映画評

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カテゴリー「く」の49件の記事

2018年8月 1日

クリムゾン・タイド(1995)

Crimson_tide

Hollywood Pic.-            


ロシアで革命が起こり、米国と日本に核攻撃の危機が高まった。米軍の潜水艦には先制攻撃せよとの指令が届くが、途中で指示の確認がとれなくなってしまい、作戦を遂行するかで艦内に対立が起こる・・・・2018年7月8日、衛星放送で鑑賞。   

 

ジーン・ハックマンとデンゼル・ワシントンの双方が職務に忠実であり、懸命になるあまり、激しく対立する様子が上手く描かれていた。緊迫感が続き、中だるみしない。少し昔風ではあったがユーモアのあるシーンもあって、よく出来た作品だと感心する。伝統的な作り方を感じる。 この作品は過去にも何度かテレビで観た記憶があるので、繰り返し放映されているということは、人気があって権利料は安めという、放映する側にとって善き作品だからだろう。   

 

クリムゾン・タイドというのは意味不明のタイトルで、潜水艦の中で照明が赤くなったシーンと、血なまぐさい事故や争いを、アラバマのチーム名と合わせて洒落たのではないかと思う。意味不明すぎて、良い趣味だったとは思えない。だが、ストーリーの趣味は良かった。   

 

現実的過ぎるくらいのリアルな話だし、問題点を浮き上がらせている。映像制作者にとっては、まさに求められるテーマだったと思う。問題をクローズアップするのが、ひとつの職務である。核兵器を使うかどうか、現場の葛藤は大きな問題だ。ただの娯楽作品と言えない問題提起があり、考えさせられた。   

 

実際に核爆弾を持つ潜水艦の場合は、もっと確実な確認の規定があるものと思う。でも、一般の爆弾を持つ戦闘機や艦船が急に攻撃された場合は、判断が難しいことはありうるはず。敵側はちょっとした脅しのつもりで発砲したのだが、司令官が過剰に反応する人物で、気がついたら殺し合いに発展してしまうことはありうる。暴発が怖くて逃げると、敵側はつけ込んでくるので、瞬時に難しい判断が要求されることになる。    

 

ちょうど尖閣諸島で中国船に体当たりされた海上保安庁の船がそうだった。「攻撃されたので銃撃した」という理屈はある。だからと言って実際に発砲すれば、あちらは純粋な漁船ではないから、当然のように撃ち返してくるか、さも一方的に被害を受けたかのように宣伝してくる可能性もある。したがって保安庁の人間は、どのような場合に受け流し、どのような場合に反撃するか、あらゆる事態を想定し、入念に検討して事前に訓練しておかないといけない。その内容を公表し、それでも攻撃されるなら本格的な侵略となる。   

 

敵側が付け入れないようにすることが望まれる。 

 

 

 

 

 

2018年7月29日

グレイテスト・ショーマン(2017)

Fox

- Fox  -    


実在した興行主の半生を描いたミュージカル作品。DVDで鑑賞。この作品はもしかすると劇場で鑑賞したほうが、本来の魅力が味わえて良かったのかもしれない。せめてブルーレイのほうが良いかも知れないが、現在再生機が故障中のためDVDでのみ鑑賞。   


本格的なミュージカル作品だった。今の時代、ミュージカル映画を作るのは勇気が要ると思う。観客の趣向が変化しており、昔のような優雅なダンス映画は流行らない。「ラ・ラ・ランド」が評価されたのは、珍しいからもあろう。タップダンスなど見せても、石が飛んでくる可能性がある。 物語や俳優たちの才能で、今の観客にも訴えかける力が必要だ。この作品はかなりの線を行っていたと思う。でも、名作にはなり切れていないと思う。   


主演はヒュー・ジャックマンで、声が少し甲高い時があり、ミュージカルに向いているのかどうか分からなかった。ダンスも優雅とは思えない。もしかすると、ザック・エフロン君が主役を演じて、もっと若いミュージカル俳優が彼の分を演じるべきだったのかも知れない。ザック君も30歳くらいになり、主役の年齢と大きく離れていなかった。   


