なぜ棚に置かれているのか分からなかったが、この作品は2017年にDVD化されたらしいので、新規の作品扱いになったのだろう。

バート・バカラックが音楽を担当していたそうだ。歌詞が劇中の状況と合致するように、タイミング良く挿入されていた。でも、少し一貫性に欠けていたかも知れない。パーティーで微笑む女性が急に歌い出して主人公がマヌケになるシーンがあったが、あれは完全にミュージカル調だった。でも、その他はミュージカルタッチではない。一貫していなかった。

ジャック・レモンは非常におかしい。パーティーで完全に無視され続け、居場所がない様子が笑える。確かに奇抜なパーティーには慣れが必要だ。急に部長に昇進し、セレブ連中と接点がなかった人物は、なにかしら無理をするだろう。そこを強調した演技が素晴らしかった。

彼の友人役は、少しオーバー過ぎた印象も受ける。酔っ払いを演じる場合は、無理してちゃんと行動しようとする様子を演じるほうが良い。まともに歩こうとして何かに激突する、物を落し、隠そうとするなど、だらしないほうが良い。白目をむくような顔は、度を超していて作品の質を落としたと思う。

この当時のカトリーヌ・ドヌーヴは非常に美しい。本来なら二枚目俳優と共演するために存在しそうな個性だろうが、そんな女優が喜劇俳優と共演するところが、笑いにつながるのだろう。「お熱いのがお好き」「メリーに首ったけ」なども、ヒロインが不釣り合いな美人だから笑えた。

この作品では、不倫問題が軽く扱われていた。昨今の日本では、政治家やタレントらが騒がれているが、この作品では実に肯定的に描かれていて、時代のせいかお国柄のためか、違いに驚く。週刊誌の暴露ぶりが酷く、いかにも下品であるように描いているせいだろうか?

ドヌーヴなみの美女の場合は、不倫問題が吹っ飛ぶくらい、ぜひともチャンスを逃すなというのが一般的な評価なのかも知れない。すると、民進党の議員は、そこまで魅力がなかったという評価か?否定はできない・・・と言ったら怒られる。一般人の評価レビューを採点できたら面白いかもしれない。

A「この不倫議員はレビュー1点!」 B「馬鹿野郎!1点もやるな!」など、サイトは荒れるだろうが・・・

あるいは、ジャック・レモンのような気の毒な男性なら、不倫も離婚も仕方ないという評価なのだろうか?つまり、ゲス不倫のボーカリストは、気の毒に思えないということか?確かに、彼は呑気そうな顔をしていて気の毒には思えなかった。人に同情を買うような演出が、彼らには足りていなかったのかも知れない。

 

2017年10月23日

人口と日本経済(2016吉川洋著)

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- 中公新書 - 

 

人口減少は日本経済にとって致命的な害をもたらすと、一般的には考えられ始めている。しかし、イノベーションに成功すれば、それを逃れられると説く本。人口問題が広く認知されるようになり、様々な書物が出る中で、少しスタンスが異なる本。 

 

この本は、昨今増えてきた後ろ向きの結論の本(未来の年表など)よりは本格的な学者らしい内容と思った。著者の学歴や職歴からもそんな気がするが、内容の文章を読んでも、知識の幅広さ、教養の違いを感じさせる。要するにガクが違う。そして文章も美しい。読みやすい書き方で、学者独特のとげとげしさ、冷たい感じがしない。  

 

だが、数は減っても発明や技術開発でしのげるという内容には、斬新さが全くない。劇場主だって子供のころからそう考えていた。どのように、そうするかが問題で、努力と工夫なしには達成できないことだ。本には実現に向けて期待させる根拠が乏しい。アイディアの方向性に関して何も書かれていないに等しいから、子供の期待とレベル的に大きく変わらない。

 

アイディアが次々と浮かぶなら、そりゃあ将来は楽しいだろうが、全部インドあたりから出てくるアイディアかもしれない。我々は金を払って、それを頂くだけの存在かもしれないのだ。そして、インドからもアイディアが枯渇する日が来るかも知れない。そうなると、人口規模や年齢構成が、いかんともしがたい力で、社会の活力を損なわせるかも知れない。少なくとも、将来のことは分からないので、希望だけ持ってれば良いとは思えない。少し御目出度すぎる内容ではないか。   

