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カテゴリー「え」の44件の記事

2018年5月13日

エルELLE(2016)

Elle

- SBS etc. -

 

主人公は、暴漢にレイプされる。会社では彼女に反感を抱く社員が不穏な言動をとる。犯人は社員か?真犯人を探しつつ、彼女は事業を進めて行くが・・・

 

DVDで鑑賞。サスペンスではあったが、単純な勧善懲悪の物語にはない、独特の怖さを持つヒロイン像が素晴らしい、異様な雰囲気の作品だった。誰が犯人か?という謎解きと、主人公自身が清廉潔白な人間ではなく、闇の部分を抱え、不倫もやらかす問題児、しかも家族に様々な問題があるという設定が実に素晴らしかった。不気味なリアルさを出すことに成功していた。監督は?と見たら、なあんだポール・バーホーベン氏ではないか!後で知って納得がいった次第。確かにバーホーベン監督に向いた作品で、十分に力を発揮していたと感じる。 

 

可哀そうなヒロインが復讐を果たす作品ではない。そこが良い着眼点だったと思うが、見方を変えれば、性虐待に遭った女性たちが、まるで全員鬼のような人間であるかのごとき誤解を招きかねない点もある。被害者は被害者であるから、手放しで喝采を送るには問題も多い。 

 

映画でレイプを扱うのは難しい。一方的に悲劇のヒロインとして扱うと、観客には受けない。それでは別な手法をと狙うと、こんどは激しく残虐な方法でレイプ犯に復讐する恐ろしいヒロイン像が必要になり、それは表現を変えた蔑視か、あるいは怪物のような人物像を描くことになる。怒りを表現すると言動も激しくなるから、自然とそうなっていたのだろう。でも被害者は怪物ではない。 

 

今作では、残虐な事件の後遺症を持つ独特のヒロイン像を考え出した点が優れていた。ヒロインが単純なヒロインにならないで済んだ。 個人的には、もう少し肉感的で若いヒロインのほうが良くなかったか?という印象も受けたが、主役のイザベル・ユペールは素晴らしい演技を見せていた。

 

4月は国会が長く空転していた。その原因のひとつが、財務省の次官だった福田氏が記者にセクハラ言動をとっていた疑惑だった。麻生財務大臣や、財務省の役人の対応も酷く、事態を飲み込めていないのが明らかで、情けない思いをした。彼らが人間性に欠けることは明白で、職務を続ける資格のない人間だとはっきり分かった。

 

ただし、事実の確認は、録音の内容だけでは難しい。録音は参考資料にはなるが、合成ができないわけではない。客観的に証明することが必要だが、それが難しい。 財務省の圧力がかからない機関で、事実かどうかの判断をすることが望ましい。でも残念だが、財務省の影響を受けるであろう捜査司法機関の手を経ないと結審が得られない。 それを考えると、公表するだけ、雑誌に暴露するだけという選択は現実的だったのかもしれない。本当は福田氏に対する完全な濡れぎぬかもしれないという問題はあるが、相手が次官の場合は仕方ないのかも知れない。

 

次官になるような人間は、日頃から自制しておくべきだ。国家機関の重要人物は、普通の人間ではない。強い権力を持つ存在で、同時に外部の人間から狙われる存在でもある。 言動を利用して情報を得ようとする国内外の敵は必ずいると考えなければいけない。 セクハラをネタに強請られたら、どうする積もりだったのか? 

 

外部の人間に対してユーモアは必要ない。常に防御し、戦う必要があり、馴れ合いは許されない。笑いは親しい友人だけに対して許されるものだ。セクハラ気味の言動など、話にならない。気が緩んでいたのか、もともと成績優秀なだけの、心構えのない低レベルの人間だったと言われても仕方がない。  

 

 

 

2018年4月28日

エブリシング(2017)

Everythingeverything

 

- Warner Bros. - 

 

免疫不全の少女は、18年間自宅にこもって生活してきた。ある日、隣に同世代の若者が引っ越ししてきて、少女は大きく運命が変わることになる・・・・ 

 

DVDで鑑賞。久しぶりに観た純愛系の青春映画だった。原作があるそうで、それを気に入った女性監督、女性プロデューサーが中心となって作った作品のようだ。ヒロインはアマンドラ・ステンバーグ。「コロンビアーナ」で可愛らしい子役を演じていた女優だ。今作の演技が特別上手かったようには感じなかったが、素人くさい雰囲気には好感を持った。妙に派手な演技をするより、ティーンエイジャーらしい初々しい印象を優先したほうが良かったと思うので、悪い演技ではなかったのでは? 

