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2019年5月 2日

なぜ必敗の戦争を始めたのか 陸軍エリート将校反省会議(2019)

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-半藤一利著 - 

軍OBの座談会の録音テープ内容を書籍化した本だという。著者の半藤氏は、太平洋戦争の研究で知られる方。「日本の一番長い日」などの作品が映画化されている。この本は座談会の会話で映画化されにくい内容だから、たぶん本だけで終わると思うが、特番などには使われうるのではないか?

軍が、戦前にどの程度の勝算を持っていたのかは気になる。なぜ戦争を始めたのだろうか? 上層部の間では、石油がなくなるまでの数年間は戦えるという目算はあったように書かれているし、実際にもそうだった。長期戦になると、燃料資材不足でジリ貧がやってくることも共通認識だったようで、これも実際にそうなった。彼らの認識が間違っていたわけではないと言える。当時のエリートたちだから、能力はかなりあったはずだ。問題は、それに対する対処法だと思う。そこは大きく間違っていたようだ。

①まず、ジリ貧は嫌なので思い切って勝負を挑み、後は新たな展開を期待するいう考え方は、さすがにムシの良い論理だと思う。戦争は常にそんなものなのか? 窮余のあまりにそんな結論が出てしまったのだろうか? でも無責任な話だ。 国の方針をイチかバチか方式の考え方で決めてもらっては困る。目途が立たないなら、勝負は避けるべきだ。困った状況でも最悪を避け、対処が可能な状態を維持するのが上層部の責務だと思う。 

②戦う前に既に勝負ありの状態になったのは、その前の段階で間違っていたからだ。 米国は現在も経済封鎖を、圧力の大きな柱としている。今の時代だとイランや中国がその対象になっており、ベネズエラなど、経済規模が小さい国では大混乱が起こっているから、経済力の強い米国ならではの強力な武器だ。米国だけじゃなく歴史上、世界中どこの地域でも、封鎖は戦いの定石だ。予想しないといけない。 戦前の日本は、攻撃対象にならないようにと、なぜ考えなかったのだろうか? 

資源を輸出してくれる米国との戦いは、他の資源国が支援してくれない限り、負けと決まっている。当時だと、米国相手の戦いで味方になってくれる資源国はないのだから、戦うという選択肢は最初からなかったはずだ。強い味方が出てこない限り、我慢する必要がある。そこを重視した議論があったのかどうか、この本でも曖昧だった。出席したエリートたちも理解できておらず、その議論に参加できていなかったようだが、それは不思議な感じもする。最も重要な点だと思うのだが・・・ 

③松岡外相の責任  本では松岡外相に対して厳しい意見が多かった。松岡外相が戦争に積極的だったというのは本当だろうか? 元軍人たちとしては、彼を悪者にして自分たちを有利にしたいという考えが共通してあるのかも知れない。 軍人以外の有力者は、敵と感じてしまう癖があるはずだ。松岡外相は米国の大学を出た人間なので、その国力を知らないはずはない。何かの勘違いがあったのか、彼も軍部に流されたのか、そのへんは分からないと思う。

④世論の問題もきっとある。その当時の世論は、新聞の記録を見る限りでは戦争に肯定的だったようだが、記録に残っていない一般人の感覚は、また違ったものかも知れない。その点を検討した本は少ない。もっぱら新聞を参照して当時の国民が好戦的だったと論じているが、新聞は軍部に支配されているし、受けねらいの極論が多いはずなので、実態は分からない。 戦地に送られるのは選挙権を持たない俺たちだ・・・残された家族はどうなる・・・と考えると、積極的になれたかどうか?   

根本的な欠陥が、当時の軍や政府にあったと感じる。

A 意思決定が論理的にできない仕組みがあったようだ。非論理的な戦いをしたのは、それなりの論議しかできなかったからだろう。  

B 記録の不足 誰が間違ったか分からない点が、そもそも許し難い。失敗を繰り返さないために、会議の内容は完ぺきに記録されないといけないし、概要を将校たちが納得できないといけない。理解しないと戦えない。エリートたちですら方針を分からないなら、戦いようがない。 

C エリートの質への疑問 本に出て来たOBの会話は、あまり理路整然としていない。質が低いと思う。座談会だから当然かも知れないが、テーマを考えると、もっと理屈があって良い。エリートたちは、もしかすると威勢と記憶力だけが良い、理屈嫌いの優秀な学生だったのかもしれない。 

戦後の日本は随分開かれた政治体制になったが、同じような間違いをしそうな気配は濃厚である。意思決定が恣意的、忖度が蔓延、記録は消去され責任回避が常態化、過激な意見に支持が集まり理屈がない。そのままである。   

 

 

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