映画評

  •  若い人達の映画評は、「やっほーい、見ちゃった!(^□^)゛にゃはは(^□^)゛(^o^)」(゚ω゚)イイヨゥ! のような具合で、おじさんにはさっぱり理解できません。年寄り向けのサイトがあればと考えました。

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カテゴリー「う」の12件の記事

2009年10月10日

ウーマン・オン・トップ(2000)

- キャラクター設定は? -

主演 ペネロペ・クルス

ブラジルでシェフをしていた主人公が、夫の浮気をきっかけにサンフランシスコに行き、そこのテレビ局の料理番組に出演したところ大評判になる。いっぽう、彼女を失った故郷では、海の女神の呪いで漁は不漁、夫の店は閉店。夫は主人公を追ってサンフランシスコにやってくる・・・

・・・ドタバタラブコメディのストーリー、美しい主人公、やさしいサンバのリズム、神秘的な魔術などの要素が重なれば、きっとヒットするはずという狙いが見える作品。確かにいずれもが効果的だった。特に主演のペネロペ・クルスの美しさは大変なものだった。

でも、彼女はスペイン出身でサンバの踊りは専門ではない。ブラジル女とくれば、普通一日中踊ってるというイメージがある。私の勘違いだろうが・・・ 情熱の激しさもタイプが違う印象を受けた。セクシーな魅力はあるが、素朴な田舎の女ではなく、テレビのスターを目指している中途半端なキャラクター設定に問題があったのかも知れない。彼女が歩くだけで男達が次々と後を追っかけてくるような魅力で笑わせるなら、繰り返し男達が金魚の糞のようについて回るとおかしかったのに。

「コレリ大尉のマンドリン」でも、彼女のキャラクターが鮮やかに描かれていないような印象を受ける。明快な描き方がスターの彼女には望ましいと思う。

恋人役も設定が判りにくかった。普通なら色男の典型か、だらしない顔をしたコメディアンが演じる役柄である。歌手が演じていたように思えたが、主人公を際立たせたいなら絶対にコメディアンが必要だった。主人公の気を引くために、男達が激しいバトルを繰り広げたら面白いのに・・・

せっかくの設定が中途半端に終わった関係で、大評判にはならなかったようだが、結構おかしく魅力的な作品にはなっている。主に主人公の魅力によるのだろう。彼女のために作られた企画のような気もする。

家族で観る映画ではない。恋人といっしょになら、クスクス笑いで盛り上がる可能性もある。爆笑したり、感動したりするタイプの映画ではない。

 

2009年7月 2日

噂のアゲメンに恋をした!(2007)

Agemenn 

監督 マーク・ヘルフリッチ 主演 デイン・クック ジェシカ・アルバ

あわてんぼうだが美しいヒロインと、子供の頃に呪いをかけられて、自分と関係した女が結婚できるが自分は結婚できないという男が恋におちた。でも呪いが本物なら彼らは結婚できない。主人公は悪戦苦闘する。

・・・やや過激なロマンティック・コメディ。下ネタやセックスシーン、かなり下品な笑いが満載の作品。ちょうど「メリーに首ったけ」に近い感じを受けた。同じ路線を狙ったのかも知れない。

この作品は家族には見せられない。恋人と一緒にみることはできるが、ブラックコメディ好きの相手であることは条件。

設定が奇抜で、いかにも爆笑物語になりそうである。そして激しいギャグを満載した割にはヒットしなかったと思う。劇場では公開されたのかすら知らないほど話題にならなかった。微妙な点で大うけしにくかったのだろう。

この作品の主人公の男優は向こうでは有名なコメディアンらしい。本作でどちらかといえば脇役のジェシカ・アルバは、ドジさで笑いを取る予定だったようだが、途中からはドジでなくなっていたので、笑いを取り続けることはできていない。

主人公の失敗ぶりのほうが断然大きな扱いを受けている。これはジェシカファンから見るといただけない。主人公は、あくまでドジでトンマなほうがいい。ジェシカを引き立たせることだけを考えればいい。あまりのドジでついでに同情を得るのはいが、目立ちすぎてはいけない。

これは、この作品では大事なことだった。ジェシカ・アルバが目立ち、いかに魅力的に写るかが作品のヒットにかかってくると予想される。したがって、ひとりのスター女優のためにスタッフや脇役の全てが献身的に作業しなければならない。スターが目立てば、結果的に自分達にも評価がついて来るのだ。

前半のジェシカは激しく電柱にぶつかったり、パンツを見せたり、なかなか良かった。最後まで愛嬌を振りまきながら回りに迷惑をかけて欲しかった。

主人公の男優は、できればもっと情けない風体の男優が望ましいと思った。ジェシカの失敗でひどい目にあって、血まみれになるくらいの姿がおかしいのである。引き立て役の役割をしっかりこなして欲しかった。

2009年5月16日

ウォーリー(2008)