 

いっぽうの相手役は覚えていなかったが、「ジュラシック・ワールド」の少年役らしい。こちらは主人公を食わないように適切な態度で、かつ魅力的な青年を演じきっていた。テレビでは有名な俳優らしい。

 

青春映画は作られ続けているはずだが、最近は記憶に残る作品に出合っていなかった。自分の年齢が上がって興味を失っていることが理由ではないかと思う。純愛系作品に、どんなものがあるのだろうか? 「君の名は」は純愛映画だったかも知れない。愛憎渦巻く話ではなかったし、スペクタクルがあるとしても中心は若い男女ふたりが話の中心だったから。でも設定はSFであり、アニメでもあり、昔よく見た純愛映画とは趣が違っていた。純愛だけでは受けないだろう。 

 

この作品も途中から話が変化し、純愛だけなのか分からなくなっていた。良い展開だったのか、はっきりしない。でも韓流ドラマのような展開では飽きる。純愛以外の、思いもよらない設定が今は要求されるのだろう。

 

ヒロインの病気の診断に関しては、ちょっとした書類上のミス、検査方法の限界か勘違いによって誤診されたという設定のほうが良かったようにも思えた。免疫不全の患者を診たことがあるが、検査結果で何かが足りないと分かるまで、えらく時間がかかってしまった。普通測らない免疫系のタンパクは、検査会社に送って結果が出るのが遅い。その間に患者は死んでしまう。あの結果が誰かと間違っていたら?検査キットに不具合があったら・・・と、考えると怖ろしい。診断は簡単ではなく、臨床診断に頼らざるを得ない場合もありうる。当然ながら、誤診もある。   

その場合は「免疫不全の疑いが濃厚なのよ!それを連れ出すなんて、なんて無責任な!」というセリフが当然になって来る。それを設定に使うべきだったのでは?つまり、主人公と接触を試みた若者は訴訟を起こされそうになり、批判の嵐の中、恋愛が不可能な状況になる。しかしそれでも無理して、結局殺してしまいなした・・・といった流れが自然。普通なら病気と思えるヒロインを連れ出すようなアホウは、刑務所に入れて世間から隔離しておくほうが良いくらいだ。

 

 

 

2018年3月23日

エイリアン・コヴェナント(2017)

Alian_covenant

- 20C.fox -

 

移住先を探す宇宙船は、謎の惑星からの通信をキャッチする。有望な移住先として、その惑星によったクルーだったが・・・

 

DVDで鑑賞。コヴェナントとは契約のことだそうだが、この場合は約束の地を連想させ、移住先としての新しい土地に向かうことを意味していたように思う。

 

もう、このシリーズを劇場で観ることはないだろうと考えた。第一作は素晴らしかった。気味の悪い造形美、薄暗く強大な空間で遭遇する恐ろしい敵にはビビりながらも、十分な満足感が得られた。この作品は、前回の戦いで人類を攻撃しようとしていた連中に、女性博士とアンドロイド君が戦いを挑む話が伏線になっていた。戦いに向けて出発した船は、その後どうなったのだろうか?その答えが今回明かされ、しかも今後はまた地球に危機が迫るだろうということが提示されている。

 

主役はアンドロイドを演じたマイケル・ファスベンダーであった。そのキャラクター、狙いに関しては多少の疑問を感じた。アンドロイドが同じ顔をしている必要はなく、違う性質と違う体を持っていたほうが分かりやすい。同じ顔が出てくると、後の流れには好都合だが、先が読めてしまうのも確か。この点は浅はかだったと思う。

 

人類側では女性クルーが大事な役割を果たしていたが、アンドロイド君のほうが立場が上だったようだ。他の役者たちも、もちろんエイリアンにやられても良いのだが、それなりに工夫して十分に戦い、一瞬の勝利を喜び、満足感を感じるように描いてほしかった。一方的ではいけない。

 

