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カテゴリー「く」の37件の記事

2020年11月25日

空母いぶき(2019)

Film-partnership

- 同制作委員会 -

かわぐちかいじ原作マンガの映画化作品。南方の島を占領された日本が、空母いぶきを派遣する・・・DVDで鑑賞。  

原作の漫画では、敵国は中国になっているそうだ。でも、さすがに映画の場合は海外での放映もあるので、少し配慮したのだろう、ISと似た架空の国を設定していた。 

この作品での戦闘は、ほとんどが海の上に限定されていた。そのため、やや盛り上がりには欠けていたと思う。ミサイルを放つ、攻撃を回避する、そんな戦い方に限定され、興奮度に関して言えば、海外の戦争アクション映画に全く及んでいなかった。 でもリアルさは感じられた。日本が置かれた特殊な法体系のために、攻撃されるまで戦えないという苦しい状況が良く表現されていた。  

イージス艦の武器が高い確率で敵の攻撃を防いでいたが、実際にあんなに上手く防御できるものだろうか? 実戦では、魚雷とミサイルとを組み合わせて、複数の方向から同時に攻撃してくると思う。いちいち人間が「・・発射!」と、確認をやっておられる状況は、そんなにないのではないか? それにミサイルも高性能化し、飛び方も複雑になって、迎撃が難しくなって来るだろう。もっと余裕のない現場になるように思った。  

「空母」は、今のヘリ搭載型護衛艦をイメージしたものだったようだ。実際、今のヘリ搭載護衛艦を今後は空母に転用する計画だそうだ。記憶では建造した時は、空母ではないという答弁をしていたはずだが、おそらく最初から転用しようという意図はあったに違いない。

中国が空母を建造して、領土的な野心を明白に出してきているので、そうせざるを得ないという判断からだろう。中国は軍事力をどんどん強めているが、意図が分からない。本当に日本海域の島々を奪取するつもりだろうか? 

中国側に利益があるとは思えない。仮に太平洋全域を支配しても、世界全体を支配するのは現実的なことじゃない。無駄な人的損害と予算を使って、各地から反発を買い、膨大な管理維持費も要するとなると、やがては破綻し、政権幹部は怖ろしい目に遭うこと確実。「攻撃できるが、やらない」「圧力をかけて言う事は聞かせるが、実力を発揮はしない」・・・その状態を維持することが最善だと思う。でも、向こうの考え方は分からない。  

設定に関して理解できないのは、日本が領有権を主張している島に敵が侵入した場合、既に日本側が攻撃された状態とは言えないのだろうか?つまり、最初の時点で、既に日本側は攻撃されており、もはや日本の先制攻撃には該当しない状態ではないのだろうか? 

領土を占領された状態で、まだ戦闘が始まっていませんという理屈がありえるのだろうか? その基本的な部分が分からなかった。 

全面戦争を辞さずに攻撃してくる敵に対して、先制攻撃できない自衛隊は、なんと怖ろしい立場だろうかと、同情せざるを得ない。こんな状況になっている理由は、元をたどれば米国と戦争をした結果と言えるから、戦前の軍部や国民の責任と考えて良い。そもそも太平洋戦争だって、先制攻撃をやってはいけない状況だった。当時と大きな違いはないと言えば、そうとも言えるが・・・ 

ただ、戦後に「先制攻撃できない」という言葉が強調されたことで、現実離れした対応をとらざるをえなくなってしまった面もあると思う。敵がどのような行為をはたらいた時に応戦できるのか、よほど明確にしておかないと、最初の場面で全滅してしまう可能性もある。いっぽうで、先制攻撃を許可しすぎると、戦前の日本軍と同じく、勝手な判断で戦線を拡げてしまう連中も必ず出て来るはず。

攻撃が許可される事態について、どの程度規定を設けてあるのだろうか?曖昧さのない規定が必要だが・・・

 

 

2020年10月29日

黒い司法 0%からの奇跡(2019)

Just-mercy

- Warner Bros. -

死刑囚の権利を守る活動を始めた弁護士。住民や裁判所、検察から敵視されながらも、冤罪で捕らわれた死刑囚を救おうとする・・・DVDで鑑賞。 

原題はJust Mercy。真の慈悲、慈悲そのものといった意味だろうか? 邦題は、ちょっと意味不明で、あまり感心できない。  

主演のマイケル・バカリ・ジョーダンは初めて観た俳優で、特に強い印象を受ける風貌ではなかったが、理知的でタフな人物を上手く表現していた。これからヒーロー役を担うスターになるかも知れない。

