映画評

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カテゴリー「こ」の59件の記事

2018年4月 1日

ゴールド/ 金塊の行方(2016)

Gold

 

  Weinstein,Sony

 

代々鉱山開発を営んできた業者が主人公。会社は危機に瀕し、一発逆転を狙ってインドネシアの金鉱山開発に賭けるが、思わぬ事態に陥る・・・DVDで鑑賞。 

 

主演はマシュー・マコノヒー。彼の映画で外れがあったろうか? 期待して鑑賞した。今回は凄い老けメイク、肥満体メイク(だろうと思うが、本当に太ったのかも・・・)をして登場して怪人物を演じていた。迫力は充分あり、アカデミー賞に相当しそうな主演ぶりだ。実際には特に何かの賞を受賞したようには書かれていないから、たぶん企画がマイナーだった点で話題に上りにくかったことが影響したのかもしれない。主演男優賞を取ってもおかしくはないと思う。   

 

ストーリーは実話を基にしているそうだ。その関係でか知らないが、あらすじは早い段階で読めてしまった。ただし、逆転に次ぐ逆転が上手く展開したので、物語はとても面白かった。主人公のキャラクターも良かったし、全体的な完成度は高いと感じた。惜しむらくは、好敵手がいなかった。主人公たちにことごとく対抗し、汚い手を使う嫌われ役が欲しい。金融界の人物たちが何人か、それに相当していそうだったが、もっと嫌われるいやらしい性格描写が欲しい。   

 

基になった実話のほうは知らなかった。いつ頃の話だろうか?リーマンブラザースも被害を受けたというが、日本ではちょっと報道されただけではなかったろうか?新聞に小さく載った、薄っすらとした記憶しかない。破綻の主要な理由ではなかった。   

 

リーマンブラザースという会社の名前を知った頃は、既に住宅ローン業界がヤバイと言われてしばらく経った後であり、潰れるか潰されるかしかない状態だったから、詐欺事件は大きなウェイトを占める問題ではなく、そのせいで記憶から抜けてしまったのかもしれない。 

 

思い込みを利用した詐欺事件は、古くから今まで数知れず。そこいらに現在進行形で存在しているようだ。FXにとりつかれて破産した病院もあるという。仮にある程度儲かっていても、常に利益を維持するのは難しい。翌年の税金が急激に増えて、支払い能力を維持できなかったりするらしい。金の計算は複雑だ。 

 

ビットコインなど、価格変動が激しい商品があると、欲が集まった相乗効果で、値の変動が激しくなる。そこを利用しようと、有象無象が集まってさらに事態を過激にしてしまうのだろう。信用できそうな人物が勧めてくると、つい話に乗っかってしまうものだろう。確かな証拠が出た時点では参入できない、早い者勝ち、そんな商品は、大損を覚悟しないと手を出せないということだろう。

エイプリルフールだけなら騙されてもいいが、大金が絡むと恐ろしい事態に陥る。  

 

 

 

 

 

 

 

2018年1月22日

この世界の片隅で(2016 )

In_this_corner_of_the_world

 

- Tokyo Theatres -

 

広島市から呉に嫁に行った女性が、戦前戦中を通じて体験する日常を描いたアニメ作品。とてつもなく長いロングラン上映がされているようで、既にビデオ屋さんにDVDが並んでからもかなり経っているはずなのに、まだ上映されている映画館があるという驚くべき作品。劇場ではなく、DVDで鑑賞。

 

読んだことはないが、原作の漫画があるそうだ。作者はこうの史代氏。こんなマイナー路線の漫画を描こうと思ったことも凄いが、それがいかに人気があったとしても、映画化しようと考えた度胸に感嘆する。普通は収益の面で全くの大失敗になるか、よくてトントンのはずだったが・・・・

 

監督は片渕須直という方だそうだが、こちらも知らなかった方。この作品の大ヒットにより、今後は企画が多数持ち込まれるようになるだろう。期待している。

 

何が良かったのか正確には分からないが、確かな魅力を感じた。能年玲奈あらため「のん」嬢が担当した声が非常に良かったし、いかにも人の好さそうな口調も素晴らしかった。魅力のひとつになっていた。

 

冒頭で主人公は人さらいに遭うのだが、いかに小さな主人公達であろうと、人を複数からって簡単に歩ける人間はそういないはずだから、これは空想の中の話らしいが、そこが最後まで曖昧で、夢の中の話のようにして終わる。そんな構成で良いと考えた点が、夢のある話になるという効果を生んでいた。現実の話ばかりでは辛すぎる。

 

