映画評

  • 当劇場は劇場主のための映画館です。訪問者を期待しておりません。内容の客観性、正確性は保障できません。でも、真摯な批評を目指します。

劇場主

  • 乙女座 AB型 どの占いでも最悪の運勢 内科クリニックやってます。

Conflict of Interest

  • 特にありません。

おことわり

  • 当劇場は誹謗中傷を目的としておりません。もし権利を侵害されたと感じられた方は、申し訳ありませんが管理会社や公的機関に御相談ください。

カテゴリー「き」の38件の記事

2018年8月10日

キッド(2000)

Dizneys_the_kid

Buena Vista(Dizney)-          


コンサルタントで高収入を得る主人公は、ある日、見知らぬ少年が屋敷に侵入していることに気づく。その少年は、30年前の彼自身だった・・・7月29日、衛星放送で鑑賞。    

 

この作品はビデオ屋さんの棚で何度も観たことがあって、あらすじは知っていた。しかし、特に評価の高い作品ではなかったっはずなので、借りようと思わないままだった。今回は台風の影響でビデオを借りにくくて、我慢してテレビ鑑賞した次第。しかし、まったくの駄作ではなく、そこそこ面白いし、心温まる作品だった。    

 

主演のブルース・ウイリスは、この作品の頃は既に大スターで、45歳くらい。役柄と比べたら、少し齢を取り過ぎていたように感じたし、実際にもそうだったわけだ。彼の出演ならヒットが見込まれると考えて作られた企画のように思う。無名の俳優でヒットが狙えるほどの斬新な作品のようには思えない。どこかで聞いたような話に過ぎないと感じる。それでも結果的に嫌らしい感覚は覚えなかったから、演出が適度に抑制されていて、好印象を確保するように作られていたのかもしれない。     

 

この作品でも、やはりブルース・ウィリスの演技はオーバーだった。目を細める表情は、彼がタフガイを演じて敵を挑発する時には有効かも知れないが、この作品には似つかわしくないように感じた。女性と会話する際に、あんな表情はマズいのではないか?それとも、欧米の女性はあんな表情が好きなのだろうか? 劇場主は、その方面を分析できない。とにかく、この作品に限っては、あの表情は似つかわしくなかったと思う。          

 

共演者のうち、秘書役は良い味を出していた。有能で、しかもプライドを持って仕事してくれていること、主人公に対するクールな対処の仕方などが良い味につながっていたと思う。これに対してヒロイン役に相当する女優さんは、少し表情にこだわり過ぎていたような気がした。ごく普通の感覚の持ち主という設定でも良かったように思う。この作品は主役のトラウマや、妙な生き方を描くことが大事で、ヒロインまでおかしな人物である必要はない。彼女の迷いや焦りは演出されるべきだが、性格に関してはまったくのノーマル、良心的な人物であったほうが良いと思う。     

 

還暦が近づいてきて、劇場主も自分の人生について反省することが増えた。真面目に働いてきたとは思うが、巨大な財産を築けたわけじゃない。大成功の人生だったとは感じない。子供ができたことは嬉しいが、子育てに奮闘した割には、順調に育っていないと感じる。家内は勝手な生き方をして、家族は傷ついている。それを改めさせることは現実的には無理だろう。諦観を持って、ズルズル生きている現状である。  

違う生き方があったのかもしれないと、よく考える。でも、ドラスティックなことを今後やろうとは思わない。飛行機を操縦するなんて、意義を全く感じない。 主人公とは望みが違うようだ。 勇気も足りないのだろう。  

 

 

 

 

2018年8月 7日

嫌われる勇気(2013)

- ダイヤモンド社  -       

 

アドラーの理論を解説した本。学者の岸見一郎氏と、彼によって触発された物書きである古賀史健氏の両氏が協力して作った対談形式の内容。  対談形式にした点に、優れた構想力を感じる。ただ解説してても、哲学的な内容だけなら読んで眠くなるだけだ。対決の形を設けたことで、読者が二人の議論に興味を持てるようになっていた。   