宇宙船内部の様子は無重力じゃないので、同様の作品「ライフ」には及ばなかったと思う。ドラマも戦いも第一級品とは言い難いレベルだったと思う。もう発想を変えて、宇宙船内では戦わないくらいに決めたほうが良くないかと思う。重力がないのは不自然で、少し興ざめしてしまう。

 

それに、本当に戦ってはいけないのかも知れない。戦いにならないくらいに敵が素早く、狡猾で、残忍なら良いのであって、姿をさらけ出さないようにしないと、恐怖の盛り上がりに関して損をしてしまうと思う。戦えなくて恐怖にあえぐほうが、このシリーズの魅力なのでは?

 

エイリアンの能力に関しては、随分と工夫をしてあった。胞子のような物が生き物に侵入してくるというのは最高に恐ろしい。でも、誕生した生物が星で暮らしていたアンドロイド君にも、少なくとも肉体的な攻撃くらいはやっていないとおかしい。元々のアンドロイド君だけを認識できる要素が、上手く解説されていただろうか?生物と心を交わす話は、少し無理があった。そのような点も、話がややレベルダウンしてしまう要因になっていたかもしれないと感じた。

 

シリーズはまだ続くのだろうか?今後スコットフィルムが関わろうとも、特に観たいとは思えなくなってしまった。既にシリーズは竜頭蛇尾になったと思える。

 

 

2017年12月19日

エクスポーズ 暗闇の迷宮(2016)

Daughter_of_god

Fortitude Int.etc - 

 

相棒を殺された刑事が捜査を進めるが、事件の捜査自体が打ち切りの方向に進む。残る重要参考人は、美しい婦人だったが、彼女は神の娘では?・・・という話。DVDで鑑賞。

 

この作品は、あまり人気がなかったようだ。公開されたという噂も聞かず、DVDの新作コーナーにあった時も気づかなかった。ちょうど衛星放送で久しぶりにマトリックスをやっていたのと、7日間レンタル可能な作品を探していてキアヌ・リーブスの顔が目に入ったので、半分は仕方なく借りた次第。

 

人気がないのもうなづけるような内容だった。謎を解いていく展開が遅すぎて、ミステリーを盛り上げるよりも、退屈させてしまうようなテンポになっていた。さらに、美人の奥さんと主人公がとうとう話すことさえもないので、対決、あるいは恋愛感情の発生など、せっかくの盛り上がり要素を破棄してしまったかのような流れになっている。これは企画の段階で失敗したと言えるのではないか?途中の段階で、ヒロイン達はなんらかの接触が必要だったと思う。

 

途中でギャング同士のやり取りがあって、そこは感性の鋭さを感じた。セリフの言い方や、役者たちの表情がかなりリアルに表現されていると感じた。ギャング役は、もしかすると他の作品のギャング役で有名な役者たちかも知れない。慣れた感じがした。ヤクザ映画を参考にしたかのような抗争劇、殺しのシーンもあって、犯罪映画としてはそこそこのレベルではなかったろうか?

 

心理劇か?あるいはSF?もしくは犯罪映画、サイコ映画?それらの要素を兼ねようという狙いのようなものは感じた。ちょっとした演出の妙によって、もっと上手く盛り上げることは可能だったような気もする。惜しい企画だったのかも。色気の面に関しては明らかに落第レベルだった。さすがのキアヌ・リーブスも、齢を重ねて少しくたびれた印象もある。キャラクターとして、もっと野心を持つ刑事が描かれていたら、話は面白くなっていたかも知れないが、今回の刑事役はかなりダメ人間だったので、観客の支持を得るのは難しかったかも知れない。

 

ヒロイン役は大変な美人で、ラテン系の女優アナ・デ・アルマス嬢だった。モデルのミランダ・カー嬢のように可愛らしい顔で、笑顔が魅力的。「ブレードランナー2049」に出演したらしいから、もう既に新たなスターになったのかもしれない。でも、今回のヒロインは影を持つ女の雰囲気が出たほうが良いので、笑顔が可愛いアナ嬢を選んだのは、本来ならあまり良いキャスティングではなかったのかもしれない。

 

 

2017年8月24日

エル・ドラド(1966)

