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2020年9月20日

大分断 教育がもたらす新たな階級化社会(2020)

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- エマニュエル・トッド著 PHP新書 -

本当に教育が社会の分断を生むのだろうか?

(教育の意味) 
教育の意味は、時代に応じて変わると思う。戦前は、国力のための人材を育てる目的で大学が作られ、学生は立身出世に熱心だった。近年の日本だと、難易度の高い大学を出た学生が目指すのは、一流のIT企業や、外資系証券会社などではないか? 

技術を学び、人脈を形成し、一気に長者を目指すのが「あがり」であろう。

昔ながらの司法試験を経て、国家公務員への道を目指したりもすると思うが、そのまま続けるのは魅力的ではないと考える学生も増えているはずだ。事務次官といっても、あまり魅力的に写らない。

(ITの影響)
この変化の理由は、産業構造が変わったこと、特にITで世の中が大きく変わったためかも知れない。運が良ければ、IT長者になれる。若者たちは、それに敏感に反応していると思う。

それに応じて、大学の意味も、莫大な資産形成のためのステップに変わっているはずだ。SONYや東芝に入社して、魅力的な製品を作って誇りを持てる時代ではなくなった。 

そして、超一流でない多くの学生は大卒の資格を取ること、条件の良い企業に就職することなどが、大学に行く目的だろう。企業で魅力的な商品を作れるか分からないから、とりあえず生活の安定が大事と考えるはず。

(教育資金の問題)
教育にはお金が必要である。今の子どもは小さい頃から塾に通っている。親に資産がないと、同じ条件では競争できないことになる。劇場主の時代も条件に差はあったが、一世代が苦労すれば逆転して次世代は豊かになれることを確信していた。今も努力次第でそうできるはずだが、確信は持てない気がする。社会の階層は以前より固定している。  

(生産現場の変化)
今のような状況だと、一部のビジネスマンが巨額の金を集め、その他大勢の会社員は、低賃金にすがりつく構造になりやすい。なにしろグローバリズムのせいで生産は中国や東南アジアに依存し、国内の仕事は集配と受付が中心である。事務的な仕事に、多額の給与は必要ない。教育より以前に、IT技術と生産現場の偏りが、格差を生んだ理由と考える。  

(逆の流れ)
スマホは大きく社会を変えた。スマホのようなブレイクスルーは、そうそうあるものではない。でも、やがて技術は一段落するはず。それに、生産現場を国内に回帰させるべきと考える人も増えた。中国に何でも依存すると、コロナのような病気が流入するし、マスクや防護服も手に入らないというバカバカしい事態を生むことがはっきりしたからだ。

国内に工場が帰れば、工場で働いて生きていける人が増えて、社会の活気も戻る。技術が停滞し、工場が戻れば、教育のありように関係なく、それだけで格差は縮小するかも知れない。ただ、それはまだ本流にはなっていない。   

(日本独特の事情)
日本政府の政策は、日本の利益を目指していないと感じる。格差の拡大も、ある意味では米国にならった結果だ。国の中枢部は、どこを見ているのだろうか? 

日本の場合は、米国の政策研究所からの指示には素直に従う。郵政民営化のような、あまり意義のない要求でも、大騒ぎして達成する。日本経済が発展し過ぎると、米国の利益を損なう場合があり、そんな時には自粛を激しく要求され、国益を無視して実行される。

戦前、米側の要求に抵抗したばかりに、敗戦という結果を招き、米軍基地が配置されているのだから、基本として要求を拒否できないと考えているのだろうか? ただ、韓国にも米軍基地がある。でも左寄りの政権がたびたび成立し、米軍に反旗を翻すかのような行動をとる。

韓国にだって米国諜報部の力は及んでいるはずだ。両国とも、検察や高級官僚に硬軟含めた働きかけがないはずはない。何が、韓国と日本で違うのだろうか?

国民性の問題か?理由がよく分からないが、韓国には米国への敗戦の歴史はないから、何も気にせずにやっているだけかも知れない。そうすると日本側は、もしかすると単なる時代錯誤を続けているだけではないのか?  

(エリートの考え)  
受験競争を勝ち抜いた高級官僚が、国家のことより自分のキャリアや、退職後のことなどを気にしているように感じる。だから格差も国民の利益も気にされないのかと、疑念を抱く。

記録を隠匿したり、破棄したり、公務員らしくない行動が多かったので、官僚の論理を少し垣間見れた気がした。あれも教育のせいなのだろうか?たぶん、教育とは別な理由ではないだろうか? 

もし競争に勝った自分が利益を得ても当然だと考え、不正行為をしてしまうなら、受験や採用のシステムの弊害なのかもしれない。教育のせいと言えるかもしれないが、システムのせいと言うのが正しくないか? 

(あるべきシステム)
人が考えることは簡単には変えられないのだから、システムのほうを変えるべきだ。教育では無理だろう。
国家を裏切る公務員は、厳しく罰せられるべきである。上司からの無茶な隠蔽指示を告発したら、あるいは告発しなかったらどうなるかなどのルールもありうるのでは? 

国家組織なんだから、ルールは厳しくしないと、国の破綻につながる。

そして、一定レベル以上の出世には、国民の審査が必要だ。内閣人事局が決めて良いはずがない。直接選挙は技術的に難しいだろうから、国民が審査員を選び、審査員が官僚の出世を審査すべきだろう。そうしないと、役人の質を確保できない。今のように官邸が役人の人事を扱うと、官邸に権力が集中し過ぎる。独立した組織が望ましい。 

 

 

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