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2020年8月10日

家族を想うとき(2019)

Sorry-we-missed-you

- ケン・ローチ監督 -

配送業者として契約した主人公は、過剰な労働環境、増える借金、家族への負担によって破滅の道をたどる・・・・DVDで鑑賞。前作の「私はダニエル・ブレイク」と同じようなテーマで、社会的弱者の置かれた状況を、ユーモアと心温まるエピソードを交えながらも、大いなる悲劇として描いていた。

独特のタッチを感じる。場面と場面のつながりに、時々違和感を感じることもあり、編集作業に関しては完璧ではなかったかもしれない。  俳優なのか、エキストラなのか分からない人々が多数出演していた。ロケ地の地元の人かも知れない。日本人のエキストラと違って、演技臭く感じない点に驚く。  

主演の父親役は本職の俳優だそうだが、メジャーな役者ではないようだ。息子役や娘役は完全にオーディションで選ばれた人達らしい。そんな役者たちが集まって素晴らしい作品を作るのだから、監督やスタッフの力量には感服せざるをえない。  

貧困に満ちた今日の社会は、改革を必要としていると感じる。この作品の家族は、おそらくリーマンショックであろう金融危機の影響で自宅を失い、アパートで暮らしていると思われる。リーマンショックでもコロナショックでも、ローンの維持を困難にし得る変化は、いつの時代も必ずのように襲って来るものだ。人の一生で、困難が一度もないという幸運は、滅多にあるものじゃない。

経済交流の規模が大きくなったことで、収益の規模も大きくなって豊かさが得られる一方、危機の破壊力も巨大になっている。 金の動きが大きいと、県や国の資金力で問題を解決するのは困難。財政的に国民全部を支援することは難しいはずだ。そんなグローバルすぎる経済活動の弊害を、この作品は感じさせる。

ただし、貧困は昔からあったものでもある。以前の日本だと、多数の小作農家や小規模事業者が、生き延びるために必死で働いていた。映画の家族よりも多くの労力をかけて、さらに貧しく、地をはいずり回るように働いていたはず。私達は、彼らのおかげで今は豊かな生活を送れている。ただ、今後どうかは分からない。

生産、製造の場所に関しては、国外が中心になりそうである。新規に農業を始めて懸命に働いても、経営が成り立つ保証はない。映画のような配達員にはなれるかも知れないが、高給は期待できそうにない。グローバルに激しく動く時流に乗り、極端な大金持ちになる人もいると思うが、やった仕事に見合う収入が得られない人のほうが多いだろう。

それを可能とする規定が強固に出来上がって、多数の人がただ搾取される状況が予想される。それは大まかに言って、規制緩和の弊害と考える。社会的中間層を減らし、極端な金持ちに収益を集め、大多数の貧者には過剰な労働を強いる、その仕組みを規制緩和が正当化してしまっている。 

規制緩和は難しい。発展を阻害する無駄を省略する意図が、結果的に搾取の固定化につながるなんて、小泉元総理や竹中氏、あの時代に彼らを支持した人達には予想できなかったんじゃないかと思う。壮大なる不幸を呼んだことを、本人達はどう思っているのだろうか?

 

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