ザック君は元々がミュージカルスターだし、くさい歌詞でもくさく感じさせない独特の個性があるから、主役に向いていたと思う。 若い俳優は二枚目でなくても良い。お笑い系で身軽なダンサーなら、直ぐに好感を持たれるはずだ。あるいは興行主が強面の、およそミュージカルなんかに向きそうに思えない俳優でも良かったかも知れない。下手くそな歌で笑いを取る手だってあったはずだ。    


他の共演者たちは素晴らしいタレント揃いで、特に髭の歌姫を演じていたキアラ・セトルは、見た目も凄かったが、曲も歌声も完成されていた。ラ・ラ・ランドのスタッフが作った作品らしい。少し古めかしい、オーソドックスなタイプのダンス、曲調が多く、時々ラップ調の曲も含まれている印象。古いタイプの曲ばかりでは観客が限られてくるから、流行に近づけないといけない。   


でも、舞台が19世紀の設定だから限界はある。そこのバランスを練って、微妙なところを保っていたのかも知れない。興行主がヒップポップでセリフを語るのは、おそらく違和感ばかりが残るから無理だ。しかし、古めかしい歌を聞かされても、かなり辛くなる。実際、少し辛い時間帯も多かった。時代設定と曲調の調整は難しい。もともと構想に無理があったのかも知ればない。


 



 

2017年10月 2日

クリミナル 2人の記憶を持つ男(2016)

Criminal

- Millennium、 Summit -

ケヴィン・コスナー、ゲイリー・オールドマン、トミー・リー・ジョーンズ、ライアン・レイノルズ、ガル・ガドットなど、多数のスターが共演したSFスパイ映画。DVDで鑑賞。棚の残り具合から判断するに、あまり人気のない作品のようだ。

脳科学の進展により、記憶を移植する技術が開発されたということがアイディアになっている。そうなったら、当然だが記憶が混在した人間が誕生するから、その人物は苦悩するだろうと予想される。その姿に、スパイもののストーリーを加味させようと考えたのだろうが、やや安易ではなかったか?

おそらく、他人の記憶が再生されるSFはもう珍しくないのだから、何かの画期的な話を追加するか、あるいは描き方が画期的である必要があった。ただの演技ではなく、CGなどを使った表現方法がカギだったはずだ。

主役がケヴィン・コスナーでは、少し歳が行き過ぎているのではないかと感じた。かっての人気俳優も、近年は主役としての価値を失いつつある。それに殴り合いで実際に勝てそうな年齢ではなくなっているはず。もう少し若い俳優ではどうだったろうか?

おそらく、この役には意外性が必要だったろうと思う。この作品のようにハンサムな主役俳優のイメージのある人間が凶暴性を示したり、逆でも良い。二面性が描かれて、観客が意外に感じるようにしないと、主人公に魅力を感じないだろう。問題は、それをどう劇的に表現するかだ。

ケヴィン・コスナーの演技は大変に上手かったが、演技くさい印象も受けた。名優が演技力で二面性を表すのではなく。もっと観客が驚くような、完全に異常者としか思えないほどの凶悪犯の雰囲気、冷徹そうな凄腕スパイの雰囲気が、普通でない演技によって描かれるべきだった。

たぶん、悪役専門の俳優が彼の役には望ましかった。主人公はもともと凶悪そうな顔をしていたほうが良い。サイコ的な、普通はあまり好まれないようなタイプの俳優でも良い。そんな彼が、急に正義派として活躍したら、そのほうが意外性を生むはず。

もしも非常に斬新で、凶暴そうな人物が主役を演じていたら、興行面では決め手になったのかも知れない。

 

2017年5月 2日

グランド・イリュージョン 見破られたトリック(2016)

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- Summit KADOKAWA etc -

地下に潜伏中のマジシャン集団が、陰謀を阻止するために巨大企業に挑戦する。作戦は成功したかに見えたが、逆にトリックをかけられていた・・・・

・・・・前作「グランド・イリュージョン」は、スピーディーな展開と美しい舞台の映像が魅力だった。この作品も予告編で同様な期待が持たれたのでDVDで鑑賞。DVDで充分と考えていた。それに、たぶん熊本の劇場では公開されていなかったのでは?