 

人口の問題は、広く認識するのが遅すぎたと思う。もう引退したであろう学者たちや、官僚、政治家たちには責任がある。人口の問題は、事態が明らかになってから対処しても遅いという性格がある。人が育ち、家庭を持って次の世代を作れるようになるには2030年かかる。したがって常に20~30年早く対処する必要があるはずだ。のんびりしすぎている。対処すべき点は丁寧に対処すべきで、真摯に考えないといけない。選挙目当てで、突然問題を取り上げるのは態度として褒められない。   

 

日本の対処が遅れた理由は、フランスなどと比べ、人口の集約が急激すぎた点があるかも知れない。都会に住む人たちにとって、人口減少は実感のない問題のはずだ。むしろ人口集中のほうが一番の問題だった。田舎人の劇場主は、自分の故郷が著しく衰退する様子を肌で感じてきたから、早く事態を飲み込めた。田舎のほうが、日本の状態をより正確に認識できるようだ。東京に住んでいると、おそらく国の問題を把握するセンスが失われる。その意見が国の方針を引っ張ってしまうと、安易な方向に進む。やがて不平等で不景気な衰退社会が待っているだろう。 

  

グローバリズム、あるいは経済的競争と人口問題には大きな関係があるはずだ。農村を破壊して産業構造を変え、国として経済戦争を生き残ろうとしたため、人口のアンバランス、食糧自給割合の低下、出産育児に関する不都合を生んだ面はある。優先順位を間違ったわけだ。家族の協力体制に代わる、出産育児支援制度と施設を作りながら、バランスよく産業構造を変える必要があった。そうしないと、若者は支援なしでの出産なんて非現実的と感じるだろう。ばーちゃん達が傍にいないと3人目は考えられないというのが自然な成り行きだ。人口問題を、もっと真剣に考えるべきだった。 目先の景気に熱中しすぎたのだろう。 

活気ある生産の場は、どうやら東南アジア方面になりそうだ。国の相対的な地位、市場として価値、重要度に関しては期待薄の状況が続く。そうすると資金は舞い込まない。安全保障の面で言えば、地位の低下は危険度の上昇につながる。 武力のことだけじゃない、経済力や管理能力、対処能力を維持するためには、今の政府が公約しているような内容ではなく、根本の理念からして正しい抜本的な対策が望まれる。  それが抜けていては、せっかくの公約も期待薄となり、子供を増やす気が起きない。本書も、買ってもらうためだけの奇をてらった本に過ぎなくなる。

   

しかし劇場主だって、イノベーションが当面は続くと信じている。技術の進歩は日進月歩だ。近未来には、おそらく自動運転やドローン技術によって「ああ、便利になったもんだ。予想すらしてなかったね。」と言えるような技術革新がきっと来るだろう。ただし、高性能のスマホや完ぺきなドローンが誕生しても、幸せに直結するわけじゃない。技術の質、性格によっては危険性を増し、健康を害し、中毒を生むばかりで生産的とは言えないものもある。スマホにしがみついても、幸せになれるはずはない。

ひょっとして、婚姻や出産に関する法律が、最も効果的で有意義なイノベーション技術なのかもしれない。子供を産みやすくなる体制さえ整えば、その他の問題は乗り越えられる可能性がある。 人口が維持できれば一定の市場、予算規模、生産、景気がついてくる。人口を維持しないで、それを達成し続けるのは、古来から一般的には難しかったようだ。この本の結論は、過去に証明されたものとは言えない。広大な植民地、後進地域を抱えた欧州が偶然成しえた成功を、過度に評価したに過ぎないのかもしれない。

 

 

 

 

 

2017年7月10日

ジャック・リーチャー NEVER GO BACK(2016)

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- Paramount,Skydance -

米軍少佐に会いに来たジャック・リーチャーは、軍需産業が絡んだ陰謀に巻き込まれ、逮捕されてしまう。そこから脱出し、敵の正体をつかもうと奮闘する主人公だったが、思わぬ弱点をつかれることになる・・・・

・・・DVDで鑑賞。「アウトロー」に続くシリーズだという。主人公はトム・クルーズが引き続いて演じていたが、さすがに彼も歳を取りすぎた。目が細くなって、アクションスターを演じるには目力が不足した印象を受ける。体格が圧倒的に凄いなら問題ないかも知れないが、もはや彼はアクション映画には向かないと思う。