ただし実質的な主演は、犯罪者役のジェイミー・フォックスと、証言台に立ったティム・ブレイク・ネルソンだったかも知れない。本物の犯罪者の雰囲気が実によく出ていた。

彼らのおかげで物語の真実味が増して、弁護士役が引き立てられる効果があったと思う。嘘くさい犯罪者しかいなかったら、しょせんは法廷ドラマに過ぎないという印象につながっていただろう。主役よりも、犯罪達のほうが重要だった。   

それにしても、作品の中での判事の判定は酷かった。証拠の根拠が履がされて、被告人の犯行を立証するものがなくなっても、裁判やり直しの訴えを却下するなんて、まともな感覚ではできない。しかし、現実にはレイシストが多数いる国のこと、判事だって、自分の感情を判断に入れてしまうことはあるだろう。住民の声も怖かったに違いない。怖ろしい話だ。 

日本にも似たような話はある。国を相手どる裁判の多くは、国に有利な判断が下る。法曹関係の業界内部の人間関係、出世の意欲などが判断に関係している疑いは非常に濃厚。「ムラ」に生きているから、自然とそうなるんだろう。正義よりも、自分の利益を優先した判事が皆無だったとは、とても思えない。

原発関係の訴訟は、住民が全敗してしまった。結果として、原発推進は止められることなく、福島で怖ろしい被害が出る誘因となっている。 事故は計画がまずかった点が最大の原因だろうが、事業の推進に協力した裁判所にも責任はある。 

そもそも裁判官を選ぶのは、国民であるべきと思う。そうしないと、真の三権分立は成り立たないはずだ。裁判官と検察と政府首脳がグルになっても、現行の制度では何もできない。少なくとも最高裁判事は、選挙で選ぶことが必要ではないかと考える。判事を選ぶための代議員を選ぶ、そんな方法はないのだろうか?  

米国の弁護士というと、大企業のために嘘で塗り固めた弁論を展開し、判事達を煙に巻いて大金をせしめるイメージがある。日本の大手弁護士も、かなりあくどい商売をやっているようだ。

いっぽうで、実に真面目に地道な支援活動に精を出し、金銭的には全く報われていない方達も多い。猛烈な勉強をして弁護士の資格を取ったはずだから、その努力に応じた収入が欲しいと、普通なら考えるだろうに。自己満足の世界だと感じている人も多いかも知れないが、劇場主は彼らに敬意を覚える。

彼らほどじゃないが、劇場主も流行り医者を目指す考えは捨てて、大儲けを期待できない仕事を続けている。経済的には楽じゃないけど、ある程度は満足している。

 

2020年10月 8日

戦略空軍命令(1955)

Strategic-air-command

- Paramount -

冷戦時代、米国の空軍力を高めるため、爆撃機運用訓練のコマンド部隊に、一人の野球選手が呼ばれた・・・DVDで鑑賞。

本来のタイトルは、おそらく戦略空軍部隊という意味だろう。ジェームズ・スチュアートが出演していることは知っていたが、レビューを読んだ記憶がなくて、どんな作品なのかは知らなかった。

たくさんの映画に出演しているスチュアートだが、この作品は特にヒットしたわけではないのだろう。ドラマ的に、あまり盛り上がっていない印象を受けた。

おそらく、絶体絶命の生死の境をさまようといった展開がないと、盛り上がりようがない。もう少し危険度の表現が欲しかった。事故が起こっても簡単に救出されてしまったのは、何か考えがあってのことだろうか? 

この作品は、おそらく空軍の宣伝のために作られたものだろうと思う。軍の新しい爆撃機が、まるで最新モデルの車の宣伝のように印象的に演出されて登場する。実戦配備された現役の航空機も、多数登場していたようだ。軍の全面協力というか、軍が制作に関わっていたのじゃなかろうかと思える作品。

この当時も今も、部隊の活動を英雄視する作品は多い。近年だと、「ネイビーシールズ」も、そんな印象がする。実際の武器の性能を映像で見ることができて、圧倒的な性能に驚かされる。この作品の公開当時もそうだったのではないか? 

