映画評

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2017年6月28日

シン・ゴジラ(2016)

Shin_godzilla

- toho -

東京湾に現れた怪物と、それに対して日本政府がとる対応を、シミューレーション劇のように描いた作品。DVDで鑑賞。

・・・・劇場では観なかった。さすがに怪獣映画を劇場で鑑賞する暇はない。子供が興味を持ったなら話は別だったろうが、SFやCGに慣れっこになっている我が子は、もはやゴジラ程度に浮かれたりはしないらしい。独りで行くのもバカらしいので、最初から興味の対象外。人気があったらしいと後で知って、それでもDVDで充分さと判断し、今回の鑑賞と相成った。

およそはDVDで充分と感じた。ただし、怪獣映画の場合、迫力は劇場のほうが断然あるだろう。残念ながらハリウッド映画ほど迫力のないシン・ゴジラでは、劇場鑑賞のほうが本来の鑑賞方法かも知れない。

役人や議員たちが右往左往し、要領を得ない対処をする様子が非常に的確に描かれており、それでもちゃんと娯楽性を維持している手際の良さには感服した。普通なら、人間たちがバカな対応をやらかして失敗ばかり繰り返したら、なんだか悲しくなるし、退屈してしまうだろう。いかにもありそうな失敗の連続が、実に上手く描かれていた。

主人公たちの懸命な姿勢が感じられたので、彼らの努力に共感できた。主人公を演じていたのは長谷川博己という俳優で、劇場主はこの作品で初めて知った。真面目そうな雰囲気で野心を秘めていそうで、ジャニーズタレントのように整いすぎた二枚目ではないので、こんな作品には向いていた。もしキムタクが演じていたら、嫌悪感を感じたかも知れない。

政治家や学者達が会議をやってるが、「こんな会議なんかやってていいのかねえ?」と口にする人間がいる。緊急事態と、慎重な判断が必要な時と、その区別を速やかにやって、法的な面でも問題なく対処するというのは、現実の世界では難しい。政府や役所の対応は、ほとんどの場合は遅れてしまうものだ。そこを的確に描いていた。

法で規定された事態なら、法で対処すべきである。何も規定していなかったら、事前の準備が足りなかったのさと諦め、臨機応変の対応を取るしかない。原発事故は、ゴジラ襲来とは違って、想定されたものなんだから、事前に何でも決めておかなければならなかった。あれは酷い失策、無策だった。東日本震災の時、物資を送りたいと県庁に相談したら、「何も決まってないので無理です。」と、丁寧なお返事をいただいた。アホか!日本に震災は必ず来るんだ!準備しておけ!

「首相・・・想定外で何もきまってませんでしたあ・・・」は、許されない。でもゴジラは、さすがに想定外でも仕方ない。

最初の段階でゴジラがまだ幼弱な時期に、川に沿って移動するシーンがあったが、あれは津波の映像を彷彿させた。数年前なら、震災被災者の感情を慮ってボツにされそうな映像だ。我々はやっと、あのトラウマ映像の呪縛から、解放されつつあるのかも知れない。でも、被災した人達にどう写ったのか?我々とは感覚が違うだろう。気になる。

ゴジラの退治の方法は、あれで良かったのだろうか?爆撃でも平気な怪獣が、大人しくビルの下敷きになったくらいで液体をゴクゴク飲むものだろうか?さすがに笑ってしまうが、怪獣映画だから仕方ないか・・・・そうそう、この作品は政府の無策を描いた作品じゃなく、怪獣映画だったんだ。

また、フランスを良く扱い、米国を繰り返し批判して良かったのか?娯楽映画だからと許されるなら良いが、もしかして今後、監督やスタッフのスキャンダルが突然公表されたりすると、それは某国諜報部の仕業ということになる・・・・・

 

 

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