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2020年4月23日

皇帝フリードリヒ2世の生涯(2013)

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- 塩野七生著・新潮社 -

教皇と対立しつつ、イスラム勢力と交渉して聖地を回復し、神聖ローマ帝国の皇帝として一時代を築いた人物の伝記本。文庫本を購読。 

教皇と歴代の皇帝たちとの争いがあったことは知っていたが、このような人物がいたことは知らなかった。歴史の教科書にもほとんど記載されていなかったはずだ。カノッサの屈辱(1077)は有名で、その時の教皇グレゴリウス7世と、皇帝ハインリヒ4世の名前には記憶がある。その時代から200年ほど後が、フリードリヒ2世の時代になる。

亡くなったのが1250年で、日本で言うと、親鸞や日蓮が活躍していた時期に相当するから、宗教家と武家(騎士)らが活躍していたという共通点がある。だが、東西で目指した道はずいぶん違っていたようだ。仏教の性格によるのかもしれない。 

教皇と皇帝が対立すると、イスラム世界にとっては有利に働く。それでも数百年にわたって対立し続けるということは、それなりの理由があったのだろう。政治と宗教の間で、二重の権力が併存することには、もともと無理があった。どうしても矛盾が生じて、諍いが生まれる運命だった。  

現在の日本では寺社の力はそうでもないが、創価学会や日本会議の意向は政府も無視できない。今の政権は両者から協力を得ているが、今後の政治情勢によっては変わるかも知れない。中国の場合は共産党が強権を用いて支配しているが、共産主義と実際の中国社会は乖離が目立つ。現実社会や国際交流の場においては、障害も多々ある。やがて激しい紛争を起こすのではないだろうか?  

フリードリヒ2世は斬新な政策を持ち込んでいたらしいが、どこからアイディアを得たのだろう? 当時の先進地域であるアラビア方面から、教育機関や官僚制度の良い点を学んでいたのかも知れないし、彼に教育を授けた人達の知見が進んでいたのかも知れない。教会の支配に改善が必要という認識は、彼の前にも存在していたはずだ。

でも、教会が強力に支配する時代に、論理的な政策を持ち込むのは危険なことだ。教会側が黙っているはずがない。敵対せずに協調できれば良いが、理念や利害が絡むはずだから、身の危険を冒す覚悟が必要になる。そうまでして、彼が目指したものが得られたか、彼の存在意義があったかどうか、結果的には疑問。施策は、結局は失敗だったようだ。

教科書での扱いが良くないのは、彼の実績が後代に反映されなかったことが影響している。新しい観念、政策を持ち込もうとすると、壁にぶち当たる。そんな仕事は一人の英雄にできることではない。時期を待ち、人を集め、ムーブメントを起こし、後継者を育てないといけない。戦闘で、圧倒的な勝利を得る必要もあった。武力が、結局は大事だったと思う。 

彼がミラノなどの都市を攻略できなかった理由はよく分からない。当時、皇帝と敵対していた町は、城壁で飛んでくる石や弓矢をしのいでいたのだろうが、例えばリチャード獅子心王の時代には、優れた投石器をこしらえて中東まで運搬していたくらいだから、それよりも後のフリードリヒの時代なら、さらに多くの投石器を運搬して、物量で圧倒することだってできたはずだ。資金や人員の違いだろうか? 

あくまで封建領主たちの集団から協力を得て戦争する立場だったから、町を長期間にわたって封鎖して攻め続ける財政、人員面の余力がなかったのかもしれない。皇帝が弱いほうが、領主たちにとっては有難い。よって、協力は得られなかった可能性もある。

でも、もしフリードリヒが急死しなかったら、ドイツという国のありかたが違っていたかもしれない。中央集権の足がかりがつかめ、フランスのような国家にいち早くなって、周辺を圧迫していた可能性もある。宗教改革も数百年くらい早まり、ドイツ地域が先に発展し、産業革命もドイツで起こり、世界大戦だってなかった可能性はないだろうか?

 

 

 

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