Photo_2 

- 詰めの甘さ  -

ウォーリーは、人間が見放した地球に残るゴミ清掃ロボット。黙々とゴミを集め、山のように積む仕事を繰り返している。仲間はゴキブリしかいない。彼の楽しみは、ミュージカル映画のように踊り、映画のワンシーンのように誰かと手をつなぐこと。でも、相手がいない。ある日、宇宙からピカピカのロボット「イブ」がやってくる。ウォーリーは彼女と手をつなぎたいが、彼女には任務があるらしく、全く相手にされない・・・

・・・ピクサーが作ったディズニー映画。いつもながら素晴らしい映像の美しさに圧倒されてしまった。クリエイター達が、それぞれのセンスを集めて、本当にクリエイティブとしか言いようのない仕事をしている印象。ただし、アイディアはオリジナリティにあふれるというわけではない。どこかで見たようなストーリーに過ぎない。でも圧倒的な表現力があるので、話を楽しむことができる。

キャラクターの作り方が良かった。ヒロインのイブの手の表現は素晴らしい。オバQよりも美しい。活動している時だけ首が離れること、武器の銃をぶっ放す時の素早さ、眼の表現も解りやすくて、あの形を作り上げるまでに担当者達がああでもない、こうでもないと激論を戦わせたことが想像できる。

ウォーリーが人間に近い形をしていたらどうだったろうか?より同情を得やすい半面、顔の表現のデキによっては退屈な作品になる危険性も出てくる。相当うまく表現しないと、微妙な顔の表情で観客の期待感を裏切る結果につながる。その点、完全に機械の形をしたウォーリーなら、動作だけで観客が勝手に想像を働かせてくれる。

この作品はディズニーの伝統に則り、家族で観ることができる。恋人といっしょにも見れる。この映画の後で「じゃあ、手をつなごうか?」なんて言うと、「そう来ると思ってた。」と返ってくるだろうか?

Whori1_2

中学、高校時代は彼女もいなくて、女の子と手をつなぐなんて夢の夢でしかなかった。本当に心から手をつなぎたいと願っていた。たまにフォークダンスの時間があると大変だ。好きな娘の順番が回ってきて、いよいよだ、どうしよう、ズボンのチャックは開いていないかな?などとドキドキしていると、直前で音楽終了。あえなく時間切れなどという人生における最大の悲劇もあった。

ただ手をつなぐだけなのに、どうしてあんなに興奮したのだろうか?今思えば、勘違いの色ボケのようなものだったに過ぎないが、でも手の感触はしっかり脳にインプットされている。軟らかくて、細くて、なぜか幸せになれるような感触だった。あまりぎゅっと握ると嫌がられるかなと気にして触る程度に遠慮していたが、もっとしっかり握りたかったが、手汗が気になった。

フォークダンスは気恥ずかしかったが、今思えば唯一の性的体験だったわけだ。擬似セックスだったとも言える。

今、一番下の子供と手をつないで散歩していると、お互いの愛情や信頼関係を感じる。感触による情報は、言葉だけの記憶よりも脳の原始的な部分でつながっているので、より動物的、原始的な記憶になると思う。私も幸せな感じを受けることができるが、彼もそうかもしれない。

映画では人工衛星が地球を取り囲んでいること、巨大企業が宇宙ツアーの宣伝をしていること、宇宙に旅立った人間が皆肥満体で立つのもやっとの状態であることなど、シニカルなアイディアをたくさん詰め込んでいる。それらをうまく整理しないと、アイディアだらけのバラバラの作品になってしまうが、この作品は充分な検討がなされているらしく、ソツがない。

話を盛り上げるために何か大事なものを奪い合い、守り抜くストーリーが必要であることも充分に理解している様子で、これしかないという流れになっていた。スタッフ会議の判断は正しかった。ソツがなかった。

その反面、涙なしで観れないほどの愛着は感じなかった。あまりに適切な判断を繰り返したために、ストーリーも人工的になってしまったからなのか?やはり人間臭さを残しておくべきだったのか?多少の冒険をしても、心から感動できるための最後の詰めをやるべきだったのではないか?

例えばの話だが、ヒーロー、ヒロインのどちらかが完全に壊れてしまうか、もしくはヒーローが完全に記憶を失って、ヒロインのことを覚えていないという流れではどうだったろうか?残念ながらヒロインのことが誰だか解らなくなってしまったウォーリーだったが、ヒロインが手を握ると嬉しそうな動作をする、などという話はいかがだろうか?完全なハッピーエンドではなくなるが、より心にしみるのではないか?