「俺もあんな飛行機を操縦してみたい」・・・そんな風に感じる若者がいるなら、こんな作品を作る意味もある。国力に対する安心感、武力の必要性を示すことで予算も取りやすくなるかも知れない。 

主演のジェームズ・スチュアートは、この作品には企画の段階から参加しているという。元々が本物の軍人だったそうなので、空軍に対する協力の意味で企画したのだろう。イメージとしては軍人らしくない彼だが、見た目とは全く違う考え方の人間だったようだ。

この作品には、ちゃんとしたドラマもある。夫の任務に不安を抱える妻役は、なんども共演しているジューン・アリソン嬢で、明るく健気な妻の見本みたいに演じ切っていた。演技はかなり芝居くさく、あまりリアリティは感じられなかったが、この時代だから仕方ないと思う。

・・・そう言えば、黒人が出演していなかったような気がする。その点も、時代を反映しているようだ。

 

2020年9月28日

グエムル -漢江の怪物-(2006)

The-host

- The Host -

漢江に怪物が現れ、住民を襲う。娘をさらわれた主人公は、家族と一緒に娘を探すが、政府や米軍は彼らを逮捕しようとする・・・DVDで鑑賞。 

「パラサイト」でアカデミー賞を取ったポン・ジュノ監督の作品。有名な作品だったが、ハリウッド映画ほどの完成度には至っていないだろうと勝手に予想して、今日まで観ていなかった。監督がアカデミー賞を取ったので、どうやら勘違いだったようだと気づいて、借りてみた。

怪物が現れて右往左往する人々、暗躍する米軍、役立たずの警察や韓国軍の在り様が描かれていた。 怪物は米軍が廃棄した毒物が影響して生まれたようだし、米軍が主人公の脳を傷つけようとしたり、抗ウイルス剤を散布するなど、数々の悪行を犯している。どうやら怪物は、米軍や、それに付随する韓国内の弊害を象徴しているように感じられる。少なくとも米軍に対して好意的な表現ではなかった。監督は、朴政権からも敵視されていたと聞く。政治的には微妙な立場なのかも知れない。

主演はソン・ガンホ。表情が分かりにくい。劇場主は彼のどこが良いのか理解に苦しむところがあるが、有名な作品には必ずのように出演している。ビートたけしのような個性だろうか? 今回は金髪の、少し頭の足りない父親役だったが、違和感は感じられなかったから、うまく演じていたのだろう。でも、観客が自然と彼に同情しないといけないのだから、もっと細身で小柄な、弱々しい俳優ではいけなかったのだろうか? 

怪物の映像はニュージーランドの会社が制作していたらしい。橋の下を上手に移動していく動きや、重量の表現などが素晴らしかった。怪物は、ゴジラのように巨大なものではなく、放射能を吐き出すような怖ろしい能力も持っていなかったが、それでも充分に気味が悪くて力強く、しぶとそうな感じで、敵役としての個性が非常に優れていた。

展開がスピーディーでない点は気になった。家族が景気や政治的混乱で酷い目に遭ってきた点を表現するためだろう、休憩や睡眠の時間帯が長くなっていた。娘を救いたい人達の行動としてはリアルさを損ないかねないが、仕方ない面もあったと思う。家族の問題を描かないと、ただのドンパチ映画になってしまう。戦い続ける中で端的に、さりげない表現で、社会問題を盛り込むことが理想だが、それはなかなか難しい。 

この作品の監督が、やがてアカデミー賞をとるようになるとは、正直なところ思えない。この作品の当時はまだ粗削りだったのかも知れない。でも、画像のように少女の背後に怪物が迫って来るシーンなど、印象的な表現がいくつもあった。

 

2020年8月25日

空気を読む脳(2020)

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- 中野信子著 -

脳科学者の中野氏が、日本人の脳の特色にからめて、不倫、バッシング、婚活、生きづらさ、幸福度などについて論じた書籍。面白い内容で、定価860円だったが、安いと感じた。 

脳科学は最近の流行りだ。タレントのように頻繁にテレビに出演し、いつ研究しているの?と、心配になる人もいる。中野氏は研究機関に所属してはいないようだから、すでに学者を卒業したタレントといって良いのかも知れない。書籍をたくさん出していて、どれも面白く、分かりやすい。文章が美しく、元々の基礎的言語能力やセンスが優れていることがうかがえる。

本職の学者の文章は、理屈が勝り過ぎるのか、分かりにくいことがある。研究に必要な能力と、解説する能力は別物だ。だから中野氏本人が研究を続ける必要はなく、学術研究の成果をまとめ、伝道する役目を果たしていただけたら良いのかも知れない。御本人も、あとがきでそのような事を書いておられた。

この本のあとがきは凄い。毒々しさを感じる人がいるかも知れない。理解できる人間は限られているだろう。おそらく彼女は真摯に、自分の特徴を吐露する必要があると考えたはず。読者に対して真摯でないと、ものを書く資格がない、そんな覚悟を感じる文章だった。 

最近、お笑いタレントの渡部や俳優の東出が不倫をしでかして、仕事を失った。ネットでのバッシングは酷かった。昭和の時代の有名人、たとえば松方弘樹などとは、騒がれ方が違った。松方の場合は、もともとが芸能界一家の一員で、普通の家庭出身ではない。浮気しないほうが不自然なくらいのイメージがあった。

東出や渡部は、それぞれが人気タレントだが、昔の映画スターのような大御所、大スターと言える立場ではない。イメージ的にも、松方のような豪快な人間とは違う。そして各々、奥さんの方がより有名な印象もある。イメージと行為の違いが、酷いバッシングの主要な理由のように思える。 

それに、バッシングするのは、昔なら新聞や芸能誌の記者や評論家だけだったのが、今は誰でもできる。誰もが公的な意見表明をできる。情報が伝わるスピードも段違いに早いから、批判の拡がりが早く、そのために勢いも激しく感じられる。盛り上がってしまうのだ。そこらへんが、あの二人にしてみれば、不利な点かも知れない。脳の関与がどれくらいあるのかは分からない。脳内のことより、イメージと通信技術の影響の方が強いかも知れない。 

劇場主も空気を読みながら生きている。学生時代は特にそうだった。親とは良好な関係だったが、顔色をうかがいながら、とんでもなく怒られるようなことはしないように気を使っていた。学校では先輩のいびりを避けないと、何をされるか分からなかった。大怪我はしないようにしないといけない。

社会に出てらからも、病院長や部長、先輩の顔色を無視することはできない。「こんな治療はおかしいんじゃないか?」と言いでもしたら、たいていの場合は「お前の頭がおかしいんだ!」と言われる。しかし、多くの場合は十年後くらいに劇場主の言ったとおりだと判明するから、言うことを聞いて損した気がする。 

齢を取って来たし、もういい加減に空気読みを卒業したいものだが、今度は部下から無理難題を要求されることが増えた。4月には、「コロナウイルスの流行で患者が減っているのだから、臨時の休みを取りたい!」って要求された。自分の年休を使って下さいよと言っているのに、なんで別の休みを欲しがるのか、そんな要求をしてのける頭が理解できない。脳内環境がおかしくないか? 

職務規定があるんだから、規定を優先すべきじゃないか? そりゃあ緊急事態で、規定が役に立たない場合は規定外の要求も当然だが、そんな危機的状況か? ニュースの見過ぎでパニックになってるだけじゃ? 私の脳と職員の脳には、構造的にも機能的にも、大きな違いがあるのだろう。

 

2020年8月22日

グリンゴ(2018)

Gringo

- STX Financing -

製薬企業に勤務する主人公は、メキシコ出張中に誘拐される。でも、それは復讐を狙った狂言のはずだった・・・DVDで鑑賞。 

なんどか観た記憶があるようなストーリー。でも、主人公や会社の上司、彼らを取り巻く連中を演じた役者たちが、すべて非常に個性のある人物で、うまくまとまった作品だったとも思う。大ヒットはしなかったようだが、ビデオ鑑賞で後悔するような酷い作品では全くない。面白かった。

シャーリーズ・セロンが演じた人物は特に魅力的だった。お色気や冷酷さ、明晰な頭脳と度胸、負けん気を武器にのし上がり、生き残って行く姿が実にえげつないが、姿勢が一貫していた。そんな彼女が涙し、危機に陥った場面は、彼女がどのように戦ってきたのかを上手く表現した素晴らしいシーンだったと思う。

だから映画全体のことを考えると、彼女を主役にしていたほうが良かったのかも知れない。彼女のえげつなさをメインテーマにしたほうが、より今日的な作品になったろう。そうしないと、普通の喜劇で終わってしまう。

本作の主人公は、いわばエディ・マーフィー的な役割を担っていた。妻からも友人からも蔑まれ、いいように利用され、騙されており、このままでは自分だけが酷い目に遭うことを確信するという、とことんツイてない人物。そんな主人公が徹底的にひどい目に遭うと、彼には気の毒なことだが、観客としては非常におかしい。酷ければ酷いほど、笑えてしまう。

中途半端に気の毒だと、可哀そうだという感覚が生まれるが、酷さを徹底すると笑うしかない。そんな変な感情が劇場主にはある。おそらく一般的なものだろう。残酷な感情だが、なにか我々が集団生活をおくるようになった時代から、何かの理由で培われた反応だろうと思う。

たとえば、「尊い犠牲で他の人間が助かれば生き残れる、いつも同情していると群れが全滅するから、仕方ない。」そんなサバンナの現実から生まれたものかも知れない。ライオンに襲われるシマウマの群れの論理だ。 

今回、その生贄の役割を演じたのはデヴィッド・オイェロウォという俳優で、エディ・マーフィーほどのスターではなかった。この点も問題だったかもしれない。観客が彼に共感してくれないと、作品はヒットしない。その点から考えても、主役はシャーリーズ・セロンのほうが良かった。

彼が黒人である必要はなく、弱そうな細身の若手俳優、あるいは肥満体の好人物で、誰が彼を見ても頼りがいのある印象を受けないような個性のほうが良い。たぶん、白人の喜劇俳優が主演したほうが良かったのではないかと思う。せっかくシャーリーズ・セロンのようなスターが出演していたのだから、あの役にも客を呼べる俳優を連れて来ると良かっただろう。

 

 

 

2020年5月26日

黒川弘務検事長の辞任劇(2020)

- 劇場型辞任 -

安倍内閣に近いと噂されていた黒川検事長が、5月21日に辞表を提出した。まさにドラマのような急展開。これは絶対、この劇場に取り上げないわけにはいかない。

賭けマージャンをやっていたこと、それも国民の犠牲をともなう外出自粛の真っただ中、自分の処遇をめぐって国会が紛糾している、まさにその時期にやっていたことが報道され、責任を取る形のようだ。受理されたのかどうかは知らないが、たぶん罷免を避けようという意識が働き、認められるだろう。

時期や立場のことを考えるとひどい事なので、辞任ではなく、懲戒免職に相当するような気もするが、早く幕を引きたい人は多いはず。大金をかけていなかったら、社会通念上の賭博とは少し違うとしても、世間を騒がせコロナ対策を遅らせたので、再就職はせずに隠遁して欲しい。あくまで感情論ではの話だが。

ただし、もしかすると黒川氏は被害者なのかも知れない。黒川氏から自分を検事総長にしてくれとは言わないような気がする。政権内部の力関係、周辺の人間たちの空気読み、その忖度根性が、今回の劇場を引き起こしたように思えてならない。

定年延長法案は、強行採決されると思っていた。信じられない急展開。ドラマチックで、誰も想定していなかったような流れ。 おそらく、どこかの時点で文春側から政権側に、記事にすることは伝えてあるはずで、それによって「黒川議案」取り下げが早くなったのではないかと思われる。

国会がどうなろうと気にしないかのような大胆不敵な行動か、あるいはギャンブル中毒なのか、もしくはマージャンをやった誰かの自爆攻撃だったのか、真相は不明。そもそも黒川氏が本当に安倍政権にべったりな人物なのかも不明。本人は、自分をめぐって紛糾していることに困惑していた可能性もある。

もし検事総長になってしまうと、猛烈な批判にさらされて、家族も外出しにくくなるほどだろう。政権に少しでも有利な判断をしたら、あるいは厳しく対処したら・・・考えるだけでも嫌になる。正常の感覚の人間なら、できれば引退したかっただろう。

朝日新聞や産経新聞の記者が参加していたというのも、ちょっと不可解。特に朝日新聞は、安倍内閣とは敵同士のような間柄で、互いに批判し合っている。その記者と個人的に仲が良いというのは、かなり複雑な話になる。互いに情報交換はしたいだろうが・・・まあ会社がどうだろうと、個人的に仲が良いというのもあり得る。でも、何かを意図して参加していなかったかという疑いは、当然あると思う。

事はどうやって発覚したのだろうか? 文春の記者か、あるいは黒川氏を敵視する人達の誰かが、氏の行動を探っていたのではないかと想像する。渦中の人だから、行動を見張らないとおかしい。それで、定期的に誰かの家に集まり、何かやっているという情報をつかみ、あのメンツから考えてマージャンだろうと推定され、盗聴かしつこい質問か、隣の家からの情報提供か、何かの手段によって金を賭けている証拠をつかんだ・・・そんな流れだろうか? 

もともと、彼らが賭けマージャンをやると知っている人はいたと思う。外出自粛期間の前だったら、メンバーがしゃべっていてもおかしくない。「オレ昨日さぁ、黒川さんにだいぶ負けたんだあ~」など、記者仲間に話すだろう。問題の当日に賭けているか賭けていないか、そこらの証拠を得る方法は、たぶん文春に書いてあると思う。読んでも仕方ないので劇場主は買わないが、きっと相当な部数が売れるだろう。売り切れるかもしれない。  

検察官の定年延長問題は、微妙になった。黒川氏が検事総長になることがなくなったので、理屈から言えば本来の議論に戻って、今後も延長を目指すのが政府には望まれるかもしれないのだが、そもそも定年を延長する必要性を劇場主は全く感じない。多くの人がそうだろうし、政権も、もはやそうかもしれない。

他の公務員と定年をいっしょにするためというのが政権側の理屈だったそうだが、誰もそんな言い訳を信じる人はいない。検察官全体の人事を掌握したい、政権に有利な立場の人を総長に就けたい、そんな狙いが全くなかったと考えるのは難しい。

しかし、コロナウイルスへの対策が必要な時期に、まだ困窮者に金が行き渡っていないのに、必要もない定年問題を議題にするなんて、信じられない感覚。たしかに検察組織には問題が多いと言われてはいるが、改革するには時期と方法を考え、適切な態度でやる必要がある。今は、その時期じゃない。

あまりに無理があるので、なにか大きな外的要因、たとえば米国の強い意志が働いている可能性も疑われる。証拠はないけど・・・

最悪の時期に法案を提出したのは、ヤキが回ったような印象。官房長官か党幹部か誰かの懇願に負けて、議案の成立を目指さざるをえなかったのかもしれないが、結果的に安倍内閣は評価を一段と下げた。次の選挙のことを考えると、自民党の議員たちは困惑しているだろう。

 

 

2019年11月 2日

グリーンブック(2018)

Greenbook

- Universal,GAGA -

黒人ピアニストとイタリア系白人の用心棒の旅を描いた作品。実話に基づくという。2019年のアカデミー賞作品賞を取った。DVDで鑑賞。 

この作品が「メリーに首ったけ」の監督の作品だとは驚いた。すでに過去の人のようなイメージだった。ナンセンスギャグ専門の映画人ではなく、こんな企画を成立させるセンスを持っていたとは、全く予想もできなかった。 

脚本が素晴らしかったのだろうと思う。物語としては、過去にも似たような展開の話はたくさんあった。パターン通りだ。黒人がドライバーだったり、刑事役だったり、互いに喧嘩腰の冷たい関係から、徐々に友情をはぐくむ流れは珍しいものではない。でも、この作品はエピソードの選択が良いので、二人の関係が進展する様子が自然に感じられたことと、演じていた俳優の演技力、演出が素晴らしかったことなど、様々な要因が有効に働いていたようだ。

音楽も素晴らしかった。実に効果的だった。クラシックの曲をバーで弾くときも、コンサート会場でジャズを弾くときも、音も指使いも曲も、実に素晴らしい出来栄えで、感動を覚えるレベルだった。中途半端な出来栄えでは、ピアニストへの敬意は生まれない。感動レベルにできることが大事だった。

コメディタッチであることも良い効果を生んでいたと思う。黒人迫害の酷い現場をリアルに強調し過ぎたり、二人の友情を強烈に描きすぎていたら、観客には嘘っぽいか、見るに堪えない、あるいはつまらなく感じられたのではないか? 多少のあざとい演出は必要だと思う。  

主演のヴィゴ・モーテンセンは、「ロード・オブ・ザ・リング」の頃とは役柄を大きく変えていたが、野人のような顔つきが、この役柄にはぴったりはまっていて、粗野で凶暴だが、家族思いの人物を上手く演じ切っていた。モーテンセンは、もしスターになれなかったら、おそらく一生悪役を演じるか、あるいは全く売れないままま終わってもおかしくないような俳優だと思う。ほとんど偶然に近い幸運と、独特な風貌のおかげで、奇跡的に名優の域に達しつつあるようだ。