今作も、マジシャン仲間が華麗なトリックを披露し、その映像表現が素晴らしかった。カメラワークが実に躍動的で、迫力満点。音と光の演出も素晴らしい。それだけを観る目的で、この作品を観たって良いかも知れない。家族や恋人と鑑賞しても、たぶん悪い作品ではない。万人向けと言えるかも。

メンバーの女性が急に交代していた。ギャラが折り合わなかったのか?理由は分からない。

ダニエル・ラドクリフ君が出演していた。彼がキャスティングされる意義があったかどうかも分からない。ヒーローとしてスターになった青年が、やられていく役にならざるを得ないと、どこかしら切ない感情が生まれる。個人的には、もっと見るからに悪人づらの表情の役者のほうが役に向いていたと思う。今後の彼のキャリアが気になる。

とにかく、後は筋書きである。今回は、前作でやっつけたはずの人物から逆に攻撃されてしまうという常套のストーリーだったが、上手く設定されていて、納得はできた。一部、少し理解に苦しむ部分もあったが、最終的には許される範囲に留まっていた。

理解できなかったのは、潜伏していた彼らに指示を出す謎の組織が、なぜ急に指示を出せたのかという点。前回までの流れなら、FBIのローズ捜査官の指示がない限り、彼らは何も行動しないはずと思う。ローズ氏が納得しない行動から物語が始まった点は、解せなかった。

資金調達や集客、集金はどうやったのか?その他にも、細かい点でこじつけたような印象を受けた。タネを明かした後、観客が喝采を送り続けられるように設定しないと、この種の話は盛り下がる運命にある。軽い納得ではダメで、凄い!と、うならせないといけない。それがマジックの宿命であり、この作品でもそうだったと思う。

でも、もしかしてDVD化する際に、何か編集で削られて劇場主が設定を理解できなくなっただけかもしれない。

2016年6月19日

熊本地震で考えたこと⑤ 

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- 金の流れに関して -

益城町や南阿蘇の建物被害は、なんて残酷な・・・と表現できるほど。震源地に近いせいもあったろうが、独特の地形、地勢が関係していたかも知れない。改めて見て気づいたが、益城町の中心部は全体が傾斜地にある。川に向かって南向きのなだらかな傾斜があり、豊かな農耕地をイメージさせる。それを利用して集落が作られたのだろう。画像に写っているここも、元は田んぼか畑だったのではないか?軟らかそうな土地で、岩盤の上に立つようには見えない。

阿蘇周辺は多くの地域がそうだ。火砕流や洪水によってできた傾斜と、かっての堆積物の名残りの平野に多くの住居が位置している。川の水を、傾斜を使って田んぼに引いてくるので、そんな地勢が好まれ、町が発展するのにも必要だったのだろうと思う。

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おそらく、ほとんどの地域は風化した火山灰が土を成している。そして、層を成しているはず。それと傾斜があることが重なり、震動でずれやすい元々の性質があったのではないだろうか?新しい立派な家も、土台が動けば倒壊せざるをえない。家が立派なだけに、これは持ち主にとっては力が抜ける思いだろう。お気の毒だ。

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この景色も、よく見るとまっすぐ立っているものがなく、全てが斜めだ。そもそも道路がゆがんで平らでないから、何に対して垂直と判断すれば良いのか、分りにくい。正面の家は、お店をやられていたように記憶するが、道路も通行止めが多いので、観光客はしばらく期待できない。客を期待できないのに店を再開するか否か難しい判断が必要・・・・これも、とても気の毒な光景。

さて、身近に復興事業を経験したことがないので、今後どのように修復、開発が成されるのか、イメージできない。手順は分らないが、国や県を通じて資金が流れ込み、解体や運搬、建設が進んでいくのだろう。資金の概算は、おそらく過去の震災が参考になる。それを元に役所のほうから概算請求され、議会は追認するはず。もし過去に誤謬があれば、そこも引き継がれる危険性はある。

地震後は、保険会社がタクシーを多数チャーターして、物件の評価を連日やっている。タクシー業界が急に潤ったと聞くが、横柄な態度の人もいるらしい。自分の評価で金額が決まるんだ庶民め!という見下した意識だろうか? 被災地まで連日送り迎えする運転手は、休憩がないのでへたばっていると話していた。評価が終われば金が降りると分かって、被災地に建設ラッシュが起こるはず。全壊に近い家の場合はかなり対応が明確だそうだから、建て替えも早いだろう。

