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2020年3月30日

戦争プロパガンダ 10の法則(2015)

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- アンヌ・モレリ著・草思社  -

戦争において、各国から出されたプロパガンダの嘘、誇張をまとめた本。単行本を購読。面白い視点から、クリアカットに問題点を解説していると思う。

皮肉めいた言い方で、戦争指導者を茶化すことは簡単だが、ちゃんと類型化し、頭を整理しておく必要を感じる。そうしないと容易に、しかも繰り返し騙されるからだ。

プロパガンダの嘘については、劇場主も感じることがあったが、いにしえの戦争については感覚としてつかめない。それに対し、例外的に湾岸戦争は分かりやすい。核兵器開発の証拠は、開戦の前には全くなかったはずだ。米政府の当時の発表は、明らかに説得力に欠けていた。それなのに開戦に踏み切り、米国民の支持を得るのはおかしい、そう感じていた。 

だが考えてみると、劇場主も知らず知らずのうちに、プロパガンダの影響を受けているかも知れない。湾岸戦争の嘘には気づいても、他のことには騙されている可能性はある。米国には専門の情報管理担当者がたくさんいるらしい。演出のトレーニングを受けた連中が、入念に練った内容を世界中に発信しているだろう。まったく騙されないのは難しい。

テレビ討論などを見ていると、やたら強硬な意見を吐く人が多い。迫力のある意見だと、どうしても影響されて、「そうかもね・・・」と説得させられてしまう。それに力のある勢力の意見に反論するのは難しい。劇場主は戦後育ちの人間だから、米軍のプロパガンダの元で育ったはず。学校教育によって騙されているかも知れない。だから、この本の原則にしたがって、感覚を再確認しておきたい。   

①我々は戦争をしたくない 
・・・太平洋戦争の開戦については、いまだに議論がくすぶっているように思う。旧日本軍が戦ったのは、米国の謀略に乗せられたから、少なくとも、そんな側面はあると考えていた。でも、分からない。少なくとも日本側には満州方面への侵略の意欲があったはずだ。米軍とは戦いたくないが、満州は欲しいので戦う、もしそれが基本的な方針だったとしたら、戦いたくなかったと言えるだろうか? 日本側に都合の良い理屈だろう。

日本人がどう言おうと、戦争をしたかったんだろうと言われたら、反論は難しい。ただし、この理屈には米軍の教育の影響もありうる。過剰に自己批判し、全て日本軍のせいにしようという宣伝に乗せられているのかもしれない。敗者は言い訳しにくいものだ。勝者の論理を受け入れるしかない。

喧嘩の時には、敵が最初に敵意を持っていたこと、先に攻撃してきたことを強調することが多い。自分が力づくで殴り始めたと正直に言うやつはいない。自分が穏やかであることを強調する。それと同じ理屈が、戦争においても使われているようだ。勝てれば、その理屈が後世に伝えられる。 

②しかし敵側が一方的に戦争を望んだ 
・・・同じく、太平洋戦争に関して。劇場主は、米軍は日本との戦争を望んでいたと考える。米国の景気や、ドイツとの戦いのためにも、日本を挑発する意志が働いていたはず。しかし、日本軍も満州にいるわけだし、ドイツと同盟を結んだわけだから、挑発行為をしていたと言える。防御目的の同盟でも、敵にとっては挑発だ。米軍が一方的に戦争に持ち込んだ、とは言えない。

子供の喧嘩では、敵が最初に吹っかけて来たと双方が言うことが多い。でも客観的に見ると、演技によって自分を被害者に見せかけている場合が多い。大げさに、「うわあ、やられた、痛い~。あいつが一方的にやったあ~。」などと誇張した覚えがある。戦争の場合も、この種の言葉は信じないほうが良さそうだ。 

③敵の指導者は悪魔のような人間だ 
・・・湾岸戦争前のサダム・フセインの扱いは酷かった。毒ガス使い放題の、良いところなしみたいな報道。でも、彼のおかげでイラクは一応の安定を得ていた。戦争後に酷い混乱が起こったから、フセインにも存在意義はあったはず。

また、日本側からすれば、世界大戦時のルーズベルト大統領も酷かった。日系人を収容所に入れるなんて、ナチスなみの悪行だ。戦争にも周到な準備をして、原爆も用意した。だが、それは米国の大統領なら当然のこと。彼の人種差別意識は政策に関係したろうが、差別は大統領だけじゃなく、広く欧米人が持つものだ。それに第二次大戦は、米国にとってはチャンスだ。大統領は、米国人としては普通の感覚で、大統領の責務を果たしただけかもしれない。 

④我々は領土や覇権のためではなく、偉大な使命のために戦う
・・・第二次大戦において、米国は自由と民主主義のために戦ったと、今でも語られている。利益や覇権は結果的についてきただけ・・・でも、そんなはずはない。その後の戦争を見れば分かる。使命のためだけだなんて、そんな綺麗ごとはありえない。

皇室の権威、国の誇りを守ることは、かって日本の大事な国家的使命だった。でも実際には、軍隊のための戦いをやっていた面もあったようで、皇室の権威を利用しただけと考えるべきかもしれない。個々の兵士が純粋な意識を持っていても、軍の集団としては、軍首脳の出世争いも影響して、結果的には純粋に使命を果たそうとしていたと考えにくい。

また領土については、旧日本軍は明らかに満州を侵略していたのだが、その意図を明言していないはずだ。国の誇りが侵略の理由になるはずもない。ソ連から防衛するためという理屈で、領土はぜんぜん欲しくなかったというのは無理な話だ。

米国は太平洋の覇権を奪われることを、今でも危険視していると思う。東南アジアまで進出しているのは、民主主義のためとは思えない。中国に至っては、九段線という理屈が、もはや理屈ではない。どの国も、自国の支配が安定した地域を欲している。それは多くの場合、領土になっている。

