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2016年10月 2日

1000億円を動かした男 田中角栄・全人像(2016)

- 文藝春秋8月増刊号 -

2016年は田中角栄が再評価され、様々な書物が書店に並んだ。いっぽう参院選挙では、田中氏の娘婿である田中直紀氏が落選し、田中家に属する議員がいなくなったという。なにか象徴的な感じもするが、とにかく一時代が終わったということだろうか。

想像に過ぎないが、田中氏は実際には兆単位の金に関わったと思う。個人だけで実際にそれだけ収入があったという意味ではないが、国の金を動かす大きな流れを作っていた。彼が関わって動いた金は大きいはず。

劇場主が子供の頃の田中角栄は、ヒーローだった。小学生時代には今太閤と言われるほどで、その後逮捕され、裁判になって引退しと、我々の世代は彼が下り坂になった時期のほうを長く目にしていたが、子供心に力量や行動力には敬意を覚えていた。子供にも分かる魅力があった。他の政治家は、老いぼれか口先だけ、嘘八百の軽薄な人物で、実行力もないが、角栄は違うぜ・・・そんなイメージがあった。それに、権威が失墜したから判官びいきの感情が起こったのかも。

文藝春秋社は田中角栄と因縁がある。そこで数ある本の中から、この本を選んで購入。石原慎太郎氏の書籍が一番売れたように聞いているが、石原氏にはアザトさを感じるので買ってあげないよと思った。これで、せめて角栄氏に義理立てしたつもり。劇場主は義理人情にあついのだ。しかし考えてみれば矛盾していた。文藝春秋こそが角栄氏を糾弾したんだった!うっかりしていた。

本には竹下登をはじめ、ゆかりのある人間の文章がたくさん入っていたが、縁が深いはずの人物で何も書いていない人がいる。投稿を断られたのかも知れないし、出版側に何かの取捨選択があったかも知れない。内容が公平なものかも、判断できなかった。能力や実行力を評価し、懐かしみ、親しみを込めた批評が多かったものの、疑惑の本筋、証明が難しい内容は避けていたように思う。その関係で、非常に興味をそそる本とは言えない。そして各々の文章が書かれたのが、相当前のものが多かった点も、価値を下げる方向に働いたかも知れない。

そもそも、文藝春秋社の会社としての性格が気になる。立ち位置がどんな具合なのか理解できない。石原慎太郎氏がよく文章を載せているくらいだから、タカ派系の雑誌かと思えば、どうみても左翼くずれじゃないかと思える人物も寄稿しており、じゃあ中立を維持しているかと思いきや、変人奇人に近い極論をも掲載する。どんな意見も、適当に掲載しているだけなのか?

おそらくタカ派として安定的な購読者を得ることと、ブランド力や影響力を維持すること、必要に応じてスキャンダルのスクープをやることで、調査係や公表係として役人やその他の様々な勢力の便宜を図ること、それを深い付き合いによって特権的な情報入手が可能な、国内では希有の雑誌社かも知れない。

そして文藝春秋では、米国政府を攻撃する内容は少ないように思う。米政府の意志が、編集現場にまで及んでいないか、そこは気になる点。戦前から存在した出版社で軍部に協力した過去がある関係で、再出発時には縛りや監視が加えられたはず。もちろん、これは確認できないことだが、いまだ管理下にあっても不思議じゃない。

巣鴨に入った後、無事に出てこられた人間は、米側との交渉が疑われる人が多い。長く権力を維持できた人は、例外なく米国の利益を代弁しているし、逆に彼らのライバル達はスキャンダルが次々明るみに出る傾向がある。彼らが重大な情報=弱みを握られ、協力関係にあったと考えると、理解しやすい。政治家と同じ事が、雑誌社にもきっとあるだろうと考える。

雑誌社側も、米側の情報は役に立つ。日本の情報は、役人を通じて米側に流れるようだから、米国のほうが情報が正確。米側の意志に基づき、都合の悪い人物の調査が実行され、ワイロ記事や性的な面まで含めたスキャンダルが暴露されるという流れは、自然な成り行きだろう。もちろん、これも憶測に過ぎないが。

田中角栄が首相だった当時、米国政府と軋轢がなかったはずはない。交渉は常に厳しくギリギリのものだろうから、その中で米国の要求にどの程度応えるかによっては、脅しが使われないはずはない。あるいは、交渉を引き継いだ人物が、田中はもう用済みだから、次の交渉のために前任者の情報から使えるものを利用した・・・というストーリーも想定される。

彼らに義理人情の思考回路はない。企業と政府機関の間で人間が移動し、情報が共有される米国では、要求を飲んであげたはずが、逆に脅される結果になりかねない。政権内部での権力闘争が日本への対応を真逆にすることもありうる。手のひら返しは常套手段。友好的ワイロは脅迫ネタに直ぐ変わるものであり、角栄氏も米国流のワナにはまった面が大きいのでは?もちろんワイロ自体が正当化できるものではないのだが、相手の米国政府はギャング団そのものという認識が足りなかったのでは・・・

最近、NHKの特集でロッキード事件と、P3C購入に関する疑惑が放映されていた。内容は一部しか観れなかったが、過去に報道された憶測に、実際の証人達の言葉が加わって、劇場主の想像と同じような内容が、より詳しく解説されていたようだ。

米国側としては、当然やるべきことをやったに過ぎない。戦闘機や航空機は売り込まなければいけないし、米軍の影響力、米国政府の管理の及ぶ範囲は維持されないといけない。買いを渋るヤツは排除しないといけないし、中国と独自路線を採る人物、充分な監視ができない人間は、危険視するのが当然。自分達の影響下の人物に首相をさせたほうが、利益になる。

彼が失脚して、結果的にどんな影響があったのか?劇場主は田舎の人間だが、それでも開発一偏道の当時の風潮には疑問を持っていた。政治=公共工事の認可と受注という雰囲気が、田舎になればなるほど強く、その頂点が田中角栄だった。日本列島改造がなくなり、開発に歯止めがかかったかだが、それは微妙な印象。失脚により、利権は分散されたのかも知れないが、田中派を中心に小角栄みたいな人が、同じような利益誘導をやったのは同じ。今でも、景気対策として財政を軽視した公共投資が目立つ。彼は大きな流れを作ったが、集中的に流れを管理したか、分散されたかの違いしかなかったのかも知れない。

放送局の権益管理、健康保険制度の整備など、彼の伝説的な馬力が貢献した分野は多いはず。でも、与野党の意見を、官僚の手を介して実現化したに過ぎないという見方もできる。彼の歴史的価値は、彼の能力からすると意外に低めに終わってしまったのかも知れない。もし彼が今日登場したとしても、選挙で勝てるかどうか怪しいし、あらゆる運命が違ってくる気がする。彼は活躍できず、彼が有能であることを、我々は知らないまま終わるかも。

 

 

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