もしくは、やはり人間臭い形をしたロボットの話にすれば、恋に破れた少年少女の頃の思い出に浸れて、より感動もあったかも知れない。ただ美しいだけ、ちょっとかわいいだけの話では、なかなか人の心に残るのは難しいのだ。

詰めが甘かったのかも知れない。

2009年3月22日

ウォンテッド(2008)

- 実は演技派 -

主人公は事務所でパソコンを前に、客の管理をするサラリーマン。今日も上司に小言を言われている。恋人は同僚に奪われ、銀行の預金残高は少ない。彼は苛立ちを鎮静剤で抑える毎日。

そんなある日、色っぽいネーちゃんが彼に話しかけてくる。彼を暗殺者集団に誘うために。ありえない申し出に驚く主人公だったが、続いて激しい銃撃戦に巻き込まれ、彼らの世界に入ることになる。そして、隠された真実を知ることになるのだあ!

・・・DVDで観賞。まさか映画館で観ようとは思わなかったが、これは映画館のほうが断然迫力があったろう。

主演のジェームズ・マカヴォイの演技力と演出は、実は凄いものがあったように思う。ほほの肉がブヨンブヨンと動く様は、たるんでる部分を見せるのには効果的だった。特にこの作品では、それをスローモーションで見せるので、はっきりと解る。始終謝っているような情けない姿を演じさせたら、これ以上の演技はなかったかもしれないと思った。

いかにも香港映画的な映像ではあったが。

彼はヒーローの演技を要求されると、ちょっと無理がある。いかに胸板を鍛えようと、にじみ出る迫力は期待できない。凍りつくような冷徹な視線でもいい。そこを演出できれば、もっと凄い映画になったかもしれないと思った。

全体にデキは良かった。高尚なテーマがあったわけではないが、親子の想いもテーマになっていたし、アクションは凄く、助演者達の迫力もあったし、意外な展開が待っていたりでストーリー展開もまずまずだったと思う。

この作品は、でも子供にはあんまり良くない。品がないし、もともとマンガ的だから、深い感動を味わえるはずもなく、家族で観るのはあんまり好ましくない。恋人といっしょに観るのには悪くないと思うが・・・

助演のアンジェリーナ・ジョリーは、私的にはちょっと化粧のミスか?と思ったが、あちらのファンは満足しているのかも知れない。BGMが古いロック調だったので、ゴスロリ風のファッションをイメージしていたのかも知れない。色っぽいと言えば、凄く色っぽかった。

モーガン・フリーマンは、いつもの彼とは違った役柄だったようだが、やはり迫力はあった。

原作を読んでいないが、ビルの窓から隣のビルに飛び込むシーンなどは、原作に忠実に作られているらしい。登場人物たちも原作と似たようなイメージで演出されたのかも知れない。しかし、忠実にすることにはこだわらないほうがいいと私は思う。そんなことに予算を使うより、映画が盛り上がることに集中したほうが成功率が高いと思える。

バットマンなどは完全にそうだ。原作は、ダークナイトのように悪役に比重を置いていないはずだ。てこずったとしても、カッコよく敵を倒すヒーローの姿が中心なのがマンガの場合だが、それにこだわるとお子様作品になってしまう。重点を映画向きに変えたほうが、盛り上がるのではないか?

そう考えるなら、ストーリーはそのままとしても、主人公を悪役的なキャラクターにしたほうが良かった。不良、イジワル、冷血、執念深い、など悪い行動を取りながら、義務感やヒロイズムを併せ持つ男をイメージしたら、もっと観客に訴えるものがあったと思う。もし原作者が許してくれるなら、そうしたほうが良かったのではないか?

スローモーションが多いことや、二挺拳銃の銃撃戦などは香港映画の影響が相当に濃厚だった様子。でも、この作品の銃撃戦は、ただ激しいだけではなく、連続性、ファンタジックなアクロバット的な要素を演出していた点が進んでいる。これからの銃撃戦は、ただドンパチするだけではダメなんだろう。

 

2009年3月 2日

ウォーゲーム(1983)

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生意気な高校生の主人公(若い頃のマシューブロデリック)は、学業は落第のはずだが、成績表ではAランク。そのわけは、彼が得意のコンピューター技術で学校の成績表を書きかえていたのだ。

主人公は偶然国防省のコンピューター、ジョシュアと交信し、ゲームを開始する。ところが、彼らがやっていたゲームが現実の戦争として誤認され、ミサイル発射の準備が始まってしまう。

・・・イーグル・アイで思い出して、久しぶりにDVDを借りて見直してみた。CGなどの技術が発達していない時代の作品なんだが、今見てもそれほど退屈しなかった。演出、演技が良かったからだろう。よく出来た映画だった。

派手なカーチェイスなどはない。軍の関係者に逮捕される時にも、あっさり連れて行かれるだけである。そんなシーンでハラハラさせるような作り方をしていない。ハラハラは、もっぱらコンピューター相手に世界戦争が起こるかどうかというのやり取りに限定されている。

そんなんじゃ迫力が出るはずがないと今なら思うんだが、この時代は結構ハラハラできた。その記憶のせいか、今も結構楽しめた。果たして、今の子供はハラハラするだろうか?