 

この本を買おうと考えたのは、横積みにされていて「ベストセラー」という宣伝文句があったからだ。 ベストセラーなら、きっと良い本だろうという浅い考えによって買わされてしまったわけだが、この本は構成が良かったこともあり、損した気分にはならなかった。  

 

読んでいて感じたのは、劇場主はまるで本の内容そのままに生きているんじゃないかという感覚である。半分は自慢なのだが、もし本当にアドラーが言うような生き方をしているとすると、自尊心は満足できても、喜んで良いかは分からない。理想を体現しているとなれば、そりゃあ周囲の人間からは嫌われても仕方ない。こちらは嫌われる勇気なんてないのに、自然に嫌われてしまう。そういえば、あんまり自分が人から好かれている気がしないねえ、なんでかな?と思っていたが、アドラー的な生き方が原因だったのかと、驚き呆れた次第である。       

 

でも劇場主はアドラーの本を読んだことがない。自然と似たような生き方になっちまったのだろうか?まさか劇場主が自然発生的な哲学の巨人ではないだろう。おそらく、こんな考え方は昔からあったのだ。中国の賢人だったか?似たようなことを述べた人がいたような気がする。

 

劇場主が個人事業主になったのは、大きな企業や役所など、人間関係が濃厚な職場で消耗したくないという理由があった。上昇志向の強い人間と接している時、人には数種類の感情が起こるように思う。競争に負けたくないという対抗心が浮かぶ場合、共感して意見に従う場合、覇気によって従属したいと感じる場合、そいつの過剰な負けん気に嫌悪感を覚える場合、ただ怖れ逃げる場合など、様々なパターンがあるはずだ。  

 

劇場主はいつのころからか、出世競争は無駄なことと考えるようになった。競争に負けたからだろうか? 仲間と一体になった競争なら意味があると感じる。社員が団結して新商品を開発し、ライバル企業に勝つための競争なら熱中できそうだ。協調に満足できる。でも社内でライバルの足を引っ張っても、満足できるはずはない。そんな競争は阿呆らしい。肝心の開発競争をおろそかにする人間が周りに多いと、もう会社への所属意識も保てない。

 

社内競争を組織の原理とされたら敵わない。 人事で人を動かす組織にいたら、幸せを実感するのは難しいだろう。もし社内競争に勝ち続けられたら満足できるだろうが、大半は憤懣を抱えないといけないことに当然なる。そんな組織が多いんだが、競争に勝った人間が方針を立てるなら、当然そうなるだろう。本来の業務よりも、不幸せを作るための会社になりかねない。  

 

それよりも、ささやかであっても自分の行為が誰かに良い結果をもたらし、ちょっとでも感謝されたら、そっちのほうがずっと気分が良い、充実した気分になれそうだと期待する。出世できなくて、そう考えざるを得なかっただけかも知れないが、実際にかなり満足できてもいるから、それなりに良い選択をしてきたと思える。大儲けはできないが、充実はできるということを重視した点で、まさにアドラーの勧める生き方に近い。 

 

既に本の内容を実現しているなら、この本を買う必要はなかったかも知れない。ということは、やはり買って損したのか? ちょっとぐらい損したかも知れないが、そんなにケチケチしてはいけない。ケチ臭いと、また人に嫌われるから。  

 

 

 

 

2018年6月30日

キングズマン:ゴールデンサークル(2017 )

Kingsman

 Fox -


イギリスで仕立て屋の姿を借りる、私設の情報機関の物語の第二作。今回は前作で殺されたはずの上司が、思わぬ場所で生きていたこと、アメリカの諜報機関や、麻薬組織とのやりとりが展開する。DVDで鑑賞。   


