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2018年1月22日

この世界の片隅で(2016 )

In_this_corner_of_the_world

 

- Tokyo Theatres -

 

広島市から呉に嫁に行った女性が、戦前戦中を通じて体験する日常を描いたアニメ作品。とてつもなく長いロングラン上映がされているようで、既にビデオ屋さんにDVDが並んでからもかなり経っているはずなのに、まだ上映されている映画館があるという驚くべき作品。劇場ではなく、DVDで鑑賞。

 

読んだことはないが、原作の漫画があるそうだ。作者はこうの史代氏。こんなマイナー路線の漫画を描こうと思ったことも凄いが、それがいかに人気があったとしても、映画化しようと考えた度胸に感嘆する。普通は収益の面で全くの大失敗になるか、よくてトントンのはずだったが・・・・

 

監督は片渕須直という方だそうだが、こちらも知らなかった方。この作品の大ヒットにより、今後は企画が多数持ち込まれるようになるだろう。期待している。

 

何が良かったのか正確には分からないが、確かな魅力を感じた。能年玲奈あらため「のん」嬢が担当した声が非常に良かったし、いかにも人の好さそうな口調も素晴らしかった。魅力のひとつになっていた。

 

冒頭で主人公は人さらいに遭うのだが、いかに小さな主人公達であろうと、人を複数からって簡単に歩ける人間はそういないはずだから、これは空想の中の話らしいが、そこが最後まで曖昧で、夢の中の話のようにして終わる。そんな構成で良いと考えた点が、夢のある話になるという効果を生んでいた。現実の話ばかりでは辛すぎる。

 

さらに主人公のキャラクター設定も良かった。真面目に、懸命に耐えるヒロインというのが、過去の戦時下を描く作品では多かった。抜け作のヒロインでは、厳しい時代の表現が甘くなりやすいから、懸命さが目立つキャラクターが大事という判断が主流だったのだろう。そこをユーモラスな雰囲気に変えるのは勇気の要ることだ。そして、それが大成功し、この作品は各種の賞を取れた。

 

古いアニメの手法も効いていたと思う。CGを多用した昨今のアニメ作品は、SFの場合は都合が良いが、こんな作品では違和感が生じる。抒情的な作品では、日本の伝統の手法が味わいがあって良いと思う。その点も成功していた。淡い色彩も、いかにも昔の話をイメージさせて良かった。

 

出戻りの義姉との関係、姉の個性も非常によくできていた。いかにも日本の各家庭でリアルにあったはずのドラマが、作品への共感につながっていた。今でも、別居していることが多いとは思うが、小姑に対してはやり辛い感覚を持つ嫁は多いと思う。そのような感覚を共有してこそ、観客は共感できるもののはずだ。

 

戦時中の乏しい経済状況と、そこを切り抜けようと工夫する庶民の生活の描き方が面白かった。辛いでだけでは見ているのも辛いが、工夫できた時のそれなりの達成感が妙な幸福な感情につながることが理解できた。それに過去のドラマでは、そんなユーモア部分はおばちゃん女優が担当していた。豪快な笑い方で、戦時に不釣り合いな部分を引き受けてくれていた。それが若い女性になると、おばちゃんとは違う魅力につながる・・・と思ったのは劇場主だけだろうか?

 

それにしても、当時の人たちがどうやって自分たちの状況に納得できていたのか、不思議に思う。終戦の時、自分が失った手足や健康、財産や肉親の犠牲が、何のためのものだったのかと腹が立って仕方なかったろう。終戦で嬉しいというより、喪失感、虚無感で茫然が先に立ったろうと思う。

 

劇場主の両親は中国や朝鮮半島の人達に敬意と親近感を持っていたが、両親のような田舎の人間にはなぜ中国を征服しようとする必要があるのか、理解はできなかったろう。今の劇場主だって理解できないくらいだ。市場にしようと思っていたのか?現実味ないと思うが・・・とにかく、軍部や経済界の意向によって決まる政策に、ただ従うしかなかっただけだろうと思う。

 

特に軍港だった呉の人達の多くは、軍需工場や造船所で働いていたはずだから、軍部に同調する人が多かったはずだ。「軍縮すべし・・・」などと発言したら、闇討ちされても仕方なかっただろう。生活がかかっているから、呉に暮らす人にとっては軍部の方針は死活問題にかかわる大きな道筋だったろう。そこに嫁に行った人間は、大局に立って物を考えることなど、できるはずがない。発言権など許したら家が潰れる、そんな感覚だろう。

 

反対すれば厳しい抑圧、破滅が待っているから、反論を封印して黙々と指示に従うしかないと思う。学生の部活動ならそれも良いとは思うが、国家の運営がそうでは、監獄の中の生活とあまり変わらないことになる。監獄の中では、おそらくだが、反抗を諦めて黙々と務めを果たすしかない。そんな生活の中でも、それなりに生きていけるはずだ。

 

豊かな絵の才能を生かすことができないまま、要領が悪いなどと文句を言われながらも、世界の片隅で生きていた人達はきっといたはずだ。彼らに敬意を表したい。

 

 

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