さらに主人公のキャラクター設定も良かった。真面目に、懸命に耐えるヒロインというのが、過去の戦時下を描く作品では多かった。抜け作のヒロインでは、厳しい時代の表現が甘くなりやすいから、懸命さが目立つキャラクターが大事という判断が主流だったのだろう。そこをユーモラスな雰囲気に変えるのは勇気の要ることだ。そして、それが大成功し、この作品は各種の賞を取れた。

 

古いアニメの手法も効いていたと思う。CGを多用した昨今のアニメ作品は、SFの場合は都合が良いが、こんな作品では違和感が生じる。抒情的な作品では、日本の伝統の手法が味わいがあって良いと思う。その点も成功していた。淡い色彩も、いかにも昔の話をイメージさせて良かった。

 

出戻りの義姉との関係、姉の個性も非常によくできていた。いかにも日本の各家庭でリアルにあったはずのドラマが、作品への共感につながっていた。今でも、別居していることが多いとは思うが、小姑に対してはやり辛い感覚を持つ嫁は多いと思う。そのような感覚を共有してこそ、観客は共感できるもののはずだ。

 

戦時中の乏しい経済状況と、そこを切り抜けようと工夫する庶民の生活の描き方が面白かった。辛いでだけでは見ているのも辛いが、工夫できた時のそれなりの達成感が妙な幸福な感情につながることが理解できた。それに過去のドラマでは、そんなユーモア部分はおばちゃん女優が担当していた。豪快な笑い方で、戦時に不釣り合いな部分を引き受けてくれていた。それが若い女性になると、おばちゃんとは違う魅力につながる・・・と思ったのは劇場主だけだろうか?

 

それにしても、当時の人たちがどうやって自分たちの状況に納得できていたのか、不思議に思う。終戦の時、自分が失った手足や健康、財産や肉親の犠牲が、何のためのものだったのかと腹が立って仕方なかったろう。終戦で嬉しいというより、喪失感、虚無感で茫然が先に立ったろうと思う。

 

劇場主の両親は中国や朝鮮半島の人達に敬意と親近感を持っていたが、両親のような田舎の人間にはなぜ中国を征服しようとする必要があるのか、理解はできなかったろう。今の劇場主だって理解できないくらいだ。市場にしようと思っていたのか?現実味ないと思うが・・・とにかく、軍部や経済界の意向によって決まる政策に、ただ従うしかなかっただけだろうと思う。

 

特に軍港だった呉の人達の多くは、軍需工場や造船所で働いていたはずだから、軍部に同調する人が多かったはずだ。「軍縮すべし・・・」などと発言したら、闇討ちされても仕方なかっただろう。生活がかかっているから、呉に暮らす人にとっては軍部の方針は死活問題にかかわる大きな道筋だったろう。そこに嫁に行った人間は、大局に立って物を考えることなど、できるはずがない。発言権など許したら家が潰れる、そんな感覚だろう。

 

反対すれば厳しい抑圧、破滅が待っているから、反論を封印して黙々と指示に従うしかないと思う。学生の部活動ならそれも良いとは思うが、国家の運営がそうでは、監獄の中の生活とあまり変わらないことになる。監獄の中では、おそらくだが、反抗を諦めて黙々と務めを果たすしかない。そんな生活の中でも、それなりに生きていけるはずだ。

 

豊かな絵の才能を生かすことができないまま、要領が悪いなどと文句を言われながらも、世界の片隅で生きていた人達はきっといたはずだ。彼らに敬意を表したい。

 

 

2017年11月19日

ゴースト・イン・ザ・シェル(2017)

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- Paramount -

 

近未来の世界。サイボーグ化した少佐は、公安9課の仲間とともに犯罪組織を追っていた。そして徐々に事件の背景、自分の秘密が明らかになる・・・・DVDで鑑賞。

 

鑑賞してまず思ったのは、この作品はブルーレイで見たほうが良かったかもしれないということ。「ブレードランナー」のような都市の映像が何度も描かれていたが、おそらくブレードランナー当時より技術が進んでいるはずだから、その表現力も上ではないかと思う。せっかくなら、高画質で観たほうが良い。 

 ただし、全体としての出来栄え、インパクトについては少し残念な印象も個人的にはあって、もう一度見たいとは思わなかった。ヨハンソンのコアなファンなら、何度でも観るのだろうが、あのボディスーツの色に問題があったかもしれない。 

 

この作品のウリは、何といっても主演のスカーレット・ヨハンソンが半裸状態で戦う姿だと思う。原作を見ていないが、もともとあんな格好で戦っているのだろうか?真っ裸だと映倫に触りそうだが、肌色のボディスーツなら許されるという判断が働いたのか、少し違和感のある服装だった。黒色系の色のほうが似あうだろう。しかも途中で本当の背中を見せていたようだったが、サイボーグなのに実際の肉が見えるのは変だ。あそこはCGで筋肉のようなものを描いたほうが迫力があったと思う。お色気も大事だが、肌が見えると体が機械のはずという設定が分からなくなる。 

