映画評

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カテゴリー「き」の32件の記事

2017年3月21日

疑惑のチャンピオン(2015)

Studiocanal

- The Program -

アメリカの自転車競技チャンピオンのランス・アームストロングは、ツール・ド・フランスに挑戦する。病気をも乗り越え、彼は偉大なチャンピオンになったが、疑惑の目を向けられる・・・・

・・・・DVDで鑑賞。楽しい映画ではない。感動する内容とも思えない。ドキュメンタリータッチの、生々しい実録モノの作品。家族や恋人と楽しめる作品かどうかは、ちょっと分からない。どんな人が楽しむのだろう?

主人公アームストロングの異常なほどのガッツが強調されて描かれていた。描き方のポイントが、そこに集中していたようで、表現の狙いは充分に達成していたと感じる。その意味で作品の完成度は高いと言える。原作が記者の書いた本らしいので、ちゃんとした分析をして、よくまとめられた内容だったに違いない。映画にも、まとまりを感じた。

本当はどう描くべきだったのか?それはよく分からない。ランスに同情し、彼の弱さや強さ、勇気や怖れを感傷的に描くなら、もっと感動的な内容になっていたのかも知れない。読み物の内容としては、それでは漫画的すぎるだろうが、映画の場合はこれで良かったのかもと思う。

なんと言っても、彼は癌から奇跡的な復活を遂げた人間である。そこを中心に描くなら、その他の行為がどうであれ、感動を感じざるを得ないと思う。おそらく病気を乗り越えるためには、非凡な精神、とてつもないガッツが必要だったのだろう。そのガッツゆえに、勝負にこだわり過ぎて、不正行為につながったのかなあと、劇場主も感じた。

洋の東西を問わず、勝負の世界では不正取り引き、違法薬物使用、八百長の類は蔓延しているようだ。ロシアの国家ぐるみの薬物使用、大リーグ選手達もそうだった。名誉や収入が格段に違ってくるから、仕方ないのだろう。最近ではジャマイカの陸上チームの金メダル剥奪のニュースもあった。ボルト選手の同僚らしいので、じゃあボルトはどうか?と、気になってくる。

おそらく当時の有力なチームは、まだ分かっていないだけで他にも薬物を使っていたのではないかと想像する。その中で、せめて条件を同程度にしたい・・・そんなふうに考えると、挑戦者であるランス選手は、迷っている場合ではなかったのかも知れない。そんな描き方もできたかも。

実際に、資金提供者側、チーム管理者からの指示があれば、選手は拒否しにくかったのではないか?チームの指示を拒否したら、クビになるだろう。ランスらは、被害者に近い存在だったのかも知れない。チームスポーツにおいては、指示に従わなかったら排除されるか、引退するしかない場合も多いと思う。

先日NHKで沖縄出身の自転車競技者が紹介されていたが、彼はチームの補佐的な役割を演じていたようだ。彼も言っていたが、完全に個人行動でやってしまうと、自分がエースになった時に誰も守ってくれないそうなので、おそらく自由はかなり制限されているのだろう。個人だけで戦うと、おそらく味方からも邪魔がはいるに違いない。

劇場主もアメリカ人がツール・ド・フランスで連覇していたことは知っていた。しかし、グレッグ・レモンと完全に混同しており、とてつもない長期間にわたって、しかも癌を克服しての活躍と聞いて、感動してしまっていた。二人が別人だと知ったのは、この作品を観てから。

 

2017年2月22日

ギリシア人の物語 Ⅱ (2017)

Photo

- 新潮社・塩野七生著 -

シリーズの第二弾。ペリクレス時代からペロポネソス戦争を扱っている。興味があるデマゴーグの時代に注目して購読。しかし、肝心の「なぜギリシアは衆愚政に陥ったのか?」に関しては、よく理解できなかった。なぜ?に関して、あまり書かれていなかったようだ。難問を避けたのか?

今日的に、ギリシアの衆愚政は非常に気になるテーマ。なんと言っても、某国の大統領は言動が派手で、突拍子もない。そんな人物を選んだ国のことを考えると、ついつい衆愚政を連想してしまう。本当に民主制が機能しているのか?・・・・この感覚は、劇場主だけじゃないはずだ。

本家ギリシアの状況も、かなり混乱の状況らしい。チプラス政権と国民感情、EUとの関係は安定しているとは言いがたいのでは?混乱、激しい糾弾、理解しがたい選挙結果、感情的な政治運動は、世界各国で蔓延している気がする。すべて衆愚政じゃないとは思うけど、似たような混乱は起こっている。

ただ、価値観が揺らいでいるのは、今だけじゃないだろう。昔だって、革命精神に疑問を抱く、資本主義に警鐘を鳴らす・・・・そんな風に観念が揺れ動いていったのだろうと思う。どんなに良い判断や理念も、なにかの欠陥は必ずあり、修正を必要とするはずだ。今は、グローバリズムが一番の問題なのだろうか?