たぶん楽しみながらの怖さ、形だけの怖さで、リアルでない作風を感じながらのハラハラ感は、今の子供でも同じように感じてくれる気がする。主役の表情や、脇役の魅力、展開のスピードなどの手際が職人芸のように上手いので、別にカーチェイスで車が次々壊れなくても、それなりに楽しめるのだ。暴力沙汰も必須ではないわけだ。

子供向けの映画だとは思う。テーマも陳腐と言えばそうだ。誰でも考えそうなことだ。ラストでコンピューターが学習するシーンがあるが、単純明快ではあるものの恐怖には欠ける。今ならきっとむごたらしい殺人か、建物ごとの破壊を伴う場面になるだろう。

この映画の主役はマシュー・ブロデリックだったのだ。気がつかなかった!表情がなまいきそうで、本当に役柄にピッタリ。将軍役の太っちょも、いかにもという感じがした。主人公の彼女役は美人とは言えないかも知れないが適当にかわいらしく、いかにもガールフレンドにしたくなるような性格美人的な娘で、本当にいかにも役にはまっている。

冒頭でミサイル発射のボタンを押そうか悩む隊員は、最近は政府関係者として頻繁に出演しているジョン・スペンサー(写真)の、やや若かりし頃だった。彼は常に国家のために働く男を演じ続けたわけである。

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バデム監督は同じ年に「ブルー・サンダー」を発表している。両作品とも社会性を持つ怖い物語を、娯楽性を保ったまま見事に描いてある。この頃が、監督のピークだったのか、最近は大ヒットした作品がないようだ。どうなってるのか?

この作品は家族で観れる。大作ではないし、感動モノでもないのだが、全体のバランスがいい佳作だと思う。恋人と観る場合は、ちょっとチャチねと感じる人もいるかも知れないので、あまり腰を入れて見ないでねと断ったほうがいいかも。

2007年12月16日

ウォール街(1987)

- ハゲタカの魅力が光る - 

古い映画になってきましたが、全体がまとまった良い作品だと思います。手に汗握るようなサスペンスタッチの盛り上がりがなかったのは残念ですが、それによって荒唐無稽な話にならないで済んだことで、かえって良かったのかも知れません。

この作品は家族で観てもしようがないタイプでしょう。オリバー・ストーン監督の作品は、子供には向かないようです。恋人と観るのはお勧めかも知れません。結局、主人公の恋は結ばれなかったのですが、途中の雰囲気は悪くありません。

マイケル・ダグラス演じる悪役ゲッコーの魅力が光りました。結果として、悪役が一番かっこよかったようです。私にはマネーゲームで多額の金を稼ぐ知り合いはいませんので、彼らがどんなことを考えているのか解りませんが、テレビでしばらく頻繁に登場していた村上ファンドの代表は、この映画の主人公を連想させる存在でした。

そう言えばいつだったか、証券会社のミスで1日で数十億円の収入を得た株屋が紹介されていましたが、インタビュアーが「人のミスに乗じてそんなに儲けて、やましい感覚はありませんか?」と尋ねたのに対して、「う~ん、先週も10億儲けたから、別にどうでもいいよ。」と答えていたので驚きました。本当の話か解りませんが・・・。

今は容疑者になってしまいましたが、村上被告は物言う株主で、珍しい存在でした。おそらく彼はこの映画を観たことがあったのではないかと想像します。主人公は、冷徹な計算をしながらも戦う姿勢を見せる人物でした。株主総会のような場面で、会社の代表と渡り合って講演する場面がありましたが、まさに村上被告チックな演説でした。じゃなくて、村上被告がゲッコーチックだったんでしょう。

私の目には、村上被告はカッコいいと映りましたが、皆さんはどうだったでしょうか?目立ちすぎたことと、実際に手際が悪いことがあったために墓穴を掘って逮捕されてしまいましたが、もう少し慎重にやれば今頃はもっと活躍できていたはずです。もしかすると、テレビ局関係者や、その友人達から検察サイドに圧力が加わって、隠然たる勢力に仕返しをくらったのかも知れません。

ハゲタカファンドのような乗っ取り屋への法的制限は、明確にすべきだと思います。この作品ではマイケル・ダグラスが航空会社を買い取って分割のうえで転売し、利益を上げようと画策しますが、会社の職員の雇用保護の為に、時間的、金額的な制限を明確にしておくべきでしょう。

経済活動は本来なら自由であるべきですが、被雇用者の保護が可能ならという条件は必要です。細かい規定を次々作るのが好きな官僚がいっぱいいるので、規制解除をせまるアメリカの圧力が強くなければハゲタカ撃退の規定も作れると思います。

主人公が窃盗まがいの手段で会社の情報を手に入れようとしましたが、なかなか現実には事務所に忍び込むことすら難しいでしょう。どんな手段で情報を入手するのか、私には皆目わかりませんが、ほとんどの場合はクチコミや内部からのリークによっているのではないでしょうか?

