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2016年11月16日

ルーム(2015)

Room

- 後が大事 -

親子が仲良く暮らす部屋。彼らはちゃんと体操し、掃除をし、歯磨きも欠かさない。でも、何かが妙だ。・・・彼らは監禁されていたのだった・・・・

・・・実際の事件を元に小説化された原作の映画化。DVDで鑑賞。この種の監禁事件は毎年のように聞く。監禁をテーマにした作品は、子供には向かないと思う。用心させるために見せるという考え方もあるが、ただ傷つく、あるいはトラウマを生じる可能性もあるように思う。

可愛らしい子役が登場し、女の子だと思っていたら、髪の毛を切っていないだけ、それには理由があるという設定で、これは実際の事件でもそうだったのか、あるいは「サムソン」の伝説を使ったフィクションなのか分からないが、後で生きてくる話だった。

子役が非常に可愛かった。この子の演技だけで、この作品は出来が決まっている。怒る表情などが素晴らしい。でも、子供時代にこんな役を演じたら、この子は今後どんな人間になるのだろうか?心配に思う。芸能界には関わらないほうが良いかも知れない。

若い母親役は主演女優賞を取っている。確かに迫真の演技だとは思ったが、女優賞ならもっと際立つ名優も大勢いるように思う。役柄に助けられた面があるのかも知れない。狂気を感じさせるほどの名演ではなかったはずだ。

作品の優れた所は、母子の作戦が終わった、その後の家族内のドラマの比重が大きかったこと。家族が楽しく暮らしましたとさ・・・のおとぎ話にしていない点。それこそがミソで、このような境遇の人にとっては、その後の暮らしこそ重要なのだから、この描き方は正解だった。

この作品の雰囲気は、かなり重苦しいもの。テーマから考えて、それが当然なのだが、逆に楽しい家庭生活を描きつつ、無理に楽しそうに笑顔を作っていたと分かるような、そんな演出もどうだろうかと思った。美しいBGMを流したり、楽しい童謡を歌うなどすれば、逆説的な悲しさが出る。このような場合の常套手段だと思う。

アメリカの例だったか、やはり拉致した女性に複数の子供を産ませ、中には成人した子もいた例もあったように思う。その家の子供達は、学校をどうしていたかはよく知らないが、この作品を観ると、会話に不自由しない程度の教育は可能なのかも知れない。

最近、日本の大学生が女子中学生を監禁していた事件が発覚した。特に性的な目的ではなかったのか、ただ観察を目的としたといった記事があったが、尋常な理解を超えた犯行で、そんな犯罪者が普通に大学に通って卒業間近だったのだから、世の中には怖ろしい連中が隠れていると再認識しないといけない。

子供や女性を閉じ込めた状態で、可哀相だという発想は、犯人達には起こらないのだろうか?劇場主が犯人なら、良心の呵責に耐えられそうにない。おそらく、なんらかの精神異常か認識の障害がないと、拉致などできないし、やったとしても怖れが生じて直ぐ解放してしまうだろう。

可愛い子供を、狭い部屋に押し込めて成長させるなど、普通の感覚ではない。それは、おそらく劇場主の場合、自分の子も他人の子も、一般に子供は成長させるべき、能力を伸ばすべきといった固定観念があり、ただオモチャでも渡しておけばいいとは考えないからで、成長に関する認識の問題かも知れない。犯人にすれば子供を殴って虐待するつもりはなかった、なぜいけないの?という認識だろうか。

昔は乳幼児の死亡率が高かったから、どんどん生んで放置し、生き残れたら幸い、そんな感覚も実はあったと思う。大事に育てる、学習させる遊ばせるのは無駄になりかねない。そんな余裕がある?・・・・そのように考える親も多かったかも知れない。容易に人が死んでいた昔は、病気や怪我で死ぬのは神の御意志、次の子でも作ろう・・・そのほうが気は楽だし、現実的でもあった。そんな考えは、今もないとはかぎらない。今のほうが過保護すぎる面は、たしかにある。

あるいは犯人自身が何か抑圧されて成長し、子供時代に自由に外を遊び回ったり、他の子供との会話を持ったりしていなかったら、自由に動けることの意味を、実感として感じられなかったかも知れない。それによる何かの認識不足、障害はありうる。いかに充分に教育内容を整えても、情緒が100%の人に出来上がるはずはないと思う。先生やクラスメート、親や家庭環境によって、中には狙った成長が得られない人もいるだろう。

もしかすると母子を解放したい、可哀相と常に感じてはいるが、実際に解放したら逮捕されるという強い恐れが、全てを決してしまったかも知れない。あるいは時が経って、誘拐した娘と本当に愛情が育ち、許してくれるのを待ちたい、いっしょにいれば家族になれるかも・・・そんな勝手な思いがあって実際に解放するに至らない状況も考えられる。

認識次第では誰でも犯人になる可能性がある。宗教がからむと、特にそうだ。イスラム過激派は、女学生や町の住民全部を人質にとったりしているそうだが、彼らの頭の中では、それは成すべきことなのだろう。権利意識は欧米に由来するもの、子供の発育についても欧米とは違った考え方はありうる。欧米も、奴隷貿易をやった時代が長かったのである。異なる認識を持てば、拉致や誘拐だってやれるものだろう。

では対策として何をすべきか、よく分からない。今までだって、誘拐や拉致がないように皆が考え、努力してきたはず。宗教でも教育でも、この種の犯罪を完全に防ぐことができなかったという現実を再認識せざるをえない、そんな作品である。

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