映画評

  • 当劇場は劇場主のための映画館です。訪問者を期待しておりません。内容の客観性、正確性は保障できません。でも、真摯な批評を目指します。

劇場主


Conflict of Interest

  • 特にありません。

おことわり

  • 当劇場は誹謗中傷を目的としておりません。もし権利を侵害されたと感じられた方は、申し訳ありませんが管理会社や公的機関に御相談ください。

« 大いなる眠り(1978) | トップページ | 後妻業の女(2016) »

2017年8月15日

ザ・コンサルタント(2016)

The_accountant_2

- Warner Bros. -

会計事務所を経営する主人公は、裏の仕事も持っていた。彼の秘密を探る財務局、彼を葬ろうとする集団が襲ってくる・・・・

・・・・DVDで鑑賞。主人公の特異なキャラクターが生きた作品だった。仕事や戦いの合間に、彼の過去の出来事、成長を解説するエピソードが何度か挿入されており、主人公の境遇が分かりやすく解説されていた。その説明が的確だったので、主人公に同情し、共感しやすいと感じた。

また、主人公が監査する会社との銃撃戦、主人公の正体を探る捜査官との駆け引き、特に捜査官が苦労して彼の素性を割り出していくサスペンス的な描き方などが平行して描かれており、かなり奥行きのある構成。それらのまとめ方も素晴らしかった。銃撃戦がないと盛り上がらなかっただろう。

この作品は情け容赦ない殺人のシーンが何度もある。小さな子供には向かない作品。暴力を肯定している点に問題がないなら、家族での鑑賞も可能と思うが、ファミリー向けの映画とは言えない。特に恋人に見せたいと感じる内容だとも感じなかった。そういった理由でか、ビデオ屋さんでの人気は、あまりなかったようだ。この作品は独特だから、観客を選ぶ。もっとカーアクションが派手な映画のほうが、一般的には好まれるのかも知れない。

主演のベン・アフレックが素晴らしかった。もともと表情に乏しい俳優と感じていたが、この役の場合は、それが好都合だった。過剰に異常ぶりを表現してないところが素晴らしく、適切な表現のセンスがある。障害者を演じるときは、障害を隠そうと努力している様子を演じたほうが良いのが鉄則だ。

主人公の障害が大きなポイントになっていた。障害に関しては否定的な描き方をしていなかったと思うのだが、患者団体がどのように思ったのかは気になった。障害者でも、能力を生かして社会に適応して欲しいものだ。この作品は、その考え方を訴える力が感じられた。

原題のアカウンタントは、税理士のことだそうだ。会計をする仕事にはたくさんの種類があるようで、おそらく主人公は日本の場合は公認会計士が担当すべき監査業務を仕事としているのではないか?米国と日本とでは、また資格が違うのかも知れない。

劇場主は個人経営者だが、会計をやっていて自分が何を計算しているのか分からなくなることが多い。これが大企業になると、会計はいっそう複雑なものになり、一人の人間の能力を超えた処理能力が必要になるはず。不正経理された場合、それを見抜くのはさらに能力を要するだろう。監査法人の面々が、手分けしてやるべき作業だろう。

(不正経理に関連して)

東芝は分割して売却され、本体は何を残すのか知らないが、業務を限定して経理されるらしい。寂しい気はするが、どんな会社でも事業の全てが好調を維持できるはずはないし、大赤字を垂れ流すのは、たぶん違法行為に相当するのだろう。仕方ない。ただ、そのへんにからむ法の規定は知らない。

会計操作によって脱税をやったら、そりゃあ違法だろうと分かる。逆に黒字と偽って税金を払った場合、納税に関しては問題ない気もする。ただし、株主や関連企業、職員などに嘘をついた社会的罪には相当する。やがては企業破綻の原因になるから・・・・といった意味で、関係者の権利侵害の罪にもなりうる。でも、まだ破綻したわけじゃない段階は、いわば破綻未遂の罪に相当するのだろうか?商法は分かりにくい。

黒字と偽っておかないと、株価が下がって資金調達が難しくなる。だから、不正経理は一種の株価操作、市場関係者への背徳、将来の損害に誘導した詐欺、そんなものには相当するだろう。それを許せば、投資家は安心して投資できないから、市場が活発に行かず、景気が低迷する。よって、法律で管理する必要はある。そんな理屈だろうか?

おそらく様々な法律に則ることを前提に法人の存在が認められていて、そのおかげで企業減税の対象になり、具体的には知らないが、その他の優遇も得ているから、法に従えと決まっているのだろうか?そのうえで、なぜ不正会計をやったのか?また、やれたのか?そこらへんが不可解。罰則が軽いのか?

自分の人生を賭けるまでの重大な犯罪にならないという確信があったのかも知れない。数年の禁固刑か罰金で済み、その後は関連会社に雇用され、悠々自適の生活が保障されるさ・・・・そんな裏付けがあったということか?あるいは、十年間バレなければ、時効が成立して自分は逃げられる・・・そんな計算もできたのか?もしそうなら、罰則の軽さに問題があるということになるのかも。

そして改めて思ったが、大会社に採用され、選ばれて首脳部に入った連中は、おそらく優秀で人物評価も高く、敬意を集めていたに違いない。そんな彼らがどうして・・・・選挙でもそうだ。広く大勢の有権者の支持を集め、選挙で選ばれた人間は、人格も能力も、意志の強さも兼ね備えた人間のはずだ。それがどうして隠匿、忖度三昧に走るのか?出世は、人を評価する基準にはならないようだ。ただのクソッタレでも、運が良ければ選ばれて出世していくものらしい。選ぶ際のルール作りが足りていないのだろうと思う。

 

« 大いなる眠り(1978) | トップページ | 後妻業の女(2016) »

無料ブログはココログ