チャーリー・シーンの演技はイメージとよく合っていて、サマになっていました。恋人のダリル・ハンナは、人魚役の時も思いましたが、アップで見るとなんだか男性的な顔をしていて、スタイルはいいけど、私はちょっと引いてしまいたい気がしました。(そんなことだから富豪になれないんだ!)

スーパーマンで悪役を演じていたテレンス・スタンプが敵対する投資家として登場していました。懐かしい~!

チャーリー・シーンが自分の父親が勤める会社を守るために暗躍するシーンが、もう少し緊迫感を持って描かれれば、ゲッコーとの対決のドラマとして盛り上ってきたような気がします。ただ、それで拍手喝采になると安っぽくなるでしょう。そこを犠牲にしてリアルさを優先していたようです。

ラストの状況からいくと、この後証券取引委員会によってゲッコー氏への調査が始まるはずです。つまりチャーリー・シーンは小物に過ぎず、本当の狙いのゲッコーを挙げるために、司法取引で減刑となるだろうということになります。せめてもの救いでした。

2007年11月 4日

裏窓(1955)

- もしもブサイク女優だったら?  -

この作品は、独特のユーモアと品位が漂う、しゃれた映画でした。よく考えて作られていたと思います。

裏窓から見える狭い空間が舞台ですから、最初から最後まで完全にセットに入る中で、向かい側のビルの住民達や、こちら側の主演二人の表情だけで緊迫感を出したり笑える場面を作ることができるのは、ただならぬ工夫とアイディアが必要だったと思います。

この作品は、子供でも見れると思います。小学生くらいなら充分に理解できそうですし、激しい乱闘や非常にエロティックなシーンもありませんので、家族で楽しめるでしょう。あんまり良い影響はないかもしれませんが。もちろん服装は笑ってしまうほど古いですが、今の若い恋人達が見ても、それなりに盛り上がる作品ではないかと思います。

独創的なトリックがある推理物ではありませんので、「なんだ、そうだったのか~。」という、種明かし的な喜びは期待できません。また、猟奇的なシーンがないので、ハラハラ度を期待する人には、「あれえ?スリラーじゃなかったの?退屈。」という印象があるかも知れません。この作品は、うっとりと映画を見る、昔の楽しみ方でないといけません。

本当に昔の楽しみ方専門の作品です。うっとりするようなヒロイン。裏窓から見える向かいの人達の仕草と、それの表現方法。「アハハ」~「おほほ」と笑わせる程度に、おしゃれに止めているようです。監督が観客の顔まで想像しながら作っていることが伺えます。

最近は、もっと激しく爆笑させる映画か、もしくはCGでアッと驚かせる刺激の強さをねらった作品がメジャーなので、この作品とは随分と楽しみ方が違います。

また、この作品は直接的に映すのではなく、カメラワークや、影、光などの視覚効果を間接的に使うことで、芸術的に表現する手際が素晴らしいと思います。あんまり芸術的すぎると観客の感覚と離れてしまいますが、そのへんのセンスは抜群によかったようです。

主演のジェームズ・スチュアートの魅力は、私にはよく分りません。なんとなくぼんやりした感じがして、悪い印象はうけませんが、本当に大スターになるべくしてなったのか理解できません。

いっぽうのグレース・ケリー様は、一見してスターになるべくしてなっていらっしゃったと分る女優です。なんで裏窓のお部屋にドレスみたいなかっこうをしてご来室されるのか、完全に場違いで恐縮してしまうくらいの感じがします。映画を作る場合には、やはりこのような方がいるといないとでは、観客へのアピール度が全然違ってくるでしょう。

グレース・ケリーが向かい側のビルに行く場面では、美しい彼女のことが心配になります。これがブサイクな女優だったら、心配度が一気に下がります。中途半端な美人の場合は、女性の中には「フン、あたしとそんなに変らないくせに女優なんかやりやがって、身の程知らずの女ね。さっさと死んでしまえ。」などの怖ろしい心理的反応が起こる可能性があります。しかし、グレース・ケリーくらいになると、凄すぎて女も心配してくれます。中途半端な美人ではダメです。

そういえば、以前に知人の結婚式に参列した女性が花嫁のことをグレース・ケリーみたいな美人でビックリした、と話したことがありました。整った美人の代表選手だったわけです。今なら「シャラポアみたい」という感じでしょうか?でも、シャラポアのような男まさりが部屋にズカズカ入って来ても、映画の雰囲気には合わないような気がします。雰囲気も大事です。

監督のユーモアと映像のセンスも良かったですが、やはりグレース・ケリーの美貌と立ち居振る舞いが決め手になっていたと私は思います。映画の品位を高める効果がありました。ノリカやエビちゃんや、女王エリカ様など他の日本の女優達では、とてもここまでの高貴な感じは出せないような気がします。

 