このシリーズは、知る限り熊本市では劇場公開されていなかったはずだが、大都市でなら興行的にも成功するかも知れないと思う。実に痛快な作品だ。     


前作も意外なほど面白い作品だった。原作はコミック本らしい。原作のアイディアがよほど優れていないと、そもそも映画化しようという話は持ち上がらないだろう。いまどきスパイもので大ヒットするなんて、ちょっと考えにくいはずなんだが、この作品は第一作、第二作とも実に上手くできていて、古さを感じさせない。作り方が上手いと感心する。 原作も優れたアイディアを有し、製作者たちも優れたセンスを持ち、ソツのない作り方をしているに違いない。    


独特の個性や意外性を出さないと、この手の作品はすぐ飽きられるだろう。もはや007だって、昔のままではやっていけない時代であるから、他のアクション映画とは違う、独特の魅力を出さないといけない。派手なカンフーアクションだけでは、おそらくジェイソン・ステイサムの映画に敵わない。殴り合いのリアルな迫力では、おそらく「アトミック・ブロンド」のようなアクション専門の監督が撮った作品には敵わない。 気取った紳士的所作とユーモア、個性的な敵の活躍、リアルじゃないけど道具を上手く使う独特の戦い方、それらが新しい魅力を生んでいると思う。 


さすがに十作以上も続編が続くとは思えないが、当面は今の路線で行けそうな気がする。 ただし、子供たちに受ける作風ではないような気もする。もっとユーモアたっぷり、失敗を繰り返すドタバタ劇にしない限り、家族がいっしょに楽しめる感じはしない。残虐なシーンもある。このままではジリ貧も免れないのではないか?   


有名俳優たちがいろいろ登場していた。 資金が豊富なのか、ヒットに自信があったのか、主役でないにも関わらず、ハル・ベリーやチャニング・テイタムなどが楽しそうに役を演じていて驚いた。次回作では彼らが仲間となって活躍する、そんな契約を結んでいるのかも知れない。そうなるかどうかは、原作漫画を読んでいないから分からないのだが、そんな気配を感じる。 そうだとすると、その点は少し安易すぎるかも知れない。   


 



2018年3月20日

気ままな情事(1965)

Il_magnifico_cornuto_

 

- 監督:アントニオ・ピエトランジェリ -

 

会社を営む紳士。彼の奥様は美貌の持ち主で、奥様の不倫が気になるあまり起こる騒動を描いた作品。DVDで鑑賞。

この作品はツタヤの名作コーナーに並んでいたので目に留まった。おそらく特に取り上げられたのは、リマスタリングか何かで、新たにDVD化された関係ではないだろうか? 

作品の存在は知っていた。有名女優の紹介の本で、クラウディナ・カルディナーレの魅力を述べた文章の中で読んだ記憶がある。この話は、これがオリジナルなのだろうか?日本のコメディでも似たような騒動を描いたドラマを観たような気がする。決まって奥様役は美人女優で、お色気たっぷりのタレントが演じており、旦那さん役は風采の上がらない、小心者の人物として描かれていることが多い。型にはまった感じだが、この作品の旦那さん役は非常に味があった。役柄と風貌が合致しており、演技も派手過ぎず、上手かったと思う。あまりに派手なドタバタ劇をやると、ともすれば興ざめしてしまう。適度なドジぶりに止めることができるかどうかは大事だった。   

ヒロインのカルディナーレ嬢は、今日的にはグラマーすぎる体形のようだが、十分に魅力的な御婦人を演じていた。少し笑顔が多すぎる印象も受けたが、当時のイタリヤの女性としては普通だったのだろうか?または、そういうキャラクターを演じていただけかもしれない。共演者の会長夫人役も大変な美人で、こちらのほうが正統派の美女スターになれそうな感じがしたが、グレース・ケリーほどのスターにはなりきれなかったようだ。早死にしているらしいので、そのせいもあったかも。   

他に、主人公にからむ喜劇俳優の共演者がいたら、もっと話がおかしくなったかも知れないと思った。主人公の親友で、主人公に協力して派手な失敗を繰り返したり、ヒロインに頼まれて話をややこしくしたり、狂言回し的な役割を一人の人物がやれたら、話の混乱具合は増していただろう。この作品では会社の古参社員、門番、友人の議員や医者など、分散してしまった点で、盛り上がりを欠いてしまった印象を受けた。