 

作品のアイディアが斬新とは感じなかった。漫画ではどうなっているのだろうか?少なくともサイボーグになった主人公の過去に何かがある、元々は敵だった連中のために洗脳され、戦っているという話はたくさん見てきた。何かの警察に所属していて、個性的な仲間がいる、未来都市は立体的で、敵は都市の奥深くに異様な姿で潜んでいる・・・それも、もはや食傷気味の設定だ。もしかすると漫画の描き方が非常に斬新で、伝説的な人気を生んでいるのかもしれない。そうでないと、わざわざ海外から映像化の企画が舞い込むはずはないかも。

 

ビートたけしが日本語で堂々と会話していた。サイボーグ連中なら日本語と英語のチャンポンが理解できても不思議ではないと思うが、日本人からすると少し妙な設定だった。セリフを覚えきれなかっただけではなかろうか? あの設定も、中途半端ではなかったろうか?

 

2017年8月18日

後妻業の女(2016)

Gosaigyonoonna

- toho -

裕福な老人を餌食にして遺産を得る後妻と、彼女と連携する結婚相談所長が、遺族や探偵などの追及に遭いつつ苦闘する話。DVDで鑑賞。

非常に出来の良い、まとまりのある作品だった。起承転結の流れが絵に描いたように明確、関わる人々のキャラクターもはっきりしていて、上手くできた話だなあと感心した。最初から、安心して楽しめそうな予感が感じられた。でも逆に言うと、何が起こるか分からないようなオリジナリティにあふれるストーリーではないのかも知れない。

互いに騙そう、暴露しよう、金をせしめようと苦闘する姿がおかしい。大阪弁は有効に働いていた。標準語でやっていたら、人情に欠ける話になってしまっただろう。原作は読んではいないのだが、おそらく良い雰囲気とブラック・ユーモアが漂う話だったのではないだろうか?

子供には向かない作品。教育上はよろしくない。でも、反面教師としての意味なら、これは優れた作品だ。優しい言葉で寄ってくる人物の、裏に隠れた怖い意図を推測させる教育的効果が、もしかするとあるのかも知れない。恋人と、この作品を観て良いかどうか、それは難しい問題。そのカップルの事情によるだろう。

登場人物のほとんどは善人ではなかった。でも、各々が魅力に満ちており、描き方も演じ方も好感を保てるように上手く考えていたと思った。魅力ある悪人は、善人よりも印象に残る。それはテレビでも小説でもそうだ。この作品は、そんな人物が多数いたので、人物の魅力だけで作品が成り立っていた。

ヒロインの大竹しのぶは、劇場主の感覚ではお色気たっぷりの女優ではないのだが、どうだろうか?本来なら、誰でも色気でだましそうなグラマー女優のほうが、説得力があったのではないか?代役として具体的に誰が良いか考えてみると、たしかにあまり思い当たらないのだが・・・・ だが、色気部分を省略して、甘えた声色とドスを効かせる時の演じ分けなどをみると、大竹嬢は本当に上手い役者だなと感心する。

相棒といえる存在の豊川悦司も、怪しいことを生業とする玄人の雰囲気が漂って素晴らしかった。以前より太って、いやらしい怪しさが目立つようになったので、この役には非常に合っていた。ただし、他の俳優でもっとキャラクターが合致する人がいたかも知れない。特徴のある役だから、比較的演じやすいかも知れない。

両者とも、適度に抑えた表情だと感じた。強烈な個性を表現しようと派手な演技をしてしまうと、人情喜劇から逸脱して、全くのドタバタ劇になってしまう。この作品の設定を考えると、適度に抜いた脱力も必要だったように思う。名演を目指してはいけなかったのだ。

後妻業・・・・身近には見聞きしたことがない。よほどな才能がないと、後妻の意図を察知され、家族から先に手を打たれてしまうし、相手もだまし通せないことが多いと思う。いっしょに暮らしていて、愛情を表現し続けるのは大変なことだ。

劇中でも語れていたように、愛情があるかのように振る舞い続け、老人を満足させたなら、それは確かに何らかの意味がある。本物の愛情がなくとも、義務感の強い女性は献身的に働けるから、本物の愛情と実質的には変わらない。殺人や窃盗、詐欺などの行為をともなわないなら、後妻業は社会貢献になるのかも知れない。

 

 

2017年8月15日

ザ・コンサルタント(2016)

