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2017年4月 8日

ハドソン川の奇跡(2016)

Sully_2

- Warner  etc -

エンジントラブルにもかかわらず、奇跡の不時着に成功した機長。しかし本当は判断ミスがあったのではという疑惑が起こり、一転して彼は窮地に立たされる・・・・

・・・・DVDで鑑賞。この作品が劇場で公開されていたのかは分からなかった。2016年は地震で大江のグランパレッタが閉まっていたので、劇場公開作品はほとんど観れなかった。ただし、この作品が仮に上映されていても、観なかったように思う。マイナーな路線だったから。

完成度の高い作品で、話としてまとまっていた。極めて重大な事故ではあったが、実際の事故の緊迫した時間は十数分間程度に過ぎないから、サスペンスだけで盛り上がりを続けることはできない。演出でもって120分に延ばすしかないから、ほとんどの時間帯は静かなドラマタイムになる。そこで退屈させないのは、非常に難しいことだ。

この作品は、家族で鑑賞できる内容と思う。ただし、おそらく小さい子には、もうちょっと派手なアクションがないと受けない。でも恋人と観るのなら、かなり高級で後味も良い作品になると思うので、悪くはない選択。ただし、ちょっと退屈する人がいるかも知れない。

実際の事故後の公聴会はどんなものだったろう。映画の通りだろうか?それとも、英雄視されている機長に対して、検証委員が最初から好意的な態度で検証してくれたのではないか?・・・・そんな気はした。もし彼を排斥でもしようものなら、国民の多くから集中攻撃をくらいそうだ。

日本の事故調査がどのようなものかも、気になった。日本の航空機事故で、公聴会は開かれるのだろうか?日航機の墜落事件の時、どこで検討会が開かれたのかも知らない。圧力隔壁に問題があったとの報道は読んだが、もしかすると密室で、会社や役人だけで検討したのではないか?それに当時は、たまたま製造会社が直ぐに過失を認めたから結論に至ったような印象を受けた。正しい方法で検討されたのか?

繰り返し述べることになるが、日本的な悪例として思い浮かぶのは、原発事故の事後評価だ。検討会の人選の根拠が、そもそも不明朗だった。国会事故調のHPを見る限り、委員が過去に事故を予測していたとは書かれていないようだ。原発推進派の人間を集めた可能性も否定できない。検討会では、菅総理を始めとする当時のスタッフの対処を延々と批評しているが、焦点がずれている。総括されていない。あんな検討で、次の事故を防ぐのは無理だろう。

総理がどんなにバカでも、自動的に対処法が提示され、総理は「うん、分かった。仕方ないねえ、実行しろ。」と言えるようにしないといけない。政治家に原発のことが分かるはずがないからだ。事故対策は、政治家の出番がないところまで目指して、事前にマニュアルを作り上げることが一番大事。おそらく、もう一度同じ事故が起これば、さほど変わらない結果が待っているだろう。

確かに官邸もおかしかったと思う。官邸の正しい対応は、素早く専門家を集め、その指示に全面的に従うこと!と号令を出すことにあった。自分達の能力を超える事件に対して、自分達で対応しようとしたのは間違いである。実際には専門家達も為す術がなかったようだが、官邸は専門家会議の答申を代弁し、命じるだけに徹するべきだった。

そもそも事故は、起こってはならない。電源が失われる可能性を、ほぼゼロにしないといけない。大海に面するということは、20メートルくらいの津波を覚悟するということである。その程度なら何の被害もなく、M6強程度の地震も瞬時に対応できないといけない。福島第一原発は、明らかに立地が悪く、建て方も言語道断、計画の段階から事故は約束されていた。作ったこと、作り方が事故の主因である。さらに検討するなら、地震国に原発を作って良いかの問題であり、これ以外の結論を出してはならない。

第一原発で事故が起こったら、菅総理だろうと安倍総理だろうと、誰か原発の専門家だろうと、何も出来なかった。炉心が融解を始めた時点で、もはや勝負は決まる。それ以外の結論を出すようでは、検討会議そのものが失敗だ。将来の役に立とうと考えていない人間が検証したと断言して良い。今後の国家のことより、何か他の事を考えたのだろう。得意の忖度をしたのだろうか?

忖度する人、させる人、忖度を容認する人を選んではならない。大失敗を生む。サリー機長のように使命に忠実に行動し続けないと、必ず大失敗を繰り返すはずだ。

 

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