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カテゴリー「こ」の43件の記事

2020年11月 4日

荒野の誓い(2017)

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- Star Channel Movies -

クリスチャン・ベール主演の西部劇映画。ヒロインはロザムンド・パイク。インディアン達を護送する部隊が、数々の襲撃を乗り越え、モンタナ州を目指す物語。

あまりヒットしなかったようだが、見ごたえある映画だったと思う。ラストシーンはよく考えてあって、ゆっくりとした動きで主人公が決心した様子が分かる仕組みになっており、洒落た演出だった。

タフでクールな人物が任務を全うしようとする姿は、古くからある西部劇の醍醐味の一つだ。頑固で勇敢、情け無用の戦いぶりの男、そんな彼がほのかな愛や友情に気づく話は、過去の多くの作品でも何度も繰り返されて来た。

クリント・イーストウッドらが、まさにそんなキャラクターだった。今回は、その流れにクリスチャン・ベールが新たに加わったということになる。ベールはバットマン・シリーズでも似たようなキャラクターを演じていたから、この役には向いていると思う。ヘンリー・フォンダにも近いイメージだろうか? 

タフなヒーローは、心に闇を抱えているのが鉄則だ。今回の主人公は、かつて仲間たちの多くをインディアン達との戦いで失い、自分の仕事に嫌気がさしている。その自分が、かつての敵を護送するという皮肉な流れも、西部劇の常道であった。

鉄則にしたがって作られた物語だ。ヒロインとのやり取りや、インディアン達との心の交流も、古い西部劇の復活を見るかのようで、懐かしさに満ちていた。

逆に言うと、斬新さには欠けていたのかも知れない。今日求められる西部劇がどのようなものかは分からないが、ただ抒情性に満ちているだけでは、嘘くさいドラマという印象につながるのかも知れない。そうでないなら、この作品はもっとヒットしていたはずだ。

劇場主には分からないが、古めかしさか何かが影響して、米国の観客には支持されなかったようだ。 もしかしてヒロインがもっと若く、華奢な感じのアイドル的な女優だったら、彼女を守るために命を賭ける主人公の気持ちが分かりやすくなり、観客にも共感する気持ちが生まれていたのかも知れない。何かが足りなかった。

主人公が傷つくのも大原則だったような気がしたが、その点も影響していなかったろうか? 「真昼の決闘」ではゲーリー・クーパーも傷ついていたはずだったが・・・ 

スターチャンネルが制作の中心を成したらしい。最近はネットフリックスが制作した映画が賞を取ったり、資金の出所が大きく変わっている。ネット企業に金が集まる時代だから、当然の流れなんだろうが、作品の公開にも当然影響が出て来るはずで、映画館での公開は二の次で、テレビとネット配信のみの作品も増えて来るのかも知れない。  

 

2020年10月23日

コロナ後の世界(2020)

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- 文春新書 -

新型コロナウイルスの流行がもたらした影響について、海外の学者たちの分析をインタビューした本。著者は翻訳などをしている大野和基氏。インタビューした相手はジェレド・ダイアモンドやポール・クルーグマンなど、世界を代表する知識人。  

意外なことに、読後感はあまり強烈ではなかった。劇場主が考えたようなことを知識人も考え、同じように分析し、やや曖昧な意見を述べているような印象。大胆な予測は難しいと思う。

たとえば大恐慌が起こるなどと言うと、パニックを引き起こしてしまう。有名な学者が明確に述べてしまうのは、影響が大きすぎて危険なこと。思っていても言えないことは多いと思う。 

それに予測というものは、どれだけ勉強したかではなく、どれだけ頭が良いかによるところがある。大学者でも妙な予測を立ててしまう人は多い。曇りのない視点で、過去の事実と人の感情、ウイルスの性質などを総合して考えないと、未知のことについての予測はできない。 

今回の新型コロナウイルスは、事実上、人類が経験する初めてのパンデミックなイメージの感染症かも知れない。インフルエンザウイルスではたびたび大流行になっているはずだが、例えばスペイン風邪の時代は情報が伝わりにくく、戦争のほうに皆の意識が向かっていたはずだから、「パンデミックだ!危険だ!」という感覚を持てない人も多かったと思う。

今回は情報が多すぎて困るくらいだ。身の周りに来る前から、中国でヤバイのが流行りだした、春節で大流行するぞ、感染者が押し寄せてくるぞと、暗鬱な気分、無力感、政府への憤りや亡くなった人への同情など、感情に大きく影響する結果となった。経済的影響も凄い。パンデミックらしいパンデミックだ。 

令和2年10月の時点で、流行は少し抑制されつつある。3密を避けることが皆の共通認識になり、無鉄砲だった若者たちも少し自重したり、既に感染して免疫が形成されてしまったり、良い方向にウイルスが変異したり、いろいろなことが考えられる。とりあえず、幸運に恵まれたと思う。

人類を滅ぼしかねないウイルスには、今のところなっていないし、流行が下火になることで、気分的には観光業や飲食業にも少し需要が回復しそうな気配がある。来年以降がどのようになるか予想は難しいが、ウイルスの性格が今のままなら、活動の勢いは回復して来そうだ。

収入が回復する人が増え、消費も少し戻り、気分も晴れて来る。でも、おそらく回復は徐々にだろう。小さな流行がないはずはないから、そのたびにまた自粛、隔離が必要となり、運動会をやって問題ないことが分かり、宴会をやって大丈夫と分かり、そんな風にゆっくりと元に近づくのではないだろうか? 