おそらく彼のせいで、この作品を劇場で観ようとは思えない。上映されていたのかも分からない。アクションスターには賞味期限がある。もっと若くないとダメだ。これは家族の皆も同じ感覚ではないか?この作品は子供や、今の若いカップルには違和感が感じられると思う。

それでも演技力や演出のせいか、かろうじて作品として成立していた。トレーニングも相当頑張っているのだろう。努力と能力、そして優秀なスタッフを揃える能力で、充分に役を演じきっているから凄い。

落ち目といえばそうだが、キャリアを重ね、第一線に近いところで踏ん張っている。30年以上も出演作が途絶えないのは、運だけじゃないだろう。でも今後どうだろうか?メジャー映画に出るだろうか?ミッション・インポッシブルの主役も、容姿的に厳しくなっていると思うのだが・・・・

共演者のうち、娘役の女優さんが非常に上手かった。きっと舞台などで充分な経験があるのだろう。ダニカ・ヤロシュという方で、悪女役などに向いてそうな顔だった。ヒロイン向きの大女優タイプより、スレた悪女を中心に大事な役割を演じると味が出そうな印象。

アクションが素晴らしかった。カーチェイスに関しては、今はCGを使って非現実的な状況を描くのが主流になっているが、現実の路線を守りつつ、派手さを保った技術が素晴らしい。格闘シーンも及第点を与えるべきではないかと思う。「ワイルド・スピード」などのほうがおかしい。現実的な演出で良かったと思う。

 

 

2017年6月28日

シン・ゴジラ(2016)

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- toho -

東京湾に現れた怪物と、それに対して日本政府がとる対応を、シミューレーション劇のように描いた作品。DVDで鑑賞。

・・・・劇場では観なかった。さすがに怪獣映画を劇場で鑑賞する暇はない。子供が興味を持ったなら話は別だったろうが、SFやCGに慣れっこになっている我が子は、もはやゴジラ程度に浮かれたりはしないらしい。独りで行くのもバカらしいので、最初から興味の対象外。人気があったらしいと後で知って、それでもDVDで充分さと判断し、今回の鑑賞と相成った。

およそはDVDで充分と感じた。ただし、怪獣映画の場合、迫力は劇場のほうが断然あるだろう。残念ながらハリウッド映画ほど迫力のないシン・ゴジラでは、劇場鑑賞のほうが本来の鑑賞方法かも知れない。

役人や議員たちが右往左往し、要領を得ない対処をする様子が非常に的確に描かれており、それでもちゃんと娯楽性を維持している手際の良さには感服した。普通なら、人間たちがバカな対応をやらかして失敗ばかり繰り返したら、なんだか悲しくなるし、退屈してしまうだろう。いかにもありそうな失敗の連続が、実に上手く描かれていた。

主人公たちの懸命な姿勢が感じられたので、彼らの努力に共感できた。主人公を演じていたのは長谷川博己という俳優で、劇場主はこの作品で初めて知った。真面目そうな雰囲気で野心を秘めていそうで、ジャニーズタレントのように整いすぎた二枚目ではないので、こんな作品には向いていた。もしキムタクが演じていたら、嫌悪感を感じたかも知れない。

政治家や学者達が会議をやってるが、「こんな会議なんかやってていいのかねえ?」と口にする人間がいる。緊急事態と、慎重な判断が必要な時と、その区別を速やかにやって、法的な面でも問題なく対処するというのは、現実の世界では難しい。政府や役所の対応は、ほとんどの場合は遅れてしまうものだ。そこを的確に描いていた。

法で規定された事態なら、法で対処すべきである。何も規定していなかったら、事前の準備が足りなかったのさと諦め、臨機応変の対応を取るしかない。原発事故は、ゴジラ襲来とは違って、想定されたものなんだから、事前に何でも決めておかなければならなかった。あれは酷い失策、無策だった。東日本震災の時、物資を送りたいと県庁に相談したら、「何も決まってないので無理です。」と、丁寧なお返事をいただいた。アホか!日本に震災は必ず来るんだ!準備しておけ!

