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2019年10月 1日

ねじまき鳥クロニクル(1994)

The-windup-bird-chlonicle

- 新潮文庫・村上春樹著 -

専業主夫の主人公は、飼い猫と妻に出て行かれてしまう。妻の行方を捜す中で、奇妙な占い師、高校生、怪しい姉妹などに翻弄されてしまう・・・・文庫本を購読。今回も、「騎士団長殺し」を読んだついでに、興味を持って買った次第。この作品は舞台化されるらしい。したがってビデオ化される可能性は高いし、映画化されるかもしれない。

かなりの長編なので、一日ではとても読めなかった。もともとが三部作になっていたようで、そう言えば表紙をどこかで見かけたような気もする。奇妙なタイトルだなあと、その時は思ったはずだが、読むまでには至らなかったようだ。専門書や学会雑誌を読むのに苦闘していたからだろう。  

この作品も怪しい雰囲気が全編を覆っている。変な通り抜け体験が出て来るし、地下にもぐって瞑想するなど、何かトラウマを感じさせる行動を主人公がやるのは、もはや村上作品のお約束になっているのかも知れない。 トラウマと言えば、戦時中の出来事は村上氏のトラウマなのではないか? 様々な作品に戦時中のことが出て来るし、恐ろしい行為、悲惨な運命が作品のストーリーに重い影を落とすことが多いから、きっとそうなんだろう。

もっとも、第二次大戦を経た国々の人間は、戦勝国も敗戦国も、戦時中の残虐行為に関してトラウマを持って当然と思う。能天気に「平和になって良かったね」だけでは済まされないような、背筋も凍るほどの殺傷事件はたくさんあったはずだ。それを忘れてはいけない。再発を防ごうと思うなら、トラウマになって当然と言えるだろう。無神経に普通の国を目指す、領土のために戦争を辞さないなどと発言する人間は、人間性に欠けており、鈍感なのだ。 

主人公のキャラクターに関しては、読者を説得できるだけの描写が足りない印象を受けた。こんな人間いるよなあ、こんな気持ちは自分も感じることが多い、そんな描写を散りばめていないと、主人公が仕事を探す気にならないことや、危険を顧みずに冒険に出ることを理解するのは難しい。だから、もっと強いこだわりを子供のころから持っていて、周囲の人達と衝突して来た個性であること、そこを矯正したいのだが、どうしても我慢できないで危険な目に遭うといった、やむにやまれぬ性分のようなものが描かれたほうが良かったと思う。

幼少時のことがカギだった。何かのこだわりのせいで、自分の親や先生を困らせて来たことなどが、もっと描かれるべきだろう。その感覚が、誰でも感じたことがあるような、普遍性を持つものなら一番だ。 それにラスト近くで主人公の推理が当たり過ぎているような気もした。唐突に出て来る内容に驚いてしまった。もっと勘違いして間違っていたほうが自然だろう。   

「羊をめぐる冒険」「騎士団長殺し」とは共通する部分が多い。戦時中の出来事が作品のストーリーに影響していることは間違いない。悪意に満ちた人物が戦時中には暗躍しており、今作では、それによって後遺症に苦しむ元兵士が書いた手紙が、主人公の運命を解読するための参考書になっているようだ。

旧満州時代に不幸な目に遭った人達への哀悼の意図は、この作品の根底にあるに違いない。劇場主の周りにも、満州からの引揚者は多い。家族を失って帰郷した親戚のおじさんもいた。 最近亡くなられた患者さんは、ソ連に抑留され、思想教育を受けた経験を語っていた。抑留や拷問という行為は、犯罪にはならないのだろうか? 法的に正当な理由があろうと、道義的には許されない。人権意識の薄い連中でないと、とてもできることではない。  

ソ連側も日本側も、悪意に満ちた人間は多かったと思う。戦場では理性もへったくれもなく、凶暴になった連中が自分の事しか考えずに残虐な行為をやり合ったに違いない。劇場主だって満州に放り込まれたら、味方以外は全部殺しの対象と考えたことだろう。そうしないと、生き残れないはずだ。 

そんな状況に人を追い込むことが、諸悪の根源である。しかし、そういう流れを作る人物はどこにでもいる。この作品では、ソ連の諜報機関員ボリスと、日本の政治家である綿谷昇が、そんな能力に長けた人物として描かれていた。両者とも、魅力的な・・・というと語弊があるが、目立つ個性の悪役だった。社会の仕組みや人間の感情、怖れなどを利用して、自分が有力者になって敵対者を排除したり、危険な場所に追い込んだりする、そんなことに熱中できる人間は少なくない。

そんな人間に喝采を送る人々だって多い。自分の利益に結びつくなら、誰でも喜んでそうしてしまう。支持した人がどれくらい悪意に満ちているか、後にどのような結果をもたらすのか、普通の人間は想像することができずに、簡単に騙されてしまう。だから、そんな人物に用心するよう、常に注意を怠ってはいけない。特に近年はSNSの技術などによって、派手な言動に注目が集まり、雰囲気に流されて政治家を選ぶ傾向が強い。権力を握った人間が悪意に満ちていても、気づかれないまま、破滅へと導かれる可能性はある。そんなことへの怖れも、この作品のテーマだと思う。

 

 

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