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2016年10月23日

日本のいちばん長い日(2015)

Shochiku

- 松竹版 -

終戦をめぐる軍部、政府のかけひきを描いた作品。28年8月14日にテレビで鑑賞。この作品は平成版で、原作が完成版というのは、何度も改訂されたのだろうか?原作は前にも映画化されたことがあるという。古いほうは観ていない。

観ていないのは、過去の戦争映画に、つまらないものが多いからだ。兵士役が過剰に演技してしまい、善きも悪しきも劇的過ぎるか、作り手の感情がこもりすぎてしまう傾向がある。娯楽作品としては、感情がこもったほうが良いかも知れないが、客観性も必要。

この作品も、演出過多の傾向がなかったわけではない。でも、過去の作品よりはリアルな印象を受けた。いろんな工夫がされていたのだろうが、演出を穏やかにしようという意図が徹底していたのかも知れない。

当事者や家族がまだ存命である時代に、問題の人物を演じるというのは勇気の要ること。悪役の場合は、特にそうだろう。例えば東條元首相や、特攻隊を指揮した大西氏を演じる場合は、演じ方が性悪そうでも善人でも、どこかからか必ず批判が殺到する。批判が必ず起こる内容をテーマにした原作者の半藤氏には、敬意を表したい。物語としてまとまり、作品が成り立っていた。

人の記憶は曖昧なもので、おそらく関係者本人ですら自分の姿を脚色し、過剰に業績を誇ったり、過度に卑下したりするはず。ましてや部下、家族の手記などは、脚色のオンパレードだろう。しかも戦後の米軍の政策によって、米国の都合にしたがった定義付けが必ずなされている。それに反する内容は表しにくい。どう描くかは、非常に難しい問題。

この作品に戦闘シーンはないし、暗殺シーンも直接的な描き方はしていないので、子供でも鑑賞可能かも知れない。ただし、子供が楽しめる内容ではない。あえて恋人と観るような内容とも思えない。

本木雅弘の昭和天皇役は、体格が良すぎることが気になった。もっと細身だったはずだ。でも穏やかな話しぶり、目線の動かし方や悲しげな表情が、高貴な人間の所作を上手く表現していたように思う。作品の質を上げていたようだ。

山崎努の首相役も素晴らしかった。鈴木首相は日清戦争時代の兵士で、80歳くらいの高齢であったらしいから、よく首相が務まったものだと驚く。補佐官がかなり奮闘していたのではないか?終戦が達成できたのは、彼らの能力と運があったからだろう。終戦後、鈴木氏は数年して亡くなったそうだから、活躍によって死期はだいぶ早まったに違いない。

阿南陸相は、この作品の主人公と言える。彼の扱い方が非常に難しい。実像も、死後にかなり脚色されているはずだから、主戦派だったか、終戦を進める方向に当初から決めていたのか、本当のところは分からない。作品では天皇と特に親しい関係だったので、御意志に忠実に行動し、結果的に陸軍を裏切るという解釈になっていたが、実は反乱の首謀者かも知れない。悲劇のヒーローだったのだろうか?

阿南陸相の実際の写真を見ると、役所広司とは全然イメージが違う。失礼ながら、悪役が向くような印象。顔のイメージは大事だ。キャスティングによって、観客の解釈さえ違ってくるだろう。

本土決戦を目指した参謀達の意見が、繰り返し述べられていた。本土を戦場にして、2000万人くらいの犠牲を覚悟でゲリラ戦をやれば、米国は根をあげるという理屈だったようだ。確かにそうなれば長期の戦闘を要し、相手が一般人になると倫理面の葛藤が生じ、米国も行動しにくい。米側の犠牲者も凄い数になるだろうから、良い条件での講和が可能になったかも知れない。戦略的見込みゼロとは言えない。

でも具体的に、どんな条件を勝ち取ることが期待できるかだが、予測は難しいのでは?第三国を介して、何かの保証があるわけではない。当時は日本と利害を共有する第三国がなかった。米軍もソ連軍も、無慈悲に殺戮を続けたかも知れない。そこを考えると、やはり降服が望ましかったと思う。万単位の人的被害は、避けることが望ましい。