とにかく、当時の状況から再考してみたい。

アテネはテーベやスパルタと敵対関係にあり、にらみ合いの状況であったはずだ。陸上戦で不利な状況だから、アテネとしては陸上戦力を増強したら良かったのではと思う。でも、目立ってそうはしなかったようだ。できなかったのか、必要性を認めなかったのか、そこらに解説が欲しい。

アテネのような都市は、都市内部の人口が限られている。土地の広さに限界があり、もし陸軍を増強するなら海外の領地で食料や物資を確保し、兵士は給与で雇って訓練を重ね、スパルタを数の力で圧倒しないといけない。でも、その維持費は大変な負担になり、そのせいで増強に反対されたのかも知れない。

海軍の場合は、アテネの主力産業の海運、貿易産業にとって確実に必要だから、賛同が得られやすい。シチリアでの戦いで海軍の大半を失った後、直ぐに有志が船を再建したのは、自分達の利益に直結すると思ったからだろう。よって、海運国家アテネは海軍に偏った軍備がなされ、海戦の敗北によって一気に衰退する運命にあったとも考えられる。

つまり、有力者達の目前の利害が海軍偏重の流れを生み、弱点克服という戦略上の必要に反対される。もしアテネが民主制の政体でなかったら、反対が多かろうと必要性に鑑みて陸軍の増強がなされたかも知れないが、多数決で決めたら遠い将来の必要性は排除される。この当然の帰結にすぎなかっただけで、衆愚という表現は不正確なのかも知れない。

今日も似たようなものだろうと思う。劇場主自身も、自分の商売に関係ない分野のことは、ほとんど分からない。将来、想像していない要因によって家も土地も奪われることになるかも知れないが、その予防のために今、たとえば巨大シェルターが必要だと言われても、賛同はできないだろう。意義が分からないからだ。

目前の、直接的で分かりやすい情報に踊らされ、戦略的に正しい手を打てない、誤った選択に走ってしまう、そんな流れは、今日だって同じだ。おそらく、どこの国も直ぐに衆愚政に陥る危険はあるはず。

 

 

 

2017年1月24日

君の名は。(2016)

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- 2016 「君の名は。」制作委員会 -

夢の間に入れ替わった二人の高校生が、周囲を巻き込んで起こす奇跡の物語。劇場でやっと鑑賞。昨年夏に公開が始まり、もう2月が近づこうとしているのに、中はかなり混雑しており、隅っこのほうの席にやっと辷り込んだ次第。人気の凄さに驚いた。

よく出来た美しい作品だった。魅力を確かに感じた。

①魅力の第一は、その美しい画像にあると思った。景色の写真を処理してアニメ風にする技術が生きている。おそらく手作業ではなくソフトが中心になって処理して、最終的に人間が修正しているのでは?

今まで実写で使われていた手法、早回しの間に日が昇ったり沈んだりする、あの光景がアニメで表現され、しかもより美しくなっていたので、物語全体を美しくリアルにする効果があった。

②ただの入れ替わり物語に終わっていなかった点。そこも大事だった。「転校生」のような騒動だけでは、もはや今日、見向きもされないだろう。どんな物語を附加するかが大事だった。

③飛騨地方を舞台としたこと。神秘的な雰囲気に通じる、善き選択だった。もし、露骨に東北地方の漁村などに選定していたら、意味合いが大きく変わってしまう。悲劇がリアル過ぎると、観ていて辛くなってしまう。

④夢の内容を忘れてしまうという現象は、たいていの人間には経験があるはず。そこを、時空を越えた巡り逢いの話に連想させた点が、非常に分かりやすく表現できていた点。分かりやすく、しかも美しく表現するための手法が素晴らしかった。

⑤田舎の町長選挙、建設業者との癒着の問題や、独特の陰口などがリアルだった。リアルなドラマは、一見関係ないように見えて、主人公らの物語を切実にする効果がある。田舎出身で、しかも建設業界に関係があるらしい監督の実体験が生きているように想像した。

逆に、問題点も感じた。

映像面はともかく、ドラマ的な部分は、韓流ドラマと大差ない。アイディアは優れていても、細かい点の整合性、執拗なほどの理論的検討が足りていない。大ヒットはしても、青春ドラマの域は超えていないかも知れない。

冒頭の流星のシーンは不必要で、むしろ質を下げて逆効果だと感じた。一般の人には美しいスタートに見えたかも知れないが、やや浅はかな印象も受ける。ストーリーを想像させてしまう。夢の話からスタートすべきだった。

直ぐに違和感を感じたのは、もし今日の日本で大きな悲劇が起こっていたら、マスコミは繰り返し被災地を特集し、光景を写していたはずで、画を見れば誰だってそこが被災地だと気づくはずという点。地名も常識となって、記憶に残るだろう。ましてや現地の人が分からないはずはない。設定に無理があった。