Paramount

- Paramount -

衛星放送で鑑賞。ジョン・ウェイン主演の活劇映画。ストーリーはかなり複雑だったが、演技は古典的な型にはまった感じで、日本の時代劇を見るような安心感が感じられた。

変わった流れだと感じた点は、複雑すぎる展開。ジョン・ウェインが演じた主人公は勇敢であり、大活躍もするが、途中で待ち伏せを喰らって銃撃されてしまい、最後まで敵を倒しまくるほどの活躍はできていない。仲間の力を借りて、やっと戦ったという具合だ。リアルな路線と言えば、そうかも知れない。

単純なヒーロー映画では受けないという認識があって、ストーリーを複雑に、主人公にも弱さが少しあるべきという設定になったのかも知れない。あるいは、弱点が生じたことで勝負が不利になり、緊迫感が増すという計算が働いたのかも知れない。

他の中心人物も、その傾向はあった。投げナイフは得意だが銃は苦手という若い仲間。アル中になっている友人の保安官もそうだったし、特に保安官は直ぐに撃たれて足を引きずっていたから、本当は敵側のほうが勝たないとおかしい気もする。

孤高のガンマンが荒野で戦う叙情性は感じられなかった。女の友人はいたが、かってのように寂しく耐える女性ではなく、さっさと愛想をつかして去って行く怖い女で、より乾いた人間像になっていた。60年代は、もう叙情性が通用しない時代だったのか?

こんな作品、はたして興業的に成功したのだろうか?観客が喜びそうな特徴に満ちているとは思えなかったが・・・

やはり、古めかしいスタイルと言われようと、ヒーローは最後まで敵を倒しまくり、敵は途中では優勢でも最後には主人公にやられて、美女が主人公に抱きつき、万事がめでたしとなるほうが、後味が良いのではないか?

この作品、画質や音質は非常に優れていたので、古い作品だが鑑賞に耐えうると思う。ただし、今の若い観客に受けるような気はしない。凄いアクションがあるわけではないし、ジョン・ウェインの個性は、やはり今風ではない。米国南部の田舎のほうなら今でも一定の評価、安心感のような好印象を得ることもあるかも知れないが、都会では無理ではないか?

日本人には、さらに魅力が分かりにくいと思う。待ち伏せられてライフルで撃たれたら、そこで主人公は終わりの可能性が高いし、そもそも待ち伏せは卑怯な手段には違いなく、戦い方として恰好良いものでもない。その感覚の違いも、結構大きいように思う。

 

 

2017年5月17日

エクス・マキナ(2015)

Ex_machina

FIlm4 Universal etc

- 恐怖 -

人工知能開発の仕事に主人公は抜擢される。AIと面接して、人間性を確認する日々。しかし、主人公は騙されていたのだった・・・・

・・・・アカデミー賞の視覚効果賞をとった作品。DVDで鑑賞。静かな作品で、映像は非常に美しかった。アレックス・ガーランドという方が脚本、監督を担当していた。

エクス・マキナはラテン語らしい。この作品では、おそらくヒロインが機械仕掛けの束縛から脱することと、どんでん返しをかけたたような意味合いらしい。

似たような話は過去にもあったと思う。人間とコンピューターとの差がはっきりしなくなった時に、どんなドラマが起こるのだろうかという疑問は自然と起こるもののようだ。そこから様々なアイディアが生まれてきた。

「A.I.」は印象深い作品。母親から森の中で捨てられる悲しい場面があった。人間の子供を捨てるのと同じだから、涙なしでは観れないシーン。この作品は、あのような悲しさ、ドラマを重視していない。もっとサスペンスに重点を置いており、誰がどんな嘘をついており、どんな結末が待っているのかという点がミソ。狙いは良かったと思う。

ヒロインに相当するAIを演じたアリシア・ヴィキャンデルという女優さんが非常に美しかった。加えて、腹の部分などが透けて見えるCGも印象的。気味が悪くならない程度の内部構造、顔が非常に整っている点、動作も優雅でバレリーナみたいに動く点などが魅力につながっていたように思う。演技力以前に、彼女のキャラクター設定で成功していた。

オスカー・アイザックが事実上の主人公だったように思う。彼は歌手を演じたり、ヒーロー役をやったり、今回の奇人役も実に絵になっていて、演技力や存在感に感心する。ヘヤスタイルの選択も素晴らしかった。