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- Warner Bros. -

会計事務所を経営する主人公は、裏の仕事も持っていた。彼の秘密を探る財務局、彼を葬ろうとする集団が襲ってくる・・・・

・・・・DVDで鑑賞。主人公の特異なキャラクターが生きた作品だった。仕事や戦いの合間に、彼の過去の出来事、成長を解説するエピソードが何度か挿入されており、主人公の境遇が分かりやすく解説されていた。その説明が的確だったので、主人公に同情し、共感しやすいと感じた。

また、主人公が監査する会社との銃撃戦、主人公の正体を探る捜査官との駆け引き、特に捜査官が苦労して彼の素性を割り出していくサスペンス的な描き方などが平行して描かれており、かなり奥行きのある構成。それらのまとめ方も素晴らしかった。銃撃戦がないと盛り上がらなかっただろう。

この作品は情け容赦ない殺人のシーンが何度もある。小さな子供には向かない作品。暴力を肯定している点に問題がないなら、家族での鑑賞も可能と思うが、ファミリー向けの映画とは言えない。特に恋人に見せたいと感じる内容だとも感じなかった。そういった理由でか、ビデオ屋さんでの人気は、あまりなかったようだ。この作品は独特だから、観客を選ぶ。もっとカーアクションが派手な映画のほうが、一般的には好まれるのかも知れない。

主演のベン・アフレックが素晴らしかった。もともと表情に乏しい俳優と感じていたが、この役の場合は、それが好都合だった。過剰に異常ぶりを表現してないところが素晴らしく、適切な表現のセンスがある。障害者を演じるときは、障害を隠そうと努力している様子を演じたほうが良いのが鉄則だ。

主人公の障害が大きなポイントになっていた。障害に関しては否定的な描き方をしていなかったと思うのだが、患者団体がどのように思ったのかは気になった。障害者でも、能力を生かして社会に適応して欲しいものだ。この作品は、その考え方を訴える力が感じられた。

原題のアカウンタントは、税理士のことだそうだ。会計をする仕事にはたくさんの種類があるようで、おそらく主人公は日本の場合は公認会計士が担当すべき監査業務を仕事としているのではないか?米国と日本とでは、また資格が違うのかも知れない。

劇場主は個人経営者だが、会計をやっていて自分が何を計算しているのか分からなくなることが多い。これが大企業になると、会計はいっそう複雑なものになり、一人の人間の能力を超えた処理能力が必要になるはず。不正経理された場合、それを見抜くのはさらに能力を要するだろう。監査法人の面々が、手分けしてやるべき作業だろう。

(不正経理に関連して)

東芝は分割して売却され、本体は何を残すのか知らないが、業務を限定して経理されるらしい。寂しい気はするが、どんな会社でも事業の全てが好調を維持できるはずはないし、大赤字を垂れ流すのは、たぶん違法行為に相当するのだろう。仕方ない。ただ、そのへんにからむ法の規定は知らない。

会計操作によって脱税をやったら、そりゃあ違法だろうと分かる。逆に黒字と偽って税金を払った場合、納税に関しては問題ない気もする。ただし、株主や関連企業、職員などに嘘をついた社会的罪には相当する。やがては企業破綻の原因になるから・・・・といった意味で、関係者の権利侵害の罪にもなりうる。でも、まだ破綻したわけじゃない段階は、いわば破綻未遂の罪に相当するのだろうか?商法は分かりにくい。

黒字と偽っておかないと、株価が下がって資金調達が難しくなる。だから、不正経理は一種の株価操作、市場関係者への背徳、将来の損害に誘導した詐欺、そんなものには相当するだろう。それを許せば、投資家は安心して投資できないから、市場が活発に行かず、景気が低迷する。よって、法律で管理する必要はある。そんな理屈だろうか?

おそらく様々な法律に則ることを前提に法人の存在が認められていて、そのおかげで企業減税の対象になり、具体的には知らないが、その他の優遇も得ているから、法に従えと決まっているのだろうか?そのうえで、なぜ不正会計をやったのか?また、やれたのか?そこらへんが不可解。罰則が軽いのか?