2007年7月30日

うなぎ(1997)

- 不貞を怒るのか?  -

不倫した妻を刺殺して服役した男が主人公でした。仮出所して、ある町で床屋を始めますが、服役中に友達?になったウナギと、飛び込んできた女、その夫のヤクザ、近所の住民達が入り混じってドラマを引き起こす物語でした。

この映画は子供向きではありませんでした。テーマが教育とは関係ないですし、たぶん意味も分らない場面が多いと思います。家族で見るのもお勧めできません。恋人と観るのも勧められません。やはり、不倫で始まる映画は何か気まずいところもあるのではないでしょうか。全体にユーモアが漂い、悲劇的なストーリーであるにもかかわらず、やはり喜劇なのでしょうか?という変な作品でした。

カンヌ映画祭でどのような部分が評価されたのか、正直なところ私にはよく分りません。でも、駄作ではないと思います。結構面白い作品でした。話の設定が良かったのだと思います。

役所広司は適役だと思いましたが、珍しく素人っぽい演技がところどころ気になりました。真面目男の役をしても、いつもは気にならないのですが。演出のせいかも知れません。清水美砂は、テレビで見るよりずっと良い役者ぶりでした。辛い状況下で微笑む笑顔が良い顔でした。ただし、役所を好きになるのが唐突な感じは受けました。これも演出のせいだろうと思います。暴れるシーンでは、持っていた棒が軟らかいので迫力に欠けていました。ウナギを刺すのに使うモリでも良かったかもしれません。

今村監督は、性に対する表現があっけらかんとしていて、たいていの作品では太ももか、胸元を出さないと気がすまないようですが、あんまりいやらしくありません。雑誌のインタビューでも、「男は立たなきゃね。」みたいな話をしてました。この作品の主人公が妻を殺すのは、セックスが下手な主人公が上手なセックスに嫉妬したからだと言う場面がありました。浮気に怒る人は、パートナーの不貞を怒るより、自分のセックスに満足してくれないことがくやしくて怒るだけかも知れません。

もし、妻が浮気したら私はどう思うかと考えてみましたが、少なくとも殺したりはしません。新婚の頃なら暴力沙汰も起したでしょうが、誇張ぬきに「あら、そう。子供に影響ないようにね。」で済ませていまうかもしれません。自分に自信を持っているわけではありません。子育てでヒーヒー言っているので、また妊娠でもされて家の家計が破綻しないことが心配なだけです。

いつだったか、勤務していた病院の看護婦さんから不妊治療の相談を受けましたが、「ご主人とじゃなく、私と実地練習すれば生まれますよ。」と手を握って言ったら、翌月に妊娠されて驚いたことがあります。手を握っただけで妊娠するとは!確か手を握っただけだったよな?と自問自答しました。自分のセックスが下手でも私は気にしません。このうえ上手だったら、10人くらい子供が生まれて破産します。

主人公はウナギと会話をするらしいのですが、会話らしい会話は少なくて、しかもウナギと知り合う場面は省略されていましたので、看守が「こいつはウナギと話すんですよ。」と言った時には唐突な印象を受けました。せっかくだから、主人公が人間を避けてウナギとお友達になっている異常な状態を表現するために、頻繁にウナギと話をして欲しかったと思います。

主人公は妻に包丁を向けますが、妻は全く抵抗していませんでした。何か意味があったのでしょうか?普通は手を出して振り払おうとするし、表情も恐怖と驚きと怒りが混ざったような顔をすると思いますが、あっさり殺されていて不自然でした。主人公の記憶が曖昧になる場面ではなかったようですので、もう少し現実に近いほうが良かったのではないでしょうか。

 

2007年6月16日

THE 有頂天ホテル

Photo_41 - ながら見映画の傑作   -

オムニバスタイプの作品で、かなり楽しめました。爆笑の連続ではありませんが、吉本の喜劇より品があって、金がかかっている分だけ迫力もありました。画面にかじりついて見るような映画ではなく、何か手作業でもしながら見ると重すぎず、ちょうど良い作品のような気がしました。

家族、恋人といっしょに見てよい映画だと思います。悪い雰囲気にはならないでしょう。

主人公はホテルマンの役所広司でしたが、たくさんの登場人物が複雑に、しかしうまくかかわりあって、よくできた話になっていました。役所の役柄は、いつものように真面目に仕事をこなすホテルマンでしたが、このホテルにはスキャンダルが発覚した政治家、コールガール、大物演歌歌手、スチュワーデス、芸人達、アヒルなどがうろうろし、加えてホテルを辞めようとする若者、芸事が好きな支配人、恋仲だけどもめている職員、政治家の元恋人などが絡んで、話がシチャカチャに交錯します。役所達の奮闘で、どうやら無事解決か?という話でした。