意図を隠すのは、誰でもやること。満州への侵略、進出について、国内での議論のテーマとしての扱いは大きくない。忘れてしまったかのようだ。日本の論客たちにとっては、都合が良くないからだろう。先達を真似て、いまだに意図を隠すクセがあるのかも。  

⑤我々も意図せざる犠牲を出すことがある。だが敵はわざと残虐行為におよんでいる
・・・内戦が続く地域では、この種のコメントは対立している双方の側から必ず聞かされる。どちらが本当のことを言っているのか、さっぱり分からないことが多い。 

サッカーの試合などで見かけるシーンと似ている。敵の選手を引っ張って倒しても、「敵のほうが激しく引っ張っていた! 俺たちは手に引っかかって結果的に引っぱったが、大人しいものだ。あいつらは無茶苦茶に力いっぱいだった。」といったアピールを、劇場主自身もやっていた。正直に言えば、嘘ばかりだった。審判を欺こうと、双方が必死の演技をやったものだ。 

ああいった演技が高度化し、体系化したものが、今日の戦時プロパガンダになっている気がする。 

⑥敵は卑劣な兵器や戦略を用いている
・・・・ サダム・フセインもシリア政府も、毒ガスを使ったらしい。そう報道された。でも、真相は分からない。米軍のプロパガンダに過ぎないのかも知れない。

原爆は卑劣な兵器だと思う。どう考えて一般市民に使う決定をできたのか? 明らかに戦争犯罪である。しかも、それによって被害を最小限にできたと主張するなんて、最低のプロパガンダだ。市民を殺すのは殺人だ。戦争は非人道的行為であり、各個の作戦や兵器について、いちいち人道面を検証しても仕方ないとは思うが、核兵器は極度に卑劣だ。

ただし日本人以外に限れば、今後使われる核兵器は許せなくとも、少なくとも長崎、広島への投下は正当化されるのでは?くらいの意識ではないか? 日本側は自業自得と考える人も多いと思う。

旧日本軍が細菌兵器の実験をやっていたのも間違いない。明らかに卑劣で凶悪な、大量破壊兵器の研究だった。やれる施設があれば、どこの国だってやっていたのかもしれない。日本軍の名誉のために言うなら、攻撃側の自分たちも被害を被るので、既に欧米では規模が縮小されており、遅れた日本が証拠を残してしまっただけということではないか? でも、その名誉って、どんな名誉だろうか?  

⑦我々の受けた被害は小さく、敵に与えた被害は甚大
・・・ これは旧日本軍の大本営発表が、まさにそうだったらしい。ただ、他の国の戦争でもやられているとは知らなかった。そうだとするなら、旧日本軍ばかりを責められない。大本営発表に関わった人たちも、皆が立派な軍人だった・・・・いや、そうは言えない。国民を不安にさせないため、志気を維持するためなど、いろんな理由をつけていても、嘘をついたことは否めない。その結果も悪かった。  

⑧芸術家や知識人も正義の戦いを支持している
・・・・ そう言えば、指揮者や作曲家には、右翼的な言動が目立つ人が多い。もしかすると、そんな人物が演奏したり作曲したりするのは、主に国家か関与するホールで、国主催の式典が多いからということも関係するのか? 

たとえば自衛隊に反対する演奏家が、自衛隊の式典に呼ばれるはずはない。そうすると、音楽家として生計を立てるためには、国の方針にべったりの方が良い。国の側も、文化人の権威を利用できるから双方にとって都合が良い。知識人も、権力に抗うのは簡単ではない。  

⑨我々の大義は神聖なものである
・・・ イスラム系の国々では、ほとんどの場合がアラーの名を借りた神聖な戦いが繰り広げられる。戦っている双方が、自分たちの側に神聖な目的を担う資格があると主張している。劇場主には理解できない感情が働いている。

かって皇室の権威は奉られ、利用された。皇室を守る大義は、政権や官界、財界を守るために上手く置き換えられたと感じる。国の歴史、美しさを強調される機会は今でも多い。そこにプロパガンダをはめ込むのは止めて欲しいのだが、意図の見極めは非常に難しい。

米国や中国、ロシアの大義は、民主主義だったり、国の誇りだったりするようだが、利権や覇権、人種差別意識などが隠されていないか、なかなか判別は難しい。  

⑩この正義に疑問を投げかける者は、裏切り者である
・・・劇場主にも覚えがある。集団の力を借りて何かをしたい場合、子供の頃に、似たような言い方をしていた。独りではやれないイタズラ遊びの場合は裏切りが怖いので、「先生や親に言うなよ!」などと、念を押したものだ。強制力をはたらかせたい場合、裏切り者のレッテルは有効だと、子供の頃から感じるもののようだ。

国家的な裏切り者とされると、身の危険が生じる。会社での場合は、窓際族に追いやられたり、陰湿ないじめに遭ったりすることが容易に予想される。孤高の生き方をできる人間は少なく、ほとんどの場合、裏切り者のレッテルは社会的な敗北を意味する。その理屈を上手に使う人間が出世する傾向がある。

誰かを裏切り者として告発する人間には注意が必要だ。きっと野心が絡んでいる。扇動者になって、集団ごと引きずって破滅に向かわせるつもりかも知れない。その意図を見抜き、狙いを端的に表現し、速やかに反撃し、敵の攻撃を撃退する能力が、生きて行くうえでは必要だ。 

考えれば、もっとたくさんのプロパガンダの影響を受けているのかも知れない。その結果として意識が形成され、成長してきたかもしれないとさえ思う。嘘だらけの世の中で、真実を見分けるのは難しい。

したがって、何ごとも信じるな!それが劇場主が強調したいプロパガンダだ。

 

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