無理が生じた理由は、おそらく東日本震災の悲劇を暗に示唆するために、意図的に題材から外したためだろう。震災は、うっすらと隠した、この作品の裏のテーマに違いない。悲劇を、どうにかして防ぎたかったという後悔、怒り、悲しみは、おそらく作品の根底に隠れたテーマだ。

劇場主は、やはり名もない漁村を舞台にすべきだったと思う。作品のヒットの邪魔になり、無用な批判の原因になったかも知れないが、追悼の意味で映画にできることが、そろそろ求められていると思う。この作品が、それになると良かった。

実写版がもしできるなら、今度こそ舞台は東北地方の田舎にして欲しい。

2016年11月28日

96時間/リベンジ(2012)

- 技術 -

2008年の映画、「96時間」は、スピーディーなアクション映画だった。その続編が作られたが、まあビデオで充分だろうと判断し、今回DVDで鑑賞。

アクション映画として、ちゃんとした一定のレベルに達していた。子供に進んで見せる作品ではないと思うが、ビール片手に楽しむ作品としては最適。恋人と観ても、別に悪い点はないように思った。

アクション映画では、超人的なヒーローがアクロバティックな活躍をする、CGや綿密なカーアクションなどで迫力とスリルを保ち、できればお色気たっぷりの女優が色を添える、それが基本。動きの遅い人間がのそのそ走っていても、観客受けは狙えない・・・・はずだった。

ところがリーアム・ニーソンのような年輩俳優が、立派にアクションを演じて何の問題もなく敵を倒し、別に大きな違和感もなく、映画として成立してしまっている。そこが、このシリーズの特徴。考えられない設定だったはずなのに・・・

昨今はアクションシーンの表現技術が非常に上がっている。体力のない俳優でも、組み手を打ち合わせてちゃんと戦っているように演出できる。スピードや音響効果などをフルに使えば、少女が殺し屋を次々と倒した「キック・アス」のような作品だって可能。だから、オジサン俳優だって、立派なアクションスターだ。

ストーリーも自然だった。アルバニア・マフィアの敵を倒したら、当然親戚連中が復讐にやってくるだろうという設定には無理がなく、この作品のリアリティにつながっていた。奇想天外な展開にすると、失敗した時が惨めになるから、大正解だった。

娘役はアクション映画が続く女優さんで、大変スタイルが良く、動きも軽快で、確かに良い配役だった。

奥さん役は、私の感覚では超能力をいつ発揮するか心配だったが、やはり杞憂に過ぎなかったようだ。

敵となるギャングに、もう少し迫力のある俳優が欲しかった。元締めである老ギャングは仕方ないとしても、前作の悪役より数段怖ろしい殺し屋がいないと、話が盛り上がらない。格闘技では主人公を軽く打ち負かすくらいの強さがないと、話の展開がつまらなくなると思う。

 

 

2016年7月10日

禁じられた遊び(1952)

Jeuxinterdits

- EU離脱 -

ドイツ軍の攻撃により孤児になった少女は、少年に連れられ農家で暮らすことになる。そこでお墓を作る遊びを覚えたが・・・・

・・・・ルネ・クレマン監督作品。DVDで鑑賞。画質や音質は良好で、おそらくリマスタリング処理されたものだろう。暗い部屋のシーンでも、よく写っていた。

もしかすると、実話からアイディアを得たのかも知れないと感じた。いかにも子供がやりそうな悪戯で、実際のところ、我が家の近所のお婆ちゃんが、子供の頃に墓石で遊んで墓を荒らし、それでもバチなど当たらず、長生きできたという話を聞いたことがある。おそらく、欧米の子供は十字架で遊ぶだろう。

遊ぶ子供達の境遇が問題になる。小説や映画の題材になるためには、時代を反映していないといけない。終戦後間もない時代だと、こんなストーリーが自然に出来上がってしまうだろう。今の時代はかなり状況が違う。シリア難民などが主人公になって、とても怖ろしいストーリー展開になりそうな気がする。

ドイツ軍が本当に避難者を襲ったりしたのだろうか?ドイツだって、戦略を無視した行動はできなかったろう。主に軍事拠点をたたいたはず。大事な橋を壊したり、工業拠点をたたいたりも、必要があればやったと思うが、避難民を攻撃しても、費用と時間の無駄だと分かっていたはずと思う。どこの国にも、非道な連中は多いはずだが、避難民への攻撃がどの程度あったことなのか、疑問には思った。

ヒロインの少女がとてつもなく可愛らしく、演技力も充分。実に自然な印象だった。彼女の可愛らしさと演技で、この作品の成功は決まったと思う。後年、「ニューシネマ・パラダイス」に出演した姿にはがっかりしてしまったが、小さい頃は本当に可憐そのもの。そして彼女以外にも、役者らしい役者が多数出ていた。

