映画評

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2019年8月 6日

騎士団長殺し(2017)

Killing-commendatore

- 村上春樹著・ 新潮文庫 -

肖像画家が体験する別居、東北旅行、有名画家の作品の発見、風変わりな富豪や少女との交流、そして非科学的な経験を描いた作品。初版本は2017年に発売されていた。劇場主は2019年版の文庫本を購読した。 文庫本にしたのは、1Q84で失敗しちゃったような感覚があったからだ。あれは文庫本のほうが良かったかな?と、貧乏性の劇場主は思った。

失敗したと感じたとしても、村上春樹の本は、文章だけでも充分に価値のある美しさを持つ。そこらの小説の文章とは、レベルの違いのようなものを感じる。何が違うのかはよく分からないが、言葉の選択、てにおはの使い方など、基本部分がしっかりした印象を感じる。そして今作だと、主人公が何かのセリフをはいて、そう話した場合に相手が当然感じるであろう、普通の感覚で起こりそうな疑問点を次のセリフで的確に話させているし、文章でも解説している。それは、そのまま読者側からの分かりやすさ、共感のしやすさにつながっているはず。ストーリー書きにのめり込んで、普通と感覚が離れてしまっては、文章は理解しがたく読み辛いものになる。客観的に書けているから、美しいと感じられるのかもしれない。  

この本は、ぜひとも映画化して欲しいと思う。アニメが良いかも知れない。下手な俳優に演技させるより、表現力に長けたアニメ制作者に任せたほうが良い。いつできるか、待ち遠しい。先に当劇場で批評だけしておきたい。  

作品のテーマはよく分からない。簡単に分かるのが良いのか悪いのか、人によって考え方は違うだろう。分かりにくいことだけで駄作と感じるかも知れないし、比喩表現をしすぎたために、本来のテーマから外れたんじゃないか?という感想を持たれることも考えられるから、今作の描き方の是非は意見が分かれるところと思う。  

主人公が東北を旅する時期があり、ラストのほうで震災の映像に驚愕する場面がある。東日本震災は、この本の題材の一つに違いない。それが、どの程度の比重を占めているかは分からない。どっぷり東北を舞台にして描けば、分かりやすい作品にはなるが、底の浅い描き方になる。怪奇現象ばかりを描けば、それはもう方向性の異なる安物小説になる。さりげない扱いだが、実は作品のメインテーマは震災に対する日本人の対応なのかもしれない。

現地で被災するのではなく、報道で災害を他覚的に知った人間は、主人公のように感じるものと思う。古い虐殺事件などの悲劇に対しても、主人公のように反応する人が多いのではないか? 事実は受け入れ、日々の務めを果たす。そういう生き方を、この本で提案しているとも受け取れる。日本人には戦前の行為という原罪がある。過去の事を深く考えて、暗闇でもがいてきた作者の今の生き方が、この本の基底にあるテーマなのかも知れない。そこに至るまでの感覚の変化を文学的に表現したい場合、奇妙な物語も必要になったのではないか?  

本を読み終わっても、明確に分からないことは多かった。
①騎士団長はなぜ死ぬ必要があったのだろうか? 単に次のメタファーの登場の引き鉄に過ぎないのか? 要するに物語の終幕に向かわせるための必然なのか? 
②騎士団長やドン・ジョバンニが意味するものは、結局なんだろうか?何の象徴だろうか?  
③ナチス時代の事件が、この作品で占めるウェイト。戦時中の事は曖昧なままにならざるを得ない。南京事件もそうだが、実態が分からないし、今の世代に責任を問われても無理がある。歴史認識を責められても、困惑するしかない。良心の呵責に苦しみ、正義と自由を求めた日本人だっていたはずである。そこらを表現しているのだろうか? 

他にも多くの事が分からない。解釈はいろいろと考えられるが、分からないままでも、ストーリーの続きを知りたくて読んでしまったのだから、たぶん分かる必要はなく、怪しげで意味不明のままでよかったのだろう。何でも分かったら報告書みたいになってしまい、もはや文学じゃないとも思える。

 

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