市内の場合、道路の凹凸の修復が早いのには驚いた。あちこちに陥没が生じていたのだが、次々とアスファルトでなだらかにされていた。穴が開いてから修復完了まで半日かからない場所もあった。予備の人員、資材、予算があって、現場に速やかに連絡が行くよう、手配されていたに違いない。スピードに感心した。

資材の余力、処理の実力、県外の業者の協力、そして資金面の安心があったのだろう。どんどんやれ!金は後で請求せよと、役所や会社の上層部から号令が出ていたのかも知れない。過去の震災の経験から、およその段取りができていたのだろうか?

インフラに関わる仕事は、動く金額が大きい。数億~数百億の単位の仕事になる。参入できれば数年は食っていけるから、業者達の目の色が変わっているはず。金が確実に降りると理解させれば、業者は速やかに動いてくれる。金の提示が大事だ。提示されたら大きな流れ(各自のもくろみの集合体)が生まれる。

建設関係業界が潤うのは悪いことではない。だが、復興に必要な事業の規模を、県内でその後も維持するのは、費用面から考えると無理だ。建設以外にも大事な業界は多い。なので広範囲から業者を呼んで、業界全体でまかなうようにして、各々の会社の規模が巨大化しないようにする必要がある。業界の肥大化は、予算的に許容できない。

毎年、国内どこかで自然災害は発生し、復興事業は必ず必要となる。広範囲の業者が集合、離散を繰り返し、全体としては安定した仕事があるが、特定の業者に利益が集中せず、会社の規模は大きくなれない、そのような状況を作らないと、財政が持たない。昔は、そのセンスがないまま代議士の政治力に応じて開発が進んでいた。そこの調整は、いったい誰がやっているのだろう?なんとなく、会計検査院か財務省が気にかけているのか?公正な調整が必要で、簡単に数値化できるはずだが・・・

仮設住宅の建設が、今一番の注目点である。西原村は県道沿いの土地をならしていたから、きっと完成も早そうだ。益城町は、テクノリサーチパークに空き地があるらしく、既に入居も始まっていると聞く。買い物には困る場所だが、車があればなんとかなる。御船町は場所を確保できていないと報道されていたが、あんな広い町で空いた場所が本当にないのだろうか?空き家だって相当多いはずだが・・・

新しい集落を作る工事は、地盤整備から始まって、プレハブ搬入と組み立て、配電、引っ越しなど、一大事業になる。その資金は、町が国から借りる形になるのだろうか?それとも、国や県から直接業者に回る流れなのか、その基本的な金の流れが分らない。大きな工事は国が直轄らしいが、住居は町が管理するのか?どこだって、財政に余裕のあるはずはないが・・・

財政負担の具合も、自分が役人になったことがないから分らない。借金が際限なく増えて良いはずはない。だが、速やかな復興は大事。予算の規模、効果的で無駄のない使われ方かどうかの担保、そこの判断がどう進むのだろうか?密室で事が決められないか、横柄な態度の担当官が無茶な判断を下さないか、気になる。事業のスピードを維持しつつ、過去の無駄な伝統に引きづられることなく・・・・それは、非常に難しいことだ。どうやっても、強欲に流されるのではないか?

 

2016年5月29日

熊本地震で考えたこと④(2016)

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- 物資 -

ホテルの外壁には、窓枠の隅っこ同士がつながるX字型の、独特の亀裂が入っていた。この歴史あるホテルは、報道によれば改修して再開の方針が決まったそうである。耐震性を上げて美しいホテルに生まれ変わったら、ぜひ行ってみたい。

聞くところによれば震災に対しては、意外に保険から出る金が少ないそうだ。農協か一般保険か、全壊か半壊かなど、細かい違いがあるようだが、数百万かけて補修しないと住めないほど壊れていても、5%程度の費用しか補償されないケースが多いらしい。半壊以下の場合は極端に金が出ない規定だそうだ。過去の震災で、そう決まってきたのか?