変わるのは、海外、特に中国との関係かも知れない。交流自体がリスクであるが、巨大な市場でもあり、世界の工場でもある。また大型客船を呼ぶつもりだろうか? 劇場主はインバウンドを偏重するのは危険だと感じているのだが、政府はどうだろうか? インバウンド狙いの人達は、少々の流行ぐらいでは諦めないだろう。 

 

2020年8月28日

香水(2019)

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- 瑛人 -

8月中旬にネットの記事で、歌手の瑛人のことが書かれているのを目にした。噂には聞いていたが、どんな曲なのか気になり、初めて「香水」をオフィシャル動画で聴いてみた。

事前のイメージではイケメンが弾き語りをするか、あるいは韓流風の気取った男がダンスをするのだろうかと思っていたが、全く予想が外れていた。瑛人は風貌が・・・だったし、ダンスは別の女性が担当している。しかも彼女もダンサーらしい体型ではなく、やや意味不明の踊りで、流行りの曲とはずいぶん違う点が多かった。

でも、本当に良い歌だと感動できた。映画を観ているかのような、動画の表現力、説得力を感じた。なので、この劇場にも登場していただく。多くの人の心に届く力があったのだろう、この曲は令和2年の前半で特筆すべきヒット作になっているそうだ。

この曲の何が良かったのか、考えてみた。

①瑛人の顔や雰囲気と、楽曲の内容が合致していたこと。
瑛人氏は、イケメンとは言えない。冴えない雰囲気の、どこにでもいそうな、そして自信もなさそうな、いかにもフリーター風の人という印象を受ける。

おそらく、この曲がヒットするまで業界の有望株ではなく、本人は自分の将来の展望を持つことは難しい状況だったのではないか? そして生活が安定せずに、心底不安を抱えていたのではないか? 失礼ながら、観た印象ではそう感じた。

もし彼がカッコよい曲を歌うとしたら、おそらく違和感を感じるだろう。曲の内容と歌手のキャラクターが完全に一致していたことで、劇場主には同情、応援したいという感情が自然と発生した。そんな反応が、成功の一要因だったと思う。 

②ドルチェ・アンド・ガッパーナのブランドが絶妙の選択だった。
仮に、これがシャネルだったら、意味合いが全く変わって来る。発音しにくいドルチェ~の音と、新しめのブランドで、誰でも知っているとまではいかない状況、そのイメージが、聴き手の印象に強く残る効果があった。

シャネルだったら、おそらくメジャーすぎるために、相手の女性がタカビーか不釣り合いなハイソな人物ではないかと感じられる。不釣り合いな恋という別な印象が生まれる。それでは視聴者が覚えてくれなかった可能性もある。

このブランドが選ばれたのは偶然だったそうだが、選んだセンスが良かったし、曲に使おうと考えたのは普段から曲を書こうと努力していたからだろうから、幸運と努力の賜物だったと思う。

もし瑛人が大手の派手なタレントだったら、ブランドに馴染みがあっても当然だろう。歌で使う場合にも、使い方が違うと思う。瑛人がブランドに馴染みがなかったからこそ、歌詞に使う発想が生まれたのかも知れない。 

③ 別れた元彼女に未練が感じられる歌詞と、それを匂いと連結させた流れも自然だと感じられた。

劇場主が憧れていた女の子については、やはり匂いの記憶がある。匂いを嗅ぐだけで幸せな気分になれたものだ。多くの人が、匂いと恋人を連結して、動物的に覚えているのではないだろうか? 

「366日」も似たような曲だ。ただし、366日は曲調が非常に暗くて悲しい点で「香水」とは少し雰囲気が違う。みじめで颯爽としていない「香水」の僕は、大泣きして復縁を願うような性格ではないようだ。それは歌い手の瑛人がそうなのかもしれないし、真に現代風なのかもしれない。

今は、「俺が働いておめえを喰わせる、ついて来な!」と言っても、「ヘン、あんたフリーターで、収入も低い。アタイのほうがIT企業勤めでリッチよ!」と、軽くいなされる時代だ。復縁を申し出ることすら、気後れするだろう。その意味で、現代的だ。  

この曲はたくさんのタレントがカバーしている。ミュージシャンのTEEが、レゲエ風にアレンジして歌っている動画は出来栄えが素晴らしく、歌は本家よりもずっと上手い。でも、この曲は瑛人のような男が歌うから味が出る。上手けりゃ良いわけじゃない。 

今はレコードが売れない時代だから、流行り歌のありかたも昔とは全然違う。毎年のように、ハッとするほど良い曲が発表され、どんな歌手が歌っているのかと調べてみれば、地道な活動をしていた人も多い。

あいみょんの「マリー・ゴールド」、米津玄師の「lemon」などは優れた曲で、独特な味を感じたが、彼らは井上陽水や吉田拓郎時代のミュージシャンとは活動の仕方がずいぶんと違って見える。

瑛人の歌は、さらに独特の流行り方をしたので、彼が今後どのような活動をするのか、予想も難しい。すぐ消えていくのか、地道に楽曲を提供する人になるのか? ただ、さすがにテレビに出続ける歌手にはならないだろうと思う。そんな見栄えの良い歌手でないことは間違いない。

 

2020年8月 1日

新型コロナウイルスへの対策 その9

- 2020年8月1日時点 -

(東京の状況)  東京都の感染者数は7月に入っても多い。検査が飲食店業界を狙ってやられていることで、陽性率も上がっているようだ。夜の街の人口って、どれだけいるんだろうか? 
まだ政府から新たな外出規制は発令されていない。軽症の人が多くて、病床がなんとかなりそうだからというのが理由らしい。確かに死亡者数が非常に少ないままだ。

でも、感染が蔓延した状態を放置すれば、一定の割合で重症化する人も出る。冬場が大変だと思う。不安感をぬぐえるほどの対応をとっていない印象。景気を気にし過ぎて、戦略的に大事なことを忘れていないだろうか? 繁華街には集中的な指導、規制、そして補助が必要だろう。

(GO TO キャンペーン) 旅行代金を補助するキャンペーンが始まった。旅行代金の半額程度の補助が出るらしい。
このキャンペーンが、どう立案されたのか気になる。観光業界からの要請、あるいは誰か特定の議員の要求か、有力官僚の発案だろうか? 利権を狙った電通の要請か? 

