映画評

  • 当劇場は劇場主のための映画館です。訪問者を期待しておりません。内容の客観性、正確性は保障できません。でも、真摯な批評を目指します。

劇場主


Conflict of Interest

  • 特にありません。

おことわり

  • 当劇場は誹謗中傷を目的としておりません。もし権利を侵害されたと感じられた方は、申し訳ありませんが管理会社や公的機関に御相談ください。

« 寒い国から帰ったスパイ(1965) | トップページ | トイ・ストーリー4(2019) »

2019年12月 4日

わたしたちが孤児だったころ(2006)

When-we-were-orphans

- カズオ・イシグロ著・早川書房  -

カズオ・イシグロが戦前、戦中の上海を舞台に描いた物語。映画にはなっていないようだが、いかにも映画的な小説なので、ここに登場していただく。文庫本を購読。

この本はかなりの長編なので、読むのを敬遠していた。このところ、村上春樹の小説をシリーズのように読んでいて、ライバル?と言えるイシグロのことが再び気になり、購読するに至った次第。 

この作品は、他の作品と違って少し理解不能だった。訴えたいテーマもよく分からなかったが、記憶は、ひとつのテーマかも知れない。子供の頃の記憶が曖昧になることは劇場主もよくある。しっかりした記憶のつもりが勘違いしていたことに気づくまで、数十年にわたって間違っていたということも多い。主人公が勘違いや理解不足をどのように正して、真相に結びつくのか、そこを描いたのではないかと思うが、もう少し分かりやすく、鮮やかに表現できなかったかと感じた。 

戦闘中に母親を探すことも理解できない。時期をずらすのが普通だろう。もし本当にそうしたいなら、おそらく正式なルートを使って、日本軍に自分が侵入することを伝え、銃撃や拘束を逃れようと考えると思う。あるいは現地人に頼むかもしれない。土地勘の足りない人間が、砲弾が飛び交う中で移動するのは、映画的には盛り上がるだろうが、現実味を失うだけとも考えられ、好ましい設定ではないと思う。むしろ、戦争の直前の緊迫した雰囲気の中を設定したほうが良かったのではないか? 急いで現場に入ったが、探しきれないうちに戦闘が激化した・・・そのほうが自然な描き方だろう。作者の意図が分からない。  

主人公と社交界の花形の女性との物語は、良い物語になっていたと思う。なんだかロシアの文豪の小説のような、はかない運命を連想させて、小説の格まで上がりそうな感じがした。上流階級に属する女性が、夜な夜なパーティーに出没し、魅力を振りまくと、憧れや運命を心配する感情が起こってしまう。これは文学の影響が大きいと思う。かならず主人公の男はフラれ、女性は不幸な結婚をして病気で早世するのではと、なんだか期待してしまうのである。この小説で最も魅力になっている部分だろう。相手の女性に欠点が多々あり、主人公が振り回されることもお約束だが、女性の魅力を引き出していると思う。  

当時の中国の状況はよく知らない。軍閥が各地で勢力争いをして、日本軍に満足な抵抗をできなかったのではないかと思うが、あの時代の中国人は自分たちをどう考えていたのだろうか?「ワイルド・スワン」を読んだ時に感じたが、中国人の多くは、長いこと中国人としての意識が希薄になっていて、組織的な対応ができない状況だったのではないかと思う。満州族に支配されていたからだろうか? 国よりも一族のことが重要で、軍閥の主に自分の娘を差し出すなどで、一族が裕福になることを目指すという、まるで漢や唐王朝時代のような古いやり方が残っていたようだ。

日本も幕末になるまでは似たようなものだったのだろう。国単位の考え方より藩や家族単位の利害、誇りが最優先で、欧米のような侵略的考え方をする連中が来ても、団結して立ち向かうことができない。意識改革がまだできていない状況だったのではないか?

今の中国は逆に国家意識、党優先の思考が浸透している。過剰すぎる管理体制ではないかと感じるが、気を抜くとソ連のようになるから、党は何事も譲らないだろう。でも海外旅行や留学が活発になっているから、アホらしい党の命令に反感を抱く人間が増えるかも知れない。党が何かの対処を誤れば、怖ろしい瓦解が起こっても不思議ではない。香港の状況も、予断を許さないと思う。

 

« 寒い国から帰ったスパイ(1965) | トップページ | トイ・ストーリー4(2019) »

無料ブログはココログ