2000万という数字は、ソ連が被った死者を参照しているのだろうが、実は独ソ間だけの数値ではなく、恨みを持つバルト諸国などが関与した死者が多数なのかも知れない。しかも日本の場合、国土も狭いし、米軍の攻撃兵器は性能も違う。いろんな点で日本とは事情が違うから、根拠として不適当だろう。根拠のない理屈から発生する戦略は、やはり無謀だ。

ソ連の場合、国民2000万人くらいの犠牲は、彼らにとれば許容範囲だったろうと思う。なんといっても、内戦や粛正でもっと多くの国民を殺した国だから、いまさらという感覚では?ソ連の首脳部にすれば、被害が大きいほど国民の怒りがたかまり、勝敗や戦後の支配には都合が良い。細かい戦術などは、あまり考えなくて良い。日本とは違う。

いずれにせよ、数千万人の犠牲を厭わない参謀は、たとえ戦争に勝ったとしても絶対に死刑が望ましい。悪魔だって、それだけの人間は殺さない。人道的責任というものがある。それだけの犠牲を設定した場合は、もはや戦略と言えるかどうかも怪しい。

若い将校達が天皇の御意志に反して行動する点が、どうも理解できない。作品の中で東條英機が参謀達に、「広義の勤王、狭義の勤王」を聞く場面があった。あれは端的に参謀達の行動を説明しようとした演出ではないかと思う。実際に彼らはあのように教育されていたのだろうか?あの内容が表に出たら、即座に不敬罪に相当したはずだが、公然と問答があったのだろうか?

軍事的な面だけを考えて、反逆を考えるとは思いにくい。軍事面でクールなら、そもそも開戦しない、あるいは戦線縮小して集結し、状況が好転するまで忍耐といった答えに至るはず。相手が攻めにくい状況を維持するのが、戦略の基本だろう。戦略ができていなかったことから考えると、彼らは自分自身の自己実現、自己充実感や出世欲、あるいはエリート意識にとらわれていなかったろうか?

その疑問への答えは、彼ら自身にも分かりっこない。人は無意識に、なんでも脚色していくものだ。自分は国家のことだけ考えていたと思いたいはず。大友皇子の時代から、似たような理屈で武人達は行動したはず。反乱を起こす当事者には、常にそれなりの理由がある。厳しい判断を迫られた彼らには同情もするが、敗戦の責任を思えば、そうとばかり言ってはおれない。

さて、フランスは過去に何度も英国やドイツから攻撃され、そのたびに戦場になって、凄い犠牲を被っているはずだが、引き分けか戦勝国なみの待遇をちゃんと勝ち取っている。国土が広いことや、人口が多く、外国が支配を続けるのが難しい点もあるのだろうが、対処が上手い点も感じる。日本とは対照的な感じ。ソ連スタイルではなく、フランス流のほうが理想的ではないか?

フランス流は逆に、もろすぎる印象を味方に見せてしまい、内部反発を呼ぶ難点はある。組織のルールがしっかりしていないと、収拾がつかなくなる危険性は高い。ルネサンス時代のフランスは、イタリアから見たら政治下手に見えたらしい。当時は国力を無駄に使い、やがて革命も起こったりで、上手か下手か分かりにくかった。今も分かりにくい。

でも一貫して生き残りのセンスを感じる。早々と撤退し、講和に踏み切る。マトモに戦って壊滅的な被害を被ることを避け、余力を残して生き残ることを最優先する、そんな感覚が広く行き渡っているのかも知れない。余力は大事だ。玉砕は戦力の喪失を意味し、より条件の悪い交渉を生じやすい。国力の小さい方がやってはいけないことだ。本土決戦は被害が大きすぎる。

もし本土で戦えば、戦ったという誇りは保て、精神的な面では満足できたかも知れない。今のような米国の支配も拒絶できたかも知れないが、生き残りはもっと大事。誇りは、やがて挽回するチャンスがあると思う。

 

 

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