農家の父親役も面白い。大事なミサをほったらかしにしたまま、霊柩用の荷台を懸命に修理している姿がおかしい。セリフも表情も、農家の人間がしそうなリアリティが感じられた。

役者達の顔や周囲に、ハエが多数たかっていた。あれもリアリティを出すために、そこいら中にハエを放したか、役者に何か塗ったのだろう。田舎の住民を自然に描くために、できる工夫をちゃんとやっていたようだ。今なら、CGでもやれるだろうから、当時の役者のような臭い思いは必要ないだろうけど。

大戦中のフランスの雰囲気は、こんな風だったのだろうか?脱走兵がもしいたら、日本の農村なら大変な騒ぎになったはずだ。住民達も罪を問われかねないから、はやく密告しろ!と、いろんな家から警察に御注進が行くだろう。脱走兵をかくまうなど、ありえない。フランスには余裕があったということか?全体主義かどうかの違いか?

現地の感覚について言えば、欧州のことは日本人では分からない。基本的な資本の蓄積、保有する利権などが全く違うから、考えることも違うだろう。全体主義になる必要のないほど資産豊富な国は、国民を縛る必要がない。今のEUの問題も、よく分からない。イギリスは、なぜEUを離脱するのだろうか?

利権が多ければ、独自の方針でやっていけたほうが絶対に有利だと思う。大英帝国の遺産は大きいから、EUの側から指図されて何かを決定されると、損失があるのかも知れない。英連邦や東アジアとの関係のほうが大事なのか?守るものが多ければ、守れるように体制を維持し、余計な干渉は避けたい。

移民の管理に関しては、たしかに独立していたほうが良いかも知れない。域内の移動が自由のままだと、犯罪者やテロリスト達の行動を把握するのは難しい。国境の管理を破棄したために犯罪者の餌食になるという点で、現在のEUの方針が域内を危険にさらしているのも事実と言えるだろう。EUの方針を変えられないなら、いっそ離脱するのが安全、そう感じても不思議ではない。

安全は大事だ。うかうかしていると、いかに優秀な英国情報部でも管理できないほど、過激派が浸透してくるかも知れない。経済的な有利を差し置いても、テロを避ける意味はある。

しかし、離脱の方向は、将来に大きな遺恨を残す気がする。英国の政策は日本より伝統的に優れているが、間違いがなかったわけじゃない。中東問題を複雑化したのは英国だし、ブロック経済を作って大戦を招いたのも英国だ。今後の分離、隔離、民族対立、地域対立の方向性に傾いていかないか心配だ。そして思わぬ形で、世界中に対立の火種が拡散しないか、悪い予感がはたらく。

禁じられた遊びのような世界が、またどこかで発生しないと良いけど・・・

 

 

 

2016年4月 3日

キングズマン(2014)

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- 良い悪役 -

独自の方針でスパイ活動をするキングズマンの候補になった青年。腕利きの指導役とともに、富豪の暗躍と対決することになるが・・・・

・・・・DVDで鑑賞。007を初めとしたスパイ映画やミュージカル映画まで広くオマージュの対象としていたようだ。ユーモアに満ちた作品だが、それでいてちゃんとスパイ映画として成り立たせた、なかなか面白い作品だった。設定や小道具、ストーリーが素晴らしかった。

おそらく、この作品は子供にも受けるだろうと思うが、最後のほうで多少の問題シーンがないでもない。お笑いで済みそうだとは思うけど。

恋人と観る作品としては、スリルもあるし笑いもあり、好ましいと思う。イギリス紳士の気取った態度を皮肉っている面もあるはずなので、その感覚をつかめた人には爆笑ものだろう。

主役は一応若い俳優だったが、話の中心はコリン・ファースで、対抗する富豪役のサミュエル・L・ジャクソンと演技や存在感の上で張り合っていた印象。好敵手がいたことが作品の魅力につながっていたと思う。彼らが個性的な存在を演じて目立つことで、若者の存在感にも良い影響が生じたと思う。

元々はコミック本が原作らしい。言われてみれば漫画チックな作品のようにも思えるが、映画専用のストーリーとしても充分に成立してる。

富豪が、ちょうど本当のIT企業のGMのようにプレゼンするシーンが笑える。もし設定のような企みをした場合は、確かに企業のGMがステージに立って解説するかもしれない。もちろん利益のことを考えると、無茶な企画なんだろうが、その矛盾がおかしい。

悪役のキャラクター設定は映画の出来映えに直結する問題。今回はなかなか良い設定だった。血が嫌いというのは大事だろう。彼が自分で血なまぐさい仕事をしていると、観客に嫌悪感を抱かれてしまう。殺しは他の連中にやらせたほうが良い。