とにかく話をよく考えたもんです。お互いが絡まないと作品になりませんし、話を無理につなげるとシラケてしまうし、かなり構想を練って作られたのだろうと推測しました。

印象としては、これは舞台でやった時は観客が釘付けになる話だろうと思います。映画では演技がオーバー過ぎると現実感が薄れるため、かえって素直に笑えないのです。演出がどうしても舞台風なので、少し違和感が感じられました。映画と舞台では、身振りひとつをとっても全く変えないといけないような気がします。寅さん映画的な匂いがしました。

西田敏行の演歌歌手役は、途中まではオーバーではありましたが、歌手の実像もかくあるかと思えるほどで、寅さんシリーズの登場人物(要するに少しオーバーに特徴を表現する感じ)のような面白さがありました。でも、記者達の前にしゃしゃり出て歌う場面では、もっと現実にありそうな反応をされると良かったような気もします。出て行くまでの話にウケを狙った省略があったようですし、出た後もセリフに問題があったような気がします。舞台用の流れではなかったでしょうか。

松たか子はヒロインだったのだと思いますが、演出の仕方と彼女の演技のクセが合致していないような印象を受けました。テレビ向きで、お嬢様的なところがありますから、配役に無理があったのかもしれません。演技自体は上手でしたが、浮いてるような感じが少ししました。

カビラの演技も少しオーバー過ぎたかも知れないと思います。全体の中で良いバランスだったか微妙な感じがしました。もっと極端にドジでまじめな男に設定して、一生懸命愛を告白するのに、ドジのために相手を怒らせるという話を繰り返したらどうかと思いました。キャラクターが今ひとつ際立っていなかったような印象です。

香取慎吾の演技は好感を持てました。役柄も良かったですが、もともと話し方からして好感を抱かせるキャラクターの持ち主ですから、演技以前の段階で成功していました。もし仮に木村拓也が出演していたら、配役のバランスの面でおかしくなったように思いますし、草薙君が出演していたら、話が重くなりすぎていたかも知れません。彼もかなりの演技派ですが、顔が悲劇向きですから。

面白く拝見しましたが、正直なところ観終った後に何度も見直したいと感じるほどではありませんでした。重くない作風だからでしょう。その分、何かをしながら見るときには楽しめるような気がします。

2006年11月16日

ウイングズ オブ ゴッド(1995)

- 漫才はもっとおかしく -

主演 今井雅之

評判の劇の映画化作品でしたので期待して見ましたが、作品としての出来は今ひとつだと感じました。この後、再映画化されているそうですので、そちらの方が良いかもしれません。私の印象では、主演の今井の演技と演出のカメラワークがマッチしていなかったのではないかと思いました。彼は自衛隊員には向いているけれど、漫才師にはちょっと、というような顔なので、舞台のように間近で見ると面白い表情も、引いて見ると分りにくいのだと思います。もっと徹底的にクローズアップして、マゾヒスティックに困った表情を見せれば、細かい表情が面白かったのではないでしょうか。

原案、ストーリーには素晴らしいものを感じました。特攻隊のような重いテーマを扱う以上、漫才師を主人公にするなどしないと話が暗くなりすぎてしまうので、まずこのアイディアが適切だったと思います。他にやりようがないと思えるほどです。そして脇役達のエピソードの配置も自然で、話の展開は良かったと思います。

オーソドックスな方法を取るならば、観客受けのために主演は本当の喜劇役者か漫才師にさせて、顔を見ただけでおかいしいくらいの「つかみ」的な仕掛けをすべきだと思います。芸人達はイメージが壊れるので嫌がるかもしれませんが、やはり芸の迫力で観客をまず笑わせないと、悲しさが際立ってこないと思います。

そして笑いとテーマのバランスにも問題があるような気がしました。ドタバタ劇と、今昔の感覚の違いを笑う場面を中心にして少なくとも7割の時間は笑えているようにしないと、観客受けは望めないと思います。そして、ほんのついでのように短く、実は印象的になるように本来の真摯な話を挿入するのが通常の手法だったと考えます。あえて冒険をしてみたのかも知れませんが、子供には受ける冒険も大人にはいまひとつの印象しか与えないように感じます。その点で、この作品はダイレクトすぎるのではないでしょうか。

でも、この作品は子供や恋人といっしょに見ても良いと思います。

2006年10月18日

宇宙戦争

 ― 始めにCGありき ― 

  監督?製作はスピルバーグ 主演トム クルーズ

この作品は途中に気味の悪い場面が続くので、子供にはお勧めしません。人間を植物の肥料にしようとする設定なので画面が真っ赤に染まりますから、夢見が良くない子が出るかもしれません。もっとぼかして表現すれば良かったのにと思います。恋人と見るときも、同じような理由でベストとはいかない作品だと思います。でも映像のアイディアには素晴らしいものがあります。 

