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2020年9月 2日

新型コロナウイルスの真実(2020)

Kk-bestsellers

- ベスト新書 -

神戸大学教授の岩田健太郎氏が、クルーズ船での出来事などを解説した本。感染症管理の現場で培われた理論が、役所の慣習とぶつかった様子がうかがえて、興味深い内容だった。

岩田氏がクルーズ船に乗り込んだ経緯は、氏の言い分によれば、どなたかの推薦か許可があって現地に向かい、現場で責任者から感染管理を依頼されたそうだ。

ただ、それは口頭で依頼されたものと思われる。その場で、「指導してくれよ」のような言い方をされたという書き方だった。正式な文書が残るタイプの依頼ではなかったのだろう。

政府から派遣されていたスタッフは、岩田氏の立場が理解できなかったのではないだろうか? オブザーバーか、マスコミの一員か、本当の指揮官か、誰も聞いてない状況だったはず。立場は明確でないといけない。

救急の現場や戦場のような場所では、指揮系統が明確でないと失敗する。いろんな人間が勝手に意見を言ったら、皆がバラバラの行動をとって、収拾がつかないまま無残な結果に終わる。この点を、岩田氏も現地の管理者も、忘れていたのではないだろうか? お互いが、役割を確認してから会話を始めることが基本だ。

現場の状況については、現場にいた岩田氏以外の人間がどのような証言をするか、その内容を見ないと何とも言えない。おそらく、岩田氏が批判した内容は実際にあって、管理体制は不十分だったろうと思うが、どの程度ひどかったかは不明。

菅官房長官は、雑誌の中で岩田氏の行動を、「数時間船内にいただけで対応を批判したが、それで状況が分かるはずがない」「クルーズ船での対応は、世界各国から評価されている。」という風にコメントしていた。たしかに、全体を見ていなかったことは間違いないと思う。

一般的に言って、正しい評価は一部の観察だけでは難しい。評価をする際には、全体を確認することが必要・・・それは学者に求められる資質のひとつではないか? だから、岩田氏は批判されてしかるべきだろう。

くわえて、岩田氏は動画の公開の形で外部に一方的に顛末を公開していたが、相手がいる問題を一方的に公開するという手法は、相手の名誉に関わる。常識的な礼儀の面から褒められない。公開討論か、公開質問状のような形式が望ましかったと思う。

告発したい場合は、法的に認められる手法でやるべき。たとえば保健所に訴え出るなどだ。あるいはマスコミに連絡し、取材の形で暴露する権利もあると思う。国民に、状況を知る権利はあるからだ。手法上の問題はあった。 

いっぽうで、クルーズ船内の対応が高く評価されたという菅氏の言い分は、にわかには信じ難い。外交のレベルでは、済んでしまった事件に関して批判をしても仕方ないので、「大変でしたね。」「わりとよくやったと思いますよ。」のような、辞令的な言い方はされるだろう。それをもって評価が高いとは言えない。

もし相手国が正直な言い方をするなら、

「このクソバカ野郎、船の中でウイルスを培養して、我が国の乗客を危険にさらした。客を分けろ! 清潔区域と感染区域を分けろ! 本来なら賠償請求ものだが、請求権が曖昧だ。悔しいが今回は見逃してやる、この常識外れの、ウルトラバカのクソ阿呆。」・・・という評価かも知れない。

政府は、批判を受け入れるべきだ。どうせ完璧に対応できる国なんてない。力不足であったことを認め、死亡者や家族に陳謝すべきだろう。それに、SARSの流行があった後は、今回のような事態に対応する訓練をしておかないといけなかった。

欲が先走って、管理できないのに大型クルーズ船を呼び、インバウンドに期待していた・・・そのように見える。劇場主の勘違いだろうか?

船内で管理するのは、よほどな訓練が事前になされていないかぎり、無理だったと思う。クルーズ船への対応は、事前に準備しておく必要があった。岸壁にテントなどで収容施設を作って、乗船者の分割管理をするような緊急対応は難しかったのだろうか?緊急の収容に対応できないなら、そもそも船の入港は無理だろうに・・・

今日、日本版CDCの設立が望ましいというのは常識である。この本の結論のひとつだ。政府から具体的な発表はないが、検討はされているに違いない。役人の配置や権限の調整に時間を喰うだろうが、必要性は明白。

日本版NSCという組織はあるはずだが、今回は役に立ったのだろうか? 国家的な危機には、感染症の流行も含まれると思う。バイオテロは考えないといけない。NSCは何か活動したのだろうか? 発表を見た記憶がない。委員たちが興味ない、分からない、そんな反応だったとしたら、NSCは役立たずだったと言える。

もし戦争が起こったら、日本政府は役に立つだろうかと疑問を持つ。指揮系統はバラバラ、想定外の連続。司令官はなぜか経済分野の専門家、指示はおかしな内容、しかも誰も責任は取らない。防空頭巾を作る会社に予算の大半を回したり、信じられない行動をとりそうな気がしてならない。

 

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