そして企業のオーナーらしく、宣伝で目立つことを述べて拍手喝采を浴びることも必要。悪役は目立ったほうが良いし、笑顔も必要。

 

2015年4月 4日

君よ憤怒の河を渡れ(1976)

Daie

- 熊も味方 -

検事の主人公は、仕事中に逮捕される。ワナにはまったようだ。逃亡した主人公は、警察の追及をかわしながら自分をはめた敵を捜査し、やがて黒幕にたどりつくのであったのじゃあ・・・

・・・DVDで鑑賞。この作品は中国では8億人が鑑賞したという噂の、超ヒット作品。当時の中国には外国映画がなかったことも理由だろうが、この作品でそんなに感動するのかねと、正直意外な印象。テレビの刑事もののほうがマシだったかも。

よくできた話ではあった。主人公が謎を解いていく流れは自然で、納得できるものだったし、主人公を助ける周囲の人たちも魅力的だった。敵のはずの刑事も格好良く、真の敵はあくまで憎々しげで、役割分担が明確。皆が良い仕事をしていた。

出来すぎた面も多かった。熊さんが主人公に都合よく出現してくれていた。ヒロインとめぐり合うために、熊と対峙するのは良いシチュエーション。しかも、主人公が逆襲されて意識を失うのも好都合。また、逮捕された主人公が逃げ出すきっかけにも役立っていて、あの熊公は高倉健のファンではないかと想像。きっとそうだ。

検事のくせに、この主人公は体力が素晴らしく、複数の刑事が追いかけても銃撃しても逃げ切れている。おそらく、司法試験はカンニングか何かで運よく合格しただけで、普段は充分に運動していたのではないかと思う。検察庁で見かける検事さんたちは、どなたも運動不足でストレス過剰、血圧が高い。仕事のし過ぎで顔色も悪い。この検事は特別な存在で、仕事してなかったのでは?

そもそも検事が主人公というのは、話としておかしかった。検事は捜査が終わってから出てくるもの。ある程度、結論が出た段階だから、既に犯行はおよそ周知していることが多いと思う。刑事のほうが良かったのでは?

高倉健の演技は、その後の渋い路線とは違って、やや味気ない印象も受けた。完全にテレビドラマ向けのアクションヒーローであり、後年のような影のある人物ではない。だが、中国の人たちには格好良い勧善懲悪の大ヒーローに写ったのだろう。後年の方だけが良いとも言い切れない。

最後には勧善懲悪のリンチシーンがあった。よく問題にならなかったものだと思う。あれはいかんでしょう・・・あのシーンは、おそらく学生運動に敗れた元闘士の恨みがこもっていたに違いない。文化大革命に通じるノリだ。悪徳権力と戦うために、無法な行為もためらわない、過激派的なセンスが感じられた。

中野良子がヒロイン役。中野良子は不思議な女優で、見ようによっては美人とは言えないようにも思うのだが、声や表情が色っぽくて好感を持ってしまう。筆者は子供の頃から、子供なりにだが、彼女のお色気に悩殺されていた。筆者だけじゃないと思う。子供でも色気は分かるものだ。

超美形でなくても色気のある女性がいるが、あれは何から発生しているのだろうか?声の要素は大きいと思う。少し低めだったり、ハスキー。あとは身のこなし。柔らかさを感じさせると色っぽい。体型は細いか太い、どちらもありうるようだ。フェロモンの名残りのような匂いもあるかも。

中野の場合、演技以前の魅力が感じられる。この頃はテレビで見かけることは少ないが、たしかに独特の風貌で、そう言えば中国の奥地の少数民族にも見かけそうな顔立ち。ただし馬を走らせて主人公を救うなんて、目立ってしまって本当なら大変だったろう。しかもアスファルトの上の馬は走りにくいのではと、要らぬ心配。ドラマのための設定で、現実感は完全に失っていた。今日の感覚で言えば笑ってしまうだけのシーンだったが、あれは中国の人には「なんて勇敢な女だ!」と、賞賛される結果と相成ったのだろう。

刑事役の原田芳雄は、声といい風貌といい、松田優作そっくり。本当は原田のほうがオリジナルなんだろうが、それにしても格好付け過ぎている。あんな刑事いるはずがない。今日だと警察内部からも一般市民からも批判されて、倉庫担当か何かに押し込められてしまうだろう。もう少し現実的なキャラクターのほうが良かったと思う。

熊や馬まで味方につける主人公に呆れないなら、この作品は娯楽作品として今でも鑑賞可能かも知れない。子供にはどうかなと思うけど、恋人と笑いながら観る映画としては結構いい線いっている。

 

 

 

2015年1月 4日

キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー(2014)