自分の人生を賭けるまでの重大な犯罪にならないという確信があったのかも知れない。数年の禁固刑か罰金で済み、その後は関連会社に雇用され、悠々自適の生活が保障されるさ・・・・そんな裏付けがあったということか?あるいは、十年間バレなければ、時効が成立して自分は逃げられる・・・そんな計算もできたのか?もしそうなら、罰則の軽さに問題があるということになるのかも。

そして改めて思ったが、大会社に採用され、選ばれて首脳部に入った連中は、おそらく優秀で人物評価も高く、敬意を集めていたに違いない。そんな彼らがどうして・・・・選挙でもそうだ。広く大勢の有権者の支持を集め、選挙で選ばれた人間は、人格も能力も、意志の強さも兼ね備えた人間のはずだ。それがどうして隠匿、忖度三昧に走るのか?出世は、人を評価する基準にはならないようだ。ただのクソッタレでも、運が良ければ選ばれて出世していくものらしい。選ぶ際のルール作りが足りていないのだろうと思う。

 

2017年6月 7日

GODZILLA ゴジラ(2014)

Godzilla

- Legendary, Warner,Toho -

昨年の紅白では、「シン・ゴジラ」が大々的に扱われていた。紅白歌合戦の性格を変えた企画だった。あんな企画が通ったのは、映画がそれだけ評判だったせいだろうが、あの企画に意味が本当にあったのかは疑問。ただの悪のりに近い印象も受けた。

劇場主は、その前のハリウッド製のゴジラも観ていなかった。宣伝だけは繰り返し見せられていたのだが、劇場に行こうとは思わなかった。「シン・ゴジラ」を鑑賞する前に、その参考資料として、この作品を鑑賞することを決意した次第である。DVDで鑑賞。

主役がアーロン・テイラー=ジョンソンだったとは、観るまで知らなかった。宣伝では渡辺謙がさかんに登場していたので、渡辺が主役かと思っていた。今、渡辺氏は不倫騒動で隠れているらしいのだが、この作品の頃はちゃんと公衆の前に登場し、役者をやっていた。

ゴジラのスケールを感じさせるCGが素晴らしい。日本のゴジラ映画とは、技術面が違う。加えて、怪獣達にやられて破壊されていくビルや戦闘機、船などの表現方法も非常に素晴らしく、あれを観るために鑑賞しても良いくらい、凄い技術を感じた。

それ以外は、感心するほどではなかった。ドラマの部分は、過去の怪獣映画とレベル的に違う印象がない。役者の問題か、演出の問題なのかは分からなかったが、おそらくドラマ部門は検討が十分になされておらず、役者達の力量に任せても良いといった安易な判断があったのでは?そんな気がした。

劇場主の個人的な意見を申しあげれば、主役に比重をもっと集め、主役を取り巻く家族、友人、同僚達が普通の生活を送り、人間くさい問題を抱えていることは、時間を割いて表現しておくべきだったと思う。わざとらしい誕生パーティー、とってつけたような抱擁ではなく、自然さを重視した日常的仕草で良いと思う。

それによって、主人公が命を賭ける意味が理解しやすくなる。さらに言えば、主人公には是非とも犠牲になって欲しかった。血まみれの泥まみれ、無残な肉片になって、哀れみを感じさせて欲しかった。現実の話じゃないんだから、生き残る必要などない。

渡辺謙がキャスティングされた意味も、あまり感じなかった。同僚の女性学者も同じ。母親役ジュリエット・ビノシュのキャスティングも意味不明。軍人たちにも、もっと個性が感じられたほうが良かったのでは?

おそらく、ハワイや日本など、各所に戦いの場所を移動させたのは賢い選択ではなかった。ロスだけ、あるいはロスとハワイだけで充分だったと思う。主人公はそこらに勤務していて、同僚達といっしょに戦う→同僚が次々と犠牲になる→復讐に燃えて怪獣を追ってロスへ→ロスで決戦。それが自然ではないか?

モノレールに乗って怪獣に襲われるといった話は、見せ場の映像を作るためのわざとらしい設定だった。軍人が部隊に入ったり出たり、作戦に参加したり離れたりは、普通なら無理な話だろう。ぜひとも仲間と行動を共にして、個性豊かな仲間が次々と殺されたほうが良かったと思う。

 

 

2017年4月 2日

コンカッション(2015)

Concussion


- Columbia etc -

監察医の主人公はアメフト選手の解剖に携わり、選手達の脳に独特な後遺症があることを発表する。しかし、業界からの激しい反発が待っていた・・・・

・・・・DVDで鑑賞。実話に基づくという。問題提起した人間に待ち受ける試練を描いていた。極めて娯楽性の少ない作品で、しかもフットボール業界には有難くない映画。よくこんな企画が通ったものだと思う。たくさんの制作会社が参入していたのは、もしかして各事務所がリスクを嫌って、少額の予算に限定した結果ではないかと疑った。

コンカッションというのは脳震盪のことらしい。恥ずかしながら、劇場主は知らなかった。コンツージョンと記憶していたが、よく考えてみればコンツージョンは打撲や脳挫傷の意味だから、脳外科が言うのを間違って覚えていたようだ。

