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2017年11月28日

羊と鋼の森(2015)

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- 宮下奈都著 文藝春秋 -

 

高校を訪れたピアノの調律師に魅せられ、同じ職場で調律の世界を目指す青年。自分の才能に確信を持てないまま、現場で修業を続ける。そして、ある姉妹のピアノの調律を担当することになる・・・・

 

本屋大賞を取った作品。若々しい感性に満ち、しかも滅多に扱われることのない仕事に光を当てた独特の視点、そして無理のないストーリー展開に感嘆した。まだ映画は公開されておらず、平成30年公開を目指して製作中らしい。が・・・多分劇場で観ることはないだろう。おそらく派手な映画にはならないだろうから。

 

調律師には、1~2回、妻のピアノを扱ってもらったことがあるが、何をやっているのか分からないので、ぼんやり見ていただけ。あの仕事にやりがいを感じるという発想は浮かばなかった。そのへんが、小説家とそうでない人間の差なのかもしれない。あるいは、ピアノを学んだことがある人間と、そうでない人間の違いだろうか?

 

上手なピアノを聞くと感動することはあるが、そこに演奏者独特の特徴を感じることはない。フジコ・ヘミングの演奏はえらく独特で上手いのかな?と疑問に感じたが、他の有名ピアニストは誰もが凄いテクニックで、まったく同様に上手いとしか感じない。人による違いは、相当聞いていないと分からないだろう。音を色や景色で表現できる発達障害の方がいるそうだが、それに近い独特の鋭さを持っていないと、違いも分からないし、仕事の意義も見出せないのかも知れない。

 

この作品は実際に調律師から話を聞き、その表現を借りた部分もあるそうだから、本当に微妙な感覚の部分を、いかに上手く文章化し、ストーリーを構成するか、そこが作品の出来栄えの決め手だったに違いない。劇場主には音へのセンスがないが、それでも表現の一端を理解したような気分になれた。それは作品の表現力ゆえのことかもしれない。

 

さて、映画化された作品の出来栄えはどうだろうか?おそらく、映画では映像や音響に関しては、小説よりも明快で力強い表現ができるに違いない。音響は、もしかするとハイレゾの極致を行くような新しい技術を盛り込んで、通常の映画よりも高音質の音が使われるかも知れない。作品がそんなテーマだから、何か音で驚かせるものが欲しい。

 

演奏がもたらす感情、感覚についてのイメージは、かなり映像化できるだろう。ピアノの中身と演者の顔、指先の動き、背中からの映像を同時に記録し、いかに組み合わせるか、そこに自然の風景やCGなどをどう入れるか、そこらのセンスが問われることになるだろう。芸術を扱った作品だから、妙に素人受けを狙わずに繊細な映像表現にこだわれば、相当な名画ができるかもしれない。

 

 

 

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