傑出した仕事を成す人物には、サイコパスが多いと言う。確かに、人のことを考えて遠慮していたら大きな仕事を逃す可能性が高い場合もある。遠慮も配慮も、最初からないほうが仕事の上では都合良い。この人物は、そんなサイコパスの雰囲気が充分に出ていた。結構、魅力的な匂いも漂わせている。それもサイコパスの特徴らしい。

この作品は大傑作には成りきれていないように感じた。やはりドラマ部分での盛り上がりに欠けていたからだろう。涙なしで観れないようなドラマが欲しい。おそらく、誰かが犠牲になってヒロインを脱出させる展開か、あるいは相互に騙し合って勝者が次々変わる設定が欲しかった。

悪魔のようにずる賢いA.Iの怖さが目立つように、手の込んだ話にする、あるいは逆にCEOの悪さが目立つ、あるいは恋物語に特化するなど、ゾッとさせるか涙を誘う話を作ることができたと思う。

アラン・チューリングが提唱したというテストが使われていた。テストを映画に使うアイディアは良かったと思う。しかし、実際にテストをする場合、本当に意味のある方法とは思えなかった。人間性を確かめるためには、嘘を言わせる、言外の意味を理解させる、皮肉や冗談の理解、怒らせることなどが必要ではないか?

もうすぐ自動運転の車が公道を走る時代になりそうだ。さすがに怖い。運転者であるA.Iは事故を起こさないとしても、人間側が誘発されることはないのだろうか?また、各社のA.Iの仕様が異なることで、相互の車に予想外の動きを生む可能性はないのだろうか?たぶん事故が起こったら、「想定外でした・・・」で済ませられる気がするのだが、やられたほうはたまったもんじゃない。

視覚的なセンサーを使う場合、急に濃い霧が出たら大変なことになる。雷や電磁波の影響も心配。パソコンでは簡単にフリーズが起こるのだが、A.I.も基本的には同じような構造になっているはずなので、フリーズした車が運転を止めたり、ハンドルを急に切ったりすることはないのだろうか?

開発者達は、きっとそんなことを検討中だと思う。でも想定外の事態は起こりうる。劇場主は、自動運転には恐怖しか感じない・・・

 

 

2017年4月26日

エンド・オブ・キングダム(2016)

London_has_fallen

Milleniumm Films G-BASE etc

- トランプ時代のヒーローか? -

前作で米国大統領を救った主人公は、随行したロンドンで、またしてもテロリストに襲われる。ロンドンの街中を逃走するが、内通者によって大統領の情報が漏れてしまう・・・・

・・・・DVDで鑑賞。奇想天外なアクション映画の類に属する作品で、二級品だからと、あんまり期待しないで鑑賞を始めたのだが、意外に高度な映像表現でスピーディーな流れを維持しており、よく出来ていたと感じた。

主演のジェラルド・バトラーは制作者も兼ねていたそうで、この作品のウリを的確に判断し、商品としての価値を高めるべく、演出に必要なことはこなし、演技も見事だった。彼の大車輪の活躍が、この作品の成功の理由のひとつだろう。

トム・クルーズも自分の映画をプロデュースする能力があるらしい。彼と似たような立場で、バトラーも自らを演出し、企画に参画し、仕上げているようだ。かってチャップリンがそうだったように、全てを取り仕切るだけの才能があり、監督業もこなせるのではと思った。

この作品は、道義的に問題のあるシーンも多い。主人公はアンチヒーロー的な性格を有すると、バトラー自身も述べていた。おおむね正義のヒーローと言えるとは思うのだが、米国流のヒーローであって、万国共通のヒーローではない。興業面から言えばアメリカファーストでやるべきで、キャラクター設定としては、そうすべきだったと思う。

人権意識などない敵を相手にしていることは確かである。欧米同士が戦っていた時代とは、戦場のルールからして違う。ヒーロー像も、時代に応じて変わらざるをえないということではないか?

