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2020年4月 7日

ミッシング・レポート(2018)

Spinning-man

-Spinning Man -

大学で哲学を教える講師。彼は時々、記憶が曖昧になる。そして、彼は殺人の容疑者として疑われてしまう・・・・・DVDで鑑賞。「悩み多き哲学者の災難(ハヤカワ書房)」という原作があるそうだ。

サスペンス・スリラーとして、静かな調子で話が進み、徐々に主人公が犯行を犯していたかもしれないということが分かって来る仕組みだった。昔よくあった静かに恐怖を感じさせるサイコスリラーのひとつだろう。主役二人と、奥さん役の芝居は素晴らしいものだった。感情をリアルに表現していたと思う。 

狂った主人公が、自分が殺人を犯していることを記憶に残しておらず、何の自覚もないまま日常を過ごしているのでは? そこが設定の中心だった。 このような場合、善良そうな主人公を執拗に追いつめる係が必要だ。今回はピアース・ブロスナン演じる刑事が、それだった。

でも、この刑事役は非常に穏やかな語り口で、あまり陰湿な感じがなかった。そこは、どんなものだろうかと感じた。この役は観客に嫌われないといけない。もっと嫌らしい個性が必要で、そうなると他の俳優のほうが向いていたかもしれない。 

自分の記憶に自信を持てる人は、そんなに多くはないと思う。劇場主も記憶が非常にあいまいで、完全に勘違いして覚えていることがある。患者さんのデータや写真は覚えていても、名前が出てこない。つい昨日来た患者でもそうだから、かなり重症である。

ただし名前を覚えないのは若い頃からで、記憶力が落ちたこととは関係ないようだ。記憶には独特のルールがあり、名前だけはよく覚える人もおれば、数字ばかりよく覚えている人もいる。記憶する段階には、関連付けが必要だろうから、覚えやすい項目が人によって違っていても不思議ではない。 

でも何かの犯罪を犯して、それを忘れるということが起こりうるのだろうか? 特に殺人のような犯罪は、普通の感覚なら大きな出来事で、強い感情をともなわないとできない。簡単に関連付け事象も含めて忘れることはできないはず。ただし、精神異常の人ならありうると思う。現実と妄想の区別ができないような病状なら、記憶じゃなくて妄想だよなと、本人でも区別できなくなるかもしれない。

何か強いトラウマをともなうような事件の場合、特に幼い頃の事件では、それを経験した自分を守ろうという精神反応が起こり、記憶を封印するような現象は起こりうると思う。でも、授業を普通にこなすような人物が、自我を形成した後に、犯行を記憶から排除するというのは、ちょっと考えにくい。むしろ空想、妄想癖がある人物のほうが、そんな現象を起こす可能性があると思う。

そうなると、その人はおそらく自分に自信を持って過ごすことは難しい。始終、不安感に苛まれて、「私、何か変なことやりませんでしたかね?」と、いちいち人に確認を求めるだろう。だから、今作の主人公も、そのような個性であったほうが自然だったのではないかと思う。

 

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