今日的な意味合いは、あんまり感じられない。不倫に関するニュースは毎月派手に報道されているし、この作品の表現はかなり抑え気味で、直接的なものではないのでインパクトが足りない。ゲス不倫の報道の後では誰も興奮してくれないというものだろう。

 

 

 

 

2017年10月26日

君がくれたグッドライフ(2014)

Hin_und_weg

- Majestic Film.etc. -

恒例の自転車旅行に出かけたグループ。今回はベルギーを目指す。しかし、この旅には隠された目的があった・・・・

・・・ドイツ映画。多数の会社が製作に関わっていて、権利関係が正直わからない。中心はマジェスティック・フィルムという会社のようだ。DVDで鑑賞。この種の映画はDVDでないと観れない。以前だったら時間を調整して、職場から白い目で見られながら、こっそり名画座に潜入しないと観られなかった。DVD様々、TUTAYA様々である。

俳優達はドイツの有名なタレントらしいが、誰も見たことがない。演技は充分に上手かったし、演出も自然で、この種の作品に求められる技術は完全に満たしていたと思う。あまりに芸術表現にこだわり過ぎたり、安っぽくなったりする愚を犯していない。

仲間で旅をする物語の場合、普通は極端な個性の人間を集め、話を面白くしようとすると思う。この作品ではプレイボーイの人物、セックスレス夫婦が、その役目を果たしていた。もっと個性派を集める手もあったように思うが、やり過ぎると時間が長くなりすぎるし、適度なレベルだったかも知れない。

エピソード作りのために、互いに課題をこなすようにするルールも設けられていて、無理難題をこなすことで笑いが増える要素となっていた。これも成功していたと思う。ただ旅する物語では辛くなってしまう。自然な設定だった。

尊厳死と友情がテーマになった作品。尊厳死は日本ではまだ一般的ではないが、徐々に議論の方向性が変わっている印象もあり、今後は実行されることもありうると思う。難病、癌などを抱える人は、命を長らえることに意義が見いだしがたいこともある。ただ、勘違いによる早まった死を増やす可能性も高く、難しい。

劇中では何かの薬物を一本、注射していた。一本で苦しまずに永眠できる薬物とは何だろうか?KCLでは安らかにいくとは限らない。麻酔剤、筋弛緩剤でも、確実性に欠ける気がする。聞いていたのは、まず麻酔剤、麻薬、最後に毒物といった具合だったと思うのだが・・・・

いずれにせよ、家族に見ていてもらうのは、気が進まない。別室で待ってもらうのでは問題があるのだろうか?その場にいると、自分達が積極的に参加した、あるいは見殺しにしたという感覚を生むと思う。耐えきれずに泣き出すに違いない。外でじっと耐えていたという状況にしたほうが、あとあとの自責の念を軽くできないだろうか?

宗教観、死生観は人によっていろいろあると思うが、共通する部分も多いはず。劇中の友人達は大人しすぎた。本当にああやって友人を看取れるか、信じがたいと考える。家族や友人に死を見せるかどうかは宗教以前の問題で、おそらく見させない施設もあるのではないだろうか?

 

 

2017年7月 4日

君の膵臓を食べたい(書籍・2016)

- 双葉文庫 -

食人趣味を持つ主人公が闇を徘徊する物語・・・・のようなタイトル。でも、内容は純愛物語。高校生の主人公と、同級生の恋の話。タイトルは強烈な印象を残すから、印象づけとして最高の選択だった。

この作品は平成29年夏には映画化されて公開予定だ。まだ書籍しか読んでいない。映画の予告編を観たのだが、今のところは様子を見て、人気がありそうなら観てみようかと考えている。無駄に劇場で時間を使いたくないので。

もしかして、この作品は実写版ではなく、アニメにしたほうが魅力が出ないだろうかと感じた。若い俳優の演技力では、多数の観客を満足させるのは非常に難しい。俳優の図抜けた魅力と、素晴らしい演出があれば可能だろうが、滅多にないことでもある。アニメのほうが成功率は高いのではないか?

