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2017年2月13日

ある終焉(2016)

Chronic


- 無理解 -

DVDで鑑賞。監督はミシェル(マイケル)・フランコというメキシコの方で、36歳だそうだ。

絵になるシーンが多く、画像の作り方に関するレベルの高いセンスを感じた。しかし、シーンの転換は全般に唐突で、つながりを考えていなかったように思った。センスはあるが、完成度、余裕や技術の面で改善点がありそう。

主人公は看護師のようだが、介護を本業にしており、終末期の患者のケアを、ほとんどマンツーマンでやっている。いちおう交代要員はいるようで、訪問看護ステーション的な事務所を介して派遣されたようだが、主人公の場合は患者との関係が非常に深くなり、家族を上回るほどの信頼を得ている。

日本の訪問看護は、数人の看護師が交代で回り、かなりは事務的に仕事しているような印象を受ける。熱心な方も多いのだが、彼らにも家庭生活があり、泊まり込むなどは滅多にしないはず。それに終末期の患者にのめり込む仕事ぶりでは、やがて精神的に保たなくなる。もっとドライな関係に留まるほうが続くと思う。

原題の「CHRONIC」は、慢性疾患の意味だろうか?

主演のティム・ロスは、この作品の制作者を兼ねているそうだ。ホームページによれば、監督の実体験が元になって、この企画が考えられたそうだが、ティム・ロスが制作にからんだ理由は分からない。

介護の現場の汚い部分もリアルに演出されていた。病人と介護者との関係についても、ひとつの理想型を表現したと言えるかも知れない。少なくとも、ひとつのプランを提起していたと思う。自分が介護されるなら、事務的な態度より家族的なほうを希望したい。それに問題がないとは思わないが、ドライすぎるのも嫌だ。

ただし、この作品の場合と同じく訴訟沙汰を覚悟しないと、心のこもった深い介護はできないのかも知れない。医療の分野でもそう感じることがある。劇場主は常に良かれと思って行動しているのだが、丁寧すぎる説明を家族は疎ましく思っていたと、後で看護師から聞くこともある。つまり難解になりすぎたということか?説明の時には当方の心情を気にして反論しないだけで、実は反感を感じていたりすることは多いものらしい。

理解を得られないことも非常に多い。昔、まだ傷の治療法が古かった頃、ガーゼに肉が着くので治癒を遅らす、交換はかえって良くないと言ったら、もめたこともある。外科の院長に呼び出しを喰らって、酷く怒られた。問答無用で交換せよという。昔の医者が考えたように感染が怖いのは確かだが、今は通用しない考え方だった。テーピングやラッピングの技術も、世間に知れ渡る前にやったら、変人扱いされてしまった。介護に関しても、様々な誤解、偏見に満ちた習慣がある。新しい考え方は徐々に浸透していくものだから、皆に理解されることは、難しいのかも知れない。

安楽死の問題も描かれていた。回復不能で苦痛にあえぐ人達に、ただ耐えろというのは酷な話だが、通常そんな人達は苦しみながら死んでいき、発言することができなかった。死者に人権なし→死にそうな人にも人権なし、生きてる自分らの都合が大事・・・のような観念がある。これは否定できない。死にゆく人に同情したために、自分が反感や訴訟を喰らうのが嫌なのだ。大半の医療人、多くの家族がそうだった。

ラストシーンは驚いた展開だった。でも、あれで意味があったかどうか、劇場主には理解できない。むしろ反感を持った患者家族に殺されたり、訴訟で敗訴になるなど、悲劇を際立たせるような流れのほうが良かったのではないかと感じた。

 

 

 

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