映画評

  • 当劇場は劇場主のための映画館です。訪問者を期待しておりません。内容の客観性、正確性は保障できません。でも、真摯な批評を目指します。

劇場主


Conflict of Interest

  • 特にありません。

おことわり

  • 当劇場は誹謗中傷を目的としておりません。もし権利を侵害されたと感じられた方は、申し訳ありませんが管理会社や公的機関に御相談ください。

« インフェルノ(2016) | トップページ | シング・ストリート 未来へのうた(2016) »

2017年6月 1日

ジャングル・ブック(1967)

The_jungle_book

- Disney -

2016年版を観て、古いアニメ版の作品がどうだったのか気になり、DVDで鑑賞。ジャングル・ブックは、他にも作品があって合計すると4~5回映画化されているようだ。

67年版は、明らかにミュージカルが主体の子供映画と言える。2016年版は中途半端だったが、音楽の比重が違う。ただし曲調は古く、昭和を感じさせるタイプのスウィング風の音楽、単調に体を揺するタイプの踊りが中心。ペンギンが集団で乱舞するような昨今のミュージカルとは趣向が違う。「スリラー」のMTVの影響で、今のミュージカルは集団の踊りが必要になっている。もう「スリラー」の呪縛を外れてもいい頃だろうが。

登場する動物たちの個性も違っていた。重要なパートナーであるクマのバルーは、67年版では狡賢いところがなく、マヌケな個性。彼の個性を変えた理由は分からないのだが、もしかすると原作に近づいただけかも知れない。原作を読んでいないので、その個性を知らず、よく分からない。

サル達の王キング・ルーイの体の大きさは全く違っていた。67年版は自然な大きさのオランウータンだったが、2016年版は極めて巨大で、現実離れしていた。与える恐怖感は全く違ってくる。これはCG技術が進んだので、迫力を出せると考え、ああしたのかも知れない。

キング・ルーイの歌が気になっていた。2016年版ではクリストファー・ウォーケンがサルの声を真似た上手い歌を歌っていたが、67年版は本職の歌手かラジオの声優だろうか、ほぼ同じ調子で完全なジャズの曲を歌っていた。2016年版で新たに作ったわけじゃなかったのだ。調子のよい曲だから、そのまま再使用したのだろう。

敵役シア・カーンの怖さの表現も、かなり変わっていた。これも技術面の進化を考えて、よりリアルで迫力のある敵役を表現できるという自信が、2016年版の個性を生んだのだろう。67年版は、あまり力を見せていない。かぎ爪を見せて威嚇する程度だ。子供を対象にしたミュージカル映画で、リアルな迫力を出すのは愚かだ。67年当時の敵役は、あのような描き方しか考えられなかった。

67年版のモーグリ少年は、運動神経に問題があったようだ。あれではジャングルで生きていけるはずがない。しかも人間の少女が現れた途端、それまでの長年の友人をも簡単に捨てているではないか!劇場主としては、67年版でも黒豹バギーラとの別れだけは、もっと切ないものであって欲しかった。モーグリ少年のキャラクターも、かなり違っている。

どちらが良いのか、それは映画の個性にもよるだろうが、「人の成長」「自然への敬意」「野生動物への敬意」などのコモンセンスが数十年で変化し、米国人の感覚が欧州や東洋に近づいた点が影響したように思う。かっての米国人は、ジャングルの話なら野蛮人と野獣の荒唐無稽なギャグ、マンガ程度の話で良いさと、どこかなめていたのだろう。

制作者達の教養が変わり、古い67年版の感覚はズレていると感じるようになったのだろうか。その点は、特に象の行進で明らかだ。67年版の脳天気なギャグ調から、2016年版は神聖な行進に変わっている。絶滅危惧種なんぞ気にしなかった時代から、畏敬と哀悼の念を表現する時代に変わったのだろう。

« インフェルノ(2016) | トップページ | シング・ストリート 未来へのうた(2016) »

無料ブログはココログ