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2017年11月 7日

フェンス(2016)

Fence_2

 

- Paramount -

 

ピッツバーグに暮らす黒人家族の物語。父親は清掃局に勤務し、真面目な仕事ぶりで昇進を目指すが、子供達は反発し、それを抑えつける父親と衝突を繰り返す・・・   

 

DVDで鑑賞。いやはや、これは参った、名作だと思った。人種差別を主題にした物語かと思っていたら、中心は家族の諍い、家族内の事件だった。

もともとは舞台でやられていた戯曲が原作だそうで、この作品もわざわざ舞台の雰囲気を残すように、映画としては妙な構図、役者たちの妙な動きが気になる作品だった。それが約束と分かっていれば、気にならないレベルの違和感ではあったが。

 

物語の面白い点は、家族を養うために仕事一筋だったはずの主人公が、突然、家庭を壊すような行為を働いてしまうこと。息抜き、気分転換、違う自分を感じたかったといった理由を主人公は述べていたが、それまでの自説とは矛盾する行動。でも、そんな行動を人はとってしまうものだ。清廉なイメージの政治家が、とんでもないゲス不倫をかましたりするのにも通じる。過去には泥棒をはたらいていた、刑務所にいたという話も、話を展開させる善きエピソードだった。 

 

アカデミー賞では主人公の妻を演じたヴィオラ・デイヴィスが助演女優賞をとったが、主演女優賞にも相当しそうな、大変な存在感だった。エマ・ストーン嬢よりも明らかに迫力があった。怒って主人公に喰ってかかり非難する時の様子と、現実を受け入れざるをえなくなる時の表情は、実に心を打つものがあった。

 

父親が真面目に働き、それなりの確信めいた人生訓で子供を正しい道に導こうとするいっぽうで、子供たち独自の生き方を阻害し、互いの関係を壊していく様子がリアルだった。日本人の家庭でも似たような話は多いだろう。知恵を持つ親が、ものを知らない子供に説教し、自説に従わせようとする構図は珍しいものじゃない。

 

劇場主だってそうだ。特に我が家は障害のある子を抱えているので、子供たちの自由にさせることは、さすがに危険である。どこまで自由にさせ、親が引き下がるべきかは、子供と親それぞれの能力、興味の方向性によって千差万別だろう。正解というのはないはずだ。親は懸命に考え、ベストと思えるアドバイスをするしかない。子供は自分でベストと思える選択をし、それに責任を持ってもらうしかない。

 

主人公の長男は自分の望む道に進んだが、結果は必ずしも良いものではなかったようだ。そんな結果も現実にはよくある。主人公の言う通りになったとも言える。だが、次男の進路を制限したのは正しかったかどうか分からない。少なくとも次男は夢を失い、自暴自棄に近い状況に追い込まれた。

 

劇場主の両親は、進路については何も言ってこなかったに等しい。ちょうどITの時代が来そうな頃に受験だったので、有名大学の工学部に行って一攫千金も目指せそうだと話したことがあるが、両親ともに安定志向で、派手な金儲けを軽蔑するところがあったので、「医学部のほうが安定していて、良くないかい?」みたいな言い方はされた。自分自身も欲が足りないところがあった。  

 

大富豪を目指して大勝負をしなかった不甲斐ない点については、いまだに後悔するところがある。でも、パソコン技術、ソフト開発、買収劇などに熱中するより、患者のことで悩むほうが、向いていたようだ。パソコンはよく分からない領域だったし、自分の目で見える小さな世界で自己満足感に浸りたいという欲求のような理想像があった。それに従っても、悪いことではないさと思うのである。・・・負け犬のセリフかも知れないが。

 

 

 

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