ウィル・スミスが訛りの強い発音と、アフリカ人らしい表情で主人公を演じていた。彼と主人公のキャラクターは合致していなかったように思ったが、他の黒人俳優よりメームバリューがあるし、映画の興業面を考えたら、良いキャスティングだったのかも知れない。できれば、本物のアフリカ人のほうがリアルで印象も強く残ったかも知れないとも思うが・・・・

奥さん役や、同僚、上司役、共同発表者役など、味のある俳優が多数出演していた。静かな戦いを淡々と描いた印象だったが、ドラマとしての盛り上がりを考えたら、酷い仕打ち、白眼視や心ない中傷などをもっと強調して、悲劇として強調しても良かったかも。あるいは、監視や尾行されたりの恐怖をサスペンスタッチで描くと、さらに効果的だったかも。少し演出が足りない印象を受けた。

ナイジェリアから米国に留学し、複数の博士号を持つ主人公は、猛烈に優秀な人だろう。おそらく、病態に気づくのは時間の問題だったろうが、いざ発表となると、その仕方は非常に難しい。洋の東西を問わず、権力を持つ勢力を相手にする時は、反撃を覚悟しないといけない。自分の業績や倫理的な事情と、力関係をバランスにかけないといけない。主人公は敗北したとも言えるから、現実は甘くない。

米国の場合、個人の権利意識が高いから、個人を守る法律は充分にありそうだ。でも、さすがにFBIを介して圧力をかけられると、よほどな人を除いて社会的に葬られる危険はある。ただ、それでも主人公を支援する上司がいたのは有難いことだ。日本では、そうはいかない。権利意識が違う。主人公は狂った学者か、売名や営利目的の人物とキャンペーンを張られる。したがって、日本で同じような問題が発生しても、無視されるかも知れない。

日本では上司も部下も、警察も近隣の住民も、家族も親戚も、皆が敵に回る可能性が高い。町の大事な事業を破綻させてはならない・・・・そんな意識がはたらいて、主人公は直ぐに解雇され、孤立無援の状況になる。同僚の連中が連日押しかけ、問題を起こすなと圧力をかけ、家族もその片棒を担ぐ。社会の和が大事だからなど、色々な理由づけはあるのだろうが・・・

どこでも一般に、問題解決より利害が優先されている。人を動かすのは、言葉の正しさよりも忖度を上手く働かせるかどうか、忖度させることができるかどうかと考えたほうが良い。出世する人は、公的な精神より私的な利害、情動を重視する人が多い。気持ちの問題、人は気持ちで動く・・・と言うと聞こえは良いが、それが習慣化すると、悪しき面もある。友人関係は情の人と付き合ったほうが心地良いが、公的な関係は思考法を変えないといけない。

森友学園や、豊洲市場、各地の原発の問題を見ていると、どれも病態が似ていると感じる。忖度で成り立つ思考習慣が関与していて、明らかに悪影響を及ぼしている。権力者側は忖度して欲しいから、状況の改善は、よほどなことがないと無理。まあ劇場主自身も、上司の顔色をうかがって、忖度をしっかりやってきた。誰でも自然に、強者におもねる感情が起こるものと思う。

忖度する人に忖度し、その人にまた忖度し・・・とやっていたら、もう組織の体を成さない。忖度する人させる人は、排除しないといけない。倫理が残るように努力すべき。これは、国家の生き残りのために必要な策と考える。だが、皆にそのセンスが育たないと、改善は難しい。政府首脳が「忖度は違法じゃない。」などと答弁するなんて、公の精神があれば、考えられない。そんな言葉が出るなんて、公共精神がないよと言うようなものだ。

小学校の道徳では、森友問題を例にとって忖度の害を解説すると良い。公共精神を培う、良き題材になる。公的な精神は、教育勅語では育たない。昨今の報道を見る限り、それは証明されたと思う。それを明らかにするために、彼らは活動しているのか?だとしたら、尊敬に値する。

 

 

2016年3月16日

殺し屋チャーリーと6人の悪党(2014)

Albatrosfilm

- ストーリー良し -

便利屋業のチャーリーが、ある奥さんの殺害を依頼される。しかし、妻は先に歯科医夫婦に襲われてしまう。チャーリーは歯科医も脅し、金もせしめようと画策するが・・・・

・・・・DVDで鑑賞。複雑に騙し合いが絡まる話は何度か観たことがあるが、この作品もなかなか良くできたストーリーで、面白かった。メジャー作品じゃなかったようだが、切れ味の良い小作品という印象。

子供にはよろしい影響はないと思うのだが、おそらくワルガキ達は、この種の裏切り~どんでん返しのクライム映画は大好きであろう。けっこう楽しんでくれそうな気がする。恋人と観るために良い映画かどうかは自信がないが、そこそこ楽しめるのでは?