こういった補助は、海外で効果が証明された策なのだろうか? 根拠のある策なのか? 誰かの発案なら、誰が計画し、どう了承されたのか、経緯を記録しないといけない。責任追及のためより、今後の検証のために、隠し立ては良くない。

今の時期に旅行者が増えると、地方に感染を拡げると予想される。なぜ今なのか、非常に疑問。観光業者に直接の補助金を出したほうが、有効で安全ではないのか? それとも、それは費用効果的にダメなのか? 予算の使い方として、どうすると効果的なのか分からない。 

おそらくキャンペーンをやっても、感染が怖いので自粛する人が多いと思うが、それでは旅館の経営危機は続いてしまう。実質的な効果がどの程度出るのだろうか? 

7月中旬の時点で、対象から東京都在住の方を除外し、団体旅行も制限する決定がなされたそうだが、土壇場になっての変更は、そもそも混乱を生む。

いろいろ常識から外れた面が多い。施策について、入念に練れていなかったのだろうか?  

(熊本県内) 7月4日の深夜から翌朝にかけて、球磨川が広範囲に氾濫した。水害を取材に来た記者や、自治体職員にコロナの感染が確認され、避難者への感染が心配されたが、今のところ拡がりはないようだ。

長洲の旧日立造船で集団感染が発生した。マスクを着けていない人が多かったと言う。老健施設にも感染者が出たところがある。施設や企業で患者が出ると、事業を止めないといけない。経営的にも、利用者の安全の点でも困ったことになったはずだ。

7月23日からの4連休で、流行地からの観光客がどれくらい来たのか、気になっている。「九州は感染者が少ないから、九州に行こう。」と考えられると、来られる方はたまったもんじゃない。8月の第一週までに感染者が増えるかどうか、注意して見守るしかない。

福岡の感染者が増えだしてから、熊本県内のも感染者が出るようになった。気が緩んだように感じる。感染した人のように福岡や関西で会食するなんて、よほどなことがない限り、遠慮して欲しかった。        

(経済) 外出規制と経済活動のバランスの取り方は本当に難しい。このまま感染者が増えたら、再度の緊急事態宣言が必要になるだろうが、批判は凄いものになるはずだ。飲食店などに止めを刺すことも考えられる。

既にコロナの流行によって、世界全体の景気に影響が出ている。まだ恐慌と言える状況ではないが、先行きは怪しい。発展途上国では、債務を返せなくなる国が続出するかもしれない。流行の収束具合がカギになる。

グローバル経済で全ての地域が豊かになるイメージを持つ人も多かっただろうが、むしろ格差の拡大や景気変動が問題だと、あらためて感じる。何かあれば世界中で仕事をなくす人が一気に増えるし、感染症の拡がりも早くなり、対処が間に合わない地域も増える。弊害は明らかだと思う。

急激な変化をもたらすものは、人々の対処能力を越えるから、何であっても基本的に巨悪と考える。 

(規制の在り方)外出規制はどのようにすべきだったのだろうか? スウェーデンは外出規制をしないと報道されていたが、現地在住の方の手記によれば、実際には自主的な規制によって人通りは著しく減ったという。

全く自粛しなかった国、地域はなさそうなので、規制の純粋な効果は分からない。学術論文によると、電車を止める必要性はそれほどないらしい。学校の休校の意義も、まだはっきりしない。

すでに欧州やニューヨークの感染者は減少傾向にあるらしいので、ロックダウンのような高度の規制をせずとも、感染のコントロールは可能だと思う。ただし、多数の死者を出してしまっての結果であることも重要な点。犠牲は、可能なら少ないほうが良い。

繁華街についても、管理さえ行き届けば、今のような流行は避けられたのではないだろうか? おそらく立ち入り検査で衛生状況を確認して、合格したら営業許可という単純な方法が必要だろう。店の権利と感染防御対策がぶつかる場面は多いだろうが、繁華街を野放しにはできない。金銭的補助と管理が不足している印象。 

(ワクチン)ワクチン開発のニュースはいろいろ出ている。KMバイオロジスクは外資と協力して開発するらしい。各地でワクチンの治験も始まっているらしいが、気になるのは、感染した人でも抗体が充分に発生していないこと。ウイルスが陰性になりにくい患者が多かった。

免疫ができにくい病原体は他にもある。ノロウイルスは、体内で1カ月くらい生き残るし、変異して繰り返し感染する。コロナウイルスも同じRNAウイルスだし、胃腸炎ウイルスとしての性格も持つので、同じかもしれない。

そうなると、ワクチンで免疫ができるのか、疑問が残ってしまう。たとえばの話、抗体ができる人が半数程度に収まるならば、流行はコントロールできないはずだ。そこが非常に心配。

(治療薬)軽症の段階で使うと重症化を抑える、そんな薬の情報がない。アビガンは効果が期待されたが、国内の統計は結果がよく分からない。藤田医科大が調査を担当したらしいが、症例数がそもそも不足。

使用者と非使用者を同じ条件で比較せずして、有効性を把握することができるはずはない。効果を調べる気が最初からなかったようだ。判定できないと分かった時点で、他の施設と協力すると良かったはずだが・・・

国外での検討結果に期待するしかない。都内では毎日数百人単位の新規感染者がいるのだから、調べられないはずはないと思うが・・・

(診療所の対応) 冬場にかけての対処法を練っている。明らかにコロナウイルス感染症が怪しい場合は、電話相談の段階で断るしかないかもしれない。
クリニックでは、やれることが限られている。重症の肺炎に至っていないこと、自宅での観察が可能なことをチェックし、その後をフォローすることぐらいだ。悪化したら、直ちに専門病院に紹介しないといけない。

旅行者、あるいは感染者と接触があった方は、最初から特定の病院で診療してもらうべきだから、診察を断りたい。しかし、既に来院者の中で、自分が患者と接触があったことを言わない人も出ている。最初に言うと、診察を断られるからだろう。モラルを期待できない。 

普段から通院している方達に感染が及んだ時が問題になる。インフルエンザや通常の肺炎と鑑別できそうな場合は、院内で検査すべきと思うが、その際に我々が感染するかも知れない。みずからクラスターを作るべく行動してはならない。

診察を断ったら、恨みを買う覚悟はいる。上手く準備できるだろうか? 