この作品は、会話に現れる感性が若い。著者の住野よる氏の年齢は分からないのだが、昔なら成り立たなかったような関係が自然に描かれていたから年配者ではないだろう。明治の文豪には無理そうな展開。昭和初期、戦後直ぐでも全く考えられない。今風の会話が文章化されている。

文章は、劇場主のようなテニオハがおかしい文ではなく、充分に拝読に耐えられる優れたものだった。でも、村上春樹氏ほどの完成度はないような印象で、使われていた会話の特徴もあってか、軽い恋愛小説の読み物に最適。逆に完成度が高すぎると、恋愛小説にはもったいないような印象を受け、違和感が生まれるかも知れない。

アイディアと流れが非常に良かった。文通のような互いの文章の行き来ではなく、一人のほうの日記が最後に涙を誘う展開は、日記の内容に注意が一気に集まるから、読者の感動を呼びやすい。一定の方向に読者を誘導しないと、最後の盛り上がり、善き読後感を得ることはできない。誘導に成功していた。

意外だったのは、その日記帳の最初のほうに、「膵臓を食べたい」という文章が書かれていたこと。ヒロインのほうに、そんな言葉が生まれていても不思議ではないのだが、せっかくの言葉だから最後まで使わず、主人公の頭に言葉が生まれる設定にしたほうが良かったと思う。そのほうが、言葉が惹き立つ。何か考えあって、ああしたのか?

クラスメートの関わり方にも、少し不自然な印象を受けた。年代によって、その人によって周囲の反響は違って当然だろうが、目立たない人間に恋の噂が出たら、チョッカイを出してくる連中は多いと思う。小柄で目立たない人間には、からかってやろうという感情が生まれるはずだ。からかい方が足りなかった。クラスの男子の反応は、もっと陰湿であるはずだ。

そこも描けていたら、作品のレベルは上がる。何かに耐える主人公には、共感が生まれてくる。からかわれ、陰湿な嫌がらせを受け、無視しても諦めずに付きまとわれるほうが自然だろう。この作品の主人公は悲劇を体験したが、もっとリアルな感情の動きがあるのが普通だ。

ちょっかい・・・自分自身も弱者にチョッカイを出していたし、悪童連中からやられてもいたので、その独特の意味合いには敏感だ。ちょっかいから発生した諍いが、本当の喧嘩になったり、陰湿なイジメと化して自殺を生むこともあるので、軽視するのは良くない。

先日、ある大学の研究がNHKで紹介されていたが、LINEでチャットをやっていた中学生グループが、いつの間にか険悪な言葉を応酬する関係になった事例が紹介されていた。応酬していく中で、自分の弱みを見せたくない感情がからんで、言葉をきつくする方向に走らせていたようだった。LINEに限らず、対人関係にはツッパリめいた強がりがついて回る傾向がある。そこを再現することもできたと思う。

 

2017年3月21日

疑惑のチャンピオン(2015)

Studiocanal

- The Program -

アメリカの自転車競技チャンピオンのランス・アームストロングは、ツール・ド・フランスに挑戦する。病気をも乗り越え、彼は偉大なチャンピオンになったが、疑惑の目を向けられる・・・・

・・・・DVDで鑑賞。楽しい映画ではない。感動する内容とも思えない。ドキュメンタリータッチの、生々しい実録モノの作品。家族や恋人と楽しめる作品かどうかは、ちょっと分からない。どんな人が楽しむのだろう?