設定が良かった。悪いヤツラが大勢登場し、互いに出し抜こう、騙そう、そして殺そうとしている点は共通で、極端に冷酷な存在はなく、皆がそこそこ悪人という点が良い。際立つ悪役がいて、一人だけが他を出し抜くと、後味が妙になったろう。よく考えてあった。

ただし、できれば主役は強面の俳優で、本当に人を殺しそうな迫力があったほうが良かったかもと、まず思った。サイモン・ペグでは面白くはあっても、迫力には欠ける。たぶん、ミスキャストだったのだろう。人気を重んじたに過ぎないはず。

あるいは完全なサイコキラーで、殺しを楽しみつつ、助けそうで助けない、そんな狂った個性の持ち主であっても良かったかも。狂いぶりが激しいと、おそらく面白みも増すのである。

歯科医の夫と、受付けをしている妻役はなかなか良い味が出ていた。妻役は「ウォーム・ボディーズ」のヒロインだそうだが、全く印象が違っていて気づかなかった。悪巧みを懸命にやろうとする時の表情が良かった。

殺しを嫌がる人間が助けてもらって、やれやれ生き残ったか、そうだな悪いやつじゃないから・・・と思ったら、偶然の事故で結局死んでしまうといったギャグ的な死に方があっても良かったかもしれない。小細工のような演出に過ぎないが、この種のブラックユーモア映画の場合は、有効な手段と思う。

悪徳警官の役は「カクテル」で哲学者ぶったバーテンを演じていた役者だが、怖さが上手く出ていなかったように思う。もっとデブで、根っから悪人ズラした俳優のほうが良かったのでは?見るからに悪徳警官の雰囲気がする肥満体の悪役はいっぱいいると思う。

どれくらい怖さが出るか、どの程度笑える個性の持ち主か、その加減が非常に難しい。シニカルに笑えるキャスティングに上手く持って行くためには、よほどのセンスがないといけないのだろう。 

 

 

2016年3月10日

小泉総理談話(2015)

- 愕然 -

http://gekkan.bunshun.jp/articles/-/1750

文藝春秋の平成27年12月号に掲載された小泉元総理の談話を、興味深く拝見した。原発反対の論拠を述べたものだった。読んでいく最中の印象は、この本の内容が正確なら、なんと怖ろしいことか、このような考えで国政が動いていたとは信じられないという驚き。小泉氏本人か、役人か学者連中、あるいは書き手のルポライターのどこかの能力、倫理感に問題があると思えた。

元総理でも、中曽根氏や福田赳夫氏は明らかに役人出身者らしい鋭さがあった。正しい考えができていたかはともかく、ミスの少ない、頭の回転の速い人に特有の保身術に長けた、隙のない印象があった。小泉氏は、彼らとは元々毛色の違った異色の政治家だったが、実際に思考の内容(レベル?)が違っていたのかも知れない。

あるいは、小泉流のボケかも知れない。氏は役者みたいな人なので、知ってても知らなかった、連絡はなかったから知りえなかった、騙されていたと演技しているだけかもしれない。自分の立場を良くする演技で、今のうちから意志表明をしておくと、やがて大きな力を得ることができると考え、手を打っているだけかも知れない。

原発事故の経緯は、事故の前から劇場主には分かっていた。どのように事態が進み、被害がどの程度に及ぶか、病根となっているものが何か、理解できていたと思う。素人で、情報も限られた劇場主でさえそうだったのだから、政権内部にいる人間が想像もできなかかったとは無理がある。

疑念すら感じていなかったら、相当に勘が悪いか始末に困るほど愚鈍な人物。無能か、あるいは犯罪者かいずれであろうとも、責任がないということはない。予算案の閣議決定を経た人物なら、閣僚になった人物は全て、原発事故に関して責任がある。

ただし劇場主は政治家の活動内容を知らない。具体的にどんな形で情報が入って、どんな決め方ができるのか、権限やルールもよく知らない。簡単に能力を出し切って速やかに判断、指示できるものではないのかも知れない。勝手に評価できる立場ではないのだろう。おそらく、情報が伝わらなければ、劇場主が総理になっても、何かどうなっているか分からないまま、勝手に役人達が事を進めるようになっていくだろう。

ただし、本来はそうではいけない。役人は曇りのない情報を政府首脳に伝えないといけないし、首脳は素早く断固たる決断をしないといけない。それが仕事だから、当然そうあるべきで、そうできるシステム、法整備ができていないことの弊害を真剣に考えるべき。事故は、そのせいで起こったのだから。

