映画評

  • 当劇場は劇場主のための映画館です。訪問者を期待しておりません。内容の客観性、正確性は保障できません。でも、真摯な批評を目指します。

劇場主

  • 乙女座 AB型 どの占いでも最悪の運勢 内科クリニックやってます。

Conflict of Interest

  • 特にありません。

おことわり

  • 当劇場は誹謗中傷を目的としておりません。もし権利を侵害されたと感じられた方は、申し訳ありませんが管理会社や公的機関に御相談ください。

« ザ・ファン(1996) | トップページ | 男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け(1976) »

2016年10月11日

レヴェナント 蘇りしもの (2015)

20cfox

- 強欲 -

西部の山中でインディアンに襲われた一団は、逃げる途中でクマに襲われ、主人公は重傷を負って絶望的状況に陥る・・・・

・・・DVDで鑑賞。レヴェナントは、亡霊のように奇跡的によみがえった人間の意味らしい。復讐劇を描いた作品で、ディカプリオがアカデミー賞の主演男優賞を取った。しかし、劇場主としては、敵役のトム・ハーディーに助演賞を取らせたかった。彼こそが賞にふさわしい活躍で、素晴らしい悪役ぶりだった。

この作品は実話に基づいているそうで、奇跡的に生還した主人公は、かっての仲間を追ってテキサスまで実際に行ったそうだ。ただし、脚色された部分も多いらしく、映画ほど美しい話ではなかったようだ。

この作品には非常にリアルな殺戮、銃撃シーンがあるので、小さな子供には全く向かない内容。恋人と観るのは悪くはないように思うけど、気持ち悪いシーンもかなり多めで、観客を選ぶタイプの映画と思う。これを劇場で鑑賞するかと考えると、ちょっと遠慮したい気もする。

森を写した独特のシーンが何度も繰り返されていた。亡くなった妻が登場する神秘的なシーンだったり、空や雲を写しただけだったり、いろいろあった。主人公の心を表現しようという意図だったかも知れないが、理解できないシーンもあった。冗長な印象も受けたので、少し繰り返しすぎたかも知れない。でも、非常に美しかった。

作品は雪山の光景を中心にしていたから、荒涼として、常に生命の危機が付きまとうような寒々とした雰囲気に描かれていた。実際、夏場だって荒野では危険がいっぱいだろう。雪山は映画の背景としては非常に美しく、最高の舞台になる。

クマの映像がCGで再現されていたが、これが実に素晴らしい出来映えだった。人間や機械の動作を元に画像処理してクマに置き換えたのだろうが、力感が抜群に素晴らしく、実際に襲っているようにしか見えない。崖から馬といっしょに落ちる映像も、驚くほど自然。技術の進化と、それを利用するアイディアの素晴らしさを感じた。

この作品ではインディアンに対する敬意が感じられ、白人達の原罪を強調している。「白人は全て奪った・・・」といったセリフは、その典型。視点として、真摯なものを感じた。ただし、表現方法としては直接的すぎる印象も受けた。もっと映画に向く、高級な表現方法がなかったろうか?インディアン達の悲しみ、絶望感を強調する手があったように思う。

復讐に対する考え方にも、独特のものを感じる。特にラストシーンが妙な感じ。亡くなった妻が消えていくことに、何か意味があったように思う。妻が迎えに来たら、主人公が死ぬことを意味するが、そっぽを向くということは、復讐に批判的ということを意味するのだろうか?あえて曖昧にしたのかも知れない。いろいろ解釈が可能なように思う。

アメリカの発展に際して、反省点を表現しようとした印象。臭いものを隠そうとせず、罪を認識し、被害者に同情することは大切なことだろう。森に入って毛皮を取る側は、毛皮があり、商品価値があり、入手できるから入手する、立派な商行為であり、インディアンから直接奪うわけではないから人道的問題もない、批判されるべきではない・・・・そんな理屈だったろう。開発が神の御意志であるという感覚だったはず。

先住民を排除し、生産地と消費地、流通機構を構築できる条件が整っていたので、起こりうることが起こったと思う。ヨーロッパのように既に多数の国がある場合、征服し続けるのは難しい。理念や愛国心が優れていたからアメリカができたわけではなく、資源や土地があるのに、インディアンやメキシコ人しかいなかったからできたはず。

おそらく信仰や民主的理念は後付けだろう。金や権力への欲求が集結し、強欲な人間同士が争った結果、力と金のバランスが成り立ち、それが合衆国のシステムを作ったと思う。もし当時、今日のような国際機関が存在していたら、北米の原住民を虐殺するな!と、米国を非難して経済制裁など科していたろう。今日の米国がやっているように。国際機関がなかったから、米国ができたと言える。

その流れで、フィリピンや日本も傘下に組み入れられたと思う。最近、フィリピンの大統領が米国の犯した虐殺を非難していたが、残虐きわまるものだったらしい。日本に対しては占領に手間取ったとは言えるものの、支配下に収めようという持続的な意志があったからこそ成功したのだろう。強欲の成り行きに従って、戦前のような厳しい要求を繰り返したのだろう。日本側の対応もまずかった。相手がどれだけ貪欲か、理解しないといけない。

支配下に入れれば商売が大きくなり、豊かになる。それを望むこと、それ自体は当然のことであり、その権利があるという考え方も確かにできる。相手側の権利を侵害しないという視点が欠落しているのだが、今日でも現実には当時と近い状況と思わざるをえない。森の中で毛皮を手に入れていた時代の強欲が、今も拡がって続いているのだ。

 

 

« ザ・ファン(1996) | トップページ | 男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け(1976) »