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2016年12月 4日

それでも、やっぱりパパが好き(2015)

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- 希望 -

躁鬱病の父親を持つ姉妹は、父の病気のせいで貧困状態の中、一大決心した母と離れ、父と暮らすことになる・・・

・・・DVDで鑑賞。監督のマヤ・フォーブスの実体験が元になった作品という。悲劇的な家族の物語を、ユーモラスに描いている。アメリカ東海岸を舞台にした同様の物語はたくさん観てきたが、この作品は凄く高級な印象を受ける。ウッディ・アレン映画のような過剰な演出でなかったからかも知れない。実体験の力だろうか。

主演はマーク・ラファロ。現代の名優の一人で、最高の演技者かも知れない。SF映画からシリアスなドラマまで、幅広く出演し、いずれも有名な作品が多い。

今回の躁鬱病の演技はどうだったろうか?日本人の患者さんと比べると、言語関係に障害がなく、流ちょうな話しぶりが少し違っていた。劇場主が接する鬱病の人は、言葉によどみが多い。言い直し、要領を得ない説明のために、話が長くなる。多少の脚色が、この主人公にはあったかもしれない。

しかし、躁鬱病患者にも色々いるだろう。特に躁状態の時は滑舌は絶好調で、話さなくても良いことをスラスラと言う人がいるのかも知れない。今までの劇場主が会った経験では、口は早いが、とちるような間違いが多い印象。でも、たまたまかも知れない。

ほとんどの患者さんは、自分の病状を呪い、怒ったり泣いたりを繰り返しているような気がする。病状を理解できる人ほど辛いだろう。この主人公は、怒ってバーに繰り出したりしていたが、泥酔はしていなかった様子。完全なアル中でもなかったようだ。劇場主の周囲では、アル中の鬱病患者が多いような気がするが、主人公は自制の効いた患者だったのかも。

それにしても、監督は少女時代に随分と凄い体験をしてきたものだ。驚くべき環境。親が精神病の場合は、大きなハンデになって、学業はもちろん生活の基本さえも支障が大きくなり、自分の能力を伸ばすことに難儀する場合が多いと思う。この作品を観ると、実際にそうなる危険性は充分にあったように思う。

結果的にそうならなかったのは、母親が一大決心して大学に戻り、職を得たからと思う。大きな賭だった。収入を得ることとともに、誇りも生まれる。映画ではサラリと描いていたが、実際には悩み、口論し、挫折しそうになりながらの行動だったのではなかろうか?結果は本当に良かったが、かなりの綱渡りだったとも思う。卒業に失敗したり、就職が思い通りにならないなど、せっかくの努力が無駄になる可能性もあっただろう。

また、一定額の生活資金が与えられていたことも幸運だった。完全な生活保護家庭だったら、さすがに私立の学校を目指す気にはなれなかったかも。

もし自分の親が明らかな精神異常者だったら、どのような感覚を覚えるだろうか?「自分も同じようになるのかな?」「このまま一生貧乏暮らしかなあ?」「親たちは離婚するのかも」そんな不安感で胸が張り裂けそうになったのでは?考えなくても良いことを、子供はついつい考えてしまうもの。

日本の場合は、障害者家庭の子供の多くは、残念ながらおそらく貧困に苦しむことになる。ただでさえ貧困家庭が増えているのに、病気のせいで仕事ができない親を持ったら、よほどな資産がないかぎり、未来のかなりを閉ざされる。塾に行かなくても独力で何ごともできる子なら良いが、そんな子ばかりではない。

たとえばの話、生活費を親が酒やパチンコに使ってしまうような家庭では、将来への夢をどんな風に持つのだろうか?努力次第で、自分は成功できると信じられるだろうか?凄く能力がある子なら、ハンデを乗り越えられるだろうけど、「自分には難しいかなあ?」と、不安に感じる子も多いだろう。子供時代に自分の未来を予見できるのは、普通の場合は難しい。

この作品は、そんな子供にも勇気を与える内容と思う。希望と、子供の成長を感じさせるラストだった。ただ、学校の教材として使える作品とは少し違うとも思える。基本は大人が鑑賞する映画ではなかろうか?恋人と真面目に静かに鑑賞するのは良いことだと思う。でも、楽しい映画ではないので、直ぐに飽きてしまうカップルも多いだろう。

 

 

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