Dhizney

- アンチのアンチ -

冷凍から目覚めたヒーローが、ブラック・ウィドウとともに秘密諜報機関で働く。しかし自分達の行動が、全て謎の組織に操られていることに気づく・・・

・・・筆者がこの作品を観たのは、けっしてスカーレット・ヨハンソンのお尻を鑑賞したかったからではない。そこを強調しておく。そして、お尻が登場するシーンは意外に少なくてがっかりしたりしたこともない、まったく気にしていなかったと断わっておく。

ヨハンソン嬢はグラマー過ぎて肥満体に近いし、体格的にもアクションが得意な女優ではない。この作品などで見せるアクションの多くはスタントや、CGの助けを借りているはず。ただ美しい見た目だけを期待されてキャスティングされたはずだから、色気のシーンも大事と思う。

とにかく、この作品は良くできていた。そもそもキャプテン・アメリカは、他のヒーロー達に比べたら、能力的に限界がある。空を飛べないし、ミサイルを発射したりもできない。だから、スーパーヒーローとしての魅力に欠けるのは確か。そこを盛り立ててヒット作にできたということは、何かが良かったはず。だから、この作品の作り方はきっと優れている。

おそらくアニメなどでの企画は昔からあったはずだが、CG技術の進歩と、他のアニメの昨今のヒットぶりを見て製作者達が良い印象を持ったことが大きいだろう。

この作品は子供も大人も、恋人も友人も、たいていは喜んでくれるはず。完成度の高い娯楽作品の見本のような映画と思う。本当に優れた企画。ただのアイディア勝負でない、作り手の総合的実力を感じる。

良かった点①・・・強力なライバルが登場していた。腕力や動きに関しては互角以上だった。やはり、戦いは好敵手がいないとダメだ。

良かった点②・・・プロットがかなり複雑だった。徐々に敵の正体、規模のほどが分かってくる。味方が劣勢であったことに気づいた頃には既に厳しい状況に陥っているという、常道の流れがあった。

良かった点③・・・CGが素晴らしい。円盤を投げたり、また受け取ったり、飛んだり跳ねたりのアクロバティックな動きが非常に緻密に作られていた。力感をリアルに表現していたと思う。

良かった点④・・・勝負が二転三転する流れがしっかりできていた。敵が優勢になって、味方がやられる寸前、必ずのように秘密兵器などで逃げるという漫画的な展開は、適度にやればリズムを作って、次の展開につなげる効果がある。戦いっぱなしではない。ちゃんと時間を測って、盛り上がりのタイミングが正確に作られていた。

キャプテン・アメリカの個性、演じていた役者には特に強い魅力は感じなかった。でも、それが普通ではないか?筆者に限らず、普通はよりヒネたアンチ気味のヒーローのほうが見ていて楽しい。無茶をやらかしたり失敗することに共感する。真面目すぎる主人公は、このシリーズ以外ではあまり受けない。アンチヒーローばかりに慣れてしまったので、まともなヒーローが逆にアンチになってしまったようだ。

ボスに相当するフューリー長官は、本来なら死んでいないとおかしい。だが、彼の個性は魅力的だから、今後も大事な役だ。死なせるわけにはいかなかった。たぶん、出演料もサミュエル・ジャクソンのほうが高いのではないかと思ったが、実際は知らない。存在感や重要性から考えると、ずっと上だと思う。

驚いたことにロバート・レッドフォード氏が出演していた。実年齢が77~78歳らしいので、どう考えても諜報機関に現職で君臨しているのは無茶だと思う。FBIのフーバー長官のように、政治力でもって長期間居座る例はアメリカの場合は確かに多いだろうが、80歳近くはあんまりと思う。もう少し血気盛んな印象のある俳優のほうが良くなかったか?

 

 

2014年8月17日

清須会議(2013)

- 逆転不足 -

本能寺の変の後、清洲城に集まった家臣たちが勢力を争って陰謀をめぐらすが、肝心の柴田勝家は恋に夢中といった話。DVDで鑑賞。

あまりおかしい話とは思えなかった。いつもの三谷調とは勝手が違っていたのか?

三谷監督の映画は、どれも舞台劇の雰囲気が出ていて好きだが、この作品は扱ったのが有名な会議で、本当は全く笑えない陰謀と裏切りの話なんで、そもそも舞台設定として良くないと思った。基本的に観客が爆笑できるためには、血なまぐさい話からは離れるべき。

脚本が出来た時点や、原案を映画会社に持って行った時点で、この企画がどうなりそうか、たぶん誰にも分かっていたのではないかと思う。どうして話を進めたのだろうか?少なくとも我が家の子供達に、この作品を勧めたくはない。恋人と観る映画とも思えない。友人にも勧めがたい。どんな笑い方をしたら良いのか迷ってしまうような作品なのだ。むしろ架空の城の勢力争いのような話のほうが絶対に良かったと思う。

