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2017年7月 4日

君の膵臓を食べたい(書籍・2016)

- 双葉文庫 -

食人趣味を持つ主人公が闇を徘徊する物語・・・・のようなタイトル。でも、内容は純愛物語。高校生の主人公と、同級生の恋の話。タイトルは強烈な印象を残すから、印象づけとして最高の選択だった。

この作品は平成29年夏には映画化されて公開予定だ。まだ書籍しか読んでいない。映画の予告編を観たのだが、今のところは様子を見て、人気がありそうなら観てみようかと考えている。無駄に劇場で時間を使いたくないので。

もしかして、この作品は実写版ではなく、アニメにしたほうが魅力が出ないだろうかと感じた。若い俳優の演技力では、多数の観客を満足させるのは非常に難しい。俳優の図抜けた魅力と、素晴らしい演出があれば可能だろうが、滅多にないことでもある。アニメのほうが成功率は高いのではないか?

この作品は、会話に現れる感性が若い。著者の住野よる氏の年齢は分からないのだが、昔なら成り立たなかったような関係が自然に描かれていたから年配者ではないだろう。明治の文豪には無理そうな展開。昭和初期、戦後直ぐでも全く考えられない。今風の会話が文章化されている。

文章は、劇場主のようなテニオハがおかしい文ではなく、充分に拝読に耐えられる優れたものだった。でも、村上春樹氏ほどの完成度はないような印象で、使われていた会話の特徴もあってか、軽い恋愛小説の読み物に最適。逆に完成度が高すぎると、恋愛小説にはもったいないような印象を受け、違和感が生まれるかも知れない。

アイディアと流れが非常に良かった。文通のような互いの文章の行き来ではなく、一人のほうの日記が最後に涙を誘う展開は、日記の内容に注意が一気に集まるから、読者の感動を呼びやすい。一定の方向に読者を誘導しないと、最後の盛り上がり、善き読後感を得ることはできない。誘導に成功していた。

意外だったのは、その日記帳の最初のほうに、「膵臓を食べたい」という文章が書かれていたこと。ヒロインのほうに、そんな言葉が生まれていても不思議ではないのだが、せっかくの言葉だから最後まで使わず、主人公の頭に言葉が生まれる設定にしたほうが良かったと思う。そのほうが、言葉が惹き立つ。何か考えあって、ああしたのか?

クラスメートの関わり方にも、少し不自然な印象を受けた。年代によって、その人によって周囲の反響は違って当然だろうが、目立たない人間に恋の噂が出たら、チョッカイを出してくる連中は多いと思う。小柄で目立たない人間には、からかってやろうという感情が生まれるはずだ。からかい方が足りなかった。クラスの男子の反応は、もっと陰湿であるはずだ。

そこも描けていたら、作品のレベルは上がる。何かに耐える主人公には、共感が生まれてくる。からかわれ、陰湿な嫌がらせを受け、無視しても諦めずに付きまとわれるほうが自然だろう。この作品の主人公は悲劇を体験したが、もっとリアルな感情の動きがあるのが普通だ。

ちょっかい・・・自分自身も弱者にチョッカイを出していたし、悪童連中からやられてもいたので、その独特の意味合いには敏感だ。ちょっかいから発生した諍いが、本当の喧嘩になったり、陰湿なイジメと化して自殺を生むこともあるので、軽視するのは良くない。

先日、ある大学の研究がNHKで紹介されていたが、LINEでチャットをやっていた中学生グループが、いつの間にか険悪な言葉を応酬する関係になった事例が紹介されていた。応酬していく中で、自分の弱みを見せたくない感情がからんで、言葉をきつくする方向に走らせていたようだった。LINEに限らず、対人関係にはツッパリめいた強がりがついて回る傾向がある。そこを再現することもできたと思う。

 

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