映画評

  • 当劇場は劇場主のための映画館です。訪問者を期待しておりません。内容の客観性、正確性は保障できません。でも、真摯な批評を目指します。

劇場主


Conflict of Interest

  • 特にありません。

おことわり

  • 当劇場は誹謗中傷を目的としておりません。もし権利を侵害されたと感じられた方は、申し訳ありませんが管理会社や公的機関に御相談ください。

« 空気を読む脳(2020) | トップページ | 私は死にたくない(1958) »

2020年8月28日

香水(2019)

Eito-asab

- 瑛人 -

8月中旬にネットの記事で、歌手の瑛人のことが書かれているのを目にした。噂には聞いていたが、どんな曲なのか気になり、初めて「香水」をオフィシャル動画で聴いてみた。

事前のイメージではイケメンが弾き語りをするか、あるいは韓流風の気取った男がダンスをするのだろうかと思っていたが、全く予想が外れていた。瑛人は風貌が・・・だったし、ダンスは別の女性が担当している。しかも彼女もダンサーらしい体型ではなく、やや意味不明の踊りで、流行りの曲とはずいぶん違う点が多かった。

でも、本当に良い歌だと感動できた。映画を観ているかのような、動画の表現力、説得力を感じた。なので、この劇場にも登場していただく。多くの人の心に届く力があったのだろう、この曲は令和2年の前半で特筆すべきヒット作になっているそうだ。

この曲の何が良かったのか、考えてみた。

①瑛人の顔や雰囲気と、楽曲の内容が合致していたこと。
瑛人氏は、イケメンとは言えない。冴えない雰囲気の、どこにでもいそうな、そして自信もなさそうな、いかにもフリーター風の人という印象を受ける。

おそらく、この曲がヒットするまで業界の有望株ではなく、本人は自分の将来の展望を持つことは難しい状況だったのではないか? そして生活が安定せずに、心底不安を抱えていたのではないか? 失礼ながら、観た印象ではそう感じた。

もし彼がカッコよい曲を歌うとしたら、おそらく違和感を感じるだろう。曲の内容と歌手のキャラクターが完全に一致していたことで、劇場主には同情、応援したいという感情が自然と発生した。そんな反応が、成功の一要因だったと思う。 

②ドルチェ・アンド・ガッパーナのブランドが絶妙の選択だった。
仮に、これがシャネルだったら、意味合いが全く変わって来る。発音しにくいドルチェ~の音と、新しめのブランドで、誰でも知っているとまではいかない状況、そのイメージが、聴き手の印象に強く残る効果があった。

シャネルだったら、おそらくメジャーすぎるために、相手の女性がタカビーか不釣り合いなハイソな人物ではないかと感じられる。不釣り合いな恋という別な印象が生まれる。それでは視聴者が覚えてくれなかった可能性もある。

このブランドが選ばれたのは偶然だったそうだが、選んだセンスが良かったし、曲に使おうと考えたのは普段から曲を書こうと努力していたからだろうから、幸運と努力の賜物だったと思う。

もし瑛人が大手の派手なタレントだったら、ブランドに馴染みがあっても当然だろう。歌で使う場合にも、使い方が違うと思う。瑛人がブランドに馴染みがなかったからこそ、歌詞に使う発想が生まれたのかも知れない。 

③ 別れた元彼女に未練が感じられる歌詞と、それを匂いと連結させた流れも自然だと感じられた。

劇場主が憧れていた女の子については、やはり匂いの記憶がある。匂いを嗅ぐだけで幸せな気分になれたものだ。多くの人が、匂いと恋人を連結して、動物的に覚えているのではないだろうか? 

「366日」も似たような曲だ。ただし、366日は曲調が非常に暗くて悲しい点で「香水」とは少し雰囲気が違う。みじめで颯爽としていない「香水」の僕は、大泣きして復縁を願うような性格ではないようだ。それは歌い手の瑛人がそうなのかもしれないし、真に現代風なのかもしれない。

今は、「俺が働いておめえを喰わせる、ついて来な!」と言っても、「ヘン、あんたフリーターで、収入も低い。アタイのほうがIT企業勤めでリッチよ!」と、軽くいなされる時代だ。復縁を申し出ることすら、気後れするだろう。その意味で、現代的だ。  

この曲はたくさんのタレントがカバーしている。ミュージシャンのTEEが、レゲエ風にアレンジして歌っている動画は出来栄えが素晴らしく、歌は本家よりもずっと上手い。でも、この曲は瑛人のような男が歌うから味が出る。上手けりゃ良いわけじゃない。 

今はレコードが売れない時代だから、流行り歌のありかたも昔とは全然違う。毎年のように、ハッとするほど良い曲が発表され、どんな歌手が歌っているのかと調べてみれば、地道な活動をしていた人も多い。

あいみょんの「マリー・ゴールド」、米津玄師の「lemon」などは優れた曲で、独特な味を感じたが、彼らは井上陽水や吉田拓郎時代のミュージシャンとは活動の仕方がずいぶんと違って見える。

瑛人の歌は、さらに独特の流行り方をしたので、彼が今後どのような活動をするのか、予想も難しい。すぐ消えていくのか、地道に楽曲を提供する人になるのか? ただ、さすがにテレビに出続ける歌手にはならないだろうと思う。そんな見栄えの良い歌手でないことは間違いない。

 

« 空気を読む脳(2020) | トップページ | 私は死にたくない(1958) »

無料ブログはココログ