同じ設定でもいい。どこかの国の城主が急死して、跡目をどうするか会議を開くとする。お色気で自分を売り込もうとする女性達の争いと、裏切りや陰謀でごちゃごちゃになる家臣たちの動向が、逆転に次ぐ逆転で、そのたびに人々が右往左往する様子を描いた方が絶対におかしい。清須より、自由に設定できる会議の方が良い題材だろう。

二転三転の形勢逆転は、この種の話には必須と思う。だから、秀吉が何か策を講じて、事前に家臣たちに金をばら撒いていたことが分かり、勝家側は急遽、主要なメンバーに数を減らすことを提案し、これに対して秀吉は裏をかいて・・・といった、明快かつ姑息な手段での逆転が必要だったと思う。

黒田官兵衛さえ裏切って、勝家側に通じてしまう・・・そんな自由なやり取りもあったほうが良い。史実から離れてしまっても、喜劇なんだから構わないと思う。当然、主人公は負けた武将のほうで、しっかり正攻法で対策を練って会議に望んだのに、相手側が奇想天外、常識外れの方法で形勢を逆転し、こちらも過剰に反応して裏をかこうとするが・・・と、延々繰り返すとおかしい。

宴会の面白さが勝負になるのもどうだろうか?家臣を味方につけるため、楽しくおかしい宴会を互いに競うといった話なら、無茶をするのが自然な流れになり、作品も無茶でハレンチ、教育上最悪の凄い映画になる。

観客を驚かせたければ、ミュージカル仕立にしてしまう手もあったと思う。西洋風の音楽は妙だろうが、両陣営とも宴会で接待をやらかし、バカな芸を見せて踊り明かす戦いはどうだろうか?宴会芸の凄さで勝敗を決しようという無茶な話は、結構シュールな展開になるけど・・・無骨な武将達がダンスをすれば、普通はおかしくなるだろう。それくらいしないと、この企画では興味をつなぐのは難しい。

面白いシーンもあった。主演の大泉が相手の反応にコケル場面は概ねおかしい。漫才番組のコントのレベルとしては上質。下品でない。だが、あくまで爆笑ものではない。テレビや舞台のコントと映画のコントは、声の使い方や動作の早さといった約束事が違うと思う。テレビで大人気のコメディアンだから映画でも全て問題ないとは言えない。妻夫木聡が演じたバカな侍の言動も面白くはあったが、爆笑できるだろうか?

誰か、とことん酷い目に合う役が必要だった。皆に疎まれ、無視され殴られ、怪我をするような惨めな立場の人間が必要。何か中途半端に真面目なキャラクターばかりだったように思う。

お市の方のキャラクターも違和感を覚えた。実際にお市の方が秀吉をどう思っていたのか知らないが、手なずけようと画策する方が自然だし、浅ましいほうが映画の人物としては魅力的であろう。秀吉を毛嫌いさせても、何も良いことはない。

寧々婦人のキャラクターも不可解。良い女房だけでは、深みが足りないと考えるのが普通ではないか?裏で彼女なりに何かのあくどい行為をさせないと、物語にならない。ただの田舎の奥さんとして描くなら、もっと徹底的に何もかも勘違いした場違いな女として描くべきだった。実は裏で敵方の武将全員と寝ていて、全ての流れを股間で作っていた・・・なんて怖い話でも良かったように思う。それくらいの逆転劇が必要。

 

 

 

2014年3月11日

きっと、うまくいく(2009)

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- 起承転結 -

工科大学に入学した学生たち。学長と対立しながらも、厚い友情に支えられ卒業。しかし、その後はバラバラに。ある日、行方不明の仲間の居場所が判明する・・・

・・・インド版の青春映画。しばらく熊本市の電気館で上映されていたが、いつものように妙な時間帯にしか設定されていないので、仕事のある人間は絶対に観れない。したがってビデオ化を待ってやっと鑑賞。

後味のよい作品だと思った。おそらく子供が観ても悪くない映画だろうと思うのだが、分別のつかない子の場合は危険なイタズラを真似て死人を出すかもしれないので、用心は要る。恋人と観る映画としては、結構独特な味があって好き嫌いは分かれるだろうが、悪くないのでは?

演じていた役者達は、私の目には素人同然のようにも思えた。演技が派手だから、本職と素人の区別がつかない。ミュージカルシーンは、「踊るマハラジャ」よりは上手い気がしたが、やはりハリウッド映画には敵わない。でも、嫌悪感は全く感じない。インド流でいいと思う。

アイディアが散りばめられた感じがした。「うまーくいーく。」という発音は、田舎風の英語だからだろうと思うが、実際にスタッフの誰かの村で使われていたのではないだろうか?映画用に作った話ではないような気がした。

イタズラ話は、なぜか楽しい。若者がバカをするシーンも、かってのバカ騒ぎを思い出すからか、悪趣味でないなら悪い気はしない。ミュージックビデオ風のミュージカルシーンが話の流れに合わせて使われると、ただのドラマより楽しくなる。そんなインド流は品がないと言えばそうだが、田舎趣味の私には合っている。