被災し家は倒壊、立て直す費用のめどが立たない・・・もしそんな状況に落ちたら、はたして自分の気力を保てるだろうか?年齢にもよると思うのだが、劇場主の場合は自信がない。

費用や物資の問題は大きい。震災後の数日は物資の入手に困った。飲料水があるにはあったが、量が少なかったので、御飯を炊くためだけに限定し、他の使用を制限して乗り切った。もし停電が続いていたら、やっかいなことになっていただろう。お米が炊けないと、救援物資をもらいに行くしかない。仕事は当然お休みだ。

飲料水は、常時数リットルくらい確保しておくべきだった。今はペットボトルがあるので、それほど保存に困らないのだから。

パン類はコンビニなどに早朝の時間帯ならあったらしいが、直ぐ売り切れる日が続いていたようだ。我が家は御飯があったし、被災者に遠慮して買いに行かなかったので、数日は目にすることができなかった。被災の範囲がもっと広かったら、入手はもっと難しくなっていたはず。

カップラーメンも、とうとう食べないまま終わった。普段食べないくせに、店から品がなくなると急に食べたくなった。でも被災者が優先されるべきだ。避難所にいる人達の分を奪うのは気が引ける。

トイレの水の確保に困った。後から考えれば、井戸水や湧き水は市内各所にあるので、さっさと汲みに行けば良かった。仕事を優先して情報確認が遅れてしまったので、他の家から分けてもらう始末だったが、今後は手際よくやれると思う。でも考えたが、大都会で井戸もない地域は対処しようがないかも知れない。

支援物資は3日目くらいには大量に届き、捨てないといけなくなった所も多かったらしい。物資を効率よく配分するシステムができていなかったので、過不足を調整できなかったようだ。事前のシミュレーションを怠っていたと言えるのでは?皆が慣れてないので、調整の勘がはたらかなかったのかも知れない。

買い出しに玉東町まで行ったのだが、途中の道路はひどい渋滞。普段なら30分程度の道を、3時間かけて往復した。おそらく避難や温泉入浴のための移動も増えていたのだろう。被災した地域によっては、例えば立野などの場合は、孤立してしまって買い出しにも困ったのではないか?

電気が通っていたことと被災地域の点で、今回は最悪の状況を逃れていた。熊本市のちょっと北側の山鹿市や玉名市は通常に近い生活ができていたそうだが、おそらく断層の位置や向きのため、偶然そうだったに過ぎない。電気も水もガスも、何もかも広範囲で止まっても不思議ではない。局地的な害だったのは幸運に過ぎない。

泥棒がいるらしい。避難した家屋に侵入して物を盗むそうだが、本当に困窮した人間ではなく、職業的、常習的な盗みをはたらいた人が捕まったらしい。もし被災範囲がもっと広大で救援が間に合わないなら、もしかすると盗まないと生きていけないような状態になるかも知れない。自分らがそうならなくて良かったと思う。

 

 

2016年5月23日

熊本地震で考えたこと③(2016)

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- 避難 -

近所のマンションは一階部分が倒壊して全体が傾いてしまった。上の部屋を見上げると、洗濯物などが干したままになっている。取り込みに行こうにも、傾いた建物に入るのは怖ろしいので、そのままになっているのか?

一階部分の駐車場には、ペシャンコになった車が何台も見える。直ぐ隣は薬局になっているが、今日見たら営業されていた。勇気があることは称えたいが、さすがに無謀ではないか?下敷きになる危険性もかなりありそう。

最初の揺れの後、避難所に行くべきか少し考えた。我が家は筋交だらけの特殊構造だし、震度7でも大丈夫と普段から思っていたので、そのまま残った。でも、正しい判断だったとは限らない。全てを破壊するような巨大地震の場合は、頭上に物がない所に行くべきだろう。

もし家族で方針が一致しなかったら、それは非常に困ったことになる。家族バラバラに避難したり残ったり、連絡が取れない状況になったり、片方だけ生き残ったり、そんな状況はできれば避けたいものだが、迷う事態も起こりうると思う。震度や、家の状態によって臨機応変に対処するしかないだろう。

