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2019年1月28日

創価学会(2018)

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- 毎日新聞出版 -      

 

ジャーナリストである田原総一郎氏が、長年の関わりから得た経験を織り交ぜながら創価学会を論じた書籍。本劇場では創価学会のことはさておき、一般の宗教団体に関して、この本を参考に論じてみたい。 

 

創価学会が元々は塾から始まったということは知らなかった。創始者が教育者だったことは、池田大作氏の文章で読んだことがあったが、塾からスタートしていたというのは驚き。    

 

①税金面の問題 

宗教法人は税金面で優遇されているそうだ。詳細は分からないが、他の一般法人とはかなり違うと聞く。優遇される理由もよく知らないのだが、敷地や社屋を維持させるために認められたのだろうか? 金満体質の宗教法人も多いと聞く。でも収入が多い法人には、それなりの課税も必要ではないか? 優遇が過ぎれば、組織がどんどん巨大化していくはずであるし、財政難のこの時代に、宗教法人だけ優遇されるのは不自然。良かれと思って作られた税制制度が、今は弊害を生んでいるように思う。    

 

②政教分離 

政教分離とは難しい考え方だ。戦前の日本神道への対処から導入されたものだと思う。仮にガチガチのネオナチが政権をとった場合、ナチスの理論にしたがって行政が進んでも違憲ではないはずだが、それは「ナチス的宗教法人」が国を支配するに等しい。宗教と政治信条は、判別が難しい。

そして宗教の理屈は、それを政治に反映させて良いかどうか難しい問題である。いかに主張が正しくてもそうだ。

宗教法人が選挙の手助けをした候補は、実質的に法人からの独立は困難。その候補者が当選して閣僚になった場合は、行政府の長に宗教法人の影響下の人物が就任することになる。・・・これは問題と考える。その閣僚が宗教を強制しないなら合憲とは言えない。なぜなら政治的判断とは微妙なものになるのが常であり、そこに宗教法人からの要請(指示)が影響していないと断言することはできないからだ。

仮にオウム真理教が政権を狙う場合を想定すると分かりやすい。彼らの支持率が高まって、その政党が第一党になった場合、教祖の指示が政策に影響しないと断言できるか?そんなはずはない、彼らが教祖の意志は影響しないと言っても欺瞞だと劇場主は考える。他の宗教法人に対しても同様に考えるべきだ。

教団の違法性が明らかになって警察が介入しない限り、それを阻止できない点で、現行制度は欠陥を抱えている。強大な宗教法人を想定せずに法整備されたのだろう。宗教色のない現実的な政策をとり続けないと、外部との戦いに負けるのが歴史からの教訓である。 宗教法人より、国を守ることを基本にすべきと考える。どう対処すべきかは明らかだ。    

 

③組織の体質 

宗教には本来が理屈を超えた点が多く、宗教団体も理屈抜きの体質を持ちやすい。民主主義と宗教とは関係ないので、教団内部で意思決定が民主的にされる必要はない。たとえば教祖が過剰に崇拝され、万事が恣意的に扱われる場合、パワハラや忖度、圧力などの諸問題が発生しやすい。その団体が政治力を持った時は、それが社会全体に影響する。「組織が勝利した結果だ。」では済まない問題になる。

それを避けるために、あらゆる宗教団体は、政治から超越した組織であるべきと考える。 それも国の生き残りのためである。宗教法人の体質に影響されずに、リアルな政策をとり続ける必要があるという理由による。     

 

④組織の論理 

キリスト教は素晴らしい宗教だと思うが、おそらく過去に人を殺す理由となった最大の要因はキリスト教である。十字軍による侵略、近代における奴隷制度にも教会が深く関わっている。諸問題の根源と言ってよいほどだ。

宗教や共産主義など、体系立って強固なシステムが作られると、それを維持し発展させることが大きな目標になり、教義を逸脱してでも組織の論理が幅を利かすことが多い。組織内部の権力争いや、嫉妬、忖度などは必ず起こる。

異教徒を殺しても、それが神の教え通りと考えられるようになるのは、明らかに教義からの逸脱だと思う。経典には人を殺すなと書かれているはずだ。教義の正しさが実際の行動に反映されない現実を鑑みると、信仰こそ人類史上最悪最強の要素となる。しかし、それは宗教団体の組織的な論理がそうさせただけのことが多い。      

 

⑤信仰の必要性 

いっぽうで、信仰なしで人が生きていくのは、なかなか難しい。劇場主自身、先祖の霊や国を守る神に毎日祈っている。家族や自分、国を守り給えと祈らないでいると、不安に苛まれそうだ。信仰によって苦境をぬける人は多い。信仰に助けられた人は、宗教団体を守るために悪行も厭わない場合があるのではないか? そんな感情が、法や理性を忘れる理由になっているように思う。強い信仰心を持つ人から、その宗教を奪うことは人道的ではない。  

 

日本は米国と違って、宗教が先に立って建国されてはいない。おそらく宗教を離れた立場で、現実的な政策をとることも可能だと思う。国家の生き残りを目指し、政策面で工夫すべきだ。

現行法の欠陥が宗教法人の性質を作ることにも関わっていると思う。税制と選挙関係の法は、改善が望まれる。    

 

 

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