主人公アームストロングの異常なほどのガッツが強調されて描かれていた。描き方のポイントが、そこに集中していたようで、表現の狙いは充分に達成していたと感じる。その意味で作品の完成度は高いと言える。原作が記者の書いた本らしいので、ちゃんとした分析をして、よくまとめられた内容だったに違いない。映画にも、まとまりを感じた。

本当はどう描くべきだったのか?それはよく分からない。ランスに同情し、彼の弱さや強さ、勇気や怖れを感傷的に描くなら、もっと感動的な内容になっていたのかも知れない。読み物の内容としては、それでは漫画的すぎるだろうが、映画の場合はこれで良かったのかもと思う。

なんと言っても、彼は癌から奇跡的な復活を遂げた人間である。そこを中心に描くなら、その他の行為がどうであれ、感動を感じざるを得ないと思う。おそらく病気を乗り越えるためには、非凡な精神、とてつもないガッツが必要だったのだろう。そのガッツゆえに、勝負にこだわり過ぎて、不正行為につながったのかなあと、劇場主も感じた。

洋の東西を問わず、勝負の世界では不正取り引き、違法薬物使用、八百長の類は蔓延しているようだ。ロシアの国家ぐるみの薬物使用、大リーグ選手達もそうだった。名誉や収入が格段に違ってくるから、仕方ないのだろう。最近ではジャマイカの陸上チームの金メダル剥奪のニュースもあった。ボルト選手の同僚らしいので、じゃあボルトはどうか?と、気になってくる。

おそらく当時の有力なチームは、まだ分かっていないだけで他にも薬物を使っていたのではないかと想像する。その中で、せめて条件を同程度にしたい・・・そんなふうに考えると、挑戦者であるランス選手は、迷っている場合ではなかったのかも知れない。そんな描き方もできたかも。

実際に、資金提供者側、チーム管理者からの指示があれば、選手は拒否しにくかったのではないか?チームの指示を拒否したら、クビになるだろう。ランスらは、被害者に近い存在だったのかも知れない。チームスポーツにおいては、指示に従わなかったら排除されるか、引退するしかない場合も多いと思う。

先日NHKで沖縄出身の自転車競技者が紹介されていたが、彼はチームの補佐的な役割を演じていたようだ。彼も言っていたが、完全に個人行動でやってしまうと、自分がエースになった時に誰も守ってくれないそうなので、おそらく自由はかなり制限されているのだろう。個人だけで戦うと、おそらく味方からも邪魔がはいるに違いない。

劇場主もアメリカ人がツール・ド・フランスで連覇していたことは知っていた。しかし、グレッグ・レモンと完全に混同しており、とてつもない長期間にわたって、しかも癌を克服しての活躍と聞いて、感動してしまっていた。二人が別人だと知ったのは、この作品を観てから。

 

2017年2月22日

ギリシア人の物語 Ⅱ (2017)

Photo

- 新潮社・塩野七生著 -

シリーズの第二弾。ペリクレス時代からペロポネソス戦争を扱っている。興味があるデマゴーグの時代に注目して購読。しかし、肝心の「なぜギリシアは衆愚政に陥ったのか?」に関しては、よく理解できなかった。なぜ?に関して、あまり書かれていなかったようだ。難問を避けたのか?

今日的に、ギリシアの衆愚政は非常に気になるテーマ。なんと言っても、某国の大統領は言動が派手で、突拍子もない。そんな人物を選んだ国のことを考えると、ついつい衆愚政を連想してしまう。本当に民主制が機能しているのか?・・・・この感覚は、劇場主だけじゃないはずだ。

本家ギリシアの状況も、かなり混乱の状況らしい。チプラス政権と国民感情、EUとの関係は安定しているとは言いがたいのでは?混乱、激しい糾弾、理解しがたい選挙結果、感情的な政治運動は、世界各国で蔓延している気がする。すべて衆愚政じゃないとは思うけど、似たような混乱は起こっている。

ただ、価値観が揺らいでいるのは、今だけじゃないだろう。昔だって、革命精神に疑問を抱く、資本主義に警鐘を鳴らす・・・・そんな風に観念が揺れ動いていったのだろうと思う。どんなに良い判断や理念も、なにかの欠陥は必ずあり、修正を必要とするはずだ。今は、グローバリズムが一番の問題なのだろうか?