現在の進行と、過去の若い頃のエピソードの組み合わせに関しては申し分のない。やり過ぎて解りにくくなるような愚を犯していない。年齢に合うメーキャップも実によくできていた。

なかなかの大作で、途中でインターバルがあったのには驚いた。テーマやストーリーは映画らしいもので、非常にストレートな表現に感心する。今の日本では絶対にできない演出。やったら笑われてしまい、究極の駄作のような評価を受けるだろう。でもインド流に考えれば、最高の評価につながる。

そのへんが、やはり勢いの違いだろうか?高度成長時代の日本映画を時々観るのだが、品が良いかどうか解らない演出でもって突っ走る勢いを感じる。客観的に観たらおかしいかな?といった雰囲気があっても、量産、スピード、ノリのよさ優先で作ると、こんな雰囲気になるのかも。

演技のテンポは、韓国ドラマと同じように感じた。韓国ドラマも表現が熱いので、くさい芝居に笑ってしまうことがあるが、全く同じような話しっぷりに驚いてしまう。観ている観客も、両国とも同じような勢いがあるからだろうか?

日本でも、このような作品をもう一度作るべきと思う。もっと洗練された演出のほうが良いだろうけど、テーマに関してはそのままで良いし、ストーリーも少しいじるだけで通用すると思う。今の映画の多くはCGや際どさに偏ってしまって、青春映画が持っていた本来の魅力を失っているように思う。いま一度考えて欲しい。

ストーリーが基本に忠実だと思った。次々と難題が降りかかり、それを工夫と協力によって解決。なぐさめたり、バカをやったりして連帯感が育ち、やがて成功につながる・・・そんなサクセスストーリーの典型を堂々と展開しているのだから、ひねた味付けなどは必要ない。

テーマは友情が中心だが、恋愛、親子の断絶と愛情、学歴社会への批判、大学のあり方など、真面目な問題もちゃんと描いており、それなりのメッセージ性もあった。

欠点を挙げると、キリがないほどありそうだ。望むらくは、もう少し悲劇があって、例えば飛び降りた学生には後遺症が残って、今も松葉杖は必要、だけど恋人とは良い関係など、ささやかさが欲しい。あんまりハッピー過ぎると、やはり現実離れしてしまうから、多少は抑制も必要だろうかと、ちょっと思った。

起承転結をはっきりさせるためには、物悲しいエピソードがあり、それが深刻で長期間にわたることが必要。ハリウッド映画では、必ずのように主人公が困った状態が続く。でも、そこから奇跡の逆転、もしくは心に残る小さな幸せがラストに設定されるのが常。そんな王道を無視できるのが凄い。

しんみりしすぎると楽しくない。嫌味な同級生が出世競争で勝つことが悲劇なら、少々変則的だが、起承転結の‘転’の一種と言えるかも。もしくは考え方として、高級なドラマは他の国に作らせればいい。インド映画は、娯楽の道をひた走るべく、何でもハッピーな展開に持っていくべきかも。

エンジニアについて・・・・

・・・・インド人にとってエンジニアへの憧れは相当なものらしい。工学博士や工学の専門家、研究者といった意味合いのようで、日本の工学部を卒業する学生とはイメージ的に違っているようだ。

日本の場合、仮に東大の工学部を卒業しても、大学院か企業の研究開発室に入らないと普通の会社員ではないか?収入も、豪邸住まいを期待できるほどとは思えない。慎ましい学者生活で満足する方も多いと思う。

インドでは、凄い高給で優秀な学生を集め、優れた製品を作って売ろうという明確な機構があるのだろう。豊かになるための激しい競争が発生し、脱落者は自殺するような流れもあるのかもしれない。競争は日本にもあるが、日本では医学部や法学部のほうに人気が集まっている印象が強い。エンジニアに偏るのも変だとは思うけど、法学部が成長分野につながるのか?

アメリカの大学では、教授の多くをインド系が占めつつあるらしい。激しい競争意識があれば、当然そうなるのだろう。英語圏だから日本人より有利だし、独特の算数教育も功をなしたようだ。日本も教育方法を変えれば、また向上もあるかも。

私が若者なら、インドに行くチャンスも考えないといけないだろう。インドに投資するのは、日本企業にとっては確実な発展の路線。国の経済規模が大きくなると思えるし、中国とは関係が異なる。当面は買いの状況が続きそうで、日本の企業にも収益をもたらすだろう。

一般の庶民には、あんまり影響はないかもしれない。製造業、開発分野に優秀な人間が集まらなければ、国家間の競争に負けてしまう。一部の企業を除き、地盤沈下のように国力が落ちる運命は覚悟しないといけない。

 

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