万国型ヒーローは、リンチめいたことをしない。でもそれでは、米国民の相当数の人達には、生ぬるく嘘っぽい印象を与えてしまうのではと考える。たとえば中西部でライフル片手に生活している人達は、「なぜ敵を殴って情報を聞き出さないんだ!」と、怒るのだろうと想像(勝手な想像だが)する。ヤワな印象が少しでもあれば、トランプ時代の今日、もはや批判の対象にしかならない。

問答無用であること、基本として力任せであること、手段を選ばないこと、タフでハードボイルドタッチの行動。そんな個性が、今は望まれているということだろう。上空から誘導ミサイルで攻撃することに、何もためらってはいけない。検討しすぎると、オバマ政権時代のように、急に作戦を中止したりしてロシアにつけ込まれる。この作品は、そこを正々堂々と訴えている。

でも巻き添えになる人には、たまったものじゃない。ラスト近くで、「建物内に民間人はいません!」と報告されていたが、あの程度の確認で大丈夫だろうか?「すんません、よく調べたら一般人の掃除夫がいました!」ってなことは、ありうることだと思うが・・・

 

2017年2月16日

エージェント・ウルトラ(2015)

Americanultra


- 聞き飽きていたが -

さえない主人公は、町から外に出ようとするだけでパニック発作を起こす始末。そんな彼に、謎の女性が呪文のような言葉を発すると・・・

・・・DVDで鑑賞。1週間借りられるような、つまりは人気のない映画を探していて見つけた。ところが観てみたら意外に面白くて、驚いてしまった。あまりヒットしたような報道は聞かなかったが、そもそも熊本市では上映されていなかったのではなかろうか?マイナーな企画だったのだろう。

意外なほど面白かった。痛快アクション映画とは言えない程度のアクションだったのだが、登場人物のキャラクター設定が非常に優れていたので、ドラマとしてまとまっていたように思う。基本的な設定の巧さ、カメラワーク、コマワリというかスピード感の出し方などの技術がしっかりしていたと感じた。

この作品は子供でも鑑賞可能かも知れないが、一部には残虐な殺人シーンもあるので、問題がないわけではないだろう。恋人と観る場合は、きっとウケが良いはず。期待感を持たずに観た場合が、特にそうだろう。

普通なら、殺人の仕方をもっと残虐にするといった方法で、客受けを狙いそうなものだ。安易な方法だが、この作品でもより残虐にすれば、より評判にはなったと思う。主人公も結構激しいことをやってはいたが、ユーモアを優先した方法だった。どうするのが最も受けたのかは分からないが、もう少し超能力めいた画期的な技術を見せてもよくなかったろうか?それが、この作品の設定には合致していると思う。

似たような話は時々観る気がする。呪文を唱えたら、急に過去の特殊な訓練を思い出し、殺人者になる・・・・その手の話は聞き飽きたくらいの感覚があるほど。この作品では、呪文を唱えられても何も変化がない点は、そのマンネリ感を避けるための設定だったのだろう。あれが成功していた。

主人公のジェシー・アイゼンバーグは、冴えない風貌と鋭い能力を併せ持つ役柄の場合は、必ずのように呼ばれる俳優のようだ。ヒロインの女優さんはトワイライト・シリーズのヒロインの方だったが、魅力はよく分からない。

殺人者の中で狂ったような笑い方をするウォルトン・ゴギンスは、この作品では最も魅力的なキャラクターだった。表情が素晴らしい。

 

 

2016年9月26日

X-ファイル:真実を求めて(2008)

- 映画にも真実を -

衛星放送で鑑賞。印象として、これを劇場で鑑賞したら損した気分になって、劇場側に文句をいいたくなったろうと感じた。でも、もしテレビシリーズの時代にファンになっていたら、大満足とはいえないけれど許容範囲だったかもしれない。

劇場主はテレビを観てないので、人気だった当時の興奮を思い出すことはできない。この作品だけを観ると、まさか出来が良いとは思えない。したがって、子供に初めて観せる場合は、この作品は推奨できない。基本は、かってのファン限定作品と考える。

テレビのほうはビデオ化されているはずだが、一度も観たことがない。宣伝は何度も見た。気味の悪いテーマ曲が印象的で、スリラーと科学、捜査、アクションなどの要素を上手く融合させた話ではないかと想像したが、時間がもったいなくてシリーズものを敬遠しており、とうとう観ないまま。

モルダー氏を演じていた俳優には、見た目の魅力をあんまり感じなかった。役柄をよく知らないのだが、元々はセクシーなスパイ~捜査官というタイプではないのか?女性とキスはやっていたが、ベッドでただいっしょに寝ているだけの主人公なんて、映画的には理解できなかった。今は節度をしっかり守るタイプが流行なのか?ホモセクシャルなキャラクターじゃないはずだが、米国ではあんな関係が流行なのか・・・?

