映画評

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2020年9月17日

ザ・ピーナッツバター・ファルコン(2019)

The-peanutbutter-falcon

- PBF movie,LLC -

ダウン症で施設に閉じ込められていたザックが、お尋ね者のタイラー、施設職員のエレノアと旅する物語。DVDで鑑賞。

この作品は、障害者役のザック・ゴッサーゲンが役を演じるために企画された作品らしい。作品を監督したのはCMなどしか扱ったことがない新人で、そんな企画に有名俳優のシャイア・ラブーフらが集結して、心温まる映画に仕上げるなんて、まさに夢のような企画。他の国ではなかなか成立しにくいだろう。

ザック・ゴッサーゲンは障害の度合いが非常に軽いようだ。言葉が明瞭だから、劇場主にも理解できるセリフが多かった。彼はもともと演技に興味を持っていたらしく、その能力を伸ばせたのは素晴らしい。 

障害者の扱いは難しい。健常者が演技で障害者を演じると、どこかに偏見が入ってしまい、意図せぬ反発を呼ぶことがある。 でも誰かが障害を表現しないと、健常者の心に彼らへの共感を生むことができない。演技ができるザック君は稀有な存在だから、今後も大事にして欲しい。

彼らが移動のために使うのはイカダ船だから、ハックルベリーフィンなどをイメージさせる。交通手段が発達した今日、手作りのイカダを使うのは非現実的な気がするが、映画の材料としては夢や牧歌的雰囲気を感じさせるから効果的だ。社会から脱落した二人組の男たちには、のろい移動手段のイカダ船が似合っていた。

作品中で地図をたどるシーンがあり、彼らはノースカロライナ付近の遠浅の海や湿地帯を移動していたようだ。沼や浜辺の中を移動しているし、風呂に入った様子もないから、どう考えても彼らは猛烈に臭かっただろうが、映画では誰も彼らの臭いに嫌悪感を示してはいなかった。話が妙な方向に行くからかも知れない。

主役のシャイア・ラブーフは実際にも社会不適合者らしく、この作品の製作途中に事件を起こしている。お尋ね者としては本物だが、過去の役柄のイメージのせいか、この役に合っていたかどうか微妙だと思った。髭を生やしても、少年の頃の顔を思い出してしまい、ワルらしい迫力に欠けているように思う。

また、ザックがプロレスに出場する話は、必要だったかどうか分からない。普通なら、素人の障害者を出場させでもしたら、どんな契約書を作ったとしても、犯罪に相当するはずだ。必ず責任を問われるから、協力する奴はいないと思う。現実から離れすぎる設定は、夢を壊す。だから、プロ相手にトレーニングさせてもらうだけで良かったのじゃないかと思う。 

施設に入所している障害者が何かの活動を希望する場合、社会はどう対応すべきだろうかと考えた。「能力的に無理だろう」「危険に巻き込まれる」「犯罪者に利用される」「管理責任を問われる」・・・そういった考えが直ぐに浮かぶ。

今作のザック君のように脱走を図られたら、規則違反がまず重大視され、彼の想いがどうかの問題は後回しになる。彼に共感し、彼の行動に協力することは考えられない。協力したら、自分が犯罪者になりかねないからだ。規則が障害者の希望、気持ちのことをどこまで把握しているのか、劇場主には分からない。 

劇場主の診療所には知的障害者も来院する。診断書を要求されることもある。ある時、独居で生活するのが難しい患者のことで、担当官から施設入所を要すると書くように要求されたことがあった。患者の希望を確認したかどうか尋ねてみたら、その担当者は本人の意志を全く気にしていなかった。

「何を言ってるんだ、あいつに意志なんてあるもんかい! あったとしても、だからどうした! 一人暮らしは無理だろうが!」言外に、そんな感覚を持っていることを、表情で感じた。

担当官は、自分の責任のことを第一に考えていたはずで、確かに施設に放り込んだほうが患者は安全で、管理はしやすい。責任を果たしたことにできる。だから脅したり、誘導したりして入所させるケースは少なくない。でも、障害者の権利への配慮や、敬意に欠けるものを感じる。

敬意を忘れてはならないと思う。何を考え、希望しているのか、誘導しないで聞くべきだし、独居が明らかに困難だという証拠にも、その客観性にこだわるべきだ。

 

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