とにかく、当時の状況から再考してみたい。

アテネはテーベやスパルタと敵対関係にあり、にらみ合いの状況であったはずだ。陸上戦で不利な状況だから、アテネとしては陸上戦力を増強したら良かったのではと思う。でも、目立ってそうはしなかったようだ。できなかったのか、必要性を認めなかったのか、そこらに解説が欲しい。

アテネのような都市は、都市内部の人口が限られている。土地の広さに限界があり、もし陸軍を増強するなら海外の領地で食料や物資を確保し、兵士は給与で雇って訓練を重ね、スパルタを数の力で圧倒しないといけない。でも、その維持費は大変な負担になり、そのせいで増強に反対されたのかも知れない。

海軍の場合は、アテネの主力産業の海運、貿易産業にとって確実に必要だから、賛同が得られやすい。シチリアでの戦いで海軍の大半を失った後、直ぐに有志が船を再建したのは、自分達の利益に直結すると思ったからだろう。よって、海運国家アテネは海軍に偏った軍備がなされ、海戦の敗北によって一気に衰退する運命にあったとも考えられる。

つまり、有力者達の目前の利害が海軍偏重の流れを生み、弱点克服という戦略上の必要に反対される。もしアテネが民主制の政体でなかったら、反対が多かろうと必要性に鑑みて陸軍の増強がなされたかも知れないが、多数決で決めたら遠い将来の必要性は排除される。この当然の帰結にすぎなかっただけで、衆愚という表現は不正確なのかも知れない。

今日も似たようなものだろうと思う。劇場主自身も、自分の商売に関係ない分野のことは、ほとんど分からない。将来、想像していない要因によって家も土地も奪われることになるかも知れないが、その予防のために今、たとえば巨大シェルターが必要だと言われても、賛同はできないだろう。意義が分からないからだ。

目前の、直接的で分かりやすい情報に踊らされ、戦略的に正しい手を打てない、誤った選択に走ってしまう、そんな流れは、今日だって同じだ。おそらく、どこの国も直ぐに衆愚政に陥る危険はあるはず。

 

 

 

2017年1月24日

君の名は。(2016)

Your_name

- 2016 「君の名は。」制作委員会 -

夢の間に入れ替わった二人の高校生が、周囲を巻き込んで起こす奇跡の物語。劇場でやっと鑑賞。昨年夏に公開が始まり、もう2月が近づこうとしているのに、中はかなり混雑しており、隅っこのほうの席にやっと辷り込んだ次第。人気の凄さに驚いた。

よく出来た美しい作品だった。魅力を確かに感じた。

①魅力の第一は、その美しい画像にあると思った。景色の写真を処理してアニメ風にする技術が生きている。おそらく手作業ではなくソフトが中心になって処理して、最終的に人間が修正しているのでは?

今まで実写で使われていた手法、早回しの間に日が昇ったり沈んだりする、あの光景がアニメで表現され、しかもより美しくなっていたので、物語全体を美しくリアルにする効果があった。

②ただの入れ替わり物語に終わっていなかった点。そこも大事だった。「転校生」のような騒動だけでは、もはや今日、見向きもされないだろう。どんな物語を附加するかが大事だった。

③飛騨地方を舞台としたこと。神秘的な雰囲気に通じる、善き選択だった。もし、露骨に東北地方の漁村などに選定していたら、意味合いが大きく変わってしまう。悲劇がリアル過ぎると、観ていて辛くなってしまう。

④夢の内容を忘れてしまうという現象は、たいていの人間には経験があるはず。そこを、時空を越えた巡り逢いの話に連想させた点が、非常に分かりやすく表現できていた点。分かりやすく、しかも美しく表現するための手法が素晴らしかった。