日本でも欧米でも、時々変顔というか、個性的な顔の俳優が大スターになる事があるが、声の質や役柄、その個性が必要とされる作品があるかどうかなど、いろんな要素が必要な気がする。名優になれる条件があるのに、合う作品がなくて知られないまま終わる人も多いに違いない。  

そして、最近いろんな映画で見かけるマハーシャラ・アリは、存在感抜群の俳優だ。彼が演じていたのは実在のピアニストであるドン・シャーリーだが、劇場主は名前に記憶がない。雑多なレコードを聴いてきたから、きっと聞いたことはあるはずなんだが、名前は知らなかった。本人の写真で見ると、映画のイメージとは全然違う。この作品の中でのシャーリーは、あくまで虚像なんだろう。  

黒人の観客から見ると、主人公は黒人ピアニストのほうであって欲しかったかも知れない。視点の偏りは気になるだろう。差別で酷い体験をした人は、ほんのり心温まる演出には嫌悪感を感じるに違いない。黒人の視点で描けないのか、描くとして、商業的に成り立つ描き方はどのようなものか、そこらは難しい問題だと思う。

トランプ大統領の時代に、こんな作品が賞をとるだけでも意味があると思う。

 

2019年3月13日

クレイジー・リッチ(2018)

Crazyrichasians

Warner Bros. -    


恋人の故郷を訪ねることになったヒロインは、恋人の一族が大富豪であることを知るが、陰湿な対応が待っていた・・・・DVDで鑑賞。  


シンガポール版のシンデレラ物語。中国系の一族の伝統と、国際交流と通信が盛んな現代の様相、女性たちの戦いを描いていて、優れたストーリー構成に感心した。特に、自分を嘘つきと断じられ、家族から拒絶される絶体絶命の展開は、お約束とはいえ最高の流れだった。   


ヒロインは、あまり美形とは感じなかった。彼女に多くの人が共感し、特に女性の多くが敵意を感じずに、魅力を肯定的に評価してくれるような可愛さも必要と劇場主は思うのだが、あまり際立つものは感じられなかった。逆に、あまりに美しかったり、セクシーだったりすると、反感を持たれたりするから、顔や体格的に劣る部分があったほうが良いと判断されたのかも知れない。 ファン・ビンビンが出演した場合を想像すると、女性客から敵意を持たれ、最悪の結果になったかもしれないと思える。日本人の女優たちでも、ずっと魅力的で表現も分かりやすい方がたくさんいたと思うが、言語などに制限があるから仕方なかったかも知れない。    


ヒーローのほうは有名な俳優ではなかったようだが、演技に不満は感じなかった。二枚目で、育ちが良さそうであればよかったようだ。 ヒロインの理解者である従妹の女性は、結婚生活に無理をしているという設定で、単なる恋物語に終わらせないように工夫されていたようだ。そういった設定が効果的だった。ただ気になったのは、彼女のスタイルは素晴らしいものの、顔は日本の姉妹ゴージャスタレント並みで、失礼ながら整形のしすぎのように見えた。   


シンガポールは大きく経済発展して、資産1兆円を越す富豪もいるそうだ。いっぽう、日本の昔からの資産家は、巨大な屋敷を構えたりするより、質素で静かな生活をしている家が多いように思うが、考え方が違うのだろうか? 土地の価値や、土地に関する法的、経済的な意義も違うだろう。彼らには独特の派手さを感じる。ただ、それも徐々に変わって行くのではないだろうか? 派手にしていると、誘拐などの犯罪を招く危険性があるし、投資などで常に成功し続けるのは容易なことではない。税金も、どこの国でも徐々に厳しくなるものではないか?そうなると、静かに暮らしたいと思うのではないか?   