(保健所から) 7月初旬に、保健所から文書が届いた。感染防御策の指針である。騒がれだした2月頃から5カ月経って、やっと指示らしい指示が届いた。
文句は言えない。おそらく保健所にはPCR検査や電話応対の業務が集中し、余裕がなかったに違いない。それに指針を出そうにもデータがなくて、出しようがなかったのではないだろうか? 

診療所にとって大きいのは、高性能の防護体制でなくても診療が可能になった点だ。本物の防護服やマスクは品薄だから、とても入手できない。今の時点でインフルエンザかコロナか分からない患者が来たら、雨がっぱのようなものを羽織り、薄いマスク、使い捨てではないフェイスガードをつけて診察するしかない。それが公的に認められた形になる。

だが、診察すれば我々が感染するリスクは上がる。院内に受け入れる患者は制限しないといけない。そのマニュアルを作らないといけない。

 

 

2020年7月 2日

新型コロナウイルスへの対応 その8

- 7月2日現在 -

東京都の感染者数は50人程度が続いている。なかなかゼロにはならず、むしろ増加傾向のようだ。主に新宿区の歓楽街で発生しているから、やはり夜の街は不衛生な環境なんだろう。

でも店の人間も感染が怖いはずだし、客だってバカじゃない。国などから衛生面の指針が提示されるらしいので、それが順守されれば、やがて収束する可能性もゼロではないと思う。

劇場主も気が緩んだわけじゃないが、数カ月ぶりにスポーツジムに通いだした。ジムは窓が少なく、感染の巣窟になりやすい。事前に着替えをして入館し、拭き取り用のタオルを借りて自分が触る場所を拭いて回り、誰ともしゃべらず、着替えないまま帰るようにした。  

(ステイホーム)ステイホーム運動の効果について、JAMAに掲載された論文を読んだ。米国の隣り合う州であるアイオワとイリノイ州で比較したら、規制によって一か月後の感染者数は6割程度に減っていたそうだ。

6割は意外に効果がない気もするし、少しでも減ったなら、おそらく次の一か月でさらに差が出るだろうし、やはり規制に意味はあると考えられる。東京都だって、5月に急に感染者数が減った。もし感染力の強いウイルスがまた流行ったら、今後も外出規制が発令される根拠となるだろう。 

(中国と韓国) 中国では6月から北京付近で患者が増えだした。海外から再流入したのだろうか? 北京は封鎖しにくいので、武漢のように管理できるかどうか分からない。

韓国も同様で、どこかから持ち込まれた感染クラスターが散発している。感染に勝利したかのように見える地域でも、油断できないことが分かる。人の移動を完全に遮断することは難しい。

そこから考えると、なにかしらの自粛、規制は続けざるを得ないと思われ、流通や人の移動に関しては、今後数年間は元に戻らないんじゃないかと推定される。観光、飲食関係では、商売を諦める人も増えて来るだろう。 

(ドイツ) ドイツは、EUの中では感染者数が少なかった。雑誌やネット記事で見ると、対策が実に鮮やかで、理屈に従って行動できている点で、最も参考にすべき地域と思う。

日本より被害は大きかったが、日本の成功は、元々の衛生習慣や、ちょっとした幸運によるものと思われる。日本の政策も滅茶苦茶ではないとは言えるものの、理論に関しては脆弱で、冗談のような施策もあった。

日本政府には危機を想定して準備し、国民を守ろうという意識が、そもそも欠けていた。ドイツのような法律、職を続けられる補償、検査体制、それらは必須であることが明らかだ。さすがに今後は今回の失敗から学び、改善する政策を打ち出してほしい。第二波に間に合わせることが必要だ。 

(スウェーデン) スウェーデンの政策も参考になる。 あまり規制をしなかったことで、徐々に感染者数は増えているようだ。だが、経済破綻、医療崩壊には至っていないので、もしかすると適切かつ、理性的な対応をできたのかも知れない。少なくとも無駄な予算は使っていない。

現在の免疫獲得率は7%前後らしい。日本よりは高い。7%だと、次の大流行を防御することは難しいが、このままの状況を維持できれば、数割までゆっくりと持って行き、ワクチンができるまで我慢できるかもしれない。

もし結局ワクチン開発が難しいと判明したら、スウェーデンこそが最善の策をとったと言えるだろう。コロナウイルスは免疫が成立しにくい性格を持つ。だから、まだ結論は出ていない。

(日本)コロナの感染管理は、誰にもできないと思う。個人の能力では無理だ。劇場主が首相や厚生大臣であっても、感染をゼロにはできない。ただ、結果が同じとしても姿勢は違っていたはずだ。

残念ながら流行の前に、感染症の分野は、自民党や省庁の利益には、あまり関係ない領域だった。

日本の政界の構造は、①財界の特定分野に有利な予算が組まれる、②予算に関わる役人と政治家が影響力を強める、③影響力の強い人物に忖度する人間が増える、④権力におもねるルートが構造化し、関係ない分野の問題は無視される、そのように出来上がっている。

感染症の管理は、通常の状態では構造の中にいる人間にとっては興味がない問題のはずだ。オリンピックやリニアモーターカー建設、付き合いのある企業の利益のほうが重要に思えたことだったと思う。他のことに予算を回したりしたら、仲間から自分が排除される可能性もある。流れに調子を合わせないといけない。

そのため、危機管理意識がはたらかなかったのだろうと思う。危機というと、自分の失脚や選挙で負けるなど目先のことが最大で、あとは近隣の国々による武力攻撃くらいしか想定できないはず。起こりうることを想定し、それに対して準備する、その当たり前のことを、構造が阻んでいる。

劇場主はそこを心配していたが、今回は予想通りの当然の結果が出てしまっているようだ。こんなに問題点が明らかなのに、根本的構造改革に考えが及ぶ人は少ない。もっと酷い目に遭わないと目が覚めないのだろう。 

 

 

 

 

2020年6月 1日

新型コロナウイルスへの対応 その7

- 6月1日時点 -

(自粛の効果) 街中への不要不急の外出、通勤、学校、飲食店の営業など、日常の活動を自粛した生活が長く続いている。劇場主は、そろそろ回転寿司にでも行きたいと思うが、まだ感染者が隠れていそうな気がして、見合わせている。最近は北九州市の感染者数が増えていて、気になる。

今回の自粛の効果は想像以上だった。緊急事態宣言の直後、東京都の新規患者数が200近い数字で、あまり変化が見られない時期が続き、もしかして無効だったのか?と思ったが、ゆっくり減り始めると、一気に10人近くまで減った。実際に減るまでは信じられなかった。

ただ、地方都市についての効果は分からない。もしかすると必要以上に規制してしまったのかもしれない。小中学校の休校の意義も不明だと思う。自粛なしで感染して免疫を獲得させる方が、長期的には結果が良い可能性も残る。感染者数のピークを遅らせるだけで良いか、本当のところは分からない。

報道によれば、4月の海外からの旅行客は、昨年同月の1%くらいしか来なかったそうだ。それだけ減らすことができたということに驚く。海外も渡航禁止をしているからだろうが、まさかそんなことが現実にできるとは考えなかった。人と人が接触しなければ、感染力を頼りに生きている病原体は、拡がりようがないのだと、当たり前のことを確認できた。

自国だけ頑張っても、外から新規の流入があれば防ぎようがない。今後、渡航が再開されたらどうなるのか、とても怖いのだが、今の時点では分からない。

(学校、店の再開) 市内の小中学校も、6月1日から通常の授業が再開される予定。夏休みを1週間程度に減らし、残りは授業を続けるらしい。教員の方々に聞くと、既に日程の余裕の限界を超えているそうで、おそらく冬休みもあまりないだろう。

エアコンを使うと換気ができないので、窓を開けたままやるのか? 少し窓を開け、エアコンはつけっぱなしにする? 電気代が嵩むが、気にしてもいられない。今年も猛暑がやって来そうだが、マスクをしたままだと倒れる生徒、先生がいるのでは? 倒れたら、熱中症かコロナ感染か、判断に困るだろう。

5月15日に、流行地域を除いた県は緊急事態宣言の対象から外れ、飲食店や図書館などが営業を再開してきたが、様子を見たい客も多いから、混雑はまだまだのようだ。いつごろ回復するのだろう?

でも、雰囲気としても恐怖感がだんだん薄らいできたように思う。道を歩く人の中にはマスクをしない人が増えている。劇場主もマスクを忘れることがある。気が緩みつつあるようだ。

(マスク)政府が配布する予定のアベノマスクは、まだ届いていない。宣言からもう2か月くらいになるか? 不良品が多かったからだそうだ。いっぽう、市販のマスクは徐々に流通が戻りつつある。感染者が減って、マスクも流通すれば、価格は暴落してくるはずだが、まだ高止まりの印象。おそらく購入費が高すぎて、値下げできないのだろう。

今まで通販で購入していた品は、50枚で350円くらいだったが、市中ではまだ1500~2000円くらいが相場らしい。自分が使う分は滅菌して再利用しているので、劇場主の医院の在庫は問題なさそうだ。

それにしても、アベノマスクは酷い失敗だと思う。評論家達は一定の意味があったなどと述べているが、それは無理がある。配布できていないし、膨大な予算を使っているし、そもそも効果に限界があり、さらに品質も悪い。どう贔屓しても失敗だ。

予測能力のない人達が決めた政策だろう。心意気の問題かもしれない。首相が頭を下げて、「国に力を貸してください、マスクを作ってください。」と広く国民に訴えかけるほうが一体感が生まれ、効果があったと思う。

(給付金、助成金)5月15日に、一人あたり10万円の給付金の申請書が届いた。手書きの場合は、保険証や通帳コピーを添付して提出する仕組みのようだ。これを処理するのは、どの部署だろうか?記載内容を確認し、入金の手配をするのに結構な時間がかかると思う。一人の職員が1日に何人分できるだろうか? 

もし劇場主が飲食店をやっていて、家賃や給与で100万くらいの固定費があれば、緊急の支援金も月80万円は欲しいと思うだろう。数か月遅れでもらうことができても、貯金を大きく減らしているだろうし、雇用調整金の申請は実に手間がかかるものらしいから、資金繰りに間に合わない。

助成のシステムは、考え直したほうが良いと思う。おそらく、収入が激減した人が、自分のマイナンバーカードを通じて収入減であることを市か県、あるいは税務署のサイトに連絡し、瞬時に給付金が出るような方法が望まれる。国民に広く配るのは、無駄の多い方法だ。

公明党が力を入れることは、どうも伝統的に大盤振る舞いが多い気がする。景気の良い政策は、選挙には有利に働くかも知れないが、国民の利益になるとは限らない。与党でいてもらうと本来の存在意義がない気がする・・・

(倒産)5月15日にレナウンの倒産が発表された。コマーシャルで印象深い会社だ。知らなかったが、中国の企業集団に買収されていたそうだ。利幅が大きいはずの高級服飾関係の会社も、デパートが休業になると影響が大きい。デパート以外の店舗に出店すれば、イメージが下がって安物ブランドになってしまう。独自の店舗を運営するには土地代、建物代の費用が嵩み、経営を圧迫する。経営戦略は難しい。

いっぽうで、資金力に余裕のある企業は、これから買収や統合に向けて激しく活動するに違いない。発展するためには、企業の価値が下がる時期を見計らって買いたたく必要があり、これからしばらくが勝負になる。大企業の多くは内部資金を溜め込んでいると聞く。よって大手がさらに大きくなる現象が、しばらくは続くのではないか? 

(検査キット) 抗原を検知するキットが開発されたようだ。精度がまだ分からないが、報道によれば8割近く反応が得られるそうだ。でも、検体を採取する際の防護服の確保は難しい。仮に使用できるようになっても、自分が病気をもらう可能性を考えると、できれば検査は遠慮したい。

検査代が6000円と決まったらしいが、防護服とキットの代金を払ったら、赤字かも知れない。実際に使うためには、劇場主考案(4月18日記載)のビニール袋を使う方法が必要になると思う。冬場にかけてどう対処するか、考えておこう。

(ワクチン、集団免疫)ワクチン開発の情報が乏しい。国によっては治験が始まったらしい。免疫原性の低いウイルスだから、本当に有効な製品ができるのか分からない。SARSでできなかったのに、今回はできるのか?

東京都で、小規模ながら抗体検査をやったらしいのだが、抗体保有者が数パーセントだったらしい。東京は患者数が多く、既に10%以上もいるような印象を持っていたのだが、意外に低い。慶応大学の新規入院患者で6%がPCR陽性に出たというのは、単に対象者の違いによるものだったかも知れない。検査の信頼度も分からない。

ニューヨークは本当に感染者が多く、人種や地域によっては40%が抗体を持つらしい。そこまで行くには、今回のような大流行を経ないといけなかったのだから、医療崩壊を起こさない状態を続けた国々では、集団免疫の獲得は難しいと考えられる。流行り続ける下地はあることになる。

抗体陽性率が低いとなると大変だ。どこかからウイルスを持ち込まれたら、また振り出しに戻ると考えざるを得ない。県をまたぐ移動や海外旅行客の受け入れ条件は、なかなか緩和できないということになる。

おっかなびっくり、感染者数の増加、客足の動向、株価、各国の状況などに神経を使いながら、という状況。とりあえず明日の生活費に困るほどの収入が減っていないのが有難い。

 

 

 

2020年5月 5日

新型コロナウイルスへの対応 その6

- COVID-19 -

(ワクチン) おそらくワクチンの値段は製造元が強気に出て、べらぼうなものになるはず。それでも希望者が殺気立って電話して来るだろう。ワクチンパニックが起こるはずだ。脅迫も覚悟しないといけない。「テメエ、在庫がないとはどういうことだ!射てと言ったら射て!」「予約しましたわ ♡(実は嘘)。」など、あらゆる言い方を覚悟する必要がある。

それに新型コロナウイルス感染症は軽症の人が多く、ウイルス排除に時間がかかる人も多いことから考えて、免疫の成立が簡単ではないだろう。ワクチンの効果も微妙なものに終わるかも知れない。集団ごと接種して、はじめて効果が出るタイプではないか? 秋ごろには判明してくるだろう。

肺炎による入院を減らせるかどうか?致死率を減らせるか? もし微々たる違いしか出なかった場合、皆の期待が裏切られた時の反応は、それはひどいものになるだろう。インフルエンザのワクチンがどうなるのかも気になる。生産ラインがコロナウイルス用に変えられたら、インフルエンザの大流行につながるかも知れない。

(さまざまな論争)ネット上での論争は活発で、内容が酷いものも多い。白鴎大学の岡田教授や神戸大学の岩田教授がメディアで活発に発言したため、揚げ足を取るような感情的批判が多数出ている。

教授らの話した内容には、確かに不正確なものもあったと思う。語り口も、攻撃的すぎたのではないだろうか? 指摘の内容が正しくても、現場で指示通りにやってる人間は疲弊しきっているはずで、そこに鞭うつような内容では、やるせないだけではないか?

安倍総理に対しても、批判は多い。マスクを一家に2枚配る施策を発表したが、海外に委託したようだ。値段が高いし、不良品が多くて問題になっている。それに税金を使うよりも、頭を下げて「力を貸してください、作ってください」と言うほうが、お互い力を合わせる雰囲気づくりのの効果があっただろう。予算は必要な分野に、大事に使うべきだ。

給付金でももめた。国民全員か低所得者か、10万円か30万円か、線引きは難しい。公明党に脅されて、10万円一律に決まったが、おかしな対応だった。早く対処しないと、生活できない人は多いはずだ。月に10万円を数か月間、必要な人だけに・・・そんな配布が、本当は必要なんだろうが、手続きが難しくなる。

家賃や光熱費、借金など、大きな支払いを保証するような分野に、早めに手をうった方が良いと思うのだが、それも難しいのだろうか? 税金に関しては、猶予するという連絡がきた。その他はまだだ。対処は遅れている。緊急事態宣言発令の時期も遅かったと思う。「遅れていない。」といった反論をしているが、やるなら早い方が効果も大きいはず。

ただ思うのは、そもそも論争は、SARSが起こった時期に済ませておいて欲しかった。感染力や致死率に応じて、やることは決まって来る。PCR検査が少なすぎたようだ。法律や物資、手はずを整えて備えておくべきだ。今は議論する時期ではなく、粛々と計画通りに作業すべき時なのに、と思う。戦場を想像すれば分かる。戦っている最中に議論するようでは、もう既に負けではないか?

 

 

2020年5月 3日

新型コロナウイルスへの対応 その5

- COVID-19 -

(学校)熊本市では5月いっぱいは休校になった。滅多にない経験を、学生や教師、親たち皆がしていることになる。上級生にはNTTからタブレットが来て、遠隔授業をしているらしい。市外の小学校は授業をやっているところもあるという(訂正5月6日。4月初旬に県内は再び休校になっていた。)。

学校の休校は、子供たちが暇を持て余す結果になった。タブレット授業や、宿題を大量に出して週に一回の集まりで回収するなど、各校で工夫した対処法が選ばれている。ゲーム中毒は確実に増えて、学力にも大きな影響があるのではないだろうか?

学校を中心に休ませるのと、会社や交通を止めるのと、どちらが有効で害が少ないか、劇場主には分からない。感染者の年齢を見ると、20代~50代が多い。だから、おそらく小中高よりも大学や塾のほうが流行に影響するように思うが、推測の域を出ない。子供でも亡くなる可能性がゼロではないので、感染を気にする必要はないなんて言えない。

(大学)次男が大学に入学したものの、こちらもやはり授業がないままだ。本格的始業の時期は不明だが、夏以降になるかも知れない。遊びに行くわけにもいかないので、部屋で無駄な時間を過ごすことになる。遠隔授業を始めたが、学べることに限界もありそうだ。全国の大学がそうなんだろうか?

