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2018年1月25日

20センチュリー・ウーマン(2016)

20th_centry_women

 

Mordern People etc.

 

同居人らと暮らす母子が主人公。子育てで苦労する母親の姿と、少年が女性たちに影響を受けながら育っていく物語。DVDで鑑賞。

 

監督のマイク・ミルズの脚本が原作だそうで、監督自身の実体験が作品の元になっているという。

ユーモアにあふれるセリフが素晴らしかった。情感豊かな人でないと書けそうにない脚本。作中で監督はフェミニストだと言っているようだから、女性の気持ちもわかるナイーブな感性を持っているのだろう。ほのぼのとするような独特の優しさを感じる。

 

優しい視点を感じる理由は、母親達に敬意をはらっているからだろう。女性たちの生き方を肯定的にとらえ、自分が彼女を心配させ、傷つけたことを悔やんでいる様子が感じられる。

 

ナイーブな青年も、世間の荒波を経ないといけない。当時だとパンクロック系の音楽、マリファナ、ベトナム戦争への反対運動や、その後遺症などが大きなうねりだった。その勢いにまみれて、自分を見失った人も多かったと思う。ナイーブな青年には特に難しい局面もあったはず。母親が女性たちに息子のアドバイス役を頼んだことは、結果的に成功していたのだろうと思いたい。

 

作中の母親は高齢出産で少年を生んだという話だったが、実際にもそうなのかもしれない。大戦中に空軍パイロットを目指していたくらいだから、60年代には相当な年齢に達していたはずだ。20世紀を生きた女性たちを代表する存在としては、世紀末に亡くなること、社会進出を遂げること、若者文化にも一定の理解を示すこと、タバコを手放さないことなどが必須の要件だった。

 

タバコに関しては、本当にひどい吸い方を女性たち皆がやっている。でも、思い起こせば田舎の宴会はあんな感じだった。もうもうと煙が立ち込めた中を、我々子供達も平気で行き通いし、十分に空気を共有していた。今だったらあり得ない光景になるだろう。肺ガンにならないほうが不思議なくらいだ。

 

この母親は、劇場主の母とも年齢が近い。劇場主の母はタバコを吸っていなかったので、劇中の母よりは長生きできた。しかし母は専業主婦で、育児と菜園での農業に精を出した人生だったから、狭い世界でに留まっていた点はかなり違う。朝早くから夜遅くまで、明らかに働き過ぎていた。文化の違いもあったろう。日本の田舎の主婦たちの多くは勤勉で、狭い世界に留まっていた。でも、だから不幸だったとは言えないように思う。

 

同居人が多い家庭は、日本では多くない。かっては下宿人を多く抱える家もあったが、この作品の頃にはアパートが主流になったはずだ。下宿の時代も、ほとんどは自分たちの部屋に各々入って、家主の家の家族と長く交流したりはしなかったはず。滅多なことではいっしょに飲みに出かけたりはしなかったろう。  

 

高校の頃は劇場主も下宿していたが、この作品のような深い交流はなかった。勉強に追われていたし、下宿先となじめた感じはなかった。御飯どきに世間話はしていたが、まさか飲み会を開いたりはしなかった。そもそも日本では、家主と間借り人の関係は深くならないのが原則のような、ちょっと違った伝統、社会通念があったのではないだろうか?

 

 

 

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