あるいは、今日のことだから昔よりもワールドワイドに活動し、税金が安いリゾート地を転々とし、資産の目減りを避けながら生き抜いて行く一族が多いのかも知れない。国際的な規制と、あらたな収入源の確保と、周囲の人間の怒りを買うかどうか、そんな様々な要因に対して、彼らも日々考え、戦っていると思う。 シンガポールだって、おそらく華僑やインド系の商人でない連中は、そんなに豊かではないはずだ。屋台などで頑張っているのだろう。町は美しいが、全てがリッチははずはなく、格差も激しいはず。   


劇場主も大金持ちになりたかった。残念だが、諦めるしかない。日本にもクレイジーリッチな人達は大勢いる。ネット販売で一攫千金を得て、派手な言動を繰り返していたりしたりで非常に目立つ。戦後の経済成長の時期にも、にわか長者はたくさん出たはず。あの時代の活気は、今は失われていると思う。製造業とネット産業の性格の違いだろうか? 寡占が進みやすいので、たくさんの長者が生まれる健全な形の発展が望みにくいようだ。  


日本の産業育成のセンスは、かなり前から使い物にならなくなっている。国のことを真剣に考え、みずからの利益を捨ててでも国民に尽くす人達が中枢にいないと信頼は得られないので、国家的な規模での大発展は難しいと思う。政治家も役人も使い物にならないから、個々人で頑張るしかない。


人口の減少は、最大のマイナス要因だ。国民からの信頼だけじゃなく、正しい戦略も必要だろうが、今は国民が国を信じていないので、何か施策を出しても投資意欲を亢進させにくい。大きな経済のうねりを生むこともできない。バラバラに、米国や中国の力に引きずられながら、成り行きまかせで稼ぐ必要がある。   


逆に言うと、人口が安定すると明らかに分かる施策を政府が発表できれば、全てが好転する可能性もある。それがなければ、投資があつまるはずがない。しかし、そういった意味がいまだに認知されていないことが最大のネックと言える。 

 


 

 

 



2018年8月 1日

クリムゾン・タイド(1995)

Crimson_tide

Hollywood Pic.-            


ロシアで革命が起こり、米国と日本に核攻撃の危機が高まった。米軍の潜水艦には先制攻撃せよとの指令が届くが、途中で指示の確認がとれなくなってしまい、作戦を遂行するかで艦内に対立が起こる・・・・2018年7月8日、衛星放送で鑑賞。   

 

ジーン・ハックマンとデンゼル・ワシントンの双方が職務に忠実であり、懸命になるあまり、激しく対立する様子が上手く描かれていた。緊迫感が続き、中だるみしない。少し昔風ではあったがユーモアのあるシーンもあって、よく出来た作品だと感心する。伝統的な作り方を感じる。 この作品は過去にも何度かテレビで観た記憶があるので、繰り返し放映されているということは、人気があって権利料は安めという、放映する側にとって善き作品だからだろう。   

 

クリムゾン・タイドというのは意味不明のタイトルで、潜水艦の中で照明が赤くなったシーンと、血なまぐさい事故や争いを、アラバマのチーム名と合わせて洒落たのではないかと思う。意味不明すぎて、良い趣味だったとは思えない。だが、ストーリーの趣味は良かった。   

 

現実的過ぎるくらいのリアルな話だし、問題点を浮き上がらせている。映像制作者にとっては、まさに求められるテーマだったと思う。問題をクローズアップするのが、ひとつの職務である。核兵器を使うかどうか、現場の葛藤は大きな問題だ。ただの娯楽作品と言えない問題提起があり、考えさせられた。   

 

実際に核爆弾を持つ潜水艦の場合は、もっと確実な確認の規定があるものと思う。でも、一般の爆弾を持つ戦闘機や艦船が急に攻撃された場合は、判断が難しいことはありうるはず。敵側はちょっとした脅しのつもりで発砲したのだが、司令官が過剰に反応する人物で、気がついたら殺し合いに発展してしまうことはありうる。暴発が怖くて逃げると、敵側はつけ込んでくるので、瞬時に難しい判断が要求されることになる。    

 

ちょうど尖閣諸島で中国船に体当たりされた海上保安庁の船がそうだった。「攻撃されたので銃撃した」という理屈はある。だからと言って実際に発砲すれば、あちらは純粋な漁船ではないから、当然のように撃ち返してくるか、さも一方的に被害を受けたかのように宣伝してくる可能性もある。したがって保安庁の人間は、どのような場合に受け流し、どのような場合に反撃するか、あらゆる事態を想定し、入念に検討して事前に訓練しておかないといけない。その内容を公表し、それでも攻撃されるなら本格的な侵略となる。   

 

敵側が付け入れないようにすることが望まれる。 

 

 

 

 

 

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