避難することは、かなり危険を伴う行為と思う。途中で何かの下敷きになることも考えられるし、避難所となっている体育館は、天井から物が落ちてくることも多い。大型の照明器具は、充分に人を殺す力がある。要するに家と体育館、家と避難経路の安全性を天秤にかけて、より良きほうに賭けるしかない。

やはり、事前のシミュレーションも必要だろう。この程度ならどうすべきか?そんな心構えがあったほうが良い。

災害の種類と程度に応じて避難の仕方は変わる。今回、近所からは車で学校に移動する人が多かったのだが、車で一気に人が移動すると大渋滞が発生する。そこに火災が起こった場合、消火が遅れてしまう。だから、車は後回しにするよう、厳重に取り決めすべきだと思う。

つまり、歩いて避難所に行き、車中泊が必要と判断したら、時間をおいて車を取りに戻るべき。場所を取りたい・・・・そんな欲求で勝手をされたら収集がつかない。差配する人を事前に決めておくことも必要。消防団長か区長、小学校のオヤジの会でも良い。

津波の危険性がある地域の場合は、第一に高台への避難が優先される。その点が、熊本市内と海岸沿いの集落とでは大きく違う。立野地域のように崖下に位置する場合は、地震が発生したら直ぐ山手を確認しないといけない。確認できても逃げるのは難しいだろうが、もし立野駅のあたりまで行くことができれば、下敷きになる可能性は減る。

各地の避難所の状況は、徐々に改善しつつあるそうだ。車で寝泊まりする人達が減って、間仕切りが設けられて、窮屈な思いをされていた方達も、少しずつ足を伸ばせるようになったと聞く。でも、最初の頃は騒々しいし、不安だし、精神的に参っただろうと思う。

もし真冬や真夏の被災だったら、どんなに悲惨だったろうかと思う。今回はちょうど良い季節だった。毛布なしでもなんとか過ごせたので、不幸の中に幸運な面もあったことになる。

東日本震災から時間がそれほど経っていないためか、次に何をするかの判断が早い印象もある。仮設住宅の計画、空いているアパートの世話など、震災の直ぐ後から始まっている。この点は時期的に有利な面もあったと言える。政府も今回は対応が早かった。民主党の失敗の教訓が役立ったからだろう。

 

2016年5月17日

熊本地震で考えたこと②(2016)

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- 流れの予防 -

どなたか知らないが、17日に大きな地震がまた来ると述べた人がいるらしい。非常に不安を呼びやすい、精神的に好ましくない予測(噂?)だと思う。学者が真剣に予想したのかも知れないが、普通に考えると日時まで予想することは難しいはず。この数週間、数ヶ月の単位が危険と理解すべきでは?

さて、阿蘇大橋が崩落したのには驚いたが、もともと無茶な場所に作られた橋で、渡る時に少し怖かったし、酷い渋滞の原因にもなっていた。そもそもの計画に問題があったことは明白。私がもし担当者だったら、あんなところに橋を作るなどできない。もう少し上流に橋を作れば、橋の規模が小さくてすみ、分岐点も広く作ることができた。作った場所が、今回の被災に関係しているはず。

少し上流でも、今回は広い範囲が土砂で埋まっているので、通行の障害は避けられなかったかも知れない。でも、復旧はずいぶん早いだろう。自衛隊の技術だけでも、仮設の橋が直ぐにできる。

ただし、私のような考えで上流に場所を移した場合、それを評価されたかどうかは怪しい。壊れないのは当然のことであり、評価はされない。遠回りさせて不便になった・・・南阿蘇の住人からはそう言われたかも知れない。災害を小さくすませたと評価されるには、今回のような崩落がないと難しい。正しい判断は、誰からも評価されないものだと覚悟しないとならない。

立野地域は車で通る時には眺めが素晴らしいが、危険度も非常に高い。村の裏山はそびえ立つ崖、村の下も断崖絶壁。大雨が降ればどこかが崩落するのが自然と言えるほどの地形。それは誰が見ても分る。おそらく計画を立てた当時の役人や学者達も危険性を感じてはいたはずだが、なぜああなったのだろう。

巨大な構造物を建てたい、大きな事業をしたいという欲求に流されたのだろうか?実績面を考えると、大きな工事にしたいはず。派手な事業の結果は、観光名所になるという意味も確かにある。・・・自殺の名所にもなるんだが・・・