そう言えば、NHKの有名女子アナ独身嬢が、米国で魅力的な男性は、ことごとくホモセクシャルで、自分の相手をしてくれなかったとコメントしたことがあった。なかばジョークだろうが、単純な男女関係は、今日の米国では難しい面もあるのかも知れない。

女医さん役のほうは表情がしっかりと出ていて、ドラマの登場人物に充分な存在感を感じた。

気になったのは、米国では移植医療のような特殊技術を、捜査官などをやるような非専門医がやって良いのだろうか?専門医の中でも、移植がからむ技術の場合、トレーニングをしょっちゅうやっている人が施行しないと成功率が落ちてしまう。普通は大学病院やナショナルセンターで、しかも科長クラスに限定して施行させるはず。ドラマにリアリティを持たせるために、そのへんはこだわって欲しい。

「脳外科医マーシュの告白」という本がある。マーシュ医師は英国では有名な医者らしいが、様々な失敗をして用心深くなり、成功率を上げたことが本を読んで感じられた。日本のドラマでも医者役が適当なことをやっていて、いきなり名医になってしまう展開があるが、手術の技量が身につくのには、相当な時間を要するはず。

ただ素早く切るだけなら、30歳までに一流になれると思うけど、失敗によって得られる技術もきっとある。専門知識以外から得られる知識が、専門分野での成功率を上げてくれることも多いと思う。最新の知識を覚える点に関しては、天才的な若者が10代で世界のトップに立つことも可能だろうが、たとえば天皇陛下の手術を30歳くらいの‘名医’がやるのは、さすがに考えにくい。一定の修練を経ていないと、名医にはなれないはず。

さて、豊洲市場の建物の地下が、報告と違う構造になっていて問題になっている。その経緯の真相は、これを書いている時点では分かっていない。おそらく、当事者達が記憶がないと言って言い逃れし、うやむやに終わる可能性もある。ここはモルダー君に担当してもらうべきかも知れない。

今のところ、高濃度の毒物が検出されたりはしていないから、実質の被害は生じないように思えるが、信頼度を失った市場は敬遠されるかも知れない。既にそのような動きは、一部の店では発生しているという。「当店は豊洲の魚は扱っていません。」それがウリになる可能性はある。

議会への報告と違った工事をしていたら、都の担当部局には処罰が必要になると思う。と言っても、禁固刑などの対象ではないだろうから、おそらく歴代の部長、局長クラスの問責、減給などが決まるのでは?もし業者からの要望で計画が変わっていたと判明したら、それは大きな犯罪になるだろう。でも、今の時点では都知事か、都の職員の認識不足に問題があった様子。

石原元知事は威勢が良いから、生真面目に審査会答申通りに計画を進める部長を嫌い、工事費を減らせる部長にすげ替え、費用を減らす手段は任せて、後のことは忘れてしまっているのかも知れない。石原氏が直接工法を変える指示を出したとは考えにくいから、意図的な行為ではなく、意味がよく分からないまま、手続きの流れを軽視した結果起こった行政のミスなのかも知れない。氏のように威勢の良い政治家は、基本的に思慮深いタイプとは言えないので、起こるべくして起こった事例かも。

いずれにせよ公金を、それも膨大な金を使った事業であるから、面倒でも法的に正当な手続きに従って進める必要がある。手続きを勝手にいじったら、罪状名は知らないが、なんらかの犯罪に相当するのでは?少なくとも、今後行政に関する発現は止めるべきだろう。当時のことには責任があるのだから。

2016年8月12日

エール!(2014)

Jericomars_film_etc

- 家族の物語 -

農家の娘は、彼女を除く家族が聾唖者のため、家から離れられない。音楽学校への進学は諦めざるをえないのか、悩むヒロインだった・・・・

・・・・この作品は、他の映画のDVDを鑑賞していて、宣伝で知って気になって借りた次第。宣伝は往々にして長すぎて困るが、たまに良い映画を知る機会になるので、それなりの価値もあり、まあ全否定はできないだろう。