遠隔授業のためのシステム整備に苦労した。光回線を引いていなかったので、レンタルwifiの契約やギガ制限の解除などを交渉しようとするのだが、そもそもドコモには電話が通じないし、レンタル業者も在庫がないところばかりで、らちが明かない。店舗の人数は制限しても、電話相談には人員を割くべきだろう。サービスの点で、ドコモは対応能力が低いと思った。

(病院)治療の最前線となる指定医療機関で、ベッドの空きが厳しくなった地域もある。東京では、軽症の感染者をホテルなどに移送する取り組みが始まった。クルーズ船の時に同じことをやっていたら、だいぶ結果が違っていたかもしれない。

いよいよベッドが足りなくなったら、一般の病院にも入院してくるだろう。そうなると、院内感染を避けるのは難しい。そう分かっているから、手を挙げる病院は少ないはず。

一般の患者から敬遠されると、経営は非常に苦しくなる。流行の程度に応じて、隔離の基準を変えていく必要性は理解されつつあるようだ。でも、受診たらいまわしの事例が多い。病院側も怖いので、断らざるを得ない事情は分かる。保健所からの明確な指針が必要だろう。

(クリニック) 眼科や耳鼻科の患者が非常に減ったと聞く。歯科もそうだろう。患者と近距離で接触する診療科だから、感染のリスクは非常に高い。経営がどうなのか気になる。

クリニックでコロナ感染の診療は難しい。CTでないと肺炎の判断が分からない事例が多いし、血液検査や診察も、それほど役には立たないだろう。簡易検査キットが出ると思うが、時期はいつ頃だろうか? それが出来たら、状況は一気に変わる。主体がクリニックになり、対処が早くなり、入院も減るだろう。

(保健所)保健所からは何も文書が来ない。電話対応で疲弊しているのだろうか? コロナの検体検査や、指定病院への受診は厳しく制限されている。その結果、熱発者の受診に制限が生じている。役所の上役を通じて圧力をかけたら、急に検査をしてくれた例も聞いた。おそらく各方面から圧力を受けているに違いない。

検査を安易に受け入れると、PCRの部門が破綻するし、指定病院もパンクする。医療崩壊を避けるために、冷たくあしらう対応も一定の理解はできる。ただ、検査しないことで軽症の患者の診断を遅らせ、隔離のチャンスを失する結果にはなる。よほど厳格に行動制限させられないと、クラスター感染の元を作ることになりかねない。

例として4日間の発熱という基準を作ってしまったのは、無理があったと思う。重症化する人は、おそらく数時間の単位で症状が進行するはず。ARDSのことを忘れて基準を作ったのでは? 電話だけで判断するのは、よほど慣れた人でないと難しいと思う。保健所の人では、どうしても勘が働かない面はあると思う。相手もきっと理解できない部分が生じる。

したがって熱発者との連絡を繰り返すこと、なんとかして検査数に余裕を持たせ、軽症者を観察できる施設を増やすことなどが望まれる。市役所の他の部門から人間を回し、保健所職員はコロナ関係に特化して作業すべきと思う。ただ、すぐにできることではない。疲弊しないように祈りながら、奮闘に期待するしかない。

 

 

2020年5月 1日

新型コロナウイルスへの対応 その4

- 2020.05.01 -

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は世界中で多くの感染者を出し、確実な収束傾向にあるとはまだ言えない。熊本市内では、4月18日に鶴屋の食料品売り場に感染者が出た。地域医療センターの職員にも複数の感染者が出て、救急の受け入れが止まってしまった。重要なポイントで感染が起こると、影響が非常に大きい。

球磨病院の医師が感染を伝播させたようだが、夜の店に行くわ、遠慮なく受診するわの自覚に欠けた行動をとっているようだ。店や病院に大きな損害を与えてしまったが、賠償責任はないのだろうか?

職場ごと閉鎖するシステムは、もうそろそろ止めるべきかもしれない。感染が蔓延すれば、対応も変わる。ニューヨーク市の場合は既に住民の20%が感染した計算になるというが、そんな状況で、いちいち職場ごと休止していたら、どこの病院も活動できない。免疫ができるのを祈る・・・そんな考え方も仕方ないかも知れないと思う。

4月初旬から外出の自粛が進み、効果の兆しが見えている。我が家も外食は二か月していない。近所のお菓子屋さんや中華料理屋さんが潰れてしまった。連休中に温泉旅行を計画していたが、当然キャンセルした。さて、代わりに何をやったものか・・・掃除?・・・毎日バーベキューか?・・・体が臭くなりそうだ。3000段の石段登りも考えていたが、すでに来場者が増えすぎて入場休止になったらしい。 

個人でできる範囲で、いろいろなことをシミュレーションし、準備しようと努力している。 

(融資)日本政策金融公庫に一千万円の融資を申し込んだ。まだ入金はされていないようだ。利子が猶予されると書いてあったが、実際には細かい予算の分配が済まないと振り込まれないらしい。ネットでは確実に猶予するような書き方だったのに、予定に過ぎなかったようで、少しがっかりした。劇場主や職員が感染し、休診が必要になった時、今回の運転資金は必要になるかも知れない。 

(緊急事態宣言)4月に政府から緊急事態宣言が出た。この宣言は、あくまで県に権限を与えるという性格で、政府から直接の指示が出るわけではない。なんでそんな内容なのか、詳しい理由を知らないが、政府の過剰な規制を許さない規定があるのか? 強制力のない内容で、本当に成果が挙がるかどうかは分からない。

ただし、もし都市を封鎖すると言われると、買占めなどのパニックが起こる。中国と違って強制はできず、周知徹底には相当な準備が必要になると思う。その点を考えると、今回のような宣言でも仕方ないのか? パニックを避けながら行動を強力に制限する、そんな良い方法を思いつかない。

個人的には弱めの縛りで早めの宣言をして、とにかく感染者数のピークがなだらかになる事だけを目指すべきではないかと思ったが、実際の宣言は早いとは言えない時期だった。為政者の立場に立った時、判断には胃が痛くなるほどの迷いが生じるだろう。経済を冷えこませたという批判は、選挙に響くだろうから。

おそらく公共意識の高い日本人は、宣言だけでも多くが真面目に活動を自粛して感染者を減らすと思うが、劇的には行かないかもしれない。劇的に減らないと、ウイルスは潜伏状態になり、また感染の勢いが再燃する危険性がある。宣言を出したり引っ込めたりを繰り返す結果になるかも知れない。 