仮に上流に橋を作ろうとしても、業者が陳情して今の場所に戻そうとするかも知れない。規模が縮小されるのは、彼らにとっては非常に困ることだから、担当者に圧力をかけてでも阻止したいだろう。担当者も、天下り先のことを考えると強硬な態度を保てない。地域の住民も、自分たちの地域を素通りされないように陳情するかも知れない。つまり構造的に、あのような計画になりやすい仕組みがあった。

せっかくの専門性や責任が、利害や人の欲によって損なわれ甚大な被害につながる・・・・そういった構造的欠陥は、いたるところに散見される。何かを決定する時は、独立した立場の部外者に問題点を指摘させることを原則とすべき。そのようなセンスが、戦災や震災を繰り返しても育たないのは、残念に思う。

それこそ学級活動、クラブ活動や、父兄会など小さな集会においてさえ、第三者を排除しようと、担当者達が暗躍していないか?その感覚を、公共の世界に持ち込んで来られたら敵わない。間違った判断によって悪い結果がでるのは覚悟しないといけない。

今の新聞の論調は、情に訴えるものが多い。善意のボランティアを繰り返し紹介している。彼ら支援者を賛美するのは当然だが、そればかりではいけない。地震は天災であって、人ができることは限られているが、せめて人災の部分を繰り返さないよう、被害を最小限にするための正しい判断ができるよう、認識の基礎部分がより重要だ。決定のシステムを進化させたい。

被災して嘆く、同情する → 問題点は忘れて復興に向けて意見集約が図られる → 大きな予算に期待する人間が集まる → 事業の方向性がいじられる → 本末転倒の方向に流れができてしまう・・・流れを適正化しようとすると・・・「復興は待ったなしです!」の決まり文句が叫ばれ、皆が騙される・・・・そんなパターンが必発。

誰かを称えても良いが、そのレベルで留まってたら、我々に続く世代を守ることができない。情に訴えて問題点を素通りさせ、利益誘導を測る・・・そんな流れが伝統になっているので、緊急支援が一段落したら情はそこそこにして、そろそろ人災予防、適正な事業構築に目を向けて欲しい。

2016年5月11日

熊本地震で考えたこと①(2016)

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- 震度に関して -

地震発生から3週間経ち、自分に限れば普段に近い状態が戻ってきた。もし家や職場が倒壊していたら、悲惨な状況だったろう。被災されている方々に話を聞くのだが、何と言って励ましたら良いのか、思いつく言葉がない。

益城町や阿蘇は酷い状態らしく、気の毒には思うのだが、道路が寸断されて行くのが難しいし、自分の家族の世話などで何もできていない。そもそも自分が水汲みの作業で腰を傷めてしまったので、10日間ほどは片付けなどできる状態ではなかった。頑丈でないと、人にやれることも限られる。

5月も9日過ぎたのだが、相変わらず余震が頻繁に来る。1日5回くらいは揺れを感じている。こんな地震があるとは思いもよらなかった。子供の頃から体験してきたのは、せいぜい数回の余震で終了するものばかり。震度も3程度で大きかったと感じるほど。今回は、震度3なら軽くて良かったと思うくらいだから、感覚が全く変わっている。

地震の発生前に、ある程度の覚悟はあった。九州地方の位置が大きく動いているというGPSの情報が何度かテレビで紹介されていたので、きっと何かあるだろうとは思っていた。ただ、九州に何か起こる場合、普通に予想するのは阿蘇地方になる。益城や熊本市内にひどい被害が出るなど、考えていなかった。

過去の熊本地方の地震の記録を調べた方がまとめておられたが、震度6くらいは50-100年間隔で襲ってきていたようで、お城の被災も数回起こっていた。でも、さすがに今回の被害は史上最大だろう。櫓や塀のかなりが倒壊している。水前寺公園の水が干上がるなど、誰も想定していなかったのでは?