ストーリーはオーソドックスで、かって有史以前に、宇宙人が人類をえさにする目的で機械を地中深くに埋めていたという設定です。ある日、雷とともに宇宙人の襲撃が始まりますが、彼らには人類の兵器は全く役に立たず、人は次々と殺され逃げ惑うばかりです。主人公は子供達を連れて逃げますが、殺人マシーンが迫ってきます。逃げられるかどうか? どうやら逃げ切るのは難しいようです。さて、どうするか? という物語です。 主人公は離婚していて、その奥さんはロード オブ ザ リングの王女役のあごの割れた女性で、そんなことはどうでも良いのですが、とにかくその元奥さんの所へ子供達を預けようと考えます。長男は主人公の言うことを全然聞きません。私の長男もそうです。それも関係ない話ですが、映画では長女も半分ひねてます。この娘役がすごい演技をしてくれるダコタ ファニングで、この娘と旅を続けます。 

この映画の魅力は、まず襲ってくる機械のすごさです。高速道路の高架橋が倒れる場面や人間が瞬時に焼き殺される場面の迫力は、他の作品ではちょっと見られません。そのアイディアが、他の場面で生きていないのが残念です。したがって、機械の襲撃シーンが終わったら早送りしても良いかも知れません。 私は、主人公は死ぬべきだったと思います。爆弾を持って機械の中に入っていたら、少なくとも映画の質が変わったはずだと思います。結末を語るのは、子供達でよかったのではないでしょうか。トム クルーズの演技は悪くないと思いましたが、殺人のシーンにはどれほどの意味があったのか分りません。隠れ小屋の中では話が間延びしてしまった感じがしました。 

奥さん役も子供役も良い役者で製作もスピルバーグですから、傑作になりそうな気がしますが、そうなっていません。どうやら最近のスピルバーグの周りにはアイディアマンがたくさんいるらしく、皆がすごいアイディアを出すので収拾がつかなくなっているのかもしれないと推測します。この作品も、「このようなCGが出来ます!」「いや、こっちの方がすごいです!」というアイディアが始めにあって、脚本がそれに合わせて作られたような印象です。

見終わってから,すがすがしい印象や爽快感があったかというと,それはありませんでした.でもCG画像だけならもう一度見てもいいような気がしました.

2006年10月13日

ウエストサイドストーリー

音楽 レナード バーンスタイン 主演 ジョージ チャキリスなど

これも随分前の映画で、公開当時の興奮度は私も知りませんが、大変なものだったそうです。子供が見ても良い映画だと思いますが、面白く感じてくれるかどうかはわかりません。いきなり色の変わる変な画面(インターミッション)が出た時点で「しまった故障だ。」と、見るのを止める可能性がありますが、その後の話自体は別に退屈ではないと思います。恋人と見て良いかですが、正直言って今ではもう勧められません。昔は最高のラブストーリーだったと思いますが、ダンスには流行がありますから、見せて相手に趣味を笑われてはいけません。本格的にダンスをやっている相手なら、古さに関係なく理解してくれるかもしれません。でもそんな人は多くないでしょう。 

ストーリーはロミオとジュリエットの現代版です。公開当時はロミオ役より、敵役のジョージ チャキリスのほうが人気が出たそうです。ダンスのうまさや精悍な顔つきのためかと思います。小森のおばちゃまも大ファンだったと記憶しています。 私は、この作品を評論家の批評を散々読んだ後に見ましたが、躍動するビート! 観客も踊りだす!などと書いてあるのに全然踊り出しませんでした。何と言っても私はデスコフィーバー(なまってる?)の世代ですから、腰をクネクネしないダンスは理解できません。その後、古いミュージカルや本当のバレーなどを見た後で、この映画の良さがやっと分った気がします。この映画はミュージカルの歴史の中にそびえていますが、ちゃんと歴史の線上にあると思います。当時としては画期的とも言える音楽とダンスを取り入れてしまったぜ!やったな、おい!という感覚の作品だと思います。古い踊りをしていたわけではなかったのでした。 

今気がついたことがありますが、古さを感じさせないための基本は、スタジオのセットの使い方が的確であることです。今の観客が許してくれるセットでも、将来の客はシラけてしまう可能性があります。おそらく色彩や音響の技術的問題かと思いますが、もともと室内の場面ならセットで良いのですが、セットか屋外かは時には雰囲気を決定的に変えます。屋外なら陰に隠れてしまう点も室内のセットだと細かい所が見えすぎて、古さを明らかにしてしまうような気がします。可能な限り屋外での撮影を増やした方が作品の寿命を長くすると思います。この作品は当時としては冒険と言えるくらい屋外(たぶん)で撮影していますから、逆にセットのシーンになると気になってしまいます。 

‘色の変わる変な画面’を見ると、この作品は芸術の域に達しているな~と私は思うのですが、リモコン片手に早送りが可能な準備をしてからでないと見てはいけません。そうしないと家族から、「故障か? はよう飛ばさんかい!」と文句が出るに決まっています。インターミッションなしのDVDもあるそうです。

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