事業の自粛を求めるなら、金銭的補償も欲しいと思う。その予算なしに、一方的に自粛を求めることは難しい。政府は予算のことを考えて、宣言の判断に逡巡してしまったのだろうか? 熊本市は少し補償が出るらしいが、県には予算があるのだろうか? 国から何か補填が来るのだろうか? 最初に支援を約束する勇気が政府にはなかったようだが、それこそ必須ではないかと思った。。

(PCR検査)PCR検査の体制を整えようとしているらしい。でも、やはり対処が遅すぎだろう。元々の準備が不足していた。数百人単位でやる必要があるとは想定できていなかったようだ。新型コロナウイルスについては、軽症の人が多い関係で、重傷者だけ検査するのは合理的だと思う。住民全体を調べてもしたかないという判断は正しい。

ただ、大事な時期、管理をどうするか判断しないといけない緊急性が生じた時、たとえばクルーズ船で集団発生が起こった場合などは、一気に検査して対処法を決める必要がある。そのための余力は必要だ。SARSを経験したはずの専門家達は、想像力が足りていたのか? 厚生省の技官たちは、能力的にどうなのか?

感染症の専門家と名乗る人達は、反省すべきではないか? 今回のような危機を予見し、準備することを事前に訴えていた人物がいるのだろうか?劇場主が知る限り、専門家で役に立つ意見を事前に述べていた人は、皆無だったのでは? 

(自宅待機)自宅待機中に亡くなる患者が複数出たらしい。当然の結果で、予想できることだ。誰がどう責任をとるのか、今後の発表に注目している。PCR陽性だろうと陰性だろうと、感染の疑いがある人間については、密に連絡をとらないといけない。検査もそうだが、対応も非常に官僚的だから、ウヤムヤで終わるのではないか?

助けられる命を、政府が指示した対応によって失ってしまった可能性があり、本来は法的責任を問われるべきではないかと思う。想定外の感染症だったからといった理由で許されてはいけない。想定は簡単にできたはずだ。

 

 

2020年4月23日

皇帝フリードリヒ2世の生涯(2013)

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- 塩野七生著・新潮社 -

教皇と対立しつつ、イスラム勢力と交渉して聖地を回復し、神聖ローマ帝国の皇帝として一時代を築いた人物の伝記本。文庫本を購読。 

教皇と歴代の皇帝たちとの争いがあったことは知っていたが、このような人物がいたことは知らなかった。歴史の教科書にもほとんど記載されていなかったはずだ。カノッサの屈辱(1077)は有名で、その時の教皇グレゴリウス7世と、皇帝ハインリヒ4世の名前には記憶がある。その時代から200年ほど後が、フリードリヒ2世の時代になる。

亡くなったのが1250年で、日本で言うと、親鸞や日蓮が活躍していた時期に相当するから、宗教家と武家(騎士)らが活躍していたという共通点がある。だが、東西で目指した道はずいぶん違っていたようだ。仏教の性格によるのかもしれない。 

教皇と皇帝が対立すると、イスラム世界にとっては有利に働く。それでも数百年にわたって対立し続けるということは、それなりの理由があったのだろう。政治と宗教の間で、二重の権力が併存することには、もともと無理があった。どうしても矛盾が生じて、諍いが生まれる運命だった。  

現在の日本では寺社の力はそうでもないが、創価学会や日本会議の意向は政府も無視できない。今の政権は両者から協力を得ているが、今後の政治情勢によっては変わるかも知れない。中国の場合は共産党が強権を用いて支配しているが、共産主義と実際の中国社会は乖離が目立つ。現実社会や国際交流の場においては、障害も多々ある。やがて激しい紛争を起こすのではないだろうか?  

フリードリヒ2世は斬新な政策を持ち込んでいたらしいが、どこからアイディアを得たのだろう? 当時の先進地域であるアラビア方面から、教育機関や官僚制度の良い点を学んでいたのかも知れないし、彼に教育を授けた人達の知見が進んでいたのかも知れない。教会の支配に改善が必要という認識は、彼の前にも存在していたはずだ。

でも、教会が強力に支配する時代に、論理的な政策を持ち込むのは危険なことだ。教会側が黙っているはずがない。敵対せずに協調できれば良いが、理念や利害が絡むはずだから、身の危険を冒す覚悟が必要になる。そうまでして、彼が目指したものが得られたか、彼の存在意義があったかどうか、結果的には疑問。施策は、結局は失敗だったようだ。

教科書での扱いが良くないのは、彼の実績が後代に反映されなかったことが影響している。新しい観念、政策を持ち込もうとすると、壁にぶち当たる。そんな仕事は一人の英雄にできることではない。時期を待ち、人を集め、ムーブメントを起こし、後継者を育てないといけない。戦闘で、圧倒的な勝利を得る必要もあった。武力が、結局は大事だったと思う。 

彼がミラノなどの都市を攻略できなかった理由はよく分からない。当時、皇帝と敵対していた町は、城壁で飛んでくる石や弓矢をしのいでいたのだろうが、例えばリチャード獅子心王の時代には、優れた投石器をこしらえて中東まで運搬していたくらいだから、それよりも後のフリードリヒの時代なら、さらに多くの投石器を運搬して、物量で圧倒することだってできたはずだ。資金や人員の違いだろうか? 

あくまで封建領主たちの集団から協力を得て戦争する立場だったから、町を長期間にわたって封鎖して攻め続ける財政、人員面の余力がなかったのかもしれない。皇帝が弱いほうが、領主たちにとっては有難い。よって、協力は得られなかった可能性もある。

でも、もしフリードリヒが急死しなかったら、ドイツという国のありかたが違っていたかもしれない。中央集権の足がかりがつかめ、フランスのような国家にいち早くなって、周辺を圧迫していた可能性もある。宗教改革も数百年くらい早まり、ドイツ地域が先に発展し、産業革命もドイツで起こり、世界大戦だってなかった可能性はないだろうか?

 

 

 

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