文化財である城だからといって、文化庁が管理して良いのか、少し考えたほうが良いかも知れない。今後の被災を避けるためには、少なくとも倒壊しないような補修の仕方もあるのでは?古来からの石垣だけでは、また百年以内に倒壊することは確実。さすがに内部の構造だけはいじるべきでは?保存すべきものは保存してだが・・・

8日の段階で、まだ地鳴りや爆発音に近い妙な音が聞こえる。地下でまだまだ岩盤が動いているのだろう。揺れ方も一定ではない。緩やかに揺れる時は、地震なのか眩暈なのかとっさに分らない。こんなに揺れ方にバリエーションがあるものとは!揺れ幅によっては液状化が起こりやすいのだろうか、市内のビルを見ると、建物はしっかりしていて駐車場が陥没した物件が多い。

震度の評価が7を最高にしていることも初めて知ったのだが、耐震規定をしっかり作るためには、もっと細かい設定が必要と思う。おそらく、何かの政治的判断で7以上は定めないと決定したのだろうが、避難所の耐震性をあげるためには、根拠となる細かい震度の規定が必要だ。震度6強に耐えられれば良いとするような想定では、避難者を守れない。想定外は、あってはならない。

震度7が必ず来るというのが想定の基本になるべき。今回程度の震災を想定できなかった人間は、もはや建築や基準策定に関わる資格がない。

それに、耐震性は年数に応じて劣化していくものと思う。建設時の基準だけで良いはずはない。益城あたりの農家は、例えば築50年後に何かの補強ができていれば、被害の度合いも違っていたかもしれない。

予算的には難しいことだろうが、一般家屋の耐震性の指導も今後は考えたほうが良いと、個人的に思う。

2016年4月26日

クーデター(2015)

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- 敵が不十分 -   

東南アジアの某国に仕事でやってきた家族。しかし、その国では政権が崩壊し、外国人を敵視する住民が彼らを殺しにやってくる。必死で逃げようとする家族だったが・・・

・・・DVDで鑑賞。映画館で上映されそうな気がしない小品だったが、迫力は充分あって、出来映えは良いと思った。大スターとは言えなくなったかも知れないが、有名俳優が大事な役を演じており、撮影技術的にも優れていたように思った。

場所が東南アジアだったのは、今日の状況では良い選択とは思えない。東南アジアの国の中で、外人を敵視して政変が起こりそうな切迫した状況の国はない。国内の勢力が拮抗してもめているタイだって、激しい殺し合いというより、政治的な競合が激しいだけだ。

今の時代の紛争は、中近東から東南方面のヨーロッパが切実だろう。難民や、ISを初めとするテロリスト集団との戦いが果てしないように続いている。政変は次々起こったし、今後も様々起こりそう。舞台がイスラム圏の王国でも良くなかったか?あまりにリアル過ぎて、娯楽になりにくいと判断したのか?

家族を助ける役のピアース・ブロスナンが、良いセリフを言ってた。投資して支配した欧米に対し、従属を拒む住民の行動は正しいんだよ・・・・まあその通りだろうが、今日の世界は、資本主義によって成り立っており、戦後の秩序はそうなっているので、住民の行動は秩序違反でもある。

秩序を拒むと、中国だって怒るだろう。でも、日本に対してそう言いつつ、新たな秩序を目指したりするところが凄いが。

端的すぎる言い方で、本物のエージェントなら他の言い方をしそうなセリフの内容だったが、映画の場合は端的に言ったほうが分りやすさの面では正しい。もし可能なら彼を悪役にして、営利目的で住民を平気で殺していく様子が表現されたほうが良かったかも。悪役俳優をキャスティングしてだが。

主演のオーウェン・ウィルソンの存在は、「エネミー・ライン」で初めて知った。喜劇のほうが出演作に多い印象もあるが、アクション映画もなぜかリアルな雰囲気が出てくる不思議な俳優だと思う。風貌のせいだろうか?わざとらしく見えにくい。

この役を仮にトム・クルーズが演じたら、おそらくヒットはするだろうが、彼独特の派手な表情により、演技過剰になってしまいそうな気がする。レオナルド・ディカプリオが演じても、怒っているのか怖がっているのか、曖昧な印象でおかしくなるかも知れない。オーウェン君が適役だったと思う。

強烈な悪役が欲しかった。現地人の、何かよく分らない隊長みたいなヤツでは役不足。ブロスナンが演じた人間が、徐々に本当の怖い顔を見せるほうが良かったと思う。

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