「首相・・・想定外で何もきまってませんでしたあ・・・」は、許されない。でもゴジラは、さすがに想定外でも仕方ない。

最初の段階でゴジラがまだ幼弱な時期に、川に沿って移動するシーンがあったが、あれは津波の映像を彷彿させた。数年前なら、震災被災者の感情を慮ってボツにされそうな映像だ。我々はやっと、あのトラウマ映像の呪縛から、解放されつつあるのかも知れない。でも、被災した人達にどう写ったのか?我々とは感覚が違うだろう。気になる。

ゴジラの退治の方法は、あれで良かったのだろうか?爆撃でも平気な怪獣が、大人しくビルの下敷きになったくらいで液体をゴクゴク飲むものだろうか?さすがに笑ってしまうが、怪獣映画だから仕方ないか・・・・そうそう、この作品は政府の無策を描いた作品じゃなく、怪獣映画だったんだ。

また、フランスを良く扱い、米国を繰り返し批判して良かったのか?娯楽映画だからと許されるなら良いが、もしかして今後、監督やスタッフのスキャンダルが突然公表されたりすると、それは某国諜報部の仕業ということになる・・・・・

 

 

2017年6月16日

ジャック・サマースビー(1993)

Sommersby

- Warner Bros - 

・・・・戦争で死んだと思われていた夫が6年ぶりに帰還した。夫は人格が変わったように村のために貢献し、娘も生まれ、前途洋々と思われたが、逮捕されてしまう・・・・

DVDで鑑賞。実際の事件を元に作られた話で、リメイク版らしい。主演のリチャード・ギアは制作者も兼ねているから、リメイクの強い意欲を持って企画を進めたに違いない。

物語は面白いし、事実に基づくとしたら興味深い。だが今日的には、その意義がよく分からない話。たとえばベトナム戦争後の帰還兵が多かった時代など、意図した何かの狙いがあったのかどうか、画面を見ていても気づかない。良い題材だとは思うが、この企画をなぜ進めたのか、理解はできない。

この作品は、家族で鑑賞するタイプの映画ではないと思う。恋人と観るのが一番だろう。ちょっと変わった形の、物語性の強い恋物語といったところで、普通の恋愛映画を観るより面白いと思う。ただし、作品全体の出来映えは、大傑作と言えるレベルには達していないはずなので、退屈するカップルもいるだろう。

敵役の一人は、後の米国大統領役で有名になるビル・プルマンだった。彼は表情を作りすぎているように思え、あんまり好印象は感じなかったが、颯爽としていたら主人公がかすんでしまうので、敵役としては良い表情だったのかも知れない。

妻役のジョディ・フォスターが31才の頃の作品。色が他の俳優よりずっと白く、肌がやけに美しく感じた。特殊な化粧をしたのだろうか?おそらく役柄を考えると清楚なイメージを強調する必要があったはずなので、ライトを彼女だけに当てるような演出があったのかも知れない。この作品に限って言えば、彼女も少し演出過剰な印象を受けた。

主人公のリチャード・ギアも、自然な演技ができたとは感じない。好感は充分に感じたが、舞台俳優のような演技で、感情の変化が急にあるような、何かのバランスが狂っているような印象を受けた。

6年経て帰ってきた人間は、たぶん風体は非常に変わっているだろう。でも、友人達が本人か別人か判別できないということは、通常なら考えられない。20年くらいの時間が経てば、あるいはありうる話かも知れないが、6年くらいでは無理だ。友人達との細かい過去を全て記憶することは難しい。話の設定に無理があった。

村人も共犯になって、どうしても同一人物だと言い張らないといけないような事情があったほうが、話の展開としては無理がないと思う。経済的な事情なら、それはありうることと思う。その状況を、外部から探索する人物がいて、そいつを悪役としたほうが納得のいく流れになったはずだ。

日本の場合、小野田寛郎氏などの実例は有名だし、抑留から帰ってきた話は万の単位であるはずなので、題材は多いはず。でも、帰還兵が巻き起こす物語は、意外に映画化されたものがないような気がする。少なくとも有名な作品では記憶がない。成りすまし事件も、実はあったのではないだろうか?色々奇想天外なな作品が作られて当然と思う。日本でこそ、この種の物語のストーリーには意味があると思うのに、なぜか作られない。

 

 

 

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