そうしないと、例えばファシスト的な集団が役人の中枢を占め、権力を持った場合、その勢いを誰も止められなくなる。ファッショ的な決定の仕方は違法だと、少数の勢力でも指摘できて、権力が暴走しないシステムが必要。そこは理詰めで決めておかないといけない。我が国は、そんな基本すらできていないようだ。どう転んでも政府が機能するような、そんなルールを理論的に作る作業が欠けている。

ただ、今回の文章をその通りに読むと、小泉氏の認識レベルはかなり低いと思える。勘も悪い困った素人だが、選挙に関しては強くて権利ばかり持っている政治家に対して、自分が役人ならば、やはり情報を隠して暗躍しようとするかも知れない。無茶なことをやられては困るから・・・

 

 

 

2015年6月30日

荒野はつらいよ~アリゾナより愛をこめて~(2014)

Universal

- 観客を選ぶ -

1800年代のアメリカ西部。羊飼いの主人公はタフなガンマンたちからバカにされ、恋人にもふられて傷心の日々。そこに盗賊団の一味がやってきて、騒動が巻き起こる・・・・

・・・・「テッド」の監督セス・マクファーレンが主演・監督を務めた作品。人種ネタを含んだドギツイギャグ満載の喜劇だったが、「腰抜け二丁拳銃」などとストーリーは良く似ていて、流れは比較的まともだった。

日本語のセリフでさえ子供にはちょっと問題な内容。人種ネタは特にひどいものも多い。黒人の脱走者を銃で撃つゲームなど、趣味が悪すぎる。便やおなら、セックスネタの酷いのが多い。家族で観るのはやめたほうが良いかも。ブラックユーモア好きなら構わないけど。

恋人と観る場合は相手次第。シモネタ好きな相手なら爆笑もの。生真面目な相手なら嫌われるか、せいぜい退屈されるのがオチ。観客をえらぶ作品だと思う。

意外なところで、CGの出来が良かった。「テッド」もそうだったが、必要な技術はさりげなく優れている。テレビ業界の優れたスタッフがちゃんと管理していたのでは?

敵役の一人、ニール・パトリック・ハリスは昔、「スターシップ・トゥルーパーズ」に出演していた俳優だ。個性的な風貌で、主にテレビでの活躍が目立つ人らしい。監督自身や他の俳優も、テレビで有名な人が多そう。人脈を生かして、映画の製作につなげたようだ。

主演のキャスティングは失敗ではなかったか?この役は、細身の小柄な俳優が望ましいと思う。ベン・スティラータイプの俳優。監督自身は俳優としての魅力には不足していると思う。大事な役だから、彼が演じない方が良かったと思う。専門の喜劇俳優を連れてくるべきだったと思う。

例えばの話、この役をチャップリンが演じていたら、かなり普遍的なおかしさが出たと思う。見るからに弱そうな男が無理して決闘に及び、ブルブル震えながら勝負を避けて逃げようとしたら、特に上手い逃げ方をした場合などは絶対に笑える。それが古典的なキャスティングのパターン。監督が演じると、テレビを観てた人しか通じない部分が多いと思う。

ヒロイン役はシャーリーズ・セロンだったが、これも少し違和感を感じた。昔ながらの女傑なら、こんな役は肉感的な黒髪の女優が演じていたように思う。なんとなく、そんなイメージがある。ちょうどジェーン・ラッセル嬢みたいな。シャーリーズ・セロンは美しいが、ややスタイルが良すぎる印象。

アマンダ・セイフライドのキャスティングも理解不能だった。彼女が選んだ役だろうか?今回の役柄だと、派手な顔の女優で、基本は同情されないような毒々しさが感じられる女優が良い。少し狙いが分からないキャスティングだった。

ダンスのシーンは一種のミュージカルになっていた。考えてみると、ギャグ以外の部分は結構マトモなシーンも多い。古いギャグ映画の伝統を全く無視しているわけではない。基本は50年代くらいの西部劇コメディにあって、ギャグだけ最近のテレビ流といった印象。

しかし、日本のテレビネタとは多少違う方向性を感じる。日本のバラエティは、芸人イジメが主流になっていて、より狭い世界の競争意識が、そのまま番組の中に持ち込まれたかのような臭いを感じる。人気の出た若手お笑いコンビなどを、他の芸人が寄ってたかってけなし、潰そうとする。最近の8.6秒バズーガなどは、その典型の扱いで、嫌な気分になる。

米国の場合は、競争自体はもっと激しいはずだが、けなしあいネタはメインにはならない。セックスネタ、人種ネタを扱うタレントは色々映画界にも進出してくるけど、けなす相手は大物スターに限られている印象。ライバル意識でネタにするのではなく、誰でも知っているスターを扱って、逆説的な意味でギャグに使うのがルールのようなもの。

 

 

 

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