⑤田舎の町長選挙、建設業者との癒着の問題や、独特の陰口などがリアルだった。リアルなドラマは、一見関係ないように見えて、主人公らの物語を切実にする効果がある。田舎出身で、しかも建設業界に関係があるらしい監督の実体験が生きているように想像した。

逆に、問題点も感じた。

映像面はともかく、ドラマ的な部分は、韓流ドラマと大差ない。アイディアは優れていても、細かい点の整合性、執拗なほどの理論的検討が足りていない。大ヒットはしても、青春ドラマの域は超えていないかも知れない。

冒頭の流星のシーンは不必要で、むしろ質を下げて逆効果だと感じた。一般の人には美しいスタートに見えたかも知れないが、やや浅はかな印象も受ける。ストーリーを想像させてしまう。夢の話からスタートすべきだった。

直ぐに違和感を感じたのは、もし今日の日本で大きな悲劇が起こっていたら、マスコミは繰り返し被災地を特集し、光景を写していたはずで、画を見れば誰だってそこが被災地だと気づくはずという点。地名も常識となって、記憶に残るだろう。ましてや現地の人が分からないはずはない。設定に無理があった。

無理が生じた理由は、おそらく東日本震災の悲劇を暗に示唆するために、意図的に題材から外したためだろう。震災は、うっすらと隠した、この作品の裏のテーマに違いない。悲劇を、どうにかして防ぎたかったという後悔、怒り、悲しみは、おそらく作品の根底に隠れたテーマだ。

劇場主は、やはり名もない漁村を舞台にすべきだったと思う。作品のヒットの邪魔になり、無用な批判の原因になったかも知れないが、追悼の意味で映画にできることが、そろそろ求められていると思う。この作品が、それになると良かった。

実写版がもしできるなら、今度こそ舞台は東北地方の田舎にして欲しい。

2016年11月28日

96時間/リベンジ(2012)

- 技術 -

2008年の映画、「96時間」は、スピーディーなアクション映画だった。その続編が作られたが、まあビデオで充分だろうと判断し、今回DVDで鑑賞。

アクション映画として、ちゃんとした一定のレベルに達していた。子供に進んで見せる作品ではないと思うが、ビール片手に楽しむ作品としては最適。恋人と観ても、別に悪い点はないように思った。

アクション映画では、超人的なヒーローがアクロバティックな活躍をする、CGや綿密なカーアクションなどで迫力とスリルを保ち、できればお色気たっぷりの女優が色を添える、それが基本。動きの遅い人間がのそのそ走っていても、観客受けは狙えない・・・・はずだった。

ところがリーアム・ニーソンのような年輩俳優が、立派にアクションを演じて何の問題もなく敵を倒し、別に大きな違和感もなく、映画として成立してしまっている。そこが、このシリーズの特徴。考えられない設定だったはずなのに・・・

昨今はアクションシーンの表現技術が非常に上がっている。体力のない俳優でも、組み手を打ち合わせてちゃんと戦っているように演出できる。スピードや音響効果などをフルに使えば、少女が殺し屋を次々と倒した「キック・アス」のような作品だって可能。だから、オジサン俳優だって、立派なアクションスターだ。

ストーリーも自然だった。アルバニア・マフィアの敵を倒したら、当然親戚連中が復讐にやってくるだろうという設定には無理がなく、この作品のリアリティにつながっていた。奇想天外な展開にすると、失敗した時が惨めになるから、大正解だった。

娘役はアクション映画が続く女優さんで、大変スタイルが良く、動きも軽快で、確かに良い配役だった。

奥さん役は、私の感覚では超能力をいつ発揮するか心配だったが、やはり杞憂に過ぎなかったようだ。

敵となるギャングに、もう少し迫力のある俳優が欲しかった。元締めである老ギャングは仕方ないとしても、前作の悪役より数段怖ろしい殺し屋がいないと、話が盛り上がらない。格闘技では主人公を軽く打ち負かすくらいの強さがないと、話の展開がつまらなくなると思う。

 

 

その他のカテゴリー

| | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | | |