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2017年11月25日

ライジング・サン(1993)

Rising_sun

 

- 20C.Fox -

 

日本企業の進出が目立つロスアンゼルス。高層ビルで美女の殺人事件が発生。事件の背景には日本企業やヤクザ、米国企業や弁護士らの複雑な関係があった・・・DVDで鑑賞。

 

ショーン・コネリーがプロデューサ-も兼ねて主演していた。相棒役はウェズリー・スナイプスが演じていて、これがなかなか良い味を出していた。最近のスナイプスは落ち目らしいが、この時代は輝いていた。特にこの刑事役をした時が最も役柄に合致したように思う。その後の吸血鬼役は、ちょっとオーバー過ぎてB級の演技のような気がした。この作品ではヒーローでない役柄で、かえって好感を持てた。

 

これに対してショーン・コネリーの役は、少々出来過ぎの印象を受けた。プロデューサーだからカッコいい役をやっても良いと思うが、あまりに強すぎて、あまりに鋭すぎる。日本のことを何でも理解してそうだが、それはおかしいだろう。こんな刑事がいたら、犯罪検挙率はもっと高いはずだ。かえって人間的な欠点があったほうが、ずっとリアルになったと思う。

 

撮影方法も感心できなかった。明らかに古めの技術を用いて撮影した画像を観る印象があり、残念な感覚を感じながら鑑賞した。実際にはちゃんとしたロケをやっていたのかも知れないが、画質やテレビ映画みたいな撮影方法が気になって、スピード感や臨場感に乏しい印象を受けた。ちょっとした音響、カメラの配置や解像度?画質に何か工夫が足りなかったのではないかと思う。

 

日本企業の文化、姿勢を評価するセリフが目立ったが、かなりの誇張や誤解も多かったと思う。異文化を表現する場合には、もっと敬意を払い、真の姿に近づくようにしてくれないかと考える。フランスを舞台にした場合は、おそらく本当の姿に近く描けているはずだ。東洋の国だからと、異様な人種のような描き方をするのは良くない。

 

サービスの意味でだろう、若い女性タレントたちのヌードが時々見られたが、これも作品の質を考えると上手い演出ではなく、無駄な露出になっていたように感じた。丸裸の女性が乱舞する必要はなく、美しいモデル体型の女性が、少しずつ背中を見せるといった焦らしが必要だったと思う。謎めいた女性が、野心を隠しつつ何かを示唆しながら脱いでくれたほうが、怪しい雰囲気を醸し出したと思う。

 

この作品の当時の日本企業には勢いがあった。その時代を舞台に、独特な状況が原作には描かれていたのだろう。日本製品は技術面で優れたものも多かったと思う。ウォークマンなど、感動的な製品だった。主に米国が開発した技術を、より完成度の高い製品にして売り出す手法が目立ち、当時はオリジナリティに欠けると劇場主は批判的に考えていたが、多くはそれで成功していたから、劇場主の意見にこそ悲観的過ぎるとの批判が多かった。でも、好調は長くは続かなかった。

 

劇場主は企業家ではないから、企業の首脳たちの考え方は分からない。よって、あまり批判することもできない。彼らなりに、懸命の努力をして業績を確保し、利益を上げようと努力したはずだが、海外の企業のほうに分があったという、ただ結果がそうだということに過ぎないはずだ。もともと資源に乏しいから、日本の市場が持つ優位性と、戦後の復興への熱情が失われれば、業績が下がっても不思議ではない。

 

失速の理由は、おそらく米側の圧力により輸出は規制され、過剰な資金は韓国や中国に流れ込み、開発~輸出の勢いが下がったからではないか?企業にも問題はあったかも知れない。成功に酔ってしまったのか、自力で新規の技術を開発する能力、企業の活力を維持する体制を軽視していたように、外からは見える。発展する海外に投資したほうが、効率が良いのも確かだ。でも冷静に、もっと戦略的に戦う姿勢が、いつのまにか損なわれていたのかも知れない。

 

日本はもともと社会のあらゆる面が制度疲労を起こしており、企業も理不尽さ、非論理性、非戦略性が蔓延していると思う。小手先の修正、問題点のすり替えばかりする人が支持され、構造的に妙な組織ができあがっている。それに野武士のような経営者が去って、首脳部が官僚化してしまったようにも感じる。昔がどうだったか分からないが、経営に関係ない能力で経営者になる人物が、戦略を誤ったように思えてならない。成長している間は問題にならない欠陥が、安定期は明確になっただけだろうか?

 

でも問題点を是正できれば、きっと再び日は昇るはずだ。今の大企業は資金をため込んでいるそうだが、生き残りのために考えてのことだろう。何か有望な分野が発生したら、一気に参入して行くつもりかも。景気が延びれば、東芝やシャープのように破綻騒ぎが起こらないなら、また収益を上げてくるかもしれない。官僚化についても反省する動きがある。教育方針が変わって、自主性を重んじる方向になりそうだから、数十年後には効果が出てくるかも知れない。

 

 

 

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