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2019年2月 1日

オペラハット(1935)

Mrdeeds_goes_to_town

Columbia -    


フランク・キャプラ監督作品。主演はゲイリー・クーパーとジーン・アーサーの大スター同士。古いタイプのシステムに則った映画だと思うが、健全な精神を感じる。善き時代の映画だから、とにかく後味は素晴らしく良い。    

 

ユーモアあふれるシーンが多い。主人公が無邪気な人だから、行動が子供っぽく、それだけで笑いの要素になる。階段を降りる時に、いちいち手すりを滑りながら降りる、屋敷に響くエコーをスタッフと共に楽しむなど、子供ならやりたそうな行動が見ていて面白い。   

 

ラストの裁判のシーンでは、前半は主人公が追い詰められ、観客のストレスがたまるようになっている。後半は一転して、皆のクセを指摘したり、でっち上げを暴露したりの逆転を狙うのだが、ここに敵意ではなく、ユーモアを持ち込んでいたことが効果的だった。もし、あのシーンで弁舌の流暢さ、論理的な緻密さで勝負していたら、ただの弁護人と変わりなくなってしまう。ユーモアが大事だ。   

 

共演者たちの中で、主人公の敵になる法律事務所の人々は、日本の時代劇の敵役のような典型的な演出ぶりだった。ボスを中心に小心者が集まる嫌らしい集団で、あまりに見慣れた連中なので、少々演出過剰でわざとらしい印象を受けてしまったが、オリジナルのほうはキャプラ版であり、それを真似た時代劇を劇場主のほうが見過ぎただけなのかもしれない。     

 

ジーン・アーサーが登場する時の仕草も、典型的すぎて少しイヤミがある。気取って何かを振り回すクセは、ワルガキがよく真似していた気がする仕草で、心がすさんでいることを表現する手段のようだが、今日の感覚では演出過剰だろう。   

 

ユーモアあふれる弁舌は、一流の人間がやらないと妙なことになる。自民党が劣勢だったころ、福田、麻生の両元総理が笑顔を見せながら話をしようとすることが何度かあったが、明らかに心が乱れていることが明白だった。無理して笑顔を作るのは良くない。自信があれば笑顔で、そうでない場合は身の程をわきまえて、知らないことは知らない、思うことは思う、真摯な態度をとるべきだ。本当は、あのまま引退したほうが潔かったのだろうが、安倍総理の復活によって自民党の立場が強くなった現在は、また麻生氏にも自信ある態度が見られるようになった。劣勢の時はコソコソし、誰かのおかげで優勢になると強気に出るような人間は、外敵からすると扱いやすいだろう。   

 

 

 

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