主役のルアンヌ・エメラ嬢は有名なシンガーだそうだが、この作品以外では評判を聞いたことがなかった。美人過ぎず、庶民的な印象が良い味になっていると思う。演技が上手いかどうかは分からないが、少なくとも自然に思えて、作品の出来映えに貢献していたと思う。

見た目の魅力、素晴らしい美貌、お色気などは、この作品では必要なかったかも知れない。恋人役の青年も、格好良いのかどうか判断できなかった。それで良かったのだろう。この作品の中心は恋の話ではなく、家族の物語だったのだから。

肝心の歌声は、劇場主としては過去のフレンチポップスの歌手ほどではないように思えた。You Tubeで彼女の曲を聴くとずっと美しい声なので、音響効果が足りなかったのではないか?何かの編集作業が欠けていた。アカペラのような曲には、それなりの音響処理方法があるはず。

エメラ嬢のプロモーション・ビデオはずいぶん大人しい。米国の若手ミュージシャンだったら、激しく腰を振り回し、攻撃的な歌詞をラップ調で険しい表情で訴えるだろうに、ほとんど学芸会なみの純真路線を貫いている。ビヨンセみたいに踊らない。

もし、この作品がハリウッドでリメイクされるとしたら、きっとディズニー・ミュージカルになると思う。そうなると、とてもこんな作品にはならない。歌声や迫力は素晴らしくなるだろうが、せっかくの味わいが薄れて、絵空事にしかならない。そう予想する。

ヒロインも自然な演技だったが、家族達の演技も不自然なところがなく、演出も非常に良かったのだろうと思う。あまり激しい名演をやってもらっても困る作品なので、適度の抑制が効いた演出は、見事だったと言うべきだろう。脚本原案には、実際の聾唖者家族を知る人が参加しているらしく、その実体験が効果的に働いたらしい。

この作品は家族で鑑賞して良いと思う。一部、性的な内容が出てくるが、ハリウッド流の変態志向、軽い調子とは違った暖かみが感じられる。恋人と鑑賞するのも非常に良い作品。激し過ぎず、軽すぎず、テーマが良くて品も良い。恋に悪影響を及ぼすとは考えにくいので。そんな映画だからヒットしたんだろう。

聾唖者が多い家系という設定は、どんな効果をもたらしたのだろうか?もし、この作品が一般の平凡な家庭の娘を主人公にしていたら、彼女が家を出ることにさほど問題はないから、全く盛り上がりを欠く結果になったろう。家族の誰かが反対したとしても、娘が悩むのはおかしいと、すぐ判断されるだろう。

きわめて珍しい設定を設けたことは、観客が状況を納得しやすいという効果はあったはず。しかも適切な描き方によって、悲壮感がない幸せな家庭であることが理解できたので、家族を見てこちらが勇気づけられ、こちらとしても応援したくなるような、そんな感覚が生まれた。家族のキャラクターが素晴らしかった。

珍しい設定は、作りすぎた物語という印象につながり、韓流映画の中でよくあるような無理なドラマに陥りやすい欠点もある。そんな悪い面を、良い面が完全に覆ってしまった印象。実話が元になったことのためか、企画の方針が正しかったためか、何かが良い方向に働いたのだろう。

フランスの高校生で、農作業をこなしつつ部活動もやる、そんなことは普通にありうることなのだろうか?劇場主の高校時代は、バイトをやっている同級生はいなかったようだし、部活動も非常に低調だった。実家の手伝いをやっている者がいたようにも思えない。

ヒロインの家族は広大な農地を持っていたようで、建物や仕事の規模が日本と全く違う点は関係するかも知れない。日本では、北海道など限られた地域しか、あんな光景は見られそうにない。農業立国が成功しているフランスだから、農家の収入は相当なものだろうと想像するが、それなら日本のように農業から脱出するために高校に行くような状況ではないのかも。

家業が続くなら、仕事に誇りも持てるし、手伝いにも納得できる。厳しい経営状況が多い日本の零細農家では、こんな幸福な家族の雰囲気は出てこないだろう。

 

 

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