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2019年3月13日

クレイジー・リッチ(2018)

Crazyrichasians

Warner Bros. -    


恋人の故郷を訪ねることになったヒロインは、恋人の一族が大富豪であることを知るが、陰湿な対応が待っていた・・・・DVDで鑑賞。  


シンガポール版のシンデレラ物語。中国系の一族の伝統と、国際交流と通信が盛んな現代の様相、女性たちの戦いを描いていて、優れたストーリー構成に感心した。特に、自分を嘘つきと断じられ、家族から拒絶される絶体絶命の展開は、お約束とはいえ最高の流れだった。   


ヒロインは、あまり美形とは感じなかった。彼女に多くの人が共感し、特に女性の多くが敵意を感じずに、魅力を肯定的に評価してくれるような可愛さも必要と劇場主は思うのだが、あまり際立つものは感じられなかった。逆に、あまりに美しかったり、セクシーだったりすると、反感を持たれたりするから、顔や体格的に劣る部分があったほうが良いと判断されたのかも知れない。 ファン・ビンビンが出演した場合を想像すると、女性客から敵意を持たれ、最悪の結果になったかもしれないと思える。日本人の女優たちでも、ずっと魅力的で表現も分かりやすい方がたくさんいたと思うが、言語などに制限があるから仕方なかったかも知れない。    


ヒーローのほうは有名な俳優ではなかったようだが、演技に不満は感じなかった。二枚目で、育ちが良さそうであればよかったようだ。 ヒロインの理解者である従妹の女性は、結婚生活に無理をしているという設定で、単なる恋物語に終わらせないように工夫されていたようだ。そういった設定が効果的だった。ただ気になったのは、彼女のスタイルは素晴らしいものの、顔は日本の姉妹ゴージャスタレント並みで、失礼ながら整形のしすぎのように見えた。   


シンガポールは大きく経済発展して、資産1兆円を越す富豪もいるそうだ。いっぽう、日本の昔からの資産家は、巨大な屋敷を構えたりするより、質素で静かな生活をしている家が多いように思うが、考え方が違うのだろうか? 土地の価値や、土地に関する法的、経済的な意義も違うだろう。彼らには独特の派手さを感じる。ただ、それも徐々に変わって行くのではないだろうか? 派手にしていると、誘拐などの犯罪を招く危険性があるし、投資などで常に成功し続けるのは容易なことではない。税金も、どこの国でも徐々に厳しくなるものではないか?そうなると、静かに暮らしたいと思うのではないか?   


あるいは、今日のことだから昔よりもワールドワイドに活動し、税金が安いリゾート地を転々とし、資産の目減りを避けながら生き抜いて行く一族が多いのかも知れない。国際的な規制と、あらたな収入源の確保と、周囲の人間の怒りを買うかどうか、そんな様々な要因に対して、彼らも日々考え、戦っていると思う。 シンガポールだって、おそらく華僑やインド系の商人でない連中は、そんなに豊かではないはずだ。屋台などで頑張っているのだろう。町は美しいが、全てがリッチははずはなく、格差も激しいはず。   


劇場主も大金持ちになりたかった。残念だが、諦めるしかない。日本にもクレイジーリッチな人達は大勢いる。ネット販売で一攫千金を得て、派手な言動を繰り返していたりしたりで非常に目立つ。戦後の経済成長の時期にも、にわか長者はたくさん出たはず。あの時代の活気は、今は失われていると思う。製造業とネット産業の性格の違いだろうか? 寡占が進みやすいので、たくさんの長者が生まれる健全な形の発展が望みにくいようだ。  


日本の産業育成のセンスは、かなり前から使い物にならなくなっている。国のことを真剣に考え、みずからの利益を捨ててでも国民に尽くす人達が中枢にいないと信頼は得られないので、国家的な規模での大発展は難しいと思う。政治家も役人も使い物にならないから、個々人で頑張るしかない。


人口の減少は、最大のマイナス要因だ。国民からの信頼だけじゃなく、正しい戦略も必要だろうが、今は国民が国を信じていないので、何か施策を出しても投資意欲を亢進させにくい。大きな経済のうねりを生むこともできない。バラバラに、米国や中国の力に引きずられながら、成り行きまかせで稼ぐ必要がある。   


逆に言うと、人口が安定すると明らかに分かる施策を政府が発表できれば、全てが好転する可能性もある。それがなければ、投資があつまるはずがない。しかし、そういった意味がいまだに認